魔法少女エメラルえりなMiracles
第10話「奇跡の扉」
パンドラの脅威に悪戦苦闘していたえりなたちの前に現れたのは、復活した三銃士だった。それぞれの決意を胸に、ヴィッツたちはパンドラと対峙する。
だがパンドラは驚きを見せず、顔色ひとつ変えてはいなかった。
「三銃士か・・だがもはや遅い・・お前たちの愛した私の主は死に、今や私の宿主と成り果ててしまった・・悲しみと絶望だけを残し、私の力を増幅させている・・・」
「違う!玉緒はまだ死んではいないわ!」
低く告げたパンドラの言葉を、アクシオが一蹴する。
「玉緒はまだ生きてる!あたしたちが呼びかければ、絶対に玉緒は答えてくれる!」
「そうだ。私たちには分かる。玉緒の心の声が、私たちの心に伝わってきている・・・」
アクシオに続いて、ヴィッツも言い放つ。だがパンドラには彼女たちの気持ちは伝わっていなかった。
「主の心は私とともにある。主の声は、私の心にしっかりと届いている。悲しみ、苦しみ、絶望・・その連鎖を断ち切ることが、主の願いであり、私の果たすべき務め・・・」
パンドラは低く淡々と告げると、アクシオとえりなに向けて衝撃波を放つ。だが飛び降りてきたダイナの振り下ろしてきたヴィオスによって、衝撃波が断裂される。
「お前の聞いている声は、本当に玉緒の声なのか・・・!?」
ダイナが言い放ち、パンドラを鋭く見据える。
「お前は今、玉緒と最も近い位置にいながら、彼女の声をまるで聞いていない。彼女の本当の願いに耳を貸さず、ただ単に己の負の感情を暴走させているだけ・・!」
「私は主の絶望を受けて力を発している。今の私の力は、主の絶望そのものなのだ・・・」
ダイナの呼びかけに対しても、パンドラは考えを改めない。
「たとえお前たちであろうと、私と主を阻むならば容赦はしない・・・」
パンドラは全身に力を込めて魔力を解放する。彼女の周囲がその奔流に巻き込まれて崩壊を引き起こす。
「ダイナ、行くぞ!アクシオ、えりなが回復するまで盾となれ!」
「分かったよ!あたしもえりなを回復させておくから!」
ヴィッツの呼びかけにアクシオが頷く。ヴィッツとダイナが散開して、パンドラを挟み込む形に移動する。
(玉緒・・お前にこんな思いをさせてしまったのは私たちだ。どんな償いをしても、おそらくこの罪は消えないだろう・・)
(だがもし、玉緒が受け入れてくれるなら、オレたちは玉緒のために戦いたい。命を賭けるようなことはしない。オレたちがいなくなったら、玉緒が悲しむからな・・)
ヴィッツとダイナが胸中で想いを呟く。今の彼らを突き動かしていたのは、間違いなく玉緒への想いだった。
「私たちのこの願い、全力で届ける!」
“Drive charge.”
ヴィッツたちの心に呼応して、ブリットとヴィオスにそれぞれ彼女たちの魔力が装てんされる。威力を増したデバイスから、膨大な輝きがあふれ出す。
「天刃波!」
「ダイナブラスト!」
ヴィッツとダイナがそれぞれの剣を振りかざし、光刃を放つ。2つの光刃はパンドラを左右から挟み撃ちにして、強烈な爆発と轟音を巻き起こす。
攻撃は直撃した。だがヴィッツたちに安堵はなかった。それは玉緒を傷つけてしまった責任感だけでなく、パンドラの動きを止められたかどうか怪しかったからだった。
そのとき、即座に身構えたダイナが腹部に痛烈な打撃を叩き込まれた。苦悶の表情を浮かべた彼の眼前には、平然としているパンドラの姿があった。
「ダイナ!」
ヴィッツが叫んでダイナに向かって駆け出す。それに気付いたパンドラが衝撃波を放ち、ダイナを突き飛ばしてヴィッツに衝突させる。
「ダイナ!ヴィッツ!」
健一がたまらずパンドラに向かって飛びかかる。パンドラが放った時間凍結の閃光を、健一は横に飛び退いて回避する。
「くそっ!これじゃ攻められない・・!」
全身から魔力を放出させているパンドラに対して、健一が毒づく。パンドラはヴィッツとダイナの全力を受けても平然としているように見えた。
だが確実にものともしていないわけではなかった。パンドラは攻撃を受ける直前に両手からシールドを展開していた。彼女が初めて防御に出たのである。
(パンドラは確かに高い能力を持っているけど、無敵じゃない。全身からあふれてきている魔力が常にフィールドバリアとして機能している。だから僕たちの攻撃の直撃を何度も受けても、平気でいられたわけだ・・)
アレンはパンドラの能力を見出し、打開策を練り上げていく。そして彼は、カオスフォームとなったえりなの分析データを思い返す。
(ヴィッツとの戦いの際に分析されたえりなのカオスフォームのデータ。彼女の攻撃には、障壁破壊、バリアブレイクの効果が伴っていた。カオスフォームなら、パンドラに対して優位に戦える・・・!)
思い立ったアレンがえりなに眼を向ける。えりなはアクシオの回復魔法「リカバリー」によって、魔力を回復させていた。
(えりな、パンドラの体には、常にフィールド系障壁が展開されている。えりななら、障壁を無力化することかできる。)
(アレンくん!・・うん、分かった。やってみるよ。)
アレンが念話を送ると、えりなは彼に眼を向けて頷く。アクシオがえりなの回復を終えて、笑みを見せる。
「これで完治したはずだよ。聞いた話じゃ普通の人間と違うみたいだから、不安がないわけじゃないだけど・・」
「ううん、大丈夫。ありがとう・・本当に感謝しているよ・・・」
アクシオが不安を浮かべると、えりなが笑顔を見せて弁解する。えりなはパンドラに眼を向けて、ブレイブネイチャーを構える。
「それじゃ、仕切りなおしといきますか・・・カオスフォーム、セットアップ!」
“Chaos form,awakening.”
えりなの呼びかけにブレイブネイチャーが答える。彼女の姿が変化し、混沌のオーラをまとったカオスフォームとなる。
「私も玉緒ちゃんを助けたい。この気持ちを、玉緒ちゃんに伝えたい・・・!」
えりなは改めて決意を胸に秘めて、パンドラに向かって飛びかかった。
パンドラの暴走で被害を被った時空管理局本局だったが、その被害の修復と救助にひと通りの落ち着きが見られるようになってきた。その様子にクリスは安堵を覚えていた。
「クラウンさん、状況はどうなっています?」
オペレータールームを訪れたクリスがクラウンに問いかける。
「無限書庫前のエリアの火災の沈静は完了。他のエリアも間もなく沈静完了します。」
クラウンが各モニターとレーダーをチェックしながら答える。
「他の局員や部隊はどうなっていますか?」
「それが、パンドラの発した時間凍結の影響で、本局周辺とサイノンの空間が不安定になっています。こちらは時期に沈静化しますが、サイノンへの侵入には危険が伴います。」
「空間歪曲・・厄介なことになってしまいましたね・・せめてパンドラの魔力が弱まれば、空間が安定するのですが・・・」
状況の悪化にクリスが歯がゆさを覚える。
“本局オペレータールーム、応答してください!”
そのとき、オペレータールームに通信が飛び込み、クリスとクラウンが耳を傾ける。
“航空武装隊所属、高町なのは二等空尉です!”
「なのはさん!?」
通信の相手、なのはの声にクリスが思わず声を荒げる。
“現在、サイノン近辺にて待機しています。ですが空間歪曲のため、突入できない状態です。”
「常に空間を警戒して、いつでも突入できるよう、準備を整えておいてください。それで中の状況はどうなっているか、分かりますか?」
“今、えりなちゃんたちが中で戦ってます。三銃士のみなさんも一緒です。”
「そうですか・・周囲の地域に被害が及ぶ可能性があります。防衛ラインはこれから到着する武装局員に任せていますので、なのはさんは救助をお願いします。」
“了解しました。これより救助活動を行います。クリスさん、えりなちゃんたちをお願いします。”
なのはに指示を送ると、クリスは通信を終えた。そしてサイノンの交戦を映しているモニターに再び眼を向けた。
「他の局員の動きはどうなっていますか?」
「現在、テスタロッサ・ハラオウン執務官、八神はやて一等陸尉、守護騎士がサイノンに向かっています。」
クリスの呼びかけにクラウンがはやて、ヴォルケンリッター、そして時空管理局執務官、フェイト・T・ハラオウンの救援を報告する。
「彼らにも周囲の被害の鎮圧に協力するよう、呼びかけてください。パンドラはアレン執務官補佐たちが押さえてくれるはずです。今は周囲に被害を拡大させないことが最優先です。」
「了解です。出動した部隊にもそのように連絡します。」
クリスの指示を受けて、クラウンがサイノンに向かう各部隊への呼びかけを行った。
カオスフォームのえりなは、アレンの狙い通り、パンドラの発しているフィールドバリアを貫通させて攻撃を命中させていた。だがパンドラの戦闘能力は高く、えりなでも決定打を与えることができないでいた。
それはえりなとパンドラの力に大差がないだけではなかった。パンドラは玉緒の体を媒体にして活動している。玉緒を傷つけたくないという気持ちが無意識のうちに働いてしまい、えりなは全力で攻撃することを躊躇してしまっていた。
「まさか私を脅かすほどの力を発揮してくるとは・・だがためらいを宿したその刃では、私を倒すには力不足だ・・」
顔色を変えないパンドラが淡々と告げる。彼女を見据えながら、えりなが息を荒げていた。
(こんなに力があったなんて・・・このまま戦ってたら、スタミナ切れでこっちが負ける・・・!)
劣勢を感じながらも勝機を狙うえりな。
(もう出し惜しみをするのはダメ・・全力を、私の全部を出し切って、一気に終わらせる・・・!)
思い立ったえりながブレイブネイチャーの最大の形態を起動することを心に決める。
「ブレイブネイチャー、スピリットモード、イグニッション!」
“Spirit mode,ignition.”
えりなの呼びかけにブレイブネイチャーが答え、膨大な魔力の光を放出する。形状を変え、その先端に光刃が飛び出し、さらに柄が長く伸びて光の槍を形成する。
これがブレイブネイチャーのフルドライブモード「スピリットモード」である。
「これで玉緒ちゃんに、私の気持ちを届ける!」
“Soul blaster.”
えりなの想いを言い放つと、ブレイブネイチャーの光刃から膨大な閃光が解き放たれる。パンドラは防御は困難と判断して飛翔し、閃光を回避する。
だがこれは陽動だった。パンドラが飛び上がったのを見計らって、えりなはブレイブネイチャーの光刃をパンドラに向ける。
“Spirit rancer,drive charge.”
えりながパンドラに向かって飛びかかり、突進を仕掛ける。えりなの想いを込めて、まばゆいばかりに輝く光刃が飛ぶ。
えりなの特攻に虚を突かれるパンドラ。だがパンドラは身を翻して、その突撃をかいくぐる。
「えっ・・!?」
渾身の一撃をかわされて、えりなだけでなく、明日香たちも驚きを覚える。えりなはとっさにブレイブネイチャーを振りかざすが、とっさに出した一閃だったため、パンドラに難なくかわされる。
えりなとパンドラが着地して距離を取る。その中でえりなはカオスフォームの継続時間を気にして、焦りを覚える。
「私が諦めたら、玉緒ちゃんを呼び起こすことができなくなっちゃう・・だから、諦めることはできない!」
えりなはブレイブネイチャーに力を込めて、再び飛びかかる。パンドラが回避するのを視野に入れながら、彼女は全速力の突進を仕掛ける。
そのとき、えりなが発動していたカオスフォームが突然消失する。混沌の防護服が元に戻り、えりなは全力を発揮することができなくなる。
(そんな・・・!?)
「あっ!」
えりなが胸中で毒づき、明日香たちが驚愕の声を上げる。動きの鈍ったえりなに向けて、パンドラが右手を掲げる。
「私をここまで追い詰めたことは賞賛しよう・・だが、ここまでだ・・・」
パンドラは低く告げると、えりなに向けて漆黒の閃光を放つ。回避が間に合わず、えりなは閃光に飲み込まれる。
「えりな!」
健一がたまらず叫ぶ。彼の見つめる先で閃光が治まり、えりなが姿を見せる。
だが彼女は体の色を失くし、微動だにしなくなってしまっていた。彼女はパンドラの時間凍結によって、一定の時間の中で静止してしまっていた。
「えりな・・・!?」
健一はえりなの変わり果てた姿が信じられなかった。愕然となった彼はその場にひざを付く。
「これで、お前たちの希望は絶望に染まった・・お前たちもすぐに無に還してやろう・・」
パンドラは明日香たちに告げると、全身に力を込めて魔力を放出する。その衝撃に再び奮起して、健一がパンドラを見据える。
「これでは全員やられる・・いったん下がって体勢を整えよう!」
アレンが状況を分析して明日香たちに呼びかける。だが健一はラッシュを構えて、パンドラと真っ向からぶつかろうとする。
そんな彼を明日香が抱えて避難させる。
「は、放してくれ、明日香!あれじゃ、えりなが・・!」
「分かってる・・でも今はこらえて・・・!」
声を荒げる健一に、明日香が必死に言い聞かせる。すぐに飛び出したい気持ちは彼女も同じだった。だがこのまま飛び込めば、えりなの二の舞になりかねない。彼女はそう痛感していた。
距離を離してその岩場に降り立った明日香と健一。そこにはアレン、ラックス、ソアラ、そしてヴィッツたち三銃士の姿があった。
「明日香、大丈夫!?」
「うん。私と健一は大丈夫。でも、えりなが・・・」
ラックスの心配に明日香が答える。時間凍結をかけられているものは、滅多なことでは絶対に崩壊を起こさない。それがえりなに対するせめてもの救いだった。
「カオスフォームが通用しなかった・・後はもう、僕たちがやるしかない・・・」
アレンが低く告げると、ソアラが不安の面持ちを浮かべる。
「でも相手はえりなさんまで固めちゃったんだよ!あれだけの力を、私たちで押さえられるかどうか・・・」
「ソアラ、そんな弱腰になってたら、母さんやなのはさん、えりなに笑われるよ・・僕たちは、そう簡単に逃げたりしたらいけないんだ。」
「アレン・・・そうだね。ここで立ち止まっちゃったら、執務官失格だね♪」
アレンの励ましの言葉を受けて、ソアラが笑顔を取り戻す。アレンがそれを見て微笑んで頷くと、パンドラのいるほうへ視線を戻す。
「とにかく、パンドラをこのままにしておけば、このサイノンだけじゃない。周囲の地域にも被害が及ぶ・・」
「いや、パンドラはさらに魔力を暴走させている。このままでは、全世界にその猛威が及ぶことになるだろう・・」
アレンの言葉にダイナが付け加える。
「まさかお前と共同戦線を張ることになるとはな・・」
「僕もここで来るとは予想していなかったよ・・だが、これほどお前が頼もしく思えるのは、初めてのことかもしれない・・」
「オレもだ・・・」
互いの力を認めて結託の意思を見せ合うアレンとダイナ。
「ちょっと前まではケンカになっちゃったけど、こっから先は力を合わせられそうだね。」
「そうだね。こんな状況だっていうのに、負ける気がしないのが不思議だよ・・・」
アクシオの言葉に明日香が笑みをこぼす。ラックス、ソアラ、ヴィッツもパンドラの放つ漆黒のオーラをじっと見つめていた。
(私は救わなくてはならない・・玉緒を、そして玉緒を救おうとパンドラの魔手にかかってしまったえりなを・・)
玉緒とえりなを思い、ヴィッツはブリットをじっと見つめる。
「私たちの未来を築くためにも、ここは絶対に敗北は許されない・・ブリット、お前もそう思うだろう・・・?」
“Yes,my master.”
ヴィッツの口にした決意にブリットも答える。その柄を強く握り締めて、彼女はこの場にいる全員を告げた。
「ここで力を合わせろと言っても、素直には受け入れられないことは分かっている。だがこの時が、全員が力を合わせる時だということは、誰もが自覚しているはずだ・・」
ヴィッツの呼びかけに明日香たちが何も言わずに頷く。
「それぞれの決意を今、奇跡の扉を切り開くために・・・!」
ヴィッツのこの言葉が引き金となった。明日香たちは迫り来るパンドラの迎撃に備えた。
パンドラの魔力を受けて、固定された時間に留まっていたえりな。だがカオスコアを媒体にして活動している彼女の精神までは時間凍結の影響をさほど受けていなかった。
一糸まとわぬ姿の精神体。えりなはその心の空間の中で意識を取り戻した。
(ここは・・・そうだった・・私はパンドラに時間を止められて・・・)
記憶を巡らせて、自分の身に起きたことを思い返すえりな。
(でも、私はまだ・・・私がカオスコアだから・・・)
自分の心身と今の状況を確かめて、えりなは自分の両手を握り締める。
(ダメ・・やっぱり体の自由が利かない・・私の時間が止まって、全然ここから動くことができない・・・これが、時間凍結なんだね・・・)
“本当はもっと不自由になるものなんだけどね。”
そこへえりなの中にあるカオスコアがえりなに語りかけてきた。
“時間凍結にかかったら、かけたヤツが解かない限りはまずはそこから動けない。いくらカオスコアの私でも、この時間凍結を解くのはムリだよ。”
(あなたでもムリか・・これは本当に参っちゃったね・・・)
カオスコアの言葉を聞いて、えりなが物悲しい笑みを浮かべる。
(でも、何とかしないと・・明日香ちゃんや健一が危ないし、玉緒ちゃんだって・・・)
“何とかできるなら最初からそのつもりになってるよ。それができないから弱ってんじゃないのよ。”
えりなの意気込みをカオスコアが揺さぶる。
“せめて術者の力が弱まれば、自力で打ち破れないこともないんだけど・・・”
(力が弱まれば・・・明日香ちゃんたちが・・・)
カオスコアの言葉を聞いて思い立つえりな。だがすぐに気持ちを切り替えて首を横に振る。
(ダメダメ!明日香ちゃんたちに甘えるのは、本当にわたしだけじゃどうにもならないときだけ・・・!)
“・・あなたならそう考えるだろうと思ってたよ・・・”
えりなの言葉にカオスコアが呆れた素振りを見せる。
“それで、これからどうするのさ?時間凍結されている私たちにやれることなんて、ホントに限られてるんだからね。”
(それでも何とかしなくちゃいけない。玉緒ちゃんを助けなくちゃいけない・・私のこの気持ちを、ちゃんと伝えなくちゃいけない・・・)
カオスコアの言葉を受け入れつつ、えりなは決意を揺るぎないものとする。
打開の糸口を探ろうと、えりなは自分の心の空間をさまよっていく。その中でよぎってくるビジョンに、彼女は沈痛さを募らせていく。
(これが、私の心の中にある、私の記憶・・・)
心の奥底に内在している記憶。それは楽しくかけがえのないものもあれば、辛く忌まわしいものもあった。
父、雄一の事故。シエナとの別れ。アレンとの衝突。自分がカオスコアであったことを知ったときの驚愕。明日香の兄、篤との対立。
様々な悲しみがえりなの精神に流れ込んできていた。
(これが、私が経験してきた悲劇・・思い返しちゃうと、やっぱり辛くなっちゃうな・・・)
数々の悲劇を垣間見て、物悲しい笑みを浮かべるえりな。その中で彼女は、ひとつの小さな輝きを見つける。
それは新たな道を進む決心をした夜のえりなと健一の姿だった。
「オレは自分自身の答えを見つけることができた気がしてるんだ。だからつかみかけたその答えの糸をさらに引っつかんで、昇っていきたいんだ・・」
「・・健一だったら、どんな道だってきっと進んでいけるよ・・・」
そのとき、えりなと健一は互いの将来を語り合っていた。その光景を目の当たりにして、えりなは戸惑いを覚える。
「オレに守りたいものができた。そいつを守りたいから、魔導師を目指そうって思ったんだ・・・」
健一の決意を改めて聞いて、えりなは喜びを覚える。
「えりな、もしどうしてもダメだってときはオレに頼りな。オレがすぐに駆けつけて、あっという間に事件を解決してやるからさ。」
「もう、また見栄張っちゃって・・でも・・・ありがとう・・・」
健一の呼びかけを聞いて、えりなは感謝の言葉をかける。その光景を改めて眼にして、えりなは揺るぎない想いを確かめる。
(健一、あなたは私に言ってくれた。私が頼りにしたときには、健一が駆けつけるって・・・)
健一の想いを感じ取って、えりなは自分の胸に手を当てる。
(今は健一のために、私が何とかする・・・せめて、玉緒ちゃんと心を通わせることができれば・・・)
思い立ったえりなは、玉緒に対して意識を傾けた。
(お願い、玉緒ちゃん・・どうか、心を開いて・・・!)
願いを強く込めたとき、えりなの眼前に再び輝きが現れた、えりなはその輝きに向かって手を伸ばした。
漆黒に染まった虚無の世界。その中を玉緒は漂っていた。
深い眠りについていた玉緒は、ふと意識を取り戻した。ゆっくりと眼を開いて、彼女はその漆黒の世界を目の当たりにする。
(・・・あれ・・・あたし・・・)
まだ意識がはっきりしておらず、玉緒は半ば混乱していた。そのため、今自分に置かれている状況がよく分かっていなかった。
(・・・もしかして、あたし・・死んじゃったの・・・?)
玉緒はおもむろに、自分が命を終えたものと思っていた。
(・・ということは、ここは天国?・・それとも地獄・・・?)
絶望感を募らせて、玉緒が物悲しい笑みを浮かべる。
(・・参っちゃったかな・・きっとみんな悲しんでるよね・・・)
悲しみにさいなまれた玉緒の眼から涙があふれてくる。
(ヴィッツ、アクシオ、ダイナ、姫子ちゃん、広美ちゃん・・えりなちゃん、明日香ちゃん・・・えっ・・・?)
親しい人たちを思い返したとき、玉緒はえりなと明日香を思い返して疑問を覚える。
(・・どうして、えりなちゃんと明日香ちゃんが・・ヴィッツたちを・・・)
ヴィッツたちに対するえりなと明日香の言動。その事情と真意を知らない玉緒には、えりなたちの行動が理解できなかった。
(誰か教えてほしい・・もちろん、ヴィッツたちは優しいっていうのは分かってる。誰かに恨みを買うなんて信じられない。でも、えりなちゃんも明日香ちゃんも、優しい友達だって言うのも分かってる・・・)
湧き上がる疑問と秘められている信頼が錯綜し、玉緒はどうようもない葛藤にさいなまれていた。
(ヴィッツたちも教えてくれなかった・・何かをしていたことは間違いない・・それが私のためであると、私は信じている・・でもそれが、私がみんなに迷惑をかけてると思わせていて、嬉しいけど辛い・・・)
歯がゆさを覚えて、玉緒は自分の胸に手を当てる。込み上げる不安で、彼女の体が小さく震えていた。
(みんなのためにも、私は知らなくちゃいけない・・みんなのことを。みんなが何していたのか・・・)
徐々に決意を強めて、真剣な面持ちを浮かべる玉緒。そこでようやく自分がいる場所がどういうものなのか把握して、再び不安を募らせる。
(何もない・・ホントに何もない・・・どういうことなの・・・!?)
驚きを膨らませて周囲を見回す玉緒。彼女のいる場所は何もない虚無の空間だった。
(何とかしないと・・どこか、外に出られる場所があればあれば・・・)
玉緒は慌しく、外に通じる何かを探す。だが周囲のどこを探してみても、それらしき場所は見当たらない。
玉緒は捜索範囲を広げて移動を始める。まるで無重力の中にいるようだと、彼女は胸中で囁いていた。
(お願い。どこかにみんなに続いている道があるなら、そこまで導いて・・・)
前に進んでいくに連れて、願いを強めていく玉緒。絶望の中にある希望を信じて、彼女はさらに進んでいく。
しばらく進んでいったときだった。彼女の眼の前に、一条の小さな輝きがきらめいていた。
(あの光・・もしかして、外に出られる光かもしれない・・・)
その輝きに希望を託すかのように、玉緒は一気に加速していく。
(お願い・・外に通じていて・・みんなのところにつながっていて・・・!)
玉緒はその輝きに向かって手を伸ばした。その手が輝きに中に入り込んだ。
そのとき、玉緒は何かを握ったような感覚を覚える。自分と同じ小さな子の手と握り合っているのを。
(この手・・触れた覚えがある・・・)
その感覚に玉緒は思い立つ。やがて彼女が見つめている輝きがそのきらめきを弱めていく。
その先にいたのは、玉緒が触れていたのは、一糸まとわぬ姿のえりなだった。
(えりなちゃん!)
えりなを見つけて、玉緒は心を声を上げていた。
次回予告
触れ合った心。
引き寄せられた魂。
つながった2人の少女の思いは、希望の架け橋となって紡がれる。
強く輝く願い。
それは、心の叫びとなって駆け上る。
突き抜けて、みんなの願い・・・