Blood –sucking impulse- File.7 アークレイヴ崩壊

 

 

 ブラッドの力を察知して、宅真は単身、夜の街に繰り出していた。誘拐犯としての姿ではなく、宅真本人としてやってきていた。

 感じ取ったブラッドの力の発現は短時間だったが、強い力だったため、力の種別が印象に残った。

 その気配を脳裏に焼き付けながら、宅真は街中の噴水広場に来ていた。真夜中のため、今は水は湧き上がっていなかった。

 そこで彼は足を止める。彼の眼前に、気さくな笑みを見せている仁科の姿があった。

「まさかあなたとここで会うなんてな・・・」

「あぁ。オレも予想してなかったかもな。」

 気さくな態度を見せる宅真と仁科。しかし宅真がすぐに笑みを消して、真剣な面持ちになる。

「まさかあなたがここに来てたなんてな・・ブラッドであるにも関わらず、堂々とアークレイヴに、しかもその隊長さんになってるなんてな。」

「Sブラッドの力の使い方だよ。波長を人間と同じにすれば、アークレイヴのチェックなど簡単に欺ける。」

 宅真の言葉に仁科が微笑む。彼の眼が次第に蒼に変わっていく。ブラッドの特徴の表れだった。

「やっぱりあのとき感じた違和感は間違いじゃなかったんだな・・・」

「お前こそどういう風の吹き回しだ?せっかく手に入れた上条くんを解放したり・・そもそも石化させた咲野くんを元に戻すとは。」

「彼女は最初、元気がなかったからね。吸血衝動のこともあるし。元気になったらまた石化させるつもりだよ。」

「ほう?けど上条くんはどうなんだい?彼女は元気がないようには思えないがね。」

「彼女はブラッドに両親を殺されてる。血がほしいばかりに・・・」

 ミサのことを思い返しながら、宅真が沈痛の面持ちを見せる。すると仁科があざけるような笑みを見せて、

「あれは多分、オレだ。」

「何!?」

 その言葉に宅真が驚愕を見せる。

「バカな・・あなたがそんなことを、人間を襲うなんてことを・・・!?」

「そのときはまだSブラッドになってなかったからな。力を使うと血が足りなくなるんだよ。」

 仁科が眼を見開いて笑みを強める。その眼光に狂気が宿る。

「ブラッドは血を代償に力を使う。Sブラッドに転化すれば話は別だけどな。足りない分の血は他からもらうしかない。だから人間を襲ったんだよ。」

「そのために、人を襲って血を奪って殺したのか・・・ミサちゃんの両親も・・!」

 仁科の態度に苛立ちをあらわにする宅真。その反応に仁科が哄笑を上げる。

「そんなに怒るほどのものでもないだろ?ブラッドは血を求める吸血鬼の一種。吸血衝動に駆られて、生き血をすするのは当然のことなんだよ。」

 憤りを感じながらも、正論であることに違いがないため、宅真は仁科の言葉に反論できないでいた。

「生き物はその本能には逆らえない。命あるものが生きるための自然の摂理なんだからな。」

「だからって、人間を襲っていい理由にはならないだろ!」

「生き残りの世界では弱肉強食が当たり前。相手を襲わなければ、自分は生き残れないし、自分の大切なものも守れない。」

 感情的になる宅真の言葉を、仁科が冷淡な笑みを浮かべて一蹴する。

「それに、吸血鬼は血を吸うことで、その相手を同じ吸血鬼にすることができる。吸血鬼に限らず、人を襲うことは、愛情を込めた行為ってわけさ。」

 仁科は淡々と告げながら、口元に手を当てる。

「欲望もそれに似た感情だ。お前もオレもそれに従っているし、逆らうことはできない。」

「まさか、アンタも女の子を・・」

 宅真が戸惑いを見せながら問いつめると、仁科が微笑を向ける。

「お前みたいに輝きのない石にするつもりはないよ。オレは輝きのある彼女たちの肌と体をさらに輝きのあるものに閉じ込めることにしているんだよ。」

 そして宅真に振り返り、仁科が不気味な眼光をきらめかせる。

「そのうち、咲野葉月も手に入れてみせるよ。元気にさせるとか何とか言って、お前がいつまでも自分のものにしないからさ。」

「バカな・・・葉月ちゃんにまで手を出すつもりなのか!?」

「オレから力を受け取ったお前の欲情はオレの欲情。オレに奪われるのは仕方がないと思うしかないな。どうしても自分のものにしないなら、さっさと石化するか、最後まで守り抜くかするんだな。」

 仁科は宅真に背を向け、音もなく姿を消す。宅真は消えた彼の姿を見つめて、彼が告げた言葉に憤りを隠せなかった。

(仁科・・・葉月ちゃんはオレのものなんだ・・アンタに絶対に渡すわけにはいかない・・・)

 一途な決意と欲望を胸に秘めて、宅真もこの場を後にした。

 

「えっ!?夢野隊長が、ブラッド・・!?」

 宅真の言葉を聞いて、葉月が驚愕する。このまま隠しても意味がなく、逆に葉月やミサを傷つけることになると思い、宅真はあえて話すことにしたのだった。

「オレもすっかり驚いたよ。まさかあの人がアークレイヴに、しかも隊長としていたなんて・・」

「でもどうして夢野さんがブラッドなの!?アークレイヴにブラッドは入れず、厳重なチェックで忍び込むことさえできないはずじゃ・・!」

「自分の体の構造を、一時的に人間に変化させてるんだ。Sブラッドなら、不可能なことじゃない。」

 困惑する葉月に、宅真が歯がゆい心地を感じながら答える。

「あのライアンって人は・・仁科に・・・!」

 その言葉に葉月はさらに動揺を浮かべる。全ては仁科の思い描く策略の上で動き出していた。

「このままじゃ・・・ミサが!」

 葉月はたまらず外に飛び出そうとするが、宅真が彼女を止める。

「待つんだ、葉月ちゃん。」

「放して!ミサが・・!」

 ミサのことが気がかりなために、葉月は混乱してしまっていた。それを必死に止める宅真。

「君が今、アークレイヴに向かっても、どうにもならないよ。逆に仁科に捕まるのが関の山だ。」

「でも・・!」

「せめて電話ぐらいにしたほうがいいよ。」

 宅真に言いとがめられて、葉月は渋々頷いた。自分の携帯電話を取り出し、ミサに向けて電話をかけた。

「もしもし、ミサ!出て、ミサ!」

“どうしたの、葉月?・・まさか、アイツに何かされたの!?”

 気のない声を返した直後、思い立ったように声を荒げるミサ。

「ううん、何も。そんなことより、ミサ、ちょっと聞いてほしいことがあるの!」

 葉月の慌しい様子に、ミサが動揺を浮かべている。

「実は仁科さんはブラッドなの。だから今から私のところに来てほしいの。」

“隊長がブラッド?・・ちょっと何言ってんのよ、葉月?隊長がブラッドなわけないじゃない。”

 葉月の切実な頼みだが、ミサは疑問を抱く。

“いい?アークレイヴ本部には厳重なセンサーが設置されているのよ。ブラッドがそこに入れば、すぐにこちら側が分かるようになってるの。”

「でも・・・!」

“あの宅真ってブラッドを信じきってるみたいだけど、あんまり鵜呑みにしてばっかっていうのもダメだよ。まぁ、葉月が深刻に考えてるってわけだから、肝に銘じておくね。それじゃ。”

「あっ!ミサ!」

 葉月が声を荒げるが、無情にも電話は切れてしまった。沈痛な面持ちを見せて、葉月が打ちひしがれて、携帯電話を握り締める。

「どうしよう・・・このままじゃミサが仁科さんに・・・」

 困惑する葉月。宅真は戸惑いを隠せないまま、彼女の肩に優しく手を乗せる。

「どうしても行きたいって言うなら、オレも一緒に行くから。」

「たっくん・・・」

「オレが一緒なら、無事でいられる可能性が少しは上がるかもしれなから。」

 気さくな笑みを見せる宅真に、葉月も小さく笑みをこぼす。

「そうだね・・行こう、たっくん。」

 彼女は頷き、ゆっくりと立ち上がる。

「助けよう、ミサちゃんを。彼女は元々、オレが最初に手を出したんだからね・・・」

「アハハ・・・」

 彼の思惑に、葉月は苦笑いを浮かべた。

 

 葉月との連絡を終えたミサがため息をつく。葉月がよからぬことを告げてきたからだった。

(葉月ったら、何考えてるのかなぁ。よりによって隊長がブラッドだなんて。)

 腑に落ちない気分を抱えながら、アークレイヴ本部の作戦室に足を踏み入れた。そこで仁科が気さくな態度で声をかけてきた。

「やぁ。どうしたの?そんな深刻な顔をしちゃってさ。確かにライアンのことは辛いけど、いつまでも落ち込むのは、彼に失礼なもんだろ?」

「しかし・・・」

 仁科の顔と言葉に戸惑いを見せるミサ。葉月のかけた言葉と深刻さが、彼に対する認識に少なからず疑念を抱いてしまったからである。

「オレたちの仕事は常に危険と隣りあわせだ。最悪の場合、死ぬこともある。けど、それでも戦って、街や人々を守らなくてはならない。オレたちがやらないと、悲しい思いをする人を増やすことになる。ましてや、死んでいった人たちを思えばこそならなおさらだ。」

 仁科に励まされて、ミサは落ち着きを取り戻すことができた。いろいろなことにさいなまれていた心に安らぎを宿らせたのは、アークレイヴ隊長である彼の激励だった。

「ありがとうございます。もう大丈夫です。」

 笑みをつくろって、敬礼を送るミサ。それを見て、仁科は席を立って歩き出す。

「よし。これからオレは休憩にはいるが、君はブラッドの調査を任せる。」

「了解。」

 ミサに指示を送って、仁科は作戦室を後にした。

 しかし彼の姿が見えなくなったところで、ミサは真剣な面持ちになって彼を追いかけた。葉月の言葉がどうしても気がかりになって仕方がなかった。

 

 アークレイヴ本部前の公道の脇に宅真と葉月はきていた。部隊の警戒網の直前で立ち止まり、本部の様子をうかがっていた。

「ミサちゃんはまだ中にいるみたいだよ。仁科の気配は感じない。自分の体の構造を人間に変化させてるみたいだ・・」

 宅真が把握した状況を小声で呟く。葉月がその状況に困惑を見せる。

「ちょっと連絡を入れてみるね。私なら取り合ってくれるし。」

「でももし仁科に会ったら、何とかその場を離れてくれ。オレもギリギリまで近づいてみるから。」

 宅真が言いつけると、葉月は頷いて受付へと向かっていった。

「あの、すいません、上条ミサに会わせてほしいんですけど・・?」

「上条さん?・・あぁ、君は咲野葉月さんだね?今、ここに戻ってるはずだから。」

 葉月の登場を快く受け入れ、受付は本部内にいるミサとの連絡を入れるために受話器を取った。

 しばらく待って受け答えをし、受付は受話器を置いた。

「彼女が丁度待機中でよかったわ。すぐに来るからね。」

「はい。どうもすみません。」

 受付の笑顔に、葉月も笑みを見せて感謝した。

 

 受付からの連絡を受けて、作戦室で待機していたミサが外に向かおうとしていた。

「全く、葉月ったら!ここまで来てあたしを呼び出そうだなんて!」

 愚痴をこぼしながら、ミサは本部前に向かっていた。

 その途中、彼女は通り過ぎようとしていた部屋の前でふと足を止めた。視線を向けると、そこには仁科の姿があった。

(仁科、隊長・・・?)

 ミサは部屋の中と仁科の様子が気になり、影からこっそりとのぞき込む。

 仁科は不気味に笑っていた。いつもの隊長らしからぬ気さくな言動を見せる彼から想像できないような笑みだった。

 部屋には彼以外に、1人別の人がいた。同期に入隊した女性隊員である。

 仁科が眼を見開き両手をかざすと、その手から淡い光が放たれる。その光に、不安の表情を見せていた女性隊員が包み込まれる。

 光を放つ手の指に力を入れると、彼女の着ていたアークレイヴの制服が引き裂かれる。しかし彼女は恥じらいを見せるどころか、心地よさを感じて脱力していた。

「さぁ、気分がよくなってきただろ?このまま、このまま。」

 仁科が笑みを強めた直後、光がさらに強まり、包まれた女性隊員が水晶に封じ込められる。その水晶を拾い上げ、彼はまじまじと中にいる彼女を見つめる。

 彼女は一糸まとわぬ姿で、眠るように水晶に閉じ込められていた。

「これでまた、オレの輝きがひとつ増えたな。」

 満足げな笑みを浮かべる仁科。その姿を目の当たりにしたミサが、扉から離れる。

 そのとき、ミサは物音を立ててしまった。その音に彼女が驚き、部屋の中にいた仁科が笑みを消して振り向いた。

 

「こ、これは・・!?」

 アークレイヴ本部前付近で葉月が戻ってくるのを待っていた宅真。だが、本部から一瞬、自分以外のブラッドの力を感じ取って振り返る。

(この力・・一瞬だけだったけど間違いない・・・仁科だ・・・!)

 宅真は危機感を覚えて本部のほうを見据える。まだ葉月は戻ってこない。

(仕方がない。まだ真昼だけど、ブラッドとして乗り込むとしますか。)

 彼は葉月が戻ってくる前に、ブラッドの力を発動させた。本部周辺にも張り巡らされているアークレイヴの監視センサーが、彼の力を捉え、警告音が鳴り響いた。

 彼が街の空に飛び上がった直後、数人の隊員が本部前に飛び出してきた。

「な、何だ!?」

「ブラッド!」

「こ、こんなところにまで!」

 隊員たちが銃を構えるが、Sブラッドの力を解放して白髪になった宅真が、隊員たちを飛び越えて受付のほうに駆け込む。

「えっ!?た・・・!?」

 その姿に気付いて驚きの声を上げた葉月を、宅真は着地した瞬間に抱え上げて、再び飛び上がった。

「ちょっと、たっくん、これって・・!?」

「本部でブラッドの気配を感じた。何かイヤな予感がするんだ。」

 慌てた様子で聞いてくる葉月に、宅真は本部を見下ろしながら答える。

「早くミサちゃんを探し出さないと。仁科が彼女に手を出さないはずがない。」

 一抹の不安を呟いた彼は自分の人差し指を軽く噛む。あふれ出てきた血の雫が、駆けつけてきた隊員たちの眼下にビー玉のようにこぼれ落ちる。

 その雫が破裂し、紅い霧を噴き出して隊員たちの視界をさえぎる。何人かが闇雲に発砲するが、宅真たちから大きく外れる。

 その合間を縫って、宅真は近くの出入り口から本部に入り込んだ。

 

「た、隊長・・これは、いったい・・・!?」

 仁科の異様な姿に、ミサは愕然となる。彼は自分の秘密を見られたことへの不安など、彼女の前でまるで見せていなかった。

「とうとう予想外の形で見られてしまったか。まぁ、いつかこうなるとは思っていないわけじゃなかったけど。」

「隊長・・・これはいったい・・・それに、その力はブラッドの・・・!?」

 普段の気さくな態度を見せる仁科に、ミサは戸惑いを隠せずにはいられなかった。

「見られちゃったなら仕方がないな。ここで君もオレのものになるといい。」

 仁科が両手をかざそうとした直前、ミサはとっさに腰の銃を引き抜いて発砲、彼の行く手と力の発動をさえぎった。そして即座に廊下を駆け出して、本部の外に向かう。

 外に出れば葉月がいる。その前にこの本部内のどこかで他の隊員たちに出くわす。そうすれば自分の身の安全が保障される。

 そしてもう少しで非常口から外に出られるところまで差し掛かった。外には警備の隊員が何人かいるはずだ。

「そんな・・・!?」

「やぁ。遅かったね?」

 そこにいたのは仁科だった。驚愕するミサの眼前には、倒れて動かなくなっている隊員たちの姿があった。

「待ちくたびれちゃったから、この辺りにいた隊員の血を吸わせてもらったよ。1滴残らずにね。」

「それじゃ、みんな・・・!?」

 仁科の言葉にミサは愕然となった。彼に血を吸われた隊員たちは、既に息絶えていた。

「もうここに僕が手に入れる女の子はいない。あとは君だけさ。」

 仁科の笑みに不気味さが宿る。もはやこのアークレイヴに、彼の未練はない。

「さて、君の快楽はどんなものなのかな?」

 仁科がミサを捕らえようと両手をかざす。そこへ彼女が銃口を向ける。

「上官でも、撃つべき相手にはしっかりと銃を向けるんだね?感心、感心。」

 感嘆の声を上げる仁科だが、ミサは顔色を変えない。

「まさかあなたがブラッドだったとは思いませんでしたよ。でもブラッドだと分かった以上、たとえ上官であろうと撃つ!」

 ミサは決意の言葉とともに、仁科に向けて銃を放つ。しかし仁科の前に張られた見えない壁に弾丸がさえぎられる。

「そ、そんな・・・!?」

 歴然とした力の差を目の当たりにして、ミサは数歩後ずさりする。

「宅真に捕まった君が、オレに敵うはずがないでしょ。」

 冷淡な視線とともに、仁科が力を発動させる。その指先から放たれた光がミサを取り巻く。

「キャッ!」

 体の自由を奪われたミサが悲鳴を上げる。その拘束で、彼女は持っていた銃を落としてしまう。

 そこへアークレイヴの包囲を抜けて、宅真と葉月が駆けつけてきた。

「これって・・・!?」

 葉月が光に包まれたミサの姿に驚愕する。

「ミサ!」

 葉月がたまらずに叫ぶ。その傍らで宅真が仁科を見据え、仁科が宅真に不敵な笑みを向けていた。

 

 

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