Blood File.8 最後のディアス

 

 

 その日の夜も、なるはマリアと彼女を連れ去った犯人を追い求めて駆け回っていた。

 上には寒さに備えてパーカーを着用し、下は犯人と敵対する際に動きやすくなるように短いスカートをはいて、懐中電灯を携帯していた。

 この2、3日の間で、街では美女が行方不明になる事件が続発していた。なるは被害者が十数人に上るこの事件に巻き込まれたという一抹の不安を抱えながら、マリアを必死に捜し求めた。

 少女監禁、暴行、そして殺人。様々な事件性が人々の脳裏によぎっていた。

(マリア、アンタはあたしが助ける!)

 なるはとても仲間思いだった。親友の危機には1番に躍り出るように力になろうと心に決めていた。

 もしも犯人に出くわしたら、何が何でもマリアを取り戻そうと躍起になっていた。

 人通りの少ない住宅街に入り込んだところで、なるの前に同じく犯人を追っていたワタルが現れた。

 小さく街灯が照らす中、なるはワタルを睨みつけた。

「アンタ、こんなところで何してるんだよ?」

 なるは敵意を見せながら、ワタルに声をかけた。

「それはこっちのセリフだよ。高校生がこんな時間に何をしてるんだよ?」

「アンタには関係ないよ!」

 ワタルの憮然とした態度になるが憤慨する。

「もしかして、アンタが連れてったんじゃないだろうな?」

「それは違うよ。」

 不敵に投げかけたなるの問いに答えたのはいちごだった。いちごは悲痛の思いでなるを見つめていた。

「あかりがマリアのペンダントを拾ったのは昨日の2時ごろ。そのときワタルはジョージアさんのパン屋で仕事してたよ。ジョージアさんに聞いてみれば分かるよ。」

 しかし、いちごの必死の言葉にもなるは耳を貸さなかった。

「あいつは吸血鬼だ!人を乗っ取るなんて簡単なことだ!」

「ワタルはそんな人じゃないよ!」

 いちごの声が荒くなる。

 彼女はあかりにブラッドであることを明かした次の日、なるとマリアにもそのことを話したのだった。しかしそのことが、なるのワタルに対する嫌悪感をさらに強めてしまった。

「ワタルは死にかけた私を助けてくれた!それにワタルは人を襲うようなことはしない!人として必死に生きてるのよ!」

「もうよせ、いちご!」

 説得しようとするいちごをワタルが制した。

「でも・・!」

「いいんだ。オレはブラッド。血に飢えた吸血鬼だ。憎まれ口叩かれるのも仕方がないし、それにもずい分と慣れちまった。」

 ワタルの悲しげな笑みに、いちごは辛くなり、なるは苛立った。

「けど、これだけは言っておく。この事件からは手を引いたほうがいい。」

「勝手なこと言わないでよ!」

 ワタルの警告になるの怒りは頂点に達した。

「いちごがさらわれたときも、アンタはあたしを殴って彼女を連れ戻すのを止めた!とても腹が立ったよ!でもあたしがしたいからこうしてるだけだよ!アンタにあたしを止める権利はない!」

「君の気持ちは分かる。けどこれは君の手に負えない。頼むから帰ってくれ。」

「勝手なこと言うなって言ってるでしょ!」

「オレは、周りにいる人たちに傷ついてほしくないんだ!」

 苛立つなるに、ワタルは悲痛に声を荒げる。それがなるの憤慨を押し留めた。

 真剣な眼差しを向けるワタルと、ひどく動揺するなる。その様子をいちごは困惑した面持ちで見つめていた。

 そのとき、3人のたたずむ場所に無数の半透明の刃が雨のように降り注いできた。

「あぶないっ!」

 いちごがなるをかばい、ワタルが即座に紅い剣を具現化して刃の群れをなぎ払った。刃は氷で作られたもので、ワタルの周囲の地面に次々と突き刺さった。

「大丈夫か!?」

「うん、へいき!」

 いちごに心配の声をかけ、ワタルは上空を見回した。

(この力・・あいつか!)

「ダークムーン、出て来い!」

 ワタルは夜の闇に向けて叫んだ。その声に答えて、紅い髪の青年が音もなく姿を現した。

「その力、心の強さと言ったか。私の理解を大きく超えているのは相変わらずか。」

 ダークムーンが妖しく笑う。かつてワタルに切り裂かれた左眼の傷が生々しくさらされる。

「ダークムーン、何を企んでるんだ!?」

 ワタルがダークムーンに鋭い視線を送る。ひどく困惑するなるを、いちごが必死に守ろうとする。

「君にも見えてるはずだよ。この私の左眼の傷を。今の私が考えることは、君に最大の苦痛を与えることだよ。」

「何っ!?それはどういうことだ!?」

「君の力はすばらしい。いちごっていう子も勝るとも劣らないだろう。それでも、今度君たちが相手をするディアスには勝つことはできないよ。」

 ダークムーンの言葉にワタルたちが驚愕する。

「なる、しっかりして!」

 いちごに呼びかけられ、なるはようやく我に返る。

「なる、早くここから逃げて!ここは私とワタルが何とかするから!」

「でも、いちご・・・」

「いいから早く!」

 いちごに言いとがめられて、なるは立ち上がり、ワタルたちの様子をうかがってからその場から走り去った。

「これでオレたち以外誰もいない。」

「そうだね。存分にやれるしね。」

 なるが立ち去るのを見送って、ワタルはダークムーンに視線を戻した。ダークムーンは変わらずの妖しい笑みを浮かべている。

 

 いちごに促され、なるは必死に夜の道を駆けていた。

(あいつはいちごを連れてったヤツ。それにあんな力。吸血鬼ってこんなにすごかったの!?それに、ワタルはあいつと敵対していた感じに見えた。もしかして、あいつが・・!?)

 動揺の治まらないまま、なるはひたすら走り続ける。そして道の途中で足をつまずき、前のめりに転倒する。

 転んだ痛みを感じながら立ち上がり、なるは小さくうめいた。

「とにかく、あかりに知らせなくちゃ!いちごたちが戦ってるんだから、あたしがあかりを守ってやらないと。」

 自分に言い聞かせて、なるはあかりの家に向かって再び走り出した。

 

「さぁ、決着をつけてやる!」

 いきり立つワタルに、ダークムーンは氷の剣ブリザードを作り出しながら、あざけるように笑みを漏らした。

「慌てなくてもいいよ。どうせ君に勝機はないんだから。」

「お前は、今度戦うディアスにオレたちが勝てないと言ったな?それはどういうことだ?気配を探っても、お前が以前とあまり力が変わってないようだけどな。」

 ワタルの推測通り、ダークムーンの力はワタルと教会で戦ったときとあまり変化がなかった。むしろ、左眼を潰されて遠近感が鈍ったことによって、能力が著しく減退しているとワタルは予測した。

「もしかして、マリアを連れ去ったの、あなたなの!?」

 いちごが前に躍り出て、ダークムーンに訊ねる。

「マリア?もしかして君の友達のことかな?彼女を始め、多くの女性たちを連れ去ったのは、最強のディアスだろうな。」

「最強のディアス?」

「オレたちが勝てないのが、その最強のディアスだというのか!?」

 いちごとワタルに緊張と戦慄が走る。ダークムーンは小さくうなずき、話を続けた。

「暗黒の歯車はもう動き出している。最強のディアスは眼を覚まし、君たちを絶望に追い込むために行動を開始してるよ。」

「それがお前だというのか・・!?」

 ワタルの言葉に、ダークムーンは哄笑を上げた。

「的確な推理をしたと思ってたのに、詰めが甘いようだね。私が最強なら、私に勝った君は何なんだい?」

「じゃ、いったい誰なの?」

 いちごが緊張の面持ちで問い詰める。

「私も正直驚いたよ。あんな身近に最強のディアスがいたなんてね。君も私も、なぜ今まで気配を感じ取れなかったのか。それは、最強のディアスが、人間とのハーフだったからさ。」

「人間とのハーフ?」

 ダークムーンの言葉に、ワタルといちごは疑問符を浮かべた。

 

 汗だくになって駆けてきたなるは、やっとのことであかりの家にたどり着いた。

「あかり!あかり!」

 インターホンがあることさえ気にも留めず、なるは玄関のドアを強く叩いた。するとドアが開き、あかりがきょとんとした顔で現れた。

「どうしたの、なる?」

 あかりはなるの慌てぶりに呆然としながらも訊ねた。

「あかり、大変なんだ!あのときいちごを連れ去った男がまた現れて!」

「あの男?紅く長い髪の人のこと?」

 混乱しているなるとは対称的に、あかりはきょとんとした表情のままだった。

「とんでもない力を使うんだ!そいつといちご、それにワタルってヤツが戦って・・いったい、何がなんだか分かんないよ!」

「よく分からないけど、とにかく落ち着いて。汗びっしょりじゃないの。タオル貸してあげるから、上がって。」

 あかりに促されるまま、なるは家に上がることにした。

 

「あ、そうだ!なる、見せたいものがあるんだ。」

 あかりが思い出したように声を上げた。

 なるはあかりからタオルを借りて汗を拭っているが、ワタルたちの間で起こっている出来事からの不安と混乱がまだ消えてはいなかった。

「ちょっといいかな、なる?」

「え?あ、うん・・・」

 またもあかりに促されて、なるはリビングを出て2階への階段を上がり、廊下の突き当たりまで歩いていった。

(あれ?こんなところに部屋なんてあったか?)

 なるは突き当たりの部屋に疑問を抱いた。

 いちごとマリアと同様、あかりの家にはよく遊びに行くのだが、前に来たときには2階突き当たりに部屋はなかったはずである。

「さぁ、入って、入って。」

 あかりは笑顔で部屋のドアを開けた。

 

 ダークムーンはブリザードを下ろしたまま、話を続けていた。

「最強のディアスは、人間との混血によってさらに強力な力を備えている。最強に相応しいほどにね。」

「でも、それならブラッドも最強のディアスに入るんじゃないの?私もワタルもあなたも、元々は人間だったわけだし。」

 いちごの疑問に、ダークムーンが不敵に笑いながら答えた。

「ブラッドの吸血による繁殖は、人間の肉体の組織を完全にブラッドのものに作り変えてしまう。外見は人間だけど、中身は完全にディアスのものだよ。けど、人間との混血で誕生した最強のディアスは、人間とディアスの肉体組織を合わせ持っているんだ。」

 そしてダークムーンはワタルたちから視線をそらす。

「しかし、始めは人間の能力が表面化してしまうようで、覚醒するまでディアスの力が抑え込まれてしまうようなんだ。だから私たちはその気配を感じ取ることができなかったわけだ。」

 ワタルたちにさらなる緊張が走る。その様を再び見つめるダークムーン。

「だから私は目覚めさせたんだよ。わずかに漏れていた気配を感じ取り、心の奥底で眠っていた最強のディアスを私が覚醒させたんだよ。君を絶望に追い込むためにね。それにしても、君たちが1番近くにいたのに気付きもしなかったなんて、どういうわけか有頂天になっていたようだね。」

「何が言いたいんだ!?」

 ダークムーンの言葉が理解できず、ワタルは声を荒げた。

 ダークムーンは笑みを消し、鋭い視線を向けた。

「最強のディアスは、君たちのそばにずっといたんだ。目覚めるときを待ってね。」

 

 冷たい風を太陽が暖かくしている正午。

 あかりとマリアは公園のベンチに座って雑談をしていた。

「あ〜あ、いちごもやっちゃったんだぁ〜。あたしも早く彼氏みつけないとなぁ〜。」

 間の抜けた愚痴を漏らすあかりに、マリアは苦笑した。あかりはどういうわけか、いちごがワタルと肌の触れあいをしながら一夜を過ごしたことを知っていた。

 あかりがベンチから立ち上がり、大きく体を伸ばす。

「いい天気。いつまでもこんな気分でいたいものね。」

「だったら、私が気持ちよくさせてあげるよ。」

 声をかけられたあかりとマリアが振り返ると、紅い髪の青年が彼女たちを見つめていた。

「あ、あなたは!?」

 あかりが声を荒げ、マリアをベンチから立ち上がった。

 紅い髪の青年、ダークムーンは指を鳴らすと、彼とあかり以外の周囲が灰色に染まり動きを止めた。

 孤立した変異空間にたたずむあかりとダークムーン。彼女から慌てぶりが消え失せ、無表情で彼を見つめていた。

「もっと楽しくいたいかい?」

 ダークムーンが妖しくあかりに語りかける。彼女は小さく笑みを浮かべてうなずいた。

「じゃ、解放しようか。君の中にある力を。」

 ダークムーンに促されるように、あかりは自分の体を抱きしめた。

「ん・・んん・・・はぁ・・・」

 あかりは体に力を込める。すると体から何かが生まれ出るような気分に陥った。まるで赤ん坊を産み落とす妊婦のように。

 彼女の中に不思議なイメージがよぎる。

 体中が光り輝き、着ているものを全て吹き飛ばすような強い力があふれ、もうひとりの自分を作り出していく。隠されていた力が解放され、刺激に歪めていた顔に安堵の色が戻る。

 そして意識が現実に戻る。周囲はまだ時間が停止した状態であるが。

「気分はどうだい?」

 ダークムーンが妖しい口調で訊ねる。あかりは虚ろな表情から小さく笑みを浮かべた。

「うん。とっても気持ちいい。何だかホントの自由を手に入れたみたいな。」

「力は感じるかい?」

「うん。体中からあふれてくるくらいに。」

「使い方は分かるね。ちょっと試してみようか。」

 ダークムーンはもう1度指を鳴らした。するとマリアだけが時間停止から解放され、色が戻った。

「あれ?あかり、いったいどうなっているんですか!?」

 マリアの慌てぶりに、あかりは平然としていた。マリアがあかりを見ると、彼女は催眠術か何かにかけられていると感じて、さらに混乱した。

「あかり、どうしたのです!?あなた、何を・・!?」

 ダークムーンに視線を向けたマリアに、あかりが妖しく語りかけてきた。

「大丈夫だよ、マリア。マリアは何にも知らなくていいの。知らないほうがいいことだってあるのよ。」

「あかり・・・」

 マリアの中に緊張と恐怖が支配していく。そんな彼女の胸に、あかりは手を伸ばして当てた。

 そしてその手からまばゆいばかりの光が放たれた。その光に全てを奪われるような気分に陥り、マリアは脱力しながらも何とか踏みとどまった。輝いた光があかりの手に吸い込まれて治まった。

「何です、今の光!?・・あかり、いったい何を・・」

  ピキッ パキッ

 恐怖に満ちた言葉を発したそのとき、マリアのスカートが弾けるように引き裂かれ、尻と秘所があらわになる。その肌は人間味を失った白みがかった灰色をしていた。

「こ、これって・・・!?」

 自分の体の変化に怯えるマリアに、あかりが妖しく笑いながら近づいていく。その様子をダークムーンがまじまじと見つめる。

(なるほど。これが彼女の能力。相手の力を奪い取り、石に変えてしまう。彼女はこれからこの力に溺れて、どんどん力を上げることだろうね。)

 ダークムーンが胸中であかりの力を分析、感心する。

  パキッ ピキッ

 マリアにかけられた石化は徐々に彼女の体を蝕み、ひざ、そして胸の辺りまで進行して衣服をボロボロにしていく。

 恐怖が頂点に達したマリア。彼女の感覚が、麻痺していくように鈍っていく。その様子を妖しく見つめるあかり。

「あかり、これはどういうことですか!?」

 手足まで石に変わり、首にまで石化が進行したマリアが声を荒げる。あかりが彼女の石の肌を優しく抱きしめた。

「マリア、とっても綺麗な体してるね。胸も大きいし、いい具合にくびれてるし。」

 マリアの石の肌を手でなでていくあかり。感覚の鈍っているマリアにかつてない刺激が伝わる。

「あかり、やめてください・・」

 あかりが体を滑らせることで快感を覚え、マリアの顔から恐怖が消えていく。

 石化して揺れることのない彼女の胸を、指でいじるあかり。しかし、体が石になっているマリアには抵抗する術がなかった。

「あはぁ・・・ぁぁ・・あかり・・・」

 快楽に溺れ、顔から力が抜けていくマリアから小さく声が漏れてくる。胸から手を離し、あかりが彼女を笑顔で見つめる。

「そう、その顔だよ。怖がってる顔でオブジェになっちゃかわいそうだからね。お互いに。」

  ピキキッ パキッ

 満面の笑みを向けるあかりの眼の前で、マリアの顔が灰色に染まっていく。

 唇を石化し、最後に小さな涙を流した瞳を石に変えた。

  フッ

 マリアはあかりに力の全てを奪われ、虚ろな表情のまま全裸の石像に変えられてしまった。

「どうだい?力を使ってみた気分は?」

 ダークムーンがあかりに訊ねる。彼女は満面の笑みを見せて、

「もう最高!いいことをしたって気持ちでいっぱいよ!」

「そうかい。だったら、この力をもっとすばらしいことに使ってみようか。」

「何をすればいいの?」

「ブラッドをやっつければいいんだよ。」

「ブラッド?」

「不思議な力を持つ吸血鬼だよ。保志ワタルっていう人がそうだよ。彼は君の親友の天宮いちごの血を吸い、同じブラッドにしたんだよ。」

 ダークムーンの言葉を聞いたあかりから笑顔が消え、怒りに顔が歪む。

「許せない・・あの人がいちごを・・ワタルさんがいなかったら、いちごはあんな辛い思いをしなくてもよかったのに・・!」

 あかりの脳裏に、いちごがブラッドであることを知ったときの記憶がよみがえってきた。いちごのひどく辛そうな顔があかりの眼に映る。

「君の大切ないちごを助けるためにも、君の力を使わないとね。」

 ダークムーンは優しく微笑み、石になったマリアに寄り添った。

「君の家に新しい部屋を用意しておく。この子はそこに連れて行くよ。こんな姿で放っておいたらかわいそうだからね。」

 あかりがうなずいたのを確認して、ダークムーンはマリアを連れて姿を消した。

 灰色の変異空間が解かれ、時間の流れが元に戻る。そしてあかりは我に返り、周囲の不審さを感じた。

「あれ?マリア、どこ?」

 辺りを見回しても、マリアの姿がない。そしてあかりは、地面に落ちたペンダントを見つけて拾った。

 マリアがいつも身に付けていたものである。

 あかりの悲鳴が公園に響き渡ったのはその直後だった。

 

 

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