魔法少女エメラルえりなMiracles
第8話「偽りの希望」
玉緒の病室にて、日常での姿で対面したえりなたちと三銃士。双方、このような形で対面することになると予期しておらず、動揺を表に出さないように必死だった。
どんな言葉を出せばいいのか分からずにいるえりなとヴィッツ。その重い沈黙を打ち破ったのは、その様子にきょとんとなっている玉緒だった。
「どうしたの、ヴィッツもえりなちゃんも・・?」
玉緒が声をかけるが、えりなもヴィッツも、明日香もアクシオもダイナも沈黙を破らない。この状況をギクシャクしたものと感じ取り、玉緒が取り計らう。
「みんな、あたしのクラスの友達の、えりなちゃんと明日香ちゃん。えりなちゃん、明日香ちゃん、みんなはあたしの親戚で・・」
だがえりなもヴィッツも互いを見据えたままだった。
「お前・・どうしてここに・・もしかして、玉緒を・・!?」
「私は玉緒ちゃんの友達だよ。玉緒ちゃんには何も・・!」
鋭く問い詰めてくるヴィッツに、えりながとっさに弁解する。だがヴィッツは聞き入れようとしない。
「玉緒には指一本触れさせはしない・・彼女を救うため、私は、今度こそお前を!」
いきり立ったヴィッツの覇気を感じ取り、えりなが緊迫を覚える。ブリットを起動させ、ヴィッツがえりなに迫る。
「ブレイブネイチャー!」
病室から外に突き飛ばされると同時に、えりなはブレイブネイチャーを起動させ、バリアジャケットを身にまとう。追ってきたヴィッツを見据えつつ、えりなは空を飛翔する。
「ヴィッツ!」
アクシオが外に飛び出したヴィッツに呼びかける。そしてダイナとともに病室を飛び出し、ヴィッツを追っていった。
「えっ?えっ!?これって、どういう・・・!?」
この突然の事態に玉緒が驚愕を覚えていた。明日香は冷静に窓から外を見据え、玉緒に呼びかける。
「玉緒、詳しい話は後でするから・・・」
「明日香、ちゃん・・・!?」
明日香の告げた言葉に玉緒が当惑する。彼女の眼の前で、明日香はウンディーネを手にして、起動させる。
そのまぶしさに眼を背けてしまう玉緒。視線を戻した先には、バリアジャケットを身にまとい、ウォーティーフォームのウンディーネを手にした明日香の姿があった。
その姿と変化に、玉緒は言葉をかけられないでいた。明日香は外を見据えながら、困惑している玉緒に言いかける。
「玉緒、えりなと一緒に、すぐに戻るから・・・」
明日香はそういうと、えりなを追って窓から外に飛び出した。その後ろ姿を、玉緒は見つめることさえできなかった。
(えりなちゃんと明日香ちゃんが・・これは、どういうことなの・・・!?)
玉緒は胸中で疑問を広げていた。えりなや明日香も魔法やその類に関わりがあり、しかもヴィッツたちと対立している。その理由とこの現状が分からず、玉緒は混乱に陥っていた。
そんな病室を、遅れてお見舞いに来た姫子と広美が訊ねてきた。
「あれ?えりなと明日香がいない・・どうしたっていうのよ・・・」
姫子が疑問を投げかけるが、玉緒は動揺しきってしまい、何も答えられないでいる。
「玉緒ちゃん、ここで何があったの・・えりなちゃんと明日香ちゃんは・・?」
広美が困惑を覚えながら問いかけると、玉緒はようやく2人に気付いて言葉をかける。
「姫子ちゃん、広美ちゃん・・えりなちゃんと明日香ちゃんが・・・」
玉緒が切り出した言葉に、姫子と広美が不安を覚える。
(もしかしてえりなと明日香、玉緒の前で魔法を使ったんじゃ・・・!)
姫子が胸中で思い立ったときだった。
突然、玉緒が胸を押さえて苦悶の表情を浮かべる。その異変に気付いて、姫子と広美が近寄る。
「どうしたの、玉緒ちゃん!?苦しいの!?」
広美が呼びかけるが、玉緒は苦痛にうめくばかりで答えることができないでいる。
「広美、先生を呼んできて!早く!」
「う、うんっ!」
姫子の呼びかけを受けて、広美が病室を飛び出す。玉緒を蝕んでいた心臓病が、本格的に彼女の命を脅かし始めていた。
病院を飛び出し、えりなと交戦していたヴィッツ。ヴィッツは結界を展開して、周囲と自分たちを完全に隔離させていた。
「ヴィッツさん、どうして玉緒ちゃんと・・・!?」
えりなが問いかけると、ヴィッツはブリットの切っ先をえりなに向けて答える。
「私たちは玉緒に救われた。その彼女の恩義に応えるため、私は戦場に身を投じているのだ・・・」
「そんなの、違うよ・・玉緒ちゃんが、ヴィッツさんたちに戦ってほしいなんて願うなんて・・・」
「それは分かっている!玉緒が私たちがこんな戦いを望んでいないことも分かっているし、私たちとてこのような戦いは本望ではない!」
「だったらどうして・・!?」
「お前も時空管理局と関わりがあるなら、わずかながらも分かるはずだ。パンドラスフィアには、集めた者の願いを叶える奇跡の力が宿っている。私たちはパンドラスフィアを集め、玉緒を救わなければならないんだ!」
感情をあらわにするヴィッツの言葉に、えりなは困惑を覚える。
「玉緒ちゃんに、何が・・・!?」
「玉緒は不治の病を患っている。このままではいずれ、彼女は命を落としてしまう・・もはやパンドラスフィアの力を借りる以外に、私たちには彼女を救う術がないのだ!」
ヴィッツがえりなに呼びかけたところで、彼女を追ってきたアクシオ、ダイナが到着する。
「アクシオ、ダイナ、行こう・・もう一刻の猶予もない。何としてでも、パンドラスフィアを・・・!」
ヴィッツが言いかけると、ダイナがヴィオスを振りかざして、えりなに向けて炎の刃を飛ばす。えりなはとっさに飛翔して、その攻撃をかわす。
だがそこには、アクシオが設置させておいたフリーズケージがあった。その包囲に取り込まれたえりなが氷付けにされ、氷塊の中に閉じ込められてしまう。
「えりな!」
そこへ明日香が駆けつけ、ヴィッツたちがさらに身構える。ここで余計な力を消費するわけにはいかないと判断し、ヴィッツは次の行動を模索する。
「行くぞ、アクシオ、ダイナ・・・!」
「うんっ!」
「あぁっ!」
ヴィッツの呼びかけに、アクシオとダイナが語気を強めて頷く。3人は転移魔法を使い、この場を離れた。
えりなが氷塊から脱出したときには、三銃士の姿はその場にはなかった。
「まさかヴィッツさんたちが、玉緒ちゃんと一緒にいたなんて・・・!」
「3人はどこに・・・管理局に行けば、何か分かるかもしれない・・・」
固唾を呑むえりなに、明日香が落ち着きを保ちながら言いかける。えりなはそれに頷くと、リッキーに念話を送る。
(リッキー、ゴメン・・話は管理局に言ってから聞くよ・・)
“僕もえりなちゃんたちの状況を把握しているよ。僕もいったん管理局に向かうよ。”
リッキーとの通信を終えると、明日香とともに管理局本局に向かった。
時空管理局も、えりなたちと対面した三銃士の魔力反応を察知していた。この警戒態勢の中へ、えりな、明日香、リッキー、ラックスが到着した。
えりなたちが駆けつけた司令室には、アレン、ソアラ、健一、クリス、エースの姿もあった。
「アレンくん・・ヴィッツさんたちは・・!?」
「えりな!・・こっちにとっても突然の事態で、エース提督が指揮を執ってくれているよ・・」
えりなが声をかけると、アレンが笑みを見せて答える。彼の言うとおり、エースが臨時の指揮を執っており、局員やオペレーターに呼びかけていた。
「それで、アイツらはどこに向かったのよ・・・!?」
「こっちも探してはいるんだけど、まだどこにいるのかは・・」
ラックスが訊ねると、ソアラが深刻な面持ちを浮かべて答える。オペレーターが捜索を続けているが、三銃士の行方が分かっていない。
そのとき、司令室のレーダーが三銃士の反応を捉えた。
「三銃士の行方、判明しました!」
報告するクラウンにエースが歩み寄る。
「3人の場所はどこだ?」
「それが・・本局47ブロックです!」
クラウンの告げた言葉にこの場が騒然となる。三銃士が、この時空管理局本局に侵入してきていた。
えりなと明日香に玉緒との同居を知られてしまったヴィッツたちは、これまでの目的であったパンドラスフィアを奪還するため、時空管理局本局に侵入していた。彼女たちは自分たちが置かれている苦境をひしひしと感じ取っていた。
既に玉緒にも管理局の監視が及んでいるに違いない。ヴィッツたちは帰るべき場所に帰ることもできなくなっていた。全ての退路を絶たれた今、自分たちがすべきことはパンドラスフィアを手に入れることだけ。彼女たちはそう悟っていた。
ヴィッツたちの侵入に、管理局の武装局員たちがすぐに迎撃体勢を取ってきた。だが彼女たちはそれに臆することなく、局員の包囲網を突破してパンドラスフィアの行方を追った。
「アクシオ、パンドラスフィアはどこにあるか、分かったか!?」
「ヴィッツ、ダメだよ!パンドラスフィアの魔力が全然感じない!どっかに厳重に保管されてると思うよ!」
ヴィッツの呼びかけにアクシオが切羽詰った心境で答える。その間にも局員が次々と彼女達を拘束すべく迫る。
「ヴィッツ、アクシオ、お前たちはパンドラスフィアの捜索を続けろ!ここはオレが押さえる!」
「ダイナ!?」
局員の前に立ちはだかるダイナの呼びかけに、アクシオが声を荒げる。だがダイナはその反応を気に留めずに続ける。
「アクシオ、この本局で重要機密を取り扱う保管庫がどこか分かるか!?」
「えっ!?・・えっと・・時空管理局のデータベースを取り扱ってる場所なら、無限書庫が・・・!」
「ならヴィッツ、アクシオを連れて無限書庫に向かえ、パンドラスフィアを見つけられなくとも、管理局に関する情報は得られるはずだ!」
「でも、それじゃダイナが・・・!」
「今オレたちがしなければならないことは、パンドラスフィアを集め、玉緒を救うことだろ!」
言い放つダイナにとがめられ、アクシオが息を呑む。自分たちがすべきことを、彼女は再認識させられたのだ。
「オレのことは構うな!アクシオ、ヴィッツ、お前たちはパンドラスフィアを手に入れるんだ!オレもすぐに追いつく!」
「ダイナ・・・分かった。お互い、無事でいることを信じているぞ!」
仲間を局員から守るために立ち上がるダイナの意思を受け止めて、ヴィッツはパンドラスフィアを追うことを心に決めた。
「アクシオ、行くぞ・・ダイナの意思をムダにしてはいけない・・!」
「ヴィッツ・・うん・・・」
ダイナの決意に困惑を見せるも、アクシオもその意思を汲んで、ヴィッツとともにこの場を離れた。続々と駆けつける武装局員たちの前に、ヴィオスを構えるダイナが立ちはだかった。
「ここから先へは行かせないぞ・・向かってくるなら、全てを賭けてかかって来い・・!」
「だったら僕が相手をするよ。」
そのとき、局員たちをかき分けて、ストリームを手にしたアレンが現れた。
「アレン執務官補佐・・」
当惑を見せている局員たちに、アレンがダイナを見据えたまま呼びかける。
「残りの三銃士は、2人の魔導師が向かっています。あなたたちは体勢を立て直してください。ソアラ、みなさんをお願い。」
「うん。任せといて。」
アレンの指示を受けてソアラが答え、部隊をひとまず戦線から退かせた。その廊下には対峙するアレンとダイナだけとなった。
「あくまでオレと決着を付けたいということなのか・・・」
「僕は自分の受けた任務を果たすために、君と戦う・・みんなのために、僕自身のために・・・!」
互いに低い声音で言いかけるダイナとアレン。2人はそれぞれの刃を構えて飛びかかった。
激しい胸の苦痛にさいなまれた玉緒に、病院は騒然となっていた。彼女を救うべく、医師たちが全力を注いでいた。
その生死の境をさまよう中で、玉緒は不安を募らせていた。なぜえりなたちとヴィッツたちが対立するのか。その疑問と不安が、玉緒の心を徐々に追い詰めていっていた。
(どうして・・どうしてこんなことになっちゃったの・・・?)
玉緒は心の中で、この疑問を繰り返し呟いていた。
(えりなちゃんたちもヴィッツたちも、あたしの大切な人たちなのに・・それなのにどうして争わなくちゃいけないの・・・どうして・・・!?)
悲痛さを覚える玉緒の眼から涙があふれる。
(イヤだよ・・こんなの、あたしは全然望んでない・・願っていない・・・イヤ・・・)
徐々に絶望感に包まれていく玉緒。それは次第に、彼女から生きる希望すら奪うことにもつながっていた。
やがて玉緒の命を表していた心電図が、その鼓動の停止を知らせていた。
パンドラスフィア入手のため、ヴィッツとアクシオは無限書庫に向かっていた。だが無限書庫にたどり着こうというところで、2人の前にえりなと明日香が立ちはだかっていた。
「今度はさっきのようにはいかないからね。」
えりなが笑みを見せて、ブレイブネイチャーを構える。
“Saver mode.”
その形状が近距離型へと変わり、光刃が出現する。ヴィッツもブリットを構えて、えりなを見据える。
「どうやら素直に通してくれる雰囲気じゃないみたいね・・・」
「だがそれでも私たちは押し通す・・それ以外に、私たちに道はない!」
アクシオの言葉にヴィッツは淡々と答える。そしてヴィッツはえりなに、アクシオは明日香にそれぞれ向かっていく。
「ラックス、リッキー、2人はユーノさんのところへ!」
「明日香!」
明日香の呼びかけにラックスが声を荒げる。アクシオが振り下ろしてきたオーリスを、明日香がウォーティーフォームのウンディーネで受け止める。
「無限書庫は時空管理局の情報源。そこを荒らされるわけにはいかないから・・」
「明日香・・・分かったよ。あたしとリッキーはユーノと合流するから。」
明日香の呼びかけを受けて、ラックスは無限書庫に向かった。
「えりなちゃん、健一くん、僕もユーノさんと合流するから。」
「うん。分かったよ、リッキー。」
「えりなのことは、オレに任せとけ。」
リッキーの呼びかけにえりなと健一が答える。そしてリッキーはラックスの後を追っていった。
「ヴィッツさん、パンドラスフィアについて、話を聞いています。パンドラスフィアは、何でも叶う奇跡の宝物じゃないんです。あれは・・」
「言うな・・たとえパンドラスフィアがまやかしの希望だとしても、私たちはそれにすがる以外に、道は残されていないんだ・・・!」
えりなが言いかけた言葉をヴィッツが一蹴する。その語気に悲痛さが込められているのを、えりなは感じ取っていた。
「えりな、この前見せたヤツ、あれは使うな。あれは体力を一気に消耗するんだろ・・?」
そこへ健一がえりなに呼びかけてきた。彼の気持ちを理解しながらも、彼女は自分の気持ちを押し通した。
「ありがとう、健一・・でも、今のヴィッツさんを止めるには、カオスフォームにならなくちゃいけない・・わがままなのは分かってる。でも・・・」
「・・・分かったよ。けど、危なくなったらすぐに割り込むからな。わがままに付き合うのも限度があるからな。」
「健一・・ありがとう。ゴメンね・・・」
健一からの気持ちを受け止めて、えりなは改めて、カオスフォームの発動を敢行する。
「それじゃいくよ・・カオスフォーム、セットアップ!」
“Chaos form,awakening.”
えりなの意思を受けて、ブレイブネイチャーが答える。彼女の姿が変貌して、カオスコアの魔力を発揮するカオスフォームとなる。
“Saver mode.”
光刃を発したブレイブネイチャーを構え、えりながヴィッツを見据える。だがヴィッツは冷静に相手の能力を分析していた。
「その姿の力は大方把握している。戦闘能力なら私を上回っているが、魔力の消耗が激しい。持久戦に持ち込めば、戦況は私が優位に立つ。」
「分かっています。私の魔力が尽きる前に、一気に終わらせます・・・!」
「それで易々とさせる私ではないぞ・・・!」
互いに強気な態度を見せあうヴィッツとえりな。それはそれぞれの背水の陣という意味合いを隠す虚勢でもあった。
言い終わると、2人は同時に飛び出す。
「雷刃撃!」
「カオススラッシュ!」
ブリットとブレイブネイチャーが振り下ろされ、2つの刃が激しくぶつかり合う。魔力の衝突も巻き起こり、火花が飛び散った。
同じ頃、明日香とアクシオも激しい戦いを繰り広げていた。しかし戦場として狭いため、明日香は魔力の一点集中を行うことができないでいた。
(何とか被害を少なくしないと・・ここでドライブチャージマックスを使えば、確実に被害が出る・・・!)
打開の糸口を必死に探る明日香。彼女の視線の先で、アクシオは感情をむき出しにしていた。
(助けるのよ・・玉緒はあたしたちの恩人・・あたしたちの家族なんだ・・・絶対に助けなくちゃ・・絶対に!)
アクシオは玉緒を救いたい気持ちでいっぱいだった。たとえ自分がボロボロになろうとも、パンドラスフィアを手に入れなければならない。それが彼女の決意だった。
そんな5人の交戦する中へ、激闘を繰り広げていたアレンとダイナが飛び込んできた。3組の戦いが、無限書庫付近で繰り広げられようとしていた。
壮絶な 戦いの火蓋が切って落とされようとしたときだった。
そのとき、突然光の輪が出現し、7人を一気に拘束した。しかもそれぞれ3重に輪がかけられ、7人の動きを厳重に止めていた。
「これって・・!?」
「フープバインド・・いったい誰が・・・!?」
えりなとアレンが毒づき、バインドをかけた相手を探る。
「やはり、私の眼に狂いはなかったようだ。君たちは私の思惑通り、いや、それ以上の成果を上げてくれた・・」
そこへかけられた声にアレンが耳を疑う。えりなたちの前に現れたのはエースだった。
「エースさん・・・!?」
「エース提督・・これは、どういうことなんですか・・・!?」
えりながさらに声を荒げ、アレンが信じられない心境で問い詰める。するとエースは彼女たちを視線を巡らし、右手をかざす。
その手の中から現れたのは、なんとパンドラスフィアだった。
「パンドラスフィア!?・・いつの間に・・!?」
エースが手にしていた3つのパンドラスフィアを目の当たりにして、アクシオが声を荒げる。
「どういうことだ、これは・・お前は、何を・・!?」
ダイナが呼びかけるが、エースは悠然とした態度を崩さずに、パンドラスフィアに力を込める。するとパンドラスフィアがそれぞれ宿している魔力光を輝かせる。
「3種の楔に囚われし者よ、今こそ汝の力を解放せよ・・・」
エースが詠唱を唱えたとき、ヴィッツ、アクシオ、ダイナの胸から、それぞれの魔力光を帯びた輝きが現れる。それは彼女たちのリンカーコアである。
「リンカーコアが・・・!」
「コアとパンドラスフィアの光・・・まさか・・!?」
その光を眼にしたえりなと明日香が驚愕を覚える。するとエースが笑みを浮かべて言い放つ。今まで見せたことのない不気味な笑みを。
「その通りだよ!パンドラスフィアは、決して君たちの思っている希望の玉などではない!かつて君たちが命がけで行った闇の封印を解く鍵なのだよ!」
「闇の封印の、鍵・・・!?」
エースの言葉に健一が言葉をもらす。
「ウソよ・・ウソよ!ウソ!ウソだって!」
「ウソではない!現に私は目撃しているのだ!君たちが闇を封印した際、3つのパンドラスフィアが出現し、世界に拡散していったのを!」
必死に否定するアクシオだが、エースはさらに言い放つ。彼が告げた事実に、ヴィッツとダイナも驚愕を覚える。
「君たち三銃士は、三位一体の高速魔法、デルタバインドを発動した。結果、君たちは大きな代償を払って、自分のリンカーコアの中に闇を封印することに成功した。」
「その代償が、記憶喪失・・・」
エースの説明に明日香が呟く。
「自分たちが闇を封印した記憶を失ったのは、君たちにとっては最大の汚点。だが私にとっては、不幸中の幸いといってもいいだろう。」
「エース提督、どういうことなんですか!?なぜこんなことを・・!?」
そこへアレンが信じられない心境でエースに呼びかける。エースはアレンに対しても不敵な笑みを浮かべて答える。
「アレンくん、私は切望しているのだよ。三銃士が封じ込めた闇の力をね・・!」
「闇の力を・・いったいどうして・・・!?」
「君たちと互角以上に渡り合ってきた三銃士が、かつて全身全霊を賭けて封印した闇。その力を手に入れれば、この世界の頂点に立つことができるのだよ!」
「世界の頂点って・・何を考えてるんです!?こんなの、あなたではない!私が執務官のきっかけを作ってくれた、時空管理局のエース・クルーガーではない!」
この現状を受け入れたくないと思いつつ、エースを信じたい気持ちでいっぱいになっていたアレン。だが、エースはそんなアレンの気持ちをあざ笑っていた。
「何を言っている?“今のこの私”こそが、本当のエース・クルーガーなのだよ・・・!」
「ウソだ・・・」
「私は力がなかった。結果、救えた者さえ救うことすらできなかった・・私は自分の無力さを呪った。そして強い力を求めた・・」
「ウソだ・・・!」
「この闇の力はすばらしい。手に入れることができれば、私を鼓舞するものとなるであろう!」
「ウソだ!」
エースが告げる真実を頑なに否定するアレン。彼の心の中には徐々に絶望感が支配してきていた。
「あなたは、いつもみなさんに親切でいてくれた!たくさんの人と信頼を築き上げてきた!そのあなたが、このような暴挙を企てるはずがない!」
「あくまでこの現状を受け入れないつもりか・・・ならばその眼で確かめるといい。私の真意を・・パンドラスフィア、封印解除!」
エースはパンドラスフィアにさらに力を込める。するとヴィッツたちのリンカーコアがさらなる光を放つ。
自身の魔力の根源を捻じ曲げられて、ヴィッツたちが苦悶を覚える。3人のリンカーコアからどす黒い霧のようなものが噴出してきた。
そして霧は結集した3つのパンドラスフィアに集まり、濃度と力を強めていく。そしてパンドラスフィアがひび割れ、そして弾けるように割れる。
「さぁ、いよいよだ・・封印を解き放ち、今こそ蘇れ!闇の化身、パンドラ!」
エースが歓喜を哄笑を上げて漆黒の闇を見つめる。その傍らで、えりなが魔力を振り絞って、エースにかけられたフープバインドを打ち破る。
「闇をここで解放させたりしない、エースさん!」
えりながエースに向かって飛びかかり、ブレイブネイチャーを振り下ろす。それに気付いていたエースがラウンドシールドを展開し、ブレイブネイチャーの光刃を受け止める。
「残念だがもう手遅れだ。パンドラの封印は解かれた。パンドラは自身を宿す媒体に憑依して、持てる力を暴走させるだろう。」
「憑依って・・!」
「パンドラは三銃士のリンカーコアの中にい続けた。パンドラは彼らが心を寄せている者に共感して、憑依する。」
「それじゃ、まさか!?」
エースの言葉にえりなが驚愕する。その直後、蠢く闇の中に、眠りについている玉緒が姿を現した。
「玉緒!?」
「玉緒ちゃん!」
玉緒の姿のアクシオとえりなが声を荒げる。えりなが玉緒に気が向いたところで、エースが魔力を込めてえりなを突き飛ばす。
その間に闇は玉緒の体を取り巻き、やがて彼女の体に侵入して侵食を開始する。
「玉緒!」
「ダメだ!やめろ!やめてくれ!」
ヴィッツもダイナも悲痛の叫びを上げる。彼らの眼前で、深い眠りについていた玉緒に眼が見開かれる。
彼女の体に変動が起きる。髪の色が白くなり、奇妙な衣服が体を取り巻いていく。
「玉緒・・・!?」
玉緒の変貌に明日香が困惑する。玉緒の体を漆黒の闇があふれ出してくる。
「ついに姿を現した・・これこそが闇の化身、パンドラ!」
エースが眼を見開く先で、玉緒の体に憑依したパンドラが、三銃士の封印の楔を打ち破る。周囲に強烈な衝撃波が解き放たれ、魔力を失った三銃士を吹き飛ばした。
「ヴィッツさん!」
「アクシオ!」
「ダイナ!」
瓦礫の中にうずもれたヴィッツたちにえりな、明日香、ダイナが叫ぶ。蠢く闇の中で、パンドラが自身の魔力を掌握していく。
「私は闇・・全てを無に還す滅びの存在・・・」
パンドラが無表情で淡々と呟きかける。その威圧感にえりなが、フープバインドを破った明日香、アレン、健一が固唾を呑む。
「私が宿る主の絶望が、私に流れ込んでくる・・・彼女は願う・・全ての滅びを・・偽りの希望に満ちたこの世界に、無を・・・」
パンドラが言い放つと、魔力を一気に解放する。その衝撃が、驚愕するえりなたちに脅威を与えていた。
次回予告
解き放たれた闇。
満ちあふれる悲しみ。
負の魔力の暴走は、世界を無へと蝕んでいく。
押し寄せてくる絶望。
止めるのは力なのか、それとも・・・
悲劇は繰り返されるのか・・・