魔法少女エメラルえりな

第1話「魔法少女の誕生だよ」

 

 

それは、突然の出会いでした。

 

平穏な日々の中で起こった不思議な出来事。

新しく生まれた友情と力。

そして始まる運命と物語。

 

魔法少女エメラルえりな、始まります

 

 

 私、坂崎(さかざき)えりな。

 私立聖祥(せいしょう)大学付属小学校に通う小学3年生。

 自分の性格を自分で言い表すなら、明るくて正義感が強いってところかな。

 でも周りのみんなは私のことを、おてんばだとかストレートだとか言うんだよね。

 そんな家族や友達はみんな、私のことを大切に思ってくれるし、私もみんなを大切にしている。

 

 私の家はレストランを経営しているの。

 名前は「バートン」

 ファミリーレストランほど大きくはないけど、オリジナルのメニューとかもあって大繁盛。

 そして家族は、私も入れて4人。

 

 私のお父さん、坂崎雄一(さかざきゆういち)さん。

 バートンではマスター兼料理長を務めてるの。

 以前はソムリエをしていたんだけど、自己で味覚障害になってしまったの。

 何とか味覚がなくならないようになったものの、ソムリエを続けられるほどには治りきらず、レストランを開くことを決めたの。

 普段は優しいけど、強く勇気のある、私の尊敬の人なのです。

 

 私のお母さん、坂崎千春(さかざきちはる)さん。

 バートンでは副料理長兼経理を務めてる。

 細かい味付けとかは、お父さんに代わって味見をすることが多いの。

 いつも笑顔を見せてくれる人です。

 

 そして私の2つ年下の妹、坂崎まりな。

 私に負けないくらいにかわいい妹なんだけど、何だか自分よりも私のことを子供扱いするような態度なんだよね。

 それで私たち姉妹、まるで姉と妹が反対だって言われることもあるのよね。

 でもかわいくて大切な妹だと、私は思っていますし、まりなも私を頼ってくれてるよ。

 

 とにかく、こんな感じの家族に囲まれて、私は生活しています。

 

「お姉ちゃん、待ってよー!」

「ほら、まりな。早くしないと追いてっちゃうよ♪」

 軽くステップしているえりなに、まりなが慌てて駆け寄っていく。

「それじゃお母さん、いってきまーす♪」

「いってきまーす!」

「いってらっしゃい。慌てて転ばないようにね。」

 えりなとまりなの声に、千春が笑顔で見送った。

 えりなたちが通っているのは、私立聖祥大学付属小学校。小学校から大学までエスカレーター式となっている私立学校のうちの小学校である。

 送迎バスもあるが、えりなたちの家は学校からさほど離れていないため、徒歩での登校である。

「えりなちゃん、まりなちゃん、おはよう。」

 学校の正門に差し掛かったところで、えりなたちは2人の少女に声をかけられた。

 

 仙台姫子(せんだいひめこ)ちゃん。

 いつもツンツンしているように見えるけど、元気があってリーダーシップもきちんとしているんだよ。

 私が困ってるときとかには、姫子ちゃんのほうから相談に乗るって言ってくるんだよね。

 

 三井広美(みついひろみ)ちゃん。

 頭がよくて、いつもみんなに優しくしてくれるんだ。

 興奮した姫子ちゃんをよくなだめたりもしていたり。

 

 2人とも私のクラスメイトで大親友。

 周りのみんなは、私たちのことを仲良し3人組だって言ってくれるんだ。

 

「相変わらずね、えりな。アンタのその子供以上に子供っぽいところ。」

「もう、姫子ちゃん。朝からきついお言葉で。」

 姫子の言葉にえりなが苦笑いを浮かべる。するとまりなが大きく頷いてみせる。

「そうなんだよね。妹のあたしがしっかりしてないと。」

「コラコラ、まりな。お姉ちゃんを何だと思ってるのよ。」

 まりなの言葉にえりながふくれっ面を見せる。その姉妹のやり取りに姫子と広美が笑みをこぼす。

「あ、そうだ。まりな、今日はまりなのほうが下校早いから、寄り道しないで真っ直ぐ帰るのよ。」

「それなら心配要らないよ。心配なのはむしろお姉ちゃんのほうだから。」

 まりなの答えにえりなが再びふくれっ面を見せた。

 

 えりなはまりなと別れ、姫子と広美とともに教室に入った。教室ではある話題が持ち上がっていた。

 それは新しくやってきた転校生についてである。男子か女子か、どんな性格なのか、以前住んでいた場所はどんなところなのか。話題はとどまることを知らなかった。

「転校生がやってくると、いつも騒がしくなるわね。」

「でもいいことだよね、新しい友達が来るのは♪」

 呆れ気味に呟く姫子に対し、えりなは上機嫌だった。

「ねぇ、ねぇ、どんな子かな?男の子?それとも女の子かな?」

「アンタまではしゃいじゃってどうすんのよ・・まりなちゃんの気持ち、分かったかも・・」

 えりなの様子を見て、姫子はさらに呆れる。そんな2人の様子を見て、広美が笑みをこぼしていた。

「みんな、席について。朝のホームルームを始めるわよ。」

 そこへ担任の友枝読子(ともえよみこ)が教室に入ってきた。生徒たちが自分の席に着く。

「みんな、今日からみんなと一緒にお勉強をしていく転校生を紹介するね。さ、入って。」

 読子は生徒たちに呼びかけると、廊下に向かって手招きをする。すると1人の少女が教室に入ってきた。

 ブラウンの長髪をしてメガネをかけている。とても大人しそうではあるが、落ち着いている様子の少女だった。

「町井明日香(まちいあすか)ちゃんよ。明日香ちゃんは家庭の事情で海鳴市に引っ越してきたの。分からないことがあると思うから、みんな、よろしくね。」

 読子が少女、明日香を紹介すると、生徒たちが拍手で迎える。

「それじゃ明日香ちゃん、あそこの席に座ってくれるかな。」

 読子が指し示したのは、えりなの後ろの席だった。明日香は生徒たちに一礼すると、その席へと向かい着席する。

「はじめまして、明日香ちゃん。私、坂崎えりな。よろしくね。」

 えりなが振り向き、明日香に声をかける。

「うん、よろしく。」

 明日香は表情を変えずに答えた。

(何だか話しにくい・・・)

 迂闊に声をかけられなくなり、えりなは仕方なく前を向いた。

 

 えりなたちが住んでいる世界とは違う、様々な次元や空間が存在する。その次元世界における司法機関が存在する。

 時空管理局。各次元世界での事件や災害に対しての対処を行っている。

 その航行艦船「アースラ」。数々の次元災害、次元犯罪の対策、解決に携わってきた。

 本局にて整備を終えたアースラに、新しく乗艦する魔導師がいた。

 アレン・ハント。時空管理局嘱託魔導師として身を置く少年である。潜在能力、技術ともに魔導師としては群を抜いているほどで、「強力ルーキーの再来」とまで噂されるほどである。

 再来と称されているのは、かつてアースラともに様々な事件に携わってきた嘱託魔導師や民間協力者の登場が大きな理由となっている。現在彼女たちは管理局でそれぞれの役職について活躍している。

 アレンは魔法技術を武装隊戦技教導官を務めているその1人に、戦闘技術を母親から教わっている。様々な訓練と試験を乗り越えて、彼は執務官になるべく、実践訓練を兼ねて現場投入されることとなったのだ。

「待っていたよ。名前は、アレン・ハントだね?」

 アースラの前に来たアレンを、1人の青年が声をかけてきた。クロノ・ハラオウン。かつて執務官として様々な事件の解決において功績を収め、現在は母の後を継いで時空管理局提督、兼アースラ艦長に就いている。

「はいっ!よろしくお願いします、ハラオウン艦長!」

 アレンがクロノに敬礼を送るが、緊張しているあまり、声が裏返っている。

「もう、そんなに硬くならなくても・・」

 そこへ制服を身に着けた1人の女性が笑顔で声をかけてきた。エイミィ・リミエッタ。時空管理局管制司令を務めている。

 クロノとエイミィは士官教導センターの頃から同期で、現在でも公私共に仲がいい。真面目な性格のクロノにエイミィが時折からかってみたりと、2人のコンビは健在である。

「はじめまして、アレンくん。あたしは時空管理局管制司令、兼アースラ通信主任、エイミィ・リミエッタ。」

「はじめまして、エイミィさん。よろしくお願いします。」

 気を落ち着けたアレンは、エイミィと握手を交わす。緊張がほぐれた彼を見て、クロノは安堵した後、声をかける。

「ところで、君が使っているデバイスを見せてもらえないか?君の戦闘方法や魔法分類を確認しておきたい。」

「分かりました。」

 クロノの言葉を受けて、アレンは剣の形をしたペンダントを取り出した。

「行くよ、ストリーム。」

Zieh!”

 アレンの呼びかけを受けてペンダントが答える。そして形状が変化し、1本の短剣となる。

「これはもしかして・・アームドデバイスか・・?」

「はい。僕はこっちのほうが使いやすいですから。艦長もストレージを愛用しているじゃないですか。」

 問いかけるクロノに、アレンが微笑んで頷く。

 魔法を使う際の補助として用いられるのが「デバイス」である。自律機能を備えているインテリジェントデバイス、保存機能しか持たないストレージデバイス、対人戦闘に特化しているアームドデバイスなどの種類がある。

「アームドを使用している者は、守護騎士を含めてもさほど多くない。それを好んで使う魔導師は珍しいよ。」

「使いやすいし、好きですから。」

 クロノがデバイス「ストリーム」を返却すると、アレンは手にした自分のデバイスを見つめて微笑む。

「でも最近ではグラン式も確立してきてるし・・」

 そこへエイミィが口を挟み、アレンに言いかける。

 この次元世界では、その技術が発展、繁栄している「ミッドチルダ式」、衰退しながらもカートリッジシステムによる威力の高さに眼を見張るものがある「ベルカ式」、さらに新しく「グラン式」と呼ばれる魔法体系が誕生している。

 グラン式はミッドチルダ式とベルカ式のそれぞれの特色を兼ね備えた体系である。その起源となっているのは、その2つの魔法体系へ二分化される以前に開発された「三種の神器」ではなく、カートリッジシステムを組み込んだインテリジェントデバイスである。

「グラン式が完全に導入されたのは、僕が教導センターに入った後でしたから。まぁ、成り行きですね。」

 アレンが苦笑いを浮かべて、エイミィの言葉を受け流す。

「ここで立ち話もなんだから、そろそろアースラに戻るとしよう。」

「あの、もうひとつ言っておかなくちゃいけないことが・・」

 促すクロノにアレンが言いかける。

「僕の他にもう1人、連れて行きたい子がいるんですが・・」

 アレンの言葉にクロノとエイミィが疑問符を浮かべる。そこへ1人の少女がアレンに駆け寄ってきた。レモン色のショートヘアをした幼年の少女で、頭から人間のものではない猫耳が出ていた。

「その子、もしかして君の・・・?」

「はい。僕の使い魔です。」

 クロノの問いかけにアレンが頷く。死亡前後の動物と人造魂魄を掛け合わせて生まれる魔法生命体が「使い魔」である。使い魔はその主と契約の形で結ばれており、主の魔力によって存在し続ける。そのため、使い魔の力は主の力と比例し、主の能力の証明となっている。

 この少女はアレンの使い魔であり、白猫を祖体としている。

「はじめまして、クロノさん、エイミィさん。ソアラと言います。」

 少女、ソアラがクロノとエイミィに一礼する。

「ありゃ、礼儀正しいのね、ソアラちゃん。」

「僕と母さん以外の人に対しては、ですが・・本当はすごく人懐っこくて・・」

 エイミィが褒めると、アレンが苦笑いを浮かべたまま答える。

「もう、アレンったら。私はアレンが大好きなだけだよ。」

 ソアラが言いかけると、アレンに抱きついて頬擦りをしてきた。アレンが嫌そうな顔を見せるが、抵抗する素振りを見せない。

「それがこの子なりの愛情表現というわけで・・・」

 アレンの言葉を聞いて、クロノも苦笑いを浮かべていた。彼はかつて上官の使い魔の姉妹から魔法と戦闘技術を学んでいたことがあったが、その1人の懐かれていたことがあり、今でもトラウマになっていた。

「と、ともかくアレン、ソアラ、よろしく。」

「は、はい、よろしくお願いします!」

 クロノの言葉にアレンとソアラが一礼した。魔導師の卵が今、新しい道へと踏み込むのだった。

 

 通常の世界から結界によって隔離された異空間。そこでは1人の少年が、巨大な光を前に奮起していた。

 光は特異の力を解き放ち、周囲の草木を灰色に染め上げていた。その木陰に隠れて、少年は思考を巡らせていた。

(まさかこんなに手ごわくなっているなんて・・でも、何とかして止めないと・・・!)

 再び奮起した少年が魔法構成を練り上げる。そして光が彼を捉えたと同時に、魔法を発動させる。

「ストラグルバインド!」

 少年が光に対して魔法の縄を解き放つ。それは対象の拘束だけでなく、魔力強化を打ち消す効果も備わっていた。

 魔法の縄に縛られた光がその強大な力を抑え込まれる。だが同時に、少年はその光の効果を受けていた。

 光に伸ばしていた右手と両足が灰色に染まり、その変色が次第に体を蝕んでいた。

(力は抑えたけど、体が石に・・・!)

 毒づく少年の体が徐々に石化に蝕まれていく。

(僕が・・僕が何とか・・・)

 必死に光を食い止めようと思いながらも、その石化に対抗できず、少年は物言わぬ石像と化してしまった。同時に光は縄の効果で力が弱まり、姿を消した。

 

 この日の休み時間、明日香はクラスメイトたちから質問攻めにあっていた。これは転入生の性である。次々と押し寄せる質問の波に、明日香は戸惑いを見せていた。

「もう恒例行事化してるって感じだね・・」

 この様子を見ていたえりなが苦笑いを浮かべる。

「もう、しょうがないんだから。」

 見かねた姫子が立ち上がり、生徒たちの中に割って入る。

「はいはい。質問は順番、順番。そんなにいっぺんに言われちゃ、明日香ちゃんがかわいそうでしょ。」

 リーダーシップぶりを発揮する姫子を見て、えりなと広美が安堵の笑みを見せる。

「全く、いつも元気だな、姫子のヤツは。」

 そこへ1人の男子が声をかけてきた。少し逆立った茶髪をしており、やんちゃさを表していた。

「いきなり何なのよ、健一・・」

 その男子、辻健一(つじけんいち)にえりながムッとして言いかける。すると健一は気さくな笑みを見せて、

「何だよ、顔合わせた途端に不機嫌になってさ。あ、分かった。みんなが転校生に集まっちゃってるから妬いてるんだ。」

「もーっ!そんなんじゃないよーっだ!」

 からかってくる健一に、えりなが不満をぶつける。

「冗談だよ。そんな冗談で本気になるなんて、えりなもまだまだ子供ってことだな。」

「コラ、健一!私は子供じゃないんだから!」

 えりなが憤慨を見せると、健一は笑みを浮かべて、逃げるようにこの場を去っていった。ふくれっ面を見せるえりなを、広美が苦笑いを浮かべてなだめていた。

 

 そしてその放課後、下校の準備をしていたえりなは、1人で帰ろうとしていた明日香を見つける。

「明日香ちゃん。」

 えりなが呼びかけると、明日香は立ち止まって落ち着いた表情を見せる。

「明日香ちゃん、一緒に帰ろう♪」

 えりなが駆け寄ってくるが、明日香は戸惑いを浮かべるばかりだった。

「ごめん。私、お兄さんと帰る約束してるから・・」

「そうなんだ・・・ゴメンね、明日香ちゃん。でも今度は一緒に帰ろうね♪」

「う、うん・・・」

 えりなのこの言葉に、明日香は初めて笑顔を見せた。

「それじゃ、正門まで一緒に行こう♪」

「うん・・」

 えりなの言葉に頷いた明日香。2人は一緒に校舎を後にして正門に向かう。

 その正門の前では1台の車と、1人の長身の青年が待っていた。

「おかえり、明日香。新しい学校とクラスメイトには慣れた?」

「う、うん・・」

 青年が声をかけると、明日香は微笑んでえりなを横目で見る。すると青年もえりなに眼を向ける。

「もうお友達ができたかい?僕は明日香の兄で、町井篤(まちいあつし)。君は?」

 青年、篤が訊ねるが、えりなは篤を見つめたまま呆然となっている。

「君、どうかしたの?」

「えっ!?わ、私、坂崎えりなです!よろしく、篤さん!」

 ようやく我に返るも、えりなは緊張を見せていた。その様子を見て、篤が思わず笑みをこぼす。

「よろしくね、えりなちゃん。僕のことは“篤”でいいよ。」

 篤は笑顔で答えると、えりなに手を差し伸べる。何とか気を落ち着けたえりなは、彼の手を取って握手を交わす。

 えりなの緊張はピークに達していた。手を離したところで、篤が明日香に声をかける。

「それじゃ明日香、そろそろ行こうか。」

「うん、お兄さん・・」

 篤に頷いた明日香は、助手席に乗り、篤も運転席のドアを開ける。

「それじゃえりなちゃん、またね。今度、僕たちの家に遊びに来るといいよ。豪華な歓迎はできないけど・・」

「いえ、そんな・・そうだ、私のお店に来てください。私の家、小さなレストランなんです。」

「そうなの?じゃ、いつかお食事をしに行くよ。それじゃ。」

 えりなの敬意に感謝して、篤は明日香を乗せて車を走らせた。えりなは手を振って2人を見送った。

「さて、私も帰るといたしますか。」

 えりなも帰宅しようと学校を離れた。だがその途中、彼女は寄り道することを思い立つ。

 それは海鳴市にある小さな森だった。彼女は時々この森を訪れ、そこで深呼吸をして気持ちを落ち着けていた。

「ふぅ。いつ来てもここの空気は最高だね。」

 いつものように深呼吸して、えりなが気持ちを落ち着ける。

「さーって、気持ちがスッキリしたところで、お店の手伝いのために帰るとしますか。」

 えりなが帰宅しようと森を離れようとしたときだった。

 森の中から一条の光が灯った。その明るさに気づいたえりなが、森のほうへ振り返る。

(えっ?何なの・・・?)

 気になったえりなは、森のほうへと駆け出していった。通い慣れている彼女は、森の道を把握していた。

 森の中の道を光のあったほうに向かって進んでいくえりな。その途中で、踏みなれている土の感触が違うものとなったことに気づいて立ち止まる。

 その周囲の光景を目の当たりにしたえりなが驚愕を覚える。その周囲の草木が灰色に染まっていたからである。

「ちょっと・・どうなってるの、コレ・・・!?」

 驚きを隠せないえりなは、恐る恐る近くの草に触れてみる。

「草じゃない・・石みたいになってる・・・」

 石化している草木に、えりなはさらなる困惑を募らせる。疑問が晴れないまま、彼女はさらに奥へと進んでいく。

 そのとき、えりなは近くで物音がしたのを聞きつけ、再び立ち止まる。振り返った先には、1体の石像が立っていた。その姿かたちは少年であったが、服は見慣れないものだった。

「石像・・こんなところに・・・?」

 えりなは右手を伸ばしているその石像に近づこうとした。そこで彼女は、後ろに人がいるのに気づいて振り返る。いたのはスーツに身を包んだ青年だった。

「うわぁ、ビックリしちゃったよぅ・・この森、何かおかしくて・・」

 えりなが安堵の吐息をついて、青年に近寄ろうとした。

“ダメだよ、危ない!”

「えっ!?」

 そのとき、どこからか声がかかり、えりなは足を止めた。その直後、青年の眼に不気味な光が宿り、淡い光を身にまとう。

「こ、これって・・・!?」

 青年の変貌に驚愕を見せるえりな。彼女に向けて青年が右手を伸ばす。

“危ない!よけて!”

 再びどこからか声がかかり、えりながとっさに回避行動を取る。そこへ青年が右手から光を放ち、えりなの背後にいた黒猫に命中させた。

 その光を浴びた猫が灰色に染まり、動かなくなった。

「猫ちゃんが石に!?・・もしかして、この人がみんな・・・!?」

 青年に再び振り返ったえりなが困惑を覚える。青年は不気味な笑みを浮かべて、えりなに近づいてくる。

“このままじゃ、あの子も危ない・・・君、僕のそばに来て!”

「えっ!?来てって言われても・・どこにいるの・・・?」

 かかってくる声にえりなが戸惑いを見せる。そんな彼女の眼に、先ほどの少年の石像が映る。

「もしかして、あの石像が・・・!?」

“僕の足元に、箱と鍵が落ちているはずだ。それを拾って。”

「箱と鍵?」

 少年の声に促されるまま、えりなは少年に近づく。そして少年の足元に落ちていた箱と鍵を見つけ、それらを拾う。

“鍵を箱にある鍵穴に差し込んで回して!”

 そして箱に鍵を差し込み、回す。

Standing by.Complete.”

 すると箱が音声を発し、形を変える。同時にえりなは、脳裏に杖の形状のイメージをよぎらせていた。

 その直後、箱が彼女の思い浮かべたイメージ通りの形の杖へと変わった。同時に彼女の衣服も変化する。

 白と若草色をメインカラーとした、制服と酷似した衣服に。

「えっ?えっ!?」

 その変身にえりな自身が驚きを隠せないでいた。戸惑いを覚えながら、自分の服装や手にしている杖に眼を向ける。

 だがその動揺と疑問は、眼前の現実にかき消される。青年が再び石化の光を解き放つ。

Breeze move.”

 そのとき、えりなは自分の体が軽くなったような感覚を覚えた。そして素早い動きを見せ、光を回避する。

(ウソッ!?わたし、こんなに速く動けたっけ!?それに、体が軽い・・・!)

 自分の動きに、えりなは再び驚きを覚える。この動きを引き起こしたのは、彼女が手にしている杖の自己判断だった。

“君には素質があったみたいだね。”

「えっ?素質?」

 少年の声がえりなの脳裏に飛び込んでくる。

“このブレイブネイチャーは、君が思い描く形になったり、君の魔法の発動を助けたりできるんだ。”

「ま、魔法?」

“思い描いて、君の魔法を、杖の新しい形を。”

 少年に促されるように、えりなはイメージを膨らませていく。杖の新しい形状が彼女の脳裏の中で明確になった。

「浮かんだ!剣の形!」

Saver mode.”

 杖、ブレイブネイチャーが形状を変え、その先端から若草色の光刃が飛び出す。剣の形となったブレイブネイチャーを構えて、えりなが青年に飛びかかる。

 青年が向かってくるえりなに向けて石化の光を放つ。えりなは光刃を振りかざして、その光を両断する。

Leaf slash.”

 そしてさらにえりなは青年の体を切り裂いた。しかしこの一閃は魔力のみにダメージを与えるものであり、青年の体が切り裂かれたのはその肉体が魔力によって形成されたものだったからである。

 青年の体が消滅し、その中から淡く光る漆黒の水晶だけが残されていた。

“そのカオスコアを、ブレイブネイチャーの中に封印するんだ。”

「ふ、封印?ど、どうやって・・?」

“ブレイブネイチャーに意識を傾けて。そうすればカオスコアを封じ込めることができるはずだよ。”

 少年の呼びかけを受けて、えりなは意識を集中してブレイブネイチャーを掲げる。

「カオスコア、封印!」

 えりなの呼びかけを受けてブレイブネイチャーが発光し、漆黒の水晶を取り込んだ。やがて光が治まり、周囲の緊迫した空気が和らぐ。

Receipt complete.”

 ブレイブネイチャーがカオスコアの封印完了を告げる。その直後、灰色に染まっていた森の草木が元の緑を取り戻していった。

 そして、同様に石化していた少年も。

「いったい、何がどうなってるの・・・?」

 自分が行使した力に未だに驚きを覚えているえりな。彼女にとっての未体験の物語が、今まさに始まろうとしていた。

 

 同じ頃、自宅の近くの丘で街の様子を見ていた明日香。彼女の横には白い子犬が座り、彼女を見上げていた。

「街の近くで2つのカオスコアの反応を確認したよ。でも1つは消えちゃったみたい。」

「分かってる。もう1つはこっちに向かってきているよ、ラックス。」

 話しかけてきた子犬、ラックスに明日香が淡々と答える。

「それじゃ、そろそろ始めるとしますか。」

「うん、そうだね・・行くよ、ウンディーネ。」

All right my master.”

 明日香の声に、小さな箱、ウンディーネが答える。

「ウンディーネ、イグニッションキー、オン。」

Standing by.”

 明日香が箱にある穴に鍵を差し込み、回す。

Complete.”

 箱が明日香の承認を得て形状を変える。水色の光を宿した杖の形へ。

 そして明日香の服装も、水色をメインカラーとした防護服へと変わる。

 グラン式のオールラウンドデバイス「ウンディーネ」が起動し、明日香に手に握られる。

「ラックス、行こう。先行するから援護をお願い。」

「OK、明日香。任せといて。」

 明日香の言葉にラックスが答える。一瞬だけ微笑みかけた明日香は、街中へと飛び込んでいった。

(私が終わらせる・・全部終わらせてみせる・・!)

 一途の思いと決意を胸に秘めて、明日香は戦いへと身を投じていった。

 

 

次回予告

 

突然私に降りかかってきた不思議な出来事。

これはいったいどういうことなの?

ちょっと戸惑ってるけど、何とかしたいとは思う。

だから私も頑張っちゃいます♪

 

次回・「緑の魔法の出会いだよ」

 

あなたのハートの、イグニッションキー・オン!

 

 

作品集

 

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