魔法少女エメラルえりなMiracles
第12話「秘めたる想い」
玉緒との交流を経て自分の体へと戻ったえりなの精神。時間凍結を受けていた体に、生の色が戻っていった。
そして玉緒の精神との融合を果たしたことで、えりなは新たな形態へと姿を変えていた。通常時やカオスフォームと異なるバリアジャケット。きらびやかで鮮明、カラフルな装飾。背からは黒い右翼と白い左翼が生えて広がっていた。
奇跡の新形態「ミラクルフォーム」である。
(ありがとう、玉緒ちゃん・・・玉緒ちゃんの願いと優しさが、私の胸に満ちてるよ・・・)
左手を自分の胸に当てて、玉緒の心を実感するえりな。
“お礼を言うのはあたしのほうだよ、えりなちゃん・・えりなちゃんやヴィッツ、みんながあたしに勇気をくれた・・生きていくための勇気を・・”
(それは私もだよ、玉緒ちゃん。玉緒ちゃんが声をかけてくれたかったら、私もどこかで挫けてたよ・・ありがとう・・・)
互いに感謝の言葉を掛け合う玉緒とえりな。2人の心は今、ひとつとなって奇跡と力を生み出していた。
「えりな!」
そこへ健一が駆けつけ、えりなに声をかけてきた。
「えりな、大丈夫なのか!?・・それに、その格好・・・!?」
動揺を隠せないでいる健一に、えりなが微笑んで言いかける。
「健一、明日香ちゃん、アレンくん・・私の中に、玉緒ちゃんがいる・・・」
「玉緒が・・・!?」
優しく言いかけるえりなの言葉に、アクシオが驚きを見せる。えりなに触れたとき、アクシオは玉緒の気配を感じ取った。
「ホントだ・・えりなの中に玉緒がいる・・・!」
“ヴィッツ、アクシオ、ダイナ、みんな・・”
アクシオが確信すると、えりなの中にいる玉緒が声をかけてきた。
「玉緒、お前・・・」
“えりなちゃんに強引に連れて来られちゃった♪どっちにしても、あたしもみんなの力になりたいと思ってるから・・”
深刻な面持ちを見せるヴィッツに、玉緒の明るい声がかかる。その言葉を聞いて、ヴィッツが苦笑を浮かべる。
「こんなところでムチャをして・・えりなたちの影響か?」
“エヘヘヘ、多分ね。”
ヴィッツの言葉に玉緒が照れ笑いを返した。玉緒の無事に安堵するえりなたちだが、すぐに真剣な面持ちでパンドラに眼を向ける。
「玉緒ちゃんがこっちに来たから、パンドラを押さえつけるものがなくなってるよ。しかも玉緒ちゃんの悲しみとか辛さとかを取り込んで、どんどん強くなってる・・」
「でも、今の私たちには玉緒が来ている。玉緒の心がえりなに宿って、えりなに力を与えている・・」
えりなと明日香が言いかけると、健一たちも無言で頷く。えりなの今の力は、彼女だけでなく玉緒ももたらしている。
「みんな、まずは私と玉緒ちゃんに行かせて。私たちの持てる力で、パンドラを止めてみせるから。」
「ち、ちょっと待て、えりな。オレたちもやるぜ。全員で力を合わせたほうが・・」
えりなの呼びかけに健一が当惑しながら意見する。
「健一も明日香もみんな、パンドラとの戦いで疲れてるはずだよ。でも私は十分休ませてもらったから、今度は私が頑張る番だよ。」
「けどよ・・・」
微笑みかけるえりなに対し、心配せずにはいられないでいる健一。するとえりなが突然、健一を優しく抱きしめてきた。
「なっ・・・!?」
その抱擁に健一が思わず赤面する。えりなは囁くように健一に声をかける。
「健一が私を守りたいように、私も健一を守りたい・・さっきは健一が体を張ってくれた。今度は私が体を張るから、みんなと一緒に休んでて・・」
えりなは健一に言いかけると、改めてパンドラに眼を向ける。
「いくよ、ブレイブネイチャー。」
“Yes,my master.”
えりなの呼びかけにブレイブネイチャーが答える。パンドラは彼女をじっと見つめて、身構えていた。
サイノンの周辺に非常線を張る時空管理局。その防衛ライン上にいるなのはの元に、フェイトとはやてが駆けつけてきた。
「なのは!」
「フェイトちゃん、はやてちゃん!」
フェイトが声をかけるとなのはが振り返る。3人は並んで、歪んだサイノンの景色を見据える。
「空間歪曲の起こっているサイノンに、えりなやアレンたちが閉じ込められているのね。」
「それもえりなちゃんたちは、自分たちを狙ってることを逆手に、パンドラをおびき出したみたいやけど・・」
フェイトとはやてが現状を口にすると、なのはは小さく頷いた。
「防衛ラインは整ってる。闇が暴走して周りに被害を及ぼすことになっても、何とか押さえ込める。」
「シグナムたちも4ヶ所のライン上の地点でラインの強化を行ってる。万が一のことがあっても大丈夫や。」
なのはの言葉にはやてが付け加える。
「できればその先に行ってえりなたちを助けたいけど・・空間歪曲で不安定になっているところに飛び込んだら、最悪の場合、異空間に引きずりこまれるか、体がバラバラになってしまう・・」
そこへフェイトが不安を口にすると、なのはとはやても深刻な面持ちを浮かべる。
「何とかこの空間を突破できる人がいればいいんやけど・・」
打開の策を練り上げようとするはやて。だが彼女たちはこの空間歪曲を無難に突破できる安全性を持ち合わせていなかった。下手に空間歪曲に刺激を与えれば、空間の崩壊を引き起こして周囲を巻き込みかねない。
妙案を導き出すことができず、なのはたちは途方に暮れていた。
「それなら僕たちが突破するよ。」
そんな彼女たちに向けて声がかかってきた。振り返った先の人物を眼にして、なのはたちが笑みをこぼした。
本局での救助とサイノン周辺の防衛を取り仕切っていた時空管理局。クリスの指揮が飛び、クラウンの通達が行き交う。
「サイノン防衛ライン、設置完了!各部隊、防衛体勢に入ります!」
「魔力暴走、空間歪曲の拡大を想定して各自待機していてください。みなさん、細心の注意を払ってください。」
クラウンの報告を聞いたクリスが、部隊に向けて指示を出す。その中でクリスは、アレンを気にかけていた。
自分となのはに徹底的に鍛え上げられているとはいえ、相手は膨大な魔力を備えた闇。かつてない強敵と試練に、クリスは心配でたまらないのを、表に出さないように必死にこらえていた。
(アレン、みなさん、必ず無事で・・・)
これからの未来を担う者たちへの信頼を胸に、クリスは戦況を見守り続けていた。
ミラクルフォームへ変貌を遂げたえりなが、パンドラの前に立ちはだかる。えりなの中に精神として滞在している玉緒が、パンドラの姿を見て沈痛さを感じていた。
(あれが、あたしの体に宿っている闇・・ううん。あれは私の悲しみや絶望が生み出した、あたしの心の闇・・・)
負の感情を糧に持てる力を暴走させる闇の姿に困惑する玉緒。その気持ちは、彼女と同化しているえりなにも伝わっていた。
「だったら止めなくちゃね。私たちの手で、その闇を止めよう。」
(えりなちゃん・・・うんっ!)
えりなの言葉に玉緒が答える。その願いと想いを背に受けて、えりなはブレイブネイチャーを構える。
「まさか時間凍結を打ち破るとは。それにその姿・・ただの人間ではないな・・」
パンドラが無表情で言いかけるが、えりなも顔色を変えない。
「ただの人間じゃない・・確かにそうなっちゃうね。でも、それでも私は私だよ・・私の力、みんなの力を今、あなたに見せてあげる。」
“Spirit mode,ignition.”
えりなが決意を言い放つと、ブレイブネイチャーが形状を変える。基本形態のネイチャーモードから、フルドライブのスピリットモードへ。
光の刃を右腕に収束させるえりな。平然としているパンドラの動きを伺って、攻撃の機会を探る。
「私の魂を込めるブレイブネイチャー・スピリット。今は私の魂だけじゃなく、玉緒ちゃんの心も宿ってる・・」
「では解き放つがいい。私の宿主の心とひとつになった、お前の魂を。」
身構えるえりなに向けて、パンドラが冷静な態度で答える。えりなの持つブレイブネイチャーから発せられている刃が、その光を強めていく。
これまで発揮したことのない速さで飛び出すえりな。彼女が突き出した光刃を跳ね返すべく、パンドラが右手をかざしてその手のひらに魔力を集中させる。
だがえりなの速さはパンドラの認識を上回っており、パンドラに一閃を叩き込んだ。物理攻撃の効果を極力抑えていたため、体に傷がつくことはなかったが、パンドラの魔力はこの攻撃で一気に削ぎ落とされた。
パンドラの背後に回って振り返るえりな。攻撃された右肩を押さえて、パンドラがえりなを見据える。
「これが私たちの全力、奇跡の剣、ミラクルランサー!」
“Drive charge.”
えりなの声に呼応して、ブレイブネイチャーに彼女の魔力が装てんされる。その光刃がさらに輝きを宿していく。
“Miracle rancer,soul clash.”
再び飛び出したえりなが、ブレイブネイチャーの刃を突き出す。とっさに回避しようとするパンドラだが、えりなの繰り出した刃をかわしきれなかった。
決定打を受けなかったものの、体勢を崩されたパンドラ。そこへえりなが、ブレイブネイチャーにさらに魔力を込めていく。
“Soul blaster”
えりなの最高位の砲撃魔法が、パンドラに向けて放たれる。パンドラは全身に力を込めて、球状の障壁を発動させる。
だがえりなの砲撃は、明日香のエレメントスマッシャー・マックスに勝るとも劣らない威力と大きさを備えていた。光の奔流がパンドラを飲み込み、その先の大地さえ震撼させた。
大威力、大出力の砲撃魔法。ソウルブラスターを受けて、無事で済むはずがない。えりなはそう思っていた。
だが巻き上がる煙の中から現れたパンドラは、そのダメージを微塵も感じさせないほどに平然としていた。
(ピンピンしてるように見えるけど、単に痛みを感じていないだけだから。本当はちゃんと効いてるから・・)
玉緒がかけてきた言葉にえりなは小さく頷く。
「うん。ちゃんと効いてる。私と玉緒ちゃんの気持ちは、ちゃんと届いてる。私はそう信じてる。」
(あたしの体のことは気にしなくていいから、どんどん撃っていこう、えりなちゃん。)
「ありがとう、玉緒ちゃん。でもやっぱり玉緒ちゃんの体だから、傷つけないように気をつけないと・・」
言いかけてくる玉緒に、えりなは微笑んで弁解する。次の攻撃を仕掛けるため、えりなは身構える。
そのとき、えりなは全身に違和感を覚える。体力の消耗によって、体が言うことを聞かなくなっていた。
「か、体の自由が・・これって・・!?」
(もしかして、えりなちゃんが疲れてきたんじゃ・・・!)
思わず驚愕を膨らませるえりなと玉緒。その場でひざをつくえりなに、パンドラがゆっくりと近づいていく。
「力が底をついたか。このままその力を維持させていれば、私も危うかっただろう。」
淡々と語りかけてくるパンドラ。迎撃体勢を取ろうとするえりなだが、持てる力を収束することができない。
「ヤバい!えりな、まだ完全の回復したわけじゃないんだ!」
「それだけじゃない。あのミラクルフォーム、カオスフォーム以上に体力の消耗が激しいみたいだ。いくら玉緒の力に支えられているといっても、あれだけの威力の魔法と動きを出していたら、体力の消耗もものすごい。」
その様子を見ていた健一が声を荒げ、アレンが深刻な面持ちで言いかける。
「何とか助けねぇと!・・敵わなくたって、えりなをこのまま見殺しには・・!」
「ムチャだ、健一!疲れ切っているのは、君も僕たちも同じだ!そんな状態で出て行っても、えりなを助けるどころか返り討ちにされてしまう!」
飛び出そうとする健一を止めようとするアレン。だが健一はアレンの制止を振り切って、えりなとパンドラのところへ飛び出していく。
(無謀もいいとこだってのは先刻承知だ・・だけどここで飛び出さなきゃ、取り返しがつかなくなっちまう!)
えりなを守りたいという願いを胸に、健一がパンドラに向けてラッシュを振り下ろす。だがラッシュの刀身が、パンドラの発する障壁に阻まれて受け止められる。
「今のお前たちでは、私に傷を付けることさえ叶わない・・」
パンドラが低い声音で言いかけると、健一に向けて衝撃波を放つ。健一が突き飛ばされ、地面を横転する。
「健一!・・やめて・・あなたは私が相手してるんだから・・・!」
えりなが疲れきっている体に鞭を入れて立ち上がる。だが先ほどの爆発力を発揮する力は、彼女には残っていない。
「時間の問題だ。どのみち全てが無に還る。お前も、お前の仲間も全て、その鼓動を止めることになる・・」
パンドラがえりなに眼を向けて言い放つ。それでもえりなは踏みとどまろうとしない。
「私がここで諦めたら、みんなが悲しい思いをすることになる・・だから諦めない。玉緒ちゃんも諦めていない・・・!」
「だがこの現状までは打破できないことを、お前は気付いていないわけではないはずだ。」
声を振り絞るえりなに、パンドラが淡々と告げて右手を伸ばす。その手のひらに漆黒の魔力が収束される。
「今度こそ終わりだ・・無に還るがいい・・・」
パンドラがえりなに向けて漆黒の閃光を放つ。えりなが迎え撃とうとするが、迎撃も回避もままならない状態だった。
「えりな!」
立ち上がった健一がたまらず叫ぶ。明日香たちもえりなを救えるだけの余力も残っていなかった。
そのとき、パンドラの放った閃光が突如断裂され、拡散される。その光景にパンドラとえりなが眼を見開く。
「これって・・・!?」
えりなが思わず声を荒げて、閃光を両断した一閃が飛んできたほうに眼を向ける。その瞬間、彼女は上空からきらめくように落ちてくる羽根を目撃する。
そして視線を戻した先には、天使の翼を広げた1人の少女の姿があった。手には一条の光刃を発する杖が握られており、天使よりも聖戦士を彷彿とさせる雰囲気だった。
「ふぅ。何とかここに入り込むことができたみたいだね。」
少女はえりなに振り返り、気さくな笑みを見せてきた。その態度にえりなはきょとんとするばかりだった。
「ラ、ライムさん!」
その少女の姿にアレンが声を荒げた。
時空管理局執務官、小室(こむろ)ライム。速さに特化した戦闘スタイルを用いることから、「銀の烈風」「切り込み隊長」の異名を持っている。
ライムはえりなを抱えて、パンドラに向けてインテリジェントデバイス「クリスレイサー・ソリッド」を振りかざす。光刃から放たれた一閃はパンドラの眼前の地面を切り裂き、その間にライムはえりなを連れて、明日香たちのいる場所に移動する。
「ライムさん、来てたんですか!?」
「うん。空間歪曲を一気に突破して、ここまで来たんだ。あと、来たのは僕だけじゃないよ。」
駆け寄ってきたアレンの声に、ライムが気さくな笑みを見せて答える。明日香たちが上空に眼を向けると、また1人の少女が降りてきた。
「ジ、ジャンヌさん!」
アレンが再び声を荒げる。彼らの前に現れたもう1人の少女。時空管理局特別調査員、開発部第一班副班長、ジャンヌ・F・マリオンハイトである。
「相変わらずムチャするんだから、ライムは。私が重力制御を使わなかったら、けっこう危なかったんだから。」
「ムチャをするのは僕の十八番みたいなもんだってことは、みんな分かってると思うんだけど。」
心配の声をかけるジャンヌに、ライムが気さくな笑みを見せて答える。
「みんな、サイノンの周りで防衛ラインを張っているよ。私とライムだけ、空間歪曲を突破してここまで来たの。」
「それじゃ、なのはさんやはやてさんたちも、周りに来ているんですね?」
ジャンヌの言葉にアレンが言いかける。ライムがパンドラを見据えて、ジャンヌに呼びかける。
「ジャンヌ、僕がアイツを食い止める。その間にみんなの回復を。」
ライムの指示にジャンヌが頷く。
「ライムさん、闇の力は・・・!」
「分かってるよ、アレン。」
アレンが言いかけるのをライムが制する。ライムは改めて、ブレイドモードのクリスレイサーを構える。
「さて、久しぶりに大暴れといくか!」
“Alright.”
ライムの呼びかけにクリスレイサーが答える。彼女の背中から天使のような翼が広がり、彼女が大きく飛翔する。
上空で改めてクリスレイサーを構えるライムの翼が神々しい輝きを放つ。光刃を振りかざして、彼女がパンドラに向かう。
右手から時間凍結の閃光を放つパンドラ。
“Solid form drive ignition.Solid action start up.”
ライムのまとうバリアジャケットが軽量化される。眼にも留まらぬ速さで閃光をかわし、ライムがパンドラに一閃を繰り出す。
その速い一閃にパンドラが怯む。彼女の後方に着地して、ライムが振り返る。
一方、ジャンヌはインテリジェントデバイス「シャイニングソウル」を振りかざしていた。
“Shining form.Drive ignition.”
シャイニングソウルがフルドライブの「シャイニングフォーム」に形態を変える。
「天使の息吹。女神の祝福。傷ついた心に癒しの雫を・・・」
“Resurrection.”
ジャンヌが唱えた最上位の回復魔法が、傷ついたえりなたちに回復をもたらした。
「すごい・・・」
「悲鳴を上げてた体が、まるで軽くなったみたいに・・・」
えりなと健一が完治した自分の体に驚きを感じていた。
「これで魔力も体も回復したはずだよ。後はあなたたちの番。あの闇を止めるのは、あなたたちの役目だよ。」
ジャンヌの言葉にえりなたちが真剣な面持ちを浮かべて頷く。
「えりなは力を溜めてて。私たちが先行するから。」
「でも、それじゃ明日香ちゃんたちが・・」
明日香の呼びかけにえりなが戸惑いを見せる。すると健一が気さくな笑みを見せて言いかける。
「オレたちのことは気にするな。お前は玉緒と、パンドラを何とかすることだけを考えなって。」
「健一・・みんな・・・ありがとう・・・」
仲間たちの思いに支えられて、えりなは喜びを感じて笑みをこぼす。
「それじゃ、あたしたちから行かせてもらうからね。」
「あぁ。アクシオ、ダイナ、全力を出すぞ!」
アクシオの言葉を受けて、ヴィッツが指示を出す。三銃士が散開し、ヴィッツとダイナがパンドラに向かう。
“Drive charge.”
ブリット、ヴィオスに自身の魔力を弾丸のように装てんするヴィッツとダイナ。
「天刃撃!」
「ダイナブレイク!」
2人の放つ全力の一閃が、パンドラ目がけて振り下ろされる。常時展開されている障壁が揺さぶられ、パンドラが後方に押される。
「ヴィッツ!ダイナ!」
そこへアクシオの声がかかり、ヴィッツとダイナが後退する。その先にはアクシオがオーリスを構えて、魔力を収束させていた。
「豪雪の閃光、アヴェランス!」
“Avalanche.”
アクシオが突き出すように放つ閃光が、パンドラに向けて伸びる。閃光は速さを伴って、パンドラの障壁に刺激を与える。
「次は僕たちの番だ、ストリーム。全力全開を叩き込む!」
アレンがパンドラを見据えて、光刃となっているストリームに力を込める。
「エンドロースシュベルト!」
“Endlos schwert.”
アレンがストリームを振りかざして、パンドラに強烈な一閃を繰り出す。光刃は障壁に阻まれるが、それでも障壁を揺さぶっていた。
そこへラッシュを振り上げた健一が飛びかかってきた。
(オレはえりなを守る!そのためなら、オレはどんなことだって!)
“Blast strush.”
ラッシュの刀身がパンドラの障壁に叩きつけられる。2つの一閃に押されて、障壁に亀裂が生じた。
毒づいたパンドラが衝撃波を放って、健一とアレンを突き飛ばす。2人が横転する先には魔力の一点集中を行っていた明日香の姿があった。
“Drive charge.Max ignition.”
ウンディーネに明日香の魔力が注ぎ込まれる。その宝玉に光が宿り、徐々に強まっていく。
「エレメントスマッシャー・マックス!」
明日香の構えたウンディーネから、まばゆいばかりの光が解き放たれる。閃光はパンドラの展開する障壁に追い討ちをかけ、ついに障壁がガラスが割れるように崩壊する。
「今だよ、えりなちゃん!」
明日香の呼びかけを受けて、えりなはブレイブネイチャーを構える。
(みんなが私を後押ししてくれている。その気持ちに応えるためにも、私は全力で、パンドラにこの気持ちを伝える・・・!)
(あたしも伝えたい・・あたしの気持ちを、あたしの中の心の闇に・・・!)
えりなと玉緒が決意を強めていく。その想いが伝達しているのように、ブレイブネイチャーの光刃が輝きを強めていく。
“Drive charge.”
ブレイブネイチャーにえりなの魔力が可能な限り装てんされる。その光の槍を構えて、えりなが白と黒の翼を広げてパンドラに向かって飛び出す。
(絶対に伝える!絶対に届ける!絶対、あなたの悲しみを壊してあげる!)
“Miracle rancer.”
えりなが数々の想いを込めた刃を、パンドラに向けて突き出す。パンドラが右手をかざして、その刃を受け止める。
2つの力の衝突が火花を巻き起こす。それでもえりなは怯まず、さらに光刃を押し込もうとする。
「お願い、伝わって!みんなの想い!みんなの願い!・・奇跡を、起こしてみせる!」
“Soul clash.”
光刃の輝きがえりなの体さえも包み込んでいく。それがさらなる一条の光となって、パンドラの体を貫いた。
パンドラの体を穿って、その背後で踏みとどまるえりな。その周囲には白と黒の羽根が散りばめられていた。
「・・やった・・・」
その光景を目の当たりにしていた健一が呟く。えりなが振り返り、胸に光を宿しているパンドラに眼を向ける。
パンドラの眼は虚ろだったが、口元は笑っていた。喜びを感じているものだと、えりなは思っていた。
えりながブレイブネイチャーを下げて、パンドラに歩み寄る。2人が互いを見つめあい、微笑みかけていた。
「辛いことも悲しいことも、自分の中に押し込んだって、何の解決にもならない・・打ち明けて、イヤなものみんな吐き出してしまえばいい・・」
えりながパンドラに優しく声をかける。
「打ち明けて、助けを求めてくるなら、私たちが手を差し伸べるよ。もうあなたに、イヤな思いをさせたりしない・・・」
「手を、差し伸べる・・・」
えりなの優しさを目の当たりにして、パンドラが戸惑いを見せる。その言葉に促されて、パンドラが手を差し伸べ、えりながその手を取った。
そのとき、えりなの横に玉緒の姿が現れた。その姿にパンドラだけでなく、ヴィッツ、アクシオ、ダイナも驚きを見せた。
「玉緒・・・!?」
眼を見開くヴィッツたちの見つめる先で、玉緒が戸惑いを見せているパンドラの頬に優しく手を添える。
「ゴメンね・・あなたの気持ちをちゃんと理解していれば、こんなことにはならなかったのかもしれないね・・・」
「いえ・・私が私の中の悲しみを打ち明けれいれば、あなたを絶望の沼に落とすこともなかったのです・・・全ては、私の過ちです・・・」
謝罪する玉緒にパンドラが弁解を入れる。
「もう私に迷いはありません。あなたたちに苦痛を与えることもありません。あなたたちの心が、私を後押ししてくれているのですから・・・」
「ホント・・あたしたちはホントに後押ししただけ・・あなたが歩き出したのは、あなた自身だよ・・」
「それでも、あなたたちの力があればこそです・・これで私は、旅立つことができます・・・」
パンドラの言葉に玉緒だけでなく、えりなたちも戸惑いを覚える。
「私は新たな旅に出ます。ですがこれは、あなたたちとの永遠の別れではありません。」
「パンドラ・・・」
「私はこれから、長い時間をかけて世界を見ていくつもりです。もちろんあなたたちのことは、いつまでも見守り続けていますよ。」
「それでも、やっぱり別れるのは辛いよ・・だって、あなたの心は、あたしの心でもあるんだから・・・」
「だから、私はあなたを見守りたいのです。私自身のためにも・・・」
パンドラの優しさを受けて、玉緒が眼から涙をこぼしていた。その涙を、パンドラが指先で優しく拭っていく。
「泣かないでください。私はあなたを信じています。だからあなたも、私も信じてください・・・」
「パンドラ・・あたし・・あたし・・・」
「あなたや三銃士のみなさん、そして勇気ある魔導師や騎士たちに感謝しています・・・」
パンドラは感謝の言葉をかけると、さらに玉緒に近づいていく。
「あなたの体、お返しします・・・」
「パンドラ・・・」
微笑むパンドラの体と涙を流す玉緒の精神。別れていた2つがとけ込み、再びひとつとなった。
漆黒の衣装が消失し、裸身としてえりなたちの前に姿を見せた玉緒。彼女は自分の胸に手を当てて、パンドラが離れていくのを感じていた。
パンドラが最後に玉緒に告げたこと。それは、絶望という災厄の中の奥底に、一条の希望の光が必ず点在していることだった。
「ありがとう・・パンドラ・・・」
玉緒はパンドラの願いと想いを胸に秘めて微笑む。その直後、心身ともに疲れ果てていた玉緒がその場に倒れこみ、意識を失った。
「玉緒!」
「玉緒ちゃん!」
アクシオがたまらず叫び、えりなが玉緒に駆け寄る。だが同じく体力を消耗していたえりなも、玉緒に近寄る前に前のめりに倒れた。
「えりな!」
健一が2人に駆け寄る。疲れ果てた2人の少女が、そのまま意識を失った。
次回予告
解き放たれた心。
みんなの力で起こした奇跡。
そして、私たちは新しい旅に出る。
それぞれの決意を胸に。
数々の絆をつなげて。
私たちは、未来へと旅立っていく・・・
明日に向かって、イグニッションキー・オン!