魔法少女エメラルえりな

第2話「緑の魔法の出会いだよ」

 

 

それは、突然の出会いでした。

 

平穏な日常を過ごしていた中での不思議な出来事。

魔法、次元世界、カオスコア。

いろいろなことだらけで、まさに謎が謎を呼ぶ展開。

 

まだまだよく分からないことだらけだけど。

自分の気持ちのままに、この出来事に向かっていく。

 

魔法少女エメラルえりな、始まります

 

 

 海鳴市内のとある街。群集の中、1人の少年が周囲に冷たい視線を投げかけていた。

 その瞳に不気味な光が宿った瞬間、少年の体から稲妻が走った。その閃光が街を駆け抜けると、一気に灰色に染め上げられた。全てが鉄のような無機質になり、人々は微動だにしなくなっていた。

「そこまでよ。」

 そこへ1人の少女が降り立ち、少年が振り返る。その先には防護服「バリアジャケット」を身にまとった明日香の姿があった。

「カオスコアは1個も逃がさない・・私が全部封印する・・・!」

 明日香が低く言い放つと、少年が不気味に微笑む。そして両手に帯びていた稲妻を明日香に向けて放つ。

 明日香は飛び上がってこれをかわし、ウンディーネを少年に向ける。

Samiz breath.”

 その先端から水流が放出され、少年を飲み込む。しかし少年は流されることなく、平然と立っている。

(このカオスコアは手強い・・やっぱり威力を上げないと・・!)

“明日香!”

 思考を巡らせていた明日香に呼びかけながら、ラックスが少年に飛びかかってきた。子犬の姿ではなく、威圧感のある狼の姿で。

 その突進を、少年は後退して回避する。ラックスもすぐに後退して、明日香の横に来る。

「ラックス、ウンディーネ、ドライブチャージ、行くよ。」

Drive charge.”

「いきなり本気だね、明日香。まぁ、早く終わらせるに越したことはないけど。」

 明日香の声にウンディーネとラックスが答える。ウンディーネが明日香の魔力を得て、力を高めていく。

 グラン式のデバイスには、使い手、あるいは周囲に霧散している魔力を収束させる「ドライブチャージ」の機能を備えている。この魔力の一点集中を行うことで、攻撃力を爆発的に上げることが可能となる。その機能の発端は、ベルカ式カートリッジシステムである。

 ドライブチャージは基本的にデバイスの使い手の魔力を消費して発動されるため、カートリッジを必要とせず、使い手の魔力が続く限り、何度でも使用することが可能である。

「ウンディーネ、一気に決めるよ。」

Ocean smasher.”

 明日香が少年に向けて水色の閃光を解き放つ。少年も時間凍結の稲妻を放って迎え撃つ。

 激しくぶつかり合う2つの大きな力。だがドライブチャージによって威力を向上させているウンディーネが、次第に少年を圧倒していく。

 そしてついに閃光が少年を飲み込んでいった。光が収まったその先には、漆黒の水晶が浮かんでいた。

「カオスコア、封印。」

 明日香がウンディーネを掲げると、その水色の宝玉に漆黒の水晶が取り込まれた。

Receipt complete.”

 ウンディーネがカオスコア封印を告げる。

「やったね、明日香♪これで3個目だね♪」

 喜びをあらわにするラックスに、明日香が微笑んで頷く。しかしすぐに深刻な面持ちになる。

「でも、カオスコアはまだまだ残っている。まだまだ安心はできない・・・」

「明日香・・・」

 明日香の言葉に、ラックスが沈痛さを覚える。落ち着きを払っている明日香の心の中に憤りが渦巻いているのを、ラックスは感じ取っていた。

 

 魔法の杖、ブレイブネイチャーを使って、カオスコアを封印したえりな。石化されていた森が元に戻り、彼女に呼びかけていた少年も解放された。

「よかったよ。君に素質があって・・できることなら、僕だけで何とかしたかったんだけど・・」

 安堵した直後に沈痛の面持ちを浮かべる少年。

「いったい、何がどうなってるの・・・?」

 少年の前で、えりなが当惑をあらわにしていた。彼女の疑問を目の当たりにして、少年は再び安堵を浮かべた。

「とりあえずお礼は言っておかないとね。ありがとう。えっと、君は・・?」

「・・・あ、私はえりな。坂崎えりな。」

 少年に声をかけられて我に返り、えりなは自己紹介をする。

「僕はリッキー・スクライア。君たちからしてみれば、異世界の人間ってことになるのかな?」

 少年、リッキーが笑みを見せて自己紹介をする。だがえりなは疑問を拭えないでいた。

「僕たちの住んでる世界は、魔法や産物などの文化が発展しているんだ。君が使った杖も、君が身に着けたその服も、僕たちの世界のものなんだ。」

「ねぇ、今のは何だったの?何であなたは石になっていたの?」

「それは・・」

 えりなの質問に答えようとしたとき、リッキーが突然前のめりに倒れこんだ。

「えっ!?ちょっと、リッキー!?」

 えりなが驚き、リッキーに手を伸ばそうとしたときだった。リッキーの姿がブラウンの体毛の子狐へと変わった。

「えっ?えっ!?」

 その変化にえりなが再び驚きを見せる。狐となったリッキーが小さく顔を上げる。

(ゴメンね・・石化にかかってたせいで、魔力を使い切ってたみたいだ・・ちょっと、休ませてくれないかな・・・)

「それって、疲れたってこと・・・!?」

 念話で心に話しかけてきたリッキーの声を聞いて、えりなが当惑する。その彼女の前で、リッキーは疲れ果てて眠りについた。

「リ、リッキー!リッキー!・・・どうしよう・・・」

 意識を失ったリッキーに呼びかけるも、起きる気配がなく、えりなは途方に暮れる心境に陥った。緊迫が解かれたことで、彼女がまとっていたバリアジャケットが消失し、元の制服に戻った。同時に杖の形を取っていたブレイブネイチャーも、元の箱と鍵へと戻った。

「とにかく、どこかで休ませたほうがいいかも・・」

 思い立ったえりなは、リッキーを抱えて森を出た。

 

 私営レストラン「バートン」。えりなの両親、雄一と千春が経営している店である。

 昼食の時間を過ぎてからも、軽食のために訪れる客もあり、雄一たちや店員たちはなかなか落ち着けないでいた。

 そんなバートンに、森から帰ってきたえりなが入ってきた。

「おかえりなさい、えりな。あれ?どうしたの、その狐?」

 声をかけた千春が、えりなが抱えている子狐を眼にする。

「うん・・倒れたのを見つけて・・でも傷とかなかったし、疲れただけかもしれないし・・」

 えりなは狐、リッキーを見つめながら説明する。先ほどの出来事が現実離れしていると思った彼女は、あえて嘘を含ませた。

「どこかおかしな様子はないようだし、本当にすやすや眠っている感じね・・」

 リッキーの様子を伺いながら、千春が呟く。そして戸惑いを浮かべているえりなを見て、彼女は微笑みかけた。

「えりな、部屋で休ませてあげて。体が冷えないように気をつけてね。」

「う、うんっ!」

 千春の言葉にえりなが満面の笑顔を見せる。そして彼女はリッキーを抱えて、2階の自分の部屋に向かった。

「どうしたんだ、えりなは?」

 そこへ厨房から顔を見せてきた雄一が、千春に声をかけてきた。

「えりなが子狐を助けたの。それで少し休ませることになって・・」

「なるほど。そういえば昔、猫を飼ってたな。死んでしまったときは、1日中泣いてたよ、あの子。」

 千春から事情を聞いた雄一が、幼い頃のえりなを思い出して笑みをこぼす。ずっと泣いていた彼女の姿を、彼らは今でも鮮明に覚えていた。

 

 千春の了承を得たえりなは、自室にリッキーを入れ、ベットの上に寝かせた。バスタオルを体にかけて、リッキーの安否を気にする。

 その最中も、えりなは未だに疑問を抱えていた。

「私、どうしたらいいのかな・・・?」

 小さく呟いたところで、えりなは手にしていた箱、ブレイブネイチャーを見つめる。

 魔法、異世界、カオスコア。まだまだ分からないことは数多くあった。しかしえりなは自分自身で答えを出すことができず、リッキーを頼りにせざるを得なかった。

 途方に暮れそうになったところで、リッキーが体を起こしてきた。狐の姿のまま、リッキーはえりなに声をかけた。

「もしかして、えりなちゃんが僕を助けてくれたの・・・?」

「えっ?あ、気がついたんだね。よかったよ〜・・」

 リッキーが眼を覚まし、えりなが安堵の笑みを浮かべる。

「でも魔力はまだ回復してないみたいだ・・あのカオスコアを封じ込めようとしたときに、少しムチャしちゃったかな・・」

「ねぇ、リッキーはどっちがホントの姿なの?魔法とかそういうのがあるくらいだから、動物が人間になれるってことも・・」

 苦笑いを浮かべるリッキーに、えりなが質問を投げかける。するとリッキーが再び苦笑いを浮かべて答える。

「簡単にいうけど、僕は動物形態に変身できる人間、ってところかな。」

「なるほど。やっぱり人間なんだ・・」

 いぶかしげに頷いてみせるえりなに一瞬唖然となりながらも、リッキーは話を続ける。

「確かに人間に変身できる魔法を備えているのがほとんどの“使い魔”っていうのはいるけど、僕はそういうのじゃないんだ。」

「なるほど、なるほど。それで、さっき言ってた異世界とか、今言った使い魔とかって・・?」

 えりながリッキーに問いかけたとき、部屋のドアがノックされる音が響いた。驚きを覚えつつ、えりなはリッキーに静かにするように口元に人差し指を当ててから、ドアを開ける。

 ドアの先には小さなクッキーがたくさん入った小皿を持ったまりなが立っていた。

「あれ?まりな、どうしたの?」

「お姉ちゃん、お母さんがその子狐ちゃんのためにクッキーを焼いてくれたよ。食べるかどうか分かんないけど、とりあえず出してみようって。」

「そうなんだ・・ありがとうって言っておいて、お母さんに。」

 満面の笑みを浮かべるまりなが差し出したクッキーを、えりなも笑顔を見せて受け取る。

「ところでお姉ちゃん、今誰かと話してなかった?」

「えっ!?」

 まりなの唐突な問いかけに、えりなが一瞬驚く。

「う、ううん、何でもないよ、何でも・・」

「そう?何かに話しかけてたように聞こえたけど・・・あ、もしかして、あの子狐ちゃんに話しかけてたなんて、子供みたいなことしてたんじゃ・・」

「いいじゃないの。リッキーは疲れてたんだから。」

「もう名前まで付けちゃってるし・・やっぱりあたしがしっかりしないと。」

 いぶかしげな面持ちを浮かべて腕組みし、まりなはえりなの抗議を気にせずに立ち去っていった。からかわれたと思っているえりなは、大きく肩を落とすしかなかった。

“君もいろいろ大変そうだね・・”

「まぁ、手間のかかる妹でさ・・って・・」

 心に話しかけてきたリッキーに、えりなが再び驚く。

“念話っていってね、テレパシーみたいなものかな。話したい相手に心で呼びかければ、魔法を使えるその人の心に伝わるんだ。”

(ふぅん・・魔法っていろいろ便利なんだね・・)

“話の続きは心の中でするよ。”

(うん、分かったよ。)

 狐の姿のリッキーを見て、えりなは微笑んで頷いた。

(あと、リッキー、疲れてるみたいだから、とりあえず私の家で休んでいって。)

“えっ?でもえりなちゃんやみんなに迷惑なんじゃ・・”

(疲れてるときは休む。休めるときにしっかり休む。でないと力出ないよ。)

 えりなはそう呼びかけると、リッキーにバスタオルをかけ直してから、部屋を出た。

 それからえりなは千春に、リッキーを家で休ませてほしいと頼んだ。すると千春は事情やいきさつなど、詳しいことを聞くことなく了承。飼い主がいれば見つかるまで、家に置いてもいいと許した。雄一も千春とえりなの気持ちを汲んだ。

「お母さん、お父さん、ありがとう♪」

 えりなが満面の笑みを浮かべて大喜びした。

 

 海鳴市で起こった不思議な現象。それはアースラのレーダーも感知していた。

 エイミィはその現象で発生した魔力の詳細を調べていた。

「海鳴市か・・またここで事件が起きるとはな・・」

 モニターに映し出された海鳴市の町並みを見て、クロノが呟く。かつての数々の事件の起きた現場であり、多くの仲間と出会った場所でもあるのだ。

「艦長、この町を知ってるんですか?」

 そこへアレンがクロノに訊ねてきた。するとクロノは微笑んで答える。

「君の先生が住んでいた場所で、彼女と僕が出会った場所でもある。無謀ながらも自分の意思を貫こうとするあの頃の彼女の姿を今でも覚えてるよ。」

「彼女たちの活躍があったからこそ、いろんな事件が解決できたといっても過言じゃないんじゃないかな。」

 キーボードを操作しながら、エイミィがクロノの言葉に続ける。

「やっぱり先生はすごかったんですね。よし、僕も先生を見習って頑張ります!」

「アレン、クロノ艦長もちゃんと見習わないとダメだよ。」

 意気込みを見せるアレンに、ソアラが口を挟む。

 そのとき、エイミィが魔力の正体をつかむことに成功した。

「魔力の根っこを察知したよ。これは・・!?」

「どうした、エイミィ?」

 驚きを見せるエイミィにクロノが声をかける。

「ロストロギアに指定されている、カオスコア・・」

 その言葉にクロノ、アレン、ソアラも緊迫を覚えた。新たなる脅威、カオスコアの引き起こす事件へ介入しようとしていた。

 

 その翌日、えりなは最初、昨日の出来事が夢か嘘だったように思えて、不安になった。だがベットの上ですやすやと眠っている狐の姿のリッキーを見て、その不安を拭った。

 リッキーにムリをさせまいと思い、えりなは床でシーツを羽織って寝た。彼女の気遣いも相まって、リッキーは体力、魔力を回復させることができた。しかしリッキーもえりなを気遣い、この場では狐のままでいた。

“ありがとう、えりなちゃん。君のおかげで、僕はすっかり元気になったよ。”

(別にお礼はいいよ。困ってるとはお互い様だからね。)

 感謝の言葉をかけるリッキーに、えりなは笑顔を見せて弁解する。

(でもまだ治ったばかりなんだから、まだムチャしちゃダメだよ。)

“分かってる、ここにいるよ。じゃ、僕はここから君に話しかけるよ。”

(うん。昨日の続きだね。それじゃ、私は学校に行ってくるから♪)

 えりなは笑顔を振りまきながら、リッキーが休んでいる自室を出て行った。

 

 いつものように朝食を済ませ、いつものようにまりなとともに学校へ行き、いつものように姫子、広美とともに授業を受けるえりな。しかしその中でえりなは、リッキーとの心の会話を行っていた。

“僕を石にして、さらに君に襲いかかったのは、カオスコアって呼ばれてるものなんだ。”

(カオスコア?)

“カオスコアは僕たちの世界の調査団が発掘した古代遺産なんだ。僕はそのカオスコアを調査本部に持ち帰ろうとしたとき、カオスコアが暴走して、そのままこの世界に飛び去ってしまったんだ・・”

(それで、こっちの世界に来たってわけだね。)

“カオスコアには、僕たちの世界でも非常に特殊な効果を持っていて、上位の魔導師でも扱いが難しく、しっかり管理しておかないとひとりでに暴走する危険が高いんだ。このまま放っておいたら、この辺りだけじゃない。世界じゅうがおかしくなっちゃうかもしれないんだ。”

(世界じゅうが!?た、大変じゃない!)

“だから早く魔力を回復させたら、僕はすぐにカオスコアを封印して、回収するつもりだ。”

(だったら、私も手伝うよ。世界がピンチだっていうなら、黙って見ているわけにはいかないからね♪)

“でも、それじゃえりな・・・!”

(気にしないで。困ってるときはお互い様だって、昨日も言ったでしょ。)

“だけど・・”

(もしかしてリッキー、私やみんなに迷惑をかけたくないと思って、自分だけでカオスコアっていうのを回収するつもりなんだろうけど、そういうほうがみんなに迷惑をかけてるんだよ。)

“でも、これは僕のせいで起きた事態なんだ。だから、僕がきちんと責任を取らないと・・”

(だから、そうやって自分だけにしょい込むのはよくないって。困っている人がいたら、助けたり相談に乗ったりする。それが私の正義なんだから♪)

 えりなの正義と信念に根負けして、リッキーは彼女の気持ちを受け入れることにした。

“分かったよ、えりなちゃん。だけどカオスコアはすごく危険なものなんだ。だから危なくなったら、すぐに逃げるんだよ。”

(うん、分かった。)

 リッキーの言葉を聞いて、えりなは心の中で頷いた。

 

 それからえりなは、リッキーからいろいろなことを聞いた。

 カオスコアは、対象を別の物質に変質する能力を備えている。しかも人間に擬態する能力もあり、魔力が強まれば意思や心を持つようにもなり、捜索に大きな障害となる。

 だがカオスコアと人間の見分け方を、リッキーや一部の人間は熟知しているという。

 生命には必ず「リンカーコア」と呼ばれる魔力の根源が存在する。生命はそのリンカーコアを基点に、体全体に魔力が流れ広がっている。心臓から動脈を通じて血液が送られていくように。

 だがカオスコアは人の体を魔力によって形成、具現化しているため、魔力が平均的に行き渡っている。それは完全な魔力形成で生まれているものの大きな特徴である。

 そしてリッキーがえりなに渡したブレイブネイチャーは、グラン式オールラウンドデバイスである。ミッドチルダ式とベルカ式の特徴を兼ね備えているグラン式の代表とされるデバイス形式である。

 通常は箱と鍵の状態であるが、箱にある鍵穴に鍵を差し込み回すことで、杖や剣といった武具に形を変える。その形状はデバイスに記憶されているデータや使い手のイメージによって異なってくる。

 また、鍵を箱に差し込んだ際、鍵を手にしていた人物をデバイスがマスターとして認識する。つまり、魔力のある人物なら誰でも使うことができる。ただしデバイス起動中に使い手がロックを命じておけば、その人以外にそのデバイスを使用することができなくなり、箱に鍵を差し込んだときにエラーが表示され、鍵を回せなくなるのだ。

 近年の魔導師志望者の中で、その万能性の高さからグラン式デバイスを使用する人が多くなってきている。

 これまでのデバイスの中で最も扱いやすいという評価を受けているグラン式であるものの、何の魔法訓練を受けていないえりなが、素人と思えないほどにデバイスを使いこなしていたことに、リッキーは少なからず驚いていた。

 この世界では稀でしかない高い魔法の才能の持ち主であることを、彼は悟った。

(もしかして、あの人が言ってた魔導師さんに似ていたり・・)

 同時に脅威のルーキーの再来を予感して、彼は喜びを感じていた。

 

 そしてその日の放課後。

「えりな、一緒に帰ろう。」

 帰宅の準備をしていたえりなに、広美が姫子を連れて声をかけてきた。するとえりなは苦笑いを浮かべて、

「ゴメン、広美ちゃん、姫子ちゃん。今日は明日香ちゃんと一緒に帰る約束をしてるの。」

「明日香?えりな、もうそんな仲になったわけ?」

 詫びるえりなに、姫子が半ば呆れた素振りを見せる。

「ホントにゴメンね。今度は4人で一緒に帰ろうね。」

「それならいいんだけど・・それじゃまたね、えりな。」

 笑顔を見せてから教室を出た姫子と広美を、えりなは手を振って見送った。それからえりなも教室を出て、明日香の待つ昇降口に向かった。

 その昇降口では明日香が落ち着いた面持ちで待っていた。

「お待たせ♪それじゃ帰ろう、明日香ちゃん♪」

「うん・・・」

 元気に声をかけてきたえりなに、明日香が微笑んで頷いた。

「ゴメンね、遅くなっちゃって。待った?」

「ううん、大丈夫。待つのはそんなに苦じゃないから。」

 心配そうな顔を見せるえりなに、明日香は笑みを崩さずに弁解する。

「何だよ、姫子と広美そっちのけで、転校生と下校かよ。」

 そこへ健一がやってきて、えりなに気さくな笑みを見せてきた。するとえりながムッとする。

「もう、何しに来たのよ、健一?」

「何って、帰ろうとしたらお前の姿が見えたから、ちょっと寄ってみただけ。」

「今日は明日香ちゃんと帰る約束をしていたの。第一、私がどうしようと、アンタには関係のないことじゃないの。」

「何だよ、そんなムキにならなくてもいいだろ。ま、せいぜい明日香ちゃんにアホなところを見せんなよ。」

「もーっ!健一のバカーー!!!」

 駆け出していった健一にからかわれて、えりなが憤慨をあらわにする。その直後、そばに明日香がいたことを思い出し、えりなは唖然となりながら振り向く。

 だが明日香は笑みを崩していなかった。

「明るいんだね、えりなも、健一だったっけ・・・」

「う、うん。いつもはあんなふうに人のことをからかってるけど、根はいいから・・多分・・」

 言いかける明日香に、えりなが弁解を入れようとする。

「えりなは元気があっていいね。それに優しくて・・」

「でも子供っぽいってよく言われちゃうんだよね。明日香ちゃんもそう思うよね・・?」

「でも私たち、まだ子供だから、そんなに気にすることもないんじゃないかな・・」

 明日香に励まされて、えりなは安堵の表情を浮かべた。

「ありがとう、明日香ちゃん。私なんかよりも明日香ちゃんのほうが優しいよ。」

 えりなが感謝の言葉をかけると、明日香が満面の笑顔を浮かべた。

 

 授業が終わり、帰路についていく生徒たち。だが中には真っ直ぐ家に帰らず、寄り道をする人もいた。

 小学生男子3人が街に繰り出し、その中を探索していた。だが明確な目的があるわけではなく、かけっこや談話の口実に過ぎなかった。

 いつものように街を駆け回り、話に心を弾ませるはずだった。そんな中で、3人は街中で1人佇んでいる1人の少女を眼にする。

「何だろう、あの子?」

「あんなとこで突っ立っちゃって・・」

「ちょっと声かけてみようぜ。」

 思い立った男子たちが、人ごみをかき分けて少女に駆け寄っていった。

「ねぇ君、こんなとこで何やってんの?」

「よかったら僕たちと一緒に街を探検しない?」

 男子たちが少女に気兼ねなく声をかける。すると少女は彼らに微笑を見せる。

「そんなに興奮したらダメだよ。あたしが涼しくしてあげるよ。」

「えっ?」

 少女のこの言葉に男子たちが疑問を投げかけたときだった。突如周囲に白く冷たい風が吹き荒れた。その風は一瞬にして男子たちや近くにいた女子高生、街の人々や建物を氷に包み込んだ。中心に佇む少女を除いて。

「これでみんな涼しくなったね・・」

 少女が凍てついた街を見渡して、満足げに微笑んだ。

 

 学校を離れ、帰路につきながら明日香に語りかけるえりな。元気に声をかけてくるえりなに、明日香も喜びを感じていた。

「そういえば明日香ちゃん、篤さんは今日はどうしてるの?」

「お兄さん?今日はアルバイトだって言ってたよ。お兄さん、私のために一生懸命になってくれてるから・・」

「一生懸命って・・?」

 えりなが聞き返すと、明日香は物悲しい笑みを浮かべて答える。

「私のお父さんとお母さん、如月町(きさらぎちょう)で起きた大災害で亡くなったの・・だから今はお兄さんが、生活のために頑張ってるの・・・」

「・・ゴ、ゴメン・・私、聞いちゃいけないことを・・」

 明日香の話を聞いたえりなが後悔を覚える。だが明日香は笑顔を取り戻して弁解を入れる。

「ううん、気にしないで。えりなは何も悪くないから・・」

 明日香の優しさに、えりなは安らぎを感じた。明日香との友情を大事にしていこうと、えりなは胸中で決意した。

 そのとき、えりなは不思議な感覚を覚えた。初めて感じるはずなのに、感じ慣れている感覚だった。

“えりなちゃん!”

 その直後、リッキーからの声がえりなの心に響いてきた。思い立ったえりなは、明日香に眼を向ける。

「明日香ちゃん、ゴメン!急用を思い出したから!」

 明日香に言い放ってから、えりなはそそくさに駆け出した。

(リッキー、この感じって・・!?)

 道を駆け抜けながら、えりながリッキーに呼びかける。すると狐の姿のリッキーが脇から飛び出し、えりなの肩に飛びつく。

“間違いない!カオスコアだよ!街のほうから感じるよ!”

「街!?」

 リッキーの声にえりなが驚愕を覚える。カオスコアの暴走が街にも及んでいたことに、彼女は不安と動揺を隠せなかった。

 間もなく街に入ろうとしたとき、えりなは突然足を滑らせて体勢を崩す。

「う、うわっ!」

 前のめりに倒れても、えりなはうつ伏せに倒れたまましばらく地面を滑ってしまっていた。その拍子でリッキーも彼女の肩から落ちる。

「イタタタタ・・何なのよ、も〜・・」

 痛がりながら立ち上がるえりながたまらず愚痴をこぼす。そこで彼女は異様な光景を目の当たりにする。

 街や人々が冷たい氷に包まれており、その場だけ時間が止まっているような光景になっていた。

「カオスコアの仕業だよ・・魔力でみんな凍りつかせてる・・」

 状況を把握したリッキーが呟く。えりなが箱と鍵の形状のブレイブネイチャーを取り出しながら、カオスコアの居場所を探る。

「どこに・・どこにいるんだろう・・・?」

 眼で探しているえりなが当惑を浮かべる。

「眼で見たり耳で聞いたりするだけじゃなくて、魔力を感じるんだよ、えりなちゃん。」

「魔力を、感じる・・・?」

 声をかけてきたリッキーにえりなが聞き返す。

「魔法を使うことができるなら、魔力を感じることができるはずだよ。結界とかの中にいなければ、集中すれば大体の居場所が分かるはず。」

 リッキーに促されながら、えりなは意識を集中する。同時に箱に鍵を差し込む。

Standing by.”

「行くよ、ブレイブネイチャー・・イグニッションキー、オン!」

Complete.”

 鍵を回したところで、箱が音声を発する。同時に形状が杖へと変わり、えりなの手に握られる。さらに彼女の衣服も変わり、白と若草色の防護服に彼女が包まれる。

 えりなはさらに意識を集中する。そしてついに、彼女はカオスコアの居場所を捉える。

「いたっ!」

 えりなはすぐさま飛び出し、その地点へと急ぐ。飛行を駆使して駆けつけると、凍てついた街中で佇んでいる少女の姿があった。

「もしかして、あの子が・・・!?」

 当惑するえりなに気づき、少女が振り向いてくる。そしてえりなに向けて右手をかざす。

 その手のひらから白き風が吹き出される。えりなはとっさにこの奇襲を回避する。えりなの左肩がかすかに氷がつく。

「冷たい!・・あの子が、みんなを凍らせちゃったって言うの・・・!?」

 苦悶と驚きを見せながら、えりなは少女を見据える。接近しようとするえりなだが、少女が展開した冷機の渦に阻まれる。

(ダメ・・これじゃ近づけない・・どうしたらいいの・・・!?)

 カオスコア封印への打開の糸口を必死に探るえりな。

 そのとき、一条の閃光が空から飛び込み、少女が放つ冷気と衝突する。

「えっ!?」

 その閃光に驚きながら、えりなは光の飛んできたほうへ振り返る。その先には空中に浮遊している1人の少女と1匹の狼の姿があった。

 その少女の姿にえりなは眼を疑った。水色をメインカラーとした防護服を身につけていたが、少女は間違いなく明日香だった。

 そして明日香も、眼前に浮遊しているえりなの姿に驚きを感じていた。

「えりな・・・!?」

「明日香、ちゃん・・・!?」

 魔法使いとしての姿を目の当たりにして、えりなも明日香も動揺の色を隠せないでいた。

 

 

次回予告

 

楽しい出会いの後の、驚きの再会。

それからすれ違っていく互いの気持ち。

いったい何があったの?

どうしてもその気持ちを知りたい。

その願い、間違いじゃないよね・・・?

 

次回・「水と緑の衝突だよ」

 

あなたのハートの、イグニッションキー・オン!

 

 

作品集

 

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