魔法少女エメラルえりなMiracles
第1話「新しい旅の始まりだよ」
次元世界で最先端に位置づけられている地域「クラフト」。
次元世界で巻き起こる事件や犯罪を取り締まる「時空管理局」でも、その監視や警戒を行き届かせるのが難しいとされている。
そのクラフトに発生した巨大な漆黒の闇。その力を止めようと、3人の戦士が立ちはだかっていた。
彼らはそれぞれの武器を手にして、肥大化していこうとする闇に立ち向かった。しかし闇の力は戦いが続くに連れて増大し、彼らを追い詰めつつあった。
「くっ!力が増してきている・・このままでは・・・!」
「諦めるなんて、お前らしくないんじゃないのか、ヴィッツ?」
金髪の戦士、ヴィッツが毒づくと、赤髪の戦士、ダイナがからかい半分で言いかける。
「愚問だな。これは私たちがまいた種。私たちが始末しなくては・・それに・・」
「このままアレを放っておいたら、ここだけじゃなくて、他の世界みんな無茶苦茶になっちゃうからね。」
ヴィッツの言葉に青髪の戦士、アクシオが答える。
「私たちに退路はない。その私たちが、アレを押さえ込む手段は、もはやひとつしかない・・・」
「デルタバインド・・・」
ヴィッツが口にした言葉に、アクシオもダイナも固唾を呑んだ。
「デルタバインド」。それはヴィッツたちが三位一体となって放たれる最上級拘束魔法である。これを受けたものは、それが彼らの力を大きく上回る存在であっても、完全に封じ込めることができるのだ。しかしこの魔法は膨大な魔力を消費するため、体への負担も極めて大きい。それがどんなリスクになるのか、彼ら自身ですら分からない。
「デルタバインドを使ったら、あたしたちもただじゃすまない・・」
「下手をしたら死ぬ・・いや、死ぬよりもっと恐ろしいことが起こるかも・・」
アクシオが呟くように言うと、ダイナが不安を口にする。自分たちがやろうとしているのは、まさに決死の覚悟のことだった。
だが、ヴィッツたちはその覚悟を受け入れようとしていた。
「やるしかない・・アレをこのまま野放しにするわけにはいかない・・ここで食い止める。」
「ヴィッツ・・・そうだな。オレたちはいろいろと悪さしてきたからな。ここでけじめのひとつぐらいはつけておかないとな。」
ヴィッツの言葉にダイナが頷き、アクシオも同意する。
「これはあたしたちにしかできないこと・・それをやってやろうよ。あたしたちの中にあるもの全部を賭けて・・・!」
アクシオが言い放つと、ヴィッツたちが3地点に移動して漆黒の闇を包囲する。そしてそれぞれの剣を構えて、意識と力を集中する。
「時間と空間をつなげる楔よ、彼の者に永遠の時を与えん・・・デルタバインド!」
「デルタバインド!」
ヴィッツたちが禁断の魔法を詠唱すると、3人を基点に三角形の魔法陣が現れる。魔法陣は漆黒の闇を取り囲み、そこから無数の光の鎖が飛び出す。
鎖は闇を捉え、何重にも縛り付ける。闇が力を奮って暴れるが、鎖に動きを封じられ、さらに鎖を振りほどくこともできない。
闇は完全に光の鎖に押さえ込まれていた。だがそれを発動させているヴィッツたちの力の消耗も並大抵のものではなかった。
(やはり禁断の魔法・・魔力消費が激しい・・だが、ここで諦めるわけにはいかない・・・!)
ヴィッツはさらに魔力を注いで、鎖の力を強める。そしてついに、漆黒の闇がその光の中へと消えていった。
だが同時にヴィッツたちも力尽き、拡散する光の中へと姿を消した。
それが、「三銃士」と呼ばれる者たちが、最後に目撃された瞬間だった。
海鳴市に点在する町。その中にあるレストラン「バートン」にある少女が住んでいた。
坂崎えりな。私立聖祥(せいしょう)大学付属小学校に通う小学3年生で、明るく元気があり、正義感の強い女の子である。
彼女の私室には彼女の他に、もう1人の少女が一緒に住んでいた。町井明日香(まちいあすか)。私立聖祥大学付属小学校3年生であり、えりなのクラスメイトである。
実はえりなも明日香も魔法使いである。彼女たちがいるところとは別の次元に存在している世界にある魔法技術と魔法の杖「デバイス」を使って、魔法を発動できるのである。現在はミッドチルダ、ベルカ、グランと魔法技術は存在しているが、えりなと明日香が扱うのはグラン式の魔法である。
2人が魔法に出会ったのは、古代遺産「ロストロギア」の一種である「カオスコア」が巻き起こす事件の中でだった。
その中で起こった出会い、別れ、悲しみ、友情、結束、そして衝撃の真実。
様々な出来事を経て、えりなたちは強くなった。力も心も。
「おはよう、えりな。」
「おはよう、明日香ちゃん・・朝起きるの、早いんだね・・」
眼を覚ましたえりなに明日香が優しく声をかけてきた。えりなは眠気が抜けないままベットから起き上がり、大きく背伸びをする。
「早く行こう、えりな。雄一(ゆういち)さんたちが待ってるから・・」
「そうだね・・今日も1日頑張ろうね♪」
呼びかける明日香に、えりなが笑顔で答える。着替えを終えた2人は、えりなの両親、雄一と千春(ちはる)が朝食の支度をしているリビングに向かった。
雄一はバートンのマスター兼料理長を、千春は副料理長兼経理を請け負っている。メニューも好評で、街の人々から慕われている。
「おはよう、えりな、明日香ちゃん。」
千春がえりなと明日香に向けて笑顔で挨拶をする。
「おはよう、お母さん♪」
「おはようございます・・・」
えりなが元気よく、明日香が微笑みながら挨拶を返す。
明日香はカオスコアが引き起こした事件によって家族を失った。兄、篤(あつし)がカオスコアが擬態した姿であり、それを封印した明日香は身寄りを失った。
えりなについても含めて全ての事情を知った雄一と千春は、明日香を養子として坂崎家に迎えることにした。初めは戸惑いを見せながらも、明日香は彼らの優しさを受け入れることにした。
今ではえりなの妹であるまりなから、もうひとりの姉として慕われている。
「明日香お姉ちゃん、おはようございます。」
「うん。おはよう、まりなちゃん。」
挨拶をしてきたまりなに、明日香が微笑みかける。
「やっぱり優しいね、明日香お姉ちゃんとは。それに比べてあたしのお姉ちゃんは、あたし以上に子供だからね。」
「それってどういう意味よ、まりなー!」
まりなの言葉と態度に、えりながふくれっ面を見せる。その姉妹のやり取りに、明日香は笑顔を見せていた。
「それでえりな、今日も病院に行くのか?」
そこへ雄一が声をかけ、えりなは笑顔を取り戻して頷いた。
「姫子ちゃんと広美ちゃんと一緒に、玉緒ちゃんのお見舞いに行くの。もちろん明日香ちゃんも一緒に行くからね。」
えりなが笑みを向けると、明日香も微笑んで頷く。
2人のクラスメイトであり親友でもある仙台姫子(せんだいひめこ)と三井広美(みついひろみ)。4人はえりな、姫子、広美、さらには明日香も加わって、「仲良し4人組」と呼ばれることもある。
彼女たちが病院に通っているのは、同じクラスメイトの豊川玉緒(とよかわたまお)のお見舞いのためだった。玉緒は天真爛漫な性格の持ち主で、誰の前でも笑顔を絶やさない優しい少女である。しかし心臓病を患い、現在は海鳴大学病院に入院、療養中である。
「玉緒ちゃん、いつも病院に閉じこもってる状態で寂しがってると思うから、私たちが行って元気付けてあげようと思ってるの。」
えりなが笑顔で玉緒について語りだす。明日香もえりなと玉緒たちの友情を感じ取って、喜びを募らせる。
「でも、病院であんまりはしゃいだりしたらダメだよ、お姉ちゃん。」
「また妹のくせにそうやって子供扱いするんだから。」
そこへ再びまりなが言いかけると、えりながため息をつく。
「まりなちゃん、あんまりえりなを悪く言っちゃダメだよ。えりなもそんなに落ち込まないで・・」
「明日香お姉ちゃん・・・そうだね・・・」
「うん・・ありがとう、明日香ちゃん・・・」
そこへ明日香が言いかけ、まりなが頷き、えりなも苦笑いを浮かべながら頷いた。
時空管理局本局。その中の第3訓練場にて、格闘訓練を行っている少年の姿があった。
アレン・ハント。 時空管理局所属の魔導師にして執務官補佐。正式な執務官を目指して、訓練と試験を重ねてきた。執務官は捜査や法の執行、局員への指揮を行うことができるが、高度の知識と判断力、実務能力が求められるため、厳しい道のりとなる。
アレンは自分自身のため、新たに出会った親友たちのため、その険しい道を突き進んでいた。この日も彼は母親であるクリス・ハントを相手に対人格闘の訓練に精を出していた。
クリスは時空管理局提督、本局運用部に所属している。格闘戦に長けており、アレンの格闘の師でもある。
「ふぅ。やっぱり母さんにはまだまだ敵わないですね。1発当てられるかどうかも怪しいところで・・」
「そんなことはありませんよ、アレン。以前よりも成長はしていますし、これからまだまだ伸びるでしょうね。」
苦笑いを浮かべるアレンに、クリスが笑顔で答える。その笑顔の裏で何を考えているのか、息子であるアレンも分からないことだらけだった。
「お疲れ様、アレン。クリスさん、少し休憩にしてもいいよね?」
そこへ小さな少女がアレンとクリスに声をかけてきた。アレンの使い魔、ソアラである。ソアラは猫を祖体とした使い魔であり、人懐っこい性格をしている。
「そうですね・・・今日は少し早いですけど、ここまでにしましょう。」
「分かりました・・ご指南、ありがとうございました、クリス提督。」
笑顔を崩さないクリスに向けて、アレンも微笑んで一礼する。
「そういえばアレン、エースさんが本局に戻ってきてますよ。」
「えっ?エースさんが?」
クリスの口にした言葉に、アレンが笑みをこぼす。
時空管理局提督、エース・クルーガー。数々の戦艦の執務官、艦長を経験している、局内でも英雄的存在とされている人物である。アレンが管理局の上位の役職を目指すようになったのは、エースの活躍と人柄に憧れたからである。
「僕、挨拶に行ってきます。ソアラ、行こう。」
「うんっ!」
アレンの呼びかけにソアラが頷く。2人は疲れを吹き飛ばす勢いで駆け出し、訓練場を後にした。
管理局本局内の休憩所。そこでコーヒーを口にしている1人の男がいた。
「お久しぶりです、エース提督。」
そこへアレンとソアラが現れ、エースが振り返り、微笑みかけてきた。
「おや?久しぶりだね、アレンくん、ソアラくん。」
「先ほどこちらに戻ってこられたと聞きまして・・それで挨拶しておこうと思いまして・・」
少し照れながら語りかけるアレンに、エースはさらに微笑んで答える。
「ありがとう、アレンくん・・私なんかのためにわざわざ・・」
「いえ、そんなことないですよ・・エース提督にはいろいろとお世話になってますから・・」
エースの言葉にアレンが弁解を入れる。
「私なんかより、尊敬できる相手はたくさんいると思うんだけど・・たとえば君の母のクリス提督とか。」
「もちろん母さんも尊敬しています。ですが僕はあなたの活躍を知らなければ、執務官や上位の魔導師を目指そうとは考えていなかったかもしれません・・」
自分の胸の内を語るアレン。その心境を察したエースが、アレンの方に優しく手を乗せる。
「そう言ってくれると、私のほうが励まされるよ・・だがアレンくん、君は君の信念を追い求めるといい。これからの世界は、君たちが未来を切り開いていくことになるんだからね。」
「エースさん・・・ありがとうございます!」
エースの言葉を受けて、夢に向かって前進する気持ちを強め、アレンは感謝の言葉を返した。
「ところでアレンくん、三銃士については知っているかな?」
「三銃士・・・世界をまたに駆ける盗賊集団のことですか?」
エースが唐突に切り出した話題に、アレンが疑問を投げかける。
「そうだ。三銃士は世界中の高価な宝や現金を盗んでいく3人の盗賊たち。だが彼らは故意に誰かを傷つけようとはしなかった。それも、クラフトにて暴走した魔力を沈めたとされている。」
「断定はできませんが、否定もできません。その事件以来、三銃士の行方は分からなくなってますし・・」
エースの言葉にアレンが答える。
三銃士は犯罪者でありながら、この時空管理局の中でもその活躍を賞賛する者も少なくない。その真意が何なのか、現在でも推測の域を超えない。
「とにかく、君たちも頑張ってくれ。私もルーキーの活躍に期待しているから。」
「エース提督・・・はいっ!ありがとうございます!頑張ります!」
エースの言葉に感嘆を覚えて、アレンが照れながら深々と頭を下げた。その心境を察して、ソアラも笑顔を見せた。
使い魔は主の思考が流れ込んでくるため、主の葛藤に使い魔もさいなまれることが多い。しかしその思考の流れは、主から使い魔への一方通行のため、主に対する使い魔の葛藤がここで膨らむことにもつながる。
ソアラは1番近くで、アレンの戦いと葛藤を見守り続けていたのである。
海鳴大学病院。多くの患者が入院しているこの病院に、えりなたちのクラスメイト、玉緒が入院していた。
ベットの上から外を見つめていた玉緒。その病室のドアがノックされ、彼女は振り向く。
「はーい、どうぞー。」
玉緒が明るく声をかけると、クラスメイトたち、えりな、明日香、姫子、広美、そして辻健一(つじけんいち)が入ってきた。
健一はいつもは悪ぶった態度を見せたりして、えりなをよくからかっているが、えりなや周囲の人たちを心配する一面も持っている。えりなが魔導師であることを知ったとき、彼女の魔法と気持ちを預かって戦ったこともある。
「こんにちは、玉緒ちゃん♪また来ちゃったよ、アハハハ・・」
「えりなちゃん、みんな・・今日も来てくれたんだね・・」
えりなが照れ笑いを見せると、玉緒が笑顔を返してきた。
「ワリィな、玉緒。えりなのヤツ、どうしてもお前のお見舞いに行きたいって聞かなくてさ。」
「もう、健一ったらまたイヤなことを言うんだからー!」
健一がからかってくると、えりながふくれっ面を浮かべる。その2人のやり取りを見て、玉緒が笑みをこぼす。
「ホントに仲がいいんだね、えりなちゃんと健一くんは。」
「ち、違うよ、玉緒ちゃん!別に健一とは何でもないんだから!」
「そうだぜ!誰がこんなヤツと!」
玉緒の言葉にたまらず反論するえりなと健一。しかし玉緒は2人が意気投合していると感じていた。
「みんな、学校に行って、楽しい時間を過ごしてる・・・あたしも、そんな時間を過ごしてみたいなぁ・・・」
玉緒が唐突に物悲しい笑みを浮かべると、えりなたちが困惑を覚える。玉緒は入院のために学校に行けず、孤独感を感じることがあった。
そんな彼女の心境を察して、えりなが優しく声をかけた。
「大丈夫だよ。玉緒ちゃんは私たちと一緒に学校に行けるようになるよ・・」
「えりなちゃん・・・ありがとうね。大丈夫。あたしにはえりなちゃんたちがいるし、あたしはずっと1人ってわけじゃないから・・」
えりなの励ましを受けて、玉緒が笑顔を見せて感謝する。彼女は自分の心の支えとなっているのがえりなたちだけではないと告げた。
「そうだったね・・いろいろと忙しいみたいで、私たちはまだ会ったことがないんだけど・・」
えりなは照れ笑いを浮かべて答える。玉緒は彼女たちに向けて、改めて笑顔を見せた。
次元世界の辺境の地「ランドル」。その山中を1人の少年が進んでいた。
リッキー・スクライア。遺跡発掘をして流浪の旅をするスクライア一族の人間である。人間ではあるが動物形態への変身が可能で、えりなたちのいる世界では子狐の姿でいることが多い。
リッキーはえりなに魔法の力と、彼女が魔法使いになるきっかけを作った少年でもある。グラン式オールラウンドデバイス「ブレイブネイチャー」を託し、彼女とともにカオスコアの回収を行った。
カオスコア事件解決の後、リッキーは発掘と探索の旅に出ていた。時々バートンや時空管理局に戻ることがあるが、今はこの旅に専念していた。
リッキーはこのランドルで、新たにロストロギアが発見されたという情報を入手した。その詳細を確かめるため、彼は単独でランドルを訪れていたのである。
「この辺りに洞窟の入り口があるって聞いたんだけど・・・」
山の中を見回していくリッキー。しばらく歩いたところで、彼は山の中に通ずる洞窟の入り口を発見する。
「もしかして、ここにそのロストロギアがあるかもしれない・・危険かもしれないけど、行ってみよう・・」
リッキーは勇気を振り絞って、洞窟へと足を踏み入れようとする。そのとき、彼は周囲の異変に気付いて足を止める。
周囲を見回すと、従来の山の空気の流れと違っていた。何らかの異常が起こっているか、何者かが潜んでいるとリッキーは推測した。
いつでも魔法を発動できるよう身構えるリッキー。周囲には何かの姿も見られず、気配も感じられない。うまく気配を消しているのだろうか。
そのとき、リッキーは自分に向かってくる球体に気付き、跳躍してかわす。地面にぶつかって弾けた球体は、水の弾だった。
(これは水の魔法・・どこかに、魔導師が・・・!?)
リッキーはさらに周囲を経過して、魔法を放ってきた相手を探す。空中に飛翔し、あえて自分の姿をさらす形を取って、相手の動きを捉えようとした。
そして再び水の弾がリッキーに向かって飛んできた。リッキーはそれをかわしつつ、相手の位置を見定める。
「そこっ!」
リッキーがとっさに魔法を発動し、光の鎖「チェーンバインド」を放つ。その鎖に引きずり出され、1人の少女が姿を現した。青い髪、青を基調とした衣服をした少女である。
「君が僕を・・・君は誰なんだ!?」
リッキーが少女に向けて呼びかけるが、少女は名乗ろうとせず、自分を取り押さえているバインドを引き剥がそうとしていた。
そして少女はバインドを破り、リッキーを見据えて身構える。彼女は両先端にそれぞれ刀身がある双刃の剣を手にしていた。
「もしかして、アンタもパンドラスフィアを探しに来たの?」
「パンドラスフィア?」
少女の問いかけに、リッキーは逆に疑問を覚える。
「もしそうなら、先を越させるわけにいかないからね!」
少女がいきり立ち、リッキーに向かって剣を振りかざしてきた。リッキーは跳躍し、振り下ろされた一閃をかわす。
「問答無用なの・・だったら!」
リッキーは躊躇を振り切り、魔法を発動させる。しかしその魔法は明確には発動されておらず、周囲には魔法を発動させたことさえ曖昧に見える。
少女はリッキーの行動に疑念を持たず、剣を振りかざして飛びかかってくる。そして彼女は彼の発動した魔法の包囲網の真っ只中に飛び込んだ。
そのとき、リッキーに迫ってきていた少女の動きが突然止まる。彼が仕掛けた拘束魔法「レストリクトロック」が彼女を捕らえたのだ。
磔にかかったように身動きが取れなくなる少女。リッキーが真剣な面持ちを浮かべて、少女に呼びかける。
「君が今僕にしたことは、列記とした暴行罪だよ。すぐに管理局に連絡を入れるから・・」
リッキーが少女に言いかけて、念話による通信を行おうとしたときだった。突如リッキーを囲むように半透明の壁が現れる。
「これは、ケージ・・いつの間に!?」
驚愕を覚えるリッキーを閉じ込めて、壁が淡く光りだす。そしてそれは氷塊へと変貌して彼を氷付けにした。
リッキーが動けないでいる間に、少女はバインドを打ち破って束縛から逃れていた。
「悪いけど、アンタにはここでじっとしててもらうからね。パンドラスフィアは、絶対に必要なものなんだから。」
少女はため息をつきながら、凍り付いて動けないでいるリッキーに言いかける。
(ダメだ・・強力なケージで、すぐには打ち破れない・・このままじゃ・・・えりなちゃん・・・)
氷塊の中で思考を巡らせるリッキー。だがその思念が念話となって外に飛び出していた。
病院から家に戻ろうとしていたときだった。えりなは何かの気配を感じ取って、ふと足を止める。
「どうしたの、えりな?」
明日香も足を止めてえりなに声をかける。
「呼んでる・・リッキーが私を・・・」
「えっ?」
えりなの声に明日香が眉をひそめる。感覚を研ぎ澄ませると、かすかに耳に届いてくるリッキーの声を捉えた。
「どうしたのよ、えりな、明日香?」
そこへ姫子が声をかけると、えりなと明日香が我に返る。
「あ、ゴメン、姫子ちゃん、広美ちゃん。ちょっと用事思い出したから・・」
「もしかして、また何かの事件?」
えりなが苦笑を浮かべて言いかけると、姫子が真剣な面持ちで訊ねる。姫子も広美も、えりなと明日香が魔導師であることを知っている。
「周りから仲良し3人組って言われてるくらいなんだからね。えりなの考えることなんて、何でもお見通しなんだから。」
「今は仲良し4人組だよ、姫子ちゃん。」
広美に口を挟まれ、姫子が照れ隠しにムッとなる。2人の優しさを受け止めて、えりなと明日香が微笑む。
「ありがとう、姫子ちゃん、広美ちゃん。でも心配しないで。ちゃんと帰ってくるから。」
「うん。もしもえりながムチャをするようだったら、私が引き止めるから・・」
姫子と広美に見送られる形で、えりなと明日香は駆け出した。これから起ころうとしている衝突に向かって。
「フリーズケージ」によって氷付けにされて身動きが取れなくなっていたリッキー。その前で、少女は念話を行い、仲間と連絡を取っていた。
そして通信を終えた少女は、再びリッキー眼を向ける。
「最低でも30分は持つはず。アンタはそれなりの魔力を持ってるから、死ぬことはないよね。」
少女はリッキーに言いかけると、この場を離れようとする。
そのとき、少女は接近する強い気配を感じて足を止める。彼女はその場で気配を探り、そして振り返る。
その先の崖の上に2人の少女、えりなと明日香がいた。
「えりな、リッキーが・・・!?」
明日香の呼びかけにえりなは驚きを覚える。リッキーは氷塊に閉じ込められ、身動きが取れない状態になっていた。
「助けに行かないと、リッキーを。」
えりなが言いかけると、明日香も頷く。2人はそれぞれ箱と鍵を手にする。
彼女たちが取り出したのはグラン式オールラウンドデバイス「ブレイブネイチャー」と「ウンディーネ」である。彼女たちの魔法の力である。
“Standing by.”
えりなと明日香が鍵を差し込むと、ブレイブネイチャーとウンディーネが音声を発する。
“Complete.”
そして鍵を回すと、箱の形状をしていたデバイスが変化し、杖の形状となる。ブレイブネイチャーの基本形態「ネイチャーモード」、ウンディーネの基本形態「ウォーティーフォーム」である。
同時にえりなと明日香の服装も変化する。えりなは白と若草色をメインカラーとした、学校の制服と酷似した衣服を、明日香は水色をメインカラーとした衣服を身にまとう。
魔法によって形成された防護服「バリアジャケット」である。
「魔導師・・・?」
変身を遂げたえりなと明日香に、少女は眉をひそめる。えりなが先行して少女とリッキーの間に割って入る。
後退して距離を取る少女が、えりなと、そして続いて降り立った明日香を見据える。
「あなたは誰なの!?どうしてリッキーにこんなことを・・・!?」
えりなが悲痛の面持ちで少女に呼びかける。
「もしかして、その魔導師の仲間なのね。」
少女は言いかけると、手にしていた剣の切っ先をえりなたちに向ける。
「あたしは三銃士の1人、水の剣士、アクシオ。」
「三銃士・・水の剣士・・・?」
少女、アクシオが名乗ると、明日香が眉をひそめる。
「アンタたちもパンドラスフィアを狙ってるの?だったら容赦しないわよ。」
アクシオが鋭く言い放ち、えりなたちと対峙する。えりなと明日香もやむなく身構える。
これが、新たな運命の始まりだった。
次回予告
またまた起きた突然の出来事。
三銃士!?
パンドラスフィア!?
もう、分からないことだらけだよ。
でも、私は負けないからね。
今こそ奇跡の、イグニッションキー・オン!