Blood -sucking impulse- File.11 心の光、宿らせて

 

 

 追い詰められているはずの宅真が依然と見せる笑み。仁科はそれに対して、次第に苛立ちを覚えていた。

「そんなにオレの手の中から出て行きたいのか?オレの力では、お前の心を満たすことはできないというのか?」

「そういうことになるかな。オレの心は、オレ自身の力でしか満たされない。」

 宅真のこの言葉で、仁科は初めて憤怒の表情を浮かべて彼に振り返る。

「もうお前に合わせてやる必要もないということか!ならばオレは、オレの心のために、お前から葉月と上条くんを奪い取る!」

「待って!」

 叫ぶ仁科に、葉月が思い切って声をかけてきた。苛立ちを抑えて、仁科が再び彼女に振り向く。

「これ以上たっくんを傷つけるなら、今度は私が相手をしますよ。」

 真剣な面持ちで言い放ち、すぐに具現化できるように、宅真が使ったような剣のイメージを広げておく葉月。そんな彼女を仁科が鼻で笑う。

「やめておいたほうがいい。君はまだブラッドになったばかり。オレや宅真のようなSブラッドになっているわけでもない。血の代償を受けることになるし、第一Sブラッドのオレに敵うはずもないだろ。」

 仁科の言葉に葉月は戸惑いを感じた。彼の言ったことは紛れもない事実だった。

 Sブラッドは時間さえもつかさどるほどの力を備えている。その力を覚醒していない葉月が、仁科に勝てるはずもない。

「私があなたに勝てないことぐらい、分かっています。たっくんに石にされて、あなたに水晶に封じ込められたのに、ミサを助けるなんてできないことなのかもしれない。それでも私はあなたからミサを取り戻したい!」

 葉月の決意は固かった。仁科から下がることはなかった。その決意の証を見せるかのように、彼女は宅真と同じ紅い剣が具現化されていた。

「力の差は関係ないか・・だったら力ずくで君を奪ってやる。今までそうしてきたようにね。」

 仁科は不敵な笑みを浮かべて剣を振りかざし、葉月を威嚇する。しかし葉月は引き下がろうとしない。

 あえて先手を打たない仁科。葉月に攻撃を誘っていた。

 彼がそう考えていることに構わず、葉月は剣を構えて飛び込む。しかし彼は振りかざしたその剣を簡単に受け止める。

 驚きを見せる葉月。悠然としている仁科。

「これが明らかな力の差だよ。まずSブラッドでなければ、オレを止めることは・・・」

 余裕の言葉をかける仁科だが、そこへ宅真が剣を突き出してきた。それに気付いた仁科は葉月を突き飛ばし、宅真の剣を受け止める。

「オレは今、彼女の相手をしているんだ。邪魔をするなら、今度こそお前の命を奪う。」

 宅真の剣を弾き、さらに自分の剣を放り捨てて、仁科は宅真を羽交い絞めにする。そしてその首筋に牙を入れる。

「がはっ!」

 痛みを覚えてうめく宅真。彼の脳裏に仁科が心の声を送る。

(お前の血を全て吸い尽くしてやる。お前が抱えている、輝きのない欲望も一緒に。それをオレの欲望が、水晶のように輝けるものにして扱ってやる。)

「そんなことをしても、オレの欲はアンタのものにはならない。オレの欲は、あくまでオレ自身のものなんだ・・・」

 頭の中に響いてくる仁科の言葉を、宅真はあくまで一蹴する。その間にも、宅真の血は着々と仁科に吸い取られていた。

(だが、お前の血はオレの中で生き続けることになる。お前の代わりに、オレが葉月さんや上条くんをかわいがってあげるよ。)

 仁科がさらに牙を食い込ませる。その反動で首筋から血の雫がかすかに飛び散る。

 必死に拘束から抜け出そうとする宅真だが、仁科の力は強く振りほどくことができない。

(お前はオレには勝てない。力でも欲望でも、相手を容赦なく倒す殺意と非情さでも。だからお前はオレから、咲野葉月を奪い取られるんだよ!)

 仁科が眼を見開いて、宅真の血を完全に吸いきろうとする。いくらSブラッドでも、血を全て吸い取られてしまったら、絶命は避けられない。

 そのとき、仁科の吸血が突然止まる。何事かと宅真が視線を後ろに向けると、仁科が彼から牙を離してあえいでいた。

 眼を凝らすと、葉月が仁科を背後から剣で突き刺していた。宅真に注意を向けすぎたため、彼女の接近に気付かなかったのだ。

「葉月ちゃん、いつの間に・・・」

「たっくんは殺させない・・誰かのものにされるなら、あなたよりたっくんに・・・!」

 当惑する宅真。葉月がいきり立って、仁科に突き立てている剣の柄を握り締める。

 拘束する腕の力が弱まり、宅真はその間に脱出する。血を吸われて体力を消耗し、呼吸を荒くして肩で息をする。

「まさかオレが後ろからやられるとはな・・・だが、お前はオレが手に入れるんだよ。」

 仁科が眼光を不気味に光らせて葉月に手を伸ばす。葉月は持っていた剣を投げつけ、仁科の動きを一瞬鈍らせる。

 足止めにもならなかったが、葉月にとってそれでもよかった。仁科とすれ違い、彼の背後を取る。彼が宅真を背後から押さえてきたように。

 そして彼の首筋に向けて、葉月はためらいなく牙を入れた。

「ぐっ!・・お、お前・・!」

 驚愕を見せながら仁科が叫ぶ。構わず葉月は彼の血を吸い始める。

 振り払おうと力を込める仁科。背後に視線を向けると、葉月が肉食獣のような形相を見せているのが見えた。

 彼女のこの姿はまさに吸血鬼だった。血に飢えた悪魔が本能や衝動に駆られて、獲物を求めて食らいついている姿そのものだった。

「吸血衝動に駆られているのか・・・人の理性を失っている顔じゃないか・・!」

(私は正気ですよ。こうして血を吸ってしまえば、あなたを追い詰めることができるはずだから・・・!)

 動揺の言葉を口にした仁科に、葉月が心の声をかける。吸血衝動を見せていながらも、彼女は理性を保っていた。

(皮肉かもしれないね・・私を苦しめてきた吸血衝動が、今の私の強い活力になっているなんてね・・・)

 胸中で沈痛の言葉を呟く葉月。その心の声は仁科にも、そして宅真にも伝わっていた。

(それでも、今の私がしたいのは、あなたからミサを取り戻すことと、たっくんに全てを預けることだけ・・・)

「オレでは・・オレではダメなのか・・オレよりも宅真を選ぶのか・・・!?」

 葉月の言葉に仁科は声を荒げる。自分より宅真を選ぶ葉月に納得がいかなかった。

「アイツではなく、オレに全てを委ねろ。オレならアイツよりも心地よくしてやれるだけでなく、上条くんともずっと一緒にいられる。これこそ最高の喜びじゃないか。」

 平然と、かつ冷淡に誘いをかける仁科の言葉。しかし葉月の心は既に決まっていて、それを聞き入れるつもりはない。

(私にとって最高の喜びは、たっくんと一緒にいることだから・・・)

 沈痛の言葉をかけた後、葉月はさらに仁科の血を吸う。心身ともに打ちのめされた仁科が、苛立ちの表情を見せる。

「いいだろう・・ならオレはオレの欲望に従って、葉月、お前を手に入れる!」

 仁科が全身に力を込めて、強引に葉月を引き離そうとする。彼女の体がバラバラにならないよう、最大限に注意を傾けながら。

 その力の波動を受けて、苦悶の表情を浮かべる葉月。それでも必死に抗いながら、仁科の首筋に食らいつく。

 体に突き刺さるような痛みが辛い。吸血鬼となっている自分が辛い。自分が望んで受け入れたこととはいえ、血みどろの運命を背負った自分が辛い。

 様々な辛さを、葉月は紅い血とともに噛み締める。

「お前は今のオレの最大の標的だ。できることなら傷つけたくはないんだけどなぁ。」

 仁科が愚痴るように言い放って、葉月を攻撃する波動にさらに力を注ぐ。あまりの苦痛に押され始める彼女が、ついに彼から吹き飛ばされる。

 裸身の彼女が地面を転がり、壁際で止まる。転がった反動で体にすり傷ができてしまっていた。

「手間をかけるのは嫌いじゃないが、度がすぎるとどうかと思うんで・・」

 振り返った仁科が、葉月を再び封じ込めようと両手に力を注いでいく。そこへ紅い剣が飛び込み、仁科がとっさに跳躍してかわす。

 着地して振り返ると、宅真が真剣の面持ちで仁科を見据えていた。

「いい加減決着をつけたほうがいいかもしれない。この勝負で終わらせようか。」

 真面目に言い放つ宅真に、仁科が不敵な笑みを見せて彼の挑戦を受ける。

「それもそうだな。今度こそ終わりにしてやろうか。」

「今のアンタは、葉月に大量の血を吸われている。いくらSブラッドでも、いつものように力を出すことはムリがあるはずだ。」

 それぞれ紅い剣を出現させる宅真と仁科。宅真の指摘を受けても、仁科は笑みを消さない。

「確かにそうかもしれないな。だが、オレは必ず、咲野葉月を手に入れてみせる!」

 仁科は言い放ち、剣を構える。もはや自らの欲情に純粋に漂えばいいのだ。

 宅真も彼のそんな考えに同意を感じながら、同様に剣を構える。

 一瞬の油断さえも命取りになりかねない。宅真と仁科が互いの動きに集中し身構える。

 そして2人が同時に息をのんだ直後、また同時に足を踏み出した。

 各々の剣を構えをしながら距離を詰めていく。そしてそれぞれ開いて目がけて剣を振りかざす。

 2本の剣は衝突し、強い金属音と破裂音を轟かせる。その衝撃で、2つの刀身が折れて弾かれる。

 互いの武器が折れ、一瞬手立てを失う2人。その中で仁科は驚愕を見せたが、宅真は平然としていた。

 折れているにも構わずに、その剣を突きつける宅真。折れた刀身が、仁科の右肩に突き刺さる。

 刀身が折れていたため深くは刺さらなかったが、それでも仁科は苦痛を覚える。鮮血が飛び散る肩を押さえて無意識に後退する。

「オ、オレを傷つけるとはな・・・」

 痛みを覚えながら、仁科が微笑を浮かべる。宅真の底力に気圧されていた。彼の劣勢を見て、宅真も不敵な笑みを浮かべる。

 宅真はたとえ剣が折れようとも、そのまま突き出そうと思っていた。それも確実に急所を外すようにとも考えていた。

 全て彼の思い描いていた理想のとおりになっていた。

「オレは欲に対して純粋で忠実なんだよ。欲に殺意を込めていたアンタじゃ、オレから葉月ちゃんを奪うことはできないよ。」

 宅真が普段見せている気さくな笑みを浮かべて、うなだれる仁科を見下ろす。仁科は依然として不敵な笑みを浮かべたままだった。

「これがお前の力というのか・・・オレもそうだったはずなのにな・・・」

 諦めたとばかりにため息をつく仁科。刀身の折れた剣を力なく手放し、その剣が音を立てて地面に落ちる。

「みんなを・・せめてミサちゃんだけでも解放してくれ。できれば、アンタは殺したくないんだ・・・」

 宅真が改めて仁科に呼びかける。沈痛な面持ちで、とても心苦しく感じながら。

 葉月も戸惑いを見せながら仁科を見つめている。彼女の心も、ミサが戻ってきてくれることを望んでいた。

「お前たちの気持ち、分からなくはない。標的と親友だからな。だが、オレが同意したとしても、オレの中の欲望と、ブラッドとしての吸血衝動が、お前たちの願いを拒む・・・」

 心の底であくまで欲情に忠実であることを告げる仁科。そして再び紅い剣を出現させる。敵意を見せたと思い、宅真が身構え葉月が困惑する。

「彼女たちを解放するには、オレの命を絶つしかない!」

「おい、まさか!?」

 その剣の切っ先を向ける仁科に、宅真が眼を見開いて止めようと駆け出す。しかしその刃が容赦なく仁科の体を貫いた。

「く・・これしか、欲望を止める方法はないんだよ・・・」

 最後まで不敵な笑みを浮かべながら、仁科は倒れて事切れる。

「仁科!」

「仁科さん!」

 葉月と、折れた剣を投げ捨てた宅真が倒れた仁科に駆け寄る。しかし仁科はもう何の反応を示さなかった。

「どうして・・どうしてそんな道を選んでしまうんだ・・・欲に忠実でも、手放すだけでよかったのに・・・」

 自分に力を与えたブラッドの死を悔やむ宅真。葉月も2人から眼を背けるしかなかった。

「仁科さんは、自分の欲望が嬉しかったと思うの。そんな自分を失いたくなかったから、自分の命を・・・」

 葉月は言いかけて、これ以上宅真の心を傷つけまいと、途中で言葉を止める。彼女の気持ちを察して、宅真は小さく頷いた。

 

 アークシティの沿岸を流れる河の前に、宅真と葉月は来ていた。そこで彼は、深い眠りについている仁科を下ろし、河に流した。

(これで少しは安らぐと思う。この夜空の星の輝きでも見ていてほしい・・・)

 胸中で悲痛の願いを呟いて、宅真は仁科の亡がらを見送った。葉月が宅真にすがり付いて、仁科の死を悲しんだ。

 その悲しみを噛み締めながら、宅真は一緒に持ってきたケースを下ろし、鍵を外す。

「仁科が死んで、アイツの力が消えているはずだ。多分、このケースを開ければ、アイツが水晶に封じてきた美女たちも解放されるはずだよ。」

「それじゃ、ミサはもう家で・・」

「多分、もう解放されてるはずだよ・・・」

 驚きを見せる葉月に宅真が小さく微笑む。そして視線を光を今にももらしそうな雰囲気のケースに戻す。

「これを開けたらすぐにここを離れよう。あんまり騒ぎにしたくないからね。」

「うん・・・」

 宅真の言葉に葉月は頷いた。そして彼にすがり付いて、女性たちの解放を見守る。

 彼女に見守られながら、宅真はゆっくりとケースのふたを開く。そしてすぐに彼女を連れて飛び上がり、この場を離れる。

 その眼下で水晶が光を宿しながら次々と割れていく。そこから裸の女性たちが続々と姿を現していく。

 女性たちの安否を見守りながら、宅真と葉月は姿を消した。

 

 宅真の自宅でも、水晶封印の解除を意味する光が放たれていた。寝室のベットの上に置かれていた水晶が割れ、そこからミサが姿を現した。

「あ、あれ・・あたし・・・?」

 自分の両手を見つめ、さらに周囲を見回すミサ。そこが宅真の自宅の部屋であることを理解する。

「そうか・・あたし、隊長に水晶に閉じ込められて・・・多分、アイツと葉月が何とかしてくれたのかな・・・」

 自分の胸に手を当ててミサは微笑む。彼女は葉月への感謝と、宅真に対する皮肉を感じていた。

 自分が信じてきた正義が、両親を殺して欲情に走っているブラッドの手のひらで踊らされ、それを直前まで敵対していたブラッドに助けられるとは。正義感の強い彼女には、困惑するしかないことだった。

 疲れきり、ベットに横たわるミサ。こうしてしばらく待っていると、薄い月明かりを何かがさえぎってきた。

 ミサが気付いて顔を上げると、そこには宅真と葉月の姿があった。2人ともミサを見て微笑みかけてきた。

「ミサ・・・元に戻ったんだね・・・」

「葉月・・・あなた・・・」

 声をかけてくる葉月にミサは戸惑いを見せる。しばらく見つめ合うと、葉月が喜びの笑顔を見せて、宅真を引っ張りながらミサに抱きつく。

 その拍子で3人はベットに横たわる。宅真と葉月に挟まれて、ミサの戸惑いがさがに強まる。

「葉月・・なんで、あなたたちも裸になってんのよ・・・?」

 少し気恥ずかしく感じながら、ミサが葉月にたずねる。すると葉月も少し気恥ずかしくなる。

「私たちも、仁科さんに1度封じ込められちゃって・・でも、ミサの声が聞こえた気がしたの。」

「えっ?」

 葉月の言葉にミサがきょとんとなる。するとすぐに葉月が照れ笑いを見せる。

「ホントに気のせいだったのかもしれない。でも、その声で私は励まされたのは確か・・・」

「・・・もしかしたら、あたしは無意識のうちに、葉月たちに呼びかけてたのかもしれない・・・もしあの中で意識を持っていたら、本気で呼びかけてたと思うから・・・」

 葉月の言葉を受けて、ミサの笑みを返した。もしもそうだったなら、それは喜ばしいことに他ならなかった。

 そんな歓喜を覚えながら、ミサは再び葉月の顔を見た。そこで彼女は眼を疑った。

 葉月の眼がいつもと違う色、夜の闇のような蒼に染まっていた。それは人間ではない別の種族となっていることを示していた。

「葉月・・・まさか・・・!?」

 驚愕を込めたミサの言葉を受けて、葉月が、そして2人の横にいた宅真も表情を曇らせる。

「ゴメン、ミサ・・私、壊れた私の思いを切り捨てるために、たっくんに頼んで、血を吸ってもらって、ブラッドになったの・・・」

 後ろめたい面持ちで語りかける葉月の言葉に、ミサは愕然となった。そしてその驚愕の気持ちは、次第に宅真に対する憎しみに変わった。

「アンタが・・アンタが葉月を・・・」

「ミサちゃん・・・」

 苛立ちをあらわにして、ミサが困惑している宅真につかみかかった。

「体だけじゃなく、葉月の人としての心まで奪うなんて・・・!」

「やめて、ミサ!ホントに私が望んだことなの!」

 宅真を責めるミサを葉月が止めに入る。彼女の悲痛さを目の当たりにして、ミサは当惑する。

「オレも始めは何度も断ったんだ。だけど、葉月ちゃんの気持ちに負けて、それで・・・」

 宅真も葉月の言葉に付け加える。それでミサが納得するとは少しも思っていなかった。

 愕然となるしかなかったミサが、葉月にすがり付いて泣きじゃくる。葉月は彼女を優しく抱きとめるしかできなかった。

 

 

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