魔法少女エメラルえりなVersuS
第1話「夢への扉」
今まではいつもと変わらない日常だった。
その日常がいつまでも続くものだと、私たちは信じて疑わなかった。
しかし、それは突然壊れた。
この一晩で、全てが奪われた。
居場所、家族、そして自分自身さえも。
これが、全ての始まりでもあった。
勇気と正義がなければ、何も守れず、誰も救えない。
よくしていこうという気持ちがなければ、何も変わらない。
正しく思えるはずのことが引き金になって、全ては大きく動き出していく・・・
新暦76年10月1日
様々な次元の中で、多くの世界が存在する。その中枢に点在している世界「ミッドチルダ」。
ミッドチルダには、多くの次元世界に関する法や事件を管轄する「時空管理局」が存在する。多くの魔導師、騎士が局員として活躍する管理局は、現在も世界の平和のために活動を続けている。
そのミッドチルダの首都「クラナガン」。管理局の拠点であるといえるこの市街は、平穏な日常が送られていた。
その街中を歩く1人の少女。黒のショートヘアからはねっ毛があり、ラフな格好をしていた。
春日(かすが)ジュン。ミッドチルダに母親と暮らしている。
ジュンはミッドチルダ出身ではなく、第97管理外世界に指定されている地球の出身である。家庭の事情により、このミッドチルダに引っ越してきたのである。
その日、ジュンは市街に出かけていた。彼女はよく街に出かけては、その平穏さから平和であることを実感しているのである。
「今日も平和だね・・この平和がいつまでも続いてほしいなぁ・・・」
街から青空を見上げて、深呼吸をするジュン。彼女はこの平穏な日常を満喫するべく、街を駆け巡った。
その途中、ジュンは唐突に足を止めた。街の裏路地にて眼にしたものを彼女は気にしていた。
1人の少年が他の3人の少年たちにいじめられていた。少年はいじめっ子たちに対して泣くばかりだった。
ジュンはそれを無視することができなかった。いじめられることの苦痛と、いじめることの非情さ。そして自分の中にある正義感が、彼女を奮い立たせた。
「弱いものいじめはやめなさい!」
ジュンがいじめっ子たちに向けて声を張り上げる。するといじめっ子たちがジュンに向かって突っかかってきた。
「おい、何だよ、お前は!?」
「オレらに何か文句でもあんのかよ!?」
「よそもんには関係ねぇだろ!邪魔すんな!」
いじめっ子たちが次々と怒鳴り声を上げてくるが、ジュンは退かず、険しい顔つきを崩さない。
「アンタたち、恥ずかしくないの!?こんな小さな子に大勢で寄ってたかって!」
「な、何だとっ!?」
「調子に乗りやがって、コイツ!」
言い放つジュンに対して苛立ちを見せるいじめっ子たちが、彼女につかみかかってきた。ジュンも負けじとつかみかかり、実質的なケンカへと発展した。
「コラ!君たち、そこで何をやってるんだ!」
そのとき、いじめっ子たちに向けて声がかかってきた。振り返ると、時空管理局の制服を来た少年と少女が駆けてきていた。
「や、やべぇ!管理局のヤツらだ!」
「逃げろ!」
いじめっ子たちが血相を変えてこの場から逃げていく。ジュンのそばに来たところで、少年たちが立ち止まる。
「もう、しょうもない子たちもいたもんだね・・」
少女が肩を落としてため息をつく。その少年少女の顔を見て、ジュンが当惑を見せる。
「あなたたち・・・!?」
その声と顔に、2人も驚きを浮かべた。
「ジュンちゃん・・・」
「クオンくん・・ネオンちゃん・・・?」
ジュンと同じく、少し逆立った黒髪の少年、クオン・ビクトリアとふわりとしたピンクの髪を後ろ首の辺りでひとつに束ねている少女、ネオン・ラウムも動揺を浮かべていた。
時空管理局の中に存在する特別調査部隊「デルタ」。陸上、航空、次元のどの部隊にも属さない管理局局長直属の部隊とされているデルタは、選りすぐりのメンバーたちで構成されている精鋭部隊である。
そのデルタに新たに所属される少女がいた。
坂崎(さかざき)えりな。1039航空隊所属。戦技教導官として新たなスタートを切った魔導師である。その類稀なる戦闘力と実績から、「エースオブエース」の1人と呼ばれている。
えりなは地球出身の少女で、魔法事件に巻き込まれたことで魔導師として活躍するようになった。彼女は今、自分の道を見つけ、正義と平和のために戦いながら、戦技教導官として新人たちの育成も行っている。
えりなはデルタからの徴集を受けて、部隊本部を訪れていた。新たに加わるデルタのメンバーの育成を任されたからである。
デルタは戦力の増強を図るため、新たにメンバーを増やすことを提案した。ただしこれまで通り、厳選で臨んでいた。
その中で選ばれた新人の教育を、デルタのメンバーとして任務とともに行っていくことが、えりなの新たな仕事である。
「私が選んだ道よ。だから私は、全力でその道を進んでいく。この仕事も、しっかりとね・・」
自分に気合を入れて、これからの仕事に臨むえりな。
「おい、ずい分と気合入ってるじゃないか、えりな。」
そこへ少年がえりなに声をかけてきた。
辻健一(つじけんいち)。えりなの幼馴染みであり、時空管理局でもともに仕事をこなすことが多い。教官資格を取得しており、時折部隊の教育や訓練に立ち会うこともある。
健一もえりなと同じく、デルタからの呼び出しを受けてやってきていたのだ。
「だって、久しぶりにみんなと会えるから。気合入れないと置いてけぼり食っちゃうよ。」
「えりなの場合、置いてけぼりどころか、先に突っ走っていっちまいそうだけどな。」
「もう、健一ったら、相変わらず口が悪いんだから。」
健一の言葉にえりながふくれっ面を見せる。だが2人はすぐに笑顔を取り戻す。
「これまでいろいろあったけどよ、変わったんだか変わってねぇんだか分かんねぇなぁ。」
「両方だよ。変わったところと変わらないところ。私やみんなは、その両方を持って、それぞれの道を歩んでいくんだから・・・」
苦笑を浮かべて言いかける健一に、えりなが微笑んで言いかける。
時空管理局では「エースオブエース」とうたわれている人物が2人いる。1人はえりな。もう1人は高町(たかまち)なのはである。
なのはも航空隊所属の戦技教導官で、えりなと同じ地球出身の魔導師である。ともに任務や訓練をこなすこともある。
えりなとなのはは後輩と先輩という関係だけでなく、ライバルでもあった。それぞれの信念の違いから衝突することもあり、以前はそれが原因で世界の危機の引き金を引いてしまったこともあった。だが現在は互いに落ち着いており、時々模擬戦を行うこともある。
「私も私の道を進んでいく。健一だってそうでしょ?」
「そりゃまぁ、そうだけどな・・オレも決めたんだ。えりなを守っていくってな。」
互いに決意を口にするえりなと健一。それぞれの道を進みながらも、2人の道はつながりを持っていた。
「2人とも、そんなところで油売ってていいの?」
そこへ1人の女性がえりなと健一に声をかけてきた。茶色がかった長い黒髪の女性である。
神楽仁美(かぐらひとみ)。デルタのサブコマンダーの1人である。
「お久しぶりです、仁美さん。以前にデルタにお世話になっていたときは、産休で海鳴市にいたんでしたよね?」
「みんなのおかげで落ち着くことができたわ。元気(げんき)もすくすくと育ってるし。といっても、今はベビーシッターに任せてる状態になっちゃってるけど・・ダメなお母さんね、アハハ・・」
挨拶をしてきたえりなに対し、仁美が苦笑いを浮かべる。
「それをいうなら、なのはさんも似たようなもんっスよ。ヴィヴィオも元気みたいらしいから。」
健一の言葉にえりなと仁美が頷く。
高町ヴィヴィオ。なのはの血のつながった本当の娘ではないが、彼女を母親のように慕っている。現在は戸籍上、正式な親子となっている。
「なのはさんもなのはさんなりに頑張ってる。私も私なりに頑張っていかないと。」
改めて決意を告げるえりなに、健一と仁美も頷く。
「ところで、ここに配属されてる新人たちはどこに?」
「新人?あぁ、あの2人なら見回りと言って、街に散歩に出てるよ。集会まで時間があったし、サブコマンダー権限で許可しちゃった。」
えりなの問いかけに、仁美が気さくな態度で答える。
「では、私たちは本部に向かうことにしましょう。健一、行こう。」
「あ、あぁ。待てって、えりな。」
思い立って笑顔で駆け出していくえりなと、それを慌てて追いかける健一。2人の少年少女の後ろ姿を見つめて、仁美も笑みをこぼしていた。
クオンとネオンは、ジュンがミッドチルダを訪れてからの親友である。ミッドチルダに関することをいろいろと教えてもらったことで、ジュンは2人との仲を深めていった。
しばらく会っていなかったが、3人は久方ぶりに再会することができたのだった。
「まさか、こんなところでクオンくんとネオンちゃんに会えたなんて・・」
「僕も予想してなかったよ、いろいろと忙しかったっていうのもあるけど・・でも元気そうだね、ジュンちゃん。」
ジュンとクオンが笑顔で声を掛け合う。そこへネオンが満面の笑みを見せてきた。
「あたしたちも元気いっぱいだよ♪あたしもクオンくんと一緒に鍛えて、一緒に働いてるんだから♪」
「働いてるって・・もしかして2人とも・・・!?」
ネオンの言葉を聞いて、ジュンが驚きの声を上げる。
「そうだよ♪あたしとクオンくんは時空管理局の陸戦魔導師。しかも新しく、あのデルタに入ることが決まったんだよ♪」
「デルタって、特別調査部隊の、あのデルタ!?エリートたちの巣窟みたいたところに、2人とも入れたっていうの!?」
ネオンの言葉を聞いて、ジュンがたまらず声を荒げる。
「すごいなぁ・・私には無縁のことだと思ってたけど・・・」
「周りがいろいろと手を回してくれたからだよ。僕やネオンだけだったら、本当に手の届かないところだったよ・・・」
感嘆の声を上げるジュンに、クオンが微笑みかけて言いかける。多くの人々の支えがあったから、今の自分がいる。クオンもネオンもそう思っていた。
「そういえばジュンちゃん、君も管理局志望なのかな?」
「えっ・・・?」
クオンの問いかけに、ジュンがきょとんとなる。
「そういえば私、まだ将来とか決めてないんだよね・・・」
ジュンが物悲しい笑みを浮かべて、自分の心境を確かめる。
彼女は今、やりたいことが明確になっていない。管理局の局員として活躍できるだけの技量を持ちながらも、それになろうと決めることができないでいた。
「まぁ、僕とネオンちゃんが急いで決めちゃっただけだから、ジュンちゃんはジュンちゃんのペースで考えていけばいいよ。人生はまだまだ長いんだからね。」
「そのセリフ、ものすごく年寄り入ってるんだけど。」
励ましたつもりが逆にジュンにからかわれて、クオンは気落ちしてしまう。その反応に、ジュンとネオンが笑みをこぼした。
「そういえば、元気でいるかな・・・?」
そのとき、ジュンが唐突に言いかける。彼女は地球での幼馴染みの親友を思い出していた。
「どうしたの、ジュンちゃん?」
「えっ?う、ううん、何でもない・・」
そこへネオンに声をかけられ、我に返ったジュンが笑顔を作る。数々の友情を心に留めて、彼女は改めて笑顔を見せた。
クラナガンから数キロ離れた森林地帯。そこに身を潜める集団があった。
その中で空を見上げている1人の少女がいた。ひとつの束ねている長い白髪。黒を基調とした服は男気のある風貌で、彼女の少女としての面影を消していた。
秋月(あきづき)マコト。出身は地球で、とある事情と過去のためにこのミッドチルダにいた。
そんなマコトに近づく1人の青年がいた。シグマ・ボガード。体格のいい長身、黒髪、穏和な性格が特徴である。
「また空を見上げてるのか、マコト?」
「あ、うん・・いろいろと考えたり悩んだりしたときには、こうして広い空を眺めるようにしてるんだ・・」
シグマの問いかけに、マコトが微笑みかけて答える。だがすぐにその笑みが消える。
「だけど、これは僕が望んでいる本当の空じゃない・・雲ひとつないように見えるけど、イヤな空気に包まれてる・・・」
「マコト・・・」
険しい表情で言いかけるマコトに、シグマも深刻さを覚える。
「ならば、その空を、本当の意味で澄んだものとしなくてはいけないな。」
「シグマ・・・そうだね・・この世界を、正しいものにしていかないといけない・・僕たちの手で・・・」
シグマが言いかけると、マコトも真剣な面持ちで頷く。
「そろそろ時間だ。先陣はお前も切るんだろ?」
「うん。そうだった。それじゃシグマ、お先に。」
シグマに言いかけられて、マコトは体を動かし始めた。彼女は自分たちの目指す未来のために、命懸けの戦いに身を投じようとしていた。
仁美の案内でデルタ本部を訪れたえりなと健一。そこでは2人の親友たちが待っていた。
町井明日香(まちいあすか)。時空管理局1831航空隊所属魔導師。地球出身で、「カオスコア事件」にてえりなと邂逅。それ以後、彼女とは公私ともに交流を深めている。
豊川玉緒(とよかわたまお)。時空管理局特別捜査官。出向扱いとなるえりなや玉緒たちとは違い、彼女は正式なデルタの隊員である。「パンドラ事件」に巻き込まれるも、えりなたちとともに事件を解決。以後、魔導師として活躍を行っている。
「明日香ちゃん、玉緒ちゃん、久しぶりだね。」
「久しぶり、えりな。健一も元気そうだね。」
えりなと明日香が声を掛け合い、再会を祝しての握手を交わす。
「またえりなちゃんたちと一緒に仕事ができるなんてね。改めてよろしくね、みんな♪」
玉緒が満面の笑みを浮かべて上機嫌を見せる。
「えりな、健一、デルタの集会までまだ1時間あるけど・・その前にユウキさんたちに挨拶してくる?」
「そうだな・・ちょっと早く来すぎちまったってのもあるからな。お言葉に甘えるとするか。」
明日香の言葉を受けて、健一が気さくな笑みを浮かべる。
「大変です!大変です、みなさん!」
そこへ1人の女性が慌しい様子で駆け込んできた。デルタのメインオペレーター、クラウン・アイリスである。
「どうしたの、クラウン?そんなに慌てて・・」
「大変なんです!ミッド685地点にて事件発生です!」
仁美が声をかけると、クラウンが状況を説明する。その事態にえりなたちが緊迫を覚える。
「市街を警護していた陸上部隊の局員が襲われました!人数は確認されているのは5人ですが、実態はそれ以上かと・・!」
「分かった。私と玉緒が先に向かうから、クラウンはユウキたちに知らせて。」
状況を聞いた仁美がクラウンに呼びかける。
「それなら私が行きますよ。」
そこへえりなが声をかけてきた。すると健一、明日香、玉緒が微笑んで頷く。
「仁美さんはユウキさんと合流して、防衛線を張ってください。犯人たちは、私たちで押さえますから。」
明日香も続けて呼びかける。彼女たちの気持ちを汲んで、仁美も頷いた。
「分かった。えりなちゃん、健一くん、明日香ちゃん、玉緒、ここはひとまずお願いね。」
「はいっ!」
仁美の呼びかけにえりな、健一、明日香、玉緒が答える。4人は混乱を引き起こしている市街へと向かった。
ミッドチルダ市街を警護していた陸上部隊の小部隊。その全員が、奇襲を仕掛けてきた謎の人物たちに襲われた。
その戦闘力は、時空管理局の武装局員にも引けを取らないものがあった。
「エアロ、スミス、散らばれ!他のヤツが来るぞ!」
集団を率いる少年、ギーガ・タイタンが指示を出す。
「おい、そっちはどうだ!?」
“もうすぐ実働部隊と接触する。ギーガこそ油断するな。”
「油断?冗談言うなって。」
仲間との連絡を取ってから、ギーガが次の行動に移る。
彼らの襲撃での混乱で、街の人々は逃げ惑っていた。周囲にいた局員たちが人々の保護と敵の迎撃を行っていたが、混乱は増すばかりとなっていた。
その状況をジュンたちも理解し、緊迫を募らせていた。
「これってもしかして、テロってヤツ・・・!?」
思わず声を荒げるジュン。
「デルタ本部、こちらクオン!市街にて襲撃事件発生!」
クオンがデルタ本部に向けて連絡を入れている。ネオンは周囲の人々を安全な場所へと誘導していた。
「こんなことが、実際に起きるなんて・・・」
ジュンが惨劇を目の当たりにして困惑する。彼女も何とか人々のためにできることを模索し、動き出そうとした。
そのとき、ジュンは上空を飛んでいく人影を目撃する。その姿に彼女は眼を疑った。
そしてその相手も彼女を眼にして、驚愕していた。
(マコト・・・!?)
(ジュン・・・!?)
2人の少女、ジュンとマコトが互いの顔を見て動揺をあらわにする。やがてマコトはジュンの視界から通り過ぎていった。
(マコトが・・どうしてマコトがここに・・・!?)
動揺の色を隠せなくなるジュン。マコトは彼女の地球での幼馴染みだったのだ。なぜマコトがこのミッドチルダにいるのか、彼女には理解できなかった。
「ジュンちゃん!・・ジュンちゃん!」
そのとき、クオンに声をかけられて、ジュンが我に返る。
「君も避難したほうがいい!ここは危険だよ!」
「クオンくん・・でも、私にも何かできることを・・・」
クオンに呼びかけられるも、ジュンは困惑を見せる。
「君は管理局の人間でも、防衛に関する役職についているわけでもない。その君に危険に飛び込ませるわけにはいかないよ。」
クオンはジュンを言いとがめると、爆発の起こったほうへと駆け出していった。その後ろ姿を、ジュンはただ見つめることしかできなかった。
そのとき、ジュンはどこからか少女の鳴き声がしてきたのを耳にする。
「どこからかな・・・あっちね!」
思い立ったジュンが、その声のするほうへと駆け出していった。
クラウンからの連絡を受けながら、えりなたちは現場に急行する。新しく飛行魔法を身につけた健一もそれに続く。
健一は以前から飛行魔法の会得のための訓練を続けてきており、数ヶ月前に会得に至ったのである。
「やっぱ、空が飛べるっていうのは気分がいいぜ。」
「こんなときにのん気なこと言わないでよね、健一。」
笑みを見せる健一にえりなが呆れる。
「それじゃ、あたしはその新人の2人のところに行くから。えりなちゃんたちは先に行ってて。」
玉緒の呼びかけにえりなたちが頷く。玉緒が別方向へ向かい、えりなたちもスピードを上げていった。
「行くよ、ブレイブネイチャー。」
“Yes,my master.”
えりなの呼びかけに、彼女の持つグラン式オールラウンドデバイス「ブレイブネイチャー」が答える。
この世界の魔法術式は大きく分けて3種存在する。最も一般的とされているミッドチルダ式、攻撃力と対人戦闘に特化したベルカ式、この2つを掛け合わせたグラン式である。またベルカ式は従来のものを古代ベルカ式、ミッドチルダ式の要素を組み込んだ近代ベルカ式に分けられる。
混同されがちなグラン式と近代ベルカ式だが、ミッドチルダ色が強いグラン式と、ベルカ色の強い近代ベルカ式に意味合いが分けられている。
「ウンディーネ、私たちも行くよ。」
“Yes, sir.”
明日香の呼びかけにオールラウンドデバイス「ウンディーネ」が答える。
「よしっ!それじゃこっちもおっぱじめるぞ、ラッシュ!」
“OK,boss.”
健一の声にグラン式ブレイドデバイス「ラッシュ」が答える。3人は襲撃者を追って、街の上空を進んでいく。
そしてついに、3人はギーガたち襲撃者を発見する。
「待ちなさい、あなたたち!」
降下したえりながギーガに呼びかける。するとギーガたちが振り返り、鋭い視線を向けてくる。
「追っ手が来たってか。いいぜ。オレが相手してやるよ。」
ギーガが不敵な笑みを浮かべて、えりなを挑発する。だがえりなはその挑発に乗るような態度を見せない。
「明日香と健一は他の人たちを押さえて。私がこの子の相手をするから。」
「分かった。けど気をつけろよ、えりな。コイツら、ただ者じゃねぇからな。」
えりなと健一が声を掛け合う。ギーガがえりなを見据えて、攻撃用グローブ型デバイスに意識を集中する。
「噂に聞いてるぞ。航空部隊の無敵のエースの片割れだろ?相手にとって不足なしだぜ!」
ギーガが眼を見開いて、えりなに向かって飛びかかる。
“Breeze move.”
彼が繰り出した拳を、えりなは高速移動で回避する。すかさず彼女は魔力の弾丸「リーフスフィア」を放つ。
ギーガが拳を突き出して、弾丸の一部を弾き飛ばす。だが残りの数発が彼の体に命中する。
「くっ!・・やってくれるじゃないかよ!」
いきり立ったギーガが加速して、えりなに一気に詰め寄っていく。だがえりなは距離を保とうとする。
接近戦重視の相手に対して、近距離で相手する必要はないからである。
「くそっ!逃げんなよ、エースさんよ!」
さらに挑発をしてくるギーガだが、えりなに攻撃を当てることもままならなかった。
「あくまで逃げ一辺倒かよ・・だったら!」
ギーガがデバイスを身につけている右手に力を込める。光の弾が次々と出現し、高速で動いてえりなの周囲を旋回する。
「これじゃ逃げられないだろ・・今度こそぶち込んでやるよ!」
ギーガが三度、えりなに向けて拳を繰り出してきた。
“Saver mode.”
そのとき、ブレイブネイチャーの形状が変化する。先端から魔力の刃を発する「セイバーモード」である。
“Leaf slash.”
そこから放たれたえりなの一閃が、ギーガの拳を受け止める。
「何っ!?」
使用者の魔力を弾丸のように装てんする「ドライブチャージ」によって威力を増しているブレイブネイチャーの刃に、ギーガが驚愕する。やがてえりなの一閃が、ギーガの攻撃を跳ね返して突き飛ばした。
横転したギーガがえりなの力に脅威を覚える。光刃を下げたえりなが、立ち上がるギーガを見据える。
「すぐに街や民間人への攻撃をやめて、全ての武装を解除して。そうすれば、私たち時空管理局は、あなたたちを安全に保護するから・・」
「安全に保護?笑わせんなよ。そんなきれいごとを並べて、結局は実験動物のように扱うんだろ・・・!?」
忠告を送るえりなの言葉に、ギーガが笑みを消して苛立ちを見せる。その態度にえりなが眉をひそめる。
「オレたちはお前たちを信じない!上辺だけの正義ばかり並べてヒーロー気取りな連中を、誰が信用するっていうんだ!」
「あなた・・・!?」
「いつまでも寝ぼけたことぬかすなよ!オレたちは世界の法律がお前たちに左右されてることを許さない!かならず本当の未来と平和を見つけ出してやるからな!」
怒りをあらわにするギーガの言葉の意味が分からず、えりなは困惑を見せた。彼らは時空管理局の存在を快く思っていなかった。
「ギーガ!」
そのとき、えりなに向けて声がかかってきた。彼女が振り返った先には、白髪の少女が飛びかかってきていた。
少女の鳴き声を聞きつけて、ジュンは混乱に満ちた街の中を駆けていた。そしてついに彼女は、ビルの入り口の隅で泣いている少女を発見する。
「いた!」
ジュンが逃げ惑う雑踏を突き抜けて、その少女のところに向かう。
「どうしたの!?大丈夫!?」
「うん・・ママと、ママとはぐれちゃったの・・・」
呼びかけるジュンに、少女が涙ながらに答える。
「ママが・・とにかくここは危ないから、とりあえず離れたほうがいいよ・・心配ないって。あなたがママと会いたいと思ってるなら、絶対に会えるから・・・」
少女に向けて励ましの言葉をかけるジュン。その言葉を受けて、少女は泣き止んで頷いた。
「よしっ!お姉ちゃんが安全なところまで一緒にいるからね!」
「うんっ・・!」
ジュンは少女を連れて、このビルから離れようとした。
そのとき、襲撃者の1人が2人のいるビルに向けて攻撃を当てた。その衝撃で2人は振動にさいなまれ、走り出せなくなる。
「お、お姉ちゃん!」
「大丈夫!大丈夫だから!」
怯える少女に必死に呼びかけるジュン。このままでは危険と判断したジュンは、力の行使を決意した。
「フレイムスマッシャー、フレアブーツ、セットアップ!」
“Standby ready,set up.”
ジュンの呼びかけを受けて、彼女の首にかけていた2つのペンダントが答える。紅のペンダントがグローブ型、山吹色のペンダントがブーツ型のデバイスへとそれぞれ形を変える。同時に彼女の体を、白を基調としたバリアジャケットが包み込む。
臨戦態勢に入ったジュンが、揺れ動く周囲の状況をうかがう。振動によって、ビルの天井が崩壊を始めていた。
「私に捕まって!一気に外に出るから!」
「う、うんっ!」
ジュンに呼びかけられて、少女は彼女にしっかりとつかむ。
「絶対に離したらダメだよ!」
ジュンは少女を連れて、ビルから飛び出す。だがその直後、ビルに付けられていた看板が2人に向かって落下してきていた。
「このっ!・・フレイムスマッシュ!」
ジュンが魔力の炎をまとった拳を繰り出す。その一撃を受けた看板が、一瞬で炎に包まれた直後に粉々に粉砕される。
ジュンは間髪置かずに突き進み、少女を抱えたまま、危険のない公園にたどり着いた。
「大丈夫?ケガとかしてない?」
「うん・・お姉ちゃん、ありがとう・・・」
ジュンが優しく言いかけると、少女は微笑んで頷く。そのとき、少女が自分の母親を発見して、満面の笑みを浮かべる。
「ママ!」
母親のところへ涙ながらに走っていく少女。親子の抱擁を眼にして、ジュンも喜びの笑みをこぼした。
「どうもありがとうございます・・・!」
「いえ、大したことはしてないですよ・・」
感謝の言葉をかける母親に、ジュンは笑みをこぼす。小さく会釈すると、彼女は市街に振り返る。
「それじゃ、急いでクオンくんたちと合流しないと・・・」
真剣な面持ちになったジュンが市街へと駆け出していった。
少女たちの宿命の対決の火蓋が、切って落とされようとしていた。
次回予告
突然の襲撃。
世界への反逆。
時空管理局を攻撃し、ミッドチルダに挑戦状を叩きつけた謎の集団、ロア。
混乱の街の中で、えりな、ジュン、マコトの思いが募る。
少女たちの新たなる物語が今、幕を開ける・・・