魔法少女エメラルえりなMiracles

第11話「心の叫び」

 

 

 あふれてくる絶望を振りまいて、パンドラが明日香たちに迫ってきた。その漆黒の力を、明日香たちが迎え撃った。

 明日香は魔力の一点集中を狙っていた。その時間を稼ぐ意味を込めて、アレンたちは奮闘していた。

 だがパンドラは凄まじく、またその威力が衰える様子を見せない。徐々にスタミナ面で突き放される形となり、アレンたちは悪戦苦闘を強いられていた。

「ちくしょう!これだけやってるのに、アイツはピンピンしてる・・これじゃ体力だけでもアイツに追いつかないぞ・・!」

 息を荒げながら健一が毒づく。パンドラは顔色を一切変えずに、彼らを見据えていた。

「諦めろ。お前たちに待っているのは、絶望だけだ。」

「そんなこと、お前が勝手に決めていいことじゃない!」

 淡々と言いかけるパンドラに反論したのはアレンだった。

「希望は自分で見つけ出すもの。未来は自分の手で切り開くもの・・諦めてしまえば、全ての道がそこで終わる。だから僕はまだ、諦めるわけにはいかないんだ・・・!」

 アレンはパンドラに言い放ち、ストリームを握っている手に力を込める。

「ストリーム、エンドロースフォルム、いくよ・・・!」

「ダ、ダメだよ、アレン!エンドロースフォルムは、ストリームにもアレンにとっても危ないんだよ!」

 ストリームに呼びかけるアレンに、ソアラが心配の声をかけてきた。

「もしかしたら、2度と戦えなくなっちゃうかもしれなくなるよ!そうなったらアレンの未来は・・!」

 ソアラが沈痛の面持ちを浮かべて、眼に涙を浮かべる。そんな彼女の頭を、アレンが優しく撫でる。

「もしも使わないで済むなら僕もそうしたい。でも、使わないとみんなを守れないなら、僕は迷わずにこの剣を使う。もちろんソアラもストリームも信じている。みんなも僕を信じているから・・」

「うん・・」

Ja.Danke.

 アレンの言葉にソアラとストリームが答える。

「ソアラ、援護を頼む。ただし、あまり近づきすぎると危険だから、パンドラだけじゃなく僕にも注意して。」

「大丈夫だよ、アレン。私がこれでも身軽なんだよ。そう簡単に巻き添えにはならないよ♪」

 アレンの注意にソアラが笑顔を振りまいて答える。ストリームのフルドライブの起動の敢行に備えて、彼女は移動する。

「それじゃ・・いくよ、ストリーム!エンドロースフォルム!」

Endlos form.

 アレンの呼びかけを受けたストリームから、まばゆいばかりの光があふれ出す。その光はアレンの右腕と同化するかのように膨れ上がり、一条の刃へと形成される。

 これがストリーム・インフィニティーの新形態「エンドロースフォルム」である。アレンの右腕と密接となるエンドロースフォルムは、彼からの魔力の供給を最短に行うことで絶大な力を発揮するが、ストリームだけでなく、彼自身にもかなりの負担をかける。そのため、アレンも滅多なことではこの形態の起動敢行は行わない。

 まさにアレンの揺るがない決意の表れだった。

「これが僕とストリームの全力全開。みんなを守るために、僕はこれでお前を叩き伏せるよ、パンドラ!」

 アレンはパンドラに言い放つと、右腕の光刃を構えて飛び出す。彼が振りかざした刃は、パンドラを発せられた障壁ごとなぎ払った。

 強烈な一閃を受けて突き飛ばされるパンドラ。何度も地面に打ち付けられて、彼女はその先の岩場に叩きつけられた。

 アレンはパンドラの宿っている玉緒の体を傷つけることを快く思っていなかった。だが同時に、今の攻撃でも戦闘不能に陥らせていないことも実感していた。

「これがアレンの、命がけの剣というのか・・ヤツもこれほどの力を宿していたということか。」

 その光景を目の当たりにしたダイナが呟き、手にしているヴィオスに眼を向ける。

「ヴィオスでも、あれをまともに受ければひとたまりもないだろう・・」

 未来を切り開く少年の底力を垣間見て、ダイナは脅威を覚えていた。同時に、負けられないという闘争心も湧き上がってきていた。

 細心の注意を払って、アレンが岩場へと歩を進める。その先にいるパンドラは、アレンが放った一閃の直撃を受けたにもかかわらず平然としていた。

「ホントに腹が立って仕方がねぇや。どんなに攻め立てても、ケロッとしてるんだもんな・・!」

 その姿を見て健一が歯がゆさを募らせる。

「いや、あれでも効いている・・・」

「えっ?」

 そこへヴィッツが声をかけ、健一が驚く。

「パンドラは負の感情を糧にして力を発動する。そのため、痛みを感じるという感覚を持ち合わせていない。表に出していないだけで、確実にダメージは受けている・・・!」

 ヴィッツの説明に健一は当惑するばかりだった。

「なかなかの力だった。だがそれでも、私の力と主の絶望は止まらない・・」

「止める。止めてみせる。お前にこれ以上、みんなを傷つけさせるわけにはいかないんだ・・・!」

 淡々と告げるパンドラにアレンが言い放つ。彼は早々に決着を付けようとしていた。

 エンドロールフォルムを使用するリスクはあまりにも大きい。疲弊して動けなくなってしまう前に決着を付けなければならないのだ。

(健一、ソアラと協力してパンドラの注意を引き付けてくれ。僕のこれからの攻撃は、ムダ球にはしたくないから・・)

(アレン・・分かった。オレもえりなと玉緒を助け出したいからな。お前のように全力でやらせてもらうぜ。)

 アレンの指示に健一が同意する。

(それだけじゃない。明日香も僕や君のように全力を出そうとしている。その全力を最大限に活かすためにも・・)

(分かってる。明日香もえりなと玉緒を助けたいと思ってる・・オレたちでアイツらを助け出してやるんだ・・・!)

 健一の決意を込めた呼びかけに、アレンだけでなく、意識を集中させている明日香も頷く。

(私も全力全開で向かっていく。アレンと健一が、そのきっかけになってくれたから・・・)

「ウンディーネ、エレメントフォーム、いくよ・・・!」

Element form,ignition.

 明日香の呼びかけを受けて、ウンディーネがフルドライブ形態に属する「エレメントフォーム」へと形を変える。デバイスの先端にはその機動力である宝玉を中心とした結晶が形成されている。

 エレメントフォームは、ドライブチャージによる魔力の収束の許容量が膨大になる形態で、魔法の威力が極限にまで高めることが可能である。

「このエレメントフォームとドライブチャージマックスを併用すれば、私のウンディーネの力に限界はない・・・!」

 明日香がパンドラに言い放ち、魔力を収束し始めるウンディーネを構える。

「いくよ、ウンディーネ!ドライブチャージ・マックス!」

Drive charge.Max ignition.

 明日香の呼びかけにウンディーネが答える。彼女の魔力が弾丸となって装てんされ、宝玉に魔力が注がれて輝きを帯びる。

「僕たちもまだ終わってはいない!・・勝負はこれからだ・・!」

Endlos Blatt.

 アレンは言い放つと、パンドラに向けて再び一閃を放つ。防御が困難と判断したパンドラは、衝撃波を放ちつつ横に飛び退いて一閃をかわす。

 だがかわしたその先には、健一がラッシュを構えて待ち構えていた。

「ムダ玉を撃ちたくないのは、アレンだけじゃないんだぜ!」

Blast strush.

 健一が言い放って、刀身に魔力を宿したラッシュを振り下ろす。パンドラがとっさに右手を掲げて受け止めるが、威力を押さえ切れず、彼女の足元の地面がめり込む。

 表情を変えていなかったが、パンドラは余裕を完全に切り捨てていた。少しずつではあるが、健一たちはパンドラを追い詰めつつあった。

「全てを灰に帰せ・・ダークフレア。」

 パンドラがかざした左手から漆黒の炎が巻き起こる。虚を突かれた健一がその炎を浴びて、苦痛を覚えながら突き飛ばされる。

「健一!」

「くっ!雷刃波!」

 アレンが叫び、ヴィッツがとっさにブリットを振りかざして、パンドラに向けて稲妻の刃を放つ。刃はパンドラが発している障壁に難なく打ち破られてしまう。

 黒い火だるまになり、健一が横転して火を消そうとする。何とか鎮火させた彼から、白い煙が立ち込めていた。

「大丈夫、健一!?

「あぁ・・油断しちまった・・・!」

 叫ぶラックスに健一が声を振り絞って答える。

「私は1度三銃士によってその身を封じられた・・彼らの振るう力と同じ属性の力を、私も振るうことができる・・」

 淡々と告げるパンドラの言葉に、ヴィッツたちが驚愕を覚える。

(それじゃ、雷、水、炎の魔法を使ってくるっていうの・・!?

 アクシオが胸中で、パンドラの脅威を改めて痛感していた。パンドラは周囲の動きを伺いながら、発している魔力をさらに強めていた。

 そのとき、魔力の一点集中を行っていた明日香が、パンドラに狙いを向けて、ウンディーネを構えた。

「みんな、離れて!・・エレメントスマッシャー・マックス!」

Element smasher,max ignition.

 明日香は健一たちに呼びかけると、パンドラに向けて最大出力の砲撃魔法を放つ。その大きさとまぶしさはまさに流星のようだった。

 閃光はパンドラを巻き込んで一気に突き飛ばしていく。受け止めようとするがその威力を跳ね返すことができず、パンドラはさらに押される。

 やがて閃光が爆発を引き起こし、光が拡散される。死に至っていないものの、戦闘不能に陥らせていると明日香は確信していた。

「これだけの力を叩き込んでる・・それを受けて、全然効いていないなんてことは・・・」

 巻き上がる煙の先をじっと見据える明日香。その彼女の表情が一気に凍りつく。

 煙の中から姿を現したパンドラ。頭から血を流していたものの、彼女は平然としていた。

「そんな!?・・エレメントスマッシャー・マックスを受けて・・・!?

「アイツ、全然効いていないように見えてるだけだよ・・痛みを感じていないだけ・・!」

 声を荒げる明日香に、ラックスが落ち着きを払って言いかける。ラックス自身、明日香の全力が効いていると信じていたかったのだ。

「私は主の絶望のまま、持て余るこの力を振るうのみ・・」

 パンドラは無表情のまま、呟くように言いかける。その態度にアクシオがたまらず声を上げた。

「それで・・それで玉緒は満足してるの・・・!?

 その言葉にパンドラが疑問を覚える。

「玉緒は自分が傷ついて、傷だらけになることに満足してるって言うの!?

「主は絶望を力として発することを望んでいる。それが、己の体を傷つけることを承知で・・」

「違う!玉緒はただ、絶望に支配されちゃってるだけ!自分が傷つくことなんて、考えられなくなっちゃってるのよ!」

「いずれにしろ、豊川玉緒という少女は私の宿主となり、内に秘める絶望を私の力とした。もはや彼女の絶望と、私の力を止めることはできない・・何者にも・・」

 アクシオの呼びかけでも、パンドラは顔色を変えず、考えを変えない。そこへヴィッツが続けてパンドラに呼びかける。

「ならば、お前の眼から流れているものは何だ!?

 ヴィッツのこの言葉を聞いて、パンドラが自分の目元に手を当てる。そこには確かに涙があふれてきていた。

 その涙に、パンドラが初めて顔色を変えて、眼を見開いた。なぜ自分が涙を流しているのか、理解できなかった。

「それは間違いない。玉緒の涙だ。玉緒は今のこの瞬間を望んではいない。お前が流している涙がその証だ。」

「バカな・・こんな・・こんなことが・・・!?

 どんどんとあふれてくる涙に、パンドラは冷静さを失っていた。

 

 暗闇の中できらめく一条の光明。その光に手を伸ばしたとき、えりなは玉緒の手をつかんでいた。

「玉緒ちゃん・・やっと見つけた・・・」

「えりな、ちゃん・・・?」

 微笑みかけるえりなと、何事か分からずにきょとんとしている玉緒。えりなは呆然としている玉緒を抱きしめる。

「よかった・・玉緒ちゃんとは、1度ちゃんと話をしなくちゃいけないと思ってたんだよ・・・」

 微笑みかけて言いかけるえりな。彼女は真剣な面持ちを見せて、玉緒に言いかける。

「玉緒ちゃんにはまだ話してなかったこと・・実は私と明日香ちゃんは、魔法使いなの・・」

「魔法使い・・・」

 えりなの告白に玉緒が動揺を見せる。その反応に取り乱すことなく、えりなは話を続ける。

「私たちとヴィッツさんたちの間でいろいろあって、それで玉緒ちゃんにまで迷惑をかけちゃって・・・」

「ヴィッツたちが・・・」

「ゴメンなさい・・本当にゴメンなさい・・・でもこれだけは分かってほしい。私たちもヴィッツさんたちも、玉緒ちゃんのために戦ってるって・・・」

「あたしのために・・・それが、どうしてえりなちゃんたちとヴィッツたちが・・・」

「玉緒ちゃんが思い病気にかかってるっていうのは私も分かってた。でもヴィッツさんから話を聞かされたとき、私は玉緒ちゃんの病気を軽く見てた・・・」

 沈痛の面持ちを浮かべるえりなの眼から、大粒の涙が零れ落ちる。

「ヴィッツさんたちは玉緒ちゃんを助けるために、パンドラスフィアを探してた。でもパンドラスフィアは、昔にヴィッツさんたちが闇を封じ込めたものだったんだよ・・」

「それが、ヴィッツたちが失っていた、過去・・・」

「パンドラスフィアを集めたら、闇が復活しちゃう。それを私たちは止めようとしたんだけど、ヴィッツさんたちはパンドラスフィアにある奇跡を信じて・・」

 えりなから事のいきさつを聞いた玉緒が、いたたまれない気持ちにさいなまれる。

「みんな、あたしのために・・・それを知らずに、あたしは・・・」

「いいよ、玉緒ちゃん。玉緒ちゃんにちゃんと話さなかった、私のせいなんだから・・・」

 自分を責める玉緒に、えりなが微笑んで弁解する。だが玉緒はあくまで自分を責めようとする。

「あたしがみんなのことをちゃんと見てれば、こんなことにはならなかった・・ヴィッツたちが傷つくことも、えりなちゃんたちを辛い目にあわせることもなかったのに・・」

「そんなに思いつめたらダメだよ、玉緒ちゃん。みんな、必死になってやった結果なんだから・・」

 悲痛さをこらえきれず、玉緒がえりなにすがりつく。泣きじゃくる玉緒を、えりなが優しく抱きとめる。

「誰だって間違うことはある。問題なのは、その間違いからどうするか。同じ間違いを繰り返さないこと・・」

「あたしたちは、あたしたちがした間違いを自覚している。だからもう、同じ間違いを繰り返さないためにも、今、あたしたちは・・・!」

 思い立ったえりなと玉緒が、上を見上げる。

「行こう、玉緒ちゃん。みんなが待ってる・・」

「うん・・・」

 えりなの言葉に、玉緒は真剣な面持ちを浮かべて頷いた。

 

 ヴィッツとアクシオが切り出した言葉に、初めて動揺の色をあらわにするパンドラ。冷静さを欠き、彼女の足取りは覚束なくなっていた。

「なぜだ・・なぜ私が、このようなものを・・・!?

 流れてくる涙の意味が分からず、パンドラが声を荒げる。

「私は宿りし者の絶望と苦痛を糧に力を振るう者・・こんな感情など、あるはずが・・・!」

 パンドラの感情の揺らぎ。それは彼女の中にある闇の力の、これまでにない暴走を引き起こすことになった。

「あるはずがない!」

 パンドラが感情を振り払うように力を暴走させる。

「まずい!すぐに離れろ!」

 ダイナの呼びかけを引き金にして、明日香たちがこの場を離れる。感情の高ぶりに揺さぶられながらも、パンドラは標的をソアラに定めていた。

「全てを・・全てを無に・・・!」

 平穏さを見せながら、パンドラがかざした右手から漆黒の閃光を放つ。回避しきれないと察したソアラがラウンドシールドを展開する。

 だがパンドラの力はあまりにも強力で、ソアラの発した障壁が打ち破られ、閃光が彼女を飲み込んだ。

「ソアラ!」

「アレン・・ゴメンね・・・」

 叫ぶアレンに向けて弱々しく言い残すソアラ。閃光が治まったその場所には、身構えた体勢のまま色を失くして固まったソアラの姿があった。

「ソアラ・・ゴメン・・・すぐに、助けるから・・・」

 アレンは歯がゆさを押し殺して、冷静にパンドラの動きを伺う。パンドラは次の標的を求めて視線を巡らせていた。

「次はお前だ。その力は、私を脅かしかねない・・」

 パンドラは低く告げると、明日香に向けて閃光を放つ。明日香が横に回避を取るが、全力全開の一点集中を行ったため、彼女の動きが鈍っている。

「その動きでは、私から逃れることはできない・・」

 パンドラがさらに漆黒の閃光を放つ。体勢の整わないところを狙われ、明日香が危機感を覚える。

「明日香!」

 そこへラックスが飛び出し、明日香を横に突き飛ばす。明日香を庇ったラックスが、漆黒の閃光に巻き込まれる。

「ラックス!」

「明日香・・後は、任せたから・・・」

 明日香の眼の前で、ラックスが微笑んで言いかける。明日香に全てを託して、ラックスもパンドラの時間凍結にかかって固まってしまう。

「ラックス・・ゴメン・・私のために・・・!」

 ラックスの思いを胸に宿し、明日香がパンドラを見据える。

「アレン、健一、ここまで来たら、やれるだけやってみよう・・向こうだって、ずい分追い込まれてるはずだから・・」

 明日香の呼びかけにアレンと健一が頷く。

「状況は一進一退の拮抗した攻防。正確にはどっちも追い込まれていると言ったほうが正しい。」

「けどオレたちは突き進む。その先にオレたちの未来があるっていうなら、切り開いて駆け抜けるだけだ・・・!」

 アレンと健一も続けて決意を告げて、それぞれストリームとラッシュを構える。だが明日香もアレンも、デバイスと併用してのフルドライブ攻撃を使用したため、心身が限界に達しようとしていた。

(オレがやらずに誰がやる・・オレが未来を開かなきゃ、えりなも玉緒も助けられねぇんだ・・・!)

 いきり立った健一がパンドラに向かって飛びかかる。

「自ら無に還りに来たか・・」

 パンドラが右手をかざし、健一に狙いを定める。その手から漆黒の閃光が放たれるが、健一は構わずに真っ直ぐ向かってきた。

Drive charge.

 健一の魔力がラッシュに装てんされる。その刀身から強い光が放たれる。

Pressure strush.

 健一の全力を注ぎ込んだ一閃が、パンドラの時間凍結の光を両断する。その猛攻にパンドラが眼を見開く。

 プレッシャーストラッシュは健一の眼前の地面をえぐり、パンドラを突き飛ばす。彼女の力が徐々に弱まってきていると、アレンは直感していた。

「押し切ろう・・えりなも玉緒も、それを望んでるから・・」

 明日香も負けじとウンディーネを構え、パンドラを追い込もうとしていた。

 

 天上にきらめく輝きをじっと見上げるえりなと玉緒。その光明が未来を切り開く奇跡の扉であると、2人とも信じていた。

「玉緒ちゃん、パンドラを止める方法はない?」

「えっと・・実はよく分かんないんだよね・・でもやってみるよ。方法がなくても見つけ出す・・・!」

 えりなの問いかけに、玉緒は真剣な面持ちで答える。

「そうだよね、玉緒ちゃん・・奇跡は起こるものじゃない。起こすものなんだから・・・」

「うん・・奇跡を起こす・・起こしてみせる・・・!」

 互いに決意を告げて、えりなと玉緒が暗闇を照らす光明に手を伸ばす。そして玉緒は、その輝きに向けて思念を送り込む。

(お願い・・パンドラ・・・止まって・・・)

 強く思念を送り込む玉緒の視界が、パンドラの視界と直結する。彼女の眼にも、パンドラが見つめているものが映し出される。

(パンドラ、お願い。これ以上、みんなを傷つけるのはやめて・・あたしのいうことを聞いて・・・!)

 玉緒が強く念じると、明日香たちに向けて魔力を解放しようとしていたパンドラの動きが止まった。

 

 明日香たちに向けて猛威を振るおうとしていたパンドラが、突如体に違和感を覚える。体と力を思うように動かせず、その動きがぎこちなくなる。

「な、何だ・・何が起こったんだ・・・!?

 その異変にアレンが眉をひそめる。パンドラの動きが千鳥足となり、姿勢を保てないでいる。

「そんなことが・・・主が、私を御するなど・・まだ、希望を抱いている・・・」

 パンドラが自分の宿主である玉緒の活性化に驚愕する。

“ヴィッツ、アクシオ、ダイナ、明日香ちゃん、健一くん!”

 そのとき、明日香たちの脳裏に玉緒の声が響いてきた。

「た、玉緒!?・・ホントに玉緒なの!?

 玉緒の声にアクシオがたまらず周囲を見回し、その視線をパンドラに向ける。

「玉緒はまだ、パンドラに完全には支配されていなかったんだ・・・!」

 パンドラを制御しようとしている玉緒の存在を確かめるダイナ。

“思念を送って、パンドラを何とか抑えることができたけど、追い出すまではできません!しかもこのままパンドラを抑えるのも時間の問題です!”

「玉緒・・・」

 玉緒の声にアクシオが戸惑いを覚える。

“明日香ちゃん、ヴィッツ、あたしのことは気にしないで!あたしに向かって、全力全開の攻撃をぶつけて!”

「なっ・・!?

 玉緒の申し出に、アレンを除く全員が驚きの声を上げる。

「ダ、ダメだよ、玉緒!全力全開って・・そんなのぶつけたら、玉緒までバラバラになっちゃうよ!」

“アクシオ、あたしは大丈夫。あたしはこれでも頑丈だと自慢したいくらいなんだからね。”

 心配の声を上げるアクシオに、玉緒が優しく語りかける。それでもアクシオは悲痛さを抑えられないでいた。

“あたしはみんなを信じてる。だから、みんなもあたしを信じて・・えりなちゃんも、あたしを信じてるから・・・”

「えりな!?・・玉緒、えりなもそこにいるのか!?

 玉緒の言葉に健一が声を荒げる。パンドラに意識を向けると、彼はその中からえりなの気配を感じ取った。

「ホントだ・・えりながパンドラの、玉緒の体の中にいるぞ!」

「えっ!?・・本当だ・・しかし変だ。えりなはパンドラの時間凍結で・・・」

 健一の声にアレンもえりなの気配を感じ取るが、時間凍結されている彼女に対して疑念を感じていた。

“明日香ちゃん、アレンくん、健一、聞こえてる!?

 そのとき、続いてえりなの声が明日香たちの脳裏に響いてきた。

「間違いない・・えりなだ・・だけどどうして!?君はパンドラの時間凍結で、一歩も動けないはずなのに・・それがどうして玉緒の中に・・・!?

 えりなの存在を確信するも、未だに疑念を抱えているアレン。

“私も何がどうなってるのかよく分からないよ・・ただこれだけは分かる。カオスコアである私だから、こうして心までは止められなかったみたいで・・”

「そうか・・えりな、いったん玉緒の体から出ることはできないか・・?」

 えりなから事情を聞いたアレンの呼びかけに、えりなだけでなく、明日香と健一も驚く。

「時間凍結を受けてから時間が経過している。カオスコアの魔力も十分回復しているはず。その状態で体に戻れば、自力で時間凍結を破れるかもしれない・・」

“それは、やってみないと分かんないけど・・とりあえずやってみるよ・・あ、でも、それじゃ玉緒ちゃんが・・・”

 アレンの指示に従おうとしたが、えりなは玉緒を気にかけてそれを躊躇する。だが玉緒は微笑んで首を横に振る。

“あたしなら大丈夫だよ。今のあたしは1人じゃない。1人じゃないから、奇跡だって何だって起こせる気がしてくるよ・・”

 えりなに向けて励ましの言葉をかける玉緒。彼女はえりなたちを信じる意味で、あえて自分の中に心を留めようとしていた。

 だが、その玉緒の手をつかんで、えりなが移動を始める。

「えっ!?えりなちゃん!?

 突然のことに玉緒が驚きを見せる。

「一緒に頑張ろう、玉緒ちゃん♪こういうときは1人よりもみんな一緒、だよ♪」

「えりなちゃん・・・」

 明るい笑顔を見せて玉緒に言いかけるえりな。

「やっぱり、玉緒ちゃんを1人で残していくなんて、私にはできない・・ムチャクチャだけど、そっちのほうがいいと思う・・・」

「・・相変わらずっていうのか、えりなちゃんらしいっていうのか・・アハハハ・・・」

 えりなの真っ直ぐな気持ちを垣間見て、玉緒も笑顔を見せた。

 

 パンドラの支配から逃れた玉緒を連れて、アレンの指示を受けて移動を開始したえりなの精神。その精神が、時間凍結を受けて固まっていた彼女の体に戻る。

 すると色を失くしていたその体からまばゆいばかりの光があふれてきた。

「こ、これは・・・!?

 その変貌に健一が驚きを膨らませる。やがて光が弱まり、えりなの姿が明確になっていく。

 その姿はこれまでのえりなのものではなかった。バリアジャケットも通常時やカオスフォームと異なり、きらびやかで鮮明、カラフルな装飾が施されている。背からは黒い右翼と白い左翼が生えて広がっていた。

 玉緒の精神との融合によって実現したえりなの奇跡の新形態「ミラクルフォーム」である。

Miracle form,awakening.

 

 

次回予告

 

開かれた奇跡の扉。

続いていく未来への道。

絶望と悲劇に満たされた闇に安らぎをもたらすもの。

それは諦めない心。

そして途切れることのない優しさ・・・

 

次回・「秘めたる想い」

 

奇跡が起きるとき、旅は終局を迎える・・・

 

 

作品集

 

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