Blood –sucking impulse- File.8 決意と決別

 

 

「に、仁科・・・アンタは、こんなことまで・・・!?」

 事切れたアークレイヴの隊員たちを目の当たりにして、宅真がうめくように言いつける。しかし仁科は平然とした態度を見せる。

「もうここの女の子はとりあえず全員手に入れた。もうオレがここにいる理由はないさ。」

「だからって、どうして血を吸うんだ!Sブラッドになったなら、もう人から血を奪う必要はないはずだ!」

 声を荒げる宅真だが、仁科はそれをあざ笑った。

「これはブラッドの、吸血鬼としての本能だからね。それに抗ったら、自分自身にあらがうことになるんだからね。」

「本能って・・・まさかアンタ、吸血衝動に・・・!?」

 宅真が愕然となりながら聞くと、仁科は不気味な哄笑を上げる。吸血鬼としての本能を仁科は受け入れている。

 その本能に駆られて、彼は多くの人間から血を吸って殺している。Sブラッドに転化しているにも関わらず、血の味に好感を持っているかのように。

 その頃、葉月は光の柱に閉じ込められたミサを助けようと必死になっていた。しかし光に手を触れた途端、光が火花のように襲いかかって葉月を弾き飛ばした。

「は・・葉月・・・」

 倒れた葉月を見て、ミサが必死にうめく。しかし彼女も体の自由が利かず、葉月に駆け寄ることができない。

「ブラッドとして当然の本能だよ。血を吸うことも、こうして女の子を自分のものにすることも、欲望であり本能なんだよ。」

 自分の本能に突き動かされながら、仁科がミサに向けて力を収束させていく。拘束と快楽がミサの体を駆け巡り、頬を赤らめてあえぐ。

「葉月・・・どうしちゃったんだろ・・・何だか、気持ちよくなってきちゃった・・・」

 弱々しく呟きながら、困惑を見せる葉月に視線を向けるミサ。

「ミサ・・・」

「ゴメンね、葉月・・・助けて上げられなくて・・・」

 押し寄せる快感の中で、葉月に笑みを見せるミサ。彼女の素肌がまばゆいばかりの光に包まれる。

 その光が治まると、そこにはダイヤ型の水晶に閉じ込められたミサの姿があった。一糸まとわぬ姿で眠るようにしている彼女に、葉月は戸惑いを見せる。

「ミサ・・・!」

 葉月が困惑の面持ちで、封じ込められたミサに近づいていく。

「おっと、悪いけど彼女はオレのもんだよ。」

 そこへ仁科が声をかけ、葉月はとっさに足を止める。紅い眼光を光らせて、彼が徐々に彼女に歩み寄ろうとする。

「君が手にしても、オレでないと彼女を元に戻すことはできないよ。宅真でも、オレのクリスタルの輝きに対する思い入れには勝てないからね。」

 彼の言うとおり、宅真に彼のかけた力を解くことは難しいことである。Sブラッドは心境によってその効果が大きく左右される。水晶への思い入れの違いが、水晶封印への強さを左右していた。

「オレが力を解くか、オレ自身が死なない限り、上条くんや他の子たちは解放されないよ。」

 淡々と告げる仁科だが、葉月は、そして宅真も諦めたりしなかった。葉月がとっさにミサの入った水晶を掴み取り、仁科からかばうように振り返る。

「それでも、私はあなたからミサを守ります。私はあなたを軽蔑します!」

 恐れを胸の中に押し殺して、葉月が言い放つ。しかし仁科は動揺を全く見せず、気さくな態度を崩さない。

「やれやれ、とうとう君にも嫌われちゃったか。まぁ、それなりのことをしたからね。」

 ひとつ吐息をついてから、仁科は高く跳躍した。

「あっ!待て!」

 宅真が呼び止めるが、既に仁科の姿は消えていた。

「とりあえず上条くんは君たちに預けておくよ。どうせ咲野くんと一緒に手に入れるんだからね。」

 その言葉を残して仁科は姿を消した。彼の手にかかり、アークレイヴは事実上壊滅した。

 

 アークレイヴ全滅。仁科の本性の表面化。様々な問題と困惑がアークシティに広がっていた。

 その部隊の隊長がブラッドであり、部下たちを自分たちの欲望のための犠牲にした。そのことが葉月の心を惑わせていた。

 あれほど夢見てきたアークレイヴ。その部隊が1人の血と欲に飢えた吸血鬼によって動かされていたことが、彼女の心を揺るがしていた。

「たっくん・・・私、これからどうしたらいいの・・・?」

 アークレイヴ本部から少し離れた場所で、宅真に連れられた葉月が悲痛の呟きをもらす。

「私は子供の頃にアークレイヴに助けられて、その恩返しの意味も込めて、そこに入ろうと夢見たの。そしてミサと一緒に頑張って、やっと入学試験まできたの。」

 悲しい顔を浮かべている葉月の顔に小さく笑みがこぼれる。

「ミサは受かったけど、私は落ちちゃったの。何だか、運命のいたずらじゃないかなって・・・」

「葉月ちゃん・・・」

「でもそれだけじゃなかったの。受かると思って先走っちゃって、今まで住んでた家を売っちゃって。次の試験を受けるまで、どこかでバイトしてつなげていこうかと思ってたけど、全然仕事が見つからなくて。途方に暮れてたところに、たっくんがやってきたってわけ。」

「なるほど。それで葉月ちゃんは元気がなかったってわけか。」

 葉月の話を聞いて、宅真が納得して頷く。

「もう私が目指してきたアークレイヴはもうない。ううん、裏切られちゃったっていうのが正しいかな。」

 葉月の空元気が徐々に消えていく。

「もう私に、信じられるものなんてないよ・・・」

 生きることに絶望感さえ感じていた葉月。彼女の沈痛の様子を見かねて、宅真は彼女を優しく抱きしめた。

「た、たっくん・・・?」

「オレがそばにいる。オレが君の中にある悲しみも辛さも、全部オレが受け止めて、君を幸せにするから・・・」

 必死の思いで葉月を励ます宅真。しかし打ちひしがれた彼女の心を和らげるには至らなかった。

 

 宅真と葉月は仁科に対する手立てが見つからず、ひとまず自宅に戻ることにした。リビングで休養を取っていても、2人の困惑は拭えないままだった。

 その中で、葉月は迷いを振り切ろうとしていた。仁科に対する思い。アークレイヴに対する思い。そして人間としての思い。

 1度は挫折を余儀なくされた夢。それでも諦めずに追い求めたかった夢。しかしその夢は、1人の悪魔によって企てられた欲情の場所でしかなかった。

 完全な諦めの意味も込めて、葉月は覚悟を決めて、宅真に声をかけた。

「たっくん・・・お願いがあるんだけど・・・」

 彼女に呼びかけられて、宅真は無言で振り返り耳を傾ける。

「私の・・・私の血を吸って・・」

「えっ・・!?」

 葉月のこの言葉に宅真が耳を疑う。

「ちょっと・・オレに仁科のようなマネをしろっていうのかい!?」

「違う・・私をブラッドにしてほしいって言ってるの・・・」

「ブラッドにって・・・分かってるのか!?ブラッドは血に飢えた吸血鬼。オレや仁科みたいになってしまうんだ!」

 切実な願いを告げる葉月に、宅真は声を荒げる。

「それに君は吸血衝動にかかってるんだ!そんな状態でブラッドになったら、間違いなく君は人の心を失くしてしまう!」

 宅真は葉月がブラッドに転化した際の、最悪の事態を思い浮かべていた。彼女は吸血衝動、血を吸いたくてたまらなくなる症状を抱え込んでいる。その状態でブラッドになれば、その症状が一気に加速化することになる。

 宅真は、葉月に人の心を失くしてほしくなかったのだ。

「でも私にはもう、人として生きていく理由、なくなっちゃったから・・・」

 空元気と小さな笑みを見せ、心配かけまいとする葉月。

「それに大丈夫。私にはミサがいるし、今はたっくんだっている。何とか、この吸血衝動を乗り切れると思う・・・」

「葉月ちゃん・・・」

 満面の笑顔を見せる葉月に、宅真は困惑する。苦渋の決断の中、どの選択肢を選ぶことが彼女のためになるのか。彼は彼女に対する様々な思いを巡らせていた。

「分かったよ・・・でもこれだけはどんなことがあっても忘れないでほしい。」

「えっ・・・?」

 真剣な面持ちで声をかける宅真に、葉月は戸惑いを見せる。

「もし吸血衝動にかかって、自分でどうにもならなくなったら、オレに噛み付いてくれ。」

 そういって宅真はシャツの襟を引き伸ばして、首筋を葉月に見せる。

「でも、それじゃたっくんが・・・」

 葉月がさらに戸惑いを見せると、宅真は笑みをこぼした。普段見せるような気さくな笑みだ。

「オレはブラッド。しかもSブラッドだ。君に血を吸われたくらいじゃ、オレは死なないさ。」

「たっくん・・・」

「オレを信じてくれ、葉月ちゃん。オレに頼ってくれ。」

 笑いを見せる宅真に、葉月も小さく笑みをこぼす。

「その後、君をオブジェにするからね。君は大分元気になってきたみたいだから。」

「・・ミサが聞いてたら怒るよ。そして私を守るって、躍起になっちゃうよ。」

 葉月の言葉に宅真は苦笑いを浮かべた。

「それじゃ、とりあえず部屋に行こう。少しでも気を落ち着けたほうがいいからさ。」

「うん・・・」

 彼に促されて、葉月はひとまず部屋に向かうことにした。

 

 自宅の寝室。そこで葉月は着ているものを全て脱いだ。宅真に血を吸われたとき、また自分が吸血衝動に駆られて彼の血を吸ったとき、衣服を紅く汚さないようにするためだった。

 宅真の前で一糸まとわぬ姿をさらす葉月。宅真も上着を脱いで、そんな彼女を優しく抱きとめる。

「ホントに・・ホントにいいのかい?・・・ブラッドになっちゃったら、2度と人間には戻れないんだよ・・・」

「うん・・・アークレイヴはもうないし、私がブラッドになっても関係ない。ブラッドになっても、たっくんみたいに人の心を持っていれば・・・」

「人の心ねぇ・・・オレはかわいい女の子を連れ去って、裸の石にしているヤツだよ。」

「でもそれは、たっくんが心の中で求めている、人としての欲望なんでしょ?だったら、たっくんは人間だよ・・」

 葉月の優しい言葉に、宅真は少し心が和らいだ気がした。

「体がブラッドになっても、私は人間でありたいし、いられると思うから・・・」

 そう囁くように告げて、葉月は宅真に寄り添った。宅真もそんな彼女を優しく抱きしめた。

「それじゃ、いくよ。心の準備はいいかい?」

「うん・・・」

 葉月が頷くと、宅真は彼女の首筋に顔を近づけ、そして牙を入れた。

 

 私はどこにでもいるような普通の女の子でした。

 お父さんとお母さんと、3人で幸せに暮らしてました。その幸せがずっと続くと、信じて疑いませんでした。

 でもある日、ある事故でお父さんもお母さんも亡くなりました。ほんの些細な事故だったのに、私の前からいなくなってしまいました。

 その事故で私も危ないところでしたが、ある部隊が私を助けてくれたんです。

 それが、アークレイヴでした。

 彼らが迅速な対応と救助をしてくれなかったら、多分私もお父さんとお母さんと同じように命をなくしていたかもしれませんでした。

 その恩の意味も込めて、私は決めました。いつか必ずアークレイヴに入ることを。

 アークレイヴに入るには、体力的、知識的なふるいにかけられたほんのわずかな人だけが入ることができます。だから私は一生懸命に勉強し、試験に備えました。

 そんな勉強の日々の中で、私は同じ夢を目指している友達と出会いました。上条ミサちゃんです。

 ミサちゃんが私に話しかけ、私にいろいろ教えてくれました。そしていつしか意気投合して、互いに頼りあえる親友となりました。

 そして迎えた入隊試験。模擬試験では私よりも成績が悪く、ミサはとても緊張していました。そんな彼女に、私は「大丈夫だよ」って励ましてあげました。

 その試験の結果は、ミサは合格、私は不合格でした。

 運命のいたずらだとか、悪い夢だとか、いろいろなことを考えてしまいました。でもこれは紛れもない現実でした。

 私は悲しみました。しかも私は先走って、住んでいた家を売り払ってしまったのです。

 仕事を探しても見つからず、生きる希望さえなくしていたときに、私は世間を騒がせている誘拐犯と会ったのです。

 名前は八神宅真さん。宅真さんは美女をさらって、衣服も破ける石化をかけて欲を満たしていたのです。私もその目的で連れ去られました。

 でも宅真さんは、私が元気じゃないって、1度はかけた石化を解いたのです。それで、私が元気になってからまた石化すると言ったのです。

 彼は石化されていく女性の反応を楽しんでいるのです。私の石化を解いたのは、そのときの私が無気力になってしまっていて、その反応が現れなかったからなのだそうです。

 私は彼に仕事先も紹介され、私が抱えていた悩みにも打ち解けてくれました。その1つが、吸血衝動でした。

 吸血衝動は、特にブラッドや吸血鬼に現れる、血がほしくてたまらなくなる本能的な衝動で、人間にもまれだけど現れるらしいのです。そのときから、私もその衝動にかかってしまったみたいで。

 その衝動のために、彼はいろいろ私の心配をしてくれました。欲望のために動いているブラッドは、実は人の心を持った優しい人だったんです。

 そんな中で、私はアークレイヴに入る夢を追い求めました。今度こそ入隊を決めて、ミサと一緒にみんなを守ろうと思っていました。

 でもその隊長、夢野仁科さんが、血に飢えたブラッドだったのです。ミサの両親を殺して、その後にアークレイヴに堂々といたなんて。

 彼のせいでミサは水晶に閉じ込められ、アークレイヴは壊滅。私の夢は、彼の欲望の前に儚く壊れてしまいました。

 信じていたものを完全になくした私は、もう人として生きていくのが辛くなりました。今まで信じてきたものへの決別のために、私は宅真さんに血を吸われて、ブラッドになることを決めたのです。

 彼は納得しないかもしれません。ミサは許してくれないかもしれません。それでも、私はけじめをつけたかったのです。

 その思いを受け取って、宅真さんは私の首筋に牙を入れました。

 

 宅真に噛まれ、血を吸われて脱力していく葉月。

(何だろう・・体がヘン・・・血管の中の血液が動いてるのが分かるくらいに・・・)

 彼女は血を吸われることで、心の底から快楽を感じていた。

(すごい・・・いい気分が体の中を駆け巡っていく・・・)

 その快楽にあえぎ声を上げる葉月。秘所から愛液があふれ、寝室の床にこぼれ落ちる。

(こんな気分なら・・こんな気持ちなら・・・ずっとすがってもいいかもしれない・・・)

 その心地よさにすがりつこうとしたとき、

「!」

 そのとき、葉月の胸に強い不快感が押し寄せてきた。吸血衝動が再発したのだ。

 それも今までの比でない吸血衝動だった。ブラッドに転化したことで、その衝動が一気に加速化したのである。

「うはあぁぁ・・!!」

 あまりの精神的苦痛に葉月が悲鳴を上げる。牙を離した宅真が、その様子に焦りを覚える。

「葉月ちゃん!」

 宅真は狂乱する葉月を抱きしめた。しかし葉月はそれに抗うように暴れだす。

「葉月ちゃん、落ち着いて!気をしっかり持って!」

 呼びかけが届いていないのか、葉月は発狂したままだ。

「葉月ちゃん、オレの言ったこと思い出して!オレに、オレに頼っていいから!」

 その言葉に、葉月の暴走が一瞬鈍る。彼女の脳裏に彼に直前に言われた言葉がよぎる。

“もし吸血衝動にかかって、自分でどうにもならなくなったら、オレに噛み付いてくれ。”

 吸血衝動とともにその言葉に駆り立てられて、葉月はたまらず宅真の首筋に噛み付いた。針に刺されるような鋭い痛みを覚え、彼は苦痛に顔を歪める。

 首筋に入れている葉月の牙に力が入る。宅真のその首筋から荒々しく鮮血の雫が飛び散る。

 彼女は吸血鬼としての本能にも駆られて、宅真の血を吸っていく。その血に宿っている彼の記憶が、知らず知らずのうちに彼女の心に伝わっていく。

 女性が石化されていく反応。動揺や戸惑いなどの恥じらいに喜びを感じている彼の欲と心。

 いつか自分も石化されるかもしれない。いや、自分から石化されることを望みたい。

 今の自分は、ブラッドとなって過去の夢を切り離した自分は、宅真の手の内にあるのだから。

 我に返った葉月に感情が、心が戻っていく。狂気に満ちていた彼女に眼に、心の輝きが宿っていく。

 首筋に入れている牙にこもった力が弱まっていく。そして当惑の面持ちを、噛まれた痛みに耐えようとしている宅真に見せる。

「たっくん・・・ゴメンね・・・私のせいでひどい思いをさせて・・私のせいで血を流させちゃって・・・」

 葉月の眼からうっすらと涙が流れ落ちる。宅真は微笑んで、その涙を指先で拭いてやる。

「いいんだよ。オレは君を信じてたから・・君は人の心を失くさない。それがホントのことになるなら、こんな痛みなんて、蚊に食われたようなものさ。」

 彼のいつもの気さくな笑みに、彼女も笑みをこぼす。そして互いの顔をしばらく見つめあった後、2人は唇を重ねた。

(血のにおいがする・・・)

 口付けを交わす葉月に、宅真の血のにおいが流れ込んでくる。

(普通だったら、そのにおいがしただけで、血のように紅いものを見ただけで、体の中が、心がおかしくなってしまうような感じになる・・)

 しかし彼女は吸血衝動にはかからなかった。心ある人間を維持できていた。

(ブラッドになったせいかな・・・でも私は・・・)

 唇を離し、宅真の顔を見て再び微笑む。

(たっくんのおかげだって、信じたい・・・)

 

 

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