Blood –Sexual Twin- File.2 死と転生
ルナと出会ってから一夜が明けた。
一抹の恐怖と不安を心に留めたまま、ナナは登校していた。だが彼女に対する生徒たちの理不尽な言動は尽きることはなかった。
いじめや暴力さえ飛び交った。それでもナナは耐え忍び、1日を終えた。
その下校時、ナナは先日訪れた公園を訪れた。そこに行けばルナに会えると思ったからだ。
だが、そこにルナの姿はなかった。
ようやく心から信頼を寄せることのできる友人に出会えた。それがナナにとって、絶望の闇の中で煌く希望の光だった。
(いつかまた、会えるときが来るよね・・あれだけ仲良くなれたの、本当に久しぶりだったから・・・)
絆の喜びを感じて、ナナは勇気をつかめそうな気がしていた。同時に彼女はルナへ想いを寄せていた。
どこかにいる。必ずどこかにルナはいる。
その想いと願いを信じて、ナナはルナを探し求めた。
ナナとの別れを果たしたルナは、未だに街から離れられないでいた。自分が掃討した事件の犯人の気配が残っていたからだった。
(おかしい・・あのブラッドは死んだのに、まだ何かの気配が残ってる・・邪な気配が・・)
街の中に漂う異様な気配に対して、ルナは疑念を拭い去ることができないでいた。
(まだ何かが起こりそうな気がする・・もう少し調べてみたほうがいいかもしれない・・・)
思い立ったルナが、再び街の捜索に赴く。だがその途中、彼女は一抹の心残りを感じていた。
ナナのためを思ってのこととはいえ、冷たい別れをしてしまった。これでナナがどんな気分になっているのだろうか。ルナはそのことを、心のどこかで思い悩んでいた。
(口や頭で割り切ろうとしても、心と体は正直というところかな・・・)
自分の正直さに対して、ルナは思わず苦笑を浮かべていた。
もうすぐ夕日が沈もうとしていた頃だった。このときもルナを追い求めて、ナナは街を駆けていた。しかし依然としてルナを見つけることができないでいた。
(もう、街を出ていっちゃったのかな・・・?)
人通りから外れて裏路地に差し掛かったところで、ナナは沈痛さを覚える。紅い髪と紅い瞳だけでは、手がかりが少なすぎた。
(せっかく仲良くできる人と出会えたと思ったのに・・・)
「誰かお探しなのかな?」
そのとき、ルナは突然声をかけられて、驚きを覚える。恐る恐る振り返った先には、1人の黒髪の青年の姿があった。
「な、何でもないんです・・別に気にしなくても・・」
「悪いけどそれはできないね。困っている人を放っておくほど、僕は薄情ではないのでね。」
不安の面持ちを浮かべるルナに対し、青年は悠然とした態度で振舞う。
「見たところ人を探しているようだけど・・僕にも手伝わせてほしい。」
「ですが、それではあなたに迷惑がかかってしまうのでは・・・」
「言ったはずですよ。僕は困っている人を放っておけないと・・」
青年の優しさに負けて、ナナはようやくその言葉に甘えることにした。
だが2人が行き着いた場所は、さらに人気のない路地裏だった。
「あの、この辺りじゃ誰もいないですよ・・・」
再び不安を覚えて青年に声をかけるナナ。だが青年は悠然さを浮かべたままだった。
「誰もいないほうが、僕にとっては都合のいいことなんだよ・・・」
「それって、どういうことですか・・・?」
青年が口にした言葉に、ナナが不安を覚える。
「君の血は、どんな味がするのか、楽しみにしていたんだ・・・」
「あなた、まさか・・・!?」
眼を見開いた青年に、ナナが恐怖を覚える。彼の眼は血のように紅く、それがブラッドであることを示唆していた。
「逃げる必要はないよ。逃げようとしてもムダだよ。君が僕に血を吸われることは確定していることなんだよ・・」
「イヤ・・あなたもブラッド・・・!?」
「おや?ブラッドのことを知っているとは・・もしかして君、僕の弟に会わなかったかい?」
「弟・・・!?」
青年に言いかけられて、ナナはさらに動揺を強める。彼は先日ルナと対峙した青年と瓜二つだった。
「弟は僕と違ってじっとしているのが苦手でね。おかげでこの街でも騒ぎになってしまったよ。もっとも、別のブラッドにやられてしまったようだけど。」
青年は淡々と語りかけると、恐怖を膨らませるナナに手を伸ばす。
「お話はこれくらいにしよう。怖がることはないよ。君の血は僕の中で流れ続けることになるのだからね。」
「そんなことをさせるわけにはいかないわ。」
そのとき、どこからか声をかけられて青年が手を止める。彼とナナが眼を向けた先には、紅い髪の少女の姿があった。
「ルナ、さん・・・!」
ルナをようやく見つけることができて、ナナが思わず笑みをこぼした。
「またかわいらしいお嬢さんを見つけることができたね。もしかして、君から先に血を吸われたいとか?」
「冗談言わないで。私はあなたを葬るために来たのよ。すぐに彼女から離れて・・・!」
「それこそ悪い冗談だよ。信じられないようだけど、僕は吸血鬼。普通の人間よりは力がある。たとえ君がどれほどの達人であっても、人間が僕に敵うはずもない。」
「私がいつ、自分が人間だと言ったのですか?」
強気な態度で言いかけたルナの言葉に、青年が笑みを消して眉をひそめる。
「もしや君も、僕と同じ吸血鬼では?」
「そうよ。私はあなたと同じ吸血鬼、ブラッドよ。」
「ブラッド・・そうか。僕の弟の命を奪ったのは君だったのか・・よく探れば、相当の力を宿していることが理解できたはずだったよ・・」
ルナの言葉を聞いて、青年が納得したような素振りを見せる。
「まぁいい。同じブラッドの血を味わってみるのも、いいかもしれないね。」
青年が見開いた眼の紅い瞳に不気味な輝きが宿る。直後、彼の右手の紅い光が灯る。
「ひとつ言っておこう。僕は弟のように甘くはありませんよ・・・」
青年は冷淡に告げると、光を宿した右手を振りかざす。紅い弾丸の群れが、ルナに向かって放たれる。
ルナはとっさに横に飛んで、その弾丸をかわす。だが弾丸のひとつが彼女の右足をかすめる。
(速い・・!)
青年の力に毒づくルナ。その様子を察した青年が悠然さを込めた笑みを見せる。
「あれをよくかわしたね。そのくらいでないと僕も楽しめないからね。」
「楽しむゆとりはないわ・・あなたも私がここで倒してやるわ・・・!」
「そう。なら、やれるものならやってみろ、とでも言っておこうかな。」
青年は笑みを強めて、鋭く言い放つルナに向けて、再び紅い弾丸を放つ。
「ルナちゃん!」
ナナが叫ぶ前で、ルナが紅い剣を出現させる。その刃を振りかざし、彼女は紅い弾丸を弾き返す。
「ほう。さすが弟を倒しただけのことはあるね。」
「その余裕のある態度がどこまで続くのかな・・・」
笑みをこぼす青年に対し、ルナも強気な態度を見せる。今度はルナが青年に向かって飛びかかっていった。
ルナが振りかざした剣の一閃を、青年は一瞬驚きを見せながら回避する。
(速い・・これほどの力と速さを見せてくるとは・・!)
ルナの力に驚異を覚える青年。彼からは先ほどまでの余裕の笑みは完全に消えていた。
そこへルナが再び飛びかかり、剣を突き出してきた。青年もたまらず剣を手にして、ルナの一閃を受け止める。
だがルナの速い動きと強度のある剣の攻撃に、青年は劣勢を強いられていた。
やがてルナが繰り出した突きが、青年の左肩に命中した。
「ぐっ!」
激痛が一気に全身に駆け巡り、青年が顔を歪める。剣に貫かれた肩から、紅い鮮血があふれ出す。
「弟さんと比較したらあなたのほうが上だけど、私はあなたにも負けるつもりはないから・・あなたたちのように、自分たちのためだけに他人を虐げる相手には・・・!」
ルナが青年に向けて鋭く言いかける。この劣勢を覆すには力不足であることを、青年は痛感するしかなかった。
「確かにすごいね、君は・・さすがの僕も軽々と事を運ばせることは難しいようだね・・でも・・」
青年は悠然さを崩さずに言いかけると、紅い弾丸を解き放つ。ルナは剣を振りかざして、弾丸の群れをなぎ払う。
その間に、青年が横に飛びつき、困惑していたナナを抱え上げる。
「キャッ!」
「ナナ!?」
悲鳴を上げるナナに、ルナが驚愕を覚える。
「これで形勢逆転ということになるわけだね。」
「卑怯な・・今まで紳士的に振舞っておいて・・・!」
優位を実感する青年に、ルナが歯がゆさを浮かべる。
「彼女をこれ以上の危険に巻き込みたくなければ、その剣を捨てていただこう。たとえ君が私の息の根を止めようとしても、私が彼女を死に至らしめるほうが速いからね。」
青年がルナに向けて淡々と言い放つ。ナナは怯えてしまっていて、体を震わせていた。
「大丈夫だよ。悪くしないから。だから、君のお友達を信じてあげよう。」
青年がナナに向けて優しく語りかける。その言葉でナナは我に返り、ルナに眼を向ける。
(私のせいで・・ルナちゃんが危なくなってる・・・私のせいで・・・)
この危機に対して罪の意識を覚えるナナ。人質にされている彼女を目の当たりにして、ルナは困惑していた。
「では、そろそろ剣を捨てていただこう。それとも、友人を眼の前で死ぬのが好みなのかな?」
青年がルナに向けて最後の忠告を告げる。ルナはついに、手にしていた剣を放した。
「ダメ!」
そのとき、ナナがたまらず前に身を乗り出し、青年の腕を振り払う。それに毒づいた青年が、たまらず紅い弾丸を解き放つ。
その紅い閃光が、ナナの背中に命中する。衝撃と激痛を覚えて、彼女が吐血する。
「ナナ!」
傷ついたナナを目の当たりにして、ルナが悲痛の叫びを上げる。彼女は落下する剣を無意識に蹴り、青年目がけて放つ。
剣は青年の体を貫き、鮮血をまき散らす。吐血した青年が横転し、思うように動けなくなる。
「ナナ!ナナ!」
ルナは慌ててナナに駆け寄り、体を支える。その瞬間、触れている手に血がついた感触を覚えて、ルナは悪寒を覚える。
「ナナ!しっかりして、ナナ!」
「ルナちゃん・・・ゴメンね・・私、無我夢中で・・・」
呼びかけるルナに、ナナが微笑みかける。
「やっぱり、ルナちゃんに死んでほしくなかったんだね・・・私なんかより、ルナちゃんが生きていたほうが・・」
「何言ってるのよ、ナナ!死んでいい人なんて、この世界のどこにもいない!」
物悲しい笑みを浮かべるナナに、ルナが悲痛の叫びを上げる。その呼びかけにナナが戸惑いを見せる。
「死んで誰かが幸せになるなんて、絶対にない!私だって、誰かが死んだとき、私はどんなに悲しんだか・・その人のそばにいた人が悲しむところを、どれだけ見てきたことか・・・!」
「でも、私が生きていることを喜ばない・・誰も喜んでくれないよ・・・」
「もしもそんな人がいたら、私がやっつけてやるから・・だからナナ、あなたの本当の気持ちを、私に教えて・・・」
ルナが切実にナナに呼びかける。その言葉に励まされて、ナナは動揺を膨らませていく。
心の奥で封じ込めていた想いが、徐々に込み上げていく。次第に作り笑顔が消えていき、ナナが自分自身の本当の気持ちを言葉にした。
「生きたい・・もしも生きていいなら、一緒に生きていきたい・・・」
ナナは力を振り絞って、ルナにすがりついた。ルナも悲しみと喜びを織り交ぜて、ナナを抱きしめた。
「ナナちゃん・・生きられる方法がひとつだけあるよ・・・」
「私がルナに血を吸われて・・ブラッドになることだよね・・・?」
「でも、そうなったらあなたは、もう普通の生活が遅れなくなる・・そうまでさせてまで、私は・・・」
「それでもいいよ・・・私、決めたの・・ルナと一緒にいたいって・・・だってルナは、私の友達だから・・・」
微笑みかけるナナに、今度はルナが戸惑いを覚える。自分に向けて信頼を投げかけられたことに、彼女は動揺していたのだ。
「だからルナ・・そばにいさせて・・・一緒にいさせて・・・」
「ナナちゃん・・・うん・・・」
切実な想いを向けてくるナナに、ルナは同意する。ルナはナナの体を抱え込み、その首筋に顔を近づける。
ルナの牙がナナの首筋に差し込まれ、血を吸い取っていく。その瞬間、ナナは激しい高揚感を覚え、眼を見開いた。
「あ・・あぁぁ・・・」
体の中を駆け巡っていく快感にあえぎ声を上げるナナ。これほどの快楽を堪能したことは、彼女にとって初めてのことだった。
(不思議な気分・・・体の中をいろいろと触られてる感じ・・私の体なのに、言うことを聞かない・・・!)
胸中で感嘆の言葉を呟くナナ。体の制御が利かなくなり、彼女の下腹部から愛液が漏れ出してきた。
それでもナナはさほど気に留めていなかった。今のこの気持ちを堪能することしか、彼女の頭にはなかった。
(ルナ・・本当に・・ありがとうね・・・)
(ナナちゃん・・ゴメン・・・本当にゴメンね・・・)
ナナとルナの心の声が、互いの心へと交錯する。2人は時間を忘れ、2人だけの想いに没頭していった。
いつしかナナは意識を失っていた。眼が覚めたときには、周りは既に夜になっていた。
「あ、あれ・・私・・・?」
「眼が覚めたみたいだね、ナナちゃん・・」
意識がハッキリせずに周りを見回すナナに、ルナが優しく言いかける。
「私、夢を見てたのかな・・・?」
「ううん・・あのときの出来事は全部夢じゃない・・あなたが死に掛けて、私に血を吸われてブラッドになったことは・・・」
当惑を見せるナナに言いかけて、ルナは持っていた携帯用の鏡を取り出し見せる。ナナは自分の瞳が蒼くなっていることに気付く。
「あれ?・・私の眼、こんなに蒼かったかな・・・?」
「それがブラッドの特徴のひとつなのよ・・ブラッドの眼は昼間は紅、夜は蒼に変化するの・・」
戸惑いを見せるナナに、ルナが深刻さを込めて答える。その言葉にナナも困惑を覚えながら確信した。自分がブラッドへと変貌を遂げたことを。
「夢じゃなかったんだね・・夢であってほしかった気持ちはあるけど・・・」
「それは多分、私が1番に願っていたことかもしれない・・・」
物悲しい笑みを浮かべるナナに、ルナも沈痛の面持ちで答える。彼女の気持ちを察して、ナナは言葉をかけることができなかった。
「私、ナナちゃんにしたことが、間違ったことだったんじゃないかって思えてならない・・あなたにイヤなものを背負わせてしまったようで・・」
「それなら心配しなくていいよ・・イヤなことは、もうずい分背負ってるから・・・」
自分を責めるルナに、ナナが微笑みかける。
「確証はないけど、これを乗り切れると思う・・自慢じゃないけど、けっこう打たれ強くなってるから・・」
「ナナちゃん・・・」
ナナの心境にルナが戸惑いを見せる。ナナは本当の強さと弱さを持っていると、ルナは思っていた。
「ありがとう、ナナちゃん・・・でも、これからは私にも頼ってね・・」
「ルナ・・・こっちこそありがとうね・・よろしくね、ルナ・・・」
互いに感謝の言葉をかけて、ルナとナナは抱擁する。今、2人だけの時間が始まろうとしていた。