Blood –Naked Hearts- File.3 狂気
怪物の襲撃で命を落としかけたアスカは、サキに血を吸われたことで吸血鬼として生き返った。しかしアスカはそのことを認めようとせず、自分たちの全てをムチャクチャにしたサキを追いかけていった。
2人は町から離れて、その先の森の中に入っていた。
(どこまで移動しようっていうの・・・!?)
止まることなく進んでいくサキに、アスカが疑問を抱いていく。彼女の様子を気に留めることなく、サキは歩き続ける。
やがて日が傾いて夜を迎えて、アスカとサキの歩く森は暗闇に包まれた。
(これじゃ、何も見えな・・)
アスカが夜の暗闇に不安を感じようとしていたときだった。明かりが差し込まない森の中で、彼女は周りがはっきりと見えていた。
「見える!?こんなに真っ暗なのに・・!?」
明るい場所にいるみたいにはっきりと見えていることに、アスカ自身驚いていた。そこでサキが立ち止まっているのに気付いて、アスカも足を止めた。
「お前も吸血鬼だ。普通の人間の能力を大きく超えている。」
「だから、私は吸血鬼なんかじゃないって言ってるじゃない!」
サキが言いかけるが、アスカは信じようとしない。
「ならばこの暗闇をどうやって見渡していられる?普通の人間には明かりがなければできない芸当だ。」
「それは・・だけど、私は・・!」
「これが現実だ・・お前がその目で見て、その体で感じている現実を・・」
困惑を見せるアスカに、サキが冷徹に告げる。
「だけど・・だけど私は・・・!」
「そんなに強情でいたいのなら好きにしろ・・どうあがいても現実は変わることはない・・」
「そんなのは現実じゃない!私は人間なんだ!」
「フン。ならばお前は私には勝てない。普通の人間ならな・・」
いら立ちを募らせるアスカと、態度も考えも変えないサキ。サキは再び歩き出して、アスカも追いかけていった。
森の中を進むアスカとサキ。2人の様子を不気味な視線が見つめていた。
「いた・・やっと追いついたぜ・・・」
夜の森の暗闇から声が響いてくる。
「それに、他の小娘も付いてきている・・楽しみに事欠かない・・」
「自分だけ独り占めしないでくれよな・・」
影に対して、別の影が声をかけてきた。
「だったら油断も手抜きもしないことだな・・獲物をかっさらわれないようにな・・」
「同じセリフを返しておくとしようか・・」
「せいぜい寝首をかかれないようにな・・」
暗闇の中から様々な声が発せられていく。影はサキとアスカを標的に決めて、再び闇の中に消えた。
森の中を進んでいくサキと、彼女を追い続けるアスカ。森の中央に差し掛かったところで、アスカはかなりの距離を歩いているのに、ほとんど疲れていないことに気付いた。
「おかしい・・ここまで歩く前に、疲れて動けなくなってるところなのに・・・!?」
「それもまた吸血鬼故だ・・だがお前はそれを拒絶しようとするのだろう・・」
驚きを見せているアスカに、サキが言葉を返す。
「今までと違う自分を知ることで、現実を思い知ることになる。時間の問題だ。」
「私はそんな間違いを聞き入れるつもりはない・・それはいつまでも変わらない!」
「フン。その強がりがどこまで続くか・・」
頑ななアスカを嘲笑して、サキは辺りを見回した。
「今日はここでいいか・・」
サキは草原の脇に並んでいる大木の1本に近づいて腰を下ろした。
「えっ!?・・こんなところで、野宿・・・!?」
就寝していくサキにアスカが唖然となった。
「わ・・私も野宿は平気だけど・・・」
アスカが気まずくなりながら、サキに目を向ける。
(寝ている間なら、アイツをやることができる・・・!)
アスカは寝ている間にサキを倒そうとする。怒りを感じていく彼女が、右手を強く握りしめていく。
(コイツがいるから、私は全てを失った・・何もかもおかしくなった・・・!)
サキへの敵意を募らせながら、アスカがゆっくりと近づいていく。彼女は握りしめた拳をサキ目がけて振りかざした。
だがアスカの拳はサキではなく、彼女が背を預けていた木に当たった。眠りについていたはずのサキが、アスカの拳をよけたのである。
「ね、寝ていたはずなのに・・・!?」
「眠っていても、周囲の空気の流れや気配には注意を向けている。お前のむき出しの殺気などイヤでも気付く・・」
驚きを見せているアスカに、サキが冷徹に告げる。
「私はいつも敵に狙われる事態が絶えない。眠りについているのを狙ってくる者も少なくない。そのために私は反射的に反応するようになった・・」
「それで、私のことも・・・!?」
「私に不意打ちは通用しない。どのような小細工もな・・」
目を見開いているアスカに、サキがさらに言いかける。
「私を殺そうというのなら、本当に私の力を凌駕しなければならない。策を弄しても無意味に等しいと言っておく。」
アスカに告げると、サキは再び眠りについた。様々な修羅場を潜り抜けている彼女は、反射的に敵を迎撃するようになっていた。
「そんな・・そんなことって・・・!」
サキを倒す隙が見つけられず、アスカが困惑を募らせていく。力のなさを思い知らされて、アスカは憤りを感じていた。
サキを倒す手段が分からず、アスカも眠りにつくしかなかった。
森の中での野宿で一夜を過ごすことになったアスカとサキ。アスカが目を覚ましたときには、サキは移動する準備を整えていた。
「ち・・ちょっと!待って!」
アスカが慌てて飛び起きて、サキを追いかけていく。サキはアスカのことを気に留めることなく、森を歩き続けていく。
アスカはサキを倒す機会をうかがっていく。しかし方法が思い浮かばず、アスカはサキの後ろをついていくばかりになっていた。
(こうなったら・・アイツを超えるくらいに力を上げるしかない・・もっと力を・・もっと力を・・・!)
サキを倒す力をひたすら願うアスカ。彼女の体から紅い煙のようなオーラがあふれ出してきた。
そのとき、サキが足を止めて辺りを見回す。
「隠れているのは分かっている・・」
言いかけてから振り向いて、サキが鋭い視線を向ける。その先の木陰から不気味な影が飛び出してきた。
「すっかりバレてるなんて・・・!?」
「なんて鋭い感覚だ・・・!」
隠れていた怪物たちが、サキに驚きを隠せなくなる。
「怪物!?・・・町に来た連中じゃない・・・!」
アスカが怪物たちを見て呟きかける。
「闇討ちは不可能ってことか・・」
「こうなったら真正面からアイツを仕留めてやる・・・!」
怪物たちがいきり立ってサキに迫る。彼らを見てサキがため息をつく。
「お前たち、そんなにムダに命を捨てたいのか?」
向かってきた怪物たちに言うと、サキが紅い剣を具現化させて手にしてきた。
「そんなもので、オレをやれると思ってるのかー!」
怪物の1体がいきり立ち、サキに向かって飛びかかってきた。だが次の瞬間に怪物の体が真っ二つに切り裂かれた。
「やられた・・こうも簡単に・・・!?」
他の怪物たちがサキの力に驚愕する。
「お前たち程度の連中、束になってかかってきても私の命を奪うことはできない。」
サキが怪物たちに鋭い視線を向ける。
(こ・・これが、アイツの強さ・・・!)
アスカがサキの力に息をのむ。下手に手を出せばすぐに殺されてしまうと彼女は痛感させられていた。
「そんなことはない・・オレがこんなヤツに!」
怪物がいきり立ち、サキに向かっていく。
「ハァ・・愚かな・・」
サキはため息をつくと、怪物たちに向けて紅い剣を振りかざした。向かってきていた怪物たちが、次々と鮮血をまき散らして昏倒していった。
「バケモノだ・・オレたち以上の、本物のバケモノだ・・・!」
怪物たちがサキを怖がって後ずさりする。
「どうする?お前たちも命を捨てたい口か?」
サキが怪物たちに鋭い視線を向ける。彼女に睨まれて怪物たちが畏怖して遠ざかっていく。
「おのれ・・次に会ったら、確実にお前を・・・!」
怪物たちが捨て台詞を吐いて、サキとアスカの前から姿を消した。
「どいつもこいつも情けないことだ・・このような姑息なマネをするくらいなら最初から出てこなければいいものを・・」
執拗に狙ってくる魔物に、サキは呆れてため息をつく。
「お前も私の命を狙うなら、己の命を捨てるつもりで来ることだな。もっとも、今のお前では瞬殺が確実だ。」
サキはアスカに忠告を送ると、振り返って歩き出していった。
(もっとも、力を暴走させて高めたらどうなるか分からないが・・私も、ヤツ自身も・・)
サキは心の中でアスカに秘められた力を懸念していた。アスカが暴走すれば自分だけでなくアスカ自身も危険に陥ると、サキは思っていた。
「それでも・・それでも私は・・・!」
アスカは込み上げてくる感情に駆り立てられて、サキを追いかけていった。
サキをひたすら追い続けたアスカ。サキを追い続けて、アスカは3日になろうとしていた。
(私、こんなに動いたのに、そんなに疲れていないし、おなかもそんなに・・・)
アスカは自分の体力に驚くばかりになっていた。
「ここまでついてくるとは大したものだな・・執念深いということか・・」
サキが足を止めて、アスカに視線を向ける。
(吸血鬼であるなら、この程度の道のりなど散歩も同然だがな・・)
サキはアスカのことを心の中でも呟いていた。
「そうまでして私を殺したいのか?私を狙うバケモノども以上に執念深いことだ・・」
「アンタは私の全てを奪った・・見逃せるわけないじゃない・・・!」
「それで私に牙を立てて、そして犬死する・・実に滑稽な人生だ・・」
「滑稽!?私たちの全てを奪っておいて、平気な顔をしているアンタのほうが滑稽じゃない!」
あざ笑ってくるサキに、アスカが怒りを募らせていく。
「力の差だとか関係ない・・アンタは絶対に仕留めないといけないんだから!」
サキに対して激高をあらわにしたアスカ。そのとき、アスカの右手に紅い剣が現れた。
アスカが手にした紅い剣を目の当たりにして、サキが目つきを鋭くする。
「血で剣を作る力を身に着けたとは・・吸血鬼の力を使いこなし始めている・・」
サキがアスカの力について呟いていく。
「だが下手にその力を使えば、お前は血の枯渇で死ぬことになる。早めに消したほうがいい。」
「アンタの言うことは聞かない!ここで終わらせて・・!」
忠告を送るサキにアスカが飛びかかる。彼女が振り下ろしてきた剣を、サキは軽やかにかわす。
アスカはいら立ちを見せながら、さらに剣を振りかざしていく。しかしサキにことごとくかわされていく。
「このまま無闇に力を使い続ければ、血がなくなるというのに・・・」
サキは毒づくと、アスカが振り下ろしてきた剣をかわすと同時に、彼女が剣を持っていた両手の腕に蹴りを見舞った。アスカの手から剣が落ちて地面に刺さる。
腕の痛みに襲われて、アスカがうずくまる。彼女の剣が霧のように消えていった。
「お前・・お前・・・!」
アスカが腕を押さえたまま、サキを睨みつけてくる。その彼女にサキが冷徹な視線を送る。
「私たちの吸血鬼の力は血を消耗する。無闇に使えば血が足りなくなり、最悪死に至る・・この力を制御できなければ、お前は破滅するしかない・・」
「違う・・私は、吸血鬼なんかじゃ・・・!」
「そこまで死に急ぎたいなら、勝手に自滅でもするのだな・・」
うめくアスカを嘲笑してから、サキが歩き出す。腕に痛みにさいなまれて、アスカがサキを追うことができない。
「待て・・逃げるな・・・逃げるな・・・!」
アスカが無理やり立ち上がって、サキを追いかけていく。何度も倒れそうになるが、サキはその度に踏みとどまる。
「逃がさない・・私は・・みんなのために・・・!」
声と力を振り絞り、アスカが前に進もうとする。
「トムさんたちの分も・・私は、生きないと・・・」
しかし意識を保てなくなり、アスカが前のめりに倒れて動かなくなった。血と体力の消耗で彼女は疲れ果てたのである。
うつ伏せに倒れているアスカの前に、サキが立っていた。
意識を取り戻して目を覚ましたアスカ。振り向いた彼女のそばにいたのはサキだった。
「アンタ・・・!?」
「気が付いたようだな・・・」
身構えるアスカにサキが言いかける。アスカは回復が完全でなく、すぐにふらついて倒れてしまう。
「軽く眠ったとはいえ、血の消耗による疲弊は生半可なものではない。すぐに動けるものではない。」
「もしかして、アンタが私を助けたっていうの・・・!?」
声をかけるサキにアスカが疑問を投げかける。
「どういうつもり・・今更罪滅ぼしをしようとでも考えたの・・・!?」
「そんな情けをするつもりはない。何の意味もないし、私に何の得もないからな・・」
「それじゃ、何のつもりで・・・!?」
問い詰めてくるアスカに、サキがため息をつく。
「お前の姿を、私自身と重ねてしまったのだ・・死や地獄に抗おうとする私とな・・」
「アンタ、自身と・・・!?」
「許せないものに向かい続け、徹底的に抗おうとする・・私と似ているのだ・・・」
皮肉を口にしていくサキに、アスカが感情を揺さぶられていく。
「冗談じゃない・・私は、アンタなんかとは・・・!」
「否定するならすればいい。これは私の勝手な言い分だ・・」
首を横に振るアスカに、サキが淡々と言葉を返す。
「それに、復讐という意味では、私も目的は同じだと言えなくもない・・」
「またそんな・・!」
「私も、他の吸血鬼に血を吸われて、吸血鬼になった・・命を長らえさせるために血を吸われたお前と違い、私は私利私欲で吸血鬼にされた・・・」
不満を募らせるアスカに、サキが自分のことを打ち明けていく。
「自分が満足するため・・それだけのために、私は・・・」
自分の記憶を思い返して、サキがいら立ちを浮かべる。彼女にとってはできれば思い出したくないことである。
「私が転々としているのは、ヤツを倒す力を求めているためだ・・今の私では、確実に力で負ける・・・」
「力・・力を求める・・・」
サキの言葉にアスカが眉をひそめる。アスカが自分の見つめている右手を握りしめた。
暗闇に包まれた部屋。その中で1人の女性が一方的に襲われていた。女性は逆らうこともできずに弄ばれていく。
「抵抗はムダだ。お前はもう私のものだ。私が何をしても、お前が逆らうことは許されない。」
女性を押さえつけている男が声をかけていく。
「お前も私の思うがままにされるだけ。おとなしく私に身を委ねればいい。」
男は女性に手を伸ばし、彼女の体を弄んでいく。男の力のある腕から逃れることができず、女性がされるがままになる。
やがて逆らう気力さえも失ってしまい、女性が呆然となってしまう。
「この程度で終わってしまうとは、もろいものだな・・」
女性を弄んでも物足りなさを感じて、男がため息をつく。
「やはりアイツでないと私の心が満たされることはないのか・・どこに行ってしまったのだ・・・」
欲情を満たすことができず、男は再びため息をつく。彼は求めるものへの欲望を強めていくのだった。