Blood –Sexual Twin- File.7 崩壊と封印
美女誘拐事件の犯人である青年の力を受けて、水晶へと体を変質させられていくナナ。その変化による激痛が、彼女に押し寄せてくる。
ルナはそんなナナを連れて、家に戻ってきていた。少しでも落ち着きを保ってほしいというルナの配慮だった。
「ここなら大丈夫だけど・・気休めでしかないことに変わりないわね・・・」
楽観視できないことを痛感し、ルナがベットで横になっているナナに眼を向ける。ナナは押し寄せる激痛に必死に耐えていた。
「ナナ・・しっかりして、ナナ・・・」
ルナが沈痛の面持ちを浮かべたまま、ナナに声をかける。するとナナが作り笑顔を見せてきた。
「ルナ・・私は大丈夫だよ・・・このくらい、今まで受けてきた痛みに比べたら・・・」
「ナナ・・・」
弱気な部分を見せないナナに、ルナの心は揺れ動く。ルナはどうしたらいいのか分からず、困惑するばかりだった。
「ルナ・・私のことは気にせずに、犯人を追って・・」
「ナナ、何を言っているの!?あなたを置いて行けるわけないでしょう!」
ナナの呼びかけに、ルナがたまらず声を荒げる。しかしナナは首を横に振るばかりだった。
「私のせいで・・ルナにこれ以上迷惑をかけられない・・だからルナは犯人を追って・・私なら大丈夫だから・・・」
ナナがルナに向けて優しく言いかける。だが押し寄せる激痛を覚えて、ナナは顔を歪める。
「ナナ・・・」
その様子にいても立ってもいられなくなるルナ。彼女はたまらず、ナナを強く抱きしめていた。
「私、もうナナなしでは生きられない・・あなたがいなかったら、私は今まで生きていられなかった・・こういうことが何度かあったから・・」
「ルナ・・それだとみんなが・・・」
「みんななんて関係ない・・あなた1人守れないで、みんななんて守れるはずもない・・・」
戸惑いを見せるナナに、さらに呼びかけるルナ。ナナはかける言葉が見つからず、動揺の色を隠せなくなる。
「ルナ・・あなたは・・本当に仕方がないんだから・・・」
「そうね・・本当にバカよね、私は・・・」
ため息をつくナナに、ルナが苦笑いを浮かべる。するとナナがルナに抱かれたまま、痛みをこらえてベットから起き上がる。
「こうなったら私も行くよ・・このまま何もしないで、犯人の思う壺にはなりたくないから・・」
「そうね・・じっとしているのは、私も好きじゃないから・・」
ナナの言葉にルナが同意して頷く。2人は改めて犯人を探すべく、満身創痍のまま家を出て行った。
ナナに水晶への変質の力をかけた青年は、街の雑踏に紛れて移動していた。彼にはナナの居場所が分かっていた。
(水晶の中に封じ込められた者は、私の手中にあるも同然。女、お前の居場所は手に取るように分かるぞ。)
胸中で呟きながら、青年は不敵な笑みを浮かべる。
(おそらくもう1人のブラッドの女もそばにいるだろう。その女も含めてどういう末路を迎えるのが、高みの見物をさせてもらうぞ。)
ナナが封印されるのを待ちわびながら、青年は人込みから外れて、近くのビルの屋上へと赴いた。
青年を追って街に繰り出していたルナとナナ。こうしている間も、ナナは体を襲う激痛にさいなまれて、息を荒くしていた。
(ナナが水晶になるまで姿を現さない。それが犯人の考え・・でもナナが水晶に封印される前に、必ず犯人を見つけ出さないと・・)
青年の目論みを察し、その行方を追うルナ。だがその気配さえも感じ取ることができず、彼女は途方に暮れていた。
時間がたつにつれて、ルナの中で焦りが膨らんでいく。
「あはぁ・・ぁぁぁぁ・・・」
ナナがさらに痛みを訴える。彼女の首筋からも水晶が生え出してきた。
「ナナ・・しっかりして、ナナ!」
ルナがたまらずナナに呼びかける。するとナナがルナに微笑みかける。
「平気だよ、ルナ・・このくらいのこと・・・」
「ナナ・・・もう少しだから・・もう少しで、見つけてみせる・・・」
弱気を見せないナナと、意気込みを見せるルナ。だが自分の姿勢は虚勢であると、ルナは自覚していた。
そのとき、ナナを蝕んでいた水晶に光が宿り始める。水晶が彼女を本格的に封じ込めようとしていたのだ。
「ナナ!?」
その変化にルナが驚愕する。その変動での周囲からの視線を感じ、ルナは緊張感を募らせる。
(ここは人のいないところに移動したほうがいいわね・・・!)
思い立ったルナがナナを連れてこの場を離れる。2人は街外れの草原に行き着いていた。
呼吸を荒げるナナの体を、青白い光が広がっていく。そのエネルギーの影響で、彼女の着ていた衣服が引き剥がされていく。
「ルナ、逃げて・・このままだとルナが巻き添えに・・・」
ナナが声を振り絞って、ルナに呼びかける。だがナナの苦痛の姿を目の当たりにしているルナは、困惑するばかりだった。
「お願い・・私の代わりに、犯人を追って・・・」
「ナナ・・・」
ナナの切実な願いに苦悩するルナ。だがルナはナナを見据えることはできなかった。
ルナは想いの赴くまま、ナナを強く抱きしめた。
「ルナ・・・!?」
突然のルナからの抱擁に、ナナが動揺をあらわにする。
「ダメだよ、ルナ!・・このままだと、あなたまで・・・!」
「いいよ、ナナ・・私とあなたは、一心同体だから・・・」
呼びかけ引き離そうとするナナだが、ルナは聞き入れようとしない。ルナの衣服も水晶の光に巻き込まれて、崩壊を引き起こしていく。
「ナナ、ゴメン・・私・・・私・・・」
「そんなに言わなくていいよ、ルナ・・・ルナ・・・」
感情の赴くままに、互いの体を抱きしめるルナとナナ。水晶の光は柱となって2人を包み込んでいった。
光は巨大な水晶へと変化し、一糸まとわぬ姿のルナとナナを封じ込めた。2人は眠るように、その水晶と一体化となっていた。
「ようやく終焉を迎えたようだな、お前たちも。」
そこへ青年が姿を現した。彼はナナが水晶に封じ込められるのを見計らい、ここに来たのである。
「どうやら2人仲良く苦痛と至福を共感したようだな。これもまた栄光の境地であるといえよう。」
不敵な笑みを浮かべる青年が、ルナとナナを閉じ込めている水晶に手を触れる。
「苦痛の先に至福がある。お前も水晶のもたらす苦痛と、ブラッドという宿命を乗り越えて、今この境地にたどり着いた。私もそんなお前たちを讃えようではないか。」
歓喜の笑みを浮かべて、青年がまじまじと2人を見つめる。
「ここまで私を追い込んだことも紛れもない事実。同じく至福を得た者たちのところに案内しよう。」
青年は笑みを強めると、水晶に手を当てる。すると再び水晶が光り出し、浮遊していく。
「では行こうか。至福の集まる場所へ。」
青年はルナとナナを連れて、この場から姿を消した。
ルナとナナが連れてこられたのは、暗闇に包まれた部屋の中だった。だが2人を封じた水晶の光によって、その暗闇が取り払われる。
その中には、2人と同じように、全裸の姿で眠るように水晶に閉じ込められている女性たちが並んでいた。全て青年の力で苦痛を強いられ、そのまま水晶に封印されてしまったのである。
青年は水晶を床に降ろした。水晶から光が失われ、部屋は再び闇に満たされる。
「感じ取るがいい。ここが至福の集まる場所だ。」
青年がルナとナナに向けて言いかける。だがルナもナナもそれに答えない。
「苦痛を乗り越えたお前たちに、2度と苦痛を体感することはないだろう・・その至福、決して終わることはない・・」
青年は言いかけると、ルナとナナに背を向ける。
「では新たな至福をもたらすとしよう。この至福にもれていい者など存在しないからな。」
青年は言い終わると、次の標的を求めて部屋を後にした。水晶に封印されたルナとナナが、その部屋の中に取り残された。
青年の力で水晶に封じ込められ、暗闇に満ちた部屋に取り残されたルナとナナ。だが2人は完全に意識を失っていなかった。
(ゴメンね、ルナ・・私のせいで、ルナちゃんまで・・・)
(ううん・・謝るのは私のほうよ、ナナ・・私にもっと力があれば、ナナを守ることができたはずなのに・・・)
互いに心の声を掛け合うナナとルナ。一糸まとわぬ姿となっている2人の心が、互いに寄り添いあっていた。
(ルナ・・本当の強さが何なのか、思い出して・・ルナが私に教えてくれたことだよ・・・)
(本当の、強さ・・・)
(そう・・ルナ、私に呼びかけてくれたよね・・ダメだって思ったら、それこそどうにもならなくなるって・・)
ナナの言葉にルナが戸惑いを見せる。
(大切なのは諦めないこと。眼の前のことから人生そのものまで・・力が問題じゃない。大切なのは諦めないという気持ち。それが強さにつながるから・・)
(ナナ・・・そうだね・・私、本当にバカよね・・・)
ナナに励まされて、ルナは苦笑いを浮かべる。
(大切なのは諦めないこと・・私が言ったことを私自身が思い知らされるなんて・・・)
(これはルナの受け売り。それを返しただけのことだよ・・・)
(私はナナの力を見て、自分が弱いと思い込んでしまっていた。だから強くなろうと妙な意気込みを見せて・・・でもそれは違っていた・・)
ナナの手を握って、ルナは囁くかける。
(でもそんなに気にすることはなかった・・ルナを守りたい・・その気持ちだけで、私は十分強くなれた・・・)
(ルナは本当に強いんだよ・・私よりもずっと・・・ルナが私に強さを分けてくれた・・・)
(ナナ・・・ありがとう・・私なんかに・・・)
ナナの気持ちを改めて思い知らされて、ルナが喜びを膨らませる。その気持ちをこらえきれず、ルナは眼から涙をあふれさせる。
(私も感謝しているよ、ルナ・・ルナがいなかったら、私はずっと暗闇の中をさまよっていた・・・)
(私にとってもナナは、闇を照らす希望の光だよ・・・ありがとう・・ナナ・・・)
想いの赴くまま、抱きしめあうナナとルナ。2人の絆は切っても切れないものとなっていた。
(ここから出よう、ナナ・・このクリスタルの殻から・・・)
(そうだね・・でも、どうやって出るの・・・?)
呼びかけるルナに、ナナが疑問を投げかける。
(私たちの力を合わせれば、どんな壁だって破れる・・もしそれがダメなら、本当に諦めるしかない・・・)
(そうだね・・ここは全部を出し切るときだもんね・・・)
ルナの言葉にナナが頷く。2人は抱き合ったまま、意識を集中する。
(私たちの力と気持ちがひとつになったとき・・)
(私たちを、誰も止めることはできない・・・!)
2人が自身の力を収束させる。だが同時に2人は、体に痛みを覚えて苦悶する。
2人は水晶に封じ込められているが、正確にはその水晶と一体化しているというのが正しい。下手に力を込めれば、自分たちを壊してしまうことになりかねない。
(体が水晶になっていくときと同じ痛みが・・・!)
(でも頑張って耐えよう、ナナ・・この先に光があるなら・・・)
痛みに顔を歪めるナナに、ルナが呼びかける。2人の体を覆う蒼い光が紅く変化する。
(殻を破らないと・・でないとこの先に、ずっと進めなくなるから・・・)
痛みに耐えて集中力を高めるルナとナナ。2人の紅い光が一気に強まっていった。
美女を追い詰めて、気絶させた青年。彼は彼女を連れて、部屋に戻ろうとしていた。
そのとき、青年は突如発生した力を感知して、眼を見開いた。
(この力・・バカな!?あの2人は水晶に封印されたはず!?)
驚愕する青年が、ルナとナナの力の発現を疑った。
(水晶に封印された者は、意識さえも完全に掌握され、保つことができない。たとえブラッドでもそれは同じ・・!)
疑問を拭い去れず、青年は完全に冷静さを欠いていた。
(ここは戻るしかないようだ。この女を連れて行く必要もあるしな。)
冷静さを取り戻しつつあった青年は、美女を連れて部屋に舞い戻っていった。
その部屋の闇を照らす水晶の輝きを目の当たりにして、青年は再び驚愕する。ルナとナナを包んでいる水晶にヒビが入っていたのだ。
「まだ意識が残っていたというのか・・私の力に、ここまで抗えるなど・・・!?」
眼前の光景が信じられないまま、青年は2人に近づく。そして崩壊を引き起こしている水晶に手を当て、力を注ぎ込む。
「破壊させるものか・・私がもたらした至福から、抜け出すことなど・・・!」
いきり立った青年が水晶の修復を図る。だが水晶はルナとナナの力の影響で、さらに崩壊を引き起こしていく。
「私の力が及ばない・・私の力を、この女たちが上回るとでもいうのか・・・!?」
次第に押されていく力に、脅威を感じざるを得なくなる青年。やがて稲妻のような反発の衝撃を受けて、青年が弾き飛ばされる。
「くっ!・・私に支配されながら、私の力を受け付けないなど・・・!」
毒づく青年の前で、ついに水晶が粉砕される。その中から、紅い光を帯びたルナとナナが現れた。
「人は何か弱さを持っている・・1人1人ではどうにもならないこともある・・」
「でも私たちが力を合わせれば、どんな壁だって打ち破ることができる・・・!」
ナナとルナが青年に向けて、真剣な面持ちで言い放つ。
「そんなことで、水晶の力を破ったというのか・・バカな!」
眼の前の出来事を頑なに否定する青年。
「ならばもう1度封印してくれる!それならばその謎も解消される!」
いきり立った青年が、ルナとナナに眼光を放つ。2人はそれぞれ横に飛んで、その光線をかわす。
「同じ攻撃を何度も受けたりしない!」
鋭く言い放つルナに、青年が苛立ちを覚える。彼は持てる力をフルに使い、無数の水晶の刃を作り出した。
「それほどまでに至福を捨てたいというならばそれもいいだろう!その命、華々しく散らすがいい!」
青年がいっせいに刃を解き放つ。ルナが紅い剣を出現させてそれをなぎ払い、ナナも紅い光の壁で防御する。
そしてルナが青年に向けて剣を投げつける。その刃を右手に叩きつけられて、青年が顔を歪める。
「これで終わりよ。あなたの力は、もう私たちには通じない・・」
「ふざけるな!お前たちなどに、私の力が及ばないはずはない!」
忠告を送るルナだが、青年は聞き入れようとしない。彼は水晶の剣を手にして、彼女に飛びかかる。
剣を構えて迎撃に出るルナ。だが青年の振り下ろした剣を受け止めたのは、ナナがかざした紅い剣だった。
「なっ!?」
「ナナ!」
驚愕する青年と、声を荒げるルナ。ナナが剣を振りかざして、青年を引き離す。
「今だよ、ルナ!」
ナナの呼びかけに後押しされて、ルナが青年に向かって駆け出す。踏みとどまった青年に向けて、彼女は剣を突き出す。
その紅い刃が青年の体を貫いた。彼の体から鮮血が飛び散り、口からも吐血が出る。
「この私が、敗れるなど・・ありえない・・こんなこと・・あってたまるか・・・」
ルナに向けて手を伸ばす青年だが、彼女の頬に触れることなく彼は床に倒れた。
「私は至福を与える者・・こんなところで・・倒れるわけには・・・」
「もう終わりよ、あなたは・・・あなたたちは私たちを本気にさせた・・自分たちを守るためなら、私はこの手を血で染めても構わない・・・」
死に行く自分を受け入れようとしない青年に、ルナが冷徹に告げる。ナナも深刻な面持ちを浮かべて、無言で青年を見つめている。
「死ねない・・死んでたまるか・・死んで・・たまるものか・・・」
必死に生き延びようとするも、青年はついに力尽きて動かなくなった。ルナが振り下ろして刀身についた血を振り払うと、その剣は音もなく消滅していった。
「そう・・私たちは死ねない・・たとえ体中を血でぬらしても・・・」
ルナは呟くように言いかけると、微笑みかけるナナに寄り添った。
そのとき、ルナとナナが脱力してその場に座り込んだ。力を消耗したため、立つこともままならなくなっていたのだ。
「今回は、少しムリをしすぎちゃったね・・」
「私もどうなるかと思ったよ・・本当に、一か八かだった・・・」
かつてない危機を協力で乗り切ったナナとルナ。互いの気持ちを改めて確かめ合った2人は、その絆をさらに深めたのだった。