魔法少女エメラルえりなMiracles
第7話「出会い、幸せ、決意」
それは、ひとつの奇跡でした。
運命と呼ぶべき出会い。
みんなで築き上げたあたたかい幸せ。
そしてそれぞれの決意。
心の中にあるかけがえのない「奇跡」。
大切なものを守る人に、迷いはない・・・
魔法少女エメラルえりなMiracles、始まります。
それは数ヶ月前のことだった。
当時、玉緒は平凡な生活を送っていた。幼い頃に両親は他界。これまで親戚からの援助を受けて、1人暮らしを続けてきた。
孤独という不幸の境遇に立たされた玉緒だったが、近所にはいつも笑顔を振りまいていた。だが辛さも悲しみも全て自分の中に押し込んでしまう性格のため、彼女は1人きりになると大粒の涙を流す日々が続いていた。
そんな日常を過ごしていたときだった。
授業を終えて下校していく玉緒。その途中、彼女はいつもと違う何かを感じていた。
いつもなら右に曲がれば家に着く十字路。だが玉緒はこの日は曲がらずに直進した。そしてその先の十字路の中心で足を止め、周囲を見回す。
その視線の先に飛び込んできたものに、玉緒は驚きを隠せなかった。そこには見慣れない衣服を身にまとった3人の人物がいた。
「な、何・・この人たち・・・!?」
恐る恐るその人物たちに近づいていく。すると金髪の女性がゆっくりと体を起こしてきた。
「あ、あの・・・大丈夫、ですか・・・?」
頭に手を当てるその女性に、玉緒が声をかける。
「私・・私は・・・」
何とか記憶をめぐらせようとする女性だが、そこで違和感を覚えて眼を見開く。追い求めているものが頭の中にないことに、彼女は驚愕する。
「どうしたんだ・・思い出そうとしているのに、思い出せない・・・!?」
女性の見せた異変に、玉緒も戸惑いを感じていた。そのとき、女性は突然周囲を見回して警戒する。
「どうしたんですか?」
「誰かが近づいてくる・・・」
玉緒の問いかけに、女性は慄然さを崩さずに答える。そのとき、他の2人も眼を覚まして体を起こしてきた。
「あれ・・あたし・・・?」
少女も青年も女性と同じように混乱に陥っているようで、それを見かねた玉緒を意を決した。
「とりあえずあたしの家に隠れてください。すぐそこですから。」
玉緒の呼びかけに一瞬疑問を覚えるが、背に腹を変えている場合ではないと判断し、女性たちはそれを受け入れることにした。
「ふぅ。よかったぁ。見つからずに済んだみたいですね。」
自分の家に女性たちをかくまった玉緒。リビングから窓越しに外の様子を伺ったが、騒ぎになっていないようだったため、彼女は安堵を浮かべていた。
彼女の気遣いに疑問を感じずにはいられなかった。なぜ見ず知らずの人に、しかも普通の格好ではない自分たちに向けて、これほどまでに優しくしてくれるのか。
「どういうつもりなのよ・・何で、あたしたちに・・・!?」
少女がいぶかしげに玉緒に問いかける。すると玉緒は笑顔で答えてきた。
「困っている人を放っておくなんて、あたしにはできないよ。あなたたち、いろいろとワケありみたいだったし。」
優しさを振りまく玉緒に、女性たちは言葉を詰まらせていた。
「・・優しい、というか人が良すぎるというか・・」
青年が苦笑を浮かべて玉緒を揶揄する。だが玉緒は気にした様子を見せていなかった。
「ところで、あなたたちはいったい・・その格好は・・・?」
ここで改めて、玉緒は女性たちに疑問を投げかけてきた。女性は小さく頷いてからその問いかけに答える。
「私たちは、この世界とは違う世界の住人なのです・・」
「違う世界・・・?」
女性の告げた言葉に玉緒は疑問符を浮かべていた。
「自己紹介をしておきましょう。私たちは三銃士。そして私は、その雷の剣士、ヴィッツ。」
「オレは炎の剣士、ダイナ。」
「あたしは三銃士、水の剣士、アクシオ。」
三銃士と名乗った人物たち、ヴィッツ、ダイナ、アクシオ。
「あたしは豊川玉緒です。よろしくね♪」
玉緒も自己紹介をしてヴィッツに手を差し伸べる。ヴィッツも微笑んでその手を取り、握手を交わした。
それから玉緒はヴィッツたちのために食事の支度を始めた。空腹を知らせる腹の虫の泣き声を耳にしたからだ。
玉緒は笑顔を振りまきながら調理に励む。彼女は1人暮らしをしているため、料理は得意である。
そんな彼女の元に、アクシオが歩み寄ってきた。
「どうしたの?もうすぐできるから・・」
「そうじゃないよ。あたしも手伝うよ。」
玉緒がいいかけると、アクシオが笑顔を見せてきた。
「ありがとうね。でも1人で大丈夫だから。」
「あたし、いつもヴィッツとダイナの食事も作ってたから。あたしも料理のほうには自信があるんだよ。」
「う〜ん・・お客さんにそういうことをさせるのは気が進まないけど・・・それじゃ、お皿とスプーンを用意してもらえる?4人分はあると思うから。」
アクシオの気遣いを受け入れた玉緒。逆に親切にされて、彼女は申し訳ないという気持ちと同時に感謝も覚えていた。
突然の出来事だったため、有り合わせで作るしかできなかった玉緒。彼女が用意したチャーハンに、ヴィッツたちは一瞬当惑を浮かべた。
「ゴ、ゴメンなさい・・いきなりだったから、こういうのしか用意できなかったんですけど・・・チャーハン、ダメでしたか・・?」
「いや、私たちはこれまでいろいろと世界を渡ってきたから、好き嫌いは特にない・・ただ、初めて見るものだったから少し戸惑っただけだ・・」
困り顔を浮かべた玉緒に、ヴィッツが微笑んで弁解を入れる。そしてスプーンを手にして、チャーハンを口にする。
「うん・・美味しい。今までいろいろなものを口にしてきたが、これほど美味しいものを食べたのは初めてかもしれない・・」
「そ、そんな大げさな・・有り合わせで作ったものなのに・・」
ヴィッツの率直な賞賛に玉緒が赤面する。
「いろいろとすまない。お前にずい分世話になってしまったな・・」
「いいんですよ。困っているときはお互い様なんですから・・・ところで、いったい何があったんですか・・・?」
玉緒が改めて問いかけると、ヴィッツは真剣な面持ちを浮かべて答えた。
「今、私たちが覚えているのは、私たち自身に関すること。それもいくつか欠落してしまっている・・」
「だったら、分かる範囲でいいから・・言いたくないことも、言わなくていいから・・・」
玉緒の親切を受けて、ヴィッツは話せる範囲のことを話した。だがなぜ自分たちが記憶喪失に陥ってしまったのか、ヴィッツたち自身も分からないことだった。
「なるほど・・つまり、ヴィッツさんたちが誰なのか、あまりよく分からなくなっちゃったってことなんですね・・」
納得しようとしている玉緒に、ヴィッツは小さく頷いた。
「でも、何だかすごいですね・・ホントに魔法があるなんて・・」
玉緒が話を切り替えて、簡単の言葉を上げる。そこへアクシオが気さくな態度で説明を付け加える。
「といっても、玉緒が思ってるようなおとぎ話のものとはちょっと違って、科学技術によって構築されている、科学的に立証できるものなのよ。非科学的になっているものも中にはあるけど、あたしたちの世界の魔導師や騎士が制御できるものは、大方科学的なものにされているんだよ。」
「ふぅん・・魔法も近代的になったんだね・・・」
「しかし原理はお前たちが思っているようなものと大差はない。それに、魔導師としての高い素質を持ち、それを開花させた者もこの世界の者でも何人か現れている。」
感嘆して頷く玉緒に、ダイナも続けて説明を付け加える。
「もしかしたら、あたしにも魔法が使えちゃったりなんかして、エヘヘヘ・・」
「その可能性は少ないって。高い素質を持ってる人がいるって言っても、それはこの世界じゃほんの一握りなんだよ。」
照れ笑いを浮かべて冗談交じりに言う玉緒に、アクシオが付け加える。
「それでヴィッツさんたちは、これからどうするつもりなんですか・・・?」
玉緒が深刻な面持ちを浮かべて訊ねると、ヴィッツたちも深く考え込んでしまった。
「私たちの帰る場所も、目的も分からない・・これからどうすればいいのか・・・しかし、このまま玉緒の世話になり続けるわけには・・」
「あたしは構わないですよ。あたしの家、1人暮らしをするには広すぎるし、みなさんが住むには十分広さがありますから。」
「住むってお前・・それでは・・・」
玉緒の言葉にヴィッツが当惑を覚える。だが玉緒の優しさは変わらない。
「どうしたらいいのか分からなくなっている人たちを放り出すほど、あたしは冷たくはないよ。せめて何か思い出すまでは、ここにいるといいですよ。」
「玉緒・・・本当にすまない・・お世話になる・・・」
玉緒の優しさを受け入れて、ヴィッツは頭を下げた。
「それで、こんなときに申し訳ないのだが・・ひとつ頼みたいことがある・・」
「頼みたいこと?」
「私たちに敬語は使わないでほしい。私たちはお前に大変世話になってしまっている。その上かしこまられたら、本当に申し訳なく思ってしまう・・・」
ヴィッツからの申し出に一瞬戸惑うも、玉緒は笑顔を取り戻して頷いた。
「分かった・・これからよろしくね、ヴィッツ、アクシオ、ダイナ♪」
その笑顔に安らぎを覚えて、ヴィッツたちも微笑んだ。
それから、玉緒と三銃士の新たな生活が始まった。事前に計測した身体のサイズを元に、玉緒はヴィッツたちの衣服を調達した。
ヴィッツたちは玉緒から、彼女に関する話を聞かされた。幼い頃に両親を亡くして、今は1人暮らしをしていること。親戚からその生活の援助を受けていることを。
そしてヴィッツたちは悟った。自分たち以上に、この少女は辛い境遇の中を過ごしてきたのだと。
そして彼女たちは心に決めた。この少女の恩義に必ず報いるを。彼女の抱えている辛さや悲しみを、少しでも和らげてあげることを。
その誓いを胸に秘めて、ヴィッツたちはこの豊川家での生活にとけ込んでいた。
だがこの生活に慣れてしまったのか、ヴィッツたちの失われた記憶はなかなか戻らないでいた。だが今の彼女たちにとって、その過去の記憶は些細なものだと思っていた。
「玉緒、本当に私たちはこれでよかったのでしょうか・・?」
ヴィッツの唐突な問いかけに、玉緒がきょとんとなる。
「私たちはあなたにとても感謝しています。あなたの心遣いも分かっているつもりです。ですが、私たちはこのままここに留まってもいいのでしょうか・・?」
不安を込めてヴィッツが玉緒に告げる。だが玉緒はいつも見せている笑顔を浮かべて答える。
「前にも言ったけど、ヴィッツたちは記憶が戻るまでここにいてもいいんだよ。ううん。記憶が戻る戻らないに関係なく、ずっとここをヴィッツたちの家と思っちゃっていいんだからね。」
「ですが、それでは玉緒が・・」
「いいんだって。あたし、こうしてヴィッツたちと一緒に過ごせて、すごく幸せなんだなって思ってるんだから♪」
玉緒の率直な感想に、ヴィッツは戸惑いを覚えた。
「正直、今まであたしはひとりぼっちで寂しかったの。でもヴィッツやアクシオ、ダイナと一緒にいられて、その寂しさが和らいだ気がするの・・ヴィッツ、あなたたちはもう、あたしの大切な家族だよ・・・」
「家族・・・」
笑顔を見せながらも眼に涙を浮かべている玉緒の本心を知って、ヴィッツも喜びを感じずにはいられなかった。これほど自分たちを大切にしてくれているこの少女に、心から感謝したい。彼女はそう思っていた。
「ありがとうございます、玉緒・・私、こんなにも嬉しさを感じたのは、生まれて初めてかもしれません・・・」
「ヴィッツ・・・」
「玉緒、私は気付いた気がします・・あなたが私にとっての大切な人であることに・・・だからその大切なものを守りたい。私は玉緒を守りたい・・・」
ヴィッツも自分の気持ちを告げると、玉緒を優しく抱きしめた。その突然の抱擁に玉緒は動揺を覚える。
「ヴィッツ・・やめてって・・・恥ずかしくなっちゃうよ・・・」
「すみません、玉緒・・ですが今は、しばらくこのままでいさせてください・・・」
照れる玉緒に優しく言いかけるヴィッツ。彼女の気持ちを受け止めて、玉緒は瞳を閉じた。
このひと時が、この幸せがいつまでも続いてほしい。それは玉緒、三銃士、双方の願いとなっていた。
玉緒と三銃士との出会いからしばらく過ぎた頃だった。
玉緒が帰宅すると、アクシオが夕食の献立を考えていた。
「ただいまー♪・・あれ?アクシオ、何してるの?」
「あ、玉緒、おかえりー。今夜はあたしが夜ご飯を作るよ。いつもいつも玉緒にばかり作らせるのは申し訳ないからね。」
玉緒が声をかけると、アクシオが気さくな笑みを浮かべて答える。
「いいよ、アクシオ。みんなのために料理を作れることが、あたしの嬉しいことなんだから。」
「それならあたしも同じだよ、玉緒。玉緒のために料理ができるなら、あたしはとっても嬉しいんだから。」
互いに喜びを口にする玉緒とアクシオ。そのやり取りに、リビングにいたヴィッツとダイナも笑みをこぼしていた。
そのとき、玉緒が痛みを覚えて顔を歪め、自分の胸に手を当てる。その異変にアクシオが眉をひそめる。
「ちょっと、どうしたの、玉緒・・・!?」
アクシオが困惑を覚えながら玉緒に声をかける。その直後、玉緒が苦痛に耐え切れなくなり、その場に倒れてうずくまる。
「玉緒!」
アクシオがたまらず声を荒げる。突然倒れた玉緒にヴィッツも駆け寄り、ダイナも冷静さを揺さぶられそうになる。
「玉緒!しっかりしてよ、玉緒!」
「胸を押さえている・・尋常の事態ではないぞ!」
アクシオがさらに玉緒に呼びかけ、ダイナも声をかける。
「救急車を呼ぼう!アクシオとダイナは玉緒を頼む!」
ヴィッツはアクシオとダイナに呼びかけると、電話の受話器を手に取った。
ヴィッツたちのテキパキとした処置の中、玉緒は救急車で海鳴大学病院に運ばれた。医者の処置によって、彼女は落ち着きを取り戻すことができた。
彼女のいる病室を訪れたヴィッツ、アクシオ、ダイナ。落ち着きを見せる玉緒に、ヴィッツが深刻な面持ちを浮かべて言いかける。
「玉緒・・気分はどうだ・・・?」
「うん・・大丈夫・・・何とか落ち着いたみたいだよ・・・」
ヴィッツの言葉に玉緒が弱々しく答える。するとアクシオが安堵を浮かべて言いかける。
「もう、ビックリさせないでよ〜・・何が起こったのかって冷や冷やしちゃったじゃないのよ〜・・」
「ゴメンね、アクシオ、みんな・・それで、お医者さんは何か言ってた?」
苦笑いを浮かべて謝る玉緒が、改めて問いかける。
「あ、はい。もう少し検査などをしたいということで、様子見の意味も込めて入院させることが決まりました。今日はここで休んでください、玉緒。」
「うん・・それじゃ仕方ないね、アハハハ・・でも、あたしがいなくて、ご飯とか大丈夫?」
ヴィッツの説明を受けて、玉緒ががっかりしてベットに体を預ける。玉緒の心配に、アクシオが不満を込めて答える。
「だから心配ないって。料理ならあたしが何とかするよ。さっきも言ったように、あたしも料理は十分できるんだからね。」
「じゃ、あたしは病院でゆっくり入院生活を送るとしますね。」
アクシオの言葉を受けて、玉緒は安心を見せる。彼女が眠りについたところで、ヴィッツたちは病室を後にする。
そこで彼女は担当医に呼び止められる。玉緒の容態についての話をするためだった。
ヴィッツはアクシオ、ダイナに休憩室で待っているように告げると、担当医からの申告に耳を傾ける。
「玉緒のことですね・・・」
「えぇ・・玉緒ちゃんは心臓に重い病を抱えています。それも玉緒ちゃんの家系で発病しているもので・・」
担当医の言葉にヴィッツも深刻な面持ちを浮かべる。
「これまでもこちらで豊川さんの治療と療養を請け負ってきました。私たちも最善を尽くしてきましたが、未だに治療法を発見できていません。このままでは、いずれ玉緒ちゃんは・・・」
担当医のこの言葉に、ヴィッツはかつてない絶望感を覚えた。
「そんな・・ウソだよね・・・!?」
そしてその重い知らせは、ヴィッツの口からアクシオ、ダイナに伝えられた。その知らせを素直に受け止めることができず、アクシオが驚愕を見せる。
「この世界の医学では、玉緒の病を癒す技術までは得ていないようだ。このままでは、いずれ玉緒の命は・・・」
ヴィッツがさらに説明を付け加える。その言葉を聞いてアクシオはいても立ってもいられなくなり、玉緒のいる病室に向かおうとする。
「どこに行くんだ、アクシオ・・・!?」
ダイナが呼びかけると、アクシオが病棟の玄関の前で足を止める。
「お前の回復魔法は、体力や傷を癒すには十分な効力を発揮するが、病まで治癒するには至っていない。それはお前が1番よく分かっているはずだ・・!」
「でも、それじゃ玉緒は・・玉緒は・・・!」
ダイナに言いとがめられるも、込み上げてくる歯がゆさを抑えることができず、アクシオがそばの壁に握り締めた右手を叩きつける。
「ヴィッツ、ダイナ・・あたしたち、どうしたらいいの・・・!?」
アクシオが涙ながらにヴィッツとダイナに問いかける。だがヴィッツもダイナも、この事態を打開する術を持ち合わせていなかった。
(どうすればいいんだ・・私たちの得たかけがえのないものが壊れそうになっているのに・・・)
ヴィッツが胸中で憤りを募らせて、手の中にある自身のデバイスを見つめる。
(力があるのに、玉緒を救うことができない・・これほど自分が無力だと痛感したのは、生まれて初めてのことかもしれない・・・)
何とかして玉緒を助けたい。ヴィッツたちはその願いの一心だった。
そのとき、ヴィッツの脳裏にある記憶の断片がよぎった。それは彼女たちにとって、玉緒を救える唯一の方法だった。
「パンドラスフィア・・・」
ヴィッツが口にしたこの言葉に、アクシオとダイナが眼を見開く。
「・・そういえばそんなものがあった気がする・・風の噂っていうのか・・」
「確かそれは、集めた者の願いを叶えるという代物だとか・・ロストロギアに指定されてもおかしくない・・・」
「でも、もしそれが真実で、それを手に入れることができたら、玉緒は・・・」
ヴィッツに続いて、ダイナとアクシオが言いかける。2人もそれぞれのデバイスを手にして、決意を固める。
(パンドラスフィアの存在も、願いが叶うことも確証はない。だが・・)
(今のあたしたちには、そのかすかな希望にすがるしかない・・)
(たとえ世界を敵にまわすことになろうとも、私たちは希望をつかみ取る・・私たちの、全てを賭けて!)
意を決したダイナ、アクシオ、ヴィッツがデバイスを起動する。そして3人は各々の防護服を身にまとった。
それが三銃士の新たな戦いの幕開けだった。
玉緒との出会いと自分たちの決意を、ヴィッツは思い返していた。
(私たちが信じていたかすかな希望は、決して幻でないことを実感することができた。そしてその希望をつかみ取るまで、私たちはあと一歩というところまでたどり着いた・・)
決意を強めるヴィッツは、無意識に自分の右手を強く握り締めていた。それは彼女の願いを強く表していることを意味していた。
「相手は管理局。これまでの戦いの中で、最も厳しく険しいものとなるだろう・・それでも、私たちは切り開く。希望の扉を、奇跡の扉を・・!」
死と直面している玉緒を救うため、ヴィッツは最後の戦いに意識を傾けていた。
その頃、えりなと明日香は玉緒のお見舞いに訪れていた。姫子と広美が用事で遅れることを聞かされた玉緒は、少しがっかりした様子を浮かべていた。
「大丈夫だよ。姫子も広美もすぐに来るから。」
「それとも玉緒ちゃん、私たちじゃ不満っていうんじゃ・・?」
明日香がやさしく言いかけ、えりながからかいの言葉をかける。
「もう、えりなちゃんったら。そんなことないって。」
玉緒は笑顔を崩さずにえりなに答える。えりなも笑顔を見せて、楽しみを堪能する。
「玉緒ちゃん、体のほうは大丈夫?」
「うん。えりなちゃんたちがお見舞いにいつも来てくれるおかげで、たくさんたくさん勇気をもらったからね♪」
えりなが問いかけると、玉緒がさらに笑顔を振りまいて答える。その笑顔を見て、えりなと明日香が安堵を覚える。
「玉緒ちゃん、何があったら私たちに頼っていいんだからね。私たちにできることだったら、何でもやっちゃうからね♪」
「うん。私たちはいつでも玉緒の味方だから。」
えりなと明日香に優しく声をかけられて、玉緒は心を揺さぶられた。眼から涙があふれそうになるのをこらえて、玉緒は笑顔を崩さずに答える。
「ありがとうね、えりなちゃん、明日香ちゃん・・・たまにはみんなに甘えとかないと、かえってみんなに怒られちゃうかな、アハハハ・・」
玉緒の感謝の言葉を受けて、えりなと明日香は喜びを感じていた。ささやかだけとかけがえのないひととき。その幸せを守るために、全力で駆け抜ける。それがえりなと明日香の決意だった。
“えりなちゃん、明日香ちゃん!”
そのとき、えりなと明日香の脳裏にリッキーの念話が響いてきた。
(リッキー?)
(何かあったの?もしかして、三銃士が・・!?)
えりなと明日香がリッキーの声に意識を傾ける。
“ううん。でもユーノさんの調査で、三銃士とパンドラスフィアに関することが大方分かったよ。”
(分かったの!?・・それで、パンドラスフィアって・・)
“その前に三銃士について、ひとつ言っておかなくちゃいけないことがあるんだ。”
リッキーの報告に、えりなは心の中で真剣に耳を傾ける。
“三銃士は以前にクラフトで闇を封印しているけど、そのときに記憶喪失に陥っているんだ。”
(記憶喪失・・・!?)
“うん。3人の力を合わせて発動するデルタバインド。どんな対象も封印することが可能だけど、かなり高い危険が伴うんだ。本当なら命さえ落としかねないところだったんだけど、三銃士は記憶のほとんどを失ってしまったんだ。”
(そうだったの・・それで、その三銃士がどうしてパンドラスフィアを・・?)
“三銃士はパンドラスフィアが何でも願いの叶う奇跡の力を持ったものであると思って集めていることは間違いなさそうだよ。でもパンドラスフィアは、そんなすばらしいものじゃないんだ。”
(えっ?じゃ、パンドラスフィアって、いったい・・・?)
えりながリッキーに向けてさらなる疑問を投げかける。
「えりなちゃん、どうしたの?さっきからボーっとしちゃって・・?」
そのとき、玉緒がえりなに向けて声をかけてきた。リッキーとの念話に意識を向けすぎていたえりなは我に返り、笑顔を取り戻す。
「う、ううん、何でもないよ・・ゴメンね、ボーっとしちゃって・・」
作り笑顔を見せて何とかごまかそうとするえりな。
「もう、えりなちゃんったら。アハハハ・・」
すると玉緒が再び笑みをこぼしてきた。ここでは落ち着いて話を聞くことができないと思い、えりなはリッキーに呼びかけた。
(リッキー、ゴメン。ちょっと場所を変えてから、話の続きを聞くね。)
“えりなちゃん?・・うん、分かったよ。”
えりなの呼びかけにリッキーは頷く。
「明日香ちゃん、玉緒ちゃん、ちょっとお手洗いに行ってくるね。」
「うん。いってらっしゃい。」
えりなが言いかけると、玉緒が笑顔で答える。
「玉緒ちゃん、何かほしいものある?ついでに買ってくるけど・・」
「ううん、大丈夫。いろいろありがとうね。」
気遣うえりなに、玉緒が笑顔を崩さずに答える。
(明日香ちゃん、後で私から話すね。玉緒ちゃんをお願い。)
(えりな・・うん。分かった。)
えりなが念話で明日香に呼びかけると、病室を出ようとする。
そのとき、病室のドアがノックされ、ドアノブに手を伸ばそうとしていたえりながその手を止める。
「はーい、どうぞー。」
玉緒が元気に声をかけると、病室のドアが開かれた。訪れたその人物にえりなと明日香が眼を疑った。
そしてその人物もえりなたちを見て驚愕していた。
「あなた、たち・・・!?」
「お前たちは・・・!?」
えりなとヴィッツが動揺の声を上げる。2人ともこんなところで対面するとは全く予想していなかった。
「・・何で・・何で、アンタたちが・・・!?」
アクシオもえりなと明日香の姿を目の当たりにして、動揺の色を隠せなかった。
玉緒の眼前で巻き起こる最悪の事態。2つの願いがぶつかり合い、幸せが崩壊の一途へと向かおうとしていた。
次回予告
壊れていく日常。
崩れていく幸せのひととき。
運命の歯車は、終わりに向かって回転を速めていく。
そしてその先に待っていたのは・・・
小さな願いが、闇に消えていく・・・