Blood –Sexual Twin- File.6 水晶と激痛
暗闇に満たされた1室の大広間。その中央で悲鳴と苦痛を上げる1人の少女がいた。
自分の体を抱きしめて悶絶する少女の腕から、水晶がひとつ生えていた。水晶は腕の皮膚を突き破り、少女に激痛を与えていた。
「いたい・・体が、ズタズタに引き裂かれそう・・・!」
「どうだ?お前も感じるだろう?この水晶への進化の苦痛を・・」
悲鳴を上げる少女の前に、1人の青年が現れた。長身で誠実そうに見える好青年であるが、その思考は極めて冷徹だった。
「お願い!助けて!私、こんな苦しみ、イヤなの!」
「苦しみがイヤだと?もうすぐ最高の美が手に入れられるのだぞ。最高のものを得るには、相応のリスクがつき物というもの。」
助けを請う少女に対し、青年は冷徹に言い放つ。ついに少女の首からも水晶が突き出てきた。
痛みを通り越して感覚が麻痺し、少女は脱力していた。その姿を見て、青年が悠然さを浮かべる。
「そうだ。それでいい。痛みを越えた先に、最高の幸せがある。お前もそれを実感している。」
「私・・私は・・・」
淡々と言いかける青年の前で、少女が力なく立ち尽くす。その少女から突き出ている水晶が光り輝く。
その光の影響で、少女の身に付けているものが全て引き剥がされていく。だが心身ともに弱りきっていた彼女は、その恥じらいさえ見せていなかった。
「では存分に堪能するがいい。最高位の水晶に包まれる至福を。」
青年の見つめる前で、少女の体が光に包まれていく。そしてその光は硬質化し、半透明の水晶へと形状を成していく。
その中で、少女は眠るように閉じ込められていた。単に入れられているのではなく、水晶と完全に同化していた。
「きれいだ・・お前は新たなる境地へと足を踏み入れたのだ。その至福、決して逃げることはない・・」
青年が少女を封じ込めている水晶に手を触れる。
「この最高かつ永久の美を、たくさんの女に堪能してもらいたい・・・」
青年が大広間を見渡していく。その周りには、同じように水晶に封じ込められている少女たちが並んでいた。
「誰がふさわしいか、直接この眼で見定めなくてはならない・・また街に繰り出すとしよう・・」
青年は周囲の水晶の少女たちを見回してから、次の標的を求めて街へ向かうのだった。
裸と裸の付き合いを深めていくルナとナナ。2人の絆と心は、日を追うごとに深まっていく。
「ルナ・・こういう時間に、私も慣れてきたかな?・・こういうことに慣れてしまうと、何だかおかしいかなって・・」
「確かにそうかもしれない・・でも、私としては悪い気分とは思っていないよ・・ナナが相手だから・・・」
唐突に呟きかけるナナに、ルナが優しく答える。
「ありがとう、ルナ・・ルナにそういってもらえると、私、少しだけだけど恥ずかしくなくなるかな・・・」
「私も全く恥ずかしくないといったらウソになるね・・こういうこと、女も男も最初に全然恥ずかしくならない人はまずいないよ・・」
頬を赤らめて囁き合うナナとルナ。
「ナナ、私、ナナのために強くなるから・・ナナに負けない力を、自分の力にしたい・・・」
「ルナ・・気持ちは嬉しいけど、あまりムリするのはよくないよ・・・」
「ありがとうね、気を遣ってくれて・・でも私、ナナの重荷になっているような気がしているの・・・」
ナナの励ましを受けて微笑みかけるも、ルナはすぐに沈痛さを募らせる。
最近遭遇している事件は、ナナの力で解決に行き着いている。ルナは自分がナナの足手まといになっていると、自分の無力さを責めていたのだ。
「大丈夫だよ、ルナ・・ルナは今のルナのままでいてほしい・・」
「ナナ・・・でも私、ナナに迷惑になっているような気がしてならないの・・・」
ナナに再び励まされるが、ルナはそれでも自分の責任を拭えずにいた。その責任感の伝達により、ナナも困惑を浮かべていた。
再び奇怪な事件が発生した。1週間の間に20人もの美女が行方不明になるというものだ。
警察も誘拐事件として決死の捜索を行っているが、依然として犯人も、美女たちの行方も発見することができないでいた。
その事件のニュースは、ルナとナナの耳にも入っていた。
「またおかしな事件が起こったみたいだね・・・」
「ブラッドか他の怪物か・・普通の事件じゃないと見て間違いないね・・」
ナナとルナが語り合い、現場のひとつを見渡す。美女の消失はいずれも人気のない場所で発生しており、誘拐の線を濃くしていた。
「何の証拠も残さずに・・本当に厄介な相手ということになるわね・・犯人がいるとしたら・・」
ルナの言葉を聞いて、ナナが緊張感を膨らませていく。この近くに犯人が潜んでいるかもしれない。
「私が何とかしないと・・頼るのと甘えるのとは全然違うから・・・」
自分自身のやるべきことを肝に銘ずるルナ。するとナナがルナの手を握ってきた。
「大丈夫だよ、ルナ・・私が、ルナのそばにいるから・・私がルナの力になるから・・」
「ナナ・・・」
ナナの励ましを受けても、ルナの心は晴れなかった。強くならなくてはいけないという気持ちが、ルナに重圧をかけていた。
「どうやって、いなくなった人を見つけ出そうかな・・・?」
「そうね・・・ここは囮しかないね・・・」
「でも、誰がその囮をやるかよね・・・」
思考を巡らせるルナとナナ。だがルナの決心は固かった。
「囮は私に任せて・・」
「ルナ・・・」
囮役を買って出たルナに、ナナが困惑を浮かべる。
「でも、それだとルナが危険な目に合っちゃうよ・・ここは私が・・・」
「こういう役は誰がやっても危険が付きまとうもの。ここは私が・・」
抗議の声を上げるナナだが、ルナは首を横に振る。
「心配しないで。私がきちんとやってみせるから・・」
「ルナ・・・分かった。もう止めない・・でも、絶対無事で帰ってきて・・」
「うん・・ナナを悲しませるようなことは、私もいいとは思わないから・・」
納得したナナに、ルナも小さく頷いた。作戦の準備のため、2人はひとまず出直すこととなった。
夕暮れの通りにも、警備の警官が常に警戒に当たっていた。怪しい人物に対して即座に取り調べることが可能となっている。
そんな通りを1人歩くルナ。彼女はあえて、警察の眼の届きにくい場所を選んで進み、誘拐犯が狙いやすい状況を作っていた。
(こういう女の武器というのは、あまり使いたくはないんだけど・・・)
気乗りしない心境を抱えながら、ルナはさらに通りを進んでいく。途中、警官が近づいてきたのに気付き、彼女は物陰に身を潜めていた。
しばらく歩くと、ルナの周辺には人が全くいなくなっていた。そこでルナは足を止めて、犯人が狙ってくるのを待つ。
このとき、ルナは今の自分のあり方を考え込んできた。
ブラッドとなったナナは、ルナを凌駕する力を発揮した。制御できていないが、その力が多くの危機を打ち破ったのも事実だった。
自分が強くならなければ、確実にナナの足を引っ張ることになってしまう。ルナは自分への重圧を痛感していた。
「私がしっかりしないと・・でないとナナを困らせることになるから・・・」
自分に言い聞かせて、ルナは訪れる犯人の迎撃に備えることにした。
しばらく待ったところで、ルナは足音を耳にして緊張を覚える。足音は徐々に、彼女に向かって近づいてくる。
彼女の前に現れたのは、1人の青年だった。青年は彼女に眼を向けて、不敵な笑みを浮かべてきた。
「まさかこんなところで私を待っていたとは・・」
「あなたが事件の犯人と見て間違いないようね・・」
言いかける青年に、ルナは落ち着いた様子で言葉を返す。
「そういうことだ。ずい分と切れるようだが、この私から逃げることはできないぞ・・」
「あなたもずい分と強気なようね・・言っておくけど、私は今までの女性たちのようにはいかないからね・・・」
「まさか私と同じブラッドだから、とでもいうのではないだろうな?」
青年が返してきた言葉に、ルナが眉をひそめる。
「それでは、あなたもブラッドだというの・・・!?」
「そういうことだ。どうたらお前は、女がどうなったのかを確かめるためにうろついていたようだが・・」
声を荒げるルナに向けて、青年が淡々と言いかける。
「私と来い。そうすればその答えを教えてやる。」
「冗談はやめて。私はあなたを倒して、女性たちを助ける・・!」
「ずい分と言ってくれるな、お前・・いいだろう。少々手荒な手段も、嫌いではない・・・!」
鋭く言い放つルナに対し、青年が体に力を込める。彼の両手の指が小刻みな動きを見せる。
「己の身の程を、後悔とともに知るがいい・・・!」
鋭く言い放つと、青年がルナに向けて飛びかかる。あまりにも速いその動きに、ルナは眼を見開く。
青年がルナに向けて膝蹴りを見舞う。その痛烈な一蹴を受けて、ルナが突き飛ばされる。
「ぐっ!」
横転したルナがうめく。地面にはいつくばった彼女に向かって、青年がゆっくりと近づいてくる。
(一気に攻めてこない・・反撃されないと思っているの・・それとも・・・)
胸中で青年の態度に苛立ちを覚えるルナ。いきり立った彼女は即座に立ち上がり、紅い剣を作り出す。
青年に向けて放たれた紅い一閃。だが青年は右手をかざし、その手のひらから紅い光を発して、彼女の剣を受け止める。
「なっ!?」
軽々と攻撃を防がれたことに驚愕するルナ。青年は余裕を込めた不敵な笑みを彼女に向ける。
「お前の力はそんなものなのか?同じブラッドとして嘆かわしいことだ。」
青年は言いかけると、受け止めていた剣を自分に引き寄せる。その弾みで引っ張られたルナに向けて、青年が打撃を繰り出す。
「ぐっ!」
痛みを覚えて顔を歪めるルナ。吐血した彼女がそのまま倒れ込み、悶絶する。
「どうだ?痛いか?だが最高の至福は、死や地獄に等しいといえる苦痛の先にあるのだよ。」
「苦痛・・あなた、何を考えて・・!?」
笑みを強める青年に向けて、ルナが声を振り絞る。
「そろそろいいだろう。私と来てもらうぞ。少し力強くやったから、たとえブラッドのお前でもしばらく自由に動けないだろう。」
青年が言いかけると、ルナの腕をつかむ。彼は彼女をそのまま連れて行こうとした。
「ルナ!」
そこへナナが飛び込み、青年につかみかかってきた。虚を突かれた青年が笑みを消し、眼を見開く。
「ナナ!」
「ルナ、今のうちにここから離れて!」
声を荒げるルナに、ナナが呼びかける。だがナナが青年が放った衝撃波を受けて突き飛ばされる。
「邪魔をしてくるとは、お前もいい度胸だ。お前もその女と一緒に連れて行ってやろう。」
「イヤよ・・せっかくルナと一緒に過ごせるというのに、あなたにそれを壊させたりしない・・・」
不敵に言い放つ青年に対し、ナナは負けじと言い返す。
「気をつけて、ナナ!その人もブラッド!しかもかなりの力を持ってる!」
ルナから呼びかけられて、ナナは緊張を膨らませる。
「そういうことだ。お前たちが刃向かおうとしても、私を止めることはできない。」
青年は言いかけると、ナナに向かって飛びかかる。ナナは全身に力を収束させて、光にして解き放つ。
「何っ!?」
その膨大な力を受けて、青年が驚愕する。その衝撃に吹き飛ばされるも、彼は踏みとどまって転倒を避ける。
「この力・・この私を脅かすとは・・・」
ナナの力に脅威を感じた青年。彼は滅多に見せない焦りをあらわにしていた。
「ルナをこれ以上傷つけさせない・・あなたは私がやっつける・・・!」
「言ってくれるな、女・・だがあまり長引かせるのは私の主義ではない。ましてや戦いなどという低俗なことにも興味がないしな。」
いきり立つナナに対して鋭く言い放つ青年。彼は視線をナナからルナに移す。
「本当なら連れて行ってからやるつもりだったが、やむを得ないな・・・」
呟きかけた青年の眼にまばゆい光が宿る。その眼光にナナが緊迫を募らせる。
「ルナ!」
ナナが叫びながらルナに駆け寄る。同時に青年の眼光が細いレーザーとなって放たれる。疲弊していたルナはその場から動くことができない。
「キャッ!」
ルナを庇ったナナが、青年の光線を受ける。悲鳴を上げたナナの体に、その眼光が溶け込んでいく。
「ナナ!」
声を荒げるルナが、ナナを抱える。ナナは激痛を覚えて、悶え苦しんでいた。
「順番が変わってしまったが、まぁいい。厄介な女を押さえ込むことにもつながったしな。」
「ナナ・・・あなた、ナナに何をしたの!?」
不敵な笑みを浮かべる青年に、ルナが問い詰める。
「その女の腕を見れば、薄々理解できるはずだが?」
青年の言葉に促されて、ルナがナナの右腕に眼を向ける。その腕から水晶が皮を突き破って生えてきていた。
「あぁぁっ!・・痛い・・体がバラバラになりそう・・・!」
「ナナ!?・・これは、まさか・・・!?」
さらに悲鳴を上げるナナに、ルナが驚愕を覚える。
「今のは水晶に封じ込めるための力。これを受けたものは、激しい痛みとともに肉体を水晶へと近づけるのだ。」
青年がルナとナナに向けて語りかける。ナナの体は激しい痛みとともに、水晶へと変質していった。
「その女が水晶に封じ込められるのも時間の問題だ。だがこれこそ至福の瞬間。それは激しい苦痛の先に存在するのだ。」
「ふざけないで!そんなの、自己満足な美意識じゃない!」
青年の言い分に反論するルナ。だが青年は悠然さを崩さない。
「お前もすぐに水晶に封印してやろう。仲間と一緒なら不満も残らないだろう。」
青年が改めてルナを狙い、眼光を放とうとした。危険を察したルナが剣を作り出し、眼前の地面を切り裂いた。
砂煙を巻き上げられて、視界をさえぎられる青年。毒づきながら眼光を放つが、既にルナはナナを連れてこの場を離れていた。
「逃がしたか・・だがあの女はもう私の手の中だ。時期に水晶に取り込まれることになる・・」
不敵な笑みを取り戻した青年が、きびすを返して歩き出す。ナナが水晶に封じられるまでの時間を、彼は有意義に過ごすことにした。
青年の猛威から逃れることができたルナ。だがナナは彼の力を受け、水晶への変質に向けて激痛に苦しみ続けていた。
「何とか逃げられたけど・・ナナが・・・」
深刻さを募らせるルナが、今も苦痛にさいなまれているナナに眼を向ける。
ルナは移動する間も、ナナを蝕む水晶への変質を止めようと力を使用した。だが強力な変質であるため、その進行を止めることができなかった。
「何とかしないと・・このままではナナが・・ナナが・・・」
ナナを救う術を探り、必死に思考を巡らせるルナ。
「く・・ぅぅぅ・・・!」
その間にもナナの苦痛は続く。彼女の右腕にさらに水晶が生えてきた。
「ゴ・・ゴメンね、ルナ・・私のせいで・・こんな・・・」
「ううん!悪いのは私のほう!・・私に力があったら、こんなことには・・・!」
痛みをこらえて微笑みかけるナナに、ルナが悲痛の声を上げる。ルナは感情の駆り立てられて、ナナを強く抱きしめる。
「私の家に行こう・・そこならアイツも追ってこないし・・少しは気分も落ち着けるかもしれない・・・」
ナナに言いかけると、ルナはそのまま歩き出す。2人にとってのかつてない危機が、今まさに押し寄せようとしていた。