魔法少女エメラルえりな

第5話「出会いは運命のいたずらだよ」

 

 

それは、突然の出会いでした。

 

何事も、何の前触れもなく突然起きるもの。

友情も、別れも、ぶつかり合いも運命も。

 

信じるものは、信じなくちゃいけないものは何なのか・・・

進んで迷って、時にはぶつかって、それぞれその答えを見つけていく・・・

 

魔法少女エメラルえりな、始まります。

 

 

 篤に自分が魔法使いであることを明かすこととなったえりな。篤と、そしてアレンとソアラと別れたえりなは、狐の姿のリッキーとともに家に戻ろうとしていた。

 その途中、リッキーはえりなの異変に気づいた。彼女はひどく疲れている様子だった。

(えりなちゃん、もしかしたらムリをしてるのかもしれない・・何の魔法訓練もしていないのに、今まであれほどの戦いをしてきたんだから、当然といったらそうかもしれない・・・)

 リッキーは胸中でえりなの身を案じていた。心配のあまり、彼は彼女に声をかけた。

「えりなちゃん、大丈夫?」

「リッキー?・・うん、大丈夫だよ。ちょっと、つかれて・・る・・・」

 リッキーに微笑んで答えたときだった。えりなが突然倒れた。突然のことに、肩から着地したリッキーがえりなに駆け寄る。

「えりなちゃん!しっかりして、えりなちゃん!」

 リッキーが頬を赤らめているえりなに必死に呼びかける。息を荒くするえりなは、自力で起き上がることができない。

(どうしよう・・転移して近くの医者に・・!)

 リッキーが動揺のあまり、周囲を見回す。彼の回復魔法は、病による疲れまでは治せない。

 混乱しかかっていたリッキーと、発熱で動けないえりな。そこへ1人の人影が2人に差し掛かった。

 

 えりなたちと篤と別れたアレンとソアラ。彼は束の間の休息の中、アレンはアースラに現状の報告をしていた。

“あっちゃー・・また民間人に見られちゃったよ〜・・”

 念話を通じて、エイミィが肩を落とす。その落胆の声にアレンもソアラも気まずくなる。

“でも、その人はあまり事件に介入する様子はないのだろう?ならさほど気にすることもないだろう。”

「そうですか・・・それならあえて追求することはないでしょう・・」

 クロノの言葉にアレンが頷く。

「引き続き、えりなとリッキーと協力して、カオスコアの回収を続けます。」

“分かった。僕たちもアースラから捜索を行ってみる。くれぐれも気をつけて行動してくれ。”

 クロノからの指示を受けて、アレンは通信を終えた。

「ソアラ、カオスコアの気配は?」

「う〜ん・・ダメ。まだ気配を感じないよ。」

 アレンの声にソアラが沈痛の面持ちで首を横に振る。

「どうしよう、アレン・・早くしないとカオスコアが・・」

「焦るな、ソアラ。焦るといい判断ができなくなるよ。落ち着いて地道にやっていこう。」

 動揺するソアラを励まして、アレンは歩き出した。ソアラも子猫の姿になって、彼の後についていった。

 2人はひとまず街に出てみた。人へ擬態する能力から、カオスコアが人ごみに紛れている可能性は高いと判断したからだった。

 私服に着替えていたアレンは、一般人として街を歩いていた。だが問題は街に入ってしばらくしてから起きた。

「わー♪何だろう、あれ?」

 ソアラが突然声を上げ、アレンは慌てて路地裏に隠れた。

「お、おい、ソアラ、いきなり声を上げるな・・・!」

「だってー、あの食べ物おいしそうだったんだもん・・」

 小声で注意するアレンに対し、ソアラが通りの先のあるものを指差した。アレンが眼を凝らして見ると、それはレストランのカレーライスの見本だった。

 この世界についても学習してきたアレンと違い、ソアラは今回初めてこの世界を訪れており、この知識において乏しいところがある。この世界では当然のものでも、ソアラは興味を示し、時に感動する一面も見せることがあったのだ。

「ソアラ、今はカオスコアの捜索だ。時間をかけていこうとは言ったけど、寄り道していいとは言ってないからね。」

「ブー、ブー・・・!」

 アレンが言いとがめると、ソアラがふくれっ面を見せる。その態度に肩を落としながらも、アレンは捜索を続けた。

 

 高熱で倒れ、意識を失っていたえりな。彼女が眼を覚ましたのは、見知らぬ部屋のベットの上だった。

「あれ?・・ここ、どこ?・・私、どうしちゃったの・・・?」

 戸惑いを覚えながら、えりなは周囲を見回す。部屋の中はきれいで、思わず見とれてしまうようだった。

 しばらく呆然となっていると、部屋に1人の女性が入ってきた。長い銀髪のおしとやかな女性だった。

「よかった。気がついたみたいね。」

 女性がえりなに安堵の笑みを見せる。

「あの、これはどういう・・・?」

「あなたは道の真ん中で倒れてて・・ただの発熱みたいだったから、病院には連れて行かずに、ここで休ませることにしたの。」

 困惑するえりなに女性は説明を入れて、持ってきた水の入ったコップと薬を手渡す。

「この様子なら、すぐに治りそうね。気にせずここで少し休んでいって。」

「はい。ありがとうございます。えっと、あなたは・・」

 感謝の言葉をかけるえりなが口ごもる。すると女性は微笑んで答える。

「シエナよ。私はシエナ・ウィンダム。」

「私は坂崎えりなです。本当に・・本当にありがとうございます、シエナさん。」

 それからえりなはシエナに促されて薬を飲み、再びベットで横になった。

「あ、そうそう。えりなちゃんの家のほうに連絡しておかないと。」

「いえ、そんな・・・」

 シエナの気遣いに、えりなは照れ笑いを浮かべた。それからシエナはレストラン「バートン」に連絡。雄一に自宅の住所、電話番号、名前を告げた。

 

「そうですか。どうもありがとうございました。何かありましたら、ご連絡いたしますので・・」

 シエナから連絡を受けた雄一は、彼女を信じてえりなを任せ、電話を切った。それから雄一は、千春に事情を説明した。

「そうだったの・・でもシエナさんがそばについているなら、とりあえずは安心してよさそうね。」

「優しい声の人だった・・とにかく、すぐに迎えに行ってくるよ。」

「ううん。私が迎えに行くわ。お父さんはお店とまりなをお願い。」

 雄一に代わってえりなを迎えに行く千春。雄一も千春を信じて、帰りを待つことにした。

 

 篤がカオスコアの事件に巻き込まれたことに、明日香の心は大きく揺れていた。彼女の様子に、子猫の姿のラックスは心配でたまらなかった。

「明日香、大丈夫だって。あのカオスコアは封印されたから、お兄ちゃん、元に戻ってるって。」

「分かってる・・でも、お父さんとお母さんがいなくなって、お兄さんまでいなくなってしまったらと思うと・・・」

 ラックスの心配に対して、明日香は歯がゆさをあらわにする。

「もしもお兄さんに何かしようって言うなら、私はそれを絶対許さない・・・!」

「明日香・・・」

 憤る明日香に、ラックスは沈痛の面持ちを浮かべる。使い魔は主人と精神がつながっており、主人の感情が使い魔に流れ込んでくる。両親を奪われた明日香の悲しみと怒りが、ラックスの心に押し寄せてきていたのだ。

 そのとき、部屋のドアがノックされ、机に顔を伏せていた明日香が起き上がる。

「明日香、帰ってきてるかい?」

「お兄さん・・・」

 部屋の外から篤の声がかかり、明日香は立ち上がってドアを開ける。

「どうしたの、お兄さん・・・?」

「明日香、ちょっといいかな?」

 篤の言葉に明日香は無言で頷いた。篤は尻尾を振って見せているラックスに眼を向けてから、明日香に話を切り出した。

「明日香、何かあったら僕は僕のできる限り協力したいと思ってるよ。」

「お兄さん・・・?」

 篤の言葉に明日香が疑問符を浮かべる。

「僕の思い込みだけかもしれないけど、えりなちゃんは、明日香にとってかけがえのない友達だと思うんだ。何かあったかは分からないけど、えりなちゃんと仲良くしてあげて。」

「お兄さん・・・ありがとう・・大丈夫だよ。えりなとは大丈夫だから・・・」

 篤が励ましの言葉をかけると、明日香は微笑を作る。彼女が思いつめていると察していたが、篤はあえて追及せず、2人の和解を信じることにした。

「僕の話はそれだけだよ。もし相談したいことがあったら、遠慮しないで僕に言って。」

「うん。分かった・・・」

 明日香が頷くのを見て、篤は笑みをこぼして部屋を後にした。

(お兄さん、ごめんなさい・・私は、どうしてもやらなくてはならないことがあるの・・・)

 兄に対して後ろめたい気持ちにさいなまれながらも、明日香はカオスコア封印を続けることを決めた。

 

 夕方ごろ、えりなが休んでいたウィンダム宅に、迎えに来た千春が訪れた。その頃にはえりなはある程度まで回復していた。

「本当にお世話になりました、ありがとうございます。」

「いえ、そんな・・私は倒れている子を放っておけないだけですよ。」

 感謝して一礼する千春に、シエナが笑みをこぼして弁解する。

「よかったら、私たちのレストランでおもてなしいたしますよ。」

「ありがとうございます。機会があったら行きたいと思いますので。」

 今度はシエナが感謝の言葉をかける。

「ご来店、お待ちしております。」

 えりながシエナに一礼をする。するとシエナがえりなに満面の笑みを見せた。

 

 暗闇に満ちた夜の道を徘徊する不気味な影。影は闇に溶け込むように、ゆっくりと夜道を進んでいた。

 その道の途中で、影の前に数人の女性たちがやってきていた。アルバイトの帰りだった。

「あれ?何だろ?」

「えっ?影がヘンに揺れてるだけでしょ?」

「そうよ、そ。気にしない、気にしない♪」

 3人の少女たちは気にせずに前へ進んでいく。

 そのとき、人の形を取った影の眼が不気味に光った。その様子に少女たちが緊迫を見せる。

「ちょっと、あれ・・!?」

 少女の1人が声を荒げた瞬間、影が掲げた右手から銀色の光を放つ。その閃光が少女の1人、ショートヘアの少女を包み込む。

 その光が治まった先には、両腕を掲げて自分の身を守ろうとした体勢のまま、全身が銀色に染まって動かなくなった少女の姿があった。

「ど、どうしちゃったのよ、いったい・・・!?」

 もう1人の少女が恐る恐るその少女の体に触れる。その体は人間でなくなったかのように固く冷たくなっていた。

「こ、これって・・・!?」

 恐怖に顔を歪める少女たちが振り向いたそのとき、影が再び閃光を放つ。少女たちの悲鳴の後、影は光とともに姿を消した。

 

 シエナに介抱され、無事帰宅を果たしたえりな。その翌日、えりなはいつもの元気を見せながら、まりなとともに学校に向かった。

「お姉ちゃん、ホントに大丈夫?休んでたほうがいいと思うんだけど・・」

「大丈夫、大丈夫♪私の体は私が1番分かっているのだよー♪」

 まりなに心配にえりなが笑顔で答える。するとまりなは怪しげな面持ちで言葉を返す。

「病み上がりが1番危ないんだよ、お姉ちゃん。やっぱりここはあたしがしっかりしないと。」

「ちょっと、まりな、それどういう意味よ!」

 えりながふくれっ面になると、まりなが軽い足取りで駆け出していった。えりなが不満を覚えるが、まりなを追おうとはしなかった。

「もう、しょうがないんだから、まりなは。」

「相変わらずのようね、アンタたち姉妹は。」

 そこへ姫子に声をかけられ、えりなが振り向く。姫子の隣には広美の姿もあった。

「姫子ちゃん、広美ちゃん、おはよー♪」

「おはよう、えりなちゃん。機能、風邪をひいたって聞いたけど・・その様子だと大丈夫みたいね。」

 元気に挨拶するえりなの様子を見て、広美が安堵の微笑みを浮かべる。

「心配かけちゃってゴメンね、2人とも。でも私はこのとーり♪ピンピンしてます。」

「分かった、分かった。だけどあんまりはしゃぎすぎて、また病気になっても知らないからね。」

 姫子に言いとがめられて、えりなは気まずい面持ちを浮かべて肩を落とす。

「さて、シエナさんに改めて、昨日のお礼に行かないとね。」

「シエナさん?」

 えりなの言葉に広美が疑問を投げかける。

「昨日、熱で倒れた私を助けてくれた人なの。優しくて美人で・・」

「そうなんだね。だったらあたしも一緒に行くから。友達として、あたしもお礼に行かないとね。」

 姫子が頷いてみせて、えりなとともにシエナに会うことを告げる。

「私も一緒に行くね。みんなで会いに行きましょう。」

「広美ちゃん・・・ありがとね、2人とも・・・」

 広美と姫子の親切に、えりなは喜んで感謝の言葉をかけた。

「へぇー、お前に親切にしてくれたなんて、ずい分優しい人だな、その人は。」

 そこへ健一が駆け寄ってきて、えりなは顔を引きつらせる。

「何よ、またアンタなの、健一。」

「そんな人だったら、オレも1度会ってみたいもんだなぁ。よしっ!オレも一緒に行くぜ。」

「えっ!?何でアンタがわざわざついてくるのよ!?」

 健一の言葉にえりなが不満の声を上げる。だが健一は気さくな態度を変えない。

「いいじゃねぇかよ。オレ、どうせ暇だし、ついていってもバチは当たらねぇだろ?」

「当たるわよ!アンタが一緒にいると、私が恥をかくんだから・・!」

 ふくれっ面になるえりなだが、健一は相変わらずの態度だった。

 その放課後、えりなは姫子と広美とともに、ウィンダム家へ向かった。だが、呼んでもいないのに健一が彼女たちの後をついてきていた。

「素直に仲間に入れたらいいと思うんだけど、えりなちゃん・・」

「別に私は仲良くするつもりはないからね。こうなったら、ついていきたいならついてくるといいわよ。」

 広美の声に、えりなは開き直りを見せながら歩を進める。彼女の態度を目の当たりにして、広美も姫子もかける言葉がなかった。

 そんな落ち着きのない雰囲気のまま、えりなたちはウィンダム家にたどり着いた。

「ここがえりなを助けてくれた人の家?」

「うん。でも、家にいるかな・・?」

 姫子の言葉にえりなも呟きを口にする。彼女はひとまずインターホンを押してみる。

 呼び鈴がなってしばらくすると、シエナの声がインターホンから響いてきた。

“はい。”

「こんにちは、坂崎えりなです。昨日のお礼に来ました。」

“はい。玄関は開いてるから、どうぞ入ってきて。”

 シエナの承諾を受けて、えりなは姫子と広美に笑みを見せてから、家に入ることにした。健一も気さくな笑みを浮かべて入ってきた。

 玄関に入ると、シエナが優しい笑顔でえりなたちを迎えてくれた。

「いらっしゃい、えりなちゃん。あれ?えりなちゃんのお友達?」

「はい。約1名除いて。」

「おい、約1名ってなんだよ。」

 シエナの質問に答えるえりなに、健一が不満を口にする。えりなと健一のやり取りを見て、シエナが笑みをこぼす。

「仲がいいのね、えりなちゃんとその子は。」

「ち、違いますよ、シエナさん!こんなヤツ、仲がいいなんて・・!」

 えりなが慌てて弁解するが、シエナは笑顔を崩さなかった。

「そういえばまだ名前聞いてなかったね。」

「あ、はい。仙台姫子っていいます。」

「私は三井広美です。」

 シエナに訊ねられて、姫子と広美が自己紹介をする。

「オレは辻健一。よろしく。」

 続けて健一も自己紹介をする。そのとき、えりなの肩に、狐の姿のリッキーが飛びついてきた。

「あと、この子がリッキー。」

「狐も友達なんだね。よろしく、リッキーちゃん。」

 えりなの紹介を受けたリッキーの髪を、シエナは優しく撫でた。

「シエナさん、昨日は本当にありがとうございました。シエナさんのおかげで、私はこの通り、元気になりました。」

「いいのよ、えりなちゃん。私はただ助けたかっただけなんだから。それに・・」

「それに?」

 突然沈痛の面持ちを浮かべたシエナに、えりなが疑問符を浮かべる。

「実は私、友達も家族もいないから、えりなちゃんたちみたいに友達がいる子がとてもうらやましい・・・」

 シエナの心境を察して、えりなたちも沈痛さを覚えて言葉をかけられなくなる。だがえりなは気持ちを落ち着けてから、シエナに声をかけた。

「大丈夫ですよ、シエナさん。もしお友達がいないっていうなら、私がシエナさんのお友達になりますよ。」

「えりなちゃん・・・」

 えりなの言葉にシエナが戸惑いを見せる。

「私も、シエナさんの友達になりますよ。」

「あたしも構わないわよ。」

 広美、姫子も同様に頷く。

「オ、オレも構わないぜ。」

 健一も照れ隠しを見せながら同意する。彼らの優しさを受けて、シエナはかつてない喜びを覚え、眼の涙を浮かべていた。

「ありがとう・・ありがとうね、みんな・・・」

「シエナさん、これからもよろしくね♪」

 涙するシエナに、えりなは満面の笑顔を見せた。

 

 夜に多発する奇怪な現象。その真相を確かめるべく、アレンとソアラは動いていた。

 何者かによって人々が銀に変えられていたのである。被害者はいつも複数で発見。年齢に大きな差がないことから、クラスメイトや同僚がほとんどだった。

“これはかなりのやり手の仕業だね。一夜のうちに4、5人、多くて10人を銀に変えちゃってるんだから。”

 子猫の姿のソアラが、念話でアレンに話しかける。

(とにかく、そのカオスコアがどこにいるのか、誰に化けているのか確かめないと。)

“今はまだ気配を感じない。この近くにいるはずなんだけど・・”

(多分、そのコアは日常に解け込んでしまってるんだ。下手をしたら厄介なことになりそうだ・・)

 ソアラの言葉にアレンが毒づく。カオスコアは人間に変身する能力を備えている。それを駆使して日常に解け込んでいる可能性が極めて高い。

 そのカオスコアを封印すれば、その日常を壊しかねない。アレンはその危険を、心の片隅で恐れていたのである。

(とにかく、カオスコアの居場所だけでも把握しておかないと・・艦長、カオスコアの捜索、アースラからもお願いします。)

“分かっている。今、エイミィが捜索を続けている。アレン、君も捜索を続行しつつ、いつでも戦えるようにしておくんだ。”

 アレンの連絡に、アースラにいるクロノが指示を送る。受け入れたアレンは、ソアラとともに、カオスコアの捜索を開始した。

 

 シエナとともに、ウィンダム家でのひと時を楽しんだえりなたち。シエナとの親交を深めて、えりなは大きな喜びを感じていた。

 その時間もすぐに過ぎてしまい、時刻は5時を回っていた。

「あ、もうこんな時間。あたし、そろそろ帰らないと。」

 姫子が部屋の時計を見て声を上げる。

「シエナさん、今日はホントに楽しかったよ。時間があったらまた来てもいいかな?」

「えぇ。ときどき家にいないときがあるけど、だいたい家にいるから。」

 姫子の問いかけにシエナが笑顔で答える。

「じゃ、またみんなで行こうね、広美、えりな。」

「今度は3人だけで来ますので♪」

 姫子に同意するえりなに、健一がたまらず椅子から転げ落ちる。

「そ、そりゃないよ、えりな!別にオレがいたって迷惑じゃ・・」

「迷惑なのよ、健一!」

 気さくな面持ちの健一の抗議を、えりなの強気な言動が一蹴する。その迫力に健一は唖然となり、言葉が出なくなる。

「それじゃ。今日もありがとうございました、シエナさん。いつか、バートンのほうにもいらしてくださいね♪」

「うん、そのつもりよ。近いうちに寄らせてもらうって、お父さんとお母さんによろしくね。」

 シエナの言葉に、えりなも笑顔で頷いた。言葉を切り出せなくなり、健一は部屋の片隅でいじけていた。

 

 それからえりなたちは帰路についていた。その途中で、えりなたちはシエナとの談話への喜びを振り返っていた。

「シエナさん、はじめは大人しそうな感じがしたけど、話をしてみるとけっこう明るい人だったね。」

「そうだね。私もちょっとビックリしちゃってるかも。」

 姫子の感想にえりなが相槌を打つ。広美も笑みを見せて頷く。

 そのとき、えりなが突然足を躓いた。倒れそうになったところを、彼女は健一に支えられる。

「おい、大丈夫か?」

「え、あ、うん。ありがと・・」

 健一の声に戸惑いを覚えつつ、えりなは体勢を立て直す。

「しっかりしてくれよ。まさかまた病気になったなんていうんじゃねぇだろうな?」

「もう、そんなんじゃないってば。バカにしないでよね。」

 からかい半分で言いかけてくる健一に不満を見せながらも、えりなは困惑を拭いきれなかった。

 そのとき、えりなは強い魔力を感じ、緊迫を覚える。彼女は足を止め、魔力がかすかに流れ込んでくるほうへ振り返る。

「どうしたの、えりな?」

 そこへ姫子がえりなに声をかける。えりなは笑顔をつくろって、姫子たちに答える。

「ゴメン、みんな!先に帰ってて!ちょっと用事思い出したから!」

「ちょっと、えりな!今から用事って・・!」

 姫子が呼び止めるのも聞かずに、えりなはリッキーとともに立ち去っていった。

 

 日が傾きかけた時間に、人気のない裏路地に現れた影。その気配を、明日香とラックスも感じ取っていた。

 光を放つ影の前に、バリアジャケットを身にまとい、起動させたウンディーネを構える明日香が降り立った。

「カオスコアは私が封印する。お兄さんや、みんなを傷つけることは許さない・・・!」

 デバイスの柄を強く握り締めて、明日香が影に言い放つ。影は人の形を取り、銀の閃光を彼女に放つ。

Flow dash.”

 明日香はその閃光を、流れるような速い動きで回避する。

Drop Sphere.”

 そして水の光弾を発射し、影に命中させる。その攻撃に影は怯み、痛烈さをあらわにする。

「ラックス、一気に畳み掛けて!」

「任せて、明日香!」

 明日香の呼びかけを受けて、銀の狼の姿のラックスが影に飛びかかる。影はとっさに光を放つが、ラックスは素早く横に飛びのき、右の前足を振りかざす。

 影はその攻撃にさらに怯み、数歩後退する。

(コイツ、思ってたほど強くはないみたいだよ!このまま押し切っちゃおう!)

(ラックス、油断しないで!カオスコアは何を仕掛けてくるか、最後まで分からないから!)

 念話で呼び合うラックスと明日香。ラックスが影にギリギリまで接近して旋回し、そこを明日香が砲撃を撃ち込んだ。影は弱まり、やがて完全な人の姿となる。

 影の前に明日香が降り立ち、ウンディーネを向ける。

「私はあなたを封印する。みんなが幸せであってほしいから・・」

「明日香ちゃん!」

 そこへブレイブネイチャーを手にしたえりなが駆けつけてきた。明日香は振り向かずにえりなに声をかける。

「えりな、邪魔しないで。私はカオスコアを封印するから。」

「だから明日香ちゃん、私も一緒にカオスコアを封印して・・!」

 低く言いかける明日香に言い返そうとしたとき、えりなは信じられない光景を目の当たりにした。明日香たちが対峙していたのは、先ほどまで会っていたシエナだったのだ。

「こ、これって・・・!?」

 えりなは愕然となった。どうしてシエナと明日香が対立しているのか、理解できなかったのだ。

「どういうことなの・・どうして、シエナさんが・・・!?」

「そこにいるのはカオスコアだよ。私とラックスが追い詰めて、力が弱まって人間の姿になったの。」

「ウソだよ・・こんなこと・・こんなこと!」

 明日香の説明と眼の前の現状を必死に否定するえりな。

「シエナさん、こんなのウソだよね!?・・リッキー、違うよね・・・!?」

 動揺の色を隠せないまま、シエナとリッキーに問い詰めるえりな。だが2人とも沈痛の面持ちのまま、首を横に振る。

「その子の言う通りよ、えりなちゃん・・私はカオスコア。この世界の人間に成りすましているコアなのよ。」

「そんな・・そんなのって・・・!」

 シエナの言葉を聞いても、えりなは信じることができなかった。

「もしかして、あのときえりなちゃんを助けたのは、えりなちゃんの魔力を・・!?」

「それは違う!」

 リッキーが言いかけた言葉をシエナがさえぎる。

「確かにえりなちゃんの魔力に惹かれたのもあるかもしれない。でもあの時えりなちゃんを助けたのは、本当に放っておけなかった、助けたいと思ったからなのよ!」

 シエナが必死に説明したところへ、明日香が砲撃を放つ。砲撃はシエナとえりなの間をすり抜け、通り過ぎていった。

「私はそんなウソには騙されない。カオスコアはそうやって、みんなの幸せを壊すのよ。」

「明日香ちゃん!」

 低く言い放つ明日香の前に、えりなが悲痛の面持ちで立ちはだかる。

「シエナさんはそういう人じゃない!本当にカオスコアだったら、私を助けてはくれなかった!」

「えりなちゃん・・・」

 えりなの思いを目の当たりにして、リッキーが困惑する。しかし明日香は憤りを覚えるばかりだった。

「騙されないで、えりな!カオスコアがみんなの家庭の中に入り込んで、その幸せを壊してきたのを何度か見てきている。みんなの幸せを守るには、カオスコアを封じるしかないんだよ・・・!」

 明日香は感情をむき出しにして、ウンディーネをえりなに向ける。

「明日香ちゃん・・やっぱり、戦うしかないのかな・・・」

 えりなも物悲しい笑みを浮かべ、ブレイブネイチャーを明日香に向ける。

Blast form.”

Blaster mode.”

 ウンディーネとブレイブネイチャーがそれぞれ砲撃型へと形を変える。

Ocean smasher.”

Natural blaster.”

 明日香とえりながそれぞれ魔力の砲撃を放つ。膨大な2つの閃光はぶつかり合い、破裂するように相殺される。

「シエナさん、ここは私が食い止めるから逃げて!」

「えりなちゃん!」

 えりなの呼びかけにシエナとリッキーが声を荒げる。明日香が焦りを覚えながら駆け寄ろうとするが、えりなが完全と立ちはだかる。

「えりな!あなたが何をしているのか分かっているの!?今あなたがしていることは、みんなを不幸にすることなのよ!」

「そのみんなの幸せのために、シエナさんを不幸にしていいの!?」

 明日香の叫びにえりなが反論する。リッキーもラックスも困惑したまま、2人の対立に割り込むことができないでいた。

「私はシエナさんを守る!たとえ明日香ちゃんと戦うことになっても!」

Saver mode.”

 えりなは言い放ち、光刃を発したブレイブネイチャーを振りかざして明日香に飛びかかる。明日香はとっさにウンディーネを構え、振り下ろされた一閃を受け止める。

 2人の対立に動揺を隠し切れないまま、シエナはたまらずその場を立ち去った。

 えりなを突き飛ばし、距離を取る明日香。カオスコアに対する明日香の感情が今、えりなに向けられようとしていた。

「だったら、カオスコアを封印するため、私はあなたを倒す!」

 明日香も感情の赴くまま、えりなに向かって飛びかかる。えりなもブレイブネイチャーを構えて迎撃に備える。

「やめるんだ!」

 そこへストリームを手にしたアレンが割って入り、2人を制する。明日香がたまらず足を止め、再び距離を取る。

「何をやっているんだ!カオスコアはどうしたんだ!?」

 アレンが憤りを込めて、えりなと明日香に呼びかける。

「どいて!私はカオスコアの封印の邪魔をするえりなを倒さなくてはならないの!」

 明日香のこの言葉にアレンは眼を見開く。えりながカオスコアを逃がしたことに、彼は一瞬混乱を覚えた。

「えりな、どういうことなんだ・・まさか、本気で君は・・・!?」

「違う、違うの!・・あれは、シエナさんなの・・・!」

 問い詰めるアレンにえりなが悲痛の面持ちで答える。アレンが恐れていたことが今、彼の眼の前で起ころうとしていた。

 

 

次回予告

 

何が幸せなのか・・・

何が正しいことなのか・・・

ひとつの心を巡って、3人の思いが交錯する。

たとえ間違っていることでも、信じることは悪くはないよね・・・?

 

次回・「安らぎは心の中だよ」

 

あなたのハートの、イグニッションキー・オン!

 

 

作品集

 

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