Blood –Naked Hearts- File.2 異形
意識を失っていたアスカ。彼女は夜の町の真ん中で目を覚ました。
「あれ?・・私、今まで何を・・・?」
自分に起きたことを思い出そうとするアスカ。
「気が付いたか・・」
そこで声をかけられて、彼女が一気に緊張を膨らませる。彼女の近くには1人の少女がいた。
「あなた、あのときの・・」
アスカが少女に戸惑いを見せる。
「あなたは、誰?・・私に、何を・・・?」
「お前は生きようとしていた・・死に行こうとしていたにもかかわらず、それでもお前は生に執着していた・・」
問いかけるアスカに少女が答えていく。
「だから私はお前を生かした。生き抜くためには自分がどうなっても構わないという意思を示したお前を・・」
「生かしたって・・まさか!?」
少女の話を聞いて、アスカが緊迫を募らせた。彼女はそばの水たまりで自分を見る。
「目が・・紅い・・・!?」
自分の瞳が紅くなっていることに、アスカが驚愕を覚える。彼女は震えながら少女に振り向く。
「アンタ・・まさか・・私に・・・!?」
「あぁ・・お前を生かすために血を吸った。お前は私と同じ吸血鬼となった・・」
「吸血鬼・・私が、化物の仲間に!?」
少女が口にした言葉にアスカが耳を疑った。自分が人間ではなく吸血鬼、怪物になってしまったことが信じられなかった。
「どうして・・どうして私をこんな!?」
「言ったはずだ・・お前が生きようとしていたから生かした・・生きるためならどうなってもいいというお前の意思を、私は感じた・・」
「だからって、吸血鬼にしてくれなんて・・・!」
「そうしなければ、お前は死ぬしかなかった・・生きようとするお前の強い意思を見せられなければ、私もこんなことをしようとは思わなかった・・」
アスカが怒りの言葉を言い放つが、少女は冷徹に言葉を返すだけだった。
「もうお前は私と同じ吸血鬼。その事実を覆すことはできない・・」
「そんなの・・そんなの私は認めない!」
少女の言葉を聞き入れず、アスカが憤りを募らせるばかりだった。
「ならば勝手にしろ・・何をしたところで、お前の体は人間ではない事実は変わらない・・」
「私は人間だよ!アンタたちとは違う!」
アスカは少女に言い放つと、憤りを見せたまま歩き出していった。
アスカは町の中を駆けまわっていた。怪物に襲われた人々のことを心配して、彼女は気が気でなかった。
「トムさん、みんな・・どこ!?・・どこにいるの・・・!?」
必死にトムたちを探すアスカ。進んでいくにつれて、彼女は町の被害を目の当たりにしていく。
「みんな・・怪物たちに・・・!?」
怪物によって傷つけられて、事切れた人々を目の当たりにして、アスカは愕然となる。今まで過ごしてきた場所が悲惨な光景に変わり、彼女は絶望を感じていた。
「あの怪物たちのせいで・・みんな・・・アイツだって・・・!」
アスカが怪物たちへの憤りを募らせていく。その矛先は先ほどの少女にも向けられていた。
「トムさん、お願い・・みんな・・無事でいて・・・!」
アスカが再びトムたちのところに向かって走り出していった。彼女は家にたどり着いて、中に入った。
「トムさん・・どこですか・・・!?」
アスカが呼びかけて中を見回していく。その先で彼女は仕事仲間のリョウを見つけた。
「リョウさん!」
アスカが倒れているリョウに駆け寄って呼びかける。
「リョウさん、しっかりしてください!リョウさん!」
「んん・・その声は・・アスカ・・」
アスカに声をかけられて、リョウが目を開く。
「リョウさん、トムさんは!?・・みんなは・・!?」
「分からない・・バケモノから逃げるので精一杯で・・気が付いたら、ここで・・・オレは、バケモノにやられたんだろうな・・・」
「すぐに手当てできるところへ連れて行きます!それまで頑張って!」
「いや・・オレは、いい・・・」
連れて行こうとしたアスカに、リョウが呼びかける。
「まだ怪物がいて・・まだ町で暴れている・・アスカ・・お前は逃げろ・・お前だけでも生き延びてくれ・・・」
「そんな・・リョウさんもトムさんも、私は見捨てるなんてできない・・・!」
「アスカ・・お前には生きていてほしい・・それがオレの望みで・・トムさんの願いでもある・・・」
「リョウさん・・・!」
「どうか死なないでくれ・・生きてくれ・・アスカ・・・」
アスカに自分の願いを託したリョウ。アスカに伸ばしかけたリョウの手が、力なく地面に落ちた。
「リョウさん・・リョウさん!」
リョウの死にアスカが悲痛の叫びを上げる。彼女の感情が一気に揺さぶられていく。
「バケモノ・・バケモノは絶対に許さない・・・!」
怒りを膨らませていくアスカ。すると彼女の体から紅い霧のようなものがあふれ出してきた。
「えっ!?・・な、何・・!?」
突然のことにアスカが驚きを隠せなくなる。動揺する彼女の体から出ていた霧が、だんだんと弱くなって消えていく。
「今の何!?・・私、どうなっちゃったの・・・!?」
自分の異変に困惑していくアスカ。
「まさか・・これが、吸血鬼の力・・・!?」
困惑を募らせる彼女が、たまらず自分の両手を見つめる。
「ありえない・・私がバケモノなんて、そんなこと・・・!」
自分が吸血鬼であることを必死に否定しようとするアスカ。込み上げてくる激情で、彼女は体を震わせていた。
「そうだ、トムさん・・トムさんを探さないと・・・!」
アスカは慌ててトムを探しに飛び出した。彼女は必死に家の中を探していく。
「トムさん!どこですか、トムさん!?」
「アスカ・・・」
呼びかけるアスカに向かって声がかかった。声を耳にした彼女がその場所に行き着いた。
「トムさん!」
アスカが力を込めてがれきをどかして、トムを救い出す。
「トムさん、しっかりして!トムさん!」
「アスカ・・無事だったか・・・」
呼びかけるアスカに向けて、トムが声を振り絞る。
「トムさん、すぐに病院に・・!」
「アスカ・・お前だけでも・・ここから逃げろ・・・」
抱えて運ぼうとするアスカにトムが呼びかける。
「いくらトムさんの言うことでも、それは聞けないよ!」
声を張り上げるアスカが、トムを連れて家を飛び出す。
「アスカ・・もうここもダメだ・・お前はここから出て、生き延びてくれ・・・」
「そんなこと言わないでください!生きないとダメです、トムさん!」
「オレたちのことはいいんだ・・ここでグズグズしてたら、いつまたバケモノたちが来るか分かんないんだぞ・・・」
「それでもトムさんを見捨てて生きていくなんてできないよ!」
「お前まで死んじまったら、みんな浮かばれねぇだろうが!」
助けようとするアスカに、トムが怒鳴りかかる。その弾みでトムが一気に苦痛を強めてしまう。
「お前が生き延びてくれるのが、オレたちの願いなんだ・・頼むから・・アスカ・・お前はお前が生きることだけ考えてくれ・・・!」
「トムさん・・・!」
「頼む・・アスカ・・・どうか・・・」
アスカに自分たちの全てを託して、そして自分の一途の願いを秘めて、トムは脱力した。
「トムさん!?・・しっかりして、トムさん!」
アスカが呼びかけるが、トムは動かない。
「絶対に助ける・・トムさんを死なせるわけには・・・!」
アスカが急いでトムを病院に連れて行こうとした。
「いい加減にしろ・・」
そこへ先ほどの少女がアスカに声をかけてきた。声を聞いたアスカが足を止めて、少女に振り向いた。
「あなた、さっきの・・・!」
「今のお前なら気付いているはずだ。その男の命がもうないことを。」
「勝手に決めないで・・トムさんは絶対に助けるんだから・・・!」
冷徹に告げる少女に、アスカが怒りを覚える。
「願望や感情だけではどうにもならないのが現実だ。お前の甘い考えなど通用するはずもない。」
「ワケ分かんないこと言わないで・・私はトムさんを助けるんだから・・・!」
少女の言葉をはねつけて、アスカがトムを連れて先を急ぐ。
「その考えが、過ちや後悔を招くことになるというのに・・」
少女はため息をつくと、アスカたちを追って歩き出した。
トムを病院に連れて行くため、アスカは急いでいた。2人の後ろを少女がついてきていた。
いつまでも付いてくる少女に腹を立てていたアスカだが、トムを助ける一心だったため、彼女に構おうとはしなかった。
そしてアスカたちは病院がある場所へたどり着いた。
「そ、そんな・・・!?」
アスカは目を見開いて愕然となった。病院も怪物に襲われて、ほとんど損壊していた。
「病院まで・・それじゃ、トムさんが・・・!」
一気に絶望感に襲われて、アスカがその場に膝をつく。愕然となった彼女は、思考が止まっているに等しい状態に陥ってしまった。
「それが現実というものだ・・」
少女が声をかけてきたが、アスカは何も答えない。
「何もかも思い通りにはならない。思った通りになることなど、人生の中でほんのひと握りだ・・」
少女が言いかけてアスカに近寄る。
「お前もいい加減に目を覚ませ・・」
少女がアスカに向けて手を伸ばす。そのとき、少女のその手をアスカがつかんできた。
「助ける・・こんなの絶対に認めない・・だから邪魔しないで・・・!」
アスカが低く鋭い言葉を投げかける。少女がアスカの手を振り払おうとしたが、その間もなく彼女に持ち上げられる。
(何っ!?)
その瞬間に驚く少女。彼女がアスカに力強く投げつけられる。
「邪魔しないで・・絶対にトムさんを助けるんだから・・・!」
「お前・・これほどの吸血鬼の力を・・・!?」
鋭い視線を向けてくるアスカに、少女は緊張の色を隠せなくなる。アスカは吸血鬼としての力を無意識に発揮していた。
「強くなった力に振り回されている・・このままではヤツが・・・!」
少女は歯がゆさを感じて、アスカと対峙する。アスカの瞳は血のように紅く染まっていて、全身から殺気があふれていた。
そのとき、アスカが突然目を見開いて当惑をあらわにしてきた。
「あ・・あれ・・私・・・?」
自分が何をしていたのか分からず、アスカが困惑を見せる。
「お前・・感情に任せて、自分の力に振り回されていたな・・・」
「私の、力・・どういうこと・・・!?」
「言ったはずだ。お前は人間ではなく吸血鬼になったと。その力を制御できず、お前は今暴走した・・」
体を震わせているアスカに、少女が語りかけていく。しかしアスカは真に受けることができず、絶望感を募らせていく。
「己を制御できなければ、己の力に振り回されることになる。最悪、高まる力によって暴走したまま、心を失った本物の怪物と化すことになる・・」
「私が、怪物!?・・ウソだよ・・そんなのウソだ!」
必死に少女の言葉を拒絶しようとするアスカが、絶望感を膨らませていく。
「これがお前の現実だ。どんなに否定しようと拒絶することはできない。」
「違う・・そんなの・・そんなの・・・!」
少女が言葉を投げかける前で、アスカが打ちひしがれていく。
「まだ人間がいたか・・見逃すとこだった・・」
そのとき、アスカたちの前に1体の巨大な怪物が現れた。アスカは絶望して下を向いたままで、少女は振り返ろうともしない。
「今度は逃がしはしない・・ここで思い切り楽しんでやる・・・」
「運がよかったと勘違いしているようだが・・」
不気味な笑みを浮かべて近づいてくる怪物に、少女が低い声音で言いかけてきた。
「その逆だ・・今のお前は運が悪い・・」
少女が振り返って怪物に冷たい視線を向ける。彼女に睨まれて、怪物が一気に緊迫を募らせて後ずさりする。
「この殺気・・まさかお前・・・!?」
怪物が恐怖を隠せなくなったと同時に、少女の手から紅い剣が出現した。
「し、しかし、お前を仕留められたら、オレの株が一気に上がるってもんだ・・!」
怪物が再び笑みを浮かべて、少女に襲いかかってきた。次の瞬間、少女が振りかざした紅い剣が怪物の体を切り裂いた。
「そんな・・こんな・・簡単に・・・!?」
「言ったはずだ・・お前は運が悪いと・・・」
愕然となる怪物に少女が低く告げる。昏倒した怪物に少女が再び紅い剣を振り下ろした。
周辺に血しぶきがまき散らされた。少女は冷徹な表情を浮かべたまま、紅い剣を消した。
「どいつもこいつも、私に付きまとって・・・」
怪物たちにしつこく迫られていることに少女が毒づく。彼女は絶望を感じたままのアスカに近づく。
「私はここを出る・・人間からも睨まれるのはいい気がしないからな・・・」
少女が言いかけて、アスカに背を向ける。
「お前も出ていくことになる・・このままここにいれば、自分の制御の利かない力のために迫害されることになる・・」
「ふざけたこと言わないで・・私やみんなのことを何も知らないくせに・・・!」
「お前も私のことを何も知りはしない。お前を生かした今のお前の力もな。」
不満を口にするアスカに少女は表情を変えずに言いかける。
「だがお前の吸血鬼の力、お前よりも知っているつもりだ。」
「関係ない・・私は、そんなの知りたくもない・・・」
「もはや何の目的も見失ったか・・勝手にするんだな・・・」
頑ななアスカに呆れ果てて、少女は歩き出そうとする。
「待って・・私は目的を見失っていない・・・!」
アスカが立ち上がって少女に言いかけてきた。
「私を・・私たちをムチャクチャにしたあなたを・・私は許さない・・・!」
「私を殺すことを目的にしたのか・・だがそれは不可能だ。自分の中にある力も制御できないお前が、私の息の根を止めることなどありえない。」
敵意を向けるアスカに少女が言葉を交わす。
「関係ない・・私のことは・・私たちのことは、私たちで決める・・アンタが勝手に決めるな・・・!」
「ならば勝手にしろ・・・」
鋭い視線を向けるアスカに、少女は冷めた態度のまま言い返した。歩きかけた少女がすぐに足を止めた。
「サキ・・私の名はサキだ・・・」
少女、サキが自分の名前をアスカに打ち明ける。
「覚えたよ・・私たちをムチャクチャにした相手・・サキ・・・!」
アスカがサキに対して強い敵意を向ける。しかしサキは全く動じない。
「私を殺したければ、私を追いかけてこい・・力を制御して、真の強さを得て私を殺しに来い・・」
「言われなくてもそのつもりよ・・アンタだけは、絶対に許さない・・・!」
言いかけるサキにアスカが敵意を募らせる。サキが表情や態度を変えずに歩き出していく。
「待て・・待ちなさいよ!」
アスカがサキを追って駆け出していく。サキが止まらずに進んでいく中、アスカが1度を止めた。
(ごめんなさい、トムさん、みんな・・・行ってきます・・・)
横たわるトムを見つめて、アスカが心の中で言葉を投げかけた。
「待ちなさい!逃がさないよ!」
「ならばどこまでも追いかけてくるのだな。見失わないように・・」
呼び止めるアスカに答えて、サキが先に進む。彼女を敵視して、アスカも駆け出して、住んでいた町を飛び出していった。