魔法戦記エメラルえりなResonance
第7話「騎士の本領」
フューリー、ララとともに平穏な日常を送っていた霞美。この日、霞美は昼食にスパゲッティミートソースを作った。
「ララ、フューリー、できたよー。」
「わーい♪霞美さんのご飯ですー♪」
霞美が声をかけると、フューリーが笑顔を見せる。リビングにやってきたララも微笑みかけてきていた。
テーブルに3人のスパゲッティが並べられる。ただし体の小さいフューリーには、量も皿もフォークも小さかった。
「霞美さんの料理はどれもおいしくて、嬉しくなってきます♪」
「ありがとうね、フューリー。」
フューリーの言葉に霞美が感謝を返す。2人の視線が、スパゲッティを口にするララに向けられる。
「ララもご飯を食べるのがうまくなったし、お手伝いまでしてくれて・・」
「心強い家族ですね。でもまだ記憶は戻っていないんですね・・・」
日常生活のあらゆることを学んでいくララに喜びを覚える霞美と、彼女に記憶が戻らないことに不安を覚えるフューリー。
ララは未だに記憶を取り戻す様子を見せていない。このまま記憶が戻らないのではないかという不安まで生まれていた。
「大丈夫だよ・・必ず記憶は戻る・・なくしているんじゃなくて、心の底にあるだけ。だったら絶対に思い出せる・・」
「霞美さん・・・そうですね。ララさんも記憶を取り戻せるって、私も信じます・・」
霞美の気持ちを聞いて、フューリーも笑顔を取り戻す。どういう話をしているのか理解していなかったが、ララは楽しさを覚えて微笑んだ。
「そうだ。ララ、フューリー、お昼ご飯を食べたら散歩に出かよう。今日は天気もいいから。」
霞美がララとフューリーに話を持ちかけた。
「霞美さん・・でも、ララさんに外はムリなのでは・・・?」
「大丈夫だよ。外で体を動かすことも健康にいいんだよ。それに外に出てみて、忘れた記憶を思い出すかもしれないし。」
不安を持ちかけるフューリーに、霞美は笑顔を絶やさずに答える。
「では私も一緒に行ってもいいですか?見つからないようにしますから。」
「・・分かった。でも、絶対に動いちゃダメだよ。お人形さんのフリでもしていたらいいと思うよ。」
「お人形さんですね・・分かりました。やってみます。」
霞美の呼びかけを受けて、フューリーは真剣な面持ちで頷いた。こうして3人は散歩へと出かけるのだった。
イースの動向と多発する魔法エネルギーの正体の捜索を続けるスバルたち。スバルとナディアは海鳴市の市街に赴いていた。
「海鳴市・・久しぶりに来たけど、変わっていない・・変わったところもいくつかあるけどね・・」
「あたしは初めてですから新鮮ですね。ライムさんの思い出の場所・・いいところです♪」
懐かしさを覚えるスバルと、新鮮さを感じるナディアが笑みを浮かべる。スバルたちが以前に訪れた頃と比べて大きく変わっていないが、何件か閉店と開店を迎えた店もあった。
「こんなにいい場所を壊そうとしている人がいるのは許せません。頑張りましょう、スバルさん!」
「そうだね。みんなで力を合わせれば、どんなことだってできるんだから。」
互いに意気込みを見せるナディアとスバル。しかしそんな彼女たちの気持ちと裏腹に、腹の虫が鳴り出した。
「おなか、すきましたね・・・」
「腹が減っては戦はできぬ、だからね・・どこかで何か食べてからにしようね・・」
自分のおなかに手を当てて、ナディアとスバルが頷く。2人は街外れに来て、レストランの前で足を止めた。
「レストラン、バートン・・」
「割合リーズナブルみたいですね・・入ってみます?」
店を見つめて考え込むスバルとナディア。そこへ同じく調査に出ていたジュン、マコト、レイがやってきた。
「ジュンちゃん・・ジュンちゃんたちもここに来てたんだ・・」
「もう、スバルさん、ナディアさん、私たちは遊びに来ているわけじゃないんですから・・」
スバルが声をかけると、ジュンが呆れてため息をつく。するとスバルが苦笑いを見せる。
「エヘへ・・ちょっとおなかがすいてきちゃって・・・でも、ジュンちゃんたちはコテージで待機のはずじゃ・・」
「私たちが前に住んでいた家に行こうと思って・・多分、もうなくなっているか、他の誰かが住んでいると思うのですが・・・」
表情を曇らせて答えるジュンに、スバルもナディアも困惑を覚える。3人の視線がマコトと霊に向けられる。
「僕とレイには思い出したくないことだ・・全てが終わった後でも、納得のいかないことがある・・・」
歯がゆさを噛み締めるマコトに、ジュンも胸を締め付けられる気持ちに駆られる。なぜマコトとレイの怒りと悲しみに気付かずに、平穏な時間を過ごしてしまったのか。彼女は時折そんな後悔を感じることがあった。
「アンタたち2人のことはジュンから聞いてる。僕たちと同じ戦闘機人だって・・だけど、管理局の人間だから同情はしない。僕たちの悲しみは、僕たちでしか分からない・・」
「マコトちゃん・・・あたしはあたしたちのために頑張っていくだけ。それはマコトちゃんも同じだよね?」
スバルに気持ちを告げられて、マコトは憮然さを浮かべる。その様子にジュンとレイが笑みをこぼした。
「とにかく小休止。ここで少し食べていこう。ね?」
「その前にティアナさんに連絡しておきますよ。勝手な行動はご法度ですよ。」
おねだりするスバルに、ジュンは冷静を装って注意を促した。
(これがあの冷酷な時空管理局なのか?・・あまりにも子供染みている・・・)
そのくだらないやり取りを見て、マコトも内心呆れ果てていた。
「もう、しょうがないんだから、みんな・・・」
ジュンからの連絡を受けて、コテージにいたティアナがため息をつく。
「どうしますか、ティアナさん?呼び戻しますか?」
「いいわ。ジュンたちの元の家に行くみたいだし。説教は帰ってきてからたっぷりするわ。」
コロナの問いかけにティアナがため息混じりに答える。
「コロナはレーダーのチェックを怠らないで。あたしはスバルと合流するから。」
「えっ?ですがジュンさんがついているのですから、心配ないかと・・」
「ここにはエリオたちがいるから大丈夫よ。それでジュンとマコトだけで、自由気ままなスバルたちをまとめられるわけないわよ・・」
ティアナはコロナに言いかけると、スバルたちのところへ向かうのだった。
レストラン「バートン」。えりなの両親、雄一と千春が経営するレストランである。
だがジュンたちは、えりなの両親がレストランを営んでいることは聞いていたが、それがこのバートンであることまでは知らなかった。
「いらっしゃいませ。5名様ですか?」
ジュンたちの前に、ウェイトレス姿の少女、えりなの妹、坂崎まりなが声をかけてきた。親の背中を押してあげたいという気持ちで、まりなは店の接客を買って出ているのである。
「5名様、ご案内でーす。」
まりながジュンたちをテーブル席に案内する。その途中、ジュンは店内に置かれている写真立ての写真に写っているえりなを眼にする。
「えりなさん・・・えりなさんですよ・・・」
「えっ?あなたたち、お姉さんを知っているの・・!?」
ジュンが口にした言葉に、まりなが声を荒げる。その言葉にジュンたちも驚く。
「お姉さんって・・えりなさんの妹さんですか・・・!?」
「それじゃここって、えりなちゃんの家族がやってるっていう・・・!」
ようやくこの店が坂崎家の店であることを悟り、ジュン、スバル、ナディアが動揺を隠せなくなる。そこへまりなが喜びを浮かべて、ジュンの手を取ってきた。
「まさかお姉さんのお知り合いが来てくれるなんてー♪お姉さんは元気ですか?またムチャしてませんか?」
「えっと・・元気、というわけでもないですね・・ちょっとケガをしていて・・・でもそれ以外は全然元気ですから・・」
まりなの質問に、ジュンが気まずさを浮かべながら答える。不安を与えてしまったとジュンは思った。
「もう、しょうがないんだから、お姉さんは。いつもみんなに迷惑をかけちゃうんだから・・」
するとまりなが呆れて肩を落とす。予想していなかった彼女の反応に、ジュンもスバルも唖然となっていた。
「すみませんね。お姉さんがいつも迷惑ばかりかけて・・」
「い、いえ、そんなことないですよ、アハハハ・・・」
頭を下げるまりなに、スバルが照れ笑いを浮かべた。
(これがえりなさんの家族・・子供の頃に過ごしていた場所・・・その場所に今、私も足を踏み入れている・・・)
ジュンは心の中で、えりなとの交流を感じていた。
(速く元気になってください、えりなさん・・そしてまた一緒に、仕事をしましょう・・・)
えりなへの気持ちを胸に宿して、ジュンはまりなに注文をするのだった。
注文したアイスクリームを食べ終わると、ジュンたちはまりなたちと別れ、バートンを後にするのだった。
「まさかえりなちゃんの家の店に来ちゃったなんて、ビックリしちゃったよ・・」
「えりなさんがこれを聞いたら、もっとビックリするでしょうね・・」
スバルとジュンがおもむろに言葉をもらす。
「それよりも元の家に行くよ。僕とレイはそのために外に出てるんだ。」
そこへマコトが憮然とした態度で声をかけてくる。
「そうですね。そこに魔法エネルギーが発生している可能性も否定できませんからね・・」
ナディアがそれに乗じる形で話を続ける。彼女たちはジュンたちの故郷に赴くことになった。
ジュンたちの故郷は、海鳴市からさほど離れてはいなかった。その途中、彼女たちはバイクに乗ってきたティアナと合流した。
「もう、アンタたちは・・」
「す、すみません・・・」
肩を落とすティアナに、スバルとナディアは頭を下げていた。
改めてジュンたちの家があった場所へ向かうこととなった。その家の前で立ち止まるジュンたち。
「ここが、ジュンちゃんの家があった場所なんだね・・・?」
スバルが訊ねると、ジュンは小さく頷いた。
「引っ越してきたわけだから、もう誰かが住んでいてもおかしくないですよ・・・」
「そうね・・でも、ここにはジュンたちの思い出がある・・子供の頃に作ってきた思い出が・・」
物悲しい笑みを浮かべるジュンに、ティアナが淡々と言いかける。その隣で、マコトは悲しみとも怒りともつかない表情を浮かべていた。
「行こう、マコト・・レイちゃん・・・」
ジュンに声をかけられて、マコトは小さく頷いた。彼女たちはマコトとレイの住んでいた家へと向かった。
だがそこには家すら立っていなかった。そこは雑草が生えた空き地になっており、立ち入りを禁止する金網が張られていた。
「家までなくなってる・・そんなことって・・・」
変わり果てた家に困惑していたのはスバルだった。自分の家が影も形もなくなっていたことに対して、彼女はマコトとレイに共感していたのである。
近くにいた人に訊ねてみると、殺人事件が起こったことが住民の不安を煽り、家は取り壊されることになった。その事件の被害者である子供たちが今、その跡地に赴いていたのだ。
「なくなっていたほうがいいのかもしれない・・ここは僕たちの大切な場所だったけど、それ以上に嫌な思い出のある場所だから・・・」
「けっこう割り切ってるのね・・あたしでもそこまで割り切るのは、かなりの覚悟だと思うんだけど・・・」
マコトの気持ちを聞いて、ティアナも物悲しい笑みをこぼしていた。レイも沈痛の面持ちで、空き地を見つめていた。
「泣いていいよ、レイちゃん・・もう我慢しなくていいよ・・・」
「ジュンお姉ちゃん・・・うわああっ!」
ジュンに励まされて、レイが彼女にすがって泣きわめく。心の底に押し隠していた悲しみを、レイは解き放っていた。
「この悲しみがあるから、僕もレイも強くなろうとしている・・僕たちだけじゃない。僕たちに似た境遇の人は、他にもたくさんいる・・その人たちを、これ以上増やしてはいけないんだ・・・」
マコトが口にした言葉にジュンたちが小さく頷く。悲劇は繰り返してはいけない。そのための時空管理局局員としての仕事、そのためのイースとの戦いなのである。
「そろそろ行くわよ。あたしたちは調査の最中なんだから・・・」
「残念だけど、あなたたちの調査はここでおしまいよ。」
ティアナが呼びかけたところへ、突然声がかかる。彼女たちが振り返った先に、妖しく微笑むソニカの姿があった。
「あなた・・・!」
「久しぶりね、お嬢さん。他の人たちは初顔合わせになるのかしらね。」
ジュンが声を荒げると、ソニカがさらに笑みをこぼす。
「私はソニカ。イースの人間よ。時空管理局には、あなたたちのような若い人もいるのね。」
「勘違いするな。僕は時空管理局の局員じゃない。」
ソニカの言葉にマコトが反発する。しかしソニカは妖しい笑みを消さない。
「それは悪かったわね。でもあなたもイースの尖兵を倒したことに変わりはないのよ。」
「ジュンに手を出したお前たちが悪いんだぞ。お前たちが何を考えていようが関係ない。」
「そう・・そういう理屈なしなのも、私は嫌いじゃないよ・・・」
マコトに言いかけると、ソニカはようやく笑みを消した。
「私はミッドチルダの人間も、思いあがる地球人も許せない・・徹底的に叩きのめしてやるわ・・邪魔をしてくる人も含めてね!」
ソニカは冷淡に告げると、全身から魔力を発した。その威圧感にジュンたちが緊迫を覚える。
「何て力・・こんな力を隠していたなんて・・・!」
「この前は捕まえる目的で接触したけど、今度は倒すつもりで相手をするわよ・・・」
毒づくジュンの前で、ソニカが笑みを強める。その禍々しい魔力を、スバルたちも痛感していた。
「かかってきなさい。誰からでもいいし、全員でかかってきてもいいわよ。」
「コイツ、調子のいいことを・・・!」
ソニカの言葉に苛立つマコトだが、ティアナに制される。
「挑発に乗らないで。敵のペースになるわよ。」
「くっ!・・誰がお前たちの言うことなんか・・・!」
ティアナの言葉に反発しながらも、やむなくこらえるマコト。
「スバル、ジュン、ナディア、散開して。あたしが援護するから、隙を突いて攻撃して。」
ティアナの指示にジュンたちが頷き、散開してソニカを囲む。その間にティアナは念話でコロナたちに呼びかける。
(敵が現れたわ。エリオたちはすぐに来て。コロナはすぐに結界を張って。)
“分かりました!気をつけてください!相手は高い潜在能力を備えています。”
(うん。分かってる。イヤでも感じてくるわ・・)
コロナが頷くのを聞くと、ティアナがソニカに視線を戻す。
「クロスミラージュ!」
「マッハキャリバー!」
「シティランナー!」
「フレイムスマッシャー、フレアブーツ!」
「セットアップ!」
“Standby ready,set up.”
ティアナ、スバル、ナディア、ジュンがデバイスを起動させる。同時に彼女たちの体をバリアジャケットが包み込む。
ソニカを中心に球状の結界が展開される。これで現実世界への被害が抑えられることとなった。
(いくらなんでも、僕たちの家のあった場所で戦いをするわけにはいかない・・・!)
しかしマコトは納得していなかった。彼女はソニカに向かって真っ向から飛び込む。
「ライトスマッシャー、メテオブーツ!」
“Standby ready,set up.”
デバイスとバリアジャケットを身にまとい、マコトがソニカに飛びかかる。
「こっちだ!ついてこい!」
「あっ!あの子ったら!」
ソニカの注意を引くマコトに、ティアナが毒づく。
「その誘い、乗ってあげるわよ・・・」
ソニカは笑みをこぼすと、マコトを追いかけていった。
「2人を追いかけるわよ!」
ティアナが呼びかけると、ジュン、スバル、ナディアも飛び出していった。
「あなたも乗って!」
「うん・・」
バイクに乗ったティアナに呼びかけられて、レイもその後ろに乗った。
ソニカをおびき寄せたマコトは、先ほどの場所の近くの草原で立ち止まった。彼女が振り返ると、丁度ソニカがやってきた。
「ここなら存分に相手できる・・・!」
「ここをあなたの墓場にしたというのね。フフフフ・・」
身構えるマコトを見つめて、ソニカが妖しく微笑む。
「それじゃ、たっぷりと楽しませてもらうわよ・・・!」
ソニカは言いかけると、右手をかざし、マコトに向けて魔力の光を放つ。マコトは素早い動きでその閃光をかわす。
「どんなに強力でも、当たらなければ!」
マコトがソニカの懐に飛び込み、魔力を集束させた拳を繰り出す。だがソニカも同時に左手をかざし、魔力を解き放っていた。
「くっ!」
同時に攻撃を受けたことに毒づくマコト。だが彼女もソニカも大きなダメージを負っていない。
「なかなかやるじゃないの。ハリアーをやっつけただけのことはあるじゃない・・」
マコトの力を賞賛するソニカ。しかしマコトは眼つきの鋭さを変えていない。
「でも私をハリアーやシーマと一緒にしてもらったら困るよ・・・」
ソニカは冷徹に告げると、周囲に光の弾を出現させる。
「いわゆる追跡弾よ。あなたに命中するまで消えないから・・」
ソニカは言いかけると、マコトに向けて光の弾を発射する。マコトが回避を行うが、弾は方向を変えて再び彼女を狙う。
「どこまで持ちこたえられるかしらね。ウフフフフ・・」
防戦一方となるマコトを見つめて、ソニカが笑みを強める。だがマコトを取り囲んでいた弾が突如爆発を引き起こす。
「悪いけど、ショータイムはこれで終わりよ。」
眉をひそめるソニカに向けて声がかかる。ジュンたちが駆けつけ、ティアナがクロスミラージュでクロスファイアシュートを放って、ソニカの弾を全て撃ち抜いたのである。
「あなたもなかなかやるじゃない。他の2人も、それなりに強いんでしょう?」
ジュンたちに視線を移して、ソニカが妖しく微笑む。
「それじゃ、今度は接近戦でもやってみるかな・・すぐに死ぬなんてことがないようにね・・」
ソニカは言いかけると、スバルに向かって駆け出していく。スバルも真っ向からソニカを迎え撃つ。
スバルが拳を繰り出すが、軽やかに跳躍するソニカにかさわれる。
「速い!」
「油断してると早死にするわよ・・・!」
振り返ったスバルに、ソニカが着地すると同時に打撃を加える。魔力を集束させて攻撃力を上げている彼女の打撃を受けて、スバルが突き飛ばされる。
「くっ・・・!」
何とか踏みとどまるスバル。ソニカは彼女を見つめて、妖しい笑みを崩さずにいる。
「どんどん行くわよ。どこまで楽しめるか、試してあげるわ・・」
眼を見開いたソニカが、次はジュンを狙う。イースの上級幹部の猛威が、少女たちに迫ろうとしていた。
ララ、フューリーを連れて散歩に出た霞美。見るものの全てが新鮮で、ララは喜びを感じていた。
「楽しそうだね、ララ・・・」
霞美が声をかけると、ララが小さく頷く。
「ですが何か思い出しているわけではないようですね・・」
霞美のかばんの中に入っていたフューリーが声をかけてきた。
「私もよく分からないけど、忘れていた記憶を思い出すのは、嬉しいことばかりじゃないと思う・・そんな不安を感じるの・・・」
「霞美さん・・まさか、ララさんが悪い人かもしれないって思っているんですか・・・?」
「そんなことないって。でもその人の辛いことは、最初はその人自身しか分からない・・その人が打ち明けて、初めて分かり合えるから・・・」
フューリーの問いかけを受けて、霞美が物悲しい笑みを浮かべる。彼女は彼女なりに、人の悲しみと苦しみを理解しているつもりだった。
「いつか私たちも、ララの辛さを知ることが来るかもしれない・・でもきっと分かってあげられるよ・・・」
霞美の言葉にフューリーが頷く。ララにどのような過去が秘められているのか、2人も、ララ自身も知らなかった。
そのとき、霞美は奇妙な気配を感じ取り、足を止めた。
「どうしました、霞美さん?」
フューリーが声をかけるが、霞美は周囲を見回すばかりだった。
「何か感じる・・魔力・・それも今までで1番強い・・・」
周囲にさらに注意を傾ける霞美。彼女の感覚が、展開している結界を見極める。
「結界が張られてる・・その中で何かが起きているのかもしれない・・・」
感じられる魔力に導かれるように、霞美は意を決した。
「私、ちょっと行ってくる。ララとフューリーは先に帰ってて。」
「ダ、ダメです!結界の中では、きっと誰かが戦っています!危険ですよ!」
フューリーが声を上げて呼び止めるが、霞美の決意は変わらない。
「危険なのは分かってる。それでも、行かなくちゃいけない気がするの・・・」
「霞美さん・・・」
霞美の言葉にこれ以上声をかけられなくなるフューリー。霞美はそのまま結界に向かって駆け出していった。
「行くよ、トリニティクロス・・・!」
“Standing by.”
霞美が呼びかけ、待機状態のトリニティクロスに鍵を差し込む。
“Complete.”
鍵が回され、トリニティクロスが起動する。霞美の体を紅い騎士服が包み込む。
(意識を集中して、結界を切り開いて中に・・・!)
“Flame Blade.”
霞美は意識を集中して、刀身に炎をまとったトリニティクロスを振り下ろす。彼女の眼の前の空間の一部が、ガラスが割れるように打ち破られた。
「この中で、誰かいるのね・・・」
霞美は呟きかけると、結界の中へと入り込んでいった。魔力が感じられるほうへと走り、彼女は草原へと行き着いた。
そこで数人の少女と女性が戦っていた。緊張の色を隠せない少女たちと違い、女性は余裕を見せていた。
(あれはこの前の・・苦戦しているみたい・・・!)
戦況を把握して、霞美も緊張を覚える。
(でも、ここで私が出たら、私たちのことも知られてしまうことに・・でも・・・)
霞美は迷いを抱いていた。助けるべきか退くべきか、彼女は悩んでいた。
その間に、ソニカはジュンたちを追い詰めつつあった。
「それがあなたたちの限界なの?大人しくメガール様に従えば、その力を増すことができたのに・・」
ソニカは妖しく微笑むと、ジュンに向けて右手をかざす。とどめを刺そうとしていた。
「まずはあなたよ。私たちに徹底的に逆らったことを後悔させてあげるわ・・」
ソニカが右手に魔力を集束させる。
(このままではやられる・・何とかしないと・・・!)
反撃に転じようとするジュンだが、攻撃が間に合わない。
(やっぱり、私が何とかしないとあの人たちが・・・!)
「待ちなさい、あなた!」
たまらず声を上げる霞美。その声にソニカやジュン、スバルたちが振り向く。
「これ以上弱いものいじめをしちゃいけない!私が相手になるよ!」
「あらあら。私、いじめっ子にされちゃってるのね・・でもね、軽はずみな正義は、寿命を縮めることになるわよ・・」
トリニティクロスの切っ先を向ける霞美に、ソニカが妖しい笑みを見せる。
「あの服・・騎士なの・・・!?」
「い、いけません!これではあの人が危険です!すぐにやめさせないと!」
声を上げるティアナとナディア。その眼の前で、霞美がソニカに向かって飛びかかる。
「真正面から向かってくるなんてね!」
眼を見開いて迎撃に出るソニカ。彼女の魔力を込めた拳と、炎をまとったトリニティクロスが衝突し、激しく火花を散らす。
「コイツ、見かけと違って力があるじゃない・・・!」
霞美の力に毒づくソニカが、身を翻して炎の一閃をかわす。すぐさまソニカは跳躍し、素早く動いて霞美をかく乱する。
「でも力があっても、当たらなければ意味はないのよ!」
ソニカは言い放つと、霞美に向けて魔力の弾を発射する。
「まずい!あの攻撃だ!」
マコトが声を上げる前で、霞美が身構える。
「フレイムタイフーン!」
霞美の持つトリニティクロスの刀身から炎が吹き上がり、竜巻のように渦を巻きながら広がる。その炎がソニカの放った光の弾をかき消していく。
だがそこへソニカが飛び込み、霞美の体に魔力を叩き込んできた。
「うわっ!」
その打撃を受けて、うめいた霞美が突き飛ばされる。トリニティクロスを地面に突きたてて、霞美は何とか踏みとどまった。
「なかなかやるみたいだけど、私には勝てないみたいね。力押しで勝てるほど、私は甘くないから・・」
霞美に向けて妖しく微笑むソニカ。
(私にもっと力を・・もっと速く動きたい・・あの人よりも、速く・・・!)
「速く!」
“Thunder mode.”
霞美の意思を汲み取ったトリニティクロスに変化が起こる。色が赤から黄色に変化し、刀身も細身になって速さに長けたものへと形を変える。
同時に霞美の騎士服も赤から黄色へと変化した。
「これって・・・!?」
“This is your and my new power. Your speed went up greatly by this. (これがあなたと私の新しい力です。これであなたの速さは格段に上がりました。)”
驚く霞美にトリニティクロスが呼びかける。彼女の新たなる力が今、覚醒を果たしたのだった。
次回予告
新たなる覚醒と飛躍を果たす霞美。
彼女に向けて、ジュンたちが疑念を抱く。
両者の交錯が生まれ、事態は新たな局面へと加速していく。
一方、ミッドチルダでも、イースによる攻撃が再開されようとしていた。
彼らの心に宿るものとは・・・?