Blood -white vampire- File.4 時間凍結

 

 

 健人に向けて投げられた数本の黒鍵。

 健人は飛び上がって、その刃から逃れる。しかし、彼を捉えていたシエルの手には、もう1本黒鍵が残っていた。

(しまった!トラップか!)

 毒づいた健人に向けて、シエルが1本の黒鍵を放つ。

 危機を感じた健人はブラッドの力を発動し、紅い剣を出現させてその黒鍵を払いのける。

 着地した健人が、困惑した面持ちでシエルを見つめる。彼女の手には新しく剣が握られていた。

「確かにオレはブラッド。君からいえば邪な力を持った吸血鬼の類さ。けどわけぐらい聞かせてほしい。わけも分からずに戦う気にはなれないよ、シエルさん。」

「えっ・・どうして、私の名前を・・?」

 自分の名前を知っていたことに驚くシエル。健人は小さく微笑んで、

「きみ、あのカレーの店の常連なんだってね。オレの知り合いがそこで働いてて、彼女から聞いたんだ。」

 健人は店でシエルのことを聞いたことを話した。しかしあえてその話をあおいから聞いたことは言わなかった。

「ところで君は何者なんだ?君のその武器は、普通の人の力のものじゃない。けど、ブラッドでもディアスでも、他の吸血鬼のものでもない。むしろ神の力だ。」

 健人はシエルの秘めた力を見抜いていた。

 あおいの天使の力と同様の、神と思われるものに属していると考えていた。シエルは剣をひとまず下げ、

「私は教会の埋葬機関の代行者です。」

「代行者?」

 シエルの言葉に健人が眉をひそめる。

 彼女のこの名は本名ではなく、機関における洗礼名である。そして彼女の武器である第七法典は、剣や弓などを具現化して使用することのできる概念武装である。

「あなたの中にあるのは血塗られた力。危険は排除しなければなりません。」

 シエルは下ろしていた剣を再び構え、再び健人に飛びかかる。健人はその振りかざされたシエルの剣を、ブラッドの紅の剣で受け止める。

 健人は押されるフリをして、シエルとの間合いを取る。今度は健人がシエルに剣を振り下ろす。

 しかしそれは威嚇の意味を込めたものだったが、シエルは全く動じない。2つの刃がぶつかり、つばぜり合い、力比べが展開される。

 力を込める健人がふと視線を移すと、シエルの左手に黒鍵が握られているのが見えた。

(ぐっ!)

 健人はそれをかわそうと、剣への力を加える方向を変えた。つばぜり合いをしている剣と、突き立てられる黒鍵をともに弾こうという考えだった。

 しかし彼の剣の刀身は、シエルの胴体をなぎ払っていた。斬られた彼女のわき腹から紅い鮮血があふれる。

「あっ!」

 健人は倒れていく少女の姿に眼を疑う。不本意とはいえ、彼女をこの手にかけてしまった。

「しまった・・・殺してしまった・・・!」

 健人は愕然となりながら、数歩後ずさりする。シエルは武器を手放して、わき腹を紅く染めながら動かなくなっていた。

「健人!」

 そこへ健人の後を追ってきたしずくがやってきた。急いでやってきたため、彼女は息を荒げていた。

 彼女の声に健人は困惑を隠せないまま振り返る。

「しずく・・オレ・・・えっ・・!?」

 健人がこの事態を何とか説明しようとしたとき、眼前の光景に眼を疑った。彼に斬られ絶命したはずのシエルが、何事もなく立ち上がっていた。

「ウソ・・だろ・・・!?」

 健人はさらなる驚愕に襲われる。

「君はオレの剣で・・・命を落としたはずなのに・・・!?」

 剣の刀身は彼女のわき腹をなぎ、切っ先は腹部に届いていた。彼女の死は確実で、生還はありえなかった。

 にも関わらず、彼女はわきに血痕を残しながら、平然と立って健人としずくを見つめていた。

「私は不死の呪縛に囚われているのです。たとえ私が死を望んでも、すぐに蘇生してしまうのです。」

 シエルは血に染まったわき腹に手を当てながら呟く。

 彼女はかつて死に直面したことがあり、教会にその遺体を回収されていたが、その後に再生。協会側がいかなる手段で彼女を葬ろうとしたが、彼女は蘇生を繰り返してしまった。

 それに眼をつけた埋葬機関はその体を不死のものとし、彼女を代行者として招きいれたのだった。

「不死・・・死なない体・・・」

「あなたからも、同様の邪な力を感じます。」

 当惑するしずくにも、シエルは出現させた剣の切っ先を向ける。健人ほどではないが同じ邪悪なる者と認識していた。

「危険因子は排除しなければなりません。おそらく、あの凍結事件も、あなたたちと同じ力の所持者の仕業と思われます。

「待って!」

 敵意を示すシエルをしずくが必死に呼びかける。

「確かにあの犯人は私たちと同じブラッド!ブラッドが吸血鬼であり、みんなを恐れさせる存在であるのも知ってる!でも私たちは、人を襲ったりしない!人として生きていきたい・・!」

 次第に悲痛がこみ上げてきて、眼に涙さえ浮かべるしずく。しかしシエルは顔色を変えない。

「そのブラッドという種族が吸血鬼である以上、吸血衝動に駆られるのは否めません。理性の歯止めが利かなくなる前に、私が止めます。」

 シエルは剣を構えて、今度はしずくを狙って飛びかかってきた。

「あっ!」

 当惑していたしずくがとっさに身構えるが、持てる力の発動がシエルの攻撃に間に合わない。

「しずく!」

 健人は剣を振り下ろすシエルとしずくの間に、紅い剣を割り込ませる。2つの刃が再びぶつかる。

 しずくを守る体勢を取りながら、シエルの剣を受け止める健人。その中で彼は思考を巡らせていた。

 眼前の代行者の少女は、持てる力を解放すれば確実に勝てる。造作もなく殺すこともできる。しかし彼女は不死の呪縛が備わっていて、殺してもすぐに蘇生してしまう。

(このまま力任せにやっても、同じことのくり返しだ。何とか彼女の動きを封じないと。)

 健人はこの思考を、紅い剣に伝達させる。すると剣の刀身が硬さを失い、シエルの剣に巻きついた。

「えっ!?」

 驚くシエルの剣の刀身を健人の剣が蛇のように這い回り、さらに彼女の体にまとわりつく。

 そして健人が剣に力を込めると、刀身が彼女の体を縛り上げる。

「うっ!」

 体を拘束され、うめくシエル。強い圧力を受け、手から剣を落とす。

 健人は具現化した武器の形状を剣から鞭に変えた。これでシエルを縛り上げ、その自由を奪った。

「これで君の動きは封じた。武器を使おうとしても、オレには全て筒抜けだ。」

「くっ・・しまった・・!」

 動きを封じられ、シエルが毒づく。健人は彼女の行動を見逃さない気構えで見据えていた。

「しずくに手を出すというなら、オレはもう迷わない。たとえ君が神の使いでも、君を倒し続ける!ここは引き下がってくれないか?」

 本来は戦いたくなかった健人が、シエルに手を引くことを促した。この状況下で、彼女が抗う術があるとは思わなかった。

「そうは、いきません・・」

 しかしシエルは、鞭に締め付けられている腕に力を込め始める。

「あなたたちは、ここで私に倒されなくてはなりません!」

「よせ!その鞭は元々は剣だったものだ!ムリに引き剥がそうとすれば、その刃に腕が切れるぞ!」

 彼女の言動に健人は忠告するが、彼女は聞かずにさらに力を入れる。

「このくらいでは、私を押さえることはできません!」

 腕からにじみ出る血。その状態でシエルは力任せにブラッドの鞭を引きちぎった。

 刃も施されている鞭を引き剥がしたことで、彼女の腕から血があふれ出し、ワンピースがボロボロになってしまった。彼女は力を大きく使用したため、大きく息をついていた。

「そんな・・本気で強引に・・!」

 シエルの思い切った行為に驚愕を隠せない健人としずく。半壊しているワンピースから胸がわずかに見えているにもかまわず、シエルは再び数本の黒鍵を握り締めた。

「これで私を縛れないことは証明されましたね。」

「しずく、どくんだ!」

「健人!」

 小さく微笑むシエルを前に、健人はしずくを突き飛ばして迎撃に備える。彼女から放たれた黒鍵を鞭から戻した剣で弾き落とす。

 改めて剣を構えなおした健人。同じように剣を構えるシエルを見据える。

(とにかく、彼女の動きを封じないと!いつまでもオレの体力は続かないからな。)

 さらに思考を巡らせる健人。不死の体を持ち、ブラッドの力をここまではねのけたシエルを封じる手立てがあるのだろうか。

 彼にはブラッドの力のひとつとして、石化の能力がある。しかしこの力は性欲の暴走というリスクが伴い、自身の暴走がしずくにも及ぶ危険がある。力の暴走にさいなまれていた彼には、その危険と苦悩がよく分かっていた。

 思考がまとまらないうちに、シエルが剣を振りかざして向かってきた。

「健人!」

 しずくが健人の危機に叫ぶ。

(しずく・・・コレか!)

 健人はシエルを止める手段を思いついた。右手を飛びかかってくる彼女に向ける。

(シュン、君の力、使わせてくれ!)

 しずくの弟、シュンのことを脳裏に浮かべて、健人はSブラッドの力を解放した。右手から閃光が放射され、代行者の少女を包み込む。

「何!?」

 驚愕するシエルから徐々に色が消えていく。健人の閃光が彼女の体を固めていく。

「いったい何が起こったんだ・・!?」

 そこへ志貴とアルクエイド、あおいが遅れて駆けつけた。彼らの眼の前で、健人の放った光が次第に治まっていくのが見えていた。

 その光の中から現れたのは、右手をかざした体勢のまま息を荒げている健人と、飛びかかった体勢で色をなくして動けなくなったシエルの姿があった。

 まるでその一瞬で停止してしまったかのように、彼女は健人の眼前で宙に浮いたまま硬直していた。閃光を放つのが一瞬でも遅かったら、彼女の剣の切っ先が彼に到達していただろう。

「あ、あれは・・!」

「シ、シエル先輩・・!?」

 アルクエイドとシエルが、変わり果てたシエルの姿に眼を疑う。

 落ち着きを取り戻した健人が、彼らが来たことに気付く。

「あおいちゃん、志貴くん、アルクエイド・・」

「健人さん、先輩に何をしたんだ・・あのまま固まって動かなくなってしまった・・・!」

 困惑する志貴が健人に問いつめる。健人はひとつ息をついてからそれに答える。

「時間凍結・・一種の時間停止の力だ。」

「時間、凍結・・!?」

 さらに驚く志貴が、硬直しているシエルに視線を向ける。

「ブラッドの力を凌駕するSブラッドは、時間さえも操ることができる。その力で、オレは彼女の時間を止めたんだ。

「先輩の時間を・・!?」

「不死の体を持つ彼女を止めるには、この方法しかなかった。とっさに思いついた方法だったが・・・これを受けたものは、その力が消失しない限り解けない。ただ一点の時間の中を永久にいることになる。」

「それじゃ、先輩は・・」

「大丈夫だ。あの力は彼女の動きを止めるためにかけたもの。すぐに解くつもりさ。」

 健人は再び、硬直しているシエルに向けて手を伸ばした。Sブラッドの光が灯り、少女の体を包む。

 その直後、彼女から時間の殻が破れ、彼女の動作が再開される。剣は空を切り、彼女は突進の勢いを止める。

「えっ!?どこに!?」

 健人の姿を求めて、シエルが周囲を見回す。そこで彼女は、志貴、アルクエイド、そしてカレー店にいたピンクの髪の少女を眼にする。

「遠野くん、アルクエイド・・どうして、ここに・・!?」

 持っていた剣を消失させ、シエルが志貴たちに声をかける。

「あなたは健人にまんまとやられたのよ。」

「あなたには聞いていません。」

 からかうように言ってきたアルクエイド。シエルは彼女を無視して、健人に向き直る。

「君はオレに時間凍結をかけられて、動けなくなってたんだ。」

「時間凍結・・聞いたことはあります。」

「君を止めるにはこうするしかなかったんだ。頼む、もうやめてくれ。」

「それは聞けない用件です。」

 シエルは再び黒鍵を握り締める。しかし健人は戦闘体勢を取らない。

「やめて!シエルお姉ちゃん!」

 そこへあおいが悲痛の表情で、健人とシエルの間に入った。

「あおいちゃん・・!?」

 健人としずくが彼女の行為に動揺する。彼女は健人をかばって、シエルの前に完全と立ちはだかっていた。

「ど、どいてください・・彼らは、邪な力を持っているのです。ここで手を打たなければ、被害が出るのは・・」

「健人としずくはそんなことしないよ!」

 シエルの指摘を、あおいが涙ながらにさえぎる。その悲鳴染みた声にシエルは押し黙る。

「確かに2人とも吸血鬼だけど、人を襲ったりなんて絶対にしないよ!だって、体はブラッドでも、心は人間だから・・・!」

 悲しみのあまり、あおいは頬に涙を流してその場に崩れ落ちる。自分の両腕を押さえて何とか涙をこらえようとする。

 彼女は健人としずくの優しさを知っていた。これまで旅をしてきて、彼らの思いをさらに感じ取っていた。

 2人が被害をもたらすとは、彼女にとってはありえないことだった。

 そんな彼女の涙を目の当たりにして、シエルは戦意を失っていった。握っていた黒鍵が、脱力した手から離れて地面に落ちる。

「あなたは、彼らを信じているのですね・・・」

 シエルは腰を下ろし、泣きじゃくる様子さえ見られるあおいに優しく手を差し伸べた。

「彼らを信じるわけではありません。私はこの子を信じてあげたいのです。」

 彼女の視線は健人としずくに向けられていた。

 もしも今彼らを傷つければ、この少女も傷つけることになる。彼女にそんな悲しい思いをさせるのは、シエルにはできなかった。

 しかしもし2人が彼女の思いを裏切り、人々に危害を加えるなら、今度こそ彼らを仕留める。シエルの中に新たなる決意がこみ上げていた。

 

 この日の夜は満月が姿を見せ、街をさらに明るくしていた。

 その街のビルの一角の屋上の先端に人影があった。その人から映し出される影は黒だったが、その服装は白一色と言っても過言ではなかった。

「へぇ、なるほどな・・彼があの椎名健人か。」

 白服の青年は、そのビルの屋上から、健人たちのいる公園を見つめていた。

「あの潜在能力、判断、時間凍結、さすがSブラッドというところだ。」

 健人の戦いを見て、1人感嘆の言葉を呟く。

「でも、オレの狙いは彼の力ではない。時間凍結は強力な力だが、完全無比というわけではない。」

 青年の視線が健人から志貴に移る。

「オレの1番の狙いはそう、彼の特異能力、“直死の魔眼”さ。」

 青年の笑みがさらに強まる。

「対象を確実に“死”を与えることのできる能力。Sブラッドでも使えないことはないが、それは一時的なものでしかない。永続的なものを、オレが必ず手に入れてみせる。」

 志貴の持つ力に興味を示した青年は、身を翻して飛び上がった。満月の光に照らされた青年の姿が、月の色と衣服の白色が入り混じるように消えていった。

 

 

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