Blood –sucking impulse- File.6 対峙する二人
「ついに見つかっちゃったね・・・」
葉月が気落ちしたような面持ちでリビングに戻る。宅真もひとつ息をついてテーブル席に腰を下ろす。
「まぁ、いつかはこういうときがくるとは思ってたけどね。」
こんな状況であるにも関わらず、彼はいたって落ち着きを見せていた。その様子が葉月には奇妙に思えていた。
「それで、これからどうするつもりなの?近いうちに、ここへ警察かアークレイヴが接触してくると思うんだけど・・」
思い切ってたずねてみる彼女に対し、彼は気さくな態度を崩さない。
「別に。どうもしないさ。まぁ、なるようになるということですか。さて、朝食にしよう。できたてのうちに食べないとね。」
そういって宅真は、テーブルに置いてあったスクランブルエッグを食べ始めた。葉月も戸惑いを隠せないまま、ゆっくりとテーブル席に就く。
「ところで、たっくん・・」
「ん?」
葉月が唐突に声をかけ、宅真が食事している手を休める。
「たっくんは、どういう形でブラッドになったの・・・?」
宅真の過去に対する葉月の問いかけ。宅真は考える素振りを見せてから、その問いに答える。
「前にも言ったけど、オレのこんな欲を悟ったブラッドが、オレに力を与えたんだよ。オレに噛み付いて、ブラッドにしてね。」
「そのブラッドって、誰なの・・・?」
「さぁね。アイツは風のように現れて、風のように去っていったヤツだからなぁ。詳しくは知らなかったよ。ただ・・」
「ただ?」
「あのアークレイヴの隊長さん。彼とアイツが似てた気がしたんだ・・・」
物思いにふけるような様子を見せる宅真の脳裏に、力を与えたブラッドとの記憶が蘇った。
“力がほしいか?だったらやるよ。”
ブラッドはぶっきらぼうな態度で、宅真に顔を近づける。
“闇の力ってヤツをな。”
そう告げてブラッドは宅真の首筋に噛み付いた。彼は体を駆け巡る変動に、奇妙な心地を感じていた。
彼が今まで心の中に抱え込んでいた欲望が、次第に具現化されていくイメージが湧き上がってきていた。本当に夢か想像でしかありえなかったことが。
しばらくしてブラッドが顔を離し、宅真に向けて微笑んだ。
“これでお前もオレと同じブラッドだ。自分の血を代償に、思い描いたことを実現へと導き出すことができるようになった。”
彼に囁かれて、宅真は体に力があふれてくる感覚を覚えた。
“すごい・・・これが・・・オレの力・・・”
“そうさ。お前も世界を動かせるほどの力を持ったんだ。胸を張って生きていくといい。”
高揚感を覚える宅真に、ブラッドはきびすを返して去っていった。これが、宅真の欲望が実現可能となった瞬間だった。
はじめは力を使うのに、自らの血液を代償にしていたが、彼自身の欲情が、彼をSブラッドへと進化させた。これは彼にとって好奇なことだった。
Sブラッドとなれば、代償とする血の量が極端に減り、その効果も絶対的に増大する。彼の欲望がさらに広まりを引き起こしたのだった。
そして次々と美女をさらって石化し、その反応に喜びを感じ続けてきた。しかし彼の心が埋まることはなく、現在に至っている。
「そう・・あの顔、あんな気さくな態度。あのブラッドそっくりだった・・・」
「まさか、そんな・・・」
宅真の呟きに葉月が困惑する。それに気付いて、彼は弁解の言葉をかける。
「そんなはずないだろ?だって隊長さん、ブラッドじゃなく人間だろ?アークレイヴにブラッドは入れない。そう規定されてるって聞いてるけど。」
気さくな笑みを見せる宅真に、葉月は何とか笑みを作る。
アークレイヴの規定の中に、ブラッドをはじめとするディアスの入隊は認められていない。部隊の隊長ならなおさらのことである。
「そうだよね・・隊長さんがブラッドのはずないよね・・・」
今まで信じて、今までたどり着こうとしたアークレイヴ。葉月はその部隊を、その隊長を信じぬきたかった。
「それで、そのブラッドは今、どうしてるの?」
葉月が改めて、宅真にそのブラッドについて訊ねる。
「さぁね。あれ以来、どこにいったのかサッパリなんだ。生きてるのか死んでるのかさえ・・」
宅真がため息混じりにそれに答える。葉月は彼の面持ちを見て、少し思いつめる。
(たっくんもいろいろ考えてるんだね・・・)
胸中でそう呟きながら、葉月は宅真の過去に興味を抱くようになっていた。
宅真との対面を終えた仁科は、そのままアークレイヴ本部に戻ってきた。
「あ、隊長・・」
切羽詰ったような面持ちで待っていたライアンとマイクが、作戦室にやってきた仁科に声をかける。
「ご無事でしたか、隊長。どこか怪我はしていませんでしょうか?」
ライアンが心配して詰め寄ってくると、仁科は苦笑をもらす。
「怪我も何も、オレは別に戦ってきたわけじゃないよ。ただ、挨拶を・・」
その笑みが次第に消える。
「宣戦布告といってもいいかもしれないね。」
「隊長・・・!」
仁科の呟きに思いつめた面持ちを見せるライアン。
「今度ブラッドが現れたら、確実に捕まえるんだぞ。これ以上の失態は、上層部が黙っちゃいないだろうからさ。」
苦笑いを浮かべて、隊員たちに指示を送る仁科。やる気がないように見えるが、彼はいたって真面目に構えていることを、ライアンもマイクも分かっていた。
それが隊員たちからの人望の厚さを表していた。
(さて、覚悟してもらいましょうか、宅真。今度は、オレとお前は敵なんだからな・・・)
宅真の姿を見据えて、仁科は作戦室を出た。
その日の夜も、アークシティは広範囲かつ厳重な警戒網が敷かれていた。アークレイヴもブラッド拘束に必死になっていた。
好成績を収めている特殊部隊も、1人のブラッドに対して手も足も出ない。その失態が彼らを背水の陣へと追い込んでいた。
この警戒網の中に、ライアンとマイクの姿はあったが、ミサの姿はなかった。宅真の被害にあっている彼女を現場に出すのは忍びないと、仁科は待機を命じていた。
「今度こそ貴様の終わりだ、ブラッド。今日こそオレたちが勝利するんだ。」
ライアンがブラッドに向けていきり立っている。マイクも闘志を内に秘めて、銃に装てんされた弾丸をチェックしていた。
「マイクは向こうを見回ってくれ。オレは大通りのほうに向かう。」
「分かりました、副隊長。どうか、気をつけて。」
命令を受けて、マイクが敬礼を送る。ライアンも彼に敬礼を送ってから移動を開始する。
銃を引き抜き、ブラッドの出現に備えるライアン。この街のために、人々の安息のために、彼は今夜も戦いに赴く。
人気がいない通りに差し掛かる。その先を抜ければ大通りに行き着く。
しかしその細道でライアンは足を止める。彼の眼前に、黒い人影が立ちはだかる。
(ブラッドか・・・!)
ライアンは身構えて銃を構える。しかしその人影は動じることなく、ただ不敵に笑って見せるだけだった。
やがて月明かりが差し込んできて、その人影の姿を鮮明に映し出す。
「あ、あなたは・・・!?」
その姿にライアンが驚愕する。その人影が不気味に笑って、彼に向けて飛びかかった。
その夜、宅真がアークレイヴの前に現れることはなかった。しかし事態はかつてないほどの悪化を迎えていた。
マイクが、駆けつけた仁科がその光景に愕然となっていた。
大通りに通じる細道で、ライアンが死亡していた。彼は全身の血を全て抜き取られ、首筋には噛まれた後があった。明らかにブラッドか吸血鬼の仕業だった。
「こんな・・・まさか、こんなことになるなんて・・・」
マイクがこの出来事に愕然となる。
このアークシティを騒がせているブラッドは、美女をさらい続けるだけだった。街中で誰かを殺すようなことはしなかった。
そのブラッドがついに殺人に手を染めたのか、それとも他のブラッドか吸血鬼の仕業なのか。
その疑問を探りながら、マイクは搬送されていくライアンを見送った。
(隊員をさらわれ、今度は殺された・・・ここまで・・ここまでアークレイヴが追い詰められるなんて・・・!)
胸のうちからやるせない苛立ちが押し寄せてきて、悲痛に顔を歪めるマイク。現実から背けるように視線を移すと、彼は仁科に違和感を感じた。
「あの、隊長・・」
「ん?」
マイクが訊ねると、仁科がきょとんとした面持ちを見せる。
「あの・・口元に何か・・・」
「ん?」
指摘を受けて、仁科は左手の甲で口元を拭った。その甲を見つめると、紅いものがかすれていた。
「血・・・!?」
甲についた血を見て、仁科とマイクが眼を見開く。
「まさか、隊長・・・!?」
マイクが信じられない面持ちを見せながら、仁科の顔を見る。すると仁科が口元に指を当てて、
「おや?唇でも切ったか?」
とぼけたような面持ちを見せる仁科。信じたかったマイクだが、それでも彼が不審に思えてならなかった。
仁科に気付かれないようにしながら、マイクは腕につけているエネルギー探知装置を作動させた。これでもし人間でない力を持っているなら、その力の種別と強さを感知することができる。これで人間に成りすましているブラッドでさえ探ることも可能である。
マイクはそのセンサーを仁科に向けて装置を発動させた。しかし装置は何の反応を示さない。
(よかった。勘違いのようだ・・・それもそうだ。アークレイヴにブラッドは入れない。厳重なチェックに引っかかるはずだからね。)
ブラッドでないことが分かり、マイクは胸中で安堵する。
「ん?どうした?」
マイクの様子が気になって、仁科が声をかけてくる。
「えっ?い、いいえ、何でもありません。」
そこでマイクがそわそわしながら弁解する。彼の慌しい様子を気に留めていないのか、仁科は納得した模様である。
「とにかく隊長、今朝、隊長が接触したブラッドに会ったほうがいいと思います。行きましょう。」
「そうだな・・とりあえず行くとするか。」
マイクが切り出した言葉に、仁科は苦笑を浮かべながら同意する。
「今度は僕も同行させてもらいます。」
「マイク・・・」
「これ以上、私情だけで行動するのは慎んだほうがいいと思います。怪しいものは徹底的に調べる。僕はそうすべきです。」
マイクが言いかけると、仁科は困惑を一瞬見せる。マイクを突き動かしているのは、アークレイヴとしての正義と上官への報いだった。
彼の決意を受けて、仁科は小さく笑みを見せる。
「分かったよ。けど、あんまり攻を焦るなよ。」
そう告げて仁科は歩き出した。マイクもミサとライアンを思いながら、彼を追いかけていった。
アークレイヴ副隊長、ライアン・ハートの死亡は、アークシティに一気に広まった。宅真や葉月にもそのニュースは広まっていた。
「そんな・・・アークレイヴが、ライアンさんが・・・」
葉月がこの訃報に愕然となる。宅真も沈痛の面持ちで彼女を見つめていた。
その夜、宅真はアークシティには出て行かなかった。
ブラッドに対するミサの憎しみ、そして仁科との対面で呼び起こされたブラッドとの記憶が、彼に困惑を植え付けていた。自らの欲情がかき乱されるほどに。
「ミサちゃんと連絡を取りたいなら、行ってくるといいよ。彼女もいろいろ悩んでるみたいだから。」
「いいよ、今は。電話で連絡は取りたいとは思ってるけど・・・」
宅真の促しに、葉月が笑みを作って答える。
「アークレイヴはどうするつもりだろう?オレを狙ってくるのかな?」
「そうだね・・夢野隊長がここにやってくるかもしれないね。あなたを捕まえるために。」
宅真は仁科の顔を思い返す。自分に力を与えたブラッドと明らかに酷似してしまう。
(アイツはいつも気さくな態度を見せていた・・・そう、あの隊長さんみたいに・・・)
彼の脳裏に、ぶっきらぼうな態度で別れていくブラッドの顔が蘇る。
「うっ!」
そのとき、葉月が発作に襲われてうなだれた。吸血衝動が再発したのである。
「は、葉月ちゃん!・・大丈夫!?」
宅真が彼女の体を支えると、彼女は何とか気を落ち着けることができた。
「葉月ちゃん・・・」
「たっくん、もう大丈夫だから・・・」
心配する宅真に、葉月が笑みを見せて答える。
そのとき、宅真はブラッドの力を察知して立ち上がる。自分以外のブラッドの力である。
「どうしたの、たっくん?」
葉月が彼の様子を気にして声をかける。
「近くにいるんだ・・ブラッドが・・・」
「えっ・・!?」
宅真のこの言葉に葉月が驚く。彼は自分以外のブラッドの存在を察知していた。
人気のない建物の一室。そこに1人の少女が逃げ込んでいた。
元気が似合うショートヘアの彼女が逃げているのは、1人の黒い人影からだった。しかしどこまで逃げても人影は追いかけてきて、ついにこの建物の中にまで追い詰めていた。
「ちょっと、何なのよ、アンタは・・!」
少女が必死の思いで人影に言い放つ。しかし人影は不気味に微笑むだけだった。
「あんまりしつこいと、警察を呼ぶわよ!」
そういって少女は上着のポケットから携帯電話を取り出して見せ付ける。
「好きにするといいさ。お前はオレからは逃げることはできないんだから・・・」
人影が満面の笑みを見せると、少女に向けて両手を掲げる。するとその手から光が放たれ、恐れを抱いていた少女を取り巻いた。
その力に拘束された少女の体が宙に浮く。その両手の指先がぶれた直後、彼女の着ていた衣服が引き裂かれる。
「な、何だっていうの・・・気分が、よくなってく・・・」
光に抱かれた少女の顔が緩んでいく。青年の放つ力に次第に快楽を感じ出していた。
「そうだよ。そんな顔をしてくれないと、こちらも気分がよくならないというもんだよ。」
不敵に笑う青年が、快楽に酔いしれる少女の表情を見て喜びを感じていく。
「さぁ、しっかりと感じてくれ。それでこそ私のコレクションに加わるにふさわしい。」
青年が眼を見開いて、手から発している光を収束させていく。その光に少女が包み込まれ、床に落ちた水晶に閉じ込められた。
青年はその水晶を拾ってまじまじと見つめる。少女は一糸まとわぬ姿で、水晶の中で深い眠りについていた。
「これでまた私のコレクションが増えた。鮮やかなクリスタルに包まれた彼女たちの美肌の数々が、私の心地よさを強調していく・・・」
青年が水晶を懐にしまって、この建物から外に出る。
「それにしても、アイツに私の本当の正体を見られたのは予想外だったな。結果、殺すしかなかった・・・」
心の奥底で後悔を噛み締める青年。しかしその苦笑が狂気を込めた笑みに変わる。
「だがアイツも満足しているだろう。自分の血が私の中で駆け巡ることになるんだから。」
歓喜をあらわにしながら青年は飛び上がり、建物の屋上から街を見下ろす。
「お前がこのアークシティで美女をさらってくれたおかげで、私もずい分とやりやすかったよ。感謝していくよ。」
周囲を見渡しながら、1人で語るように呟く青年。
「私から力を受け取ったお前のように、私にも欲情というものが存在していたんだ。その欲が、お前にも及ぶことになるな・・八神宅真。」
宅真に対して告げて、青年は音もなく姿を消した。彼こそが宅真に力を与えたブラッドである。
自室に戻ってきた青年。玄関の扉を開けることなく、瞬間移動を駆使して音もなく部屋に入ってきた。
部屋は暗く、外のかすかな明かりだけしか頼りにならないほどの明瞭だった。しかし青年は迷うことなく部屋の明かりのスイッチを入れた。
部屋は一般のマンションやビルのように、普通なつくりと家具などの配置になっていた。1人暮らしだったが、そこそこ整理されている。
青年は部屋の奥にある引き出しに近づき、5つあるうちの真ん中の引き出しを開ける。そこにはケースがたくさん入っていて、そこから上にあるケースを取り出す。
そのケースを開けると、そこにはたくさんの水晶が入っていた。いずれも裸の少女が封じ込められているものだった。
青年は先程の少女を封じ込めた水晶を、ケースの空きペースに入れる。
「これでまた、私のコレクションが増えた。これらを見ていると心が和む・・・」
ケースの中で並んでいる水晶の少女たちを見て、歓喜に湧く青年。この引き出しに入っているのは全て少女たちを封印した水晶を入れているケースばかりである。
青年はケースにある水晶たちから1つを取り出す。ツインテールの少女が、水晶の中で眠りについている。
「女の姿かたちやそのつくりは“すばらしい”のひと言に尽きる。その胸、その腰、その足、その唇。男だけでなく、同姓である女にも興味をそそられる人間の要点だよ。」
その少女をいろいろな角度から見渡していく青年。少女のきらめくような肌を見て、彼は快楽を感じ取っていく。
「彼女たちも喜んでいるはずさ。もっともきれいでかわいい姿のまま、この水晶の中で永遠を生きられるんだからね。」
しばらく見つめた後、青年は水晶をケースに戻した。並べられた少女たちを一望して、ケースを、引き出しをしまった。
そして青年は窓に歩み寄り、外を見つめる。様々な問題が浮上している街中は、嵐の前のように静かだった。
「近いうちに会うことになるな、宅真。お前は今、咲野葉月と生活をともにしている。」
青年に再び笑みを浮かべる。宅真のそばにいる少女、葉月をいつか手に入れようと目論んでいた。
「お前の快楽は私の快楽。お前の欲は私の手の中にある。それは私から力を受け取った、お前の避けられない運命なんだよ。」
彼の眼に、自分の力で封じ込められた葉月の姿があった。素肌をさらけ出して眠って動かなくなっている。
そんな妄想を現実のものとするため、また宅真の快楽を自分の手中にするため、青年は、ブラッドは動き出そうとしていた。