魔法少女エメラルえりなVersuS
第5話「忌まわしき過去」
心の中にぽっかりと空いた穴。
それは悲劇と絶望に満ちた暗闇を表していた。
あの日から、僕たちの運命は大きく変わった。
そして、新しい僕の始まりでもあった。
偽善を語る偽者の正義なんて、僕はいらない。
必ずこの手で、本当の平和と未来をつかみ取ってみせる。
そう・・・
全てはあの出来事から・・・
魔法少女エメラルえりなVersuS、始まります。
市街から離れた、露店が立ち並ぶ小さな道。そこの小さなレストランにマコトとレイはいた。2人は散歩の途中で小腹がすき、ここに立ち寄ったのである。
「おいしいかい、レイ?」
「うん・・ありがとうね、お姉ちゃん・・・」
アイスクリームを口にしているレイに声をかけるマコト。するとレイは笑顔で頷き、マコトも喜びを感じていた。
そのとき、マコトは唐突に顔を強張らせた。彼女の耳にある話題が持ち上がってきていた。
内容はロアについて。マコトたちの時空管理局襲撃についてだった。
「なぁお前、あのロアって連中のこと、どう思う?」
「時空管理局に挑んでるヤツらだろ?何を考えてるんだか・・」
「管理局はオレたちの平和のために日々頑張ってるんだ。それに刃向かうだなんて・・」
次々と交わされる言葉の数々。それは時空管理局への賛美と、それを敵にするロアへの批判と侮蔑ばかりだった。
だがそれらは、ロアの一員であり、時空管理局に激しい憎悪を抱いているマコトに怒りを植えつけていた。
込み上げてくる怒りを抑えきれなくなり、マコトはついに拳をテーブルに叩きつける。その音に周囲にいた人々が彼女のほうに振り向く。
「何だ、あの子供・・・?」
「お前たち・・時空管理局がそんなにいいのか・・・!?」
疑問符を浮かべる人々に向けて、マコトが憤りの言葉を口にする。
「世界をいいように振り回し、弄んでるあの連中の、どこがいいっていうんだ!?」
「な、な、何を言ってるんだ、君・・・?」
マコトの言葉の意味が分からず、人々が困惑する。
「いいか、君?時空管理局はオレたちのために体を張ってるんだ。その彼らに、非の打ち所なんてこれっぽっちも・・」
「ふざけるな!」
優しく振舞う男に怒りを爆発させたマコトが、ついに殴りかかった。それが引き金となり、レストランは一触即発の場と化した。
「い、いきなりこんなマネを・・!?」
「こ、このガキ!大人しくしてりゃ!」
憤慨した人々も苛立ち、マコトに飛びかかる。だがマコトは怒りのままに、その人々をなぎ払う。
マコトの潜在能力は類稀なるものへと昇華していた。そのため、常人が彼女に敵うはずもなかった。
マコトに向かっていった人たちは全員、彼女に叩きのめされた。その中で1人、必死に体を起こそうとしている男に、彼女は向かっていく。
「な、何者なんだ!?・・・何を考えて・・・!?」
「時空管理局こそがこの世界の悲しみと苦しみの根源・・ヤツらを止めない限り、悲劇が繰り返されるだけじゃない。その悲劇がどんどん膨れ上がっていくことになる・・・!」
愕然となる男に、マコトが鋭く言い放つ。怒りがまだ治まらず、マコトが男をつかみ上げる。
「お、お前、まさか・・・!?」
「そんなことは、オレがさせない・・ロアの仲間になったオレが、この腐りきった世界を変えてみせる・・・!」
驚愕する男に言い放つと、マコトが全力で拳を振るった。その一撃で、男がレストランの壁に叩きつけられる。
肩の力を抜いて吐息をつくマコト。レストランのオーナーはこの惨状に恐怖する。
「知らせたいなら知らせてもいいぞ。管理局は誰だろうとオレが叩き潰す・・・」
マコトの言いかけた言葉に、オーナーは呼び止めることもできず、震えるしかなかった。
「行こう、レイ・・・」
「うん・・・」
マコトの呼びかけに、レイが不安の表情を浮かべたまま頷く。オーナーは去っていく2人を追うことができず、時空管理局へ通報することもできなかった。
時空管理局を支持した人々を怒りのままに攻撃、撃退したマコト。彼女はレイとともに夜の街を歩いていた。
その道の途中、レイが唐突にマコトに声をかけてきた。
「お姉ちゃん・・お姉ちゃんはどうして、あの時空管理局というところを恨んでるの・・・?」
「えっ・・・?」
マコトが一瞬当惑を見せる。だがすぐに真剣な面持ちを浮かべて答える。
「僕はアイツらに、何もかもムチャクチャにされたんだ・・その復讐を、僕はやろうとしているんだ・・・」
「復讐・・・?」
「僕だけじゃないよ。ロアのメンバーはみんな、管理局に恨みや不満を抱いている人ばかりだ・・・」
マコトの言葉にレイが沈痛の面持ちを浮かべる。レイが誰かが傷つくことを辛く感じていることを、マコトも察していた。
(やっぱり、あのときのことは覚えてないんだね・・・あの悲劇は、忘れていたほうがいいかもしれない・・・)
マコトの脳裏に、邪としかいえない悲劇の記憶が蘇ってきていた。自分と自分の家族を不幸のどん底へと突き落としたある事件が。
マコトとジュンは無二の親友だった。まるで家族であるかのように、一緒にいる時間が長かった。
このまま2人とも幸せでいたい。ずっと一緒でいたい。それがマコトの願いであり、ジュンの願いでもあった。
だが2人の月日はいつまでも続かなかった。それは2人が7歳のときだった。
ジュンが家庭の事情で引っ越すこととなった。本当はミットチルダへの移住だったのだが、ジュンはマコトにはそれを伏せていた。
「ジュン・・僕・・僕は・・・」
別れの悲しみをこらえきれず、大粒の涙をこぼすマコト。そんな彼女に、ジュンが笑顔を見せる。
「そんなに悲しむことはないよ、マコト・・ずっと会えなくなるわけじゃないんだから・・・」
「だけど・・そうだけど・・・」
「いつかは分かんないけど、必ずまた会えるから・・確証がなくても、私が会いに行くから・・・」
ジュンの言葉を受けて、マコトはようやく気持ちを落ち着かせることができた。あふれる涙を拭い、マコトは笑顔を作る。
「そうだね・・・必ずまた会えるって信じなくちゃ、ジュンに悪いもんね・・エヘヘヘ・・・」
マコトが言いかけるとジュンは頷く。2人は握手を交わし、友情を誓い合う。
そこへレイが駆け込み、ジュンに眼を向ける。
「ジュンお姉ちゃん、また会えるよね?約束だよ。絶対に。」
「もちろんだよ、レイちゃん。レイちゃんにも必ずまた会いに行くから・・・」
言いかけるレイにジュンが頷きかける。ジュンはマコトから手を離し、彼女に視線を戻す。
「それじゃ、マコト、レイちゃん、また・・・」
別れの言葉を告げた瞬間、ジュンの眼から涙があふれた。その涙を拭うことなく、ジュンはマコトとレイから離れていった。
「ジュン、きっとだよ!きっとまた会おうね!」
マコトがジュンに向けて大きく手を振る。別れがあっても再会がある。互いに大きくなった姿を見せあう日が必ずやってくる。マコトはそう信じていた。
だが、マコトにはジュンと再会する前に、最悪の悲劇が待ち受けていた。
ジュンとの別れから2ヶ月が経過しようとしていた頃だった。その日もマコトやレイたちは平穏な日々を送っていた。
だが夕食の途中のことだった。突如部屋の明かりが消え、暗闇が一気に広がった。
「停電?こんなときに?」
母親が思わず不安の声を上げる。
「ちょっとブレイカーを見てくる。懐中電灯を・・」
父親が立ち上がり、夜目を利かせて部屋を出ようとしたときだった。
突如銃声が響き、父親が同時に倒れた。突然のことに母親が驚愕を覚える。
「あなた・・・!?」
父親が倒れたことに、マコトも動揺を覚えていた。そしてさらに銃声が響き、窓ガラスが割れた。
「マコト!レイ!」
母親がマコトとレイを庇い、弾丸を背中に受ける。母親は命を落とし、2人の眼前で昏倒する。
「母さん?・・・母さん・・・ウソ・・ウソだよね!?」
予想だにしていなかった出来事を受け入れられず、恐怖を募らせるマコト。だが彼女が声を上げても、父親も母親も答えてこなかった。
だが悲しみに暮れる間もなく、マコトは何かに口をふさがれ、体を縛られる。レイも同様に拘束され、体の自由を奪われる。
(レイ!レイ!)
心の中で声を張り上げても、実際に出ることはなかった。マコトとレイは何者かにさらわれ、行方不明となった。
マコトが意識を取り戻したのは、見知らぬ場所。ドラマなどで見かけた手術室のような部屋だった。
「ここは・・・?」
意識を覚醒させながら起き上がろうとするマコト。だが手足を鉄の錠で固定されており、その場から動けない。
「こ、これは・・!?」
「ようやく眼が覚めたようだね・・」
声を荒げたマコトに向けて声がかけられた。彼女が向けた視線の先には、白服に身を包んだ1人の男がいた。
「ここはどこだ!?どうしてこんなことを!?」
「今は知る必要はない。なぜなら、君は我々の手足となるための改造を受けることになるのだから。」
問い詰めてくるマコトに、男は不敵な笑みを浮かべて言いかける。
「改造!?・・いったい何を・・・レイは・・僕の妹はどうした!?」
「君の妹ならもう改造手術を終えているよ。小さい体のほうが手を加えるのが意外に楽だからね。」
男の言葉を耳にして、マコトが愕然となる。レイが男たちの邪な企みの犠牲となってしまった。
「そんな・・レイまで・・・何で・・・僕たちがいったい何をしたっていうんだ!?」
「別に何もしてはいないさ。ただ、君たちが私が生み出す傑作として高い数値の適合値を示していた。それだけのことさ。」
声を荒げるマコトに、男は顔色を変えずに答える。必死に抗おうとするマコトだが、手足に付けられた錠がそれを認めない。
「ムダな足掻きは見苦しいよ。君も私に改造されるしか道は残されていない。」
男が言いかけたところで、マコトは布を巻いた棒を口にくわえさせられ、固定される。
「舌を噛まれては困るからね。でも心配は要らないよ。麻酔をかけて行うから、痛みは緩和されるから。といっても、元々の痛みが半端ではないのだけれど。」
男は笑みを強めて、マコトの体にメスを入れた。体に傷を付けられ、その中へ機械などを埋め込まれた。
その間、マコトは死の苦しみを痛感していた。麻酔で緩和されているのがウソなのではないかと思えるくらいに、その激痛は耐えがたいものだった。
心身に向けての苦痛を味わわせたこの男たちを絶対に許せない。マコトの中で、かつてないほどの怒りと憎しみが芽生え始めていた。
肉体の改造を施されたマコトは程なくして眼を覚ました。彼女は隣にいた小さな少女、レイの姿に眼を見開いた。
「レイ・・・」
マコトが弱々しく声をもらす。だがレイは意識を失ったまま答えない。
「ようやく眼が覚めたようですね。やはりあなたは高いポテンシャルを秘めていたようですね。」
そのとき、マコトに向けて先ほどの男が声をかけてきた。マコトの中で、抑え切れないほどの憎悪をたぎらせていた。
「これで君たちは我々に栄えある尖兵となった。後は人間としての記憶を消すだけだ。」
「何だとっ!?」
「心配しなくてもいい。記憶を失っても、苦しむことはないのだから・・」
驚愕するマコトに淡々と語りかける男。男は未だに眠りについているレイに歩み寄った。
「まずは彼女からだ。幼い子の記憶は、削り取りやすくていい。」
「やめろ!これ以上レイに手を出すな!」
不気味な笑みを浮かべる男にマコトが叫ぶ。だが男はレイに伸ばす手を止めない。
男の手から念力のような力が放たれる。その力を頭に受けて、レイが激痛を覚えて悲鳴を上げる。
「やめろ!レイからその手を離せ!」
マコトがさらに叫ぶが、男は眼を見開き、念力を送る手を止めない。その魔性の力で、レイの心が揺さぶられ、壊れようとしている。
「父さんと母さんにあんなことをしただけじゃなく、僕やレイまで・・・許せない・・僕は許せない・・・!」
そのとき、マコトを拘束していた錠に亀裂が生じた。その鈍い音に男がようやく手を止める。
「そんなこと、オレは絶対に許さない!」
叫ぶマコトの体から、突如金色の光があふれ出してきた。
「こ、これは・・・!?」
その現象に男や周囲の人間が驚愕を見せる。霧のように立ち込めていた光が、花火のように弾け飛ぶ。
手足を押さえていた錠を力ずくで引き剥がし、立ち上がるマコト。彼女を今突き動かしていたのは男たちに対する憎悪だけだった。
(これだけのパワー・・私の改造によってもたらされた副産物・・怒りが引き金となって発動されたということか・・・!?)
「彼女を取り押さえろ!好きなようにさせるな!」
思い立った男がマコトの拘束を支持する。武装兵士たちがデバイスを手にして、マコトの抑止を試みる。
「邪魔するな!」
だが驚異的なパワーを発揮するマコトの進行は止まらない。砲撃、打撃、デバイス。あらゆる手段を行使しても、彼女を止めることができない。
蹴散らされていく兵士たちを目の当たりにして、男が戦慄を覚える。身の危険を覚え、彼は反射的に部屋を飛び出していく。
マコトは男を追わず、レイへと近づいた。レイの手足を押さえている鉄の錠を引き剥がし、彼女を抱きかかえる。
(レイ・・もう大丈夫だからね・・お前はオレが守っていくから・・・)
レイに向けて心の声をかけると、マコトは炎上する部屋から歩き出していった。その力に畏怖されて、誰も2人を追おうとはしなかった。
廊下の壁を突き破って外に飛び出したマコト。警報の鳴り響く施設を背に、彼女はレイを連れて森の中を駆けていく。
追っ手がいないことを確かめてから、マコトは森の真ん中で足を止める。一息ついてから、彼女はレイに声をかける。
「レイ!もう大丈夫だよ、レイ!」
マコトの声を耳にして、レイが意識を取り戻す。眼を開けた彼女を見て、マコトが安堵の笑みをこぼす。
「よかった・・無事だったんだね、レイ・・・」
「・・・誰?・・・誰なの・・・?」
レイが口にした言葉と様子に、マコトは眼と耳を疑った。
「レイ・・何を言って・・・!?」
「分かんない・・・私もあなたも、全然分かんない・・・」
レイの異変にマコトは愕然となる。男の念力の影響で、レイは記憶喪失に陥ってしまっていた。
レイは全ての記憶を失っていた。マコトのことばかりか、自分の名前さえも
だが完全に心が壊れたわけではなく、日常で使う動作や習慣は失われてはいなかった。これだけが不幸中の幸いであるといえた。
マコトとレイは見知らぬ場所を転々としていた。今まで住んでいた場所とは明らかに違う。世界そのものが違うようだった。
(僕たちが住んでたところとは、明らかに違う・・ここはどこなんだ・・僕たちはどうなっちゃうんだろう・・・)
足を地面に踏みつける度に膨らんでくる不安。心身ともに疲れ果てたマコトは、無表情のままでいるレイとともに、草原の大木に座り込んだ。
(このまま眠ってもいいよね・・レイと一緒だったら、天国に行っても寂しくないよね・・・)
諦めの気持ちを抱いたマコトが、眼を閉じようとしていた。
“いつかは分かんないけど、必ずまた会えるから・・確証がなくても、私が会いに行くから・・・”
そのとき、マコトの脳裏にジュンの声がよぎってきた。その声に背中を押されたかのように、マコトは閉じかけていた眼を開いた。
「ジュン・・・」
絶望にさいなまれた心に煌いた親友の絆。その想いに揺り動かされて、マコトは戸惑いを覚えていた。
「どうしたんだ、君・・・?」
そのとき、マコトは眼前から声が聞こえてきたことに気付き、顔を上げる。そこには1人の男が声をかけてきていた。
「大丈夫か、君たち?こんな傷だらけになって・・・」
マコトとレイの満身創痍の姿に、男は深刻な面持ちを浮かべていた。
「僕は大丈夫だよ・・疲れて休んでただけ・・・」
「こんなにやつれて大丈夫だと思うほうが異常だ。何かあったかは知らないが、療養は受けたほうがいい。とにかく2人とも来るんだ。悪いようにはしない。」
声を振り絞るマコトに男はさらに言いかける。振り向いて歩き出す男に促されるまま、マコトはレイを連れてついていくことにした。
男が案内したのは、人の集まりだった。和気藹々としたその雰囲気に、マコトは戸惑いを見せていた。
「お?シグマ、どうした、そのガキどもは?」
少年、ギーガが男、シグマに向けて気さくに声をかけてくる。
「あぁ。そこで倒れてたのを見つけたのでな。疲れているようだったので連れてきたというわけだ。」
「そうかよ。そんなに拾い上げて、負担にならねぇのかよ。もしかしたら、時空管理局のまわしものだって線もあるんだぜ。」
「時空管理局?」
シグマの説明を聞いてあざけるギーガの言葉に、マコトが疑問符を浮かべる。
「おい、ポルテ、ちょっとこの2人を診てくれないか。」
シグマが女性、ポルテ・セラティに声をかけてきた。首元でそろえられた黒髪に手を当てて、ポルテがマコトとレイに歩み寄ってきた。
「2人とも本当にボロボロじゃないのよ。でも心配しないで。滅多なケガで私に治せないものはないから。」
「はい・・ありがとうございます・・・」
悠然と言いかけるポルテに、マコトは当惑を見せながら頷きかける。マコトとレイはポルテに連れられて、その療養を受けることとなった。
その最中、ポルテはマコトとレイの身体に対して驚きを覚えた。
「これは・・・改造手術によって生み出された戦闘機人・・・!?」
動揺の色を見せたポルテの面持ちを見て、マコトが眉をひそめる。
「あの・・やっぱり、僕の体、もう人間じゃないんですね・・・」
「正確には“普通の人間”じゃないというべきなのだけれどね。気休めにもならない違いだけれど・・」
沈痛さを噛み締めるマコトに、ポルテが落ち着きを取り戻して言いかける。
「そしてあなたの妹さんは、思念波を受けて記憶が崩壊しているわ。心が壊れていないから、脳改造が完了してはいないけどね。」
「そうですか・・・何で僕たちにあんなことを・・・何なんだよ、アイツらは!?」
「もしかしたら、時空管理局に帰属している人間かもしれないわね。」
ポルテの口にした言葉に、マコトは眼を見開く。
「いったい何なんですか、その時空管理局っていうのは・・・?」
「次元世界の法をつかさどり、その事件と犯罪を対処する集まりよ。」
マコトの問いかけにポルテが答える。
「警察みたいなものなのかな・・・?」
「でも実体を見てみると、それが表の顔であることは明らかよ。中には人の体や命を何とも思っていない人間が紛れていて、それが見過ごされたり、その人が高い評価を受けたりしていたりしているのよ。」
「そんな・・そんなふざけたことが見過ごされてるなんて・・・!?」
ポルテの説明に憤りを覚えるマコト。
「私も元々は時空管理局の人間だった。でも命を軽視している人間が紛れていることに疑念を抱いて、局を辞めたのよ。」
「そうだったのですか・・・時空管理局・・僕たちをこんなにした連中・・・」
ポルテの事情を聞いたマコトが怒りを膨らませたとき、彼女の体から光があふれ出してきていた。
「あ、あなた・・・!?」
その膨大なエネルギーにポルテが息を呑む。
「ポルテ!」
そこへシグマが飛びかかり、マコトの体に拳を叩き込んだ。その打撃にマコトは意識を保てなくなり、その場に倒れ込む。
「シグマ・・・」
「心配は要らない。気絶させただけだ・・・」
当惑を見せるポルテにシグマが言いかける。彼はマコトが見せた力に脅威を感じていた。
(戦闘機人ゆえのポテンシャルの高さか・・だがこれほどまでとは・・・!)
「この子を安静にさせよう。どうやら自分の力を制御できていないようだ。くれぐれも刺激しないようにしよう。」
シグマの呼びかけにポルテは無言で頷いた。
マコトが再び眼を覚ましたのは、日が傾き始めていたときだった。彼女は起き上がり様、腹部の辺りに痛みを覚えて顔を歪める。
「ようやく眼が覚めたようだな。少し強く殴ってしまったようだ。」
そこへ声をかけてきたのはシグマだった。彼に眼を向けた途端、マコトは困惑を浮かべていた。
「僕は・・・」
「すまなかった。君の暴走を止めるために、手荒なことをしてしまった。幸い、エネルギーを放出する前だったから、被害は出なかったが・・」
戸惑いを見せるマコトに、シグマは淡々と説明を入れていく。
「おそらくは戦闘機人に改造されてしまったことでの副産物といえるのだろうが、君は常人をはるかに超えた力を備えているようだ。それも、その力を君は制御できていないようだ。」
「そうか・・僕はもう、普通の人間じゃないってことなんだね・・・」
シグマから告げられた言葉を耳にして、物悲しい笑みを浮かべるマコト。
「全ては、あの時空管理局がしっかりしてないから・・・」
「どうやら落ち着いたようだな。なら君に、我々のことを話してもいいだろう。」
マコトの心境を察して、シグマが語りかける決心をする。
「我々は君のように、時空管理局に対して、何らかの疑念や恨みを持っている。偽りの正義を駆逐し、真の平和を取り戻すために。」
シグマの言葉に、マコトが当惑を見せる。
「私個人としては、まだ幼い君たちをこの戦いに巻き込むことを快く思っていない。妹とともに、平穏な生活の中で生きていてほしいというのが本音だ。」
「あなたの気持ちはとても嬉しいよ。でも、僕たちは僕たちが望む前に、もうこの戦いに巻き込まれてるよ・・・」
自分の気持ちを正直に告げるシグマだが、マコトの気持ちは既に決まっていた。
「父さんも母さんも殺され、僕とレイも体をいじくられた・・しかもレイは心まで壊されかけた・・そんなことをした連中を野放しにしたら、世界そのものが壊れてしまう・・・だから・・・」
かつてない悲劇にさいなまれた果てに得た決意を胸に秘めて、マコトが真剣な面持ちを浮かべる。
「僕は戦う・・僕たちが味わった痛みや苦しみを、他の人たちに味わわせたくない・・・!」
マコトは言い放つと、シグマに向けて手を差し伸べた。
「僕は秋月マコト。妹はレイ。僕を仲間に入れてほしい・・・」
「私はシグマ・ハワード。君たちの決意、我々ロアが預かる・・・」
互いに自己紹介をした後、シグマがマコトの手を取って握手を交わした。
こうしてマコトはロアの一員となった。自分たちの全てを打ち壊した時空管理局への復讐のため、彼女は熾烈な戦いに身を投じたのだった。
それからマコトはロアのメンバーとして、時空管理局に関わる多くの施設や部隊を襲撃していった。それはロアの挑戦であり、彼女の復讐でもあった。
そうすることが、自分たちが心から願う平和が現実のものとなっていく、自分たちを絶望のどん底へ突き落とした元凶が暴かれることになると信じて。
マコトは戦いの中で、自分の力の制御と戦い方を学び、心身に叩き込んでいった。平和をつかむことに役立たせるために。
(ロアとの出会いが、僕が決心と勇気を持つきっかけとなった・・まだ解決はしてないけど、核心には迫っている・・・)
マコトはレイに視線を向けながら、昔のことを思い返していた。彼女は全ての悲劇を根源から消し去るために、改造手術によって得た力を使っていたのだった。
「レイ・・必ずお前は、僕が守るから・・・」
マコトは唐突に言いかけて、レイを抱きしめる。その抱擁にレイは戸惑いを見せる。
「お姉ちゃん・・・?」
「僕は誰かが辛い思いをするのが我慢ならない・・特にレイ、お前が傷つくのは・・・」
レイに切実な思いを告げるマコトの眼から涙があふれてくる。雫がレイの腕にこぼれ落ちる。
「お姉ちゃん・・泣いたらダメだよ・・・」
そのとき、レイがマコトに手を伸ばし、あふれてくる涙を拭う。その行為に、今度はマコトが戸惑いを覚える。
「お姉ちゃんだけじゃないよ・・誰かがイヤな気分になるのを、レイも辛いよ・・・」
「レイ・・・」
「お姉ちゃんがレイやみんなを守るように、レイもお姉ちゃんやみんなを守るよ・・レイにも、みんなを守れるだけの力を持ってるから・・・」
レイの心境を察して、マコトの心が揺れる。記憶は戻っていなくても、大切なものを守りたい気持ちをちゃんと持っていることを、マコトは痛感していた。
「ありがとう、レイ・・この気持ちが、僕やみんなに勇気を与えてくれる・・僕はまた戦えるよ・・・」
マコトはレイに感謝の言葉をかけた。この思いと絆があれば、どんな逆境も跳ね除けることができる。
「また勝手なマネをしたようだな。」
そのとき、マコトとレイに向けて声がかけられた。2人が振り返った先には、シグマとポルテの姿があった。
「シグマ、ポルテ・・・」
「お前の魔力をすぐに感じたぞ。また民間人を襲ったそうじゃないか。」
「だってアイツらが悪いんだよ。管理局を褒めて、僕たちを悪く言って・・」
言いかけるシグマに言い訳をするマコト。その言葉にシグマが落胆の面持ちを浮かべる。
「お前の気持ちは分からなくもない。だがこれが世界の現状だ。」
シグマの言葉にマコトが歯がゆさを覚える。
「この長い歴史の中で、管理局が世界を守り続けてきたのは紛れもない事実。世界が管理局を支持し、我々ロアが蔑まれるのは当然だ。だが我々が真の平和をつかみ取ることができれば、この構図は見事に逆転する。」
「シグマ・・・」
「今は辛抱しろ、マコト。後わずかの辛抱と特攻が、偽りの正義と平和が本物に塗り変わる。お前の志、決して無碍にはさせない・・・」
マコトに呼びかけて信念を強めるシグマ。その言葉にマコトが再び奮い立つ。
「ありがとう、シグマ・・そうだね・・僕たちが、この乱れた世界を変えなくちゃ・・・!」
「行くぞ、マコト、レイ。そろそろ次の行動を開始する。」
改めて決意するマコトに呼びかけるシグマ。マコトとレイが頷き、再び歩き出す。
「その前に身体のチェックをさせて。あなたたちの体は繊細で、安定しているとは言いがたいから。」
そこへポルテが呼びかけ、マコトはそれにも頷いた。
(ジュン・・・)
歩く最中、マコトはジュンのことを思い返していた。マコトは混乱に満ちている世界のどこかでジュンが生きていることを、とても不安に感じていた。
(現実がこのようなことになってると知ったら、君はどんな気持ちになるんだろうか・・・でもこれだけは強く願ってる。)
ジュンへの言葉を胸中で呟きながら、マコトは決意を込める。
(僕は、僕たちはみんなのために、命懸けで戦ってる・・もちろんジュン、君のためにも・・・)
その思いを胸に秘めて、マコトは新たなる戦いの場に赴くのだった。
次回予告
激化していく抗争。
募る感情。
市街を部隊に繰り広げられるデルタとロアの激闘。
その中で、少年少女が目の当たりにする新たな悲劇とは?
戦いの果てに待つものは・・・?