Blood –Naked Hearts-
File.1 出会
BLOOD
ヴァンパイアの中でも最も能力の高いとされている
自分の血を媒体にすることで様々な力を自在に操ることができる
瞳の色が昼間は紅く夜は青くなるという特徴も持っている
世界は今、異形の存在が反映した支配の世界となっていた。人間は異形の存在の支配によって迫害されて、ひっそりと暮らすことを余儀なくされていた。
そして女性は次々に連れて行かれていた。残された男たちも蹂躙、虐殺されていった。
残された人間は完全に少数となっていた。
その中で男たちに紛れて1人の少女が生活していた。
「アスカ、そろそろ戻ったほうがいいぞ。」
「うん。分かったよ、おじさん。」
少女、アスカが答えて、作業を切り上げて家に戻っていく。
アスカは幼い頃に両親を失い、彼らの友人のお世話になっていた。大変な生活であるが、さほど不自由でもなかった。
「アスカ、いつもすまないな、手伝わせてしまって・・」
「いいですよ、トムおじさん。おじさんにお世話になりっぱなしになっているから・・」
トムに声をかけられて、アスカが微笑みかける。アスカはトムやたくさんの人たちに恩返しの意味を込めてお手伝いをしていた。
「アスカ、気分は落ち着いているか?・・その、お前の家族のことは・・・」
「大丈夫です、おじさん・・今はここが私の家ですから・・」
トムが問いかけてくると、アスカが笑顔を見せて答えてきた。しかし彼女は内心悲しさを感じていることに、トムは気づいていた。
「怪物たちの支配、いつまで続くのかな・・・」
アスカが今の世界の現状を思い出して、辛さと憤りを感じていく。
世界は今も異形の存在の支配と人間たちの蹂躙が続いている。その非情な現実と現状を、アスカは素直に受け入れることができないでいた。
(私に・・もっと力があったら・・・)
この現実を変えることができない自分を、アスカは強く責めていた。彼女は自分が守りたいものを守れる自分になりたいと心から願っていた。
「アスカ、早くしないと・・」
「あ、すみません、おじさん・・・!」
トムに声をかけられたことで我に返り、アスカは慌てて駆け出していった。
トムや仕事仲間との夕食を過ごすアスカ。男ばかりの食事の場だが、アスカはすっかり慣れていた。
「アスカ、いつもいつもすまんな。お前だけはバケモンに渡したくなくてな。男の身なりをさせちまって・・」
「それは構いません。私を守ろうとしてやっていることだと、もう分かっていますから・・」
トムに声をかけられて、アスカが微笑みかける。
異形の存在によって女性が次々に連れ去られている。その魔の手から守るため、トムたちは引き取ったアスカを男の子のように育ててきたのである。
「でも、いつまでもこのままでいていいとも思っていないです・・世の中がいい方向に向かってほしいって・・・」
「アスカ・・それはオレたちが願ってることもある・・こんな世の中がいつまでも続くなんて、まっぴらゴメンだ・・・!」
本音を口にしたアスカに、トムも自分たちが抱えている不満を口にする。異形の存在に支配されてる世界に納得していないのは、ここにいる誰もが同じだった。
「きっとよくなる・・よくならないなら神様がいねぇ証拠になっちまう・・」
「おじさん・・・そうですよね・・きっとそう・・そうですよ・・」
トムの言葉にアスカが頷く。彼女も世界が本当に正しい形に戻っていくと信じていた。
アスカたちが暮らしている町から離れた森には、血に飢えた異形の存在が行き交っていた。その森の木々に血しぶきが飛んだ。
「コイツ、とんなところに現れたのか・・・!」
「殺せ!コイツはオレたちと同じでも裏切り者だ!やらないとオレたちがやられる!」
異形の存在たちが声を荒げながら飛びかかる。しかし紅い刃が振り下ろされて、彼らは一瞬にして血と肉に変わっていく。
「つ、強い・・・強すぎる・・・!」
自分たちが対峙している相手に、異形の存在は畏怖を感じていた。
「私の邪魔をするな・・命が惜しかったら・・」
鋭く低い声とともに紅い刃が振り下ろされて、さらなる血肉が飛び散っていく。
こうして、異形の存在が斬り殺されていく出来事が多発していた。
世界の情勢に怯える日常を過ごすアスカたち。それでもアスカは一生懸命に生きようと気を引き締めていた。
(これから、世界がよくなりますように・・支配なんてものがなくなりますように・・)
祈りを続けながら、アスカはいつものようにトムたちの手伝いに励んでいた。
「そういえば最近、外で物騒なことが起こっているみたい・・」
「何でも怪物が斬り殺されているとか・・」
そのアスカの耳に、近くにいた人たちが噂話をしていた。
「もしかして、世界の救世主か何かか・・?」
「でもそいつもバケモノじみた力を使うそうだ・・こっちの味方ってわけじゃないんじゃないかな・・?」
期待と不安が入り混じった会話が、アスカの耳にも入ってくる。しかしアスカは希望を抱くことができず、困惑を感じていた。
(何かあれば期待できるけど・・まだ・・・)
悲しい思いを募らせて、アスカが心の中で呟いていた。
「大変だ!バケモンがこっちにやってくるぞ!」
そこへ男が駆け込んできて、アスカたちに呼びかけてきた。その言葉にアスカも町の人たちも緊張を覚える。
「バケモノ・・ついにここまで・・・!?」
感情を高ぶらせて、アスカが怪物が出たほうに向かって駆け出していった。
町と森の境の近くに来たところで、アスカは足を止めた。
「こっちに、バケモノが近づいてきている・・・!?」
アスカは息をのんでから、そばの物陰に隠れた。すると数体の怪物が姿を現し、町に近づいてきた。
「ここに女がいるのか?」
「ちょっとひと暴れしてあぶり出すか。」
「あんまりやりすぎて、間違って殺すなよ。」
人間離れした姿かたちと体格をした怪物たちが、町を見渡しながら声を掛け合う。
「それじゃ、やりすぎない程度にひと暴れするか!」
怪物の1体が目を見開いて、両足に力を入れて大きく飛び上がった。空高く飛んだ怪物が、そのまま落下して建物の1つの突っ込んだ。
「うわあっ!」
「に、逃げろ!」
怪物の襲撃に人々が逃げ出す。怪物は不気味な笑みを浮かべると、手を伸ばして爪を人々の体に突き刺していく。
「ギャアッ!」
体を傷つけられた人々が、悲鳴と鮮血を飛ばして倒れていく。
(みんな・・町のみんなが・・・!)
襲撃されていく町と人々を目の当たりにして、アスカが驚愕していく。
(させない・・私の大切な人を、これ以上失いたくない!)
「やめて!みんなに手を出さないで!」
耐えられなくなったアスカが飛び出して、怪物たちに呼びかけてきた。
「何だ?威勢のいいのが出てきたじゃないか。」
「ちょっとは楽しめるかな〜・・?」
怪物たちが不気味な笑みを浮かべて、アスカに近づいてきた。
「そんなに私を襲いたいなら、こっちへ来なさい!」
アスカが怪物たちを挑発して走り出す。怪物たちが彼女を追って動き出す。
「アスカちゃん、もしかして自分が囮になって・・・!?」
「大変だ!トムさんに知らせないと!」
町の人たちが慌ててトムに知らせに走り出していった。
町の人たちを助けるために、アスカは自分を囮にして怪物たちをおびき寄せていた。だが別の怪物に回り込まれて、囲まれてしまった。
「ヘッヘッヘ・・もう逃げられないぜ・・」
「こんなマネをしてくれたんだ。たっぷり楽しませてもらうぜ。」
怪物たちが不気味な笑みを浮かべて、アスカに迫っていく。アスカが焦りを感じながら、それでも怪物から逃げようとする。
「ムチャが好きなヤツだな!」
「だがただの人間が、オレたちと鬼ごっこで勝てるわけないだろうが!」
だがすぐに怪物たちがアスカを取り囲む。身構えた彼女に、怪物の1体が尻尾を振りかざしてきた。
「うわっ!」
尻尾に叩かれて、アスカが壁に叩きつけられる。強い衝撃を体に受けて、彼女が吐血する。
「もろいなぁ・・ただの人間はやっぱりもろい・・」
「そのくせ偉そうにしてきて・・」
「だが女は弄び甲斐があるってもんだ・・きれいでやわらかいからな・・」
怪物たちが不満を込めて呟いていく。起き上がろうとしたアスカが、全身に痛みが走って咳き込む。
(これがバケモノの力!?・・強すぎて、歯が立たない・・・!)
怪物の人間離れした力に、アスカは絶望感を膨らませていく。
「さーて、これからもっと遊ばせてもらうとするか。バラバラになっちまうまでな・・」
怪物の1体がアスカに近づいていく。思うように動くことがままならなくなっていたアスカは、怪物の右手に捕まってしまう。
「う・・ぅぅ・・!」
怪物に締め付けられてうめくアスカ。そのとき、怪物がつかんでいる彼女の体に違和感を覚える。
「ん?んん!?コイツ、女じゃないのか!?」
「何っ!?」
怪物の1人が口にした言葉に、他の怪物たちが驚く。
「コイツか、ここに隠れてる女ってのは・・危うくあっさり叩き潰しちまうとこだったぜ・・」
苦しんでいるアスカを見つめて、怪物が不気味な笑みを浮かべる。
「おいおい、独り占めするなよ!」
「オレにも楽しませろよ!」
「うるせえって!最初に捕まえたのはオレだぞ!」
怪物たちがアスカを巡って、文句を言いだしていく。
「まずはオレからだ・・心配するな。お前たちの分もちょっとは取っとくからよ・・」
怪物がアスカを弄ぼうとしたときだった。
突然怪物たちが緊迫を感じて萎縮を見せる。この異変にアスカも当惑を覚える。
アスカと怪物たちの前に1人の人物が現れた。長身で、長い黒髪を1つに束ねてポニーテールにしていた。
「な、何だ、コイツは・・・!?」
「コイツも人間、だよな・・・!?」
「いや、違う・・この気配・・とても人間とは思えない・・ただの人間であるはずがない・・・!」
怪物たちがその人物たちに恐怖を覚える。
「ここにも潜んでいたか・・私が休める場所はないのか・・・」
人物が呟いて肩を落とす。低いながらも声色から女性であると、アスカは思った。
「ここから消え失せろ・・死にたくなければな・・」
少女が怪物たちに冷徹に告げる。怪物たちが緊迫を募らせて震える。
「恐ろしい・・恐ろしいが・・・!」
「せっかくの女という獲物を見つけたのに、おめおめと尻尾巻いて逃げられるか!」
怪物の2体がいきり立ち、少女に飛びかかってきた。次の瞬間、その怪物たちの体が突然切り裂かれた。
「えっ!?」
この一瞬に何が起こったのか分からず、アスカは唖然となっていた。
「コ・・コイツ、何をした・・・!?」
「よくもオレたちの仲間を!」
怪物たちが憤りを感じていく、少女が向けた鋭い視線に萎縮してしまう。
「早くここから消えろ・・そうすれば見逃してやる・・私はとりあえず、ここで体を休めたい・・」
少女が怪物たちに再び鋭く言いかけてくる。彼女に怯えだす怪物たちだが、その中の1体、アスカを捕まえている怪物が笑みを浮かべてきた。
「悪いが、いつまでもいい気になっていられると思うなよ・・こっちには人質がいるんだよ・・!」
怪物が少女にアスカを見せつけてきた。
「殺しにかかるなら、コイツも道連れになっちまうんだぞ・・そうなりたくなければおとなしく・・!」
「おとなしくして、そいつが助かる保証がどこにある・・・!?」
不敵な笑みを浮かべる怪物だが、少女は冷徹な態度を変えない。
「私は私が生き延びるためだけに動いている・・他がどうなろうと関係ない・・」
少女の冷徹さをアスカが息をのむ。少女が助けでないと思い知り、アスカは怪物から何とか逃げようとする。
「コイツ、オレたち以上にバケモノだぞ・・・!」
「まさに血も涙もねぇ・・・!」
怪物が完全に委縮して、少女から後ずさりしていく。その隙にアスカが怪物の手から逃れる。
「あ、おい!逃げるな!」
怪物がいきり立ってアスカに手を伸ばす。その指の爪が彼女の背中に突き刺さった。
「うっ!」
体を貫かれて、アスカが鮮血をあふれさせて倒れる。激痛に襲われて、彼女は立ち上がるどころか動くこともままならなくなってしまう。
「貴様・・そうまでして私の感情を逆撫でするか・・・!?」
少女がいら立ちをあらわにして、怪物たちに向かってきた。彼女の体から紅い光があふれ出して、剣の形になって彼女の右手に握られる。
少女が振りかざした紅い剣が、怪物の体を切りつける。
「ぐあぁっ!」
斬られた体から鮮血をあふれさせて、怪物が絶叫する。
「ま、まずいぞ!殺される!」
「に、逃げろ!」
怪物たちが慌ただしく逃げ出していく。だが少女が素早く飛び込んできて、怪物たちを次々に切りつけていく。
「逃がしはしない・・貴様たちは全員、ここで始末する・・・!」
「お、お願い!た、助け・・!」
低く鋭く告げる少女に助けを請う怪物たち。だが少女の振りかざした剣に切り裂かれて、怪物たちは昏倒した。
「どいつもこいつも、愚かなことだ・・」
少女が肩を落として不満を口にする。彼女が手にしていた紅い剣が霧散して消えていった。
「い・・いや・・・」
この場を後にしようとしたとき、少女が声を耳にして足を止めた。傷ついたアスカが力を振り絞って立ち上がろうとしていた。
「死にたくない・・怪物たちに一方的に振り回されて・・死んでいくなんて・・・」
死んでしまうことに抗うアスカ。彼女のその様子を少女が見つめる。
「こんな最後・・私は・・イヤ・・・」
「お前・・そんなに生きたいのか・・・」
死に抗おうとするアスカに、少女が低く告げる。彼女がゆっくりとアスカに近づいていく。
「そのために自分がどうなっても構わないか?死んだほうがよかったという後悔はしないか?」
少女が忠告を送るが、アスカはひたすら生きようとしていた。
「そうか・・そうまでして生きたい・・成し遂げたいことがあるのだな・・」
少女は言いかけると、アスカを抱き起してきて顔を近づけた。そして少女はアスカの首元に顔を近づけると、口を開いて牙を光らせた。
「な・・何を・・・!?」
突然のことにアスカが驚きを覚える。しかし彼女のこの疑問は、押し寄せてきた感覚にすぐにかき消された。
「あ・・ぁぁぁ・・・!」
体中を駆け巡っていく感覚に、アスカが自制心を揺さぶられていく。
(この人、もしかして、吸血鬼!?・・私、血を吸われている・・・!?)
少女に血を吸われていることに、アスカは緊迫を募らせる。
(殺される・・何とかしないと・・何とかしないといけないのに・・・!)
抵抗しようとするアスカだが、押し寄せる感覚のために体が言うことを聞かない。
(どうしてなの!?・・・だんだんと・・気持ちよくなってく・・・!)
込み上げてくる快楽にのまれていって、アスカが理性を失っていく。
(すがりたい・・この気分にすがらないと気が済まない・・・)
ひたすら押し寄せる恍惚に身を委ねていくアスカ。彼女は抵抗する意思を消して、そのまま意識を失った。