Blood File.2 雨

 

 

 キャンドルマスターの巻き起こした事件が幕を下ろした頃、ワタルはいちごに引っ張られて彼女の家に連れてこられた。

 彼女は小さな一軒家で1人暮らしをしていて、その隣に住んでいる人が彼女の親戚の知り合いで、困ったときなどに力を貸してくれている。

 ワタルはいちごの調理した食事をもらうことにした。彼女の気遣いがあってか、その料理にはにんにくは入れていなかったが、ブラッドはおとぎ話の吸血鬼のようににんにくや十字架が苦手というわけではなかった。

「ふぅ、久しぶりに美味しい食事にありつけたよ。ありがとな。」

 食事を終え、ワタルが安堵の吐息をつく。

「私、あんまり料理上手なほうじゃないよ。そんなのに喜ぶなんて、ホントにちゃんとした生活してなかったんだね。」

 いちごの言葉にワタルは苦笑いする。

「それより、こんなオレが仕事できる方法があるって言ってたな?」

 ワタルの言葉にいちごは元気よくうなずいた。

「私の友達の親が大企業のオーナーで、ガラス工場を化学品工場も経営してるのよ。だからその2社が協力すれば・・」

 その後、いちごは含み笑いを浮かべ始めた。その様子にワタルは疑問符を浮かべていた。

 

 その日から、ワタルはいちごの家に居候することとなった。

 バイト先を探しながらいちごの提案を待ちながら3日が過ぎたこの日は、どしゃぶりの雨は降り続いていた。

 いちごはまだ学校から帰ってこず、この家にはワタル1人きりである。

「雨か・・」

 ワタルは窓から虚ろな表情で雨を見つめていた。

「嫌なモンを思い出しちまうな・・・」

 ワタルは昔のことを思い出していた。

 彼は昔、いちごによく似た少女と出会った。2人はいつしか意気投合し、お互いなくてはならない存在となった。

 しかし、少女は強盗事件に巻き込まれ、強盗の放った銃弾で瀕死の重傷を負ってしまった。

 少女はワタルに、血を吸ってもらうことを願い出た。ブラッドに血を吸われた人は、同じブラッドとなって人間の能力をはるかに超えた存在になることができる。自然治癒力も向上するため、この瀕死の傷も塞ぐことができる。

 しかし、ワタルはそれを拒んだ。

 ブラッドは能力としてはすばらしいが、血に飢えた悪魔、ディアスであることに変わりはない。少女を自分が味わった辛い思いをさせたくはないと感じ、ワタルは彼女の願いを聞き入れなかった。

 だが、その行為が彼自身を後悔させた。

 少女はそのまま帰らぬ人となった。もしもあのとき血を吸いブラッドへ覚醒させていれば、少女は死なずに済んだのだ。

 苦渋の選択を迫られたワタル。何が正しく何が間違いだったのか。今思ってもワタルには分からなかった。

「あの日も、こんな雨が降ってたな。」

 彼のあの悲しみを、雨が一瞬だけ洗い流していた。

「またあの悲劇を繰り返さないためにも、オレがあいつを守ってやらないとな。」

 ワタルは雨から眼を離し、再びバイトを考案しながら雑誌のページをめくった。

 

「ただいま〜!」

 雨が弱まってきた頃にいちごが帰宅してきた。

「おう、おかえり・・アレ?」

 リビングから顔を出してきたワタルがきょとんとする。いちごの隣にいるもう1人の少女。同じ制服ということで同じ学校の生徒であり、おしとやかな表情をしていた。

 いちごの親友の1人、椎名マリアだった。

「お邪魔します・・あなたもお邪魔してるみたいですね・・アハハ・・」

 思わず苦笑いするマリア。いちごたちの知り合いにワタルがいなかったためだった。

「マリア、紹介するわね。保志ワタルよ。」

 いちごがワタルとマリアを紹介する。

「マリアが、昨日話した友達よ。」

「いちごさんの頼みをお父様に言ってみましたら、引き受けてくれましたよ。それで、これがその品です。」

 そう言ってマリアは1つの箱をワタルに手渡した。箱を開けると中にはコンタクトレンズが入っていた。

「これは?」

 ワタルが4つあるレンズの1つを手にとってマリアに訊ねる。

「これは瞳の色を黒くする特殊なレンズです。でも、これをつけたことで視界に変化が起きることはありません。」

「へぇ、こいつは便利だなぁ。ありがとう、マリアさん。」

 ワタルは感謝の言葉を言ってマリアと握手を交わした。その様子をニヤニヤと見つめるいちご。

「もう、照れちゃって。」

「オ、オ、オレは別にそんなんじゃ・・」

 思わず赤面するワタル。マリアが思わず笑いを浮かべる。そして彼はレンズ2つを両目にはめてみる。

「ん〜・・よしっ!いい感じ!」

「うん。眼の色も黒く見えるよ。」

 レンズの効力に感心する2人だった。

 

 次の日曜日。

 ワタルはいちごに付き添ってもらい、彼女の知り合いが店長を務めているパン屋でのバイトを許可してもらった。

 店長は気の優しく人徳のある人で、いちごたちに親しまれている。

 早速仕事を開始したワタルだったが、てきぱきとした仕事ぶりに店長は感心していた。

 その帰り、ワタルは寄り道すると言ったいちごと別れ、1人で家に戻ることとなった。

 その途中、再び雨に降られてワタルは駆け足になった。

「ふぅ、また雨が降ってきたぞ。今日はホントに嫌な天気だなぁ。」

 近くの建物で雨宿りすることにしたワタル。

「あの頃を思い出すかい?」

 突然かけられた声にワタルが振り向く。彼の横には紅い長髪をした同じくらいの年齢の青年が不敵な笑みを見せていた。

「お前っ!?」

 ワタルはその青年に覚えがあった。

「覚えていてくれたようだね。この私、ダークムーンを。」

「場所を変えようか。」

 ワタルは雨の降り続く街道を飛び出し、青年ダークムーンも後を追った。

 

 ワタルは人気のない空き地にダークムーンを誘い出した。雨は先程のどしゃ降りがウソのように止んでいた。

「ここなら文句はない。」

「そうかい。じゃ、本題に入ろう。」

 ダークムーンが変わらない不敵な笑いを浮かべている。

「しばらく見ないうちに、ずい分と哀れな姿になったものだね、カオスサン。いや、今は保志ワタルと呼んだほうがいいのかな?」

「その名でオレを呼ぶな!」

 ダークムーンの言葉にワタルが憤怒する。

「そう怒らないでくれ。私がつけた名ではないのだから。」

 ダークムーンがからかうような仕草でワタルをなだめる。

「10年前、君と私は新たな命と力を得た。ブラッドとしての力を、ディアスの神、ディアボロスによって。」

「ああ、そうだな。オレは混沌の炎カオスサン、お前は暗黒の氷ダークムーンとしてな。」

 ワタルとダークムーン。

 もともと人間だった2人は、ディアスを治める神ディアボロスによってブラッドの力を与えられた。

 同じブラッドだったディアボロスは、人間たちの決死の攻撃によって葬られ、カオスサンは1人の人間、保志ワタルとして、ダークムーンはディアスとブラッドとして今まで生きてきたのである。

「今の姿からしても惨めだと思うよ。あのとき君が人として生きていくと言い出して、呆れ果てる思いになったよ。でも君はブラッド、人間を糧にするヴァンパイアは人間として生きていくことはできないよ。だから君は銃弾で倒れた少女をあえて救わず、人として生きることを貫き通したつもりだけど、そのことを今でも後悔している。」

「黙れ!」

 ダークムーンの言葉にワタルは苛立った。同時に彼から紅いオーラがほとばしった。

「オレはもう人を襲わない!これからもオレは1人の人間として生きていく!お前の勝手にはさせないぞ、ダークムーン!」

「クフフフ・・果たしてうまくいくかな?」

「何っ!?」

「これから私は殺戮ショーを行う。人間が私たちブラッドの生贄でしかないことを知らしめるためのね。君を世話している少女もその客だよ。」

 その言葉にワタルは胸の内から湧き上がる憤りを感じた。

「おい、やめろ!いちごには手を出すな!」

 苛立つワタルの様子を、ダークムーンは妖しく笑う。

「へぇ、いちごっていうんだ、その子。大事にしないとね。あのときの二の舞にならないように。」

 そう言ってダークムーンは音も立てずに消えていった。

 ワタルは怒りを抑えられず、拳を握り締めるしかなかった。

(あいつが、ダークムーンがあの惨劇を繰り返すのか。いちごを襲うというのか。そんなことはさせないぞ!あの悲しい思いはもうしたくない!)

 胸中でいきり立つワタル。

 そのとき、ワタルの鋭い聴覚が2つの悲鳴を捉えていた。

 はっとしてワタルが駆けていくと、大通りに大勢の野次馬が集まっていた。

 近くの歩道橋から人ごみをかき分けて見下ろすと、2人の男女が悲惨な姿をさらしていた。

 ブラッドとしてのワタルの視覚は、遠くからでもある程度の詳細を見極めることができる。

 女性は首筋を噛まれて倒れ、男性は氷漬けにされて立ち尽くしていた。

(あいつだ・・ダークムーンの仕業だ。)

 ワタルは歯軋りしながらその場を後にした。

 彼と同じブラッドとしての宿命を背負わされたダークムーンは、自在に振舞えるその力を氷の力として使用している。

 ダークムーンは女性の血を吸い尽くして絶命させ、さらに男性を凍死させて姿を消したのだ。

(もしかしたら・・)

 ワタルは慌てていちごの家を目指しながら、ダークムーンの行方を追った。

 しかし、ダークムーンを発見することはできず、いちごは無事に帰宅を果たしていた。

 

 その翌日、ワタルはいちごの護衛を願い出た。いつダークムーンが彼女を襲わないとも限らないからだった。

 しかしいちごはそれを断固拒否。自分の考えを押し付けるのは腑に落ちなかったため、ワタルはそのまま家に残ることとなった。

(友達が迎えに来たことだし、大丈夫だろう。)

 そう言い聞かせたものの、やはり心配を拭い去ることができず、時計が12時を回ったところでワタルは家を飛び出した。

 

 その日のいちごたちの学校は特別な行事があったため、午前中だけの授業だった。

 彼女はあかり、なる、マリアと一緒に下校しようとして校門を通過した。

「ところでいちご、アンタの家に男が泊まりこんでるらしいなぁ。」

 なるがニヤニヤしながらいちごに訊ねる。

「べ、別にそんなんじゃないよ。」

 顔を赤らめながら答えるいちご。するとあかりが、

「マリアが贈り物をしたとき、馴れ馴れしくしてたらしいし、うっかりしてると取られちゃうかもね。」

 その言葉にマリアまで赤面する。

 楽しい笑いが飛び交いながら、4人は大通りに続く道を歩いていた。

 そんな彼女たちを、紅い長髪をして紳士服を着用した青年が見つめていた。

 彼の存在に気付き、いちごたちは足を止める。青年は妖しい笑みを浮かべて彼女たちを見つめている。

「いちごっていうんだ、君は。」

「えっ?」

 青年の言葉を聞いて不審に感じるいちご。

「ちょっとアンタ、いったい何なんだよ!?」

 なるがいきり立って青年に掴みかかろうとする。しかし、青年は音も立てずに姿を消した。

「何っ!?」

「き、消えた・・・」

 動揺しながら辺りを見回すいちごたち。すると彼女の背後に青年が回りこんでいた。

「いちご、後ろ!」

「えっ!?うわっ!」

 あかりの声にいちごが振り返る瞬間、青年は彼女の眼前に右手を伸ばした。その手から青く淡い光が発すると、いちごは気を失ってその場に倒れた。

「いちご!」

 いちごの体を抱えた青年は、なるの繰り出した拳を跳躍してかわし、そのまま宙に飛び上がった。

「すごい・・空中に浮いてますわ。」

 唖然となっているマリアの言葉どおり、青年は何の仕掛けもなく空に漂っていた。

「保志ワタルに伝えておいて。この子は私が預かったって。」

 そう言って青年はいちごを連れ去って姿を消した。

「いちごっ!」

 なるがいちごに駆け寄ろうと足を2、3歩進めるが、伸ばした手も叫ぶ言葉も彼女には届かなかった。

「た、大変!これは誘拐です!」

「そんなことは分かってるよ!」

 慌てるマリアをなるがなだめる。

「保志ワタル・・いちごの家に泊まってるあの男の人!」

 あかりがいちごから聞いたワタルのことを思い出す。

「ワタルさんに知らせましょう!」

「一応知らせはするけど、あたしは自力でいちごを探すよ。親戚でも何でもない、どこの馬の骨とも知らない人だからね。」

 マリアの言葉に対し、なるは自分の力でいちごを助けようと言い放った。いちごが信頼していてもなるは信用しきってはいなかった。

「とにかく急ごう!いちごが危ないよ!」

 そう言ってあかりはなるとマリアを促し、いちごのカバンを持って駆け出した。

 

 

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