Blood File.14 絶ち切られた家族

 

 

 高らかな咆哮を上げて、ゲルドラスが鋭い爪をワタル目がけて振り下ろした。

 ワタルはそれをかわし、手に持つ紅い剣を振り上げて爪を叩く。

 爪が金属音のように響き渡る音を放って弾かれる。

「貴様、何を企んでいる!?なぜあゆみちゃんを狙う!?」

 ワタルがゲルドラスを見上げて、鋭い視線を向ける。

「ほう。やはり店の中にいるのですね。」

 悠然とした態度をとるゲルドラスの言葉に驚愕するワタル。

「答えろ!どういうつもりなんだ!?」

「君に答える必要はありません。おとなしく引き渡すなら、見逃してあげましょう。」

 いきり立つワタルに対し、ゲルドラスは余裕の態度を崩さない。

 しかし、ふとワタルから笑みがこぼれる。

「何がおかしいのですか?まさか私に命を奪われたいとでも言うのですか?」

 ワタルの態度にゲルドラスが疑問視する。

「まさか。お前に命乞いする必要のあるほどの力があるとは思えなくてな。」

 その言葉にゲルドラスが驚愕し憤慨する。

「自惚れも相手を選ばないと、自ら死を招く結果を招きますよ!」

 ゲルドラスが手を伸ばすと、長い爪がさらに伸びてワタルの迫っていく。

 ワタルは紅い剣で爪の伸びる起動を弾いて外させた。

 10本の爪をかわして、ワタルが跳躍して爪の上に着地した。

「バカな!その位置を維持したまま、私の爪をかわすなど・・!」

 悠然と構えるワタルに、ゲルドラスが動揺を見せる。

「終わりだ!」

 ワタルは爪から飛び出し、ゲルドラスの頭部に紅い剣を突き立てた。

「ギャァァーーー!!!」

 かん高い絶叫を上げるゲルドラス。

 ワタルは後退して間合いをとり、崩れる巨体を見据える。

 剣の力によって、ゲルドラスの体が紅蓮の炎に包まれる。

 焼失したディアスの姿を見送って、ワタルは安堵の吐息を漏らす。

「こ、これって・・」

 あゆみは今の出来事を目の当たりにして、困惑しきっていた。

「ブラッド。様々な力を使いこなせる吸血鬼なの。」

「ブラッド?」

 いちごの呟きにあゆみが聞き返す。

「実は私もブラッドなの。普段はおかしく見られないように、瞳の色が黒く見えるレンズを付けてるの。」

 そう言っていちごは眼にはめていたコンタクトレンズを取り外した。すると黒く映し出されていた瞳の色が日の光のように紅くなっていた。

 親友のマリアの父が有数の大企業のオーナーであり、彼女を通じてこの特殊レンズを頼んだのである。

「何なの、いったい・・何がどうなってるの・・!?」

 あゆみの動揺がさらに広がっていく。

 巨大な金属のような物体の襲撃の後の、現実離れした能力と戦い。

 あゆみはすでに冷静さを失っていた。

 

「そう・・ブラッドって、そんなにすごいんだ。」

 あゆみが笑顔でワタルたちの説明に頷く。

 その日の夜、何とか気持ちを落ち着けたあゆみは、いちごの家に泊まることにした。

 ワタルは最初は彼女にせがまれてその家に居候することになったが、互いの気持ちが重なり合っていくにつれて、互いがいつしかなくてはならない存在に変わっていた。

 あゆみはワタルたちから様々なことを説明してもらっていた。

 ブラッドの能力、ディアスの存在。

 あゆみの思いもしないことばかりだった。

「ブラッドの力は万能といってもいい。けど、その能力を使うには、それだけの血を代償にしなくちゃいけないんだ。ブラッドも無敵の存在というわけじゃないんだよ。」

 ワタルの言葉に納得するあゆみ。

「それで、これからどうするの?家に帰るんでしょ?」

「うん。これから家に電話してみるわ。いろいろ心配してるから。朝になったら家に戻るよ。」

 あゆみはリビングの隅にある電話に手をかけ、自宅へと電話をかけた。

 歓喜の声と涙が彼女からあふれているのを、ワタルといちごは作り笑顔で見つめていた。

 

「みなさーん、朝ごはんの支度できたよー!」

 家の中に響く声。

 朝食の準備を終えたあゆみが、家中に声をかける。

「な、何だよ、今日はバイトも学校もない日だぞ・・」

 部屋のドアを開けて眼をこするワタルが愚痴をこぼして出てきた。続いていちごも同じように部屋を出る。

「いつまでも寝てちゃだめだよ。早起きは三文の徳だよ。」

 昨日の重く沈んだ空気を一変するかのような明るい声で、あゆみがワタルたちを呼ぶ。

 気の進まない面持ちで食事の並べられたリビングのテーブルに足を進める。

「あっ!すごい食事だなぁ。」

 ワタルが感心の声を上げる。それをよそにいちごが血相を変えて、キッチンに駆け出し、冷蔵庫を開けた。

「あ、あ、あゆみちゃん、もしかしてこんなに使ったの!?」

 いちごが慌しくあゆみに声をかける。ワタルが気になっていちごのもとに行くと、彼もすぐに顔色を変えた。

 ほぼ満杯になっていた冷蔵庫の中が、今では半分ほどに減っていた。

「も、もしかして、こんなに使ったのか?」

 ワタルが何とか気を落ち着けてあゆみに訊ねる。

「何言ってるの?朝はちゃんと取らないといけないよ。」

 気にしていないようなあゆみの態度に、ワタルたちは呆れるしかなかった。

「あゆみちゃん、家族の眼を気にしたことあるかい・・?」

「えっ?気にしたことないけど、それがどうかしたの?」

 もはや呆れかえるしかなく、朝食をとるしかないワタルたちだった。

 

 朝食を取った後、ワタルといちごはあゆみの自宅に向かって出発した。

 普段は学校の寮から通っていて、自宅はいちごの家からそんなに離れてはいない距離だった。

 その途中、買い物のために出かけていたなるとマリアに出会った。いちごから事情を聞いて気がかりになったなるたちも、一緒にあゆみの自宅に向かうことにした。

「ありがとう、あなたたちまで気を遣わせちゃって。」

「いいんだよ。困ってるときはお互い様だよ。」

 なるが活気のある返事をあゆみに返す。

 強い仲間思いの彼女は、孤独の波にさらされたあゆみを放ってはおけなかったのである。

「もうそろそろだよ。」

 しばらく歩いて、あゆみが駆け出した。久しぶりの家族の再会に胸を躍らせていたのである。その様子にワタルたちにも笑みがこぼれる。

 しかし、あゆみとの距離が離れてから、ワタルから笑みが消えた。

「どうしたの?」

 彼の様子にいちごが問いかける。

「この辺りに、闇の力を感じるんだ。」

「ディアスなの?」

「いや、まだ分からない。ただ、ここは慎重に動いたほうがいい。」

 真剣な眼差しで、ワタルは力の感じる方向へ歩き出した。いちごたちもその後に続く。

 そのとき既に、あゆみとの距離はかなり広がっていた。

 

 自宅の前までたどり着いたあゆみ。死の恐怖から生還して、家族との再会を心待ちにしていた。

 しかし彼女は今、ただならぬ違和感を感じていた。娘が怪事件に巻き込まれたにも関わらず、両親が慌しい様子が家から感じられない。彼女の家族はそんな薄情な人たちではない。

 静かすぎる家の雰囲気が、あゆみに緊張感を与える。

 何の躊躇もなく開けられるはずの玄関を、恐る恐る開ける。

 違和感がさらに強まった。鍵がかかっていないのに、付いているはずの明かりが消えている。

「お母さん、いずみ?」

 あゆみが家にいるはずの母と妹であるいずみの名を呼ぶ。しかし返ってくる返事がない。

 あゆみは息をのんで家の中に足を踏み入れる。静かすぎる家の中は、明らかに様子がおかしかった。

 リビングに入ってみるが、誰もいない。

 家族に何かあったのだろうか。あゆみの中に、一抹の不安が込み上げてくる。

「お母さん、いずみ、みんなどこ・・?」

「私ならここだよ。」

 背後から声がかかり、あゆみは振り返った。長い黒髪を1つに束ねている中背の少女がそこにいた。あゆみの妹、いずみである。

「いずみ・・・」

 あゆみが安堵の吐息が漏れる。しかし、すぐに彼女は緊張する。

 おかしい。いつもの明るい、笑顔を絶やさないいずみではない。

「帰ってきたんだ、お姉ちゃん。」

「いずみ、お母さんはどこにいるの?」

 あゆみの困惑しながらの問いに、いずみは妖しい笑みを浮かべた。

「お母さん?お母さんならここだよ。」

 そう言うといずみは、右手のひらをあゆみに見せた。

 その変化にあゆみは驚愕した。いずみの手のひらが盛り上がり、人の形をかたどっていく。

「これって・・!?」

 その姿はあゆみの母そのままだった。いずみの手のひらから、彼女の母が形作られたのである。

「そうだよ。お母さんだよ。お母さんにも私の力の一部になってもらったんだよ。」

 いずみが妖しい哄笑を上げる。あゆみの困惑がさらに強まる。

「どうして・・どうしてお母さんを!?それにどうしたの、あなたの体!?」

 声を荒げるあゆみがいずみに問い詰める。

 するといずみの体が変色を始めた。金属質の肌が不気味な輝きを小さく放っている。

「お姉ちゃんには特別に見せてあげるよ。私のホントの力を。」

 いずみの体から不規則な振動を起こす。着ていた服がその変化に耐え切れなくなって引き裂かれ、金属質の巨大な物体へと変わっていった。

「これって・・まさか・・!」

 あゆみはその姿に見覚えがあった。昨日、飛行機を襲い、親友や教師たちをも飲み込んだ物体そのものだった。

「この力を使うと、着てるもの全部使い物にならなくなっちゃうんだけどね。」

 物体からいずみの声が響き渡る。えん曲の球体となった金属の物体の一部が盛り上がり、いずみの上半身が姿を現した。

「もしかして、私たちが乗ってた飛行機を襲ったのも、あなたなの!?」

 動揺を必死に抑えて、あゆみが聞く。いずみが笑いながら頷き、あゆみはさらなる悲痛に襲われる。

「どうして、どうしてみんなを!」

「どうして?そんなの、アンタを苦しめるために決まってるでしょ。」

 いずみの顔から笑みが消え、次第に苛立ちが込み上がってくる。

「わたし、を・・・」

 いずみの言葉にあゆみは完全に混乱してしまった。そんな彼女に追い撃ちをかけるように、いずみが話を続ける。

「天涯孤独の身に置かれてた私を、お父さんとお母さんが引き取ってくれたのは知ってるでしょ?アンタは自分と同じように、私も可愛がられてきたと思ってるでしょ。」

 いずみは、あゆみと血のつながった本当の姉妹ではない。事故で両親を亡くした彼女を、あゆみの両親が引き取ったのである。

「でも、アンタが可愛がられてるのとは別に、私はひどい仕打ちを受けた。アンタにそのことを相談したけど、アンタは半信半疑で、お父さんもお母さんもとぼける始末。許せるはずがないわ!」

 いずみの顔が怒りで歪む。その憎悪にも気おされて、あゆみは言葉を返すこともできなかった。

「だから、私はアンタたち家族に復讐したのよ。お父さんお母さんはもちろん、助けてくれなかったアンタにもね!だから、修学旅行に行くことを利用して、アンタをクラスと一緒に始末してやろうと思ってたけど、運よく生き延びちゃったみたいだね。でも、友達がいなくなって寂しい思いになったと考えればよしとするわ。」

「いずみ!」

 怒りに耐え切れなくなったあゆみが、いずみに飛びかかった。親友や恩師を奪った目の前にいる人物から、もはや姉妹の絆は断ち切れていた。

 いずみが潜り込んだ金属の物体が形を変え、あゆみの怒りに任せた突進をかわす。

 振り返った彼女の眼前で、金属の物質が再び人の形を作り、一糸まとわぬ姿のいずみが現れる。

「この能力はホントに便利だよね。でも、使う度に裸になっちゃうっていうのが大問題なのよね。」

 いずみが呆れた態度で、自分の両手を見つめていた。

 

 ワタルたちもあゆみの自宅の近くまで駆け出していった。しかし未だに胸騒ぎを拭い去ることができずにいた。

「やっぱりおかしい。これだけ歩いても、人ひとり姿が見えない。静かすぎる。」

 ワタルが注意深く周囲を見回していく。日はまだ明るいのに、全く人の姿が見られなかった。

「何かが起こってるのね。」

 いちごが真剣な眼差しをワタル、なる、そしてマリアへと移していく。

「あたしとマリアはそっちを回ってみる。いちごたちはあっちを見てきて。」

 なるがワタルたちに指示を送る。ワタルといちごは、なるとマリアが向かった方向とは反対の道を見回ることになった。あゆみの自宅のある方向である。

 しばらく歩いて周囲に気を配る彼らだが、やはり人の気配が感じられない。

「キャーー!!」

 そのとき、ワタルたちのブラッドとしての鋭い聴覚が、かすかに発せられた悲鳴を捉えた。

「あっちのほうからだよ!」

 指差すいちごとともに駆け出すワタル。しばらく走ると、彼は玄関が開け放たれた家を見つめる。

 駆ける足を緩めて、慎重にその家の中に入っていく2人。家の中も外と同様、あまりにも静かすぎていた。

 そして1つの部屋のドアを周囲に注意しながら開けていく。そこでワタルたちは恐るべき光景を目撃する。

 制服を着たままの女子中学生が、驚愕した表情のまま真っ白になって固まっていた。

「いったいこれは・・!?」

 思わず驚愕の声を漏らすワタル。

「どうなってるの、コレ・・!?」

「分からない。石になったとも凍りついたともいえない。とにかく固まっている。」

 動揺するいちごの問いに何とか答えるワタル。通常に動いている時間の中で、眼の前の少女の時だけが止まっているように見えた。

「とにかく、なるたちと合流しましょ!このままじゃ危険だわ!」

 いちごの言葉にワタルは頷き、2人は家を飛び出した。

 

 再び妖しい笑みを浮かべるいずみに、あゆみの脳裏で怒りと恐怖が交錯していた。

「アンタは私を助けてくれなかった。だけど、私はそれでもアンタをお姉ちゃんだと思ってるわ。」

 いずみが裸で困惑するあゆみに近づいていく。

「もちろん、アンタと私は血はつながってないけど、これからはホントの姉妹となるんだよ。」

 そう言うとあゆみの眼の前からいずみの姿が消えた。

 虚を突かれたあゆみが周囲を見回すが、いずみの姿はどこにも見当たらない。

 そのとき、あゆみは両肩を掴まれて動きを止められた。視線を後ろに向けると、いずみが背後から彼女を押さえていた。

「い、いずみ!」

「お姉ちゃんにはもっと苦しい思いをしてもらわないとね。でもこれで、私たちはホントの姉妹だよ。」

 不気味に輝くいずみの牙が、あゆみの首筋に突き刺さった。

 

 

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