魔法少女エメラルえりなVersuS
第19話「決戦前夜」
新暦76年12月2日
かつての仲間たちと合流し、戦力の立て直しに成功したデルタ。その中で彼らはそれぞれの時間を過ごし、ロアの攻撃に備えていた。
訓練場にてシグナムとの試合を行っていたカタナ。その様子をヴィッツ、フェイト、ライム、リインフォース、アギトが見守っていた。
「シグナムの腕前、前に会ったときよりも磨きがかかってるな。」
「アイツもそうだけど、あのカタナっていうのもなかなかだよ。」
「少し緊張が残っているけど、真っ直ぐに頑張ってるみたいね。」
ヴィッツ、ライム、フェイトが感想を口にする。カタナの振りかざすエスクードを、シグナムの持つ剣型アームドデバイス「レヴァンティン」が受け止める。
ややシグナムに押され気味になったものの、カタナは確かな手ごたえを感じていた。
「なかなかいい太刀筋だ。だがまだ動揺があるようだな。剣を通じて、お前の緊張が伝わってきている・・」
「すみません・・全てをあなたにお見せすることができなくて・・」
意見を述べるシグナムに、カタナが頭を下げる。だがシグナムは微笑みかけて、カタナの方に手を添えてきた。
「冷静さを保っていれば、お前を止められる者はそうはいないだろう。常に冷静さを忘れないことだ。」
「はいっ!ありがとうございました、シグナム二尉!」
激励をかけるシグナムに、カタナが深々と頭を下げた。
「やはり人にものを教えるのは、私のガラではないな・・」
「そんなことはないですよ。この試合で、強くなる上で必要なこと、学ばねばならないことなどをたくさん教わりましたから・・」
微笑んで謙そんするシグナムに対し、カタナが弁解を入れる。そこへヴィッツが歩み寄り、シグナムに声をかけてきた。
「今度は私の相手をしてもらえるか、シグナム?ユニゾンの適応性の確認も行いたい。」
「そうだな・・少し体を休めてから始めるとしよう・・」
ヴィッツの申し出にシグナムが頷く。それを聞いたアギトが意気込みを見せてきた。
「よーしっ!またお前と勝負ができるぞ!今度はあたしがもらうぞ!」
「私だって負けませんよ!その意地悪な性格を改善させてあげますよ!」
眼を向けてきたアギトに、リインフォースが反発する。その子供染みたやり取りに、フェイトとライムが笑みをこぼしていた。
えりな、なのは、ジュン、クオンは医務室にて、リッキーとシャマルからの診察を受けていた。ロアとの戦いで負傷した彼らは、次の戦いに万全の状態で臨むため、回復に専念していた。
「ジュンとなのはさんはほとんど回復しました。えりなちゃんの腕も、仕事に支障が出ないくらいに回復してるよ。ただ・・」
診察結果を告げるリッキーが、沈痛の面持ちを浮かべる。
「クオンはまだ頭の傷が治りきっていない・・普通に生活するには問題はないけど・・」
「仕事や戦闘といった激しい運動をすると、また出血する可能性があるの。だから現時点では、まだこちらからは任務の許可を出すことはできないわ・・」
リッキーに続いて、シャマルの深刻な面持ちで説明を入れる。それを聞いたクオンが沈痛の面持ちを浮かべる。
「みんなと一緒に頑張りたいのは分かるよ、クオンくん・・でも、クオンくんに何かあったら、私たちは・・」
そこへジュンも沈痛の面持ちを浮かべて、クオンに声をかけてきた。するとクオンはジュンたちに心配をかけまいと、笑顔を作る。
「気にしないで、ジュンちゃん。ケガの治りが悪い僕の運が悪いだけだから・・・」
「でも、クオンくん・・・」
そこへネオンが現れ、クオンに詰め寄ってきた。
「クオンくんはあたしたちと一緒に今まで頑張ってきたじゃない・・こういうときこそ、みんなで力を合わせるときだよ・・」
「ありがとう、ネオンちゃん・・・僕も正直のところ、みんなと一緒に戦いたい・・でも、みんなに迷惑をかけてまで、それを貫きたいとは思わない・・・」
切実に呼びかけるネオンに、クオンが微笑んで言いとがめる。彼はリッキーとシャマルに眼を向けて、真剣な面持ちを浮かべる。
「リッキーさん、シャマルさん、僕が任務をする上で危険だと判断したら、無理矢理にでも僕を止めてください。ユウキさんにも、そのように・・」
「クオンくん・・・分かったよ・・君がそこまでいうなら、僕は止められない・・だけどクオンくん、君が心のどこかで、みんなを守りたいって気持ちがあるなら、諦めるのはまだ早いよ。」
クオンの言葉を承諾しながらも、リッキーは励ましの言葉を返す。
「えりなちゃん、いつも君たちに言ってきたじゃない。大切なのは自分の納得する選択肢を選ぶことだって。納得できないままじゃ本当の意味で強くなれない・・後悔、先に立たずってことだよ。」
「リッキーさん・・えりなさん・・・すみません・・感謝します・・・」
リッキーの言葉を受けて、クオンは微笑んで頷きかけた。ジュンとネオンも喜びと期待を胸に秘めて、小さく頷いた。
ロアの牢獄にて囚われの身となっていた健一。えりなたちを気にかけながらも大人しくしている彼に向けて、ジュリアが声をかけてきた。
「ずい分と打たれ強いのね。これだけ捕虜の時間を過ごしていたら、頭がどうかなってしまいそうだけど。」
「生憎オレはそういう拷問には慣れてるからね。いろいろとバカやって、罰を受けたり始末書書かされたりしてるからな。」
あざけるジュリアに、健一が気さくに笑ってみせた。それを見た彼女は呆れるばかりだった。
「どうしてそこまで絶望しないの?仲間が助けてくれると、本気で信じているとでも?」
「あぁ、信じてるぜ。えりなは仲間のためなら、自分が傷つくことを恐れない。そういうヤツなんだよ。」
「私たちの仲間を弄ぶ管理局の人間に、そんな絆なんて・・!」
健一の言葉に憤りを覚えるジュリア。しかし健一は真剣な面持ちを浮かべたままだった。
「確かに管理局の中には、そういうあたたかい気持ちを少しも理解してねぇヤツがまだいる。けど、少なくてもオレたちの仲間は、そんな薄情なヤツは1人もいねぇんだよ・・」
「きれいごとを言わないで・・言い逃れをしても、あなたたちの罪は変わらない!」
「そんなガンコなヤツなら、オレたちが納得させてやるさ・・オレも、えりなも、それを成し遂げてやるさ!」
健一の言葉に憤慨したジュリアが殴りかかろうとする。だが彼女が突き出した拳は、彼を閉じ込めている牢獄の鉄格子に阻まれる。
怒りを抑えることができず、震えるジュリア。それでも健一は動じない。
「もしもお前たちが管理局に対して不満があるなら、オレがそれを取り払ってやる。お前たちにこれ以上、罪を犯させるわけにはいかねぇんだよ。」
「もう遅いのよ、全てが・・壊さなければ、世界は何も変わらないのよ・・・!」
自分の決意を告げる健一に、ジュリアがさらに呼びかける。互いに考えが変わらないまま、時間だけが無常に過ぎていった。
“ジュリア、みんなと話をしたい。集まってくれないか。”
そのとき、シグマからの念話が飛び込んできた。ジュリアは怒りを抑えて、健一に背を向ける。
「あなたの考えは絶対に通らない。そして私たちの願いも、絶対に止められない・・・!」
ジュリアは健一に言い放つと、そのまま牢獄を立ち去った。彼女の憤りにも気にかけて、健一は深刻な面持ちを浮かべていた。
シグマからの召集を受けて、マコト、ローグ、ジュリア、ポルテが集まり、話し合いに参加していた。内容は、次の攻撃についてだった。
「お前たち、これまでよく戦ってくれた。感謝している。」
「いきなり何を言い出すんだ、シグマ。何だか、これから死ににいく人みたいじゃないか・・」
シグマの言葉にマコトが不安を覚える。するとシグマがマコトの肩に手を添える。
「心配するな、マコト。私は死ぬつもりはない。私が死ねば、お前たちを悲しませることになるからな・・」
シグマの言葉を受けてマコトが安堵の笑みをこぼす。だが彼の身体の深刻さを知っていたポルテは悲痛さを覚えていた。
「今の我々の状態は、不安要素の多さは否めない。このまま長期戦、消耗戦を行っても、層の厚い管理局に対しては非情に不利だ。そこで我々は、次の戦いに全力を注ぐ。」
シグマが口にした言葉に、マコトとジュリアが息を呑む。
「そこで我々の次の攻撃目標は、時空管理局本局。」
「本局・・敵の本拠地を叩きに行くということか・・・」
マコトが言いかけると、シグマは小さく頷く。
「レイやギーガ、管理局に拘束された我々の仲間は、本局にいる可能性が高い。その当てが外れても、本局を叩くことで、管理局の機能は著しく減退することになる。」
「しかし、本局は他の関連施設以上に警戒の強いポイントでもあります。特にこれまでの我々の攻撃に対して、それが顕著になっています。あのデルタも、これまで以上の当たりで迎え撃ってくるでしょう。」
シグマに続いてローグが言いかける。その言葉を聞いて、マコトは昨日のローグの言葉を思い返していた。
信頼を寄せてきたローグに、マコトは動揺の色を浮かべていた。
「僕が、真の平和をつかみ取る・・・」
「そうです。おそらく次の攻撃において、マコト、あなたがキーパーソンとなるでしょう。」
当惑するマコトに向けて、ローグが切実に言いかける。
「僕、今までそういうヒーローみたいに褒められたこと、全然なかったから・・僕、友達や仲間のためとはいえ、いつも構わずに突っかかっていたから・・」
「それです。その気持ちと願いが、今のこの荒んだ世界を、本来あるべき形に変えるのです・・」
「僕に、それができるのかな・・前の戦いで、僕はとんでもない力を使った・・でもあれは、本当に意識して使ってたものじゃないんだ・・」
「そのことは気にしなくても大丈夫です。あなたは考えを巡らせるよりも、先に体を動かすことに向いていると思います。」
不安の面持ちを浮かべるマコトに、ローグがさらに呼びかける。
「あなたが自分の力を破壊のみのものというなら、それを否めることはできません。ですが、あなたが真の平和をつかめると言ったのは、あなたのその力故だけではありません。あなたがこの世界の中で誰よりも、家族や仲間を含めたこの世界を愛しているからです。」
「僕が、この世界を愛している・・・」
「あなたは世界の本当のあり方を望んでいました。この私以上に・・マコト、あなたが今も家族や仲間、世界を救いたいと思っているなら、決して迷わないでください。あなた自身の力を惜しまないでください。」
ローグに呼びかけられて、マコトは戸惑いを見せる。これほどまでに信頼と期待を寄せられたのは初めてのことだったからだ。
「おそらく私は、次の戦いで命を落とすでしょう。仮に生き延びられても、それほど寿命は長くはないでしょう・・」
「ローグ、何を・・」
ローグが続けて告げた言葉にマコトが困惑を見せる。するとローグは自分の右手を広げて見つめる。
「エースキラーとして調整と試験を強いられた私は、高いポテンシャルを得た代わり、寿命が著しく減退しているのです。おそらく、長らえても1年も生きられないでしょう・・」
「ローグ・・・!」
「ですがマコト、あなたはあなたの戦いをしてください。この宿命のために、私はあなたの重荷にはなりたくはないのです・・」
悲痛さを覚えていくマコトに、ローグが再び切実に呼びかける。
「私の命が、あなたの望む世界の礎になるのでしたら、これほどの至福はありません・・」
「ローグ・・・君の気持ち、しっかりと受け止めておくよ・・でもローグ、これだけは約束してほしい・・絶対に、生きて帰ってくることを・・」
「マコト・・・」
マコトの言葉にローグが眉をひそめる。
「僕はこれ以上、大切な人が傷つくのを見たくないんだ。ローグ、君もその1人だ・・だからローグ、命を捨てるようなマネ、僕は絶対に認めない・・もしも死ぬつもりで戦いに出るというなら、僕は君の両足をへし折ってでも、君を止める・・・!」
「ローグ・・・すみません・・私も知らぬ間に、これほどまでに慕われる人間になっていたのですね・・・」
マコトからの信頼を込めた言葉に、ローグは物悲しい笑みを浮かべていた。
「肝に銘じることにしましょう・・本気で足を折られてしまったら敵いませんからね・・力のほうは、あなたのほうが1枚も2枚も上ですから・・」
「今度の戦い、絶対に勝ちをつかもう。そしてもう1度、みんな一緒に、この場所で・・」
互いに言葉を掛け合って、ローグとマコトが握手を交わす。2人の決意が絆を通じて交錯した瞬間だった。
「マコト・・マコト?」
シグマに声をかけられて、マコトが我に返る。
「大丈夫か、マコト?」
「う、うん・・大丈夫・・・」
シグマの声にマコトが気持ちを落ち着けて頷く。
「ともかく、今度は相手は強力となっているまとめて相手をするのは酷だ。そこで我々は交戦に入ったと同時に散開。戦力を分断するんだ。」
「分かった。任せておいてよ、シグマ。」
指示を出すシグマに、マコトが意気込みを告げる。
「くれぐれも気負いすぎるな。時空管理局には、まだまだ強力な魔導師や騎士が控えているはずだ。」
「例えば小室ライムやジャンヌ・フォルシア・マリオンハイト、夜天の主、八神はやてとか、でしょうか・・?」
シグマの言葉にローグが続く。その言葉にジュリアだけでなく、マコトも息を呑んだ。はやてたちのことを知らなくても、決して侮れない相手だということは、マコトにも理解できた。
「たとえ誰が相手でも、僕たちは立ち止まるわけにはいかない・・そうだよね?」
「そうだ・・立ち止まれば全てが終わる。私たちがしてきたことも全てムダになる。」
マコトがもらした呟きに、シグマが同意する。ローグもジュリアも真剣な面持ちで小さく頷いた。
「出撃は明日10時。それまで体を休めておいてくれ。」
シグマの呼びかけにマコトたちが頷く。彼らは解散し、それぞれの私室で待機することとなった。
(お前たちには本当に苦労をかける・・次で必ず、この戦いに終止符を打ってみせる・・・!)
これまで苦楽をともにしてきた仲間たちを思い、シグマは戦いに備えるのだった。
廊下に差し掛かったところで、マコトは首から提げていたロケットを手にする。その中の写真に映っている自分とジュン、レイを見つめて、マコトは歯がゆさを覚える。
(ジュン・・もしも君がもう1度、僕の前に立ちはだかるなら、僕は・・・!)
かつての友との衝突を予感して、マコトは拳を強く握り締める。仲間たちからの数々の思いを背に受けて、彼女は最後の戦いに臨もうとしていた。
同じ頃、ジュンも同じくロケットの写真を見つめていた。マコトとレイのことを彼女も気にかけていたのだ。
(マコト、あなたは今、どんな気持ちでいるのかな・・レイちゃんがいなくなって、私とあんなことになって・・・)
怒りに駆られてのマコトとの対立に、ジュンは後ろめたさを感じていた。もはやかつての友情は崩壊していると思い、彼女は胸が締め付けられるような気分に陥っていた。
そんな彼女の横にえりなが立ってきた。そこでようやく、ジュンはえりなが来たことに気付いた。
「えりなさん・・・?」
「隣、いいかな?」
戸惑いを見せるジュンに言いかけて、えりなも腰を下ろす。
「ジュン、あなたがデルタに入ったときのこと、覚えてる?」
「はい・・あのときは、わがままを言ってしまってすみません・・」
えりなに持ちかけられた話題に、ジュンが照れ笑いを浮かべる。
「あのときジュンは、私たちに何て言ってきたのかな?」
えりなの質問を受けて、ジュンはそのときの出来事を思い返す。自分の気持ちと願いを真っ直ぐに告げたときの自分を。
「もうこれ以上、誰かが悲しんだり傷ついたりするのを見たくない。みんなを守るために自分の力を使いたい。そう言ったよね・・」
「はい・・そうです・・」
「あのときあなたは、力の使い方を間違えた。守るための力で、守ろうとしていたものまで傷つけてしまった・・それは分かってるよね?」
「はい・・クオンくんを傷つけられて、私、頭に血が上っちゃって・・・」
えりなの指摘を受けて、ジュンが物悲しい笑みを浮かべる。
「力というのは、本当の意味で諸刃の剣なんだよ。使い方を間違えたら、周りだけじゃなくて、自分自身も傷つけることになる・・だから力を使うときは、絶対に自分を見失ったらいけない・・」
「そうですね・・あのときに、痛いほどに思い知りました・・・」
「だから、今度は大丈夫。力の使い方を自分で分かってるから・・自分を信じて、みんなを信じて、これからを頑張っていこうね・・」
「えりなさん・・・はいっ!私、頑張ります!」
優しく微笑みかけるえりなに、ジュンが笑顔を取り戻す。彼女の決心を確かめたえりなが、唐突に立ち上がる。
「それじゃ、私はそろそろ行くね。明日香ちゃんたちと話したいことがあったから・・」
「そうでしたか・・すみません、私のために時間を割いちゃって・・」
「気にしなくていいよ。ジュンが納得できたんだから・・」
頭を下げるジュンに、えりなが笑顔で弁解する。えりなはそそくさに屋上を後にして、ジュンは彼女の後ろ姿を見送った。
すると入れ違いに、クオンが屋上にやってきた。えりなは彼に気付いており、2人の時間を作るためにあえてこの場を離れたのだ。
「クオンくん・・・クオンくんも来たんだ・・」
「うん・・今来たところだけどね・・」
微笑みかけるジュンに、クオンが照れ笑いを浮かべる。だが2人はすぐに真面目な面持ちを浮かべる。
「今度はかなり危険になるだろう・・この前よりも・・今までで1番・・」
「分かってる・・でも、これは私たちにとって、絶対に乗り越えなくちゃいけない・・・」
「まだ諦めているわけじゃない・・でももし、僕が出撃を止められたら、僕の分まで・・」
クオンが言いかけたところで、ジュンが彼の口元に人差し指を当ててきた。突然のことに彼は押し黙る。
「諦めていないなら、諦めるような言葉は言っちゃダメ。本当に諦めてしまうから・・」
「ジュンちゃん・・・そうだね・・僕にもまだチャンスがある。それだけを信じていればいい・・」
「そうそう。弱気になったら何も成功しない。お父さんとお母さんが同意した意見なんだけどね・・」
「ハハハ・・君には敵わないよ、本当に・・」
笑顔を見せるジュンに、クオンが苦笑いを浮かべる。
「クオンくん・・私はみんなを守りたい・・もちろんクオンくん、あなたも・・・」
「それは僕も同じ気持ちだよ・・ジュンちゃん・・・」
互いの想いを切実に告げるジュンとクオン。抱擁をした2人が、そのまま顔を近づけ、唇を重ねる。
2人の中に愛が満ちあふれてくる。互いの決意と誓いを交錯させ、2人はそれを胸の中にしまいこんだ。
その頃、ユウキはなのは、フェイト、はやて、ライム、ジャンヌを伴って、連絡を取っていた。その相手は、時空管理局本局にある最高峰のデータベースエリア「無限書庫」。
その司書長を務めているのが、ユーノ・スクライア。なのはの友人であり、彼女に魔法を与えた人物でもある。
“なのはちゃん、久しぶりだね。みんなもデルタに来てたんだね。”
「ユーノくんも元気みたいだね。私はちょっとケガしちゃったけどね。エヘヘヘ・・」
笑顔を見せるユーノに、なのはが苦笑いを見せた。
“この前のことは僕たちも聞いていたよ。心配してた・・でも無事だったと聞いて安心したよ・・”
「無事だったんだけど・・またみんなに心配と迷惑をかけちゃったね・・」
ユーノの安堵の言葉を受けて、なのはが物悲しい笑みを浮かべる。
“そんな顔はなのはには似合わないって。元気出して。”
そこへ声をかけてきたのはユーノではなかった。彼の隣にいた少女のものだった。
アルフ。フェイトの使い魔であり、なのはたちの友人である。現在はユーノの手伝いをしており、フェイトの魔力消費を考慮して、普段は少女、または子犬の姿を取るようにしている。
「アルフも元気そうだね。ゴメンね、なかなか帰ってこれなくて・・」
“いいよ。フェイトはみんなのために頑張ってるんだから・・あたしもユーノと一緒にうまくやってるからさ。”
謝意を見せるフェイトに、アルフが笑顔を見せて弁解を入れる。
「あ、あぁ、久しぶりの再会に水を差すようで悪いんだけど・・」
そこへユウキが咳き込みながら口を挟んできた。一瞬気まずさを感じながら、なのはたちも話題を本題に移す。
“戦闘機人関連のデータから、今回のタイプに関する情報を引き出すことができたよ・・”
ユーノがユウキたちに言いかけながら、引き出したデータを表示する。
“タイプ・ジェネシス。創世の意味が込められたこのタイプは、戦闘機人の技術の最先端とされている。絶大な戦闘力と、それに伴うリスクの軽減が施されていて、その潜在能力の増強のために、あるロストロギアが体内に組み込まれている。”
「ロストロギア?」
ユーノからの説明に、ユウキが眉をひそめる。
“ロストロギアの中でも危険度の高い悪質なエネルギー体・・カオスコアです。”
「カオスコア・・!?」
ユーノが口にした言葉にユウキたちが息を呑む。
カオスコアは魔力と特殊効果を備えている魔力プログラム結晶体で、対象を別の物質に変質させてしまう特殊効果を備えている。人工知能と擬態化の能力も有している。
えりなはそのカオスコアが擬態化した姿であり、かつてはカオスコアとしての人格が備わっていた。現在はカオスコアの力が減退しており、その人格も彼女の主人格と一体化している。
「カオスコアをエネルギー源にしているというのか・・馬鹿げてる!あんな危険なものを体に組み込むなんて!」
ライムが憤りを覚えて声を荒げる。ユウキたちも深刻さを隠せない心境だった。
“今現在では、ジェネシスにおけるカオスコアは、エネルギー動力源に留まっています。ですがジェネシスの考案者は、その潜在能力の底上げを狙っているのです。”
「それでその考案者は何者なんだ?」
“それが、管理局のデータでは、考案者の詳細についてまでは・・”
ユーノが言葉に詰まると、ユウキが納得の反応を示した。
「いや、すまなかった。ユーノ、アルフ、君たちには感謝している・・こっちはロアの攻撃に備えるよ。」
“僕たちも引き続き調査を続けます。詳しいことが分かり次第、あなたかクラウンさんに。”
互いに呼びかけあってから、ユウキとユーノは連絡を終えた。
「まだまだ謎は多いってとこやね・・」
「でも、悪い謎はいつか暴かれる。ユーノやみんなを信じて待とう。」
はやてとジャンヌが肩の力を抜いて、呟きかけるように言いかける。
「オレたちはオレたちのやるべきことがある。それに備えよう・・」
「分かりました。えりなたちも、言わなくても分かってると思います・・」
ユウキの呼びかけになのはが答える。彼らはこのときも薄々感付いていた。ロアの総攻撃が、すぐ近くまで迫っていることを。
新暦76年12月3日
ロアのメンバーは、いつもと変わらぬ様子で起床していた。次の日に同じように過ごしていられるか分からないと思い、誰もが胸中で苦笑していた。
そんな気持ちを抱えたまま、ロアのメンバーはシグマの前に集まっていた。
「お前たち、ここまでよく戦ってきた・・お前たちの力がなければ、ここまで生き残れなかったと思う・・本当に、感謝している・・・」
シグマが仲間たちに向けて感謝の言葉を投げかける。マコトたちは彼の言葉を真剣に受け止めていた。
「だが、今度の戦いはこれまで以上に険しいものとなるだろう。生き延びられる可能性は極めて低い・・そんな戦いに無理矢理連れて行く非情さは、私にはない・・」
シグマが告げていく言葉に、マコトたちが深刻さを覚える。
「もしも自分の命が惜しいと思う者がいるなら、遠慮なく名乗り出てくれ。私たちは、そんなお前たちをとがめるつもりはない・・」
シグマがかけた言葉。それはこれまで苦楽をともにしてきた者たちへの、最後の優しさだった。
しかしこの場から離れていこうとする者は、誰1人いなかった。
「お前たち・・・それが、お前たちの覚悟と、受け取っていいのだな・・・」
「今さら何を言ってるんだよ、シグマ。僕たちに逃げ道なんてない。僕たちにあるのは地獄か未来か。その2つしかないんだ・・」
忠告を込めて言いかけるシグマに、マコトが言葉を返す。ロアの面々の気持ちは既に決まっていた。
「では私は、もはやお前たちを止めはしない・・ただ、ひとつだけ聞き入れてほしいことがある・・・」
シグマはひとつ呼吸を置いてから、改めて口を開く。
「私たちは死ぬために行くのではない。これからつかみ取る未来を生きるために行くのだ。だからお前たち、絶対に生き延びろ。生き残ることを第1に考えるんだ。」
シグマのこの言葉に奮起するロアの面々。これまで追い求めてきた安息をつかみ取るための、彼らの最後の戦いが始まろうとしていた。
「では行くぞ、お前たち!」
「おうっ!」
デルタ本部のレーダーが、総攻撃に出たロアの接近を感知した。本部内に警報が鳴り響き、メンバーに緊張を植え付ける。
司令室に集合したえりなたち。かつての起動六課のフォワード陣が、再び集結することとなった。
「不思議だよね。1度は別々の道に進んでいったみんなが、またこうして集まっちゃったんだからね・・」
「そうね。でも今回の指揮官は八神さんじゃなく、ユウキさんだから・・」
照れ笑いを浮かべるスバルに、ティアナが苦笑を浮かべる。
「でもいつもどおり、自分らしさを持って頑張れば、どんなことだって乗り切れますよ・・」
「私たちは、どんなときだって一緒に頑張ってきた・・だから、今度だって・・・」
エリオが2人に呼びかけ、キャロも同意する。
「心配するなって。どんなヤツらが来たって、オレがいればひと安心だって。」
「そう意気込んでケガしないでくださいよ、ロックさん。」
そこへロッキーが意気込みを見せて、ナディアが笑顔で口を挟む。その言葉に照れ笑いを浮かべるロッキー。
「でもみなさん、今回は私たちも一緒ですからね。」
そこへジュンがクオンとネオンを連れてやってきた。スバルたちも微笑みかけて頷いた。
「お前たち、注目、注目。」
そこへユウキが声をかけてきた。スバル、ジュン、えりなたちが彼に眼を向ける。
「ロアが、本局に向けて進行している。管理局の中枢である本局が叩かれれば、管理局はとどめを刺されたも同然だ。連中を、絶対に本局に入れてはいけない。」
呼びかけるユウキが、クオンに眼を向ける。
「クオン、リッキーからの報告は受けている。本当なら待機といいたいところだけど、今はまだ猫の手も借りたい状況だということに変わりはないからな。」
「ユウキさん、それじゃ・・・」
ユウキの言葉を聞いてクオンが戸惑いを見せ、ジュンとネオンが喜びを見せた。
「ロアへの迎撃と本局、市街、人々の防衛が大きな任務となる。だが今回はあえて、細かい指示は出さない。自分たちが何をすべきなのか、お前たちが十分分かっているはずだから・・」
ユウキが言いかけると、えりなたちは小さく頷いた。
「これ以上、誰かに辛い思いをしてほしくない。それはお前たちに対しても同じだ。だから、危なくなったら遠慮なく仲間に頼れ。お前たちは、絶対に1人じゃなんだからな・・」
「ユウキさん・・・ありがとうございます!」
ユウキの激励を受けて、ジュン、クオン、ネオンが頭を下げる。するとえりながジュンの前に立ち、彼女の肩に手をかける。
「今までよく頑張ってきたね。私からの訓練も、デルタの仕事も大変だったと思うけど・・あなたたちはもう、立派な魔導師と騎士だよ・・」
「えりなさん・・・私・・・」
えりなにも声をかけられて、ジュンが戸惑いを覚える。えりなからの優しさを痛感して、ジュンは思わず涙をこぼしていた。
「ほら、泣かないの。みんなの前なんだから。ここは堂々と胸を張るところだよ。」
「えりなさん・・・はい・・すみません・・・」
改めてえりなからの優しさを受けて、ジュンはあふれてきていた涙を拭った。彼女が笑顔を見せたのを確かめて、えりなも頷いてみせた。
「はやてちゃん、本来君たちはデルタの隊員じゃない。オレや仁美たちの指示を聞く必要はないんだが・・」
「気にせんといて。ここにいる以上、私たちはみんなユウキさんの部下やて。」
ユウキの呼びかけにはやてが弁解を入れる。仁美とともに頷いたユウキは、改めてえりなたちに呼びかける。
「よし・・全員出動!」
「はいっ!」
様々な思い、それぞれの決意を胸に秘めて、少年少女は最後の戦いへと赴いた。
次回予告
ついに幕を上げた壮絶なる激闘。
世界の未来を賭けたデルタとロアの最後の戦いの火蓋が切られた。
その中で再び邂逅するジュンとマコト。
それぞれの戦いが繰り広げられる中、暗躍する影がその正体を明かす。
今交わされる、未来への魂・・・