Blood –Sexual Twin- File.3 悪夢と暴走
ルナに血を吸われて、ブラッドへの転化という形で一命を取り戻したナナ。ナナはその後、ルナの自宅へと案内された。
「ここが、ルナの家・・家族はいるんだよね・・?」
ナナが唐突に問いかけると、ルナは沈痛の面持ちを浮かべる。
「私の家族は、私が子供の頃に亡くなったの・・吸血鬼の一家だから・・・」
「・・ゴ、ゴメン・・いけないことを聞いちゃって・・」
不謹慎なことを言ってしまい、ナナが謝罪する。
「いいよ、ナナちゃん・・ここまで来たら、ナナちゃんとはいろいろとお話しておきたいからね・・」
ルナが弁解を入れると、自宅の玄関のドアを開けた。
「入って。ここで立ち話するのもあれだから・・」
「いいのかな?・・いきなり入っても・・・」
「大丈夫よ。ここに住んでいるのは、今は私だけだから・・・さ、入って。」
ルナに促されて、ナナは小さく頷きながら彼女の家に入った。
家の中は整えられており、客人を迎え入れるには不備はなかった。ナナとともにリビングに来たルナは、そこにあるソファーに腰を下ろす。
「かしこまる必要はないって。自分の家だと思っても問題ないから・・」
「そう・・じゃあ、座らせてもらうね・・」
ルナに言いかけられて、ナナもソファーに座ることにした。
「ブラッドは力の強い吸血鬼・・自分の血を使うことで様々な力を使うことができる・・・」
ルナが唐突に、ナナに向けて語りかけてきた。その言葉にナナが動揺を募らせる。
「ルナも、その・・人を襲って、血を吸ってるの・・・?」
「えっ?・・そんな。私は人を襲わない。必要なときだけ力を使ってる。だから普通に生活していても十分血を取れるから・・」
ナナが不安を込めて問いかけると、ルナが微笑んで弁解を入れる。
「力を使わなければ、ブラッドも外見上は人間と変わらないよ・・」
「そう・・それならいいんだけど・・・」
ルナに優しく言いかけられて、ナナは小さく頷いた。だがナナは不安を拭えずにいた。
悪寒を漂わせる裏路地。そこへ1人の女子大生が入り込んできた。
女子大生はコンパで泥酔しきっており、すっかり千鳥足となっていた。
「あ、あれ〜?あたし、いえにかえってたんじゃ〜・・」
疑問符を浮かべる彼女の口もろれつが回らなくなっていた。それを気に留めず、彼女は裏路地を進んでいく。
そのとき、女子大生は寒気を覚えて立ち止まり、体を震わせる。
「さむい〜・・飲みすぎたかな〜・・・早めに帰ってあったまろうかな〜・・」
気まずそうな面持ちを見せると、女子大生はそそくさに家に向かおうとする。だが千鳥足は治っておらず、動きが覚束ない。
だがその寒気は酔いによるものではなかった。女子大生の進む道に白く冷たい霧が立ち込めてきた。
「あ、あれ・・・?」
彼女は眼の前の光景が酔いによる幻覚だと思った。だがその霧も寒気も幻ではなかった。
「あ〜、暑苦しいなぁ〜・・少し涼しくしないといけないなぁ〜・・」
そのとき、女子大生に向けて声がかかってきた。気の抜けた女性の声だった。
「誰?・・誰なの・・・!?」
女子大生がたまらず不安の声を上げる。あまりの不気味さと怖さで、彼女から酔いはすっかりさめていた。
「私のことはどうでもいいのよ〜・・私はとりあえず〜・・ここを涼しくするから〜・・」
この声が響いた直後、周囲に漂ってきた霧が強まり、吹雪となる。その突風にあおられて、女子大生が悲鳴を上げる。
彼女の体を徐々に氷が包み込んでいく。悪寒を通り越して、彼女は感覚を失って脱力していた。
「あれ?・・私、まだ酔ってるのかな?・・アハハハ・・・」
物悲しい笑みを浮かべたまま、女子大生が完全に氷に包まれる。その直後、1人の女性が彼女の前に姿を現した。腰の辺りまで伸ばした純白の髪をなびかせて、女性が笑みをこぼす。
「うんうん。やっぱりこのくらいの温度が丁度いいよねぇ〜・・」
女性は喜びをあらわにして、左手に持っていたワインの瓶を口にする。彼女もすっかり泥酔していた。
「この辺りはずい分熱気が湧き上がってるのよねぇ・・みんな、少し落ち着いてくれないと〜・・」
女性はため息混じりに呟きかけると、千鳥足でこの場を後にした。
突如帰宅途中の女子大生が凍結死した事件。警察の調査が行われている傍らで、ルナとナナは常人離れした者の仕業であることを予測していた。
「これって、ブラッドでもこういうこともできるの・・・?」
「やろうと思えば可能よ・・血を使って武器を作り出すことも、相手を呪いの類をかけることもできる・・」
ナナの問いかけにルナが答える。それを聞いたナナが困惑し、自分の胸に手を当てる。
「私、どんな力を使うことになるのかな・・・?」
「それは本当にナナちゃん次第だよ。ただ、どの力を使うにしても、血を代償にする。しかもその効果の内容が強力であるほど、消費する血も多くなってくる・・」
ナナの疑問に、ルナが深刻さを込めて答える。それを聞いて、ナナは困惑を覚えていた。
「じゃ、やっぱり、この事件もブラッドがやった可能性は高いわけだね・・?」
「そうね・・こんなことができるのは、ブラッドかその類の種族ぐらいだから・・」
ルナの答えにナナは困惑する。ブラッドとなった今、これから自分はどうしたらいいのか、答えを見出せないでいたのだ。
「犯人はこの近くに間違いない・・まずは私が探しに行くから、ナナちゃんは私の家に戻ってて。」
「私も探させて。私ももうブラッドだから、何かの役に立てると思うから・・」
ルナが捜索に出ようとしたところで、ナナが捜索の参加を申し出てきた。その呼びかけにルナが戸惑いを見せる。
「ナナちゃんは、まだ力を使わないほうがいい。まだどんな力なのか分からないのに・・」
「そんな・・私も、ルナのために何かしてあげたい・・私を助けてくれた、ルナに・・・」
ルナが言いかけた言葉に、ナナが切実に言いかける。だがルナはそれを受け入れることはできなかった。
「必ずナナちゃんを頼るときが来る・・でも今は・・・」
謝意を見せて言いかけるルナ。だがナナはルナの気持ちを素直に受け止めることができないでいた。
ルナが事件の犯人を探しに街に繰り出し、ナナは彼女の家に戻ろうとした。だが自分が無力と感じて、彼女は沈痛さを隠せないでいた。
(私、そんなに力がないのかな・・私も、ルナの力になりたいのに・・・)
自分の存在意義に疑問を感じていくナナ。
(私も力になりたい・・ルナを助けられる力を、自分のものにしたい・・・)
親友への想いと力への渇望がナナの中で膨らんでいく。その気持ちに呼応するかのように、彼女の紅い瞳に不気味な光が宿っていた。
そしてナナはいつしか、自分が今まで通っていた高校の前まで来ていた。自分がブラッドとなった夜から今日までの数日間、彼女は登校していなかった。
(私がいなくなって、みんなはどうしてるのかな・・・?)
一抹の不安を抱えながら、ナナは学校の正門を通っていった。そして休み時間の教室に顔を出した。
「あ、ナナ・・何でアンタが・・」
「コイツ、ぬけぬけとここにやってくるなんて・・・」
「あ〜あ、せっかくせいせいしてたとこだったのになぁ〜・・」
ナナを眼にした生徒たちが憮然とした態度を見せてきた。
「何で戻って来るんだよ、吸血鬼が・・お前がいなくなって、みんないい気分になってたのにさ・・」
生徒たちに言い寄られて、ナナは沈痛さを覚える。だが気持ちを落ち着かせようとしながら、彼女は自分の席に向かう。
だがそこでナナは違和感を覚える。自分の席の場所に机と椅子がない。
「あれ?・・ここに私の席があったはずなのに・・・」
「は?何言ってんのよ。あなたの席なんてあるはずないじゃん。」
呟きかけるナナに、女子の1人があざ笑ってきた。
「あなたがしばらく休んでたのをいいことに、先生たちがあなたの席を片付けてたわよ。吸血鬼の血なまぐさい机と椅子は、先生も早めに片付けたかったみたいね。」
「ウソ言わないで・・先生がそんなこと・・!?」
生徒たちの言葉が信じられず、ナナは困惑する。
「だって私たち、ちゃんと見てたんだもの。先生たちが片付けるのを、この眼でちゃーんと。」
「ということで、アンタの席はもうないの。アハハハ・・」
生徒たちが次々と哄笑を上げていく。その笑い声が、ナナの心をかきむしっていく。
「ウソよ・・先生まで、そんなこと・・・!?」
愕然となるナナが、教室にやってきた担任に気付き、振り返る。
「先生、私の席がないんです!どういうことなんですか!?」
悲痛の声を上げて、ナナが担任に駆け寄る。すると担任は顔色を変えずに彼女に答える。
「矢吹、悪いが君の机と椅子は片付けさせてもらった。そして教師全員の合意により、君を除籍させてもらった。」
「そ、それって・・・!?」
「つまり君は退学。君はもうこのクラスの、この学校の生徒ではないんだよ。」
耳を疑うナナに、担任が冷淡に告げる。絶望感にさいなまれた彼女が、その場に崩れ落ちてしまう。
「このクラスの生徒でないなら出て行ってくれ。これから授業だ。邪魔をされては困る・・吸血鬼と揶揄されている人にね・・」
追い討ちをかけるように冷淡に言いかける担任。生徒だけでなく、信頼できる教師にも迫害されて、ナナの心を包み込む絶望は頂点に達していた。
「ほらほら。そこにいられるとみんなが迷惑するって。だから早く出てってよ。」
女子の1人が落ち込んでいるナナに手を伸ばす。だが肩をつかもうとしていたその手がナナにつかまれる。
「なっ!?」
突然のことに驚きを見せる女子。つかまれた手を振り払おうとするが、力が強く跳ね除けられない。
「こ、このっ!」
「私はいったい、何を信じればいいの?・・クラスメイトだけじゃなく、先生まで私を・・・」
憤りの言葉を呟きながら、ナナが女子の手を振り払う。押さえられて痛みを訴える腕を押さえて、女子が苛立ちを覚える。
「こんなのってないよ・・いくらなんでも、誰も私を助けてくれないってこと・・あっていいはずがない・・・!」
狂気を膨らませていくナナの体から紅いオーラが煙のようにあふれ出してくる。その異様さに、教室にいた全員が戦慄と恐怖を覚える。
「そうだよ・・あっていいはずなんてない!」
膨らんだ怒りを爆発させた瞬間、ナナから紅いオーラがあふれ出した。その閃光が教室だけに留まらず、廊下や隣の教室、校舎の外にまであふれ出した。
突如発生した膨大な力を感じ取り、ルナが緊迫を覚える。
(この気配・・こんな強い力を感じたのは、生まれて初めて・・・!)
力に脅威を覚えるルナが、その発生源のほうに振り返る。その先にある学校から紅い光があふれてきていた。
「ブラッドの力・・・まさか、ナナちゃんが・・・!?」
一抹の不安を覚えたルナが、学校に向かって駆け出していった。彼女がたどり着こうとしていたときには、煌いていた閃光は弱まりつつあった。
その正門から学校の中を見渡したとき、ルナは眼を疑った。校庭や校舎の中にいた生徒や教師たちが、灰色の石像となって動かなくなっていた。
「これって・・・!?」
変わり果てた学校の光景に、ルナは動揺の色を隠せなくなった。中に力を発動した人物がいることを予測して、彼女はゆっくりと歩を進めていく。
(この中にナナがいるかもしれない・・急いで見つけ出さないと・・・)
慎重に行動を起こしながら、ルナはナナを探していき、崩壊しかかっている校舎の中に足を踏み入れた。
廊下にも石化した生徒たちが立ち尽くしていた。中には何が起こったのか分からないまま固まった人もいた。
しばらく廊下を進んで、教室のひとつに差し掛かったところで、ルナは困惑を浮かべる。その教室の中央にナナはいた。
ナナはうつむいたまま、その場に立ち尽くしていた。彼女の両手には、かすかに紅いオーラが取り巻いていた。
「ナナちゃん・・・」
ルナが声を振り絞って呼びかけるが、ナナは反応しない。ルナは意を決してナナに近づき、手を伸ばす。
「ナナちゃん、何があったの・・・?」
ルナに肩をつかまれて、ナナはようやく我に返った。彼女はゆっくりと振り向き、ルナに視線を向ける。
「ルナ・・・私・・みんなをムチャクチャにしちゃった・・・何がどうなったのか、分かんないのに・・・」
ナナが物悲しい笑みを浮かべて、ルナに言いかける。その様子と言葉に、ルナは固唾を呑む。
「クラスのみんなだけじゃなく、先生まで私を・・・それが許せなくなって・・次の瞬間、教室がムチャクチャになっていて、みんなも・・・」
「ナナちゃん・・・」
「ルナ・・私、みんなを殺しちゃった・・そんなつもりなんて、全然なかったのに・・・」
ナナが近くにいる女子の体に軽く触れる。その瞬間、女子の体が崩れ去り、霧散していった。
直後、周囲にいた生徒や教師たちも、崩壊を膨らませて消滅していく。その瞬間にルナが困惑を膨らませる。
「どうしたらいいの、ルナ・・・このまま私、おかしくなっちゃうのかな・・・?」
「ナナちゃん、そんなことない!ナナちゃんは、自分勝手に力を使う他のブラッドとは違う!」
「ううん・・私、このまま、みんなを見境なしに・・・!」
ルナが悲痛さを込めて呼びかけるが、ナナは自暴自棄から立ち直れないでいる。
「私、もしかしたらルナまで傷つけてしまうかもしれない・・そうなったら私は・・!」
「ナナちゃん、もうやめて!大丈夫だから!私もあなたも!」
悲痛さを込めた叫びを上げるナナを、ルナがたまらず抱きしめる。
「やめて!」
だがナナはたまらずルナを両手で突き飛ばす。その拒絶にルナは言葉が出なくなってしまう。
「これで私は、本当の意味で吸血鬼になってしまった!ブラッドになる前から、周りから吸血鬼と中傷されて!そしてブラッドになった途端、私はみんなを・・!」
苦悩を抑えきれなくなったナナから、再び紅いオーラがあふれ出してきた。制御できていない彼女の力に、ルナは危機感を覚える。
「ダメ、ナナちゃん!力を抑えて!このままだとこの学校だけじゃなく、ナナちゃん自身まで!」
ルナがさらにナナに呼びかけ、力の暴走を止めようとする。ブラッドの力は血を代償とするため、このまま力を暴走させれば、いずれ血の枯渇によってナナは息絶えてしまう。
「私はいつか、ルナちゃんまで・・気付かないうちに、ルナちゃんを!」
「ナナちゃん!」
ナナはルナの制止を聞かずに、窓から外に飛び出していってしまう。彼女は力を放出して、校庭にうまく着地していた。
「ナナちゃん!」
学校の外へ飛び出してしまったナナを追って、ルナも窓から外に飛び出した。
(このままナナちゃんが力を暴走させたら、被害が広がる・・・ナナちゃんのためにも、何が何でも止めないと!)
危機感をさらに膨らませて、ルナはナナを追いかけていく。
「はい、ちょっと待った。」
そのとき、ルナに向けて声がかかってきた。直後、彼女は両足を取られて、前のめりに倒れそうになる。
たまらず自分の両足に視線を向けるルナ。その両足が氷に包まれていた。
「この氷・・・!?」
思い立ち、眼を見開くルナ。彼女の前に、気の抜けた様子の女性が現れた。
「アンタもブラッドよねぇ?私にも伝わってきてるわよ〜・・」
「この氷・・これがあなたの力ね・・?」
緊張感のない態度を見せる女性に、ルナが真剣な面持ちで問い返す。
「熱くなっちゃって・・ここは涼しくしておかないとねぇ〜・・」
「悪いけど、あなたの相手をしている時間はないの。先に進ませてもらうわよ。」
「つれないねぇ〜・・そんなに焦って熱くなったら、私が参っちゃうわよ〜・・」
鋭く言い放つルナだが、女性は気のない態度を振舞うばかりだった。
「とりあえず自己紹介を。私はミーナ。あなたと同じブラッドよ。」
「ミーナ・・・」
一瞬気の張り詰めた雰囲気を放ってきた女性、ミーナにルナが息を呑む。
「それじゃ始めようかねぇ〜・・気分のいいクールなゲームをねぇ〜・・」
ミーナが冷気をつかさどり、身動きがとれずにいるルナに迫ろうとしていた。