Blood Naked Hearts- File.4 追走

 

 

 アスカが吸血鬼になってから1週間が過ぎていた。このときもアスカはサキを追い続けていた。

「本当にしつこいな、お前・・」

「私はあなたを倒すしか生きる理由がない・・あなたのせいで、何もかも失ってしまったから・・・」

 呆れてため息をつくサキに、アスカが敵意を向ける。

「それに、私はあなたとは違う・・生きる目的も、生き方も・・・」

「そう言い張るならそれでいい・・似ていると言ったのはあくまで私の個人的な解釈というだけだ・・・」

 目つきを鋭くするアスカに、サキがゆっくりと振り返ってくる。

「そこまで私を殺したいか・・ならばその牙を尖らせてみるか・・?」

 サキが不敵な笑みを見せて、アスカに向けて手を差し伸べてきた。

「お前に力の使い方を教えてやる。下手に暴走されても困るからな・・」

「何のつもり・・そんなことをしても、自分の敵を作るだけ・・・!」

「下手に暴走されても困ると言ったはずだ。お前を殺すにしても、後始末が厄介になるからな・・」

 疑念を抱くアスカにサキが言いかける。

「私たち吸血鬼の力は血を媒体にして発動される。精神力を高めて想像を形にして具現化される。たとえば・・」

 サキが説明しながら、紅い剣を具現化してみせた。

「剣をイメージすれば実際に剣を出せる。他のものも可能だが、ものによっては血の消耗が大きくなったり、具現化できないものもある。」

 サキはアスカに説明すると、手にしていた剣を消した。

「精神力を鍛えることで自由に出したりできる。自分の体を動かすようにな・・」

「そんなことを、わざわざ私に・・・」

「その程度のこともできないようでは、私の首を取ることなど不可能・・」

 いら立ちを見せるアスカをサキは笑みを見せてくる。

「いきなり一気にやろうとするな。血の枯渇で死ぬことになる・・」

 サキはアスカに注意を促してから、振り向いて背を向ける。

「じっくりやるといい。時間は十分すぎるほどあるからな・・」

 サキは笑みをこぼすと、再び歩き出していく。

「あっ!ちょっと待ちなさい!」

 アスカが慌ててサキを追いかけていく。サキへの敵意で、アスカは無意識に武器の形をイメージしていた。

 次の瞬間、アスカの手元に紅い光が一瞬現れた。しかし光は形をとどめることができず、すぐに消えた。

「まだイメージを具現化させて留めるには至らないようだな・・」

 サキが足を止めて、振り向くことなくアスカに言いかける。アスカが呼吸を乱して、思わずその場に座り込む。

「力だけでなく、己も制御しなければいけないようだな。感情も自制心も・・私も完全にできているとは言い難いが・・・」

 自分への皮肉を交えて、サキはアスカに笑みを見せた。

 

 夜の闇に満ちた森の中、怪物たちは暗躍して蠢いていた。そのさなか、怪物が他の怪物に食らいついていた。

「何だよ・・何でこんなマネするんだよ!?

「オレ様が強くなるためだ・・他の怪物を食らえば、力を上げることができる・・・」

 怯える怪物たちに、他の1体が不気味な笑みを見せる。

「そのために、オレたちを食らうのか・・・!?

「それがオレの力になることが分かったからな・・・」

 怯える怪物にもう1体の怪物が迫る。

「お前もオレの力になれるんだ・・光栄に思うんだな・・・」

「やめろ・・やめてくれ!助けてくれー!」

 笑みを強める怪物が、悲鳴を上げる怪物たちに食らいついた。怪物たちの血肉を取り込んで、怪物が力を付けていく。

「オレの中で、力が高まっていくのが分かる・・・」

 他の怪物たちの力が自分に取り込まれていることを実感して、怪物が笑みをこぼす。

「この調子で強くなっていけば、きっとアイツも超えることができる・・そしてアイツを食らえば、オレは無敵になれる・・・!」

 怪物が強くなっていく自分に喜びを感じていく。彼はさらなる強さを求めて、森の中を進んでいった。

 

 サキの言葉をアスカは信じていなかった。しかしアスカはサキを倒そうと、無意識に彼女に言われた通り、吸血鬼の力の扱いを覚えようとしていた。

 サキを切り裂く武器。そのためのイメージを、アスカは無意識にイメージしていた。

「アイツを・・アイツを殺さないといけないんだから・・・」

 サキへの憎悪が、アスカに吸血鬼の力と剣の具現を膨らませていた。

「みんなを殺したアイツを、私はどうしても許せない・・だから私は、絶対に・・・」

 徐々に感情をむき出しにしていくアスカ。彼女の手から出ている紅い光が、徐々に剣の形に変わっていく。

「まさかこうも早くそこまで行くとは・・正直驚きだな・・」

 サキが振り向かずにアスカに向けて言いかける。

「これなら、闇の中をうろついている怪物連中より手応えのあるヤツになるのもすぐだな・・」

 一瞬笑みをこぼしてから、サキは再び歩き出した。

「逃がさない・・どこまでも私はアンタを・・・!」

 アスカが怒りをあらわにして、サキを追いかけていく。2人は森を抜けて平原に出ていた。

 周囲を見渡せる平原の真ん中で、サキは足を止めた。

「ついてきているのは分かっている。出てきたらどうだ・・?」

 サキがまた振り返ることなく声をかけてきた。

「だから私はずっと来てるじゃない・・!」

「お前ではない・・」

 文句を言ってくるアスカに言い返すサキ。彼女が声をかけたのはアスカにではない。

「いつまでも隠れているなら、あぶり出してやってもいいんだぞ?」

 サキが続けて呼びかけると、1体の怪物が物陰から姿を現した。

「気配を殺したつもりだったが・・力が強すぎて抑えきれなくなっていたか・・」

 怪物が不気味な笑みを浮かべて、サキに近づいてきた。

「別にいいさ・・丁度頃合いだと思っていたところだ・・」

「お前たちはどいつもこいつも自信過剰で、愚かしいことだ・・お前も身の程を思い知ることだな・・」

 サキがようやく怪物に振り返ってきた。怪物は笑みを浮かべたまま、両手を軽く動かしていた。

「今までのヤツらはそうだったみたいだが、オレは違うぜ・・」

 怪物は両手を握りしめると、サキに向かって飛びかかってきた。サキは紅い剣を作り出して、怪物に向かって振りかざした。

 だが剣は怪物の腕に当たるも、傷をつけることもできない。

 サキは毒づくと、飛びかかってきた怪物に対して回避行動を取る。怪物が突き出した手の爪が、サキの左腕をかすめた。

「くっ・・私が傷を負うとは・・・!」

 傷を負わされたことに毒づくサキ。それを見て怪物が笑みをこぼす。

「どうだ、オレの強まった力・・といっても、まだまだ準備運動程度だが・・」

 怪物が再び両手を動かして力を込めていく。

「これからだんだんと力を上げて、お前を痛めつけてやる・・そしてお前を食らいつくしてやるさ・・」

 目を見開いた怪物がサキに向かっていく。サキは一気に速さを上げて、怪物から離れていく。

「どうした?噂みたいに凶暴というのはウソなのか?」

 追い込まれていくサキをあざ笑う怪物。怪物が突き出した爪が、サキの体に刺さる。

「ぐっ!」

 痛みを感じて顔を歪めるサキ。彼女は紅い剣を振りかざして、怪物を引き離す。

 怪物との距離を取ったサキ。手傷を負った彼女は息を乱していた。

「これでは噂ほどでないな。いや、オレが強くなりすぎてしまったからか・・」

 怪物が自分の両手を握りしめて、自分の力を確かめて喜んでいく。

「さて、そろそろお前を食らい尽くすとするか・・お前の強さを取り込めば、オレは無敵だ・・」

「フン。お前はまだ、ほしがっている私の力を見くびっている・・」

 野心をむき出しにしてきた怪物に、サキが不敵な笑みを見せてきた。

「ヤツとまた会うまでは全力は出さないつもりでいたが・・ここで死ぬよりはいい・・・」

 サキが低く言うと、両腕に力を込める。彼女の体から紅い霧のようなものがあふれ出してくる。

「これって・・・!?

 サキの姿にアスカが驚きを覚える。

「これは・・お前、吸血鬼の中でも・・・!?

 怪物もサキを見て驚愕していく。サキが紅い霧を穏やかにするように留めていく。

「では続きをやろうか・・そして早めに終わらせるぞ・・」

 サキが言いかけて、怪物に向かってゆっくりと近づいていく。

「く・・来るな・・来るな・・・!」

「どうした?私を食らうのではないのか?」

 怯えて後ずさりする怪物に、サキが不敵な笑みを見せる。

「ならば、私がお前を八つ裂きにしてやる・・」

 サキは笑みを消すと、体からあふれている紅いオーラを剣の形に変えて手にする。逃げ出す怪物を追って、サキが怪物の左腕を切り裂いた。

「ぐあっ!」

 怪物が昏倒して悶え苦しむ。彼の切られた左腕から、おびただしい鮮血があふれ出す。

「オレの・・強くなったオレの体が・・・!」

 怪物が左腕を押さえて絶叫する。彼の前にサキが立ちはだかる。

「や・・やめてくれ・・助けてくれ・・・!」

 怪物が怯えて後ずさりしていく。それを見てサキがため息をつく。

「そんな口を叩くなら、最初から出てこなければいいものを・・」

 サキが冷徹に告げると、命乞いする怪物に剣を振りかざした。剣は怪物の首を切り裂いて跳ね飛ばした。

 怪物は即死して、切られた頭が地面に転がる。サキが力を抜いて、体から出ていた紅いオーラを消す。

「久しぶりに消耗したな・・どこかで血をむさぼらなければ・・」

 呼吸を整えながら呟きかけるサヤ。彼女を目の当たりにして、アスカが緊張を見せていた。

「これが、吸血鬼の力の全開だ。相応の血の消耗があるが・・」

 サキがアスカに振り返って言いかける。サキは呼吸が乱れていて、落ち着きがなくなっていた。

「お前から血を吸おうなどとは思っていない。コイツからいただくことにする・・」

 サキは怪物に視線を戻すと、その亡骸に近づいた。動かない怪物の腕をつかんで、噛み付いて血を吸いだした。

「アンタ、バケモノの血を・・・!?

 怪物の血をむさぼるサキに、アスカが緊迫を募らせる。

「これで少しはマシになるか・・」

 怪物からある程度血を吸って、サキが肩を落とす。

「向こうから私を始末しようとしてこない限り、私は人間から血を奪おうとはしない。」

「そんなことで、あなたを許すとでも思っているの・・・!?

 淡々と言いかけるサキを、アスカが睨みつけてくる。

「私を憎んで復讐をしたいのであれば遠慮なくかかってこい。だがその前に、お前の中にある力を制御できるようになってからだ・・」

 アスカに忠告を言って、サキは歩き出していった。

「これが、吸血鬼だっていうの・・・」

 サキの力と姿を目の当たりにして、アスカは息をのむ。彼女はまた憤りに突き動かされて、アスカを追いかけていった。

 

 追いかけてくるアスカを気に留めながら、サキは歩き続けていく。その中でサキは自分の体のことを気にしていた。

(血はヤツからある程度吸い取った。下手に力を使わなければ持つが・・)

 残された血と力を実感して、サキが心の中で呟く。

(都合よくザコが出てくる・・などと都合のいいことを、私が考えるとは・・よほど消耗していたということか・・・)

 考えていくうちに自分自身に呆れて、サキがため息をつく。

(やはり人間だからな・・アイツからは血を吸う気にならないな・・)

 サキが後ろをついてきているアスカを気にする。

(私にもまだ、人の情があるということか・・・)

 自分自身への皮肉を感じていくサキ。

(そう・・私も元は人間・・吸血鬼に血を吸われて、吸血鬼になった・・昔のことのように思っていた・・・)

 自分がまだ人間だった頃を思い出していくサキ。彼女にとって人から吸血鬼になった瞬間は、忌まわしい出来事でしかなかった。

 

 サキがアスカと会う1年前だった。そのときはまだサキは人間だった。

 サキはとある屋敷に連れてこられた。彼女は家族を殺されて、心を凍てつかせていた。

「私が憎いか?当然だ。私はお前の全てを奪ったのだからな・・」

 サキの前に1人の男が現れて、彼女に微笑みかけてきた。サキは男にじっと、鋭い視線を向けていた。

「私を殺したいというなら好きにするがいい。だがそのときは君の全てが失われるときでもある。」

 男は悠然さを崩さずにサキに言いかける。

「私を殺して血塗られた道を進んでいくか、私にさらなる蹂躙をうけることになるかのどちらかだ。そのどちらかを選ぶか、今のうちに考えることだな。」

 男は忠告を投げかけて、サキの前から去っていく。サキは何も言わず、ただただ彼に鋭い視線を向けてきていた。

 サキは1つの部屋に入れられて、ドアにカギをかけられて閉じ込められた。それでもサキは抵抗の意思さえ見せようとしなかった。

 男に従いたいのか、男に逆らいたいのか、そのときのサキ自身にも判別できなくなっていた。

 出された料理も拒むことなく口にして、脱走しようともしない。サキはただただ部屋での時間を過ごしていた。

「君は何を考えているのか、よく分からないね、本当に・・」

 男がサキを見つめて、悠然とした素振りを見せる。

「私を殺そうとせず、私を完全に従おうとせず。ところが中途半端とも言えない信念もある。本当に侮れないことだ。」

 男が語りかけるが、サキは鋭い目つきをしたまま何も言わず、何もしてこない。

「だが何をされても、何も抵抗しないというわけにはいかないはずだ・・」

 男が右手を伸ばして、サキをつかんで抱き寄せる。彼に抱擁されて、サキはようやく表立った反応を見せた。

「わ、私に何を・・!?

 沈黙を貫いていたサキが声を荒げる。男は彼女の服を引き裂いて、体に触れてきた。

「や・・やめろ・・私の体まで・・・!」

「ようやく反応を、ようやく抵抗の意思を見せてきたな。君の素顔をお目にかかれた気がして、私は喜ばしいよ・・」

 うめくサキに対して笑みを強めて、男が彼女を押し倒す。押し付けられたサキが抗いきれず、悔しさと涙を見せる。

「そういう反応を見せてくれる・・私にとっても君にとっても、実にいいことだ・・・」

「やめろ・・これ以上、私を追い込むな・・・!」

 男にされるがままになって、サキが声を振り絞って悲鳴を上げる。

「今の君から出ている恐怖、憎悪、絶望・・ありとあらゆる感情が私を刺激してくる・・これから、退屈しなくて済みそうだ・・」

「私は・・お前のおもちゃではない・・・!」

 満足していく男にただ絶望することしかできず、サキは涙を流していた。

 

 自分が体感してきた理不尽な過去を思い出して、サキは内心憤りを募らせていた。

(ヤツは相手をムチャクチャにすることを喜びとしている。私がヤツの道楽に使われた屈辱は今も忘れない・・)

 男への敵意を募らせていくサキ。

(ヤツの野心を挫く。そうすることが、ヤツを打ち負かす唯一の手段・・)

 自分の全てを奪った男を心身ともに打ち倒すこと。それがサキの生きる理由、戦う目的だった。

 

 

File.5

 

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