Blood –sucking impulse- File.4 憎きブラッド
自分の両親がブラッドに殺されたことを告げたミサ。その言葉に、宅真は初めて困惑を見せる。
その間にも、ミサにかけられた石化はさらに彼女を侵食していった。
「君の両親を殺した!?・・・ブラッドがか・・・?」
「そうよ!ブラッドが自分の血がほしいままに、あたしの両親の血を吸って殺したのよ!」
怒りと悲しみを込めて叫ぶミサの眼に涙がこぼれる。
「たとえその犯人がアンタじゃなくても、あたしはブラッドを許せない!ブラッドは人を餌にするバケモノよ!」
次々と言い放たれる彼女の言葉に、宅真はさらに困惑を見せる。
パキッ ピキッ
憤りを見せる彼女の頬も白く固まっていく。それでもブラッドに抗おうという気構えは揺らいでいなかった。
「あたしは負けない・・・たとえこのまま石にされても、あたしは・・・絶対に・・・」
ピキッ パキッ
必死に叫ぶ彼女の唇もついに石化して固まる。
フッ
その瞳にも亀裂が入り、ミサは完全な石像となった。彼女の石の眼から、怒りと悲しみを込めた涙がこぼれ白い頬を伝う。
「殺したのか・・・ブラッドが・・・」
宅真は困惑を抑えきれないまま、石化して完全に動かなくなったミサの白い体を優しく抱きとめた。
「こんなきれいな体とかわいい顔をした君が、そこまでブラッドを憎んでいるとはね・・・でももういいよ。」
彼がミサの石の胸を優しく撫でていく。ふくらみのある彼女の胸に触れて、彼は何とか落ち着きを取り戻そうとしていた。
「憎しみも悲しみも、オレが心地よさに変えるから・・・だから安心して、ここにいていいよ・・・」
さらに腰や腕を撫で回し、その快楽に酔いしれる宅真。
彼女の言うとおり、ブラッドは吸血鬼。人の生き血を吸って闇をさまよう化け物である。彼もそれを否定するつもりはなかった。
彼は血を吸わないブラッドだった。Sブラッドに進化している彼に、血を吸う理由はほとんどなかったし、人間をただの血肉にするのは彼の趣味ではなかった。
そういったブラッドは異端者や裏切り者として迫害される。それも彼は分かっていた。
彼は今、美女を石化させてその反応をうかがうことで、強い快楽を得ることを目的に、ブラッドの力を使っていた。心の充実。それが彼の望んでいることだった。
(たっくん・・)
そのとき、宅真は葉月の声を聞いた。我に返り、ミサの体から離れる。
彼女にとりあえず声をかけるため、彼はこの部屋から姿を消した。
宅真の自宅に戻ってきた葉月。彼女は彼が戻っていないことに気付いて、リビングに座って彼を待つことにした。
(話をしなくちゃ・・宅真さんだって、血も涙もない人じゃない。きっと分かってくれる・・・)
彼女は胸中で親友を、ミサを思っていた。その親友が宅真の手に落ちていることも知らずに。
しばらくぼうっとしていると、突如宅真が音も立てずに現れた。
「たっくん!」
葉月が驚きを見せながらソファーから立ち上がる。
「やぁ。ゴメンね、遅くなっちゃって。いろいろあっちゃって。」
「あ、こっちこそゴメン。私、マリンさんの店で夜ご飯、済ませてきちゃって・・・」
宅真と葉月が苦笑いを見せあう。
「ちょっといいかな、たっくん?」
「ん?」
葉月は真剣な面持ちになって問いかけ、宅真が生返事をする。
「今度の休みの日に、私の友達に会いたいんだけど、いいかな?」
少し戸惑いながら彼女はお願いする。しかし彼女は胸中で、断られるかもしれないと不安になっていた。
宅真は世間を騒がせている美女さらいのブラッド。現に彼女は彼に連れ去られたという形でここにいる。せっかく手に入れた彼女を、自分の素性を知っている彼女を見放すとは彼は思わないはずである。
「いいよ。」
「えっ!?」
淡々と告げた彼に、葉月は意外性を覚えた。彼はその彼女を外に出すことを躊躇しなかった。しかもその親友がアークレイヴに所属していることを知りながら、それでも彼は全く動じていない。
「どうして・・!?」
「えっ?」
思わず呟いた葉月の声に宅真が疑問符を浮かべる。
「私はあなたのことをだいたい知ってるんだよ。その私を簡単に外に出すなんて・・」
「もしも出したら、オレのことを警察やアークレイヴに知らせるかもしれない。そう思ってるんだね?」
宅真がそういうと、葉月は小さく頷いた。何らかの罪を犯している人物にとって、その素性を知らせた被害者をそのまま放置するようなマネをすることはまずしない。
「知られて困ることは特にないし、それにオレは君を信じてたりもしてるわけだし。」
葉月の疑問に、宅真が満面の笑みを見せて答える。
「それに、オレも興味があるんだ。君の友達がどんな子なのがね。」
「それは本当に私の友達だから?それとも次に連れ去って、また心を満たそうとするため?」
「両方だね。君には興味が尽きないからね。その吸血衝動に、君はいろいろ悩まされてるからね。」
微笑みかける宅真に、葉月は困惑を隠せない。
「あ、そうだ。今日もかわいい子を手に入れたよ。けっこう元気があって、正義感も強かったよ。」
宅真が思い出したように囁き、葉月はさらに困惑を見せる。また彼の欲望の前に、女性が石像にされたのだ。
「ちょっと見てみるかい?オレは君に少しでも早く元気になってほしいからね。」
興味津々に語る彼を見て彼女は少し間を置いてから小さく頷いた。特に断る理由もなく、元気になりたいのは彼女も同じだったからだ。
葉月は宅真に体を預け、彼の顔を見上げる。
「アークレイヴの隊員だったよ。あの部隊にもかわいい子がいたなんてね。」
「アークレイヴって、まさか・・!?」
彼の言葉に葉月が驚きを見せる。
「会わせて!もしかしたら、私の友達かもしれないから!」
その言葉に宅真が眼を見開く。
「確か、君の友達、アークレイヴに入ったって言ってたっけ・・・」
そう呟くと、宅真は葉月を抱き寄せる。突然のことに彼女は動揺を見せる。
「まず見せてあげるよ。オレが連れてきたのが、君の友達かどうか、確認してほしい・・・」
そういって宅真は意識を集中する。そして葉月を連れて、リビングから姿を消した。
宅真は葉月とともに、再び薄暗い部屋にやってきた。そこには彼によって石化された裸の女性たちが立ち並んでいた。
彼はその石像たちの片隅にある石像に歩み寄った。
「今回、オレが連れてきた子だよ。きれいな体とかわいい顔をしてるのに、とても強気で正義感があるんだ。彼女が、その友達なのかい・・・?」
宅真はその石像を葉月に紹介する。その姿に彼女は眼を見開く。
「間違いない・・・ミサだよ・・・」
彼女は眼を疑った。彼が指し示した石像は間違いなくミサだった。
彼の力にかかり、ミサは一糸まとわぬ姿に変わり果てて動かなくなっていた。
「ミサ・・・ホントに・・ホントに石にされちゃうなんて・・・」
葉月は困惑を浮かべて、ミサの石の体に手を当てる。
(葉月!?)
そのとき、葉月の耳にミサの声が響いてきた。彼女は驚きを見せて周囲を見渡す。
(葉月!聞こえてるの、葉月!?)
繰り返されるミサの声。葉月は視線を彼女に戻す。やはり石化されている彼女から聞こえてきている。
「ミサ・・ホントにミサなの・・・!?」
葉月が動揺を見せながら、眼前の石像に声をかける。しかしその問いかけに答える様子はない。
「君にも聞こえたようだね。彼女の心の声が。」
そこへ宅真が葉月に声をかける。
「オレはオブジェにした人の反応を確かめられるように、心だけはそのままにしてあるんだ。ホントに君の友達のようだね。」
彼の言葉に葉月は無言で頷く。
(葉月、アンタがなんでここにいるの・・・!?)
ミサが胸中で動揺を浮かべる。親友がブラッドにいることが信じられないでいた。
「お願い、たっくん。ミサを元に戻してあげて。」
「えっ?」
葉月がお願いして、宅真が生返事をする。
「ミサは私の友達なの。どうして今こういうことになってるのか、ちゃんと話したいの。心じゃなくて、言葉と言葉で・・」
切実な思いを込める葉月。彼女の願いを受けて、宅真は少し間を置いてから、
「構わないよ。オレも彼女には聞きたいことがあるからね。」
「聞きたいこと?」
頷く彼に疑問を浮かべる葉月。
「彼女、ブラッドのことを憎んでるみたいなんだ。オレが犯人じゃないんだけど、ブラッド全体を恨んでるみたいで。だから・・」
彼の言葉に葉月は困惑した。ミサが正義感にあふれているのは当たり前のように知っていたが、まさかその中にブラッドに対する憎悪が秘められていることは知らなかった。
「うん。とにかく石化を解いて。私が話をするから・・」
彼女の言葉を受けて、宅真はミサに手を伸ばし、意識を傾ける。
するとミサの白い石の殻が弾けるように剥がれ、石化の拘束から彼女が解き放たれる。
「ミサ!」
葉月が脱力してその場に倒れるミサに駆け寄る。
「ミサ!大丈夫、ミサ!?」
葉月の呼びかけで、ミサが顔を上げて彼女に視線を移す。
「葉月・・いったい、どうなってるの・・・?」
ミサが力なく葉月に問いかける。葉月は真剣な面持ちになって、その疑問に答えた。
アークレイヴ本部。所属隊員をさらわれた件について、ライアンもマイクも困惑を見せていた。
「くそっ!まさか我々の隊員がヤツに奪われるとは・・!」
ライアンが苛立ちをあらわにし、マイクもミサを守れなかった自分の無力さを悔やんでいた。
重く沈んでいる作戦室に仁科が現れ、彼らは気持ちを切り替えて席を立って敬礼を送る。
「またまた厄介なことになったもんだ。オレたちの仲間が、あのブラッドに連れ去られるなんてな。」
「はいっ!全ては私の責任です!申し訳ありません!」
仁科が気の抜けた口調をもらすと、マイクが謝罪して深く頭を下げる。それを見て仁科が苦笑する。
「おいおい、別に謝ることじゃないぞ、マイク。全力を出してこの結果だったんだ。」
「しかし、むざむざ眼の前で上条隊員を連れ去られたのです!」
「そんなに自分を責めるな。まだ望みはあるんだ。その小さな糸口を、必死に探り当ててやればいいだけの話さ。」
悲痛に顔を歪めるマイクに、仁科は気さくな態度で激励を送る。
「それじゃ、引き続きパトロールをやってくれ。」
仁科はそう告げて作戦室を出て、ライアンとマイクが再び敬礼を彼に送る。
「よし、行くぞ、マイク。」
「はいっ!」
そしてブラッドを追い詰めるべく、彼らは再び行動を開始した。
全裸のミサに宅真が上着をかけてやる。憎いブラッドにこんなことをされるのは腑に落ちなかったが、それにこだわっている心のゆとりは今の彼女にはなかった。
「私もたっくんに連れ去られて、同じように石にされたわ。でも反応を見せなかったから元に戻されたの。」
「そうだったの・・・でもなんでコイツと一緒にいるの!?ブラッドなんかと親しく・・・!」
葉月の話を聞いて事情は飲み込めたものの、ミサは彼女と宅真が一緒にいることが納得できなかった。
「たっくんはそんなに悪い人じゃないよ。元気をなくした私にいろいろ優しくしてくれたし・・」
弁解をかける葉月。しかしミサの疑問は消えなかった。
「たっくんは私に生きる希望をくれた。何もかもなくした私に・・」
「分かってるんでしょ!?このブラッドはアークシティを中心に、美女を何人もさらった悪いヤツなのよ!しかも、さらった女性を石化してその反応をうかがうだなんて、悪趣味にも程があるわ!」
ブラッドに対する、誘拐犯に対する憤りが、ミサの心を駆け巡っていた。
「それで君はどうするつもりなんだい?オレを殺すのかい?」
そこへ宅真が問いかけると、ミサが鋭い視線を向けてくる。
「殺すつもりはないわ。殺人は立派な犯罪だし、あたしの正義に反するわ。だからアンタを捕まえて、みんなを解放するつもりよ。」
「そうかい・・・でも、それができないことは、君は分かってるはずだよ。街でもオレの動きについてこれなかったし、さっきもオレに石化されてオレを憎みきれなかった。」
宅真の指摘にミサは歯がゆさを覚える。憎しみは消していないものの、歴然とした力の差に抗えないでいた。
「ねぇミサ、いったい何があったの?・・ブラッドがどうして・・・!?」
葉月が沈痛な面持ちで、ミサに昔をたずねた。彼女がブラッドを憎んでいることは葉月は初耳だった。
宅真を再度ねめつけてから、ミサは重く閉ざしていた口を開いた。
「それはあたしの10歳の誕生日だったわ。あのときのことは忘れたくても忘れられなかった・・・」
沈痛さを噛み締めて、ミサが顔をしかめる。彼女の脳裏に幼い自分と両親の姿が蘇る。
「あたしの誕生日を祝うために、パパがレストランの予約をしてくれたの。それであたしたち家族は、夜にそのレストランに行ったの。とっても楽しかった。おいしい料理が出てきて、プレゼントまでもらって、ホントに嬉しかったはずだったのに・・・」
次々と思い返される思い出の時間。その時間が彼女の最良の時間となるはずだった。
「でも、あのブラッドが突然やってきたの・・黒い服を着て、白い髪をしていた。眼は夜をそのまま映したような青。そのブラッドは牙を光らせたと思ったら、いきなり中にいた客たちに襲いかかってきたの。首筋に噛み付いて血を吸って、不気味に笑って・・・!」
残酷な光景が浮かび上がり、ミサが苛立ちを見せる。
「あたしたちも急いで逃げようとした。そこへブラッドが飛び込んできて、パパとママを・・・!」
その衝撃の瞬間が脳裏をよぎった瞬間、ミサは息を荒げた。精神的ショックが表れ、落ち着きが保てない。
ミサの両親は、かばわれてレストランの外に出された彼女の眼の前で、そのブラッドに血を吸い尽くされて命を落とした。ブラッドに血を吸われた人間はブラッドに転化するが、致死量に達するほどに血を吸い尽くされれば、その人はそのまま絶命してしまう。
彼女はこのままその街の警察に保護された。しかしブラッドは警察が突入したと同時に飛翔し逃走。その行方は現在でもつかんではいない。
アークレイヴが設立されたのは、それから数年後のことになる。
「アークレイヴに入ろうと思ったのは、正義のためとか、みんなを守るためとかだけじゃない。そのブラッドを見つけて粛清するためでもあるの・・・」
「ミサ・・・」
ミサの過去を知って、葉月は沈痛の面持ちを浮かべる。
「アークレイヴに入ったことで、そこで得たいろいろな情報を見ることができるようになったわ。全部見たわけじゃないけど、今のところそのブラッドの情報は見つけてないわ・・」
アークレイヴに所属すれば、そこにある情報やリストを許可を得ることで閲覧が可能となっている。入隊してからミサも何度か閲覧してきているが、そのブラッドに関する情報は得ていない。
「ホントにアンタじゃないの!?街に現れたアンタは、黒い服に白い髪をしていた!」
ミサが宅真に視線を移して問いつめる。彼は少し困惑を見せてから、
「その出来事は、どこで起こったんだい?」
「えっ・・サウスシティのベイタワーにあるレストランよ。今は閉店して、その場所は封鎖されてるけど・・」
逆に聞き返すと、ミサは記憶を辿りながらそれに答える。
「そうか・・・それはオレじゃないな。その辺り、オレは反対のノースシティをぶらぶらしてた。第一、その頃はオレはブラッドにはなっていなかった・・・」
宅真も昔を振り返るような面持ちを見せるが、ミサは信じていなかった。
「オレは元々は人間だったんだよ・・・あるヤツに血を吸われて、ブラッドになったんだよ・・・」
彼の思いつめた表情を目の当たりにして、葉月は戸惑いを見せた。
何が彼をブラッドへと駆り立てたのか。どんないきさつでブラッドとなったのか。彼女の疑念は深まるばかりだった。
そしてミサの両親を手にかけたブラッドの存在も気になるところだった。
「うっ!」
ミサの受けた惨劇を頭の中に思い浮かべた葉月が、突如嗚咽に襲われる。
「葉月!?」
「葉月ちゃん!」
うなだれてうずくまる彼女に、宅真とミサが駆け寄る。
「葉月!どうしたの、葉月!?」
「葉月ちゃん、しっかりするんだ!」
困惑を見せながら葉月の体を支える宅真とミサ。2人に呼びかけられて、葉月は大きく息をつきながら我に返る。
「たっくん・・・私、また・・・」
葉月が困惑の面持ちを宅真に向けるそこへミサがたまりかねて、彼に振り向く。
「ちょっと、アンタ!葉月に何をしたのよ!」
「知らないのか・・・?」
憤るミサに疑問符を浮かべる宅真。彼女は葉月が吸血衝動にさいなまれていることを知らないようだ。
「葉月ちゃんは、吸血衝動の症状を持ってるみたいなんだ・・・」
彼の言葉を聞いて、ミサは動揺を隠せなかった。