魔法少女エメラルえりなVersuS

第2話「炎と光」

 

 

この日は、私たちの新しいひと時の初日だった。

でもその日は楽しい時間ではなく、悲しみを引き起こす引き金だった。

 

その中で起こった運命の邂逅。

夢の道をさまよいながらも、その答えを見つけようとする人。

本当の平和をつかみ取ろうと、世界に挑もうとする人。

 

みんなの思いは今、大きく揺れ動こうとしていた・・・

 

魔法少女エメラルえりなVersuS、始まります。

 

 

 突如ミッドチルダ市街を襲撃した謎の集団。その暴挙を止めるべく、その1人であるギーガと対峙していたえりな。

「ギーガ!」

 そこへ飛び込んできたのはマコトだった。彼女の接近に気付いたえりなが、とっさにブレイブネイチャーを構える。

「ライトスマッシャー!」

 マコトがグローブ型アームドデバイス「ライトスマッシャー」に呼びかける。カートリッジロードによって威力を増した彼女の攻撃が、えりなに向けて放たれる。

 だがえりなの掲げたブレイブネイチャーの光刃に、マコトの攻撃が受け止められる。

「何っ!?

 マコトが思わず毒づく。攻撃の衝撃を反動にして、彼女はえりなとの距離を取る。

(エース・オブ・エース・・その称号は伊達じゃないってことなのか・・・だけど!)

 負けじといきり立つマコトがさらに攻撃を仕掛ける。

Wind bind.”

 そのとき、マコトはえりなの発動した風の縄で体を縛られる。体勢を崩された彼女はその場から動けなくなった。

(バインド・・こんなに速く仕掛けられるなんて・・・!?

 まざまざと力の差を見せ付けられてしまったマコト。彼女の力量は並の武装局員を寄せ付けないものであるが、相手が悪かった。

「詳しく聞かせてもらえる?どういうことなのかをね。」

 えりながマコトに詰め寄り、問いかける。だがマコトは諦めようとしなかった。

 はいているブーツ型アームドデバイス「メテオブーツ」を強く踏みつけ、マコトが飛び上がる。

「マコト!」

 そこげギーガが駆け込み、えりなの眼前の地面に拳を叩きつける。砂塵が舞い上がり、えりなは視界をさえぎられる。

「し、しまった・・・!」

There is both away.(2人とも離れていっています。)

 毒づくえりなに向けて、ブレイブネイチャーが答える。光刃を振りかざして砂塵を払いのけるが、既にマコトとギーガの姿はなかった。

「えりな!」

 そこへ健一がえりなに駆け寄ってきた。

「えりな、大丈夫か!?

「健一・・うん、大丈夫。でも逃げられちゃったよ・・・」

 声をかける健一に微笑みかけるえりな。

「オレと明日香は全員押さえた。お前の相手はかなりのヤツらだったみたいだな。」

 ひとまず肩の力を抜く健一。彼が見つめる先で、明日香が確保した襲撃者の監視をしていた。

“えりな、健一、ここは私だけで十分だから、2人は逃げた2人を追って。”

(明日香ちゃん・・)

 そこへ明日香が念話で話しかけて、えりなが当惑を覚える。

“もうすぐ仁美さんたちが来るから・・急いで。見失ってしまうよ。”

(明日香ちゃん・・分かったよ。ここはお願いね!)

 明日香の言葉を受けて、えりなはマコトたちを追いかけていった。健一も彼女に続いて飛翔していった。

 

 市街の先端にある小さな通り。そこは人目につきにくいところから要人の極秘ルートとして使われることが少なくない。

 人目につくのを避けて、その通りを使う人を乗せた車が走ってきていた。時空管理局と深い関わりのある人物だった。

 だがその道の真ん中に、突如爆発が起こり、車が急停車する。直後、その車に数人の人間が駆け込んできた。

「な、何だね、君たちは!?

 声を荒げる要人の言葉に耳を貸さず、襲撃者の1人が彼の乗る車を攻撃する。車は大破して爆発し、要人は負傷して気絶する。

「よしっ!そこまでだ!お前たちはすぐに引き上げろ!他の者への連絡は私がする!」

 そこへ現れた青年、シグマが仲間たちに呼びかける。その言葉を受けて、襲撃者たちが撤退していく。

(これで時空管理局の新たな防衛策が滞るはずだ。まずはこのくらいで十分だろう。下手に藪を突いて大蛇をあぶり出すこともない。)

 眼前の現状を把握して、シグマは判断を下す。そして仲間たちに続いて、彼もこの場を離れようとした。

 そのとき、シグマに向けて炎の弾が飛び込んできた。

「スティード!」

 シグマは回避しながら、ブレイドデバイス「スティード」を起動させる。長く真っ直ぐな刀身の剣の形状となったスティードを手にして、彼は身構える。

「時空管理局の人間か・・姿を現せ。それとも私から攻めたほうがいいか?」

 シグマが冷静に呼びかける。その呼びかけを受けて姿を現したのはジュンだった。

「あなたたち・・どうしてこんなことを・・・!?

 ジュンがシグマたちの行動に不快感を覚える。だがシグマは冷静さを崩さない。

「これは真の平和をつかみ取るための戦いだ。この突撃もそのひとつだ。」

「真の平和って・・これのどこが・・!」

「それに君はデバイスやバリアジャケットを身につけているが、管理局の人間ではないようだ。その構えでおおよその予測はつく。力はあるようだが荒削りな戦い方だ。」

「さっきから聞いてたら、勝手なことばかり言って・・そんな押し付けで、アンタたちのいう本当の平和で誰かが幸せになれると思わない!」

 シグマの言葉にジュンが反発する。暴力だけで誰かが幸せになるということはない。彼女はそのことを理解していた。

「悲しいことだ。偽りの平和に落ち着いてしまった君たちの不幸を呪うよ・・・」

「どうしてそこまで・・・アンタたち、時空管理局を憎んでるみたいだけど・・いったい何が・・・!?

「残念だけど、君の知る必要はない。知れば君も、確実に危険に陥ることになる・・・」

 シグマが鋭く言い放ち、ジュンが困惑を浮かべる。だがジュンは迷いを振り切り、シグマを鋭く見据える。

「たとえ分からなくても、ひとつだけ確かなことがある・・目的のために、関係のない人たちまで巻き込み、傷つけるなんて、絶対に間違ってる!」

 言い放ったジュンが、フレイムスマッシャーを身につけている両手に魔力を集中させる。

「これ以上みんなを傷つけるっていうなら、私はあなたたちを全力で止める!」

「そう来るか・・覚悟はできているのだな・・・!?

 向かっていくジュンに対し、シグマがスティードを振り上げる。重量のある大剣を軽々と持ち上げる彼に、ジュンは脅威を感じ取る。

 ジュンはとっさに横に飛んで、勢いよく振り下ろされるスティードの一閃をかわす。だがその刃がめり込んだ地面が爆発を引き起こすかのようにめり込む。

(ドライブチャージを行っていないのにあの威力・・まともに受けたら、確実にお陀仏ね・・・!)

 シグマの力に毒づくジュン。彼女はフレアブーツに意識を集中し、加速化を図る。

 旋回を繰り返してシグマの注意を散漫にするジュン。そしてその隙を突いて、彼女は距離を一気に詰める。

「フレアシュート!」

 ジュンがシグマに向けて、炎をまとった一蹴を繰り出す。その攻撃を体に叩き込まれて、シグマが怯む。

「なかなかだが、やはりまだまだ青いな。」

 だがシグマはさほどこたえてはいなかった。彼はスティードを手にしていない左手で、ジュンの右腕をつかむ。

「女子供に暴力を振るうのは本意ではないが・・」

 シグマは言いかけながら、ジュンを投げ飛ばす。彼女は横転し、その先の壁に叩きつけられる。

「敵ならば仕方がない・・・」

 シグマが振り返り、ゆっくりと立ち上がるジュンを見据える。スティードで攻撃すれば確実に仕留められたにもかかわらずそれをしなかったのは、彼の彼女への哀れみ、情けだった。

「これが最後の警告だ。すぐにこの場を去れ。でなければ命は保障できない・・・」

「冗談じゃないって・・このままアンタたちを放っておけるわけないでしょう・・・!」

 シグマの言葉を跳ね除けるジュン。その返答に彼は嘆息をもらす。

「君はまだ若い。まだまだこれからの命を早く紡いでしまうのは忍びないのだが・・・」

 シグマは戦意を高めると、ジュンに向かって飛びかかる。ジュンは右手のフレイムスマッシャーに意識を集中し、魔力をこめた弾丸を装てんする。

 ベルカ式や一部のミッドチルダ式のデバイスには、魔力をこめた弾丸を装てんして威力を高める「カートリッジシステム」が備わっている。また、グラン式デバイスには使用者の魔力を弾丸のように装てんする「ドライブチャージシステム」が備わっている。

 力を高めたフレイムスマッシャーが炎をまとう。スティードを振り上げるシグマを迎撃するため、ジュンも飛び出していく。

 振り下ろされるスティードの一閃を、ジュンは何とか紙一重でかわす。そしてシグマに向けて、炎をまとった拳を繰り出す。

「烈火突貫!バーニングブレイカー!」

 ジュンがシグマに向けて放つ鉄拳。破壊力、爆発性のある「フレイムスマッシュ」と違い、「バーニングブレイカー」は突進力、貫通性に重点が置かれており、威力は彼女の技の中で1番高い。

 だが、バーニングブレイカーはシグマではなく、彼がすかさず掲げたスティードの刀身に命中する。大剣ゆえに防御力にも優れており、さらにシグマが障壁を展開させていたため、ジュンの攻撃は威力を殺されて無力化される。

「そんな!?

 驚愕するジュンが、シグマが振り上げたスティードに弾き飛ばされる。倒れて体勢を崩したジュンがすぐに起き上がろうとすると、一気に間合いを詰めてきたシグマが、彼女の顔の横の地面にスティードを突き刺してきた。

「今のが君の最高の技だろうが、それも破られた。この状況、私が君の心臓をわしづかみにしていることに等しい。覚悟はできていたのだろう・・・?」

 鋭く言い放つシグマに追い詰められ、ジュンは反論できなかった。

(こんなところでやられるなんて・・やりたいことも夢も見つけられないまま、私は終わっちゃうの・・・!?

 自分の無力さを痛感して、歯がゆさを覚えるジュン。シグマがスティードを引き抜き、その切っ先を彼女に向ける。

 だがシグマはジュンのとどめを刺そうとせず、上へ飛び上がる。その直後に光の縄が出現するも、標的を拘束できずに消失する。

「バインド・・・!?

 危機を脱したジュンが驚きを覚える。シグマは「ロングレンジバインド」の発動に気付き、ジュンへの攻撃をやめて回避を行ったのだ。

(近くにいない・・遠くから私に向けてバインドを仕掛けてくるとは・・・)

 バインドを仕掛けてきた相手の力量に毒づくシグマ。彼は五感を研ぎ澄まして、相手の居場所を探る。

「そこだ!」

 その場所に気付いたシグマがスティードを振りかざす。その一閃がかまいたちのように飛んでいき、その先のビルに向かう。

 そのビルの陰から飛び出した翼。緑がかった白色の光の翼に、ジュンは思わず魅入られた。

 その翼は、マコトとギーガを追ってきたえりなの背中から発せられていた。この翼は彼女のイメージが具現化したものであり、飛行魔法に必要なものではない。

 マコトたちを追っていたえりなは、シグマに追い込まれていたジュンを発見。マコトたちの追跡を断念して、ジュンの救出を行ったのだった。

(あれは坂崎えりな・・時空管理局のエースと遭遇することになるとは・・・!)

 えりなの登場にシグマが毒づく。

Nature mode.”

 ブレイブネイチャーの形態を戻して、えりながシグマに呼びかける。

「そこの人、武装を解除してその子から離れなさい。そうすれば、あなたの身の安全は保障します。」

「悪いがその申し出を受けるわけにはいかない。我々には、果たさなくてはならない目的があるのだ・・・!」

 えりなの忠告を聞き入れず、シグマが飛びかかる。彼が振りかざしたスティードの一閃を、えりなは飛翔してかわす。

Leaf sphere.”

 えりなが魔力の弾を次々と出現させ、発射する。シグマがスティードを振りかざし、その弾の群れをなぎ払う。

 シグマの眼前で爆発が連続で巻き起こる。その閃光からえりなが飛び出してきた。

 セイバーモードとなったブレイブネイチャーを振り下ろすえりな。その一閃を、シグマはスティードを掲げて受け止める。

 2つの刃が衝突し、火花を散らす。

(これが坂崎えりな・・まだ幼さの残るこの体のどこに、これほどの力が・・・!?

 えりなの力に脅威を覚えるシグマ。彼は力を振り絞ってえりなを突き飛ばし、距離を取る。

(すごい力・・私とブレイブネイチャーの攻撃に軽々と耐えるなんて・・・!)

 えりなもシグマの力に毒づく。2人は互いの力量の高さゆえに、迂闊な手に出ることができなかった。

 

 時空管理局本局内にあるデルタ本部。市街への襲撃に対し、本部は慌しさを見せていた。

 その指揮を行っていたのが、デルタのコマンダー、神楽(かぐら)ユウキである。

 ユウキはかつての管理局の問題の解消のために、このデルタを発足させた。局内の一部の人間から反対されたこともあったが、現在デルタは局の有力な部隊として確立していた。

 ユウキと仁美は伝説のデバイス「三種の神器」に選ばれた者である。そのうち、「シェリッシェル」と「クリンシェン」をユウキが、「クライムパーピル」を仁美が所有している。

「状況はどうなっている?」

 ユウキがオペレーター陣、エリィ・スズキ、カレン・ホンダ、ルーシィ・マツダが状況を報告する。現状を飲み込んだユウキが、沈静化のための判断を模索する。

“ユウキさん、アレンです!”

 そのとき、デルタ本部に向けて通信が入ってきた。

 アレン・ハント。デルタのサブコマンダーで、えりなたちの友人である。格闘術を母、クリスから、魔法をなのはから教わっている。

「アレンか!今、襲撃者とえりな、明日香、健一が交戦してる!」

“えりなたちが来ているんですか!?”

「今、えりなが襲撃者のうちの2人を追う途中で、別の1人と交戦している!君は彼女に代わって、逃走した2人を追ってくれ!」

“場所は!?”

「スカイポイント、382を北北西に移動しています!」

 場所確認をするアレンにカレンが答える。了解したアレンは念話を終えて、現場に急行した。

「仁美、そっちの状況はどうなってる?」

 えりなのところへ向かっている仁美に、ユウキが呼びかける。

“明日香ちゃんと健一くんが襲撃者数人の拘束に成功。クオンくんとネオンちゃんも市民の避難を続けてるわ。”

「よし、分かった。仁美はえりなの援護に向かってくれ。」

“了解。”

 ユウキの指示に仁美が答える。デルタ本部はさらなる緊張に包まれることとなった。

 

 えりなとシグマの激しい攻防は続いていた。その一進一退を、ジュンは黙ってみていることしかできないでいた。

(あんなすごい戦いをするなんて・・それにどこかで見たような・・・)

 えりなの力に驚きを隠せないでいるジュン。彼女は自分の右手を握り締めて、無力感を覚えていた。

(私、このまま何もできないままなの・・そんなの、我慢ならないよ・・・!)

 いきり立ったジュンが、握っていた手をゆっくりと広げる。

「そう思うよね・・フレイムスマッシャー、フレアブーツ・・」

Of course.”

 微笑みかけるジュンに、フレイムスマッシャー、フレアブーツが答える。

「やってやるわよ・・私がみんなを守る・・もう誰も傷つけさせない!」

 ジュンが手足につけている2種のデバイスに意識を集中する。彼女はえりなとシグマの攻防の真っ只中に飛び込んだ。

 一方、シグマのパワーに押され気味になっていたえりな。スティードの重みのある攻撃に、彼女は追い込まれていた。

(くっ!・・やっぱり、リミッターをかけたままじゃダメか・・・あんまり解除していいものじゃないし・・)

 胸中で毒づくえりなが思考を巡らせる。

 上位レベルの武装局員は、その高い潜在能力のために周辺に被害を及ぼさないために、出力リミッターをかけられて、魔力ランクを下げられる。リミッター解除にはその局員の上官に当たる人物の承認が必要となってくる。

 現在、えりなのリミッター解除の権限を有しているのは時空管理局提督でなのはたちのの友人、クロノ・ハラオウンと聖王教会の騎士、カリム・グラシアである。

(エースオブエース・・この程度のはずがないのだが・・・何か裏があるのか・・・?)

 そのえりなの様子に疑問を抱くシグマ。2人は思考を巡らせており、戦況は拮抗状態に陥っていた。

 そのとき、そこへ一条の炎が飛び込んできた。虚を突かれたシグマがその炎に巻き込まれる。

(この炎・・さっきの娘か・・・!)

 炎を放ってくるジュンに気付いたシグマは、スティードを振りかざしてその炎を振り払う。

「全然効かないか・・だけど、このくらいでへこたれないわよ!」

 負けん気を見せて、ジュンが身構えてシグマを見据える。シグマも狙いをえりなからジュンに移していた。

「あまり往生際が悪いと、本当に無駄死にすることになりかねないぞ・・・!」

「私は往生際よりも諦めのほうが悪いのよ。」

 鋭く言い放つシグマに、ジュンは自信のある笑みを見せる。

「やめなさい、あなた!あなたが敵う相手ではない!すぐにここから離れて!」

 そこへえりなが呼びかけるが、ジュンは聞き入れようとしない。

「私は指をくわえて見ているつもりはない・・誰かが泣いたり痛がったりする姿を、私は見たくない・・・!」

「あなた・・・」

 ジュンの言葉に戸惑いを見せるえりな。えりなはジュンが自分と同じ正義感の強い少女であることを理解していた。

「悪いが、その考えを持ってしても、私には敵わないことは君も重々承知しているはずだ。」

 そこへシグマが言いかけ、えりなとジュンが真剣な面持ちを浮かべる。

「願うことは悪くない。だが力が伴わなければ、叶う願いも叶うことはない。」

「あなたのいう力なら、私が持ってるよ。」

 シグマに反論してきたのはえりなだった。ブレイブネイチャーを構えて、彼女は彼を見据える。

「もしも叶わない願いがあるっていうなら、私がその願いを叶える。そのための力を、私は持ってるから・・」

「力・・・」

 自信のある笑みを浮かべて言いかけるえりなに、ジュンが戸惑いを見せる。

「それに、私たちは1人じゃない。」

 えりなが言いかけた言葉に、シグマが眉をひそめる。そのとき、紅い光球がシグマに向けて飛び込んできた。

 スティードでそれを弾き返しつつ、この場から離れるシグマ。彼が見つめる先には、えりなの救援に駆けつけた仁美の姿があった。

「待たせたわね、えりなちゃん。」

「新手か・・」

 えりなに言いかける仁美に、シグマが毒づく。

(相手は3人。うち2人は高い魔力を所有している。これ以上の単独での戦いは不利のようだ・・)

 シグマは胸中で呟くと、えりな、仁美、ジュンの動きを見計らう。彼が意識を傾けると、スティードが振動を引き起こす。

Active shake.”

 その直後、スティードから膨大な衝撃波が解き放たれる。不意を突かれたえりなたちがその衝撃で一瞬怯む。

 その隙にシグマが高速でこの場を離れる。えりなたちが体勢を整えたときには、既に彼の姿はなかった。

「しまった・・逃げられた・・・」

 シグマを逃がしてしまったことに、自分への不甲斐なさを感じるえりな。

「今はみんなを助けることが先決よ。えりなちゃんはあの子をお願い。」

 仁美がえりなに呼びかけると、地上の路上で負傷している要人たちのところへと向かった。えりなは小さく頷きかけると、当惑を浮かべているジュンに近づいた。

「あなた、大丈夫・・・?」

「えっ・・・?」

 えりなに声をかけられて、ジュンが一瞬驚きを見せる。

「すごい力を持ってるね。その年頃であれだけの力を出せるのは、私たちみたいにポテンシャルが優れてる人である証拠だよ。」

「は、はぁ・・・」

 えりなの言葉にさらに当惑を見せるジュン。だがすぐにえりなの顔から笑みが消える。

「でも、ただ闇雲に突っ込んでいくだけなのは、勇気じゃなくて無謀だよ。力を使うときには信念とか正義とか、そういったものを心に留めておくものだよ・・・」

「正義、ですか・・・」

「そう。誰にだって中身は違うけど、ちゃんとした正義を持ってる。もちろん、あなたの中にもあるはずだよ。」

 えりなの言葉を受けて、ジュンが戸惑いを見せる。ジュンは先ほどの自分の戦いを思い返した。

(そう・・今の私は、気持ちばかりが先走ってて、本当に力任せになってた・・結果、周りが見えていなかった・・・)

 反省を踏まえたジュンが後ろに振り返る。その先の地上には、人々の避難を終えて駆けつけたクオンとネオンの姿があった。

「クオンくん!ネオンちゃん!」

 ジュンが2人に呼びかけて、地上に降り立つ。

「ジ、ジュンちゃん!?何でジュンちゃんがここに!?

「逃げるように言っておいたのに・・!?

 ジュンの登場にネオンとクオンが驚きの声を上げる。

「だって、黙ってられなかったから・・・」

「知り合いなの?」

 ジュンが言いかけたところへ、えりなが声をかけてきた。するとクオンとネオンがえりなに向けて敬礼を送る。

「2人とも、この人を知ってるの・・・?」

 そこへジュンが小声で訊ねると、クオンとネオンが鋭い視線を向けてきた。

「知ってるなんてもんじゃないって。この人はあの有名なエースオブエース、坂崎えりな二等空尉。私たちの新しい教官だよ。」

「え、ええっ!?

 クオンが小声で答えると、ジュンが驚きのあまりに大声を上げる。その声に逆に驚いて、クオンがしりもちをつく。

「あなたが、あの、管理局の無敵のエースの・・・!?

「無敵というのは言い過ぎって気がしてるけどね・・」

 さらに驚いて指をさしてくるジュンに、えりなが微笑んで答える。

「もしかして、あなたがデルタに入る新人さんたちだね?」

「はいっ!クオン・ビクトリア二等陸士です!」

「ネオン・ラウム二等陸士です!」

 えりなが声をかけると、クオンとネオンが意気込みを込めて自己紹介をする。

「えりな!」

 そこへ健一が明日香、玉緒とともに駆けつけてきた。

「健一、明日香ちゃん、玉緒ちゃん。」

「えりな、こっちは落ち着いたぜ。けど他の連中は逃げられちまった・・」

「私も逃げられちゃったよ・・強い人が混じってた・・・」

 言葉を交わして沈痛の面持ちを浮かべるえりなと健一。だが彼女は自分の頬を叩いて、すぐに立ち直る。

「でも、こんなことで落ち込んでるなんて、私らしくないからね。気持ちを切り替えていかないと。」

「そうだな。辛気臭いのは、オレたちには似合わねぇからな。アハハ・・」

 えりなの言葉に触発され、健一も笑みを取り戻す。明日香も玉緒も同意して頷く。

「とにかく、私たちはユウキさんのところに戻ろう。仁美さんもみんな、一生懸命になってるから・・」

「そうだな・・ここは引き返すしかなさそうだな・・おめぇら、本部に引き上げるぞ。」

 えりなに答えると、健一がクオンとネオンに呼びかける。

「あの・・私も連れてってほしいんですけど・・・!」

 そこへジュンが声をかけてきた。その呼びかけにえりなたちが彼女に振り返る。

「あなた・・・」

「正義なら私にもあります!もうこれ以上、誰かが傷ついたり悲しんだりするのは見たくない!みんなを守るために、この持てる力を使いたい!それが私の正義です!」

 戸惑いを見せるえりなに向けて、ジュンが決意を切実に言い放つ。ジュンの心からは迷いが消えていた。

「でも、今の私には、その気持ちを貫くだけの力が足りません。だから私、強くなりたいんです!体や力だけじゃなく、心も・・・!」

 ジュンは言い放つと、えりなに向けて頭を下げる。

「お願いです!私にも、この正義を貫けるチャンスを与えてください!」

「ジュン・・・」

 懇願の姿勢を見せるジュンに、クオンが戸惑いを見せる。

「ジュンちゃん、ムリだよ。時空管理局に所属するためには、試験や手続きなどを踏まえてからでないと・・」

「ううん、私が推薦するよ。」

 ジュンに言いとがめたクオンに、えりなが言いかけた。その言葉にクオンだけでなく、ネオンも驚きを見せる。

「さっき見てたよ。間違いなく高いポテンシャルを持ってる。ただ動きが荒削りなところがあるけどね。」

 えりながジュンの能力を評価し、彼女に眼を向ける。

「私も戦技教導官になったばかりだけど、みんなにいろいろと教えてあげられればいいなって思ってる・・・」

 えりなの言葉にジュンが戸惑いを見せる。微笑みかけたえりなが、ジュンに向けて手を差し伸べてきた。

「私は坂崎えりな。あなたの名前は?」

「私はジュン。春日ジュンです・・・」

「ジュンちゃんか・・お互い、頑張っていこうね、ジュンちゃん。」

 互いに自己紹介をして、えりなとジュンが握手を交わす。自分と相手の精進を願って、2人は決起していた。

「おい、そろそろ引き返そうぜ。ここで立ち話してる場合でもないだろうし。」

 そこへ健一が憮然とした態度を見せてきた。その呼びかけにえりなが照れ笑いを浮かべる。

「とにかくみんな、よろしくね。」

 えりなは落ち着きを取り戻してから、ジュン、クオン、ネオンに改めて笑顔を見せた。

 

 ミッドチルダ市街の襲撃の後、時空管理局の防衛に阻まれ、撤退した襲撃者たち。マコト、ギーガたちの待つ草原と森林の境目の辺りに、シグマが降り立った。

「シグマ、無事だったのか?」

 座っていたマコトが立ち上がり、シグマに駆け寄ってきた。

「あぁ。私なら大丈夫だ。お前たちも無事か?」

「うん。だけど、エアロたちとスミスたちが、管理局の連中に・・・」

 シグマの問いかけに対し、マコトが歯がゆさを浮かべる。彼女は仲間たちがやられたことに憤りを感じていた。

「これ以上、アイツらのいいようにさせてたまるかよ・・アイツらが、僕の全てを・・・!」

「マコト・・・」

 憎悪をたぎらせるマコトに、シグマが深刻な面持ちを見せる。

「まさかあなた方が返り討ちにされてしまうとは・・」

 そこへ1人の青年が現れ、マコトたちに声をかけてきた。首元まである流れるように鮮明な黒髪と、落ち着きのある雰囲気が特徴。

 ローグ・デュアリス。マコトやシグマの仲間であり、博識であるため司令塔を請け負うことが多い。

「ローグ、戻ってきてたのか・・」

 マコトがローグに眼を向けて言いかける。

「マコト、お前やシグマたちがいながら敗北を喫した。それはつまり、向こうには相当の魔導師か騎士が控えているということになる。」

「そうだな。今回の目的は半ば果たしたが、下手な手を打てば、我々は手痛いしっぺ返しを食うことになる。最悪、全滅もありうる・・・」

 ローグが口にした言葉にシグマが口を挟む。

「だが、それでも我々は立ち止まるわけにはいかない。これ以上、時空管理局による法が続けば、世界は崩壊の末路を辿ることになる・・・」

 ローグが言いかけた言葉に、マコトとシグマが頷く。

「今度は私が行きますよ。相手の戦力を、ある程度把握しておきたいですから・・」

「だったら僕も行く。今度こそ管理局を・・」

 ローグが出撃を名乗り出ると、マコトも名乗り出た。だがローグはシグマを制する。

「あなたは戦いの疲れが残っています。我々にとって必要な存在であるあなたを、つまらないことで失いたくはありません。」

「だけど・・」

「私も次の戦いで全力を出すつもりはありません。あくまで様子見です。マコトもシグマも、その間に万全を整えてください。」

 ローグの言葉を受けて、マコトはようやく納得した。

「我々に勝機は必ずある。私がそれを見つけてみせましょう・・・」

 次の出撃に備えて、ローグは準備を整えようとしていた。

 

 

次回予告

 

時空管理局の特別調査部隊「デルタ」。

その新たなる門出に集まった少年少女たち。

自分の力の大きさと使い方に戸惑うジュン。

そんな中、緊急を知らせる警報が鳴り響いた。

 

次回・「First scramble(前編)」

 

少年少女の、初陣の狼煙が上がる・・・

 

 

作品集

 

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