Blood –Sexual Twin- File.1 少女と吸血鬼
BLOOD
自らの血を媒体にして、様々な力を自在に操る吸血鬼
その能力故に、人々から忌み嫌われてきた存在
都会の中にある街。この街では今、奇怪な事件が起こっていた。
被害者は体が石のように固くなって息絶えていた。全員が女性。首筋に噛まれた痕が発見され、体内の血が1滴残らずなくなっていた。
人々はこれらの事件を「吸血鬼殺人事件」と呼んでいた。
そしてこの事件は、ある少女を不幸へと突き落としていた。
矢吹(やぶき)ナナ。高校2年生。
滝のように流れる長い銀髪と大人しい性格が特徴。好きなものは野菜、果物。特に赤い食べ物が好き。嫌いなものはにんにく。まるで吸血鬼のような特徴の女子だった。
だがあの吸血鬼殺人事件が起きてから、ナナに向けられる周囲の眼がガラリと変わった。
その特徴から、周囲は事件の犯人がナナではないかと思い始める。そしてその思惑は、彼女に対するいじめへと発展していった。
抗議の声を上げても知らん振りを見せ、他からは陰口を言われた。先生に相談を持ちかけても、信じる様子を見せず、きちんと取り合おうともしなかった。
周囲から疎まれて完全に隔離され、居場所をなくしていたナナ。彼女の中で絶望の闇が広がりつつあった。
(私、生きてちゃいけないのかな・・・そんなに悪い人なのかな・・・?)
現実と周囲の非情さに、ナナは悲しみをこらえられなくなっていた。この日も彼女は1人での下校となっていた。
賑わいの絶えない街の雑踏の中を歩く1人の少女。紅い短髪と紅い瞳が特徴。名前は十六夜(いざよい)ルナ。
ルナは最近発生している奇怪な事件を調べるため、この街にやってきた。
(今のところ異常は見られないし、邪な気配も感じない。やはり魔物は闇に紛れ、夜に活発になるもののようね。私のように・・)
胸中で呟くルナが、見つめていた自分の右手を握り締める。
(今は平穏に見えても、犯人は必ずどこかに潜んでいるはず。必ず私が見つけてみせる・・・)
決意を胸に秘めて、ルナはさらに捜索を広げていくのだった。
そのとき、ルナは誰かにぶつかり、一瞬怯む。ふと視線を向けた先には、銀髪の女子高生がいた。
「イタタ・・ゴ、ゴメンなさい!大丈夫でしたか!?」
「う、ううん、大丈夫・・悪いのは私のほうだから・・・」
思わず声を荒げるルナに女子高生が弁解を入れる。
「す、すみません・・私・・失礼します・・・」
女子はルナに謝ると、そそくさにこの場を後にした。その様子から、ルナは彼女が気がかりになっていた。
(些細なことでも手がかりになるかな・・・)
思い立ったルナは、その女子、ナナを追って駆け出していった。
周囲からの迫害に耐えられなくなり、ひたすら走り抜けていくナナ。現実逃避するかのように、彼女は人のいないほうへ向かっていった。
(私は1人・・誰からも必要とされてない・・・私なんて、いないほうがみんなのためになるんじゃないかな・・・)
自暴自棄が膨らみ、絶望感に見舞われるナナ。彼女はいつしか小さな公園にたどり着いていた。
何とか落ち着けると思い、ナナはその公園のベンチに腰を下ろした。気落ちした気持ちを払拭しようとするも、逆に不安は募るばかりだった。
そこへ人の影が差し込んだことに気付き、うつむいていたナナが顔を上げる。そこには先ほどの紅い髪の少女が立っていた。
「あなた・・・?」
「ちょっと気になってしまったから追いかけてきてしまったんだけど・・迷惑だったかな・・・?」
戸惑いを見せるナナに、ルナが苦笑いを浮かべて言いかける。その様子に気分が紛れたのか、ナナは思わず笑みをこぼしていた。
「ありがとう・・見ず知らずの私にこんな親切・・でも、私に関わらないほうがいいよ・・・」
「えっ・・・?」
物悲しい笑みを浮かべるナナの言葉に、ルナが眉をひそめる。
「私は吸血鬼・・いなくなったほうが、みんなのためになるから・・・」
「吸血鬼・・・」
悲痛さを募らせるナナに、ルナが深刻な面持ちを浮かべる。
「よかったらでいいんですけど、話を聞かせてもらえないかな・・・?」
ルナの言葉にナナが戸惑いを見せる。絶望にさいなまれていた心が解けて、ナナは心境を語りかけるのだった。
外見や癖などから吸血鬼と見られていること。今回多発している吸血鬼殺人事件の影響で、確証なく迫害されていること。
その悲しき事情を聞いて、ルナも沈痛の面持ちを浮かべた。
「なるほど。そんなことが、あなたに・・・」
「私自身、普通の人間で、みんなもそれを分かってるはずなのに・・吸血鬼なんて、本当はいないはずなのに・・・」
物悲しい笑みを浮かべるナナの言葉に、ルナは困惑を浮かべる。だがすぐに気持ちを落ち着けて、ルナは話を切り出す。
「実は私も、そのような迫害を受けたことがあるんです。」
「あなたも・・・?」
自分の胸のうちを打ち明けるルナに、ナナが戸惑いを浮かべる。
「私はあなたの気持ちを、虐げられる人の辛さを分かっているつもりです。でも、そういうときには笑顔でいることが大切なんですよ。」
「笑っていること・・・」
「そう。笑っていると、いつかイヤなこともどこかに消えていってしまう・・私個人の考えなんですけどね・・」
戸惑いを見せるナナに、ルナが照れ笑いを浮かべる。だがその言葉にナナは安らぎを感じて微笑んだ。
「ありがとう・・あなたのおかげで、何とかなりそうって気になってきちゃった・・」
「そう思ってもらえると、私も嬉しいです・・」
ナナからの感謝にルナが喜びを感じていた。そしてルナがナナに手を差し伸べてきた。
「私は十六夜ルナ。よろしければ、あなたのお名前も教えてもらえないでしょうか?」
「うん・・矢吹ナナ・・そんなにかしこまらなくてもいいから・・・」
互いに自己紹介をした後、ナナがルナの手を取って握手を交わす。絶望の底に落ちた少女の中で、彼女を救い上げるかもしれない希望が生まれた。
「それじゃ、私はこれで・・また、会えたらいいね・・・」
「私も・・またあなたと会いたいと思ってる・・・」
再会を願うルナとナナが、心境を打ち明ける。その願いを胸に秘めて、2人は別れようとした。
「おやおや。かわいい子が2人揃って仲良くお話とは・・」
そのとき、2人に向けて声がかかってきた。ルナとナナが振り返った先には、長身、黒髪の青年が立っていた。
「あの・・何でしょうか、あなたは・・・?」
「別に気にすることはないよ、君たちは。黙って私の食事になればいいんだから・・」
恐る恐る問いかけるナナだが、青年は悠然とした態度を崩さない。
「まさかあなた、あの街の事件の・・・!?」
そこへルナが声を荒げ、青年に問い詰める。その言葉を受けて、青年が笑みを強める。
「この街の女性は、香ばしい血の持ち主が多くて不自由しないよ。さっきもちょっと味わわせてもらったけどね。」
青年の言葉を受けてルナとナナが視線を移す。青年の背後には、ふらついている1人の少女がいた。
ナナがたまらずその少女に駆け寄ろうとした。だがその直後、少女の体が突如色を失くし、石のように固くなった。
「えっ・・・!?」
事切れた少女の姿を目の当たりにして、ナナが一瞬唖然となる。何が起きたのかまるで理解できず、彼女は立ち止まった場所で立ち尽くしていた。
「あなた、あの子の血まで・・・!?」
ルナが再び問い詰めると、青年が眼を見開いて笑みを見せる。
「君たち2人の血の味も確かめたいところだよ。すぐに吸ってあげるから、苦しい思いをすることはないよ。」
「そんなこと、許されることじゃないわ。人の血を吸い取って殺すなんて・・」
「許されることじゃない?別に許してもらおうとは思っていないよ。だって、私は吸血鬼。人の血を吸って生きる生き物なんだから。」
反論するルナに対し、青年があざ笑ってくる。
「さて、そろそろお話も終わりにしないと。あんまりムダに長くなると、お互い困るからね。」
青年は言いかけると、視線を不安を見せているナナに向ける。
「まずは君から。君の中に流れる血がどれほどの味なのか、じっくり確かめさせてもらうよ。」
青年がナナに向かって飛びかかる。恐怖を募らせたナナがたまらず後ずさりする。
そこへルナが飛び込み、青年を突き飛ばした。青年は横転しながらも、すぐに体勢を立て直して踏みとどまる。
「ナナさん、大丈夫!?」
「ルナ、さん・・・」
ルナが声をかけると、ナナは戸惑いを浮かべる。
「立候補したかったのかい?なら望みどおり、君の血を先に味わうことにするよ。」
青年が狙いをルナに移し、ゆっくりと歩き出す。その右手が彼女に向けて伸びる。
だが青年のその手が、ルナによって軽々とつかまれてしまう。
「えっ・・!?」
予期していなかったことに青年が驚愕の声を上げる。ナナも何が起こったのか理解できず、呆然となっていた。
「この力、普通の人の前では見せたくなかったのだけれど・・・」
ルナは言いかけると、青年の右手を振り払う。その口調はこれまでのものと違い、鋭く冷淡だった。
「君は、いったい・・もしかして、君も・・・!?」
「そう。私もあなたと同じ吸血鬼・・でも、あなたのように傍若無人というわけでもないわよ・・」
声を荒げる青年に対し、ルナが再び鋭く言い放つ。彼女からは穏和とはかけ離れた殺気があふれていた。
「ナナさん、少し離れていて・・あなたには、絶対に手を出させないから・・・」
ルナに言いかけられるまま、ナナは恐る恐る後ずさりしていく。その直後、ルナの右手から紅い光があふれ、剣の形となる。
「あなたも剣ぐらいは出せるのでしょう?武器を出して、私を倒してみなさい!」
「ウフフフ。そこまでリクエストされたら、拒むわけにはいかないね・・」
ルナの挑発を受けて、青年が不敵な笑みを浮かべる。彼の右手からも紅い光があふれ、剣に変わっていく。
「言っておくけど、私の力はそれなりに強度があると自負するよ。加減しきれる保障はできないから、やめるなら今のうちに。」
「それは私を打ち負かしてから言ってほしいセリフだよ。」
悠然と声をかける青年に、ルナが言い返す。青年は眼を見開くと同時に、ルナに向かって飛びかかる。
青年が振り下ろす紅い剣。だがルナがかざした剣と衝突した途端、その刀身が砕け散った。
「なっ!?」
驚愕をあらわにする青年。自分の力がここまで簡単に打ち破られたことを、彼は信じられなかった。
「どうしたの?まさかこれがあなたの力というわけではないでしょうね?」
ルナが余裕を込めて言いかけるが、青年には余裕がなかった。
「あまり遊ぶと何をされるか分からないから。早々に切り上げるわよ。」
ルナは言い放つと、青年に向けて剣を振り下ろす。青年の体が両断され、血飛沫をまき散らして昏倒する。
力を抜いたルナが手にしていた紅い剣を消失させる。ひとつ吐息をついてから、彼女は困惑を見せているナナに振り返る。
「ルナ、その力は・・・!?」
「これを見て、驚かないほうがどうかしてるよね・・・」
未だに体を震わせているナナに、ルナが沈痛の面持ちを浮かべて言いかける。
「これがあなたを苦しめてしまった吸血鬼の一族、ブラッドと呼ばれる者の力なのよ・・・」
「ブラッド・・・!?」
ルナの告げた言葉にナナが困惑するばかりだった。
「ブラッド・・吸血鬼の種族の中でも最高位の存在。その主な特徴は、自分の血を媒体にして様々な力を使うことができる点。」
「それじゃ、ルナもそのブラッドって吸血鬼ということなの・・・?」
ナナの問いかけにルナが小さく頷く。
「でも私は人を襲って血を奪うようなことはしない。トマトジュースなどで代用しているけどね。」
ルナが苦笑を浮かべるが、ナナは困惑したまま笑みを見せない。
「とにかく、私はあなたに危害は加えない。むしろ、私のためにあなたが傷つくのを、私は快く思っていない・・・」
ルナは沈痛の面持ちを浮かべて、切実に自分の心境を語りかける。そこでナナはようやく恐怖を和らげた。
「ナナ、これからは私にあまり関わらないほうがいいかもしれない・・でないと、私はあなたを危険にさらしてしまうことになる・・今以上のことが起きるかもしれない・・・」
「ルナ・・・」
ルナの言葉にナナが困惑を浮かべる。
「どうして・・私のことなら気にしないでも・・・」
「言ったでしょ。私は私のためにあなたが傷つくのをよく思わないって・・もし、あなたに何かあったら、私は・・・」
ルナがナナに向けて、声を振り絞るように言いかける。その様子に困惑し、ナナはこれ以上声をかけられなかった。
「心苦しいけど、これ以上私と関わらないほうがいい・・・」
ルナは小さく言いかけると、ナナの前から離れていった。ナナも動揺のあまり、ルナを追うことができなかった。
街中の人気のない路地裏。そこで1人の青年が佇んでいた。
青年は1人の少女を後ろから抱きかかえていた。しかしその愛らしく見える体勢で、青年は少女の首筋に牙を入れていた。
「あ・・ぁぁぁ・・・」
少女はあえぎ声を上げていた。自分の中の血が激しく流れて外に出て行くことに、彼女は無意識に快感を覚えていたのだ。
やがて少女は生の力を失い、眼を閉ざす。その体が石のように固くなったところで、青年は牙を離した。
「満足だろうね。いい気分のまま人生を終えることができたのだから・・」
青年は悠然と語りかけると、口からたれていた血を拭う。その直後、少女の体が砂のように崩れ去り、身に付けていた衣服だけが残った。
「僕も十分充実させてもらったよ。君の血は、僕にいっときの至福をもたらしてくれたのだから。」
悠然さを崩さずに、青年は少女から吸い取った血の味を確かめていた。
「でも、本当に満足するにはまだまだ刺激が足りない。それほどの刺激をもたらしてくれる人は、必ず存在するはずだ。」
期待を膨らませて、青年が笑みを強める。
そのとき、青年は強靭な気配を感じ取り、その方向に振り返る。一瞬消していた笑みを再び浮かべて、青年が歓喜に打ち震える。
「見つけた・・まさか、こんなに早く見つけられるとは思わなかったよ・・」
青年はその気配に導かれるように、道を歩き出した。
「この気配、多分僕と同じ種族なんだろうが・・いずれにしても、僕を退屈させないだろうね・・・」
歓喜を抑えることができないまま、青年は街をさまよっていった。