Blood –sucking impulse- File.5 ぬくもりと人の狭間で
「吸血、衝動・・・!?」
宅真が口にした言葉にミサは眉をひそめる。
「あ、吸血衝動っていうのは・・」
「待って。アンタには聞かない。ブラッドのアンタは信用できないからね。」
説明しようとした宅真を、ミサが手で制する。宅真は落ち着こうとしている葉月を見て、小さく吐息を漏らす。
「こんな状態の葉月ちゃんに、わざわざ説明してもらうわけにはいかないだろ?」
彼に言いとがめられて、ミサは言葉を詰まらせた。少し気を落ち着けてから、彼は口を開いた。
「葉月ちゃんは吸血衝動に、血を吸いたくてたまらなくなってしまう衝動にかかってるんだ。」
「葉月が・・・」
「多分、何か赤いものを見て、その衝動に駆られてるんだと思う。牛が赤いものを見て興奮するように、本能的に血がほしくてたまらなくなってるんだと思う。もっとも、彼女はそんなこと全然望んではいないはずだけど。」
沈痛な面持ちを浮かべて語る宅真。ミサにはひとつの疑念が浮かんでいた。
「でもそういうのはブラッドみたいな吸血鬼に起こるもんでしょ?人間の葉月がどうして・・・?」
「吸血衝動は吸血鬼だけに起きるものじゃない。ごくまれだけど、人間でも起きることもあるんだ。」
2人は困惑の面持ちを見せている葉月に振り向く。葉月は何とか気を落ち着けて、ゆっくりと立ち上がる。
「もう、大丈夫だから・・たっくん、葉月・・・」
作り笑顔を見せて心配させないようにする葉月。しかし宅真とミサの不安は消えなかった。
「ミサ、たっくんはそんなに悪い人じゃないよ。少なくても、あなたがいうブラッドじゃないよ。」
「葉月・・・」
微笑む葉月に戸惑うミサ。しかしミサは首を横に振る。
「いいえ!現にこのブラッドは女性をさらって、石にして弄んでるのよ!これは明らかな、変質者のやることよ!」
彼女は宅真への葉月の信頼を信じたくなかった。しかし親友である彼女がウソを言っているようでも操られているようでもなく、ミサは自分の正義を貫くことができなかった。
「あなたはそれでいいの?・・このブラッドと一緒にいて、ホントにいいの!?」
ミサが葉月に問いつめる。正義と友情を抱えている彼女は、胸を痛めていた。
親友の切実な友情を受け止めつつ、葉月は小さく微笑んだ。
「ありがとう、ミサ・・でも私、たっくんとしばらく一緒にいるから・・・今度のアークレイヴの入隊試験を受けるまでは・・」
「受ける前に、アイツに石にされちゃうのよ・・・あなたが元気になったら、アイツは今度こそあなたを・・・!」
あくまで宅真のそばにいる葉月に、ミサはやるせない気持ちでいっぱいになっていた。
それでも葉月の気持ちは変わらなかった。たとえその先が弄ばれる未来だとしても、彼女には宅真のそばをはなれることができなかった。
何もかもなくしたところを救ったのが、他ならぬ彼だから。
「あたしは・・・葉月に戻ってきてほしいの・・・」
「・・・ゴメン・・・」
必死に説得しようとするミサだが、葉月はただ謝るだけだった。
「とにかく、今回は君は返すよ。」
そこへ宅真が声をかけ、葉月とミサが驚きの面持ちを見せる。
「もしもこのまま君をオブジェにしたら、君の恨み言に悩まされることになるからね。」
「へぇ?いいの?このままあたしを帰したら、アンタのことがいろいろバレることになるかもしれないのよ?」
気さくな笑みを取り戻す彼に、ミサがあざけるように言い放つ。少し考えてから、宅真は再び口を開く。
「そんときはそんときさ。とにかく、君を奪ったままにしといたら、オレの気が進まないからさ。」
彼の返答にミサは呆れる。これが世間を騒がせている連続誘拐犯だとは思えない態度に感じ取れた。
「後悔しても知らないからね。たとえ葉月がかばっても、あたしは、アークレイヴは容赦しないわ。」
「ミサ・・・」
しっかりと言い放つミサに、葉月はなぜか、重い困惑を覚えた。アークレイヴの使命が、宅真を捕まえることを含んでいることに、彼女は葛藤を抱えていた。
「それなりの覚悟は、しておいたほうがいいかもね、葉月。」
葉月に視線を移して、ミサは念を押した。一瞬動揺を見せながらも、葉月は息を呑んで頷いた。
「覚悟はできてるよ。それでも、ミサは私の友達だってことは変わらないし、私がアークレイヴに入りたいって言う気持ちも変わらないから・・」
「葉月・・・」
「さて、そろそろ戻るとしましょうか。君は葉月ちゃんと背格好が似てるから、彼女の服を着ていけば大丈夫かな?」
すれ違いが生じている2人に向けて、宅真が声をかける。
「2人ともオレに捕まっててくれ。ここから出るよ。」
彼がそう告げると、葉月は彼に寄り添った。しかしミサは後ろめたい面持ちを浮かべて、彼らから眼を背ける。
彼女はブラッドの、人々を脅かす存在の力を借りたくはなかった。もしも彼の手を取れば、彼女の中の正義が壊れてしまう気がしていたのだ。
なかなか助力を受けない彼女に、宅真は優しく微笑んだ。
「ここはオレが細工した出入り口のない部屋だよ。オレの力じゃないと、ここからは出られない。意地や正義を貫くのはいいけど、ここはオレに甘えてくれよな。」
彼の言葉にミサの心は揺らいでいた。しかしそれしか手段が見つからなかったため、彼女は渋々彼の手を取ることを決めた。
壁際に追い詰められて、少女は恐怖を見せていた。ミサと同時期にアークレイヴに入隊した女性隊員である。
彼女の前には黒と白の影が立ちはだかっていた。黒い衣服に白い髪。顔はその長い白髪にさえぎられてうかがうことはできない。
「あ、あなた、あのブラッドではないですね!?・・・大人しく投降すれば・・・!」
必死に言い放つ少女だが、その白髪は全く動じない。
「きれいな子だぁ・・・コレクションに加えるにふさわしい・・・」
白髪が不気味な声をもらす。声色から男であることが分かる。
男はゆっくりと、少女に両手をかざす。少女はとっさに持っていた銃を構える。
しかし引き金を引こうとした瞬間、男の両手から稲妻のような光が放たれ、彼女を取り巻く。
「キャアッ!」
光に拘束された少女が悲鳴を上げる。手足の自由を奪われ、持っていた銃が手から落ちる。
不気味な笑みを見せる男が、光を放つ手を微動させる。すると少女が身に付けていたアークレイヴの制服が弾けるように引き裂かれる。
「な、何なの・・・とっても・・気持ちいい・・・」
光に包まれた少女が快楽を覚えて顔を歪める。彼女の脳裏からは恐怖が消えうせていた。
「そうだろう・・その心地よさの中で、お前は私のものになるのだよ。」
その姿をまじまじと見つめて不気味に笑う男。快楽にあえぐ少女の反応を楽しんでいた。
やがて光がまばゆいばかりに輝き、少女を包んだまま収束する。そしてその光が消え、その床には1つの水晶が落ちていた。
男はその水晶を拾い上げて、その中を見つめて笑みをこぼす。水晶の中には裸の少女が閉じ込められて動かなくなっていた。
「これでお前は私がいただいた。お前の体も心も、全て私のものだ。」
勝ち誇ったような面持ちを見せる。少女を手に入れて、彼は音もなく姿を消した。
ひとまず自宅に戻ってきた宅真。葉月とミサを連れて、リビングに到着した。
「とりあえず葉月ちゃんの服を着せてあげないとね。いつまでも裸じゃ困るだろ?」
宅真の指摘にミサが赤面する。
「まぁ、オレはスキンシップはおおいに大歓迎だけどね。」
「・・ずい分と遠慮がないわね、アンタは。」
気さくな笑みを見せる彼にミサが呆れる。
「まぁ、いざとなったらまたさらってオブジェにすればいいだけさ。」
「エラく余裕じゃないの。あたしは2度も捕まったりはしないわよ。」
あくまで余裕を見せる彼に、彼女も負けじと言い放つ。
「とにかく、戻ったら報告するんだろ、オレのことを?だったらいろいろとよろしくな。」
まるで伝言係に言うような彼の口ぶりに、ミサは苛立ちを感じながらもそれを表に出さなかった。
「あのアークレイヴの隊長さんにもね。」
最後の言葉を告げる彼の顔から笑みが消えた。しかしその変化にミサは気付いていない。
「えぇ。大した覚悟だと思って伝えておくわ。首をよーっく洗っておくことね。」
そう言い放ってミサは宅真たちに背を向けた。そして外に出ようとして、ふと足を止める。
「葉月、あなたは本当に戻らないの・・・?」
ミサは振り向かずに葉月に問いかける。葉月が小さく頷くのを、ミサは理解していた。
「もしかしたら、ブラッドの共犯者と認識されるかもしれないのよ。」
「それでも、私はたっくんを信じてあげたい・・・」
葉月の沈痛さを込めた言葉。ミサは苦悶を感じながら、何とか言葉を切り出す。
「葉月、どんなことになっても、あたしはあなたを信じてるから・・・!」
そう告げてミサは振り返らずに駆け出した。涙の雫がミサからわずかにこぼれていたことが、葉月の眼に飛び込んできていた。
(葉月・・・あたしは・・・!)
無二の親友が違う世界へと遠ざかっていく。そんな不快感を覚えて、ミサはやるせなさに打ちひしがれていた。
様々な問題を抱えているアークレイヴ。その隊長である仁科は、寮の自室に戻り、ひとつ息をついた。
部隊でも情報が全くつかめたいブラッド。そのブラッドに、あろうことが部隊の隊員を連れ去られるという失態が加わり、部隊の信用にまで影響を及ぼし始めていた。
「全く・・悩みの種は尽きないもんだねぇ・・・」
小さく作り笑顔を浮かべつつ、手を頭に当てる仁科。ベットに腰を下ろし、つかの間の休息を取ろうとしていた。
そのとき、部屋の電話が鳴り出した。寮と本部だけをつないでいる内線電話である。
(ったく。誰だよ。せっかく休憩が取れると思ったのに・・)
胸中で愚痴をこぼしながら、仁科は立ち上がり、電話の受話器を手に取った。
「オレだ。どうした?・・・何っ!?」
電話の相手は夜勤に当たっていた隊員の1人である。その知らせを聞いて、仁科が驚く。
「分かった。オレもすぐに行く。介抱してやってくれ。」
そう告げて仁科は受話器を置き、間髪置かずに部屋を飛び出した。
(戻ってきたのというのか・・・上条くんが・・・!)
連絡を受けて本部の医務室に駆けつけてきた仁科。その前にはマイクの姿があった。
「あ、隊長・・・」
仁科に気付いたマイクが振り返り、敬礼を送る。
「いや、いい。それより上条くんは?」
小さく首を横に振り、仁科はたずねると、マイクは医務室のほうに視線を向ける。
「失礼するよ。」
仁科はノックをしてから医務室に入る。そこには落ち着きを見せているミサの姿があった。
「あ、隊長・・」
「上条くん、無事なのか?・・何ともないのか・・・?」
生返事をするミサに、仁科が困惑を浮かべる。彼女は彼の心配に頷いた。
「と、とにかく無事で何よりだった。よかったら話を聞かせてくれないか?君を連れ去ったブラッドに関することを・・」
「分かりました。でもその前に着替えてきてもいいですか?」
事情を聞くため、仁科はひとまず医務室を出た。しばらくしてから、着替えを終えたミサが出てきた。
マイクが心配そうな面持ちを見せてついていこうとするが、仁科が手で制した。
「すまないが2人だけで話をさせてほしい。あまり大人数で押しかけられても、落ち着いて話ができんだろう。」
そういわれてマイクはただただ頷き、2人を見送ることにした。
医務室から少し離れた位置にある個室に、仁科とミサは来ていた。外との交流をシャットアウトした状態で、1対1の話し合いが行われようとしていた。
「さぁ。ここなら周りを気にすることはないだろう。よければ話してみてくれ。」
仁科が気さくな態度をつくろって、ミサの話を聞く。彼女も覚悟を決めて、事のいきさつを話した。
ブラッドが連れ去った女性たちを石化して、その反応をうかがうことで喜びを感じていたこと。ミサ自身も石にされて、その体を弄ばれたこと。そして親友の葉月もさらわれながらも、そのブラッドのそばにいたことを。
信じられないことが次々と起こり、ミサはひどく困惑しきっていた。彼女の話を聞いて、仁科がひとつ息をついた。
「そうだったのか・・いろいろな災難があったわけだ。」
まるで他人事を言っているような口ぶりだが、仁科は真剣に話をしようとしていた。
「それで、葉月ちゃんはまだあのブラッドと一緒なのか?」
「はい・・あのブラッド・・八神宅真のことを信じているみたいで・・・」
「八神?」
宅真の名を聞いた途端、仁科は眉をひそめる。
「隊長?」
「えっ?」
その様子に疑問を感じたミサの声で、仁科は我に返る。
「いや、何でもない。オレの知り合いに同じ苗字のヤツがいるもんだからな。」
彼女に弁解の言葉をかけてから、仁科は改めて真剣な面持ちになる。
「最優先で、葉月ちゃんや他の被害者を保護するつもりではいるが、もし彼女がブラッドをかばい立てするなら・・」
言いかけた仁科の言葉に、ミサは息をのむ。
「最悪の場合、共犯者と認識されることもありえる。」
思わないようにしていたことを言われ、ミサの脳裏に不安が湧き上がる。
「そんな・・そんなことって・・・」
「あんまり思いつめるな。あくまで可能性の問題だ。」
不安の声を出すミサに付け加える仁科。何とか彼女が気を落ち着けたのを見計らって、彼は席を立つ。
「とにかく、オレは少し休憩を入れてから、そのブラッドに会うつもりだ。このことはあまり口外するなよ。君の友人を含めて、入らぬ問題を起こしたくないのは君が1番望んでることだしな。」
「はい・・・申し訳ありません、隊長・・」
ミサが謝罪をすると、仁科は気さくな笑みを向ける。
「別に謝ることはないさ。君は身を呈して有力な手がかりをつかんでくれたんだからな。」
「私も一緒に行きます。いくらなんでも隊長1人だけで向かうのは・・」
遅れて席を立ったミサを、仁科は手で制した。
「いや、オレだけでいい。それに、君はいろいろあって疲れてるだろ?今はゆっくり休んだほうがいい。」
彼に言いとがめられて、ミサはこれ以上言葉をかけられなかった。
「安心しろ。別にムチャするわけじゃないし、相手は美女ばっか狙ってんだろ?男のオレにそんな感情を持ち込むはずがないさ。」
立ち去る間際でさえも気さくな態度を崩さない仁科。ミサの小さな笑みに見送られて、彼は部屋を後にした。
その廊下で、仁科はマイクと対面した。
「隊長・・・」
マイクが困惑の面持ちを見せながら仁科に声をかける。
「話は聞こえてませんが、隊長がこれから何をなさるかは薄々分かっています。ブラッドと接触するのですね?」
覚悟を決めて問いつめるマイクに、仁科は参ったという顔を見せる。
「やっぱ見られてるんだな、オレは。長いこと付き合いがあると、次第と相手の考えが分かっちまうもんだな。」
苦笑いを浮かべて、仁科が息をつく。マイクとすれ違い様に後ろに視線を向けて告げる。
「上条くんには、口外しないように言ってある。もしも事情を知りたいなら、そのことを肝に銘じておいてくれ。」
「・・・了解、隊長。」
立ち去る仁科に、マイクは歓喜を心に留めながら敬礼を送った。
葉月とミサが再会を果たした夜が明けた。困惑を抱えたまま眼を覚ました葉月がリビングに来ると、宅真が朝食の準備を始めていた。
「あ、おはよう、葉月ちゃん。」
「おはよう、たっくん・・・」
微笑んで挨拶する宅真に、葉月が元気なく答える。スクランブルエッグを作る彼を見ながら、彼女は椅子に座る。
しばらく待っていると、作り終えた朝食を宅真が運んできた。
そのとき、家のインターホンが鳴りだし、宅真と葉月が玄関に振り向く。
「誰だろ、こんな朝早くに。」
宅真が玄関に向かって、そのドアを開ける。そこには気さくな態度が似合う青年がいた。
「アンタ・・・」
そこで宅真が眼を疑った。アークレイヴの制服を身にまとった青年。部隊の隊長の仁科である。
「やぁ。朝っぱらからいきなりで悪いね、押しかけちゃって。」
「別に構わないスけど、何かあったんスか?」
気さくな言動を見せる仁科に、宅真も気さくな態度を見せる。
「アンタ、昨晩会ったよね?街でうちの隊員をさらってったときさ。」
仁科のこの指摘に宅真は緊迫を覚える。しかしそれを表に出さなかった。
そこへ葉月が様子を気にして顔を出してきた。仁科が彼女の顔に気付く。
「あ、あなたは・・・!?」
驚きの表情を見せる彼女に、仁科が気さくな笑みを向ける。
「話は上条くんから聞いたよ。君もそこの彼に捕まって、1度は石にされたみたいだね。」
仁科の言葉に宅真と葉月が息をのむ。
「安心してくれ。別に今君を捕まえるつもりはない。だけど、今度会ったときには確実に君を拘束する。たとえこんな朝の出来事が舞台となったとしてもだ。」
「それならなんでオレを訪ねたんだ?朝の挨拶にでも繰り出してきたのかい?」
宅真がからかうように言うと、仁科はひとつ息をついてから、
「ま、そんなところだな。」
そういって仁科が振り返り、立ち去ろうとする。
「お、おい、アンタ・・・!」
そのとき、宅真が思い立ったように呼び止め、仁科が足を止める。
「ん?どうした?オレに何か?」
「いや・・アンタ、オレの知り合いに顔が似てたから・・・けど違ったようだ・・・」
仁科が疑問符を浮かべると、宅真は勘違いと分かって苦笑いする。
「そうか・・・」
仁科も笑みをこぼして、そのまま宅真の自宅を後にした。
(・・・確かにアイツによく似てる・・・)
彼の後ろ姿を見送りながら、宅真は記憶を巡らせた。
(オレをブラッドにした男に・・・)
宅真の欲情に付け込み、誘いをかけてきた男。白髪で紅い眼を不気味に光らせているブラッドのことを。