Blood File.13 落ちてきた少女

 

 

BLOOD

自らの血を媒体にして、様々な力を自在に操る吸血鬼

その能力故に、人々から忌み嫌われてきた存在

 

 最強のディアスとして覚醒したあかりを殺めてから2ヶ月後。

 ワタルはジョージアのパン屋での販売に力を入れていた。

 その2週間前、店長であるジョージアが突然腰を痛めてしまい、入院を余儀なくされてしまった。

 よって、彼はその店でバイトをしていたワタルを店長代理として経営を任せたのである。

 いちごや彼女の親友であるなるやマリアの協力もあって、店の収入の低下を免れた。

 

 ワタルといちごは、驚異的な力を持った吸血鬼、ブラッドである。

 魔物の別名ともいえるディアス。その神であるディアボロスにワタルはブラッドにされ、瀕死の重傷を追ったいちごを助けるために彼女の血を吸った。このとき、彼女もブラッドとなったのである。

 いちごの親友であるなるとマリアも、彼らがブラッドであることを知っている。

 意見が食い違ったこともあったが、ワタルたちは彼女たちとも解けこみ、人として生きてきた。

 ワタルといちごは、親友であったゆかりを手にかけてしまった。

 最強のディアスとして覚醒した彼女に力を奪われ、1度は石にされたが、彼らは互いを想う心の力によって石化を解いたが、結局彼女を助けることができなかった。

 死に際の彼女の血を吸ったことで、ゆかりはワタルといちごの中で生きていることになった。2人はそう思っていた。

 そんな後悔を心の奥底に置きながら、ワタルたちは今までどおりの生活を送っていた。

 

「ふう、今日もいい天気だ。」

 客足の少なくなったところを見計らって店の外に出て青空を仰いだワタルが、大きく背伸びをする。

 空は雲の少なく、雨の降る気配はまるでなかった。そよ風に吹かれながら、ワタルは深呼吸する。

 そこに下校してきたいちごが店の前を通りがかった。

「こんなところで油売ってちゃダメだよ、店長代理さん。パンを売らなきゃ。」

「おいおい、ちょっとした息抜きだよ。」

 いちごがからかうようにワタルに笑顔を見せ、ワタルは思わず苦笑する。

「今日も手伝うよ、ワタル。」

「ありがとう、いちご。なるとマリアさんは?」

「2人とも用事があるから今日は来れないよ。」

 そしていちごも空を見上げた。

「ホントにいい天気だね。気持ちがよくなるよ。」

 すがすがしい青空に、いちごも満足げに深呼吸する。

「これが生きてるってことなんだね。・・アレ?」

 そのとき、いちごがふと眼を凝らした。その様子にワタルも空を見上げた。

「どうした、いちご?」

「あれ、何だろ?」

「え?」

「何か、落ちてくるよ。」

 いちごが前方の上空を指し示し、ワタルはそこを凝視する。そこには何かが落下するのが眼に入った。

「おい、あれは人じゃないのか!?」

「ええっ!?」

 落下するのが人であることが分かり、驚く2人。

 ブラッドは人間の能力をはるかに超えている。その高い視力が、落下する人影を捉えたのである。

「ど、ど、ど、どうしよう・・!?」

 どうしたらいいのか分からず慌てる2人。

「と、とにかく助かれぇぇーーー!!!」

 わけも分からず、人影に向かって大声で叫ぶワタル。

 すると、その人の落下速度が急激に落ち、重力に逆らうようにゆっくりと宙に浮いた。

 ワタルは自分の思念をブラッドの力に変え、人の地上への激突を避けたのである。

 落下してきたのはいちごと同じくらいの年齢の少女で、水色の長髪をポニーテールにしていた。

 彼女は完全に脱力していて意識を失っていた。

「大丈夫、気絶しているだけだ。」

 少女を抱えたワタルの言葉に、いちごは安堵の吐息を漏らす。

「とりあえず中に運びましょ!安静にさせとかないと!」

 いちごの言葉に頷き、ワタルは少女を店の奥の、ジョージアの部屋に運んだ。

 

“臨時ニュースをお伝えします。本日正午に出発した飛行機、F−105便が、出発して20分後に突然消失するという異常事態が発生しました。パイロットから管制塔へ異常事態を知らせる連絡が入りましたが、間もなく連絡が取れなくなってしまった模様です。異常発生現場の周囲に機体は発見できず、乗客共々行方が分からない状態となっています。詳しい情報が入り次第、改めてお伝えいたします。”

 ワタルはラジオのスイッチを消した。

 今、1機の飛行機が消失するという事件が発生し、警察と空港関係者は困難を極めていた。

 飛行機は雲のない空を飛行していて、雷に撃たれることはありえず、周囲の土地に機体や乗客は一切発見できなかった。

 まるで神隠しにあったように、飛行機は完全に姿を消してしまったのである。

 ワタルが少女を運んだジョージアの部屋に顔を出すと、彼女は眼を覚ましてゆっくりと起き上がっていた。

「あっ!気が付いたようだね。」

 ワタルが安堵の吐息をつき、いちごが笑みを見せると、少女は物悲しく顔を歪める。

「みんな・・・みんな・・・!」

 突然、少女はいちごにすがり付いて泣き始めた。ワタルといちごの顔が曇る。

「どうしたんだ?何があったんだ?」

 ワタルが悲痛の面持ちで少女に問いかけた。

「みんな、みんな死んじゃったよ!友達も、みんな・・!」

 少女は大粒の涙を流して泣きじゃくった。彼女の頭を優しく撫でるいちご。

「よかったら詳しく聞かせて。できる限りあなたに協力したいわ。」

 いちごの優しさに、少女は頷いて涙を拭った。

 

 その日の正午、空港を飛び立った1機の飛行機。その乗客は、修学旅行に行く高校生が占めていた。

 その中の1人、水島あゆみ。

 窓側の席に座っていたあゆみは、水色のポニーテールをなびかせながら窓をのぞきこんでいた。

 飛行機は雲の上を飛行していて、窓の外の町や山々はまるでミニチュアをながめているように小さく見えていた。

「ねぇ、見て見て、外の様子。まるでおもちゃみたいだよ。」

 子供のようにはしゃぐあゆみが隣の席に座っている親友、ナナにも外の景色を見せようとする。ナナは苦笑いしながら座席を交代して窓をのぞく。

 そのとき、ナナは異変を感じて不審に感じ取る。

「アレ?ねぇ、真っ暗だよ。」

「何言ってるのよ、ナナ。飛行機はもう雲の上に出てるのよ。まだお昼だし、暗くなるわけ・・」

 その直後、機内が激しく揺れ、轟音が鳴り響いた。

「キャッ!な、なにっ!?」

 揺れる機内で生徒が混乱する中、わけが分からずあゆみが周囲を見回す。

 機内の明かりが消え、一気に暗くなる。何かが機体を覆って力を加えているようだった。

「キャァァーーー!!!」

 かん高い叫びと同時に、天井に亀裂が生じ、崩れて穴が開く。そこから、割れた窓から巨大な金属質の管が入り込んできた。

 穴や管の先端から、鉄色の粘り気のある液体が機内に流れ落ちてくる。

「キャッ!何、コレ!?」

 女生徒の驚愕の声をあゆみとナナは聞いた。恐る恐る近づいてみると、液体を浴びた女生徒の腕が、同じ鉄色のプラスチックに変わっていた。

 あゆみたちの中に、今までにない恐怖が込みあがってくる。周囲の生徒や引率の教師たちも、液体をかけられてプラスチック像にされて固まっていた。

「ちょっと、みんな、どうしたのよ・・!?」

 あゆみは混乱して、固まったクラスメイトの頬に手を当てる。

「なに固まってるのよ!?早く逃げないと危ないよ!」

 あゆみが悲痛の面持ちで呼びかけるが、液体をかけられて固められた人たちは全く反応しない。

 その間にも、飛行機を覆っている物体は徐々に力を入れて押しつぶし、機内を歪ませていった。

「あゆみ、危ない!」

 ナナはあゆみを引っ張り上げた。あゆみの手が離れたクラスメイトに、液体がさらにふりかかる。

「しっかりして、あゆみ!何とかしなくちゃ!」

 ナナが混乱するあゆみに必死に呼びかける。

 しかし、普通の人間である彼女たちに、飛行中の飛行機から脱出して無事に生還できる術はなかった。

 運転席のほうで爆発が起こった。機体にかかる圧力によって、精密機械が破壊されて火花を散らしていた。

「わっ!キャッ!」

 そのとき、叫ぶナナたちのいる後部席のほうでも爆発が起こり、機体に穴が開いて気流が激しく渦巻く。

 外に逃げていく気流に、何とか流されずに踏みとどまるあゆみとナナ。

「あゆみ、しっかりつかまって!」

「うん、ナナ!」

 互いの手を掴む2人。気流に巻き込まれて外に飛び出せば、もう助からない。生きようと必死になる2人は、手足に力を込めた。

 そこに容赦なく、管から液体が流れ込んでくる。

 そのとき、激しい気流に耐え切れなくなった2人をつなぎとめていた手が離れ、あゆみが気流に放り出された。

「キャァァーー!!」

「あっ!あゆみ!キャッ!」

 外に放り出されたあゆみに手を伸ばそうとしたナナに液体が降りかかる。

「ナナーーー!!!」

 叫ぶあゆみの眼に、プラスチックに固められていくナナの姿が映る。

 上空の気流に振り回されて、飛行機が巨大な物体に飲み込まれる様を最後に、あゆみは意識を失った。

 

「そうか・・そんなことが・・」

 あゆみの話を聞いたワタルといちごが悲しい顔をする。3人のいるこの部屋に、重い空気が立ち込める。

「それにしても、無事でなによりね。私たちが見つけて助けなかったら、地上に激突してバラバラになってたところだよ。」

 いちごが平然と物騒なことを言い、ワタルが驚いた様子を見せる。気を取り直して、ワタルが口を開く。

「今、ラジオで流れてたニュース。飛行機が神隠しにあったみたいに姿を消したって。多分、あゆみちゃんが遭遇した事件と同じ可能性が高いな。しかもそいつは、紛れもない生物だ。」

「生物って・・!」

 驚きの声を上げるいちご。思い出したように、ワタルに耳元で囁く。

「もしかして、ディアスの仕業なの?」

 小声で語りかけるいちごに、ワタルも小声で答えた。

「断定はできないけど、ディアスの中にも、真昼間から行動を起こすヤツも少なくない。そんなヤツのやったことかもしれないぞ。」

 魔物のことを俗称でディアスと呼んでいる。本来ディアスは、夜の闇に紛れて行動する者がほとんどだが、まれに陽の差すうちに動き出すものも出現するのである。

 ワタルやいちごのような吸血鬼、ブラッドもディアスに含まれるのである。

 そしてあゆみは再び泣きじゃくった。親友や恩師を一瞬にして失ってしまった彼女の悲しみは、計り知れないものだった。

 そんな彼女を優しく撫でるいちご。

「今日はもう休もう。これ食べて元気出そう。ね。」

 いちごはあゆみを励ましながら、パンを差し出した。あゆみは顔を涙で濡らしながら頷き、そのパンを食べ始めた。

「あの、すみません!」

 そのとき、突然店の外から声がかかった。

「はい、ただ今!」

 ワタルは慌てた様子で、部屋を出て行った。涙ながらにパンを食べるあゆみに悲しげな笑みを浮かべた後、いちごは部屋の中からワタルの様子をうかがった。

 店を訪れてきたのは、紳士服に身を包んだ男性で、営業的な笑顔が似合いそうだとワタルは思った。

「いらっしゃいませ。どうぞご覧になって下さい。」

 ワタルは笑みを作って、店に並べられた多種多様のパンを指し示した。しかし、男性はそれらに見向きもせずワタルを見つめている様子だった。

「いえ、パンではなくて・・」

「では、何でしょうか?広告なら受け付けませんよ。」

 笑顔は崩さなかったが、ワタルの放つ言葉は笑ってはいなかった。

 ときどきパン屋に、新聞や商品の広告や勧誘が来ることがあるのだが、ワタルはそれらをことごとく追い返していた。今回もそれだと思い、ワタルはしぶしぶ対応することにした。

「ここに水島あゆみさんはいますか?」

 男性のその言葉に、ワタルの笑みが消えた。

「あなたは誰ですか?そのあゆみっていう人に何か・・?」

 ワタルが聞き返すと、男性は突然不気味な哄笑を上げる。

「邪魔をするなら、あなたも容赦しませんよ。」

 ワタルは危機感を覚え、異様に震える男性に突進した。そのまま店の外に飛び出した2人。

「貴様、人間じゃないな!何者だ!?」

 ワタルが男性に対して鋭い視線を送る。

 男性は咆哮を上げると、体が巨大化して怪物の姿への変貌を遂げた。

 タコのように伸びた口、爪が鋭く伸びきっている手、そして長い尾をしていた。

「私はゲルドラス。私に立ちはだかるものは全て葬ります。君も例外ではないですよ。」

「ディアス!こんなところまで・・!」

 不気味な声を発するゲルドラス。

 最強のディアスへと覚醒したいちごの親友、あかりが死んでからも、ディアスの行動は留まることを知らなかった。

 中には、ブラッドであるワタルやいちごを狙ってくるものまでいる。

 それでも彼らは、その強襲をことごとく打ち破ってきたのである。

「ワタル、何が・・!?」

「いちご、出てくるな!あゆみちゃんのそばにいろ!」

 顔を出してくるいちごを、ゲルドラスに視線を向けたまま手で制すワタル。

「誰かを傷つけるつもりなら、オレは貴様をこの場で倒す!」

 ワタルはいきり立って、右手に力を集中させた。すると右手に紅い剣が具現化される。

 自らの血を代償にして、様々な力を使いこなす吸血鬼、ブラッド。その能力で、ワタルは剣を作り出したのである。

「な、何なの・・・?」

 その様子を、あゆみは虚ろな表情で見つめていた。

 不気味な怪物と、紅い剣を作り出してそれに対峙しているワタル。

 あまりにも現実離れした出来事に、彼女は眼を疑っていた。

 

 

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