Blood –sucking impulse- File.9 葉月、石化への魅力

 

 

 再び宅真の首筋に顔を近づけた葉月。彼に噛み付くのではなく、あふれていた血を舌で舐め取るためだった。

「これが・・血の味なんだね・・・苦いけど・・たっくんの心がこもってる・・・」

 血なまぐさい苦味を噛み締めながら、葉月が宅真を見る。すると宅真は頷いてみせる。

「オレのためにここまでしてくれて・・ゴメンね、葉月ちゃん・・・」

「いいよ。私がたっくんにムリに頼んだんだから・・・」

 葉月は微笑むと、一糸まとわぬ体を床に倒した。

「何だか疲れちゃった・・・このまま寝てしまいそう・・・」

 安堵の吐息をついて、瞳を閉じる葉月。すると宅真が彼女に寄り添う。

「悪いけど、まだ寝かせるわけにはいかないよ・・・」

「えっ・・?」

 優しく語りかける宅真に、葉月が力なく疑問の声をもらす。

 その直後、宅真は葉月の胸を撫で回し、そして揉み始めた。体を駆け巡る刺激に、彼女は顔を歪める。

「な、何なの・・たっくん・・・」

 すがるように胸に触れてくる宅真に、葉月はあえぎ声を上げる。その声、その反応を彼は堪能していた。

「あったかいなぁ・・葉月ちゃんの体・・・人の体って、こんなにあたたかかったっけ・・・?」

「分からない・・・多分、ブラッドになって、吸血衝動にかかって・・興奮したせいじゃないかな・・・?」

 囁くように言う宅真の問いかけに、葉月は必死に声を振り絞りながら答える。

「そうかもね・・・どっちにしても、石化させてるときじゃ感じられないようなあたたかさだよ。」

 美女を石化させ、その反応を楽しむのが宅真の欲情だった。石の体では感じられない人のあたたかさを今、彼は堪能していた。

 しばらく彼女の胸を撫でた後、宅真はその乳房に口を含んだ。さらなる快感を覚えて、葉月の声が大きくこだまする。

「ダメ、たっくん!・・わたし、この感じに耐えられないよ・・・!」

「大丈夫だよ、葉月ちゃん。今度はオレが君の心を確かめる番だよ。」

 宅真が悲鳴染みた声を上げる葉月をなだめながら、彼女の胸の谷間に顔をうずめた。

 どんどん押し寄せてくる快楽を感じながら、葉月はあることに思いを馳せていた。

 宅真と初めて会った日を。

 石化されたあの感覚を。

 

 快楽に包まれた葉月は、自分の体が白い石に変わっていくイメージを浮かべていた。

 固まって動かなくなる束縛。ヒビが入る衝動。冷たくなっていく体温。

 人のものでない別の物質に変わっていく感覚に、彼女は普通では感じることのできない心地よさを覚えていた。

(これが石化・・石になるってこと・・・不安になるけど、何だか気分がよくなってくる・・・)

 葉月はこの石化の心地よさに身を沈めていた。でもこれは自分の中で思い描いている空想、妄想、夢でしかない。その感覚と経験が、いつしか現実のものとなる。宅真がこれを実現してくれる。

 そんな願いを巡らせながら、葉月はその石化を堪能することにした。

  ピキッ パキッ パキッ

 徐々に彼女の体にヒビが入っていく。宅真にかけられた石化が、彼女の体に広がっていた。

 固くなっていく自分の体。自分から切り離されたみたいに言うことを聞かない体。人のあたたかさと石の冷たさの混ざり合いによる不思議な感覚。

 普通なら不安や不快などの嫌な気分になるはずなのだが、葉月はこれがいい気分に感じられた。

(こんな気分でいられるなら・・私はずっとこのままでいたい・・・たっくんが、壊れかけてた私の心を支えてくれる・・・)

 宅真に全てを預けるかのように、葉月は押し寄せてくる石化のイメージに心身を沈めていく。

  パキッ ピキッ

 その石化が彼女の手足の指先、秘所、腹部、胸、腕、肩をどんどん白い無機質なものに変えていく。その儚くも心を満たすような気分が、今の彼女を支えていた。彼女自身はそう感じ取っていた。

 それでもいい。これは宅真の力によるものだから。そんなことを考えながら、葉月は石化による脱力を覚えていた。

(これは夢だけど・・そのうちこれはホントのことに・・・)

  ピキッ パキッ

 石化が首筋を固めていく。その一瞬、葉月は苦痛を感じ取る。かすかに針で突かれたような痛みだった。

 宅真に噛まれた傷跡。ブラッドであることを証明している傷痕だった。

 しかしその一瞬の痛みも、波のように押し寄せてくる石の感覚にかき消されてしまった。

     フッ

 やがて唇、髪、瞳さえも白く固まる。自身のイメージが、葉月の体を裸の石像へと変貌させた。

 でもこれはあくまでイメージでしかない。そのイメージを弱めてしまえば、その石化は簡単に解けてしまう。

 そんな心の揺らぎの影響なのか、葉月の石の体のヒビが一気に広がる。そしてそのヒビが満たされたところで、その石の殻が弾けるように剥がれ落ちる。

 心、欲、思いはありとあらゆる力に変わる。破壊、変化、発狂など、様々な効果を及ぼす力が。宅真の石化も、仁科の水晶封印も、葉月を蝕んでいる吸血衝動も、その力の効果の一端に過ぎない。

 そんなことを脳裏によぎらせながら、葉月は自身の心の底の闇の中に落ちていった。

 

 宅真の葉月への抱擁は続いていた。彼は彼女の胸の谷間に顔をうずめたまま、その肌を小さく舐めていく。

「う・・うく・・・」

 小さくうめく葉月。刺激と快楽に身を沈めながら、彼女は今まで感じていた石化の感覚を思い返していく。

 白い石に変わっていく束縛と、今こうして抱擁を受けていることと大差ない。どちらにしても、心を満たす快楽に変わりはなかった。

 宅真は顔を離して体を起こし、葉月の下半身を見下ろす。そしてその秘所に顔を近づけて舌を入れる。

「うはぁっ!」

 今までで1番強いだろう刺激と快感に、葉月の悲鳴にも聞こえる声が高まる。

「たっくん、やめて・・そんなことしたら・・・!」

「大丈夫だよ、葉月ちゃん・・こうしてると、君のことをもっと理解できると思うから・・・」

 そんな彼女の声に、宅真は必死の面持ちで答える。天にも昇るような気分に、2人は抱擁の中に堕ちていった。

 

 抱擁を終えた宅真と葉月。2人はベットの上で、裸で優しく寄り添い合っていた。

「もう私は人間じゃないんだね・・・」

「うん・・体はね・・・」

 葉月の囁きに宅真は頷き、彼女を抱きとめる。

「だけど、心は人間のままなんだよ。オレも君も。だから人間だって言い切ってしまえば、オレたちは人間でいられるんだよ。」

「そうだね・・・」

 葉月に語りかける宅真。微笑んでいたその顔が、真剣な面持ちに変わる。

「君をオブジェにするのは、アイツを何とかしてからだ・・・」

「夢野隊長、だね・・・?」

 葉月が聞くと、宅真は小さく頷く。

「アイツはもう人間の心を消してしまってる。自分の欲望のために、アイツは命を犠牲にした。いくらなんでも、それはやりすぎだとオレは思うんだ。」

「私も止めないといけないと思う。どうしてもダメなら、命を奪ってでも・・・」

 歯がゆい思いを抱えながら、葉月も頷く。彼女のこの言葉に宅真も同意していた。

 できることなら仁科を殺さずにいたい。欲情を満たす力を与えてくれたのは彼なのだから。しかしどうしても止まろうとしないなら、命を絶ってでも止めなくてはならない。

 宅真と葉月は、苦渋の決断を強いられていた。思いと夢を打ち壊すことにもならない選択の決断に。

「やろう・・オレがやらないと、また誰かが傷つくことになるから・・・」

「たっくん・・・」

「オレは命を奪ってまで、自分の欲にすがりたくはないんだよ・・・」

 そう告げて宅真は葉月を抱きしめた。互いの人のあたたかさを感じあいながら、この一夜を過ごした。

 

 人気のないビルの1部屋。明かりのないその部屋に、仁科は悠然とした態度で立っていた。

 彼が見据えているテーブルの上には、少女たちを封じ込めた水晶を入れているケースたちがあった。欲望に駆られた彼が手に入れた証たちである。

「ここまで・・ここまで集めたものだ・・・水晶の輝き、美女の素肌のきらびやかさが、オレの心を満たし潤してくれる・・・」

 自らが封じ込めた水晶の少女たちの姿を脳裏に蘇らせて、仁科は歓喜を覚えていた。彼が与えた快楽によって、彼女たちは恐怖や困惑をかき消したまま閉じ込められていた。

「今のオレが追い求めているのは、上条くんと咲野葉月さん。手に届いていたものを見逃したり後回しにするほど能天気ではないんでね、オレは。」

 葉月と水晶に封印したままのミサのことを思い返し、彼は期待に胸を躍らせていた。

「けど宅真が邪魔してくるだろうな。ま、そのときはアイツもいただかせてもらおうかな。」

 気さくな態度を崩さずに仁科は椅子の1つに腰を下ろす。

「アイツの光のない欲望を見届けるのは不敏になってきたからな。」

 嘆息をもらして仁科は待ちわびた。宅真と葉月がここにやってくるのを。

 彼女が既に人間でなくなっていることに、彼は気付いていなかった。

 

 悲惨な出来事の起きた日が終わり、朝日が訪れた。その日の光が、宅真と葉月に緊迫感を与えていた。

 ブラッドは日の光や十字架といった、人々に広まっている迷信における弱点は持っていない。様々な思いの交錯が、2人に太陽をさらに眩しくさせていた。

(ミサ、待ってて・・必ず助けてあげるから・・・)

 決意を胸に秘めて、ミサのことを思いながら、葉月は前をじっと見つめていた。そんな彼女の肩を、宅真が優しく手を乗せる。

「大丈夫さ。オレが君を守り、アイツを留めて見せるからさ。」

「・・うん。」

 彼の優しい言葉に頷く葉月。2人は仁科を求めて歩き出した。

 

 アークレイヴ本部があった場所には、既に警察や軍が調査、警戒を広げていた。宅真には、仁科がこんな物騒と感じ取れる場所に滞在しているはずがないと思った。

「ここじゃないみたいだよ。警備もどんどん厳しくなってるし・・」

「そうだね・・他にアイツが行き着く場所は・・・」

 葉月が呟くと、宅真が仁科のいる場所を推測する。

 アークレイヴ本部とその寮以外では、かつて2人が短期間過ごした場所になるが、どれもこの近辺には当たらない。

「もしかしたら、あの場所かもしれない・・」

「えっ?」

 そのとき、葉月が唐突に呟き、宅真が振り向く。

「ミサの両親を殺したブラッドが仁科さんなら、そのレストランに・・・」

 彼女のこの言葉に宅真は眼を見開いた。自ら居場所を切り捨てた彼が行き着くのは、おそらくそこだろう。

「そのレストランは、今どこなんだ?」

「あの事件で閉店になって、今はその区画だけが残されてるだけだよ。」

 葉月の説明を聞いて、宅真は小さく頷いた。

「隠れるには丁度いい場所だね。とりあえず、行くだけ行ってみよう。」

 彼に言われて彼女も同意する。2人はそのレストラン跡地へと向かい、仁科との戦いに備えた。

 

「ん?・・ようやくここに来たのか。」

 宅真の気配を感じ取った仁科が、腰かけていた椅子から立ち上がる。宅真のブラッドとしての気配は、この建物の出入り口前から感じ取れた。

(ん?妙だな。ブラッドの気配が2つ感じる。1人は宅真だが、もう1人は・・・?)

 2人目のブラッドの登場に、仁科は当惑を覚える。

(誰だ?・・オレも何人かブラッドに会って、その気配を記憶してきたけど、コイツは初めてだなぁ・・)

 淡々と胸中で呟き続ける仁科。しかしその気配に対して、彼は違和感を覚えていた。

(それにしてもヘンだな・・初めて感じたという感覚がない。誰だ、いったい・・・?)

 複雑に絡み合う疑問を振り切ろうとしながら、仁科はテーブルの上に置かれたケースの1つを開け、そこから水晶の1つを取り出す。ツインテールの少女が裸で眠るように閉じ込められていた。

「宅真、オレは決めたよ。お前はオレが始末してやる。オレがまいてしまった欲望の種だから、オレの手で刈り取ってやる。」

 少女の裸身に笑みをこぼして、仁科はその水晶をケースに戻す。そしてきびすを返して部屋を出て行く。

 建物の正面玄関、外を一望できる場所に足を運ぶと、その先には宅真と葉月が近づいてきていた。

「やっと来たか、宅真。」

 ひとつ息をついて、仁科は2人の前に姿を見せる。

 そこで彼は疑いの眼差しを葉月に向ける。昨日会った彼女とは何かが根本的に違っている。

(この血塗られた気配・・・まさか!?)

「宅真、お前・・咲野葉月をブラッドにしたのか!」

 思い立った仁科が宅真に叫ぶ。普段の彼からは見られない憤怒をあらわにして。

「血迷ったのか!?彼女は人間でありながら、吸血衝動にかかっているんだぞ!お前はそんな彼女をブラッドにするとはな!火に油を注ぐようなもんだ!」

「ちょっと待ってくれ。なぜ葉月ちゃんが吸血衝動にかかってるって知ってるんだ?」

 仁科の言葉に今度は宅真が疑問を覚える。我に返ったような素振りを見せて、仁科は笑みをこぼす。

「宅真、お前も石化の力をかけたときに、その相手の心を読むことができたはずだ。それと同じさ。」

「それで、ミサを水晶に封じ込めたときに心を読んで、私のことを知ったわけですか・・・?」

 葉月が答えると、仁科は笑みを消さずに頷く。

「そのとおり。まさか君が、人間ではまれな吸血衝動を引き起こしていたとは意外だったよ。」

 嘆息じみた表情を見せてから、仁科はゆっくりと宅真と葉月に歩み寄る。宅真がとっさに葉月をかばうと、仁科が苦笑を浮かべる。

「まぁ、何にしてもだ。葉月さんはブラッドになり、自分を蝕んでいた吸血衝動にも打ち勝って、今オレの前に立っている。その紅い輝き、今度こそオレは手に入れてみせる。」

 欲情に駆られた仁科が不敵な笑みを浮かべる。葉月の前に、宅真が身構えて立ちはだかる。

「悪いけど、葉月ちゃんはオレのものなんだ。アンタには渡せないよ。」

「ほう?あくまでオレの邪魔をしようというのか?」

 仁科が立ちはだかる宅真を見据えて、突如右手の人差し指に牙を入れた。紅い雫が傷口からあふれ、こぼれる前に奇妙な動きを見せて収束し、1本の剣を形作る。

「ホントなら意識するだけで剣を作り出すことができるんだけど、オレはこのほうが使いやすいからね。」

 淡々と告げながら、仁科はその剣を振り抜く。

「ブラッドの力で作り上げた武器は、そのブラッドの意のままに形を変えることができる。オレの血を直接媒体にしているこの剣は、オレの意思がさらに伝わるようになる。」

 その剣の切っ先を宅真に向ける仁科。

「たとえばこういうふうに・・」

 彼の意思を受けて、突如剣の刀身が伸びだした。虚を突かれた宅真がとっさに葉月を横に突き飛ばす。

 伸びた刀身は宅真の横を突き抜けて建物の外にまで伸びきっていた。そしてすぐに元の長さに戻っていく。

「長さ、形、全てが伸縮自在というわけさ。」

「なるほど。ずい分な手を使ってくるじゃないか。」

 剣を構えなおす仁科に、宅真は苦笑いを見せる。2人の姿を葉月が困惑の面持ちで見守る。

「ずい分とは失礼だな。お前もブラッドなんだから、難なくやってのけられるはずだけどなぁ。」

 ため息をつく仁科に対し、宅真には緊迫感を覚えていた。できることなら仁科を殺したくないというのが彼の本心だった。

「できることなら、オレを殺したくないって顔をしてるな。」

 そこへ仁科が言葉をかける。心を読まれたと思われて宅真に驚きの表情が浮かぶ。

「悪いがオレは上条くんやみんなを元に戻すつもりはない。オレを殺さない限り、彼女たちは助けられないよ。」

「それでもオレは・・ミサちゃんを助けてあげたい・・・葉月ちゃんも、それを望んでいるから・・・」

 仁科に必死に呼びかける宅真。彼が発している言葉と思いは、葉月の思いも込められていた。

「なるほど。けど、オレはその期待に応えられそうもないね。」

「仁科!」

 その願いを聞き入れない仁科に、宅真が声を荒げる。

「さぁ、彼女をお前のものにしたいなら、ちゃんと彼女を守ってあげないとな。」

 満面の笑みを浮かべて、仁科が剣を持っていない手を葉月に向ける。宅真はとっさに剣を具現化して、2人の間にそれを割り込ませる。

 剣に衝突した仁科の力がまばゆい輝きとともに爆発を引き起こす。同士に剣もその反動で刀身が真っ二つに折れる。

 宅真の乱入に苛立ちを覚えて笑みを消した仁科が剣を振りかざす。その刀身が鞭のように曲がり、宅真の体を絡め取る。

「ぐっ!」

 その刀身に締め付けられた宅真がうめき声を上げる。刀身の刃が彼の体にかすり傷を負わせる。

 仁科はそのまま剣を振り上げ、宅真を天井に叩きつける。そしてさらに振り下ろして床に叩きつける。

「たっくん!」

 葉月がたまらず倒れてうめく宅真に駆け寄る。そんな2人の前に仁科が立ちはだかる。

「悪いがこれで終わらせてもらおうかな。あんまりのんびりしていると、いろいろ面倒ごとが増えるからね。」

 仁科が剣の切っ先を再び宅真たちに向ける。どうしたらいいのか分からず、葉月は困惑を見せるしかなかった。

 

 

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