Blood –sucking impulse- File.10 水晶の輝き
これは、アイツがオレの前からいなくなる前日のことだった。
ブラッドとなって石化の力を使えるようになったオレに、突然アイツはこんなことを言ってきた。
「宅真、実はオレも、お前に似た欲望を覚えるようになったんだ。」
「えっ?欲望?」
アイツのこの言葉に、オレは奇妙な気分を覚えた気がした。
オレはブラッドになってから、きれいな女性、かわいい女の子をオブジェにしていった。彼女たちの不安や快感といった反応、あたたかい体から冷たい石に変わっていく高揚感、そして彼女たちのなめらかな肌が、オレの心を満たしてくれていた。
「お前が石化に魅了されてるように、オレもあるものに魅了されるようになったんだ。」
「それは何なんだい?」
オレが聞き返すと、アイツは干渉に浸るように空を見上げた。
「きれいで透き通った、クリスタルのような輝きと美しさ。それがオレの欲望だな。」
「クリスタル?」
「あぁ。クリスタル・・水晶の中に、君が好んでいる美女を入れたらどんな見事な宝石に生まれ変わるだろうか。」
そのクリスタルに魅了されているアイツの顔は、どこか遠くを見つめているような感じだった。オレも欲に駆られているときは、そんな顔をしていたのだろうか。
「生の輝きを肌に宿らせている美女たちが、水晶の中でさらに輝く。これ以上の宝はないだろうに。」
「でもそれは一瞬のきらめきだろうに。そんなんじゃオレはとても満たされないよ。」
オレが不満染みたことを言うと、アイツは呆れ返って笑みを見せてきた。
「輝きのない石に変えて何になる。彼女たちの体の形にも魅入られているのかい?」
「オレはあの石がきれいだと思ってるんだ。アンタがクリスタルがきれいだと思ってるのと同じさ。」
「石と水晶を一緒にしないでもらいたいね。水晶には石にはないきらめきを備えているんだ。」
こんな子供染みた言い争いが続き、結局どっちも折れることなく話は終わった。けどアイツのその欲望が、アイツの心を震わせているのは明らかだった。
オレが美女をオブジェに変えることと、アイツが美女を水晶に閉じ込めること。欲からいえば大差はないことだった。
けどオレとアイツには別の、大きな違いがあった。それはアイツが自分のために人に噛み付いて血を吸うことをためらわないことだった。
ブラッドとして、吸血鬼として当然の行為なんだけど、自分のために誰かの命を奪うことはオレにはできない。欲望に駆られてもそこまでしたいと思うことではなかった。
オレはSブラッドになって、力の代償となる血の心配はなくなったけど、それでも血を吸うアイツのそのやり口だけは納得できなかった。
自分の欲望を淡々と告げたその翌日、アイツはオレの前から突然姿を消した。それからのアイツをオレは知らない。
仁科に追い詰められ、剣の切っ先を向けられる宅真と葉月。焦りを見せる宅真を見下ろして、仁科は笑みをこぼす。
「悪いけどこの程度じゃ、お前は葉月さんをものにできない。オレに奪い取られるだけだよ。」
「言ってくれるじゃない。葉月ちゃんはアンタには渡さないよ。」
淡々と告げる仁科に強気な態度を見せる宅真。しかし心の中では焦りを浮かべていることを仁科は見逃さなかった。
「そんなに葉月さんと一緒にいたいのか・・・分かったよ。」
ため息をついて、仁科が構えていた剣を下ろす。
「だったら2人仲良く、クリスタルの中に入っててもらおうか。」
「何っ!?」
宅真と葉月が驚愕を見せた直後、仁科が左手を伸ばす。その指先から放たれた稲妻のような光が、2人を拘束する。
「ぐあっ!」
「キャッ!」
宅真と葉月が光に囚われて悲鳴を上げる。2人の動きを封じ込めたのを見て、仁科がさらに笑みをこぼす。
「お前を手にしても封じ込めても、別に悪い気分にはならない。その体、葉月さんと一緒に手に入れさせてもらうよ。」
仁科が言い放ちながら剣を消し、宅真と葉月の捕縛に集中する。
「くっ・・・!」
宅真が必死に光の束縛から抜け出そうとするが、欲情が込められた仁科のSブラッドの力を振りほどくことができない。
「ムダだよ。こうなったらいくらお前でも抜け出すことはできない。このまま彼女とともに、お前も水晶に封じ込められるんだよ、宅真。」
仁科が光を放つ指先に力を込めると、宅真と葉月の衣服が引き裂かれる。恥じらいを覚えた2人が互いに寄り添い合う。
「な、何だ、この気分は・・・」
「とっても、気持ちがいい・・・でも、たっくんにかけられた石化とちょっと違う・・・」
その中で2人は体の奥から湧き上がる心地よさを感じていた。彼女が呟いたとおり、石化とは違う高好感だった。
「お前もオレの力が気分のいいものと感じているようだね。」
快楽を感じ始めている2人を見て、仁科が歓喜を浮かべていた。彼の眼の前で2人が互いにすがり付いていた。
「たっくん、私、この気分に耐えられないよ・・・」
「オレもだよ・・葉月ちゃんに寄り添ってないと、どうかなっちゃいそうだよ・・・」
光の中であえぎ、抱き合って脱力する宅真と葉月。体も心も完全に仁科の手中に落ちてしまっていた。
「これでお前たちはオレの手の中さ。あとはお前たちが、この快楽の扉を開いていくんだ。なに、自分の心に従っていればいいだけだ。」
仁科が歓喜を浮かべながら、宅真と葉月を包む光を収束させていく。それに比例して、2人が快楽を覚えてあえぐ。
「たっくん、ダメ!このままじゃ、私・・・!」
「葉月ちゃん、オレも・・・!」
快楽にさいなまれて強く抱き合う葉月と宅真。
(ゴメン、ミサ・・助けること、できなくなっちゃったみたい・・・)
ミサに後ろめたい気持ちを覚えながら、葉月は快楽の光に意識を預けてしまう。
(オレはこのまま、アイツの力にのまれてしまうんだろうか・・・)
宅真も仁科の支配に落ちていくことを感じながら、仁科の快楽に落ちてしまう。
まばゆく輝いた光に包まれて2人の姿が消える。仁科が奪ってきた少女たちと同様、彼らは一糸まとわぬ姿で水晶に閉じ込められてしまう。
「今までご苦労だったね、宅真、葉月さん。これでお前たちはオレのものさ。」
その水晶に近づき見下ろす仁科。それを拾い上げ、2人の姿をまじまじと見つめる。
「水晶の快楽に包まれて、しかも惹かれ合っているブラッド同士が寄り添っているんだ。これ以上の幸せはないはずだよな、宅真?」
その水晶を胸に留めて、仁科は安堵の笑みをこぼした。
肌と肌を触れ合わせて、宅真と葉月は抱き合い、さらに唇を重ねていた。2人は最高の快楽の形で、仁科によって水晶封印されたのだった。
「お前たち2人はオレの最高の輝きだ。まぁ、お前たちが連れ去った上条くんも、オレが探し出して手に入れておくけど。」
宅真と葉月を封じ込めた水晶を上着のポケットにしまって、仁科は建物から飛び出した。それから1分もしないうちに、閃光と騒ぎを察知した警察や軍がこの建物に駆けつけた。
しかし後の祭り、建物はもぬけの殻となっていた。彼らはブラッド、仁科の姿と位置を確認できないまま途方に暮れるしかなかった。
薄らいでいる意識の中で、宅真と葉月は互いを見つめ合っていた。
(これが水晶に入れられてるってことか・・何だか、不思議な気分にさせられるな・・・)
もうろうとしながら宅真は意識を巡らせる。水晶としての冷たさを感じながらも、光に抱かれたようなあたたかさを同時に感じ取っていた。2つの温度が混ざり合って、彼らに奇妙な感覚を与えていたのである。
(この中だったら、葉月ちゃんとこうして一緒にいられる。悪くない気分かもしれないね。)
(私もそう思う・・たっくんに1度石化されてるのもあるかもしれないけど、こうして一緒にい続けるのも心が安らぐかも・・)
葉月も水晶の抱擁に感嘆を感じている。
仁科が張り巡らせた水晶の呪縛。2人はその素肌から、その輝きの心地よさを直に感じ取っていた。
(でも・・オレたちは、何かを忘れている気がする・・・)
(そうだね・・・大切なこと・・どうしてもしなくちゃいけないことを・・・)
心から抜け落ちているように思えてならない何かに、2人とも疑念を持つ。
(葉月ちゃんと一緒にいることよりも・・いや、葉月ちゃんのためにもしなくちゃいけないことなんだけど・・・)
考えて思い出そうとするが、なかなか答えに辿り着かない。
「ちょっとあなたたち、いつまでそんなとこで閉じこもってるつもりよ!」
そこへ活気のある声がかかり、宅真と葉月が眼を見開く。顔を上げて振り向くと、そこにはミサの姿があった。
「ミサ・・・!?」
「ミサちゃん・・・!?」
戸惑いを見せている2人に、ミサがムッとした顔をする。
「アンタ、葉月を奪いたいとか言っておきながら、隊長に奪われてどうすんのよ!アンタの欲っていうのはそんなものだったの!?」
ミサに説教されているような感じを覚えて、宅真はきょとんとなる。そんな彼の額をミサが指で軽くつつく。
「葉月をモノにしたいなら、そんなとこで諦めるんじゃないの。」
言いたいことを言い切って、ミサは照れ隠しに微笑む。彼女の気持ちを受けて、宅真も笑みを取り戻す。
「ゴメン、ミサちゃん・・葉月ちゃん・・・アイツのことばっか気にしてて、アイツがオレの気持ちを少しも受け入れてくれなくて・・焦っちゃってた・・・」
すまなそうな面持ちを見せてから、いつもの気さくな笑みを見せる宅真。
「ありがとう、ミサちゃん。今オレが1番にしなくちゃいけないのは、アイツを止めることじゃない。葉月ちゃんやミサちゃんを助けることなんだ。」
「・・・別にアンタに感謝されても、あたしは全然嬉しくもなんともないんだから・・!」
感謝されてミサが頬を赤らめてそっぽを向く。しかしすぐに真剣な眼差しを彼らに向ける。
「ミサ、私とたっくんは行くよ。ミサを助けるために。」
葉月が決意を告げると、ミサが突然のことに戸惑いを見せる。
「ミサはアークレイヴとして、私の親友として私を守ってくれた。今度は私がミサを助ける番だよ。」
「葉月・・・」
「それじゃ行くね。待ってて、ミサ。」
葉月は力を引き出そうと意識を傾ける。ブラッドとなった彼女は、水晶封印を破ろうとするイメージを膨らませていた。
「葉月、あなたまさか・・・!?」
その様子を見たミサが疑いの眼差しで見つめる。そこで宅真が葉月の肩に手を添える。
「あまりムリに力を使わないほうがいいよ。オレや仁科と違ってSブラッドじゃないんだから。」
「でも、私も・・」
制止する宅真の言葉に、葉月は首を横に振る。彼は微笑を浮かべて、彼女をなだめるように答える。
「オレにはアイツの力の波長がある程度なら分かる。オレがこの封印を破るから。」
葉月の決意を受け継いで、宅真は彼女の代わりに意識を集中する。仁科が思い描いている水晶の輝きを自分の脳裏にも描いていく。
(仁科、悪いけど、オレはオレの気持ちに従うことにするよ。だから、アンタとはサヨナラだ・・・)
仁科とのつながりに決別をし、宅真はこの水晶の封印を破るべく力を解放した。
宅真の自宅の前の家の屋根に仁科は降り立っていた。宅真と葉月を手に入れた彼は、1度手放していたミサを再び手に入れようとしていた。
「宅真、お前が石化した美女たちはお前にくれてやる。お前の戦利品だからな。だが上条くんはオレが封じ込めている。彼女だけは返してもらうよ。」
不敵な笑みを浮かべて、仁科が屋根から下りて前の道に着地する。
そのとき、上着のポケットに入れていた1つの水晶が突然光りだした。
「何?」
突然のことに眉をひそめる仁科。その水晶を取り出すと、それが封印時に放つものと同じ光を発していた。
「どういうことなんだ!?・・水晶が、オレの意思を無視して輝きだすなんて・・・まさか・・・!?」
思い立ったことに驚きを隠せない仁科。輝いている水晶の中には、眠るように封じ込められている宅真と葉月。
「この2人が、オレの水晶の封印を破ろうとしているのか・・・」
焦りを覚えた仁科が、輝きを放っている水晶に力を込める。自らの力で、水晶封印の抑制を強めようと試みた。
「オレの封印をお前たちに破ることはできないが、念には念を入れさせてもらうぞ。」
仁科が力を注ぎ込み、宅真と葉月を完全に抑え込もうとする。少し力を込めれば、水晶封印した人を抑え込むのは造作もないことのはずだった。
しかし力を込めても、水晶の輝きが治まる気配がない。その衝動が仁科には疑問に思えてならなかった。
「オレに・・オレに抗おうというのか・・・オレの欲望でさえも・・・!」
仁科の顔に憤りが浮かび上がる。余裕が消えている証拠だった。
「おのれ・・・宅真!」
怒号を上げながら、注ぐ力を最大限に振り絞る仁科。それでも水晶の輝きは留まることがない。
ついに水晶に亀裂が入り、中に保っていた水晶の光があふれ始める。これを期に亀裂が一気に広がり、ついに水晶が砕け散る。
「何っ!?」
驚愕をあらわにする仁科の眼前で、輝きが最高位に達する。その中から、一糸まとわぬ姿の宅真と葉月が現れる。
光が治まり、2人の姿がはっきりとしてくる。息を荒くしながらも、水晶封印から脱出できたことに安堵を浮かべていた。
「そ、そんなことが・・・オレの水晶から脱出できるはずは・・・!?」
仁科が未だに信じられない面持ちを見せていた。呼吸を整えてから、宅真が彼に振り返る。
「アンタよりもオレのほうが、葉月ちゃんをものにしたいっていう気持ちが強いだけの話さ。」
宅真の発した言葉に仁科は息をのんだ。確証があったわけではなかったが、それは宅真が信じていることに違いはなかった。
「オレも正直出られるとは思ってなかったよ。だけど、今は出なくちゃいけないと思っていた。」
「そんなことくらいで、オレの力から抜け出したというのか・・・!?」
仁科の動揺を目の当たりにしながら、宅真はゆっくりと立ち上がる。
「あくまでオレの気持ちだ。そこまでは分かんないよ。」
笑みを崩さずに言いかける宅真。その横で葉月が自分の体を抱いたまま、動揺する仁科に視線を向ける。
「私は戦う。ミサを助けるために。そのために私は、たっくんに血を吸われて、人間の体を捨てることを選んだのです。」
強い決意を仁科に告げる葉月。体を抱きとめていた腕を解いて立ち上がり、夢を崩壊させたブラッドを見据える。
「私は負けません。私の中にあるこの吸血衝動にも、私やミサの夢や心を壊して、人間の心を捨てたあなたにも!」
言い放つ葉月の眼に眼光が宿る。ブラッドであることを証明するように、その眼は闇を表す蒼に染まっていた。
戦おうとする彼女だが、宅真が右手で制する。
「君の気持ちは十分分かったよ、葉月ちゃん。だけど、これはオレと、アイツの戦いなんだ。」
葉月に笑顔を向けた後、宅真は仁科に視線を戻して真剣な眼差しを送る。
「オレをブラッドにしてくれたことは、正直感謝している。だけど、オレはもうアンタとの縁を切る。いや、あのとき別れたときから、アンタとの縁は切れてたのかもしれない・・・」
後ろめたい気持ちを抱えながら、宅真はかつての同士を討つことを選んだ。その姿を見て、仁科が不敵な笑みを見せる。
「確かにそうかもしれないな。相反するようになったから、オレはお前から離れたのかもしれない。そうだ・・もはやオレとお前は敵同士。」
仁科はブラッドの力を発動して、紅い剣を具現化させる。Sブラッドである彼は、力の発動による血の代償が最小限で抑えられる。
「だが、お前とオレとは決定的な違いがもう1つある。いや、オレにあってお前にないもの。あったはずの、お前が切り捨てたもの。それは、相手をためらわずに牙を向け、倒すことだ。」
言い放たれた仁科の言葉に宅真は息をのんだ。仁科が指摘したものは、相手を葬る殺意と破壊本能。
「お前は相手を思いやるあまり、敵に対する非情さが欠けてしまっている。だからオレとお前の能力を同等と見積もっても、敵意の足りないお前は・・・」
仁科が剣を振りかざして宅真に向けて駆け出す。
「絶対にオレには勝てないんだよ!」
叫ぶと同時に剣を振り下ろす仁科。宅真はとっさに同様の剣を出現させてこれを受け止める。
武器を具現化させるのは得意なほうではない宅真だが、そんなことを考えている状況ではない。必死で仁科の剣を受け止めるだけだった。
しかし慣れていない具現化の武器では、仁科には荷が重かった。殺意の差も生じて、次第に仁科に押されていく。
そしてその刃に弾かれて、宅真は横転する。
「たっくん!」
葉月が叫んで駆け込もうとすると、仁科が悠然と振り返ってくる。
「これで分かったはずだ。お前はオレを止めることはできない。」
葉月に視線を向けたまま、仁科が宅真に声をかける。宅真は疲労を覚えながら、必死に立ち上がろうとしている。
「もう1度オレの手の中に戻れ。でないとオレはお前を殺さなくてはならなくなる。咲野葉月と一緒なら、お前は最高に幸せでいられるはずだ。放棄する理由はないだろう?」
ねめつけるように問いかけを持ちかける仁科。しかし決意を決め込んでいる宅真は、それをはねつける笑みを見せるだけだった。
「悪いけど、オレはアンタの手の中に閉じこもっているつもりはない。葉月ちゃんと一緒に、最高の気分に浸るんだよ。」
全く諦めようとしない宅真。未だに笑みを見せつけてくる彼に、仁科は次第に苛立ちを覚えるようになってきていた。