Blood File.7 私の愛に触れてみて

 

 

 ワタルはいちごの来ていた衣服を全て脱がし、自分も身に付けていた衣服を全て脱ぎ捨てた。

 一糸まとわぬ2人のブラッドが、肌と肌を触れ合わせていた。

 ワタルはいちごの体に寄り添った。血塗られた宿命を背負わされた吸血鬼とは思えないような綺麗な素肌をしていた。

「ん・・んん・・・」

 暖かい体の温度が伝わり、いちごが小さくうめく。

 ワタルは右手で、いちごの肌を滑らせる。

 頬から肩、腕、腰、そして足へと順に触れていき、そして胸に手を移していく。

「綺麗な体だ。触れていると、君の体を抱きしめていると、心が安らぐ・・」

 ワタルが妖しく呟くと、触れていた右手でいちごの胸を揉み始めた。

「う、うぐ・・・ぃ、いたぃ・・・」

 込み上げてくる刺激に、いちごが声を漏らす。

 ワタルは押し込むように、さらにいちごの体に寄り添って胸を揉んでいく。おぼつかなくなる両手が空を彷徨い、やがてワタルの体を抱きしめる。

(なんで、こんなことOKしちゃったのかな・・)

 刺激と快感に溺れながら、いちごが胸中で呟き始める。

(私、まだキスも初めてだったのに・・私が頼んだこととはいえ、こんなに好き放題にされてる。でも、どうしてだろう・・?だんだん気分がよくなっていく・・・)

 快感に溺れながら、いちごが心地よくなっていく。

 あのとき、ワタルをかばってダークムーンによって瀕死の重傷に陥ったとき、彼に血を吸われてブラッドとなった。そのとき感じた、体の変化によって生じた快感と似ていたのである。

 胸を揉まれる刺激が体中を駆け巡り、いちごに快楽を与えていた。

 ワタルは胸から手を離さないまま、いちごの首筋に犬歯を入れた。

 ワタルがいちごの血をゆっくりと吸いだしている。蠢いている血の巡りが荒々しくなり、いちごにさらなる快感を呼び起こす。

「あ・・ぁぁ・・ぁああ・・・」

 快感に耐えられなくなり、いちごが声を漏らす。

 少し血を吸ってから、ワタルはいちごから顔を離した。

「今度は、いちごの番だ。オレの血を吸ってくれ。お互いの血を混ぜよう・・」

 ワタルが小さく呟いて、自分の首元を見せる。

 いちごは断る様子さえ見せず、そのまま快感に溺れた体を起こしてワタルの首筋を噛んだ。

 血と一緒に、ワタルの思いが伝わってくるようにいちごは感じていた。荒くなる脈の鼓動に、今度はワタルが快楽を感じ声を漏らす。

 血を吸っているいちご自身も、流れ込んでくるワタルの血の侵入で快感を覚える。

 快楽に溺れ、お互いの気持ちを確かめ合い血を混ぜていく2人のブラッド。

 下半身には愛液が滴りあふれ、上半身では紅い血の雫が床にこぼれていた。

 

 冷たい空気が漂う夜の部屋の床で、ワタルといちごは横になって互いの体を抱き寄せていた。

 本来なら寒く感じるはずだが、お互いが体を寄せていたことで温もりが伝わっていた。

「寒くないか?」

「へいき、へいき。ワタルがそばにいるから、全然寒くないよ。」

 いちごが笑顔で答える。そのことにワタルは安心する。

「ねぇ、ワタル。」

「ん?」

「何で、私にこんなことしたの?」

 いちごがおもむろに問いを投げかける。

「私、自分の体をこんなに無茶苦茶にされたの初めてだったの。でも、どうしてか分からないけど、いい気分になれたの。」

 いちごが安堵の表情のまま話を続ける。

「最初は、胸をもみくちゃにされて痛かったよ。でもすぐに気持ちよくなってきちゃって。どうしてなのかな。血を吸われたときもそんな気分だった。それはブラッドとして体が変化してたからなんだけど・・」

 いちごは今、複雑な心境だった。

 ブラッドとして覚醒したとき、体の変化に伴って快感が押し寄せてきた。しかし、ワタルとの接触によって生じたこの快感は、血を吸われた衝動と変わらないものだった。

 ワタルに体を触られたり胸を揉まれたりしたことで、体に変化が及んだのだろうか。

 いちごの脳裏にそんな推理がよぎったが、実はそうではなかった。

 血を吸われて脈が激しくなるなり、体を触られたり胸を揉まれたりするなり、体に刺激が伝わることによって快感を覚えていたのである。

「オレは、君と離れたくなかったんだ・・」

 ワタルの返答に、いちごは疑問符を浮かべてきょとんとなる。

「昔、オレは事件に巻き込まれて死にかけた少女を見殺しにしてしまったんだ。」

「えっ・・?」

 ワタルの明かした過去に、いちごが呆然となる。

「少女はオレがブラッドであることを知っていた。彼女はオレに血を吸ってほしいと言ってきた。ブラッドになれば、人を超えた自然治癒力で回復するからね。でもオレはその願いを拒んだ。ブラッドは血に飢えた吸血鬼だ。人をそんな悪魔にしたくなかった。だから・・」

 そしてワタルは言葉を続けられなかった。しかしいちごは理解した。ワタルは自分と同じ悲しさと苦しさを味わってほしくないという一途な思いで、あえて少女を救わなかった。

「でも、それが間違っていたかもしれないと今でも後悔することがあるんだ。あのとき助けてやればよかったと。そしてあのときいちご、ダークムーンによって君も瀕死の重傷に陥った。どうしたらいいのか分からなかった。でも君は必死にオレに願った。血を吸ってくれって。もう後悔したくたいと思って、オレは君の願いを聞き入れたんだ。」

 ワタルにとっては苦渋の決断だった。

 血を吸って助けたとしても、ブラッドとしての血塗られた運命を課してしまう。しかし野放しにすればそのまま死んでしまう。

 呪われた宿命の中で葛藤しながら、ワタルはいちごをブラッドにして助けることを心に決めた。

 だから、その命を大事にしたいと思い続けていた。自分が救いたいと思った少女の命だから。

「ありがとう・・」

 いちごが安堵の表情で、ワタルに感謝する。

「ワタルが助けてくれなかったら、今頃私はここにいなかった。ワタルが私をブラッドにしたことに、私は感謝してるよ。」

「いちご・・」

 いちごの言葉にワタルは困惑する。

 自分が罪として意識していたことを、いちごは感謝していたのだ。

「あのとき少女を見殺しにしたことだって、私を助けてくれたことだって、ワタルがそうしたいと思ってしたことでしょ?必死に考えてしたことなら、それが間違っているとは思わないわ。」

「オレが、そうしたいと思った・・」

「私はワタルに命を救われた。だから、今ワタルが私にしたことを、私はちゃんと受け止める。だから、自分1人であんまり抱えこまないでね。」

 いちごの笑顔を見て、ワタルは少しだけ自分が救われたと感じた。

 苦渋の選択を迫られた中、ワタルは決断し実行した。そのとこに対して、少女もいちごも自分を恨んでいないと信じたい。

「分かったよ、いちご。他人を気遣ってやったことが、かえって他人を苦しませてしまったんだな。」

「そうと分かったら、もうちょっと私を抱いて。」

「大丈夫か?」

「何だか、まだ足りない気がするのよね。スッキリさせないと眠れなくなっちゃった。」

 苦笑するワタルに、いちごが笑顔で答える。

「ならいいけど、後始末が大変だな。」

「そうね・・」

 ワタルに続いていちごも苦笑する。

 明かりの消えた部屋の床は、快感によってあふれた愛液と、血を吸ったときに流れ落ちた紅い雫で濡れていた。

「でもいいよ。今は、1秒でもワタルといたい気分なの。」

 いちごの言葉に、ワタルは笑顔を取り戻した。

 そして再び彼女の胸に手を当て撫でていく。

「あ・・ぁぁ・・あはぁ・・・」

 再び呼び起こされた快感に、いちごはあえぎ声を上げる。

 互いの気持ちを確かめ合いながら、刺激と快楽に溺れながら、ワタルといちごはこの一夜を過ごしたのだった。

 

 夜の闇を明るく照らす月。

 その月を街のビルの一角から見上げていた1つの人影があった。

 ワタルと同時にブラッドの運命を背負わされた真紅の髪の青年、ダークムーンである。

 ダークムーンはただひたすらに月明かりが照らす夜空を無表情で見上げていた。

 その顔には縦に刻まれた傷が生々しく刻まれていた。ワタルの紅い剣によって左眼を切り裂かれたのであった。ブラッドの自然治癒力をもってしても、完治には到らず視力も失ったままである。

「まさか彼の心の力で形勢を逆転されるとは、あまりにも予想外なことだったよ。」

 傷ついた左眼を手で押さえながら、ダークムーンが呟く。

「けど、今度はその心によって、君は最大の苦しみとともに敗北することになるんだよ。」

 街灯の照らす街並を見下ろしながら、ダークムーンは不気味な哄笑を上げる。

「もうすぐだよ。近いうちに目覚めるだろう。この世界の歴史上、最強とされるであろうディアスの目覚めが。」

 ダークムーンは右手を街に向け、そこから冷たく青いオーラを放った。夜の街を歩く人々の数人が冷気に飲み込まれて、氷の塊に閉じ込められた。

 あまりの非現実的な出来事を目の当たりにした人々が、悲鳴を上げたり逃げ惑ったり、混乱を兆していた。

 その様子をあざけるように、ダークムーンが笑顔で見下ろす。

「保志ワタル、いやカオスサン、これから君が体験する苦しみは、こんな生易しいものじゃない。むしろこれはただの挨拶さ。まさか最強のディアスが、あんな身近にいたとは、私も予想できなかったよ。まぁ、何にしても最強のディアスが君にかつてない苦痛を与えつつ滅ぼしてくれることだろうね。」

 ダークムーンは哄笑を上げながら、混乱する夜の街から姿を消した。

 

 翌朝、ワタルといちごは床の上で、全裸の姿で眼を覚ました。滴り落ちていたはずの血と愛液は、すっかり床に染み込んで乾いてしまっていた。

「昨日はすっかり気分よくやっちまったなぁ。」

「そうねぇ・・」

 ワタルが安堵の吐息を漏らすと、いちごは小さく笑った。

「また、やっちゃおうか。」

「え?またか?」

 いちごの誘いにワタルがきょとんとなる。

「ああやって体を触られたり胸を揉まれたりするの、最初は戸惑ったけどいい気分になれた。イヤなことを忘れられる気がするの。」

 いちごが自分の体を抱きしめて語りかける。その言葉にワタルは安堵して答えた。

「いちごがよくなれるっていうなら、またやってやるよ。」

「ありがとう。でも・・」

「ん?」

 うつむいたいちごにワタルが疑問符を浮かべる。

「もうちょっと胸、大きくしたほうがいいかな・・?」

 赤面しながら言ういちごに、ワタルは気さくな笑いを上げて彼女の頭に手を乗せる。

「そんなことないよ。オレは、今のままのいちごが好きだよ。」

 優しく微笑むワタルに、いちごは満面の笑みを見せた。

「さぁ、早く服着て出かける用意しなくちゃな。オレはバイト、いちごは学校だ。」

「うんっ!」

 いちごは大きく頷き、ワタルとともに自分の衣服に手をかけた。

 

 それから3日後。

 いちごの親友であるマリアが突然行方知れずとなってしまった。

 手がかりはあかりが拾った、彼女がいつも首に付けていたペンダントだけだった。力の追加によって引きちぎられたと見られ、彼女が何らかの事件に巻き込まれたと認識して警察は動き出していた。

 ワタルもいちごも捜索を開始し、マリアの行方を必死に追った。

 そしてなるもマリアを連れ去ったと思い、犯人を捜し始めた。あかりはマリアの無事を祈りながら、困惑の時間を過ごしていた。

 その様子を、ダークムーンが悠然と見下ろしていた。

 彼が予告した最強のディアスの覚醒。ワタルを襲うかつてない恐怖と苦痛。

 暗黒に包まれた思惑の中で、最大最悪の戦慄が始まろうとしていた。

 そしてそれが、幸せと喜びの絶頂にいたワタルといちごを奈落の底へと突き落とすことなど、彼ら自信知る由もなかった。

「さぁ、運命の扉は開かれた。ワタル、最強のディアスが、君を絶望へと追い込むよ。君は逃げることも、ましてや勝つこともできない。絶対にね。」

 ダークムーンの哄笑が、雲ひとつない虚空に響き渡っていた。

 

 

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