魔法少女エメラルえりな
第6話「安らぎは心の中だよ」
それは、突然の出来事でした。
3人の心がぶつかって、嵐のように激しくなっていく。
それでも、自分の気持ちのために、退くことはできない。
その強い思いが力となって、新しい戦いの幕を開ける。
その衝突と葛藤の先にあるものは・・・
魔法少女エメラルえりな、始まります。
シエナを守ろうとするえりなと、シエナを封印しようとする明日香。そして2人の対立を止めようとするアレン。
3人は対立したまま、大きな動きを見せられないでいた。
「とにかく、カオスコアの消息だけでもつかんでおきたい。2人とも武装を解除して、捜索に協力してほしい。」
アレンがえりなと明日香に呼びかける。だがえりなも明日香もその同意を快く思っていない。
「えりな、せめてシエナという人に話だけでもさせてくれ。僕はよほどのことがない限り、有無を言わさずに攻撃を加えるようなことはしない。」
アレンの言葉にえりなは困惑を見せる。
(アレンくんなら信じてもいいかもしれない・・アレンくんは真面目だし、話せば分かってくれるはず・・・)
「とにかく、ここは離れたほうがいいかも・・」
えりなの呟くような声に、アレンは胸中だけで頷く。だが明日香がえりなの前に立ちはだかる。
「カオスコアは私が封じると言ったでしょ。誰であっても邪魔はさせないから。」
低く言い放つと、明日香は飛翔してその場を後にする、ラックスも困惑を抱えたまま、明日香を追っていった。
「今は余計な戦闘はしないほうがいい。そのシエナという人を探そう、えりな。」
アレンの言葉にえりなは沈痛の面持ちのまま頷く。
その頃、人間の姿になっているソアラは、逃亡しているシエナの行方を追っていた。
「どうだい、ソアラ?カオスコアは、シエナさんはどこにいるか分かった?」
「うん。町から離れていってるよ。速度は大人の走りと同じくらい。」
アレンの問いかけにソアラが感覚を研ぎ澄ませながら答える。
「アレンくん、ソアラちゃん、私とリッキーが先に行くから。」
そういうとえりなは先にこの場を駆け出していった。
「あっ!えりなちゃん!」
リッキーも慌ててえりなを追っていった。
「僕たちは影から様子を伺おう。迂闊に飛び出すのは、状況を悪化しかねない。」
「うん、アレン。」
アレンもソアラもストリームを収めて、えりなたちを影から見守ることにした。
アレンとソアラの介入によって、明日香とラックスは町から撤退していた。シエナの行方をつかみながら、彼女たちはつかの間の休息を取っていた。
「やっぱ管理局が加わってくると分が悪いよ。何とかどっちかを退けないと。」
ラックスが不安を口にするが、明日香はシエナの移動したほうをじっと見つめていた。
「誰を相手にしようと、私はカオスコアを封印する。たとええりなちゃんの知り合いでも、それがカオスコアなら・・」
「明日香、何だかムチャしているよ。気持ちは分かるけど、少し休んだほうが・・」
「ありがとう、ラックス。でも今は休んでいられない・・・こうしている間も、カオスコアがみんなを・・・」
ラックスの心配を察しながらも、明日香は自分の信念を貫こうとする。
「分かったよ。あたしは明日香の使い魔だ。どこまでもお供しますよ。」
「ありがとう、ラックス・・」
観念したような素振りを見せるラックスに、明日香が微笑みかける。
「えりながコアに近づいてる。油断しないでね、ラックス。」
「了解よ。」
ラックスに指示を送った後、明日香はシエナを追って再び飛び出した。
明日香たちの襲撃から必死の思いで逃げ延びたシエナ。強い動揺を抱えたまま、彼女は足を止めて、追ってきていないか確かめる。
「よかった・・追ってきていない・・・」
追跡者が見つからないことに安堵するシエナ。それは周囲を見回すだけでなく、気配でも察していた。
そのとき、シエナは背後に誰か来たことに気づいて、不安を覚えながら振り返る。その先にはえりなとリッキーの姿があった。えりなはバリアジャケットを解除しており、リッキーも子狐の姿となっていた。
「えりなちゃん・・・」
えりなたちの登場に、シエナは安堵と同時に不安を感じていた。
「シエナさん、私は信じています。シエナさんは、私のことを心の底から心配してくれたんだって・・」
「えりなちゃん、あなたが私を信じてくれることは嬉しい。でもあの子の言うとおり、私は人間じゃないの。」
「それは違うよ。シエナさんは人間だよ。」
「ううん、私は人間じゃない・・・」
必死に説得しようとするえりなの前で、シエナはゆっくりと右手をかざす。その手から光が放たれ、その先の彩られた草花が銀色になって固まってしまった。
その光景と能力にえりなは眼を見開く。右手を下げたシエナが、沈痛の面持ちでえりなに声をかける。
「これが何よりの証拠。特に夜になると、無意識のうちに外に出て、みんなを銀に変えてるみたいなの・・」
「そんな・・シエナさん、ホントにカオスコアだっていうの・・・!?」
えりなはこれでも信じることができなかった。これほど優しく親しくしてくれたシエナが、カオスコアが擬態した姿であることを。
「いつ誰かに封印されるか不安だった。でもそれを周りに知らせたくなかった。周りまで不安がると思ったから・・・でも、えりなちゃんだったら、封印されても構わないかもしれない・・・」
「シエナさん・・・!?」
物悲しい笑みを見せるシエナに対して、えりなはたまらず後ずさりする。
「えりなちゃん、私のあなたへの、最初で最後のわがままを聞いてほしいの・・私を封印して。」
「シエナさん・・そんな、ダメだよ!そんなことしたら、シエナさん、いなくなっちゃうんだよ!」
悲痛の声を上げるえりなだが、シエナは笑みを崩さない。
「封印されても、消えてなくなってしまうわけではないよ。私はコアとして、生きていくことになるんだから・・」
「でも・・それでも・・・!」
シエナの要求を頑なに拒むえりな。そして唐突に彼女は笑みをこぼした。
「やっぱり、シエナさんは人間だよ・・こんなに優しくて、心があるのに、人間じゃないなんて、ウソだよ・・・」
「えりなちゃん・・・」
あくまで信じようとするえりなに、シエナは動揺を隠せなくなる。
「私、これでも正義感が強いほうだと思ってる。でもホントの正義は、悪いものを一方的にやっつけるんじゃなく、いいものを信じることじゃないかって考えてる。」
えりなが自分の胸に手を当てて語り始める。
えりなが1年生のときだった。リーダーシップのある姫子が、ある授業でのどのグループにも入れないことがあった。そのリーダーシップぶりが、逆に周りに嫌悪感を与えていたのである。だがえりなは姫子を信じ、グループに入れた。それから周りのクラスメイトたちも、姫子の心境を徐々に知っていき、受け入れるようになった。
えりなの信頼が姫子の心を救った。えりなはこの出来事と姫子、広美との友情を大事にしていた。
「私はあなたを信じる。それはいけないことですか?」
「私を信じたら、えりなちゃんが辛い思いをするんだよ・・・」
「それでも私は、シエナさんを信じます・・・」
あくまでシエナを信じようとするえりなが、優しく両手を差し伸べる。シエナは完全に動揺しきってしまい、体を震わせる。
(いいよね、リッキー?力を使わなければ、シエナさんを封印することは・・・)
“安心はできないよ。現に彼女は自分の力を制御できていない。この状況下じゃ、管理局が放っては置かないよ。”
念話で呼びかけてくるえりなに、リッキーは深刻そうに答える。
カオスコアは対象を別の物質に変える能力を備えた物質である。その効果は極めて危険なものばかりである。そんなコアを、管理局が見過ごすはずがない。リッキーはそう思えてならなかった。
“えりなちゃん、君はどうするつもり?君が真っ直ぐに自分の気持ちを貫こうって言うなら、僕は止めはしない。”
(ありがとう、リッキー・・私は何が何でも、シエナさんを守ってみせる。)
リッキーの言葉に答えて、えりなは改めて決意を胸に秘める。
「シエナさん、今からバートンに来ませんか?」
「えっ?えりなちゃんのお店に?」
えりなの突然の提案にシエナが驚きの声を上げる。
「シエナさんに、お父さんとお母さんの料理を食べてほしいの。きっと2人とも、あとまりなも歓迎してくれるよ。」
「でも、私が行ったら迷惑になるんじゃ・・」
「そう考えるのはナシナシ♪少しくらいの迷惑なんて、みんな気にしないから♪」
戸惑いを見せるシエナに、えりなは笑顔を振りまきながら言いかける。その無邪気な振る舞いを見て、シエナは安堵を込めた笑みを浮かべた。
「じゃ、お言葉に甘えてしまいましょうか・・」
「ありがとうございます♪」
小さく頷くシエナに、えりなは笑顔で一礼した。
えりなとシエナの話を、アレンとソアラは陰から見守っていた。えりな、そしてシエナ自身の気持ちを思っての判断だった。
そしてえりなたちが移動を始めたところで、アレンはさらなる緊迫を覚える。
「もしも魔力を暴走させるようなことになったら、今度こそ封印にかかる。ソアラ、備えておいて。」
「分かったけど・・えりなちゃん、悲しんじゃうんじゃないかな・・・」
「できることならえりなの気持ちを裏切るようなことはしたくない。でも、みんなを傷つけることだけはどうしても避けなくちゃならない・・分かってくれ・・」
歯がゆさを噛み締めるアレンに、ソアラは困惑したまま頷く。
「行くよ、ソアラ。覚悟を決めるんだ。」
「うん、アレン・・・」
渋々頷くソアラとともに、アレンはえりなたちを追っていった。
えりなに導かれるまま、シエナはバートンの前に行き着いた。日は沈みかけ、間もなく夜になろうとしていた。
「ここが、えりなちゃんのお店・・・」
店を目の当たりにしたシエナが感嘆の声を呟く。その様子にえりなが満面の笑みを浮かべる。
「ここが私たち坂崎家のレストラン、バートンです♪いらっしゃいませ♪」
えりながシエナに振り返り、ウェイトレスの振る舞いをして一礼する。その振る舞いに迎え入れられる気分を覚えながら、シエナは見せのドアを開いた。
「いらっしゃいませ。お一人様で・・えりな、おかえり。」
丁度厨房から顔を見せてきた雄一が、シエナに挨拶し、えりながいたことに気づいて声をかけてきた。
「ただいま、お父さん。遅くなってごめんなさい。」
「少し心配したけど、その様子なら大丈夫そうだな。」
謝罪するえりなだが、雄一は気にしていない面持ちだった。
「あなたがお父さんですか?先日のお電話ではどうも。」
「では、あなたがシエナ・ウィンダムさんですか。先日はえりなを看病していただいて、ありがとうございます。」
互いに言葉を掛け合うシエナと雄一。
「お父さん、シエナさんに最高の料理を用意してあげて。接客は私がやるから♪」
「おっ、やる気満々だな、えりな。よし。シエナさんには腕によりをかけたディナーに仕上げてみせるよ。」
喜びを見せるえりなに、雄一が自信のある態度を見せて厨房に向かった。
「さ、シエナさん、どうぞ。」
えりなの案内に導かれて、シエナは店で通り側のテーブル席に向かった。
「私1人なのに、こんな席に座るなんて・・」
「いいんです♪シエナさんは特別のお客様なんですから♪」
不安を口にするシエナに、えりなが笑顔を見せた。
シエナを追って再び町に来た明日香とラックス。明日香はバリアジャケットを解除し、ラックスも子犬の姿となっていた。
(いけない。魔力を抑えている。それではどこにいるのか分からない・・)
(でもこの近くにいるのは間違いない。しらみつぶしに探していけば、必ず見つかるよ。)
焦りを覚えながら周囲を見回す明日香に、ラックスが呼びかける。ラックスに眼を向けて、明日香は微笑んで頷く。
(ラックス、細かい場所とかを探して。私もこの近くを探してみるから。)
(任せといて、明日香。)
明日香はラックスに呼びかけると、2人はそれぞれシエナの捜索を始めた。
人ごみ、物陰、建物の中。明日香は細心の注意を払いながらシエナの行方を追った。そしてついに彼女はバートンの前にたどり着いた。
その店内の一角では、えりながシエナに接客していた。その楽しい様子を眼にして、明日香は当惑を覚える。
家族とのかけがえのない楽しいひと時。望んでももう手に入れられない家族の時間。明日香は坂崎家とシエナのひと時を垣間見て、明日香は憎悪、嫉妬、願望、動揺を同時に感じていた。
(お父さん・・お母さん・・・お兄さん・・・)
津波のように荒々しい感情の揺らぎに、明日香は無意識に涙をこぼしていた。
“明日香、どうしたの?”
そこへラックスが駆けつけ、明日香の心に呼びかけてきた。眼に涙を浮かべたまま、明日香が振り向く。
「ラックス・・・ううん、何でもない・・何でもないから・・・」
「明日香・・・」
何とか笑みを作る明日香。だが感情の制御が利かなくなっている彼女の心境を感じて、ラックスも困惑していた。
あふれてきていた涙を拭って、明日香は改めてラックスに声をかけた。
「カオスコアの居場所が分かった。あの店・・えりなの家族が開いているお店・・・」
「あの店・・・ちょっと厄介だねぇ。2人きりならともかく、あれだけ周りに人がいると・・・あたしがもうちょっと結界がうまかったら・・・」
「気にしないで、ラックス。ここは私がやる。できるだけコアだけを閉じ込めるようにするから、ラックスは結界を張ったら先手を取って。」
「任せといて♪結界作るのはともかく、スピードには自信があるんだから。」
指示を送る明日香に、ラックスが気さくな笑みを見せて頷く。
「ウンディーネ、イグニッションキー、オン。」
“Standing by.Complete.”
取り出した箱の鍵穴に鍵を差し込み、回す明日香。箱が杖へと形状を変化し、彼女も水色のバリアジャケットを身にまとう。
「行くよ、ラックス・・・水壁結界。」
明日香がウンディーネを掲げ、バートンを包み込むように魔力を展開した。
「はい。バートン特製クラブハウスサンドでございます。でも、これでホントによかったのですか、シエナさん・・?」
クラブハウスサンドを乗せた皿をテーブルに置きながら、えりながシエナに声をかける。ところがシエナは笑顔を消さなかった。
「いいのよ、えりなちゃん。私がこういうメニューを頼んだのは、えりなちゃんと一緒に食事をするためだから・・」
シエナはそういうと、空いている向かいの席を指し示す。えりなはシエナの優しさに、戸惑いを見せる。
「えりなちゃんがここまで親切にしてくれたから、これは私がご馳走します。だから遠慮しないで一緒に食べよう、えりなちゃん。」
「・・・は、はい♪」
シエナの誘うを受けて、えりなが笑顔で答えた。
シエナの向かいの席に座ろうとしたとき、えりなは緊迫を覚えた。気がつくと自分とシエナ以外に誰もいなくなり、彼女は眼を見開く。
「あ、あれ?これって・・・?」
“えりなちゃん!”
驚くえりなの脳裏に、リッキーの声が響いてきた。
(リッキー、これって・・!?)
“えりな、これは結界だ!対象の空間を切り取って、外と隔離するものだよ!”
(結界・・!?)
“この結果から出るには、結界を張っている魔法使いを倒すか、強引に結界を破るしかないよ!僕は結界やバリアを破る魔法は得意じゃないんだ・・”
リッキーの言葉を受けて、えりなが立ち上がる。彼女の緊迫にシエナも当惑を覚える。
(リッキー、その結果を張っている人がどこにいるか分かる?)
“大体の位置は分かってる。バートンの外。すぐ近くだよ。”
(分かった。リッキー、シエナさんをお願い。私がその人を押さえるから。)
えりなはリッキーに呼びかけると、箱と鍵を取り出し、鍵を箱の鍵穴に差し込む。
“Standing by.”
「ブレイブネイチャー、イグニッションキー、オン!」
“Complete.”
鍵を回すと、ブレイブネイチャーが杖へと形状を変える。そしてえりなも若草色のバリアジャケットを身にまとう。
「えりなちゃん・・」
「シエナさんはここにいて。リッキー、シエナさんをお願い。」
リッキーに呼びかけてから、シエナに見守られながら、えりなは店を飛び出した。
結界に取り込まれている店の前。飛び出してきたえりなの周囲には誰もいない。
「これが結界・・誰もいない・・・早く結界を破らないと・・・!」
押し寄せてくる孤独感を振り払おうと、えりなはブレイブネイチャーを構える。
“えりなちゃん、術者はその先の角にいるよ!”
そこへリッキーの声がかかり、えりなはその角に狙いを定める。
“Natural shooter.”
そして魔力の弾丸を発射し、その影に潜む術者を攻撃する。だがその弾丸を弾き飛ばし、明日香が姿を現した。
「明日香ちゃん!」
えりなが明日香を見据えながらもたまらず叫ぶ。明日香は通りの中央に着地してえりなを見据える。
「もしかして、明日香ちゃんがこの結果を・・・!?」
「そう。この水壁結界は、私とウンディーネの魔力が作り出した水属性の結界。私を何とかしないと、結界はまず破れない。」
呼びかけるえりなに、明日香が平然を装って答える。そしてウンディーネをえりなに向けて、明日香は続ける。
「カオスコアの居場所は分かっている。えりな、あなたが私の前に姿を見せてきてくれたのは、私にとって都合がいいこと。」
「えっ!?・・まさか・・・!?」
明日香の言葉にえりなが驚愕する。そしてバートンの店内へ振り返り、リッキーに呼びかける。
(リッキー、すぐにバートンから出て!)
えりなが念話でリッキーに呼びかけた直後、店のガラスがいっせいに割れ出す。混乱に陥る店から、リッキー、シエナ、そしてラックスが飛び出してきた。
「ラックス、ありがとう!後は私が!」
「させない!」
シエナに向かおうとする明日香を、えりなが割り込んで行く手をさえぎる。
「シエナさんを封印させない!私が守ってみせる!」
“Saver mode.”
光刃を発したブレイブネイチャーを振りかざし、えりなが明日香に迫る。明日香は振り下ろされた光刃をウンディーネで受け止める。
その傍らで、ラックスが繰り出してくる拳を、リッキーが障壁で防ぐ。
「この使い魔は僕が押さえるから、あなたは早く!」
リッキーに促されて、シエナは動揺を隠せないままこの場から駆け出す。慌てて後を追いかけようとするラックスを、リッキーが阻む。
「ずい分主人思いの使い魔だねぇ。ある意味尊敬しちゃうよ。」
「それはどうも。あとひとつ訂正しておくよ。僕は使い魔じゃなく、動物形態になれる人間だ。」
「そうかい。ま、あたしにはどっちでもいいけどね。」
真剣に答えるリッキーに対し、ラックスはあくまで気さく態度を見せた。
「とにかく、あたしと明日香はカオスコアを追わなくちゃなんないんだ。力ずくでも通してもらうよ!」
ラックスは言い放つと、再びリッキーに向けて拳を繰り出す。リッキーは飛翔してバインドを発動させるが、ラックスは素早く動いてこれを回避する。
「何度も同じ魔法が通じるとでも思ってるの?真っ直ぐな攻撃魔法のひとつでも撃ってきたらどう?」
ラックスが挑発するが、リッキーはあくまで自分の持てる能力を使って交戦しようと心がけていた。
リッキーに促されたシエナは、結界内の道を駆け抜けていたシエナ。その途中、彼女は唐突に足を止めて振り返る。
「えりなちゃんたち、大丈夫かな・・・?」
不安を覚えたシエナはこれ以上逃げることができず、逆に引き返そうと考えた。
だがその前に、アレンと少女の姿のソアラが立ちはだかった。
「あなたは・・」
「今、戻ってはいけない。えりなは君のために全力を出しているんだ。」
当惑するシエナに、アレンが低い声音で言い放つ。
「私、これ以上、えりなちゃんに迷惑をかけられない。私も力になりたいんです。だから・・」
歯がゆさをあらわにするシエナ。感情が高ぶる彼女の眼に不気味な輝きが宿る。
「これは・・!?」
「邪魔しないで・・・!」
その感情をむき出しにしたシエナから銀の魔力が放出される。
「アレン!」
ソアラがたまらずアレンを横に突き飛ばし、彼をかばう。光を受けた彼女が苦悶の表情を浮かべる。
「ソアラ!?」
眼を見開くアレンの前で、ソアラの体が足のほうから銀に変わっていく。
「アレン、あの人は暴走している!えりなちゃんを思う気持ちが、コアとしての魔力の制御を鈍らせてる・・!」
アレンに呼びかけるソアラの体が銀の染まっていく。
「お願い、アレン・・どうか、あの人を止めてあげて・・・」
アレンに自分の願いを託して、ソアラは完全に銀色に包まれてしまった。彼女の思いを旨に秘めたアレンは、剣のペンダントを手のひらに乗せて、シエナに振り向く。
「シエナさん、力を抑えてくれ。でないと僕は管理局局員として、君を封印しなければならなくなる。」
アレンは歯がゆさを噛み締めて、混乱しかかっているシエナに呼びかける。
「えりなのためにも、できるなら君を封じたくはない。だけど君がもしみんなを蝕んでいくというなら、僕は覚悟を決める・・・!」
アレンは苦渋の決断を決めて、自身のデバイスに呼びかける。
「行くよ、ストリーム。」
“Zieh!”
ストリームが短剣へと形を変え、アレンの手に握られる。臨戦態勢を取るアレンに、シエナは暴走を治めるどころか、さらに暴走を悪化させていた。
その膨大な魔力を放出し、アレンを狙う。アレンは後退しながら短剣を振りかざし、その一閃で魔力をさえぎる。
“Lang form.”
ストリームの光刃が長くなり、さらにその刀身が鞭のような動きを見せる。
“Spirale.”
刀身がアレンを中心に回転を描き、押し寄せてくる閃光を跳ね除ける。そして刀身を元に戻し、アレンはシエナに飛びかかる。
“Starker blatt.”
そしてシエナに向けて一閃を繰り出すアレン。魔力に対して絶大な威力を放つその一閃を受けて、シエナが苦悶の表情を浮かべる。
追撃が加えられる機会だったが、アレンはあえてそうしなかった。
「もうやめてくれ。ソアラやみんなを元に戻して、終わりにしてくれ・・・!」
沈痛の面持ちでアレンが呼びかけるが、シエナは魔力を解除しない。
「私はえりなちゃんが好き・・この気持ちを大事にすると、私の中にいる闇が暴れだしてしまう・・・!」
狂気にさいなまれながらも、シエナは自分の思いと苦悩をアレンに告げた。
「シエナさん、君は・・・」
彼女の心境を察して、アレンが動揺の色を浮かべる。
「だから、あなたの手で私を封印して・・」
「でも、それじゃえりなが・・!」
「確かにえりなちゃんは悲しむと思うけど、これ以上みんなを傷つけてしまうのは、もっと辛いから・・・」
シエナは覚悟を決めていた。もはや自分の中にあるカオスコアの力を抑えきれないことを。そしてそのために、自分が近いうちに封印されることを。
そして自分を封印してくれる相手は、えりな以外に任せたい。シエナは心ひそかにそう思っていたのだ。
「シエナさん、本当にそれでいいのかい・・・!?」
アレンが念を押すと、シエナは微笑んで頷いた。
「・・・分かった・・じゃ、僕も管理局の魔導師としての責務を果たす・・・!」
アレンもストリームを構え、シエナに狙いを定める。
「やめて!」
そこへ明日香と交戦していたはずのえりなが駆けつけ、アレンの前に立ちはだかった。
「え、えりな・・!?」
「アレンくん、シエナさんを封印しないで!シエナさんはこれからも、みんなと幸せの時間を過ごしていくんだよ!」
驚愕するアレンに、えりなが悲痛さを込めて呼びかける。
「えりな、これはシエナさんが自分で決めたことで、封印してほしいと僕に頼んできたんだ。だから僕は、彼女を封印する。」
「いくらシエナさんが頼んだことだからって・・・!」
「僕だって辛いんだ!でも僕は、彼女の気持ちを大事にしたいんだ!」
切実な思いを口にするえりなに、アレンが抑え込んでいた感情をあらわにする。その心境を目の当たりにして、えりなも動揺をあらわにする。
そのとき、シエナが持て余している魔力を放出し、周囲を震撼させる。その衝動にえりなとアレンが眼を見開く。
シエナは両手をかざして、銀の閃光をえりなに向けて放つ。えりなは動揺の色を隠せず、その場を動けないでいた。
そんな彼女の前に飛び出し、アレンがストリームを振りかざして閃光を弾き飛ばす。アレンはその勢いのまま、さらにシエナに向かって飛び込み、一閃を繰り出す。
激しい光刃の一撃を受けて、シエナから光の粒子があふれ出す。崩壊していくシエナの姿を目の当たりにして、えりなが愕然となる。
(えりなちゃん、ありがとう・・・えりなちゃんと出会えたから、私は自分の道を選ぶユウキを持てた・・・本当に、ありがとう・・えりなちゃん・・・)
感謝の気持ちを込めるシエナが、えりなに対して満面の笑みを見せた。その笑顔が、白んでいく光の中へ消えていった。
やがて光の粒子が弾け飛び、シエナの姿が消滅した。その先には淡く黒い光を宿した水晶が浮遊していた。
そしてシエナに銀にされたものが元に戻っていった。ソアラも銀の束縛から解放され、きょとんとした面持ちを浮かべる。
アレンは眼前の水晶を封じることができなかった。現状を把握して水晶を封印しようとするソアラも、彼は手を差し伸べて制した。
一瞬きょとんとするソアラだが、アレンの心境を察して沈痛の面持ちを見せた。
えりなは眼から涙を流し、あふれてくる悲しみを抑えることができなかった。その悲痛さを浮かべたまま。彼女は水晶を両手の中に収めた。
(シエナさん、ごめんなさい・・私が、私がシエナさんのことを・・・)
えりながシエナを想い、さらに涙をこぼす。その悲しみの雫が、彼女の足元に零れ落ちる。
そこへ明日香、ラックス、リッキーが駆けつけ、えりなの様子を見て当惑する。
「えりな・・・」
明日香は思わず呟いていた。えりなの悲痛の姿を目の当たりにして、明日香も強い動揺を感じていた。
「明日香、早くコアの封印を・・!」
ラックスが呼びかけるが、明日香は彼女を手で制する。
「ここは離れよう、ラックス。私たちが封印しなくても、えりなが封印するから・・」
明日香はそういって、展開していた結界を解除した。そしてえりなにもう1度視線を向けてから、この場を後にした。
ラックスも明日香とえりなに眼を向けてから、明日香の後を追っていった。
悲しみに暮れているえりなに、アレンはストリームをペンダントに戻して近づいた。
「これ以上、僕ができることはない。シエナさんをどうするかは、えりな、後は君が決めることだ。」
アレンが冷静さを装いながら言いかけるが、えりなは何も答えない。
「あの、えりな・・・」
アレンが困惑しながら手を伸ばすと、えりなはその手を振り払う。
「えりな・・・!?」
「触らないで・・シエナさんに、触らないで・・・!」
えりながアレンに鋭い視線を向け、低い声音で言い放つ。いつもの明るさが完全に消えていたことに、アレンは動揺を覚える。
「私が、シエナさんを連れて帰るから・・・」
えりなはそういって、水晶を手にしたまま、この場からゆっくりと歩き出した。
「・・・え、えりなちゃん!」
リッキーが慌てて駆け出すが、アレンとソアラはえりなを追うことができなかった。
次回予告
大切なものがなくなった・・・
築き上げてきた絆が切れた・・・
信じていたものが壊れて、どうしたらいいのか分からなくなった・・・
そして揺れる気持ちのまま、力は暴走する・・・
あなたのハートの、イグニッションキー・オン!