Blood File.3 ラブ・ドレイン

 

 

 いちごのことが気がかりになり、ワタルは大通りに飛び出していた。

 しかし、彼はいちごたちの通っている学校の場所を知らなかった。

「まいったなぁ。こんなことなら学校の名前くらい教えてもらってりゃよかった。」

 完全に行き詰ってしまい、ワタルは頭の後ろを掻く。

 街中を抜けて小さな歩道で途方に暮れていると、慌しい表情をした女子高生3人がこちらに近づいてくるのが眼に止まる。

「あれは・・」

 ワタルには見覚えがあった。いちごの学校の親友たちである。

「いました!この人です!」

 マリアを始めとしたいちごの親友たちが、息を荒げながらワタルの前で立ち止まった。

「どうしたんだ!?何かあったのか!?・・いちごはどうした!?」

 血相を変えるワタルに、マリアが落ち着きなく言い始める。

「ワタルさん、大変です!い、いちごが、いちごが連れ去られました!」

「何だって!?」

 ワタルは声を荒げてマリアの肩を掴む。そして自分まで落ち着きがなくなりかけていたことに気付き、脱力して手を離す。

「ゴメン・・それで、誰がいちごを・・?」

「紅い髪をしてた!」

 マリアが言いかけたところに、あかりが割り込んで答えた。

「背はあなたと同じくらいだったし、眼の色も紅くて怪しかったよ!」

「・・まさか、ダークムーンが!?」

「あっ!ワタルさん!」

 ワタルが憤って駆け出すが、マリアに呼び止められて振り返る。

「君たちはついてくるな!いちごはオレが何とかするから!」

「悪いけど、そうはいかないよ。」

 なるが前に出て、ワタルの制止を否定する。

「いちごはあたしたちの親友なんだ。見ず知らずのアンタには任せてられないよ!」

 そう言い放って、なるは駆け出した。

 彼女がワタルの横を通り抜けようとした瞬間、ワタルの拳がなるの腹部にめり込んだ。

「ぐっ!こいつ・・!」

 痛みにうめきながらその場でうずくまるなる。彼女を見下ろしながら、ワタルが悲痛に顔をゆがめている。

「君じゃあいつは手に負えないよ。とにかくオレに任せてくれ。」

 そう言ってワタルはきびすを返し、そのまま走り去っていった。

「なる!」

「大丈夫、なる!?」

 差し出されたあかりの手を振り払い、なるは消えゆくワタルの姿を凝視する。

「あたしは、いちごはあたしたちの親友だと思ってる。」

「それは分かります。私たちも同じ気持ちです。でもなるも見たはずです。あの人は尋常じゃないことを。」

 マリアがなるの手を取って、心配の声をかける。

「とにかく、ワタルさんに任せましょう。私たちじゃ、おそらく警察でも太刀打ちできないでしょう。」

 マリアとあかりはワタルが去った方向を見つめていた。

 なるは彼に任せることに対して腑に落ちていなかったが、そのいかんともしがたい力の差に、いちごを助けたい気持ちを抑えざるを得なかった。

 自分の無力さに歯がゆい思いを抱えていた。

 

 ダークムーンの氷のように冷たい気配を感じながら、ワタルは街の隅に建てられている教会の前にたどり着いた。既に太陽はオレンジ色に輝いて傾き始めていた。

(多分ヤツはここにいる。冷気のようにも感じられるオーラがひしひしと伝わってくる。)

 緊張感に圧されながらも、ワタルは教会の正門を開いた。

 正門の先は大講堂があり、その奥にはキリストの像が置かれていた。

 中央道を少し進むと、開け放たれていた正門が勢いよく閉まった。

「神の見ている場所で待ち構えてるなんて、悪魔であるディアスのすることじゃないと思うが?」

 ワタルは振り返らず、視線だけを後ろに向けた。紅い髪と眼をしたダークムーンが妖しく笑っている。

「罪深き君への裁きにはすばらしい場所だと思うんだけど。」

「いちごはどこだ!?お前が連れ去ったことは聞いている!」

「彼女ならあそこだよ。」

 ダークムーンが大講堂の天井を指差す。ワタルがその先を見上げると、半透明な物体が宙に漂っていた。

 眼を凝らすと、それは棺の形をした氷塊で、その中には眠りについているいちごが収められていた。

「いちご!貴様・・!」

 ワタルがいちごに向かって叫び、悠然と構えるダークムーンに苛立ちを見せる。

「そう興奮しないでくれ。彼女は死んでいない。冷凍睡眠と同じ原理さ。今、彼女を解放するよ。彼女をさらったのは君を誘い出すためだからね。」

 ダークムーンが指を鳴らすと、いちごを閉じ込めていた氷塊が粉々になった。解放されたいちごがゆっくりとダークムーンのもとへ下りてくる。

 受け止めた彼女を近くの椅子に下ろし、ワタルに再び視線を戻す。

「さぁ、始めようか。ディアスは本来、人を蝕む種族だ。それを拒んだ君は、存在するだけで邪魔になる。せめて神が見下ろすこの場所で葬ってやるよ。」

 ダークムーンの右手から冷たい水色のオーラが取り巻き、氷の剣を作り出した。

「私の氷剣ブリザードは、断ち切った全ての命を凍てつかせる。どんな高熱でも防げないよ。」

 ブリザードを構えるダークムーンを鋭く睨み据えるワタル。

「いつかは決着を着けなきゃいけないと思ってた。オレはお前を倒し、人としてこれからも生き続ける!」

 ワタルは紅い剣を具現化し、ダークムーン目がけて飛び出した。

「世迷い言だよ、そういうのは。」

 振り下ろされたワタルの剣を、ダークムーンのブリザードが受け止める。

 ワタルが力任せに押し込もうとするが、ダークムーンは一歩も引かない。

「人間は心の力が大きく左右される。けど、それはあえて言えば弱さでしかない。何事もないところで躊躇や混乱を招く。それが本来持っている力を殺してしまっているんだよ。」

 ブリザードが紅い剣をなぎ払い、同時にワタルの右腕を切り裂いた。

「ぐっ!」

 うめき声を上げるワタルは、紅い剣を横なぎに一閃して、ダークムーンとの間合いを取る。

 切られた腕を押さえて息をつくワタルと、再び剣を構えるダークムーン。

「どうだい?これが心に揺さぶられる君と心を殺した私との差だよ。そのように相手を倒すことに迷いを持たなければ、負けることはまずない。たった1人の少女のために君は冷静さを欠き、私の罠にマンマとかかってきた。それが君に死を与えるんだよ。」

 今度はダークムーンがワタルに飛びかかる。

 振り下ろされたブリザードが力強くワタルの剣を叩いていく。その一撃一撃に圧され、再びワタルの胸にブリザードがかすめる。

 固い正門に叩きつけられ、ワタルが倒れて剣を手からこぼす。

 痛みにうめくワタルを悠然と見下ろすダークムーン。

「同じブラッドである私からの最後の慈悲だよ。私と一緒に人間を蝕もう。人間の上げる悲鳴や恐怖に対する喜びをもう1度呼び覚ますんだ。」

 ダークムーンが手に持つブリザードの切っ先をワタルに向ける。

 ワタルは傷ついた体を起こして、再びダークムーンを見据える。

「冗談じゃない!オレは人との自由を求め続ける!お前が人の自由を奪おうと言うなら、ダークムーン、オレはお前を倒す!」

 ワタルが覇気とともに再び紅い剣を出現させる。

「それに、人の心はかけがえのないものだ!お前が考えているようなやわなものじゃない!本当の強さを呼び起こすものなんだ!」

 ワタルの叫ぶ言葉を、ダークムーンはあざ笑う。

「心が本当の強さだって?滑稽なセリフだよ。どうしてもブラッドとしてその力を使わないというなら、私の手でこの場で葬ってやるよ。」

 ダークムーンがブリザードを振り上げた。ワタルは傷ついた体に鞭を入れて、攻撃に備える。

「ワタル!」

 かん高い声とともに、ワタルは横になぎ倒された。倒される直前に視線を移すと、意識を取り戻したいちごがワタルを押していた。

 そんな彼女に、ダークムーンのブリザードが容赦なく振り下ろされた。

 ブリザードによって2つの胸を分けるようにいちごの体が切り裂かれ、おびただしい鮮血を飛び散らせながら仰向けに倒れる。

「いちご!!」

 起き上がったワタルが変わり果てた少女の姿を見て叫ぶ。

 まだ意識は残っていたが、瀕死の重傷であることに変わりないということは見て取れた。

 血にまみれたいちごを見下ろし、ダークムーンが不敵に笑う。

「まさかこんなに早く眼を覚ますとは思わなかったよ。けど、これは馬鹿げた行為だ。君がかばい立てしなくても、ワタルは私に勝てることなく死を迎える。君のやったことはただの自殺志願でしかないんだよ。」

 ダークムーンが再びブリザードの切っ先をワタルに向ける。

 いちごは何が起こったか分からないような虚ろな表情をしていた。しかしワタルの眼には、彼女がうっすらと笑みを浮かべているように映っていた。

「いちご・・・オレなんかのために、こんな目に・・・」

 ワタルは紅い剣を下ろした。ダークムーンはそれを戦意喪失と受け取った。

「今度こそとどめをさしてやる。君が愚かにも惹かれたその子も近いうちに死を迎えるだろう。」

 ダークムーンがブリザードを構える。

 その瞬間、ダークムーンの持つブリザードの刀身が宙を舞った。ワタルの紅い剣がブリザードをなぎ払い、刀身を叩き折ったのだ。

「何っ!?」

 予想だにしていなかったワタルの俊敏な動きに、ダークムーンが驚愕の声を上げる。

 ワタルが胸の内からほとばしる怒りを押し殺して、ダークムーンを睨みつける。

「ダークムーン・・オレは、お前を許さん!」

 怒号が具現化したかのように、ワタルの体から紅いオーラが放出する。

 ダークムーンが再びブリザードを具現化するが、構えるより速くワタルの紅い剣が飛び込んできた。

「ぐああぁぁぁ!!!」

 その一閃がダークムーンの左眼を切り裂き、激しい痛みに彼が咆哮を上げる。手からブリザードを床に落とし、おびただしい鮮血を流しながら数歩後退する。

 ワタルが再び攻撃を加えようとするのを察知し、ダークムーンはさらに飛び上がった。

 追撃を入れられず舌打ちするワタル。左眼を切られ激痛に歪む顔を手で必死に押さえるダークムーン。

「確かに心には弱さがある。しかし同時に、強さも持っているんだ!」

 ワタルが宙に漂うダークムーンに再び叫ぶ。

 激痛に耐えながら、ダークムーンが不気味な笑みを見せる。

「まぁ、少なくても、君が現に私を追い詰めたのは事実だ。今日のところは退散することにしよう。けど、あの子はもう助かりはしないよ。君の弱さが彼女を殺したんだよ!」

 そう吐き捨ててダークムーンはワタルの前から姿を消した。

「いちご・・」

 ワタルは手に持つ剣を捨て、いちごに駆け寄った。

 出血がひどく呼吸が小さくなっているのが、見るだけでもはっきりと分かるほどだった。

 今から急いで近くの病院に駆け込んでも、もう間に合わない。

「いちご!おい、しっかりしろよ!」

 ワタルが叫びながら、ゆっくりといちごの体を起こす。

 いちごがうっすらと笑みを見せて、ゆっくりと手を伸ばしてくる。

「ワ、ワタル・・・」

 弱々しい声を聞き、ワタルが血みどろのその手を握り締める。

「いちご、オレをかばうなんて、ホントにバカだよ・・・」

「・・アンタ、ほどじゃ・・ないよ・・・私なんかのために・・・」

 いちごの浮かべる作り笑顔が、ワタルにはとても辛かった。

 ワタルにはこの現状が、少女を見殺しにした昔のあの出来事と重なって感じていた。

 また同じ惨劇が繰り返されていると思うと、いても立ってもいられなかったが、ワタルはその気持ちを必死に抑えた。

「ワタル、お願いがあるんだけど・・」

 いちごが真顔になってワタルに語りかけてくる。

「私の血を吸って・・ブラッドになれれば、私は・・・」

 彼女のこの言葉にワタルは憤った。

「何言ってるんだよ!?オレみたいになりたいのか!?血と恐怖を好み、人間に忌み嫌われる魔物ディアスに!?」

 いちごをブラッドにしてしまうことは、彼女を救うどころか、さらなる苦しみの奈落へと突き落としてしまうことになる。かつてワタルはそう考え、少女に救いの手を差し伸べなかった。

「でもワタルは、その辛さを乗り越えてきたじゃない。私も、そんなふうに強くなりたい。」

 いちごの眼から涙があふれ出る。その悲痛の願いが、ワタルのかたくなな心を揺れ動かす。

「絶対に、後悔しないから・・・」

 再び彼女が笑顔を見せる。彼女とあの少女の面影が、ワタルの脳裏で重なる。

 何が正しく、何が間違っているかなんて、もう関係ない。

 ただ、自分も後悔はしたくない。同じ辛い思いは繰り返したくない。

「・・・分かったよ・・」

 ワタルは虚ろな表情で答え、そのまま顔をいちごに近づけた。

 そして吸血鬼の鋭い牙を、いちごの首筋に突き刺した。

 同時に、いちごは今まで感じたことのない心地よさを感じていた。

 傷口が消えていく衝動ではない。自分の全てをさらけ出されているような感覚である。

「・・あぁ・・ぁぁ・・・」

 その気分に耐え切れなくなったのか、いちごが小さく声を漏らす。

(これが、ブラッドになるってこと?自分の血を吸われるってこと?)

 いちごが揺れる脳裏で小さく呟く。

 自分の体の変化が手に取るように分かる。その蠢きは快感となって、魂の解放のような快楽をいちごに与えていた。

 やがていちごの首からワタルの顔が離れた。

 制服は裂けたままだったが、ダークムーンに切りつけられた傷はまるで何ごともなかったかのように消えていた。

「・・ありがとう、ワタル・・」

 安堵の吐息を漏らして、いちごがゆっくりと眼を開ける。その瞳は血に染まったように紅くなっていた。

「いちご・・・」

 悲痛に顔を歪めたワタルは、いちごの顔を自分の胸に当てさせた。

「ワタル?・・・ちょっと、苦しいよ・・」

「・・しばらく、このままでいさせてくれ・・・」

 ワタルの悲痛の言葉に、いちごは何も言わずに彼に身を委ねた。

 彼女はもう人間ではない。呪われた運命を背負った吸血鬼、ブラッドとなったのである。

 それぞれの想いが交錯する2人を沈めるように夜が訪れ、2人の瞳も青く染まっていった。

 

 

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