魔法少女エメラルえりなVersuS
第14話「告白」
本当に大切なもの。
どれほど大切だったか。
失ってみて初めて、その本当の価値に気付くという。
僕はそれが悲しく思えて仕方がなかった。
なぜすぐに気付けなかったんだろうって思ってしまうから。
待ってて、レイ。
僕が必ず、お前を助けるから・・・
そのためにも僕は、アイツを倒す・・・
「レイ・・・レイ!」
勇敢に戦ったレイが、なのはの砲撃を受けて撃墜された。傷つき落下する妹を見つめて、マコトが悲痛の叫びを上げる。
「レイ・・レイが、そんな・・・!?」
マコトがたまらずレイを助けようと飛び出す。だがそこへ玉緒が放った砲撃が飛び込み、マコトは行く手を阻まれる。
「く、くそっ!」
毒づきながらもレイのところに向かおうとするマコト。だが突如シグマに背後から押さえ込まれる。
「やめろ、マコト!これ以上無謀に突っ込めば、お前までやられるぞ!」
「放せ、シグマ!このままじゃレイが!レイが!」
呼びかけるシグマだが、マコトは感情に駆り立てられて聞き入れようとしない。シグマはやむを得ず拳を叩きつけ、マコトを気絶させる。
レイは地上に衝突する前に、明日香が受け止めていたようだった。彼女を奪還するにはリスクが大きすぎると判断し、シグマはマコトを抱えてこの場を離れた。
(すまない・・レイ・・・)
レイに対する悔恨を胸に抱き、シグマは戦場を後にした。
なのは、明日香、玉緒も体勢を整えるため、レイを連れて一路デルタ本部へと帰還していった。
デルタ本部への攻撃を中断し、帰還したロアの面々。デルタに対する功績が大きかったものの、彼らはレイをはじめ、多くの仲間を失うこととなった。
ジュリアに連れ去られた健一は、ラッシュを取り上げられ、手足をマジックバインドで縛られた状態で牢獄に閉じ込められていた。
「デルタ本部の機能は麻痺させることはできた・・だが、こちらも全く被害を受けなかったとはいえない・・」
自分たちの現状に、シグマは深刻さを募らせていた。話を聞いたポルテも、困惑を抱えていた。
「特に、レイを失ったマコトは本当に辛いわね・・」
「両親を殺され、妹さえも失った・・あの子の心は本当に荒み切っているだろう・・」
ポルテとシグマが、マコトが閉じこもっている部屋に眼を向ける。その扉のように、彼女は心を硬く閉ざしていた。
「彼女から声をかけるまでは、私たちは声をかけないほうがいいだろう・・単独で動き出さないよう、ローグが監視してくれている・・」
「そう・・それで、あの人質にしてきた子は今、ジュリアが監視してるわ。マジックバインドで手足を縛ってるので、自由が利かないし魔法も封じられてるから、脱走は不可能だけど・・」
満身創痍の状況を痛感しながら、シグマとポルテは次の一手を模索するのだった。
ロアの襲撃によって、デルタ本部は壊滅的な打撃を受けていた。クラウンたちオペレーター陣は本部の機器の修復に尽力を注ぎ、ユウキも部隊の立て直しに専念するばかり。まさに猫の手も借りたい状況だった。
その中で、本局にて直接連絡を取り合っていたアレンが戻ってきた。デルタの後見人の1人で、なのはの友人である時空管理局提督、クロノ・ハラオウンと話し合っていた。各部隊で任務に当たっている仲間たちの徴収を、アレンはクロノに頼んでいたのだ。
クロノはこの申し出を受け入れ、フェイトやエリオたちに打診するよう努めている。
「すみません・・デルタがこのようなときに、僕がそばにいなくて・・」
「いや、気にしなくていい。オレが事前に持ちかけた指示だ。お前はお前の仕事をきちんとこなしてた差。」
謝るアレンに弁解を入れるユウキ。そんな2人の前に、玉緒、アクシオ、ダイナがやってきた。
「戻っていたんだな、アレン。」
「うん。これ以上、デルタのみんなを傷つけるさせにいかない・・僕も全力で戦うよ。」
声をかけるダイナに、アレンが真剣な面持ちで答える。
「私もみんなをサポートしていくからね。」
そこへ1人の少女が明るい笑顔を見せてきた。アレンの使い魔であり相棒、ソアラである。
「ありがとう、ソアラ。お前も頼むよ。」
アレンがソアラの頭に手を添えて、感謝の言葉をかける。
「ところでユウキさん、えりなたちは?」
「あ、あぁ、それがな・・・」
アレンの問いかけに対し、ユウキが深刻な面持ちを浮かべた。
ネオンとヴィヴィオを守るため、負傷したえりな。傷ついた彼女の左腕を、リッキーが診療していた。
「うん・・骨に異常はないけど、しばらくは仕事はできないよ。しばらく休んだほうがいい。」
診察を終えたリッキーの言葉に、えりなは落胆の面持ちを浮かべる。
「ハァ。これでしばらくお仕事はお休みかぁ。退屈になっちゃうなぁ。」
「リッキーくんの言うとおりだよ、えりな。ムチャをしてケガを悪化させるのはよくないよ。」
ため息をついてみせるえりなに、なのはが心配の声をかける。
「冗談ですよ。私はみんなを信じて、ここで大人しくしていますよ。」
冗談を口にするえりなに半ば呆れながらも、なのはは笑みをこぼす。
「でも、私以外はみんな無事のようだね。」
「そうだね。でも本部の状態はいいとはいえない。そこへまた襲撃を受けたら、今度こそ壊滅してしまうよ。」
えりなの言葉を受けて、明日香が深刻な面持ちを浮かべて答える。
ロアの襲撃を受けて、デルタ本部は楽観視できる状況ではなかった。セキュリティーの大半は機能しなくなっており、レーダーも近距離でのエネルギーしか反応しなくなっていた。
この状態で攻撃を受ければ、本部壊滅という最悪の結末を迎えることになりかねないのである。
「心配すんなって、えりな。アンタの分も、みんなのために頑張るからさ。」
ラックスが気さくな様子で励ますが、それは逆にえりなにとって辛さをぶり返させるものでしかなかった。
健一はジュリアと交戦した中で行方が分からなくなり、依然として連絡が取れなくなっていた。ロアに拉致されたという見方が強く、えりなは表に出さないでいたが、心の中で深く気にしていた。
「ところで、この子はどうなるのでしょうか・・・?」
明日香が言いかけて、別のベットに視線を移す。そこには眠りについたままのレイが横たわっていた。
レイはクレセントを外され、マジックバインドで魔力を封じられていた。それ以外の拘束はないものの、彼女は眼を覚ます様子は見られない。
「物理ダメージは与えないように設定していたけど、少し強くやりすぎたようだね・・」
「仕方ないですよ。ああでもしなかったら、デルタの被害はもっと大きくなってましたよ。」
沈痛さを込めて呟くなのはに、玉緒が弁解を入れる。
「何にしても、最終的な判断はユウキと仁美が出してくれる。悪いようにはしないって。」
ラックスが気さくに言いかけ、えりなたちが微笑んで頷いた。
そのとき、彼女たちのいる医務室に通信を知らせるブザーが鳴る。リッキーが機器に駆け寄り、通信回線を開く。
「はい。こちら医務室。」
“私は第4研究部所属、バリオス・ゼファー執務官補佐です。そちらで保護しているロアの少女の身柄を、こちらに引き渡してください。”
連絡を入れてきたのはゼファーだった。彼の申し出にえりなたちが眉をひそめていた。
「あの少女をそちらに引き渡せと?」
連絡を取っていたユウキが疑問を投げかける。連絡の相手は第4研究部主任、コルトだった。
“そうです。ロアのメンバーの多くは、クローンや戦闘機人など、人工的な調整を施されている者ばかりです。その潜在能力が暴走し、周囲に被害をもたらさないとも限りませんし。”
「しかし、彼女の心身は不安定な状態が続いています。負担をかければそれこそ・・」
“その点に関しては十分考慮しますよ。それにそちらの今の状態では、かえって彼女に負担をかけることになります。理解のほどを、神楽部隊長。”
コルトに言いとがめられて、ユウキは反論できず歯がゆさを浮かべる。
“今、バリオス執務官補佐がそちらに到着しているはずです。詳細は彼に任せてください。”
「ひとつだけ聞かせてもらえますか?あなたたちは彼女の前にも、拘束したロアのメンバーの身柄を預かっている。彼らの所在はどうなっているのですか?」
“調査中です。データがまとまり次第、全部隊に情報を公開するつもりです。何せ調整を受けているために複雑な身体構成となっている人がほとんどなのですから・・”
ユウキの質問にコルトは淡々と答える。コルトの申し出を渋々受けて、ユウキは通信を終えた。
「ハァ・・ったく。切れ者の相手はホントに参っちまうぜ・・」
ユウキがため息をついて肩を落とす。そこへリーザが現れ、ユウキに声をかけてきた。
「彼の言動には、不審な点が見られますね。」
「彼?コルト・ファリーナ主任のことか?」
ユウキが聞き返すと、リーザは深刻な面持ちを浮かべて頷く。
「彼の率いる第4研究部は、時空管理局の中でも謎の部分が多いとされています。査察部も何度か調査に出ているのですが、いずれもうまくけん制されています。」
「厄介だな。ホントに厄介・・もしかしたら、裏でとんでもないことが起こってるのかもしれないな・・・」
リ−ザから事情を聞いたユウキが、深刻な面持ちを浮かべて考えを巡らせる。
「リーザに第4研究部の調査を頼みたいんだが・・こっちはオレたちで何とかしてみせるさ。」
「大丈夫ですか?・・査察なら他の査察官に任せることも可能ですが・・」
「いや、あなたのほうが適任だ。事情に最も詳しく、判断力と分析力に長けているあなたのほうが・・」
「とりあえず褒め言葉として受け取っておきますね・・分かりました。お任せください、コマンダー。」
ユウキの指示を受けて、リーザが微笑んで頷いた。
コルトの指示を受けたバリオスとの再会を果たしたクオン。握手を交わしたものの、2人の顔に笑顔はなかった。
「こんな状況だというのに・・申し訳ないと思ってはいるよ・・」
「いや、君も任務だからね。気にしなくていいよ、バリオス。」
互いに弁解の意味を込めた言葉を掛け合うバリオスとクオン。2人もデルタの現状を楽観視していなかった。
「落ち着いたら救援に駆けつけるよ。親友のピンチを放っておくわけにいかないからね。」
「ありがとう、バリオス。では彼女をお願い。」
再び握手を交わすと、クオンはバリオスにレイを預けた。バリオスとレイを乗せた車が、デルタ本部を後にした。
「僕たち、これで本当によかったのでしょうか・・いくら犯罪者でも、あのような幼い子を振り回すようなこと・・」
沈痛な面持ちを浮かべて言いかけるクオン。するとユウキが彼の肩に手を乗せてきた。
「局長や他の研究部の主任も了承しているんだ。ここはしんじるしかない・・」
「ユウキさん・・・はい・・」
ユウキの言葉を受けて、クオンは小さく頷いた。彼は親友や仲間たちを信じることを、改めて心に決めるのだった。
レイを失ったマコトの心は、重く沈んでいた。心の支えとなっていた妹までいなくなり、マコトはどうしていけばいいのか分からなくなっていた。
(レイ・・ゴメン・・・僕が・・僕がそばにいてやれば・・・)
マコトが悲しみにさいなまれて、心の中で呼びかける。
(レイ・・君はいつも僕に笑顔をくれたね・・記憶をなくしていても、それは変わらなかった・・・)
マコトの脳裏に、レイと過ごした時間が蘇る。世界が変わっても姉妹のひと時はかけがえのないものだと、彼女は実感していた。
(壊れそうになっていた僕の心を、レイは支えてくれた・・レイも苦しみや悲しみを抱えていたはずなのに・・・)
いつしか眼から大粒の涙をこぼしていたマコト。どんなに拭っても、涙は次から次へとあふれ流れていく。
(レイ、もう君や僕たちのように、悲しんだり辛くなったりする人が増えるのはよくないよね・・・)
レイへの想いを膨らませたマコトがゆっくりと立ち上がる。彼女の心には悲しみに比例するかのように、かつてない憎悪が膨らんできていた。
ジュリアに連れ去られ、牢獄に閉じ込められていた健一。手足も魔力を封じられて、彼は牢獄でじっとしているしかなかった。
(参ったな・・これじゃどうしようもねぇ・・・えりなたち、心配してるだろうな・・・)
胸中で苦言を呟いて、健一が苦笑いを浮かべる。
(このまま何もしないわけにはいかねぇ・・何とかして、ここから抜け出さねぇと・・・)
「眼が覚めたようね・・」
打開の糸口を探っていた健一に向けて、声がかかってきた。鉄格子を隔てて、ジュリアが健一を見つめていた。
「よう・・このザマじゃ、反抗することもできねぇわな・・ヘヘへ・・」
「ずい分と落ちぶれた態度じゃない。とても私を追い詰めた人とは思えないわ。」
憮然とした態度を見せる健一に、ジュリアが呆れた素振りを見せる。
「手足の自由も利かねぇ。魔法も使えねぇ。オレはアンタらの人質確定ってわけだ。」
「そう。その通りよ。あなたは人質。でも形としてはあなたたち時空管理局も似たような態度を取っているわ。」
ジュリアが言いかけた言葉に、健一が眉をひそめる。
「あなたたちも私たちの仲間を連れ去っている。拘束、逮捕と普通はいうけれど、見方や考え方を変えれば、人質を取っているのと大差ないわ。」
「おいおい、バカなこというなよ。オレたちは人質なんて姑息なマネはしねぇって・・」
「ウソを言わないで!私たちの体と人生を弄んだ管理局に属している人間のくせに!」
苦笑を浮かべる健一の言葉に憤り、ジュリアが叫ぶ。その反応に一瞬驚きを覚えるも、健一は真剣な面持ちを浮かべて言いかける。
「ウソじゃねぇよ・・オレたちは卑怯なマネはしねぇ・・少なくとも、デルタの連中やオレの仲間に、そんなことをするヤツは1人もいねぇ・・」
鋭く言い放つ健一に対し、反論できないでいるジュリア。怒りばかりを膨らませるも、彼女は彼に背を向ける。
「何にしても、あなたは人質として扱われることになる。あなたにはもう、刃向かうことさえ許されない・・・」
健一に低い声音で言い放つと、ジュリアはそのまま牢獄を去っていった。
次の出撃の機会を待つシグマが、仲間たちの様子を気にかけていた。その中で、彼はローグの後ろ姿を目撃する。
「ローグ、何をして・・」
シグマが近づいて声をかけようとしたときだった。そこにはローグだけでなく、マコトの姿もあった。
「マコト・・・」
マコトに対して深刻さを覚えるシグマ。マコトはローグと同伴で、パソコンを操作して、その画面を睨みつけていた。
「何をしているんだ、お前たち・・・?」
「あぁ、シグマ。これを見てください。」
シグマが改めて訊ねると、ローグは淡々と答える。シグマはパソコンの画面に眼を向けて、眉をひそめる。
その画面に映し出されていたのは、なのはの戦闘だった。その中にはここ最近のものだけでなく、彼女の幼い頃のものもあった。
「これは、高町なのはではないか!?・・お前たち、何を・・!?」
「エースオブエースの打倒。そのための作戦を練っているのですよ。」
眼を見開くシグマに、ローグが説明を始める。
「高町なのはは確かに強大な相手です。彼女をエースと賞賛し、崇拝すらするのも頷けます。ですが、彼女とて心ある人間。必ずどこかにウィークポイントは存在しているはずです。」
「確かにそうだ。これからも彼女やデルタのメンバーが立ちはだかることになるだろう・・だが、誰が彼女を仕留めるつもりでいるのだ・・・?」
シグマが問いかけると、ローグはマコトに眼を向ける。画面を真剣に見つめている彼女を見て、シグマが息を呑む。
「まさかマコト、お前がなのはを倒すつもりなのか・・・!?」
「普通に戦えばおそらくは敵わないでしょう。ですが言ったはずです。どんな相手にも弱点が、付け入る隙が必ず存在すると・・」
説明を入れていくローグに対し、シグマはこれ以上言葉をかけることができなかった。レイの仇に相当するなのはを倒すため、マコトは戦いの準備を進めていた。
満身創痍のデルタ。その仲間たちの安否を気にするジュン。
様々な思惑が心の中を去来し、ジュンは辛さを感じていた。そんな彼女にクオンが歩み寄り、声をかけてきた。
「大丈夫、ジュンちゃん?君も疲れてるんだから、今のうちに休んでいたほうが・・」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。私は元気が有り余ってるんだから。」
心配するクオンに笑顔を見せるジュン。だがそれが作り笑顔だということを、クオンは理解していた。
「せっかくレイちゃんとまた会えたのに・・・無理矢理にでも引き止めるべきだったのかなって思えて・・・」
「心残りじゃないといったらウソになっちゃうけどね。でも時空管理局の本局が保護することになるんだから、きっとまた会える。私はそう信じてる・・・」
謝意を見せるクオンに、ジュンが弁解を入れる。信頼を込めたこの言葉に、クオンは安堵を覚えた。
「私が1番心配しているのは多分、マコトのことかもしれない・・レイちゃんがいなくなって、どんな気持ちでいるのかと思うと、私まで辛くなりそう・・・」
ジュンは突然、マコトのことを考えて沈痛の面持ちを浮かべる。孤独を感じているのではないだろうかと、彼女も心配になっていたのだ。
「マコト、けっこう繊細だから、けっこう深く考えちゃうんだよ・・もしかしたら、レイちゃんを連れ戻そうと暴走しちゃうんじゃないかって・・そして、私にも・・」
「それ以上言わないで。」
不安に満ちた言葉をさえぎって、クオンがジュンを抱きしめた。突然の抱擁にジュンが動揺を覚える。
「たとえ君とマコトちゃんが闘うことになるとしても、僕が君の盾になるから・・・」
「でも、それじゃクオンくんが・・・!」
「誰も傷ついてほしくないっていう気持ちは、僕だって同じだよ。だからこれは君のためだけじゃなく、僕自身のためでもあるんだ・・・」
「クオンくん・・・」
「僕はみんなを守りたい・・もちろんジュンちゃん、君のことも・・・」
自分の気持ちを伝えてくるクオンに、ジュンは戸惑いを膨らませていた。それは友情や家族の絆とは違った、深く強い想いだった。
「ありがとう・・ホントにありがとう・・私も、クオンくんやみんなを守りたいよ・・・」
思いを馳せたジュンが、クオンと口付けを交わす。みんなを守りたいという純粋な気持ちが、2人の心を一気に引き寄せたのだった。
比較的被害の少ない訓練場にて、ヴィッツとの試合を行っていたカタナ。各地に点在していたロアのメンバーの逮捕を続けていたカタナだが、デルタの危機を知らされ、本部に帰還したのだった。
カタナの持つブレイドデバイス「エスクード」とヴィッツのブリット。2つの刃がぶつかる度に火花が散っていた。
十数分の試合を終えて、肩の力を抜くカタナ。そこへヴィッツが歩み寄り、カタナに手を差し伸べてきた。
「さすがだ、カタナ。これまで連続的な任務をこなしてきたことが、成長につながってきているようだ。」
「いえ、ヴィッツさんやみなさんと比べたら、私はまだまだ未熟です。」
「その向上心はいい。だがあまり気負いすぎると、逆に足元をすくわれることになる。常に安定したペースを心がけろ。」
「はいっ!ありがとうございました、ヴィッツさん!」
賞賛するヴィッツに頭を下げるカタナ。そこへダイナがやってきて、2人の前で立ち止まる。
「デルタの多くは満身創痍の状態にある。カタナ、お前の力が運命を決めるといっても過言ではないぞ。」
「ダイナさん・・・分かりました。みなさんの期待と願いを心に刻み付けて、全力で任務に当たらせていただきます!」
低く告げるダイナに、カタナが答えて敬礼を送る。
「相変わらず不器用だな、ダイナ。ムリをしてまで言わなくていいのだぞ。」
「そうかもな。ガラではないということは先刻承知だ。だがそれでも言いたくなってしまうというのも一興だろう。」
そこへヴィッツが言いかけ、ダイナが憮然とした態度で答える。そのやり取りを見て、カタナは思わず笑みをこぼしていた。
クオンとの愛を芽生えさせたジュンは、束の間の休息のため、寮の自室へと戻った。だが既にネオンが戻ってきていた。
「あ、ネオンちゃん。帰ってたんだ・・」
ジュンが笑顔を見せて声をかける。しかしネオンはうつむいたまま、振り向こうともしない。
「どうしたの、ネオンちゃん?どこかケガしたとか?」
ジュンが心配になって、ネオンに手を伸ばす。そのとき、ジュンはネオンが涙を浮かべていることに気付き、戸惑いを見せる。
「ネオンちゃん・・・」
「さっき、ジュンちゃんとクオンくんがキスしてるところ、偶然見かけちゃったんだよね・・・」
物悲しい笑みを浮かべてきたネオンの言葉に、ジュンが緊張を覚える。
「この際だからハッキリ言っちゃうね。実はあたしも、クオンくんのことが好きだったんだよね・・・」
「ネオンちゃん・・・」
「クオンくんは真面目で優しくて、あたしのわがままにも怒らずに聞いてくれた・・ホントに嬉しくて、いつしか惚れ込んじゃった・・でもあたし、クオンくんの気持ちを大事にしようとも思ってた・・たとえあたしの気持ちが実らなかったとしても・・・」
困惑するジュンに、ネオンが突如すがりつき、泣きじゃくってきた。
「でも、やっぱり辛いよね・・自分の気持ちが実らないっていうのは・・・!」
「ネオンちゃん・・・ゴメン・・私のせいで・・・」
ネオンの悲しさを目の当たりにして、ジュンも悲痛さを覚える。自分たちが実らせた想いが、別の想いを壊してしまった。その悲劇に、ジュンは後悔の念を感じていた。
「ううん・・ジュンちゃんもクオンくんも気にしなくていいよ・・2人とも、自分の気持ちに正直になってくれたんだから・・あたしはあなたたちの仲を取り持つことに専念するよ・・・」
「ネオンちゃん・・・」
「ここまで来たんだから、2人は幸せにならないとダメだよ・・2人のためだけじゃなく、みんなのためにも・・・」
涙を拭って笑顔を見せるネオン。彼女の心からの祝福を受けて、ジュンも笑顔を見せた。
新暦76年11月23日
早急に措置を取ったため、デルタはフォワード陣の再編成により、体勢を立て直すことができた。だがセキュリティーやレーダーは本来の機能を果たすには至らない状態だった。
「バックアップは本局近辺の部隊が行ってくれる。デルタを追い詰めたロアが次に仕掛ける標的は、2つのうちのどっちか。」
なのはや明日香たちに対して、ユウキが言葉をかける。
「デルタにとどめを刺しにくるか、本局に向けて本格的な攻撃を仕掛けてくるかだ。どっちにしても、穏やかに済みそうもないな・・」
「各部隊も防衛体勢に入ってくれているけど、防ぎ切れるかどうか・・」
ユウキに続いて仁美が不安の言葉を投げかける。
「だったら私たちも本局の守りに・・!」
そこへジュンが意見を投げかけるが、ユウキが首を横に振る。
「今のオレたちの状態じゃ、攻めに徹する余裕がない・・後手に回るしかないってことだ・・・」
「そんな・・・」
ユウキの返答に困惑を浮かべるジュン。今のデルタに、ロアの攻撃を全て封じ込めるだけの力はなかった。
「ユウキさん、本局からの緊急通信です!ロアがクラナガンに現れました!」
「何っ!?」
そこへクラウンが駆けつけ、ユウキたちに声をかけてきた。緊張の空気に包まれる中、ユウキは状況把握に努める。
「確認されるのは1人!シグマ・ハワードです!」
「何っ!?1人だけだと!?」
クラウンからの報告にユウキが眉をひそめる。
「確かめましょう。ロアの真意を確かめる必要があります。」
なのはの呼びかけにユウキが頷く。彼らはロアの出方を伺うべく、本局への通信回線を開いた。
ロアの次の攻撃のため、クラナガンに足を踏み入れたロア。だがすぐに攻撃を行わず、シグマだけが単独で姿を現していた。
これは彼自身の考案だった。彼は攻撃の前に、ひとつの交渉を持ちかけようとしていた。
「時空管理局、私はロアの1人、シグマ・ハワードだ!今回はお前たちと交渉を行いたい!」
シグマが時空管理局に向けて呼びかける。彼の行動に当惑し、局員たちはすぐに攻撃を加えようとしなかった。
「そちらで預かっている我々の同胞の身柄を、全員引き渡してもらいたい。もしもその申し出を受け入れてもらえるならば、我々が預かっている辻健一を解放しよう。」
シグマの告げた申し出に、局員たちは緊張感を覚える。
「お前たちには、我々のこの申し出を拒むこともできる。だがそのときは、辻健一の身の安全は保障されないばかりか、我々はお前たちに牙を向けざるを得ない。だが、お前たちとて穏便に事件を集結させたいという考えは持ち合わせているはずだ・・お前たちの懸命な返答に期待する。」
シグマが持ちかけた交渉に、局員や役員は動揺の色を隠せなくなった。
(できればこのまま穏便にことを済ませたい。お前たちにわずかばかりの善意があるならば、我々の一途な願いに応えてみせろ・・・)
シグマが胸中で願いを秘め、眼下の街を見下ろす。その様子を、マコトたちは深刻さを募らせながら見守っていた。
「こんな交渉を持ちかけて大丈夫なの?そんな手が通用しない相手だってこと、みんな分かってるはずでしょう?」
「シグマの提案です。マコトは猛反対しましたが、私はこの案を持ちかけてもいいと判断しますよ。」
不満を口にするジュリアに対し、ローグが淡々と答える。
「このまま交渉が成立すれば問題はありません。もしも決裂しても、クラナガンが戦場になるのは必死。戦火を拡大させた管理局は、市民からの非難を被ることになります。」
「どっちに転がってもこっちに優位。管理局は不利に陥るということね。」
ローグの説明を聞いて、ジュリアはようやく納得したようだった。
「だが戦闘準備は怠らないように。それとマコト、あなたには事前の話し合いの通り、高町なのはの打倒に専念してもらいます。」
ローグに声をかけられ、マコトが眉をひそめる。
「他の武装局員を相手にして力を消耗させるわけにいきません。これまでのシュミレーションと万全の体勢なら、あなたは十分、彼女に勝つことができます。」
「ローグ・・ありがとう。僕、必ずやってみせるよ・・・」
ローグの言葉を受けて、マコトが微笑んで頷く。
「ポルテ、高町なのはの出撃を確認したら、マコトに知らせてください。それまでマコト、あなたは待機です。」
「本来ならこのこと、マコトにはやらせたくないのが本音なのよね。」
ローグの指示にポルテが渋々頷く。彼らは攻撃のために、心身ともに準備をするのだった。
その傍らで、マコトはレイのことを思い出していた。レイがなのはに撃墜される悲劇の瞬間まで。
(レイ・・・必ず僕が、お前の仇を討ってやる・・・高町なのは・・僕たちの前に立ちはだかるだけじゃなく、レイまで奪った・・・お前だけは、絶対許さない・・・!)
なのはに対する憎悪が、心の中で膨らみ、蠢いている。マコトの時空管理局に対する最大の挑戦が今、始まろうとしていた。
培ってきた絆を粉々に打ち砕く、最大最悪の悲劇が。
次回予告
人は分かり合えるものなのか?
ぶつかり合い、傷つけあわなければ理解できないものなのだろうか?
ひとつのきっかけを引き金にして、拡大される戦火。
その炎の中で、マコトに変化が起こる。
ジュンの悲痛の叫びがこだまする・・・