Blood File.6 力の代償

 

 

 いちごは剣を再び構え、狙いを定める。

(こうなったら、頭を狙って突いてやる!)

 跳躍してリザドス目がけて剣を振り上げた。

 そのとき、剣の形が不安定になり、いちごの手から消失する。剣の重みが手からなくなり、いちごが驚愕しながら着地する。

「そんな・・・」

 今まで剣を握っていた両手を見つめて困惑するいちご。リザドスの哄笑がさらに大きくなる。

「結局は青二才だったということか。使える力が限界に来ていたことにも気付かないなんてな。」

「それでも、私は諦めない!」

 すぐに真剣な顔を取り戻したいちごが、リザドスに鋭い視線を送る。

「私がここで諦めたら、浅野くんはずっと部屋の閉じこもっちゃうのよ!だから、どうしても諦めない!」

 必死の思いを投げかけるいちごに対し、リザドスは哄笑をやめた。

「自分の考えを曲げないその意気込みは褒めてやろう。だが、今のお前では誰も助けられないぞ。体力は限界に達し、力はもう使えない。そんな状態でオレと戦うつもりか?」

 いちごの呼吸が落ち着かなくなる。ブラッドの力によって、体力が低下していた。

「さぁ、魂を頂くとするか。」

 リザドスが右手をかざし、淡い光の球を生み出した。

「これで終わりだ!」

 リザドスが光の球をいちごに向けて投げ放った。しかし、体力の落ちたいちごにはよけきる余力が残されていなかった。

 光の球はいちごの胸を貫き、大きく旋回してリザドスに戻ってくる。いちごの体は糸の切れた人形のようにその場に倒れた。

 リザドスが嬉しそうに水晶となった光の球を見つめる。中には意識がもうろうとしているいちごが閉じ込められていた。

「やはりブラッドというところか、まだ意識を保っているとはな。」

 リザドスの水晶に封じ込められた魂は、その中で深い眠りに陥ってしまう。ブラッドほどの精神力があれば、封じ込められていても意識は保っていられるのだが。

 いちごが水晶の中で抗いもがいている。しかし、その声は外には伝わらない。

「だがもはや何の抵抗もできん。さて、じっくり味わってやるぞ。」

 いちごの魂を食そうと、リザドスが長い舌を伸ばしてきた。魂が何らかの形で消失すれば、仮死状態となっている肉体にも本当の死が訪れることになる。

「やめろ!」

 そのとき、リザドスを突き飛ばし、いちごの入った水晶を奪い取ったのは亮二だった。

 必死の思いの亮二を、リザドスが振り返って凝視する。

「亮二、どういうつもりだ?せっかく手に入れたオレの獲物を。」

「こいつは悪いヤツじゃない!オレは思い上がったネットのヤツらを始末したかっただけだ!何の悪さもしてないヤツまで、いなくなってほしいとは思わない!」

 いちごをかばいながら必死に語りかける亮二を、リザドスが大きくあざ笑う。

「ずい分と都合のいい言い分だな。そいつはオレが手に入れた獲物だ。大人しく渡せ、亮二。」

「イヤだ!こいつだけはダメだ!他のヤツらなら好きなだけ喰わせてやる!」

 声を荒げて訴える亮二。リザドスはひとつため息をついた。

「共存決裂だ。お前もオレの餌にしてやる。」

 リザドスのその言葉に、亮二は畏怖して身構える。

「オレはまた共存できるヤツを探すさ。お前のように不満を溜め込んでいるヤツなんぞ五万といるぞ。」

 きびずを返して逃げ出そうとする亮二に、リザドスが舌を伸ばす。

 そのとき、その舌が風のような一閃によって切り落とされた。

 リザドスが激痛にあえぎ、どす黒い鮮血が地面に滴り落ちる。

「誰だ!?」

 リザドスと亮二が振り返った先には、ワタルが紅い剣を右手に持ちながら鋭い視線を向けていた。

「その剣・・お前もブラッドか。」

 不気味な声と発すると同時に、リザドスの舌が再生する。

 ワタルは視線を動かして、この場の現状を理解しようと努める。そして不気味な哄笑を上げているリザドスに視線を戻す。

「お前が街の人たちを昏睡状態にさせた犯人、いや、ディアスか?」

 敵意とともに剣の切っ先をリザドスに向けるワタル。

 そのとき、亮二がいちごの魂の入った水晶を地面に叩きつけた。水晶は粉々に砕け散り、閉じ込められていた魂が解放された。いちごの魂が倒れて眠る肉体に戻っていく。

「そうか。水晶を壊せば、そのまま魂は解放されるんだ。」

 ワタルは事件と眼前にいるディアスの力について理解した。

 魂を喰らうディアスと世間に恨みを持つ人間の共存がこの事件を引き起こしたのである。

「オレの邪魔をするというなら、たとえお前がブラッドであっても生かしてはおかんぞ!いっそのこと、お前の魂を頂くのもいいだろう。」

 リザドスが標的をワタルに変えて、勢いよく飛び出した。

 足元を狙って伸びてきた舌を跳躍でかわし、背後で着地して振り返りざまに赤い剣で切りつける。

 リザドスが激痛のあまりうめくが、再生能力によって背中につけられた切り傷が消える。

「オレにお前の攻撃は通用しないぞ!切られてもすぐに再生するぞ!」

 リザドスが勝ち誇った態度でワタルを見据える。

 しかし再生能力があったとしても心臓か頭を潰されれば生きていけない。そのことを明かさなかったのは、ワタルが本来のブラッドであると認識したからだった。

 だが、ワタルは予測していた。

 彼は剣をリザドスの頭部目がけて投げつけた。リザドスは虚を突かれ、剣はそのまま頭部に突き刺さった。

「ギャアァァーーー!!!」

 荒々しい咆哮を上げ、悶え苦しむリザドス。その姿を見つめるワタル。

「頭を破壊されて、まともに生きていられるヤツはまずいない。いくら再生できても、思考能力に影響が出てくるはずだ。」

「こ、こんなことが・・・」

 頭に突き立てられた剣から紅蓮の炎がほとばしり、リザドスを焼き尽くす。剣は魂を喰らい続けてきたディアスとともに消滅した。

 ワタルは気を失っているいちごを介抱している亮二に近づいた。

「大丈夫。気絶しているだけだ。」

「そうか・・」

 ワタルはいちごの体を抱えて、その場から立ち去ろうとする。

「待ってくれ。オレは・・・」

 亮二の制止に、ワタルは振り返らずに答える。

「オレはみんなの魂を解放する。水晶を割れば魂は解き放たれるからな。」

「やめろ!」

 亮二がワタルの肩を掴んで止める。

「あいつらを助けることだけは許さないぞ!あのまま閉じ込めておいて、終わらない地獄を味あわせ続けてやる!自分の身の程を分からせるためにもな!」

 ワタルを掴む亮二の手に力が入る。ワタルは虚ろな表情のまま、

「君が何を考え、どういうつもりであのディアスと手を組んでいたのかは知らないが、君がしていたことは、君にとっての心の汚い人たちと大して変わらない。いや、それ以上の、人として決してしてはいけないことだ。」

「そんなことは・・」

「他の誰がどんな悪口を言おうと、君が気にすることじゃないだろ?君が一番しなくちゃいけないことは、自分の進むべき道を探すことだ。」

 ワタルに言いとがめられて、亮二は肩を掴む手を離す。

 ひざをつく亮二に、ワタルは哀れむように視線を向ける。

「君にはまだ人の心が残ってる。いちごを必死に守ってくれたんだから。」

 優しく言葉をかけるワタルは、いちごを連れて公園を立ち去った。

 

 その後、ワタルは意識を取り戻したいちごと共に、水晶から街の人の魂を解放した。

 閉じ込められていた魂は元の体に戻っていき、昏睡状態から回復に兆しへと向かっていった。

 翌日、今まで登校拒否をしていた亮二が教室に現れた。いちごを始めとした生徒たちが、快く彼を歓迎した。

 人の優しさを改めて感じて、亮二は自分の未来に希望が持てたような気がした。

 そして、その日の夜、いちごはワタルから少しだけ血を吸った。

 ブラッドとしての力を暴走させてしまい、媒体となる血を余分に消費してしまった。

 この行為はいちごが吸血鬼であることを自覚させるには十分だった。

 気を狂わせるような紅の色。生暖かい血の感触。

 人間ではとても耐えられないはずなのに、今の彼女には心地よく感じた。

「ありがとう、ワタル。私なんかのために・・」

「気にするな。オレが君をそんなふうにしてしまったんだから。ところで、もういいのか?力を使って、かなり血を消費してしまったはずだ。」

「ううん、いいの。あんまりやっちゃうとワタルが参っちゃうから。」

 いちごは悲しげに首を横に振る。

「ブラッドの力は両刃の剣だ。様々な力が使える分、使い方を間違えたら自分自身さえも傷つけてしまう。それに力を使えば、媒体となる血を使う分だけ消費してしまう。ブラッドでも、決して無敵というわけじゃないんだ。」

 ワタルは悲しげに窓から夜空を見つめる。外は星が瞬き、月が輝いていた。

 いちごが椅子に腰かけ、うつむく。

「それにしても、どうして助けに来れたの?」

「え?」

 いちごの質問の意味が分からず、ワタルが振り返りざま疑問符を浮かべる。

「私、昨日気付かれないように出て行ったのに。寝たというところを見計らってね。」

 いちごの言葉に、ワタルはひとつ笑みを浮かべた。

「実はあの日、なかなか寝付けなかったんだよ。出て行ったのは気付いてたよ。トイレに行ったのかなと思ったんだけど、なかなか戻ってこなかったから部屋をノックしたらいなくて。あのとき場所を聞いていたのと、その寝付けなかったことが幸いしたということかな。」

 ワタルが気さくな笑みを見せ、いちごが安堵の吐息を漏らした。

 いちごの部屋はワタルの部屋の1階の奥の突き当たりに位置しており、彼女が部屋を出て行けば部屋にいるワタルにも分かるのである。

「さて、そろそろ寝る時間だ。オレは部屋に戻るとするよ。」

「待って。」

 振り返り自分の部屋に戻ろうとしたワタルを、いちごが呼び止めた。

「どうして、私を助けてくれるの?」

 悲痛の思いで語りかけるいちごに、ワタルは振り返らずに答える。

「さっきも言っただろ?オレが君をブラッドにしてしまったんだから。これは、オレの罪の償いなんだ。」

「私はワタルが悪いとは思ってない。私がムリに頼んだから。あなたとずっと一緒にいたいって。」

「それでも、オレがまいた種であることに変わりはないよ。」

 物悲しく呟くワタルに、いちごはさらに食い下がる。

「いつまでもあなたに助けられたくない!今お礼をする!何をすればいいの!?」

「感謝されるようなことはしてない。たとえしていても、それはオレの罪滅ぼしだ。」

「言って!何でもいいから!」

「ホントに何でもいいのか?」

 やっとのことで振り返ったワタルに、いちごは黙ってうなずいた。

 するとワタルはいちごの前まで歩み寄る。まじまじと見つめられて、いちごに緊張感が走る。

「キャッ!」

 ワタルがいちごの肩を掴んで床に押し倒した。その拍子でいちごが思わずうめき声を上げる。

 そしてワタルはいちごの服を脱がそうと、上着のボタンに手をかけた。

「ちょっとワタル、何を・・!?」

 突然のことに困惑しながらも、いちごはワタルに抗おうと服を脱がそうとする手を振りほどこうとするが、ワタルはさらに服を脱がそうと力を入れてくる。

「お願い・・やめて!」

 必死に訴えるいちご。するとワタルはいちごの唇に自分の唇を重ねた。

 心の中に込み上げてくる気分を抑えきれず、いちごは何の抵抗もできなくなってしまう。

 唇を離したワタルが、悲痛の表情で語りかけてくる。

「君の肌に、触れさせてくれ・・」

 ワタルの必死の願い。しかし、困惑しているいちごは何も答えない。

「君の肌に触れていると、心が安らぐんだ。だから・・・」

 ワタルが涙ながらにいちごに願い出る。これほどすがりつく彼の態度を、いちごは初めて目の当たりにした。

 彼の心からの情に流されたのか、いちごはただうなずくしかなかった。

 

 

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