Blood Eternal Lovers- File.10 生死

 

 

 意識を集中したルナの前に、ララが現れた。彼女は横たわるように眠っており、空間の中を漂っていた。

「ララ・・ここにいたんだね、ララ・・・」

 ララを見つけられたことに喜び、ルナが笑みを浮かべる。ルナはララに近づき、その体を支える。

「ララ・・眼を覚まして、ララ・・・!」

 ルナが呼びかけるが、ララは眼を覚まさない。

「ララ・・どうしたの・・本当にこのまま眼を覚まさないつもりなの・・・?」

 眠り続けるララに、ルナは不安を覚える。

「これが、あなたが望んでいたことなの・・ララ・・・?」

 不安に駆り立てられたルナが、ララの裸身を抱きしめる。

「こんなことで満足だったの?・・こんなことで本当に・・・?」

“ルナ・・・”

 悲痛さを募らせるルナに、ララの声が伝わってきた。

「ララ・・この声、ララなの・・・?」

“ルナ・・起こすな、ルナ・・私に再び生をもたらすな・・・”

 戸惑いを見せるルナに、ララが冷淡に告げる。

「これがララの望んでいたこと・・永遠からの解放なんだね・・・」

“このまま眠りにつかせてくれるならな・・そうすれば意識は消え、死んでいるのと変わらない・・・”

「そう・・だったら、私もこのままそばにいていいかな・・・?」

“・・・お前もヤツに石にされた・・お前の好きにするといい・・・”

 ララが了承すると、ルナが彼女に体を寄せる。

 もう自分たちにできることは何もない。このまま心を壊して、死を受け入れてしまうのがいい。ルナもそう思うようになっていた。

“・・・最後にひとつ、聞いてもいいか・・・?”

「うん・・・」

 唐突のララの問いかけに、ルナが小さく頷いた。

“なぜそこまで・・私に固執するんだ?・・・やはり、私がお前を助けてくれると思っていたのか・・・?”

「最初はそのつもりだった・・でもララのことを知ったら、放っておけなくて・・」

“私の不幸を哀れむのか・・だがそんなことをしてもお前に得はないぞ・・”

「損得の問題じゃないよ・・ただ、本当に放っておけなくて・・・」

 ララと心を通わせていくうち、ルナは悲しみを膨らませていた。

「ブラッドであるために嫌われて、永遠を与えられて苦しんで・・そんなララに、私は追い討ちをかけるようなことはしたくない・・・」

“ルナ・・・”

「ララは私を助けてくれた・・今度は私がララを助けたい・・・」

“・・・まったく・・本当に物好きだよ、お前は・・・”

 ルナの想いを受け止めて、ララが内心苦笑する。

“そばにいてくれ・・そうすればもっと楽になれるかもしれない・・・私から頼む・・・”

「ララ・・・」

 ララの呼びかけにルナが頷く。2人は眠りにつき、自分たちに降りかかる災いから隔離しようとした。

(これでいい・・このまま死人に成り果ててしまえばいい・・・)

 ララが胸中で、死を受け入れる自分に憂いを感じていた。

(永遠がもたらした苦痛からの解放・・私がこれまで望み続けてきたこと・・それが叶った・・・)

 死を受け入れることができた喜びを実感しようとするララ。だが彼女は自分の中に、死を素直に受け入れようとしない気持ちがくすぶっているのを感じていた。

(それなのに、私の中に生きようとする気持ちが存在する・・どういうことなんだ・・・?)

 その気持ちに対する疑念を拭えないでいるララ。

(なぜ生きようとする?・・私はもう十分に生き過ぎた・・生き地獄に耐えかねて強く死を望み、ようやくその願いが叶ったというのに・・・なぜ生きることを望むというんだ・・・?)

 今まで抱えてきた願いとの裏腹な気持ちに苦悩するララ。考えれば考えるほど、彼女の心の揺らぎは大きくなるばかりだった。

(もうやめてくれ・・私はもう命を終えた身だ・・・)

 必死に自分に言いかけるララ。そのとき、彼女はルナのぬくもりを感じ取った。

(ルナ・・・)

 ルナの寝顔を見つめて、ララが戸惑いを覚える。

(そうか・・もしかしたら、私はルナを欲していたのかもしれない・・ルナの中にある優しさを・・・)

 ララは悟った。自分が忘れ去られていたものを、ルナが持っていたことを。それを自分が求めていたことを。

(ルナと一緒にいたここ最近のひと時が、私にとってとても安らぎのある時間だった・・それなのに、私はこれまでの愚かな人間たちと同じように考え、信じようとしなかった・・あれだけルナが信じていたというのに・・)

 感情が込み上げてきて、ララの閉ざしていた眼から涙があふれてきた。死を受け入れた者からは出るはずのない涙があふれてきていた。

(私にはまだ、生きたい、生きなければならない理由があった・・ルナと一緒の時間を過ごしたい・・・)

 ララはいつしか、ルナの体を強く抱きしめていた。

(私は死ぬことよりも、ルナとともにいることを望む・・・!)

 ルナのぬくもりを強く実感していくララ。ルナを求める気持ちに駆り立てられて、ララは眼を開いた。

「ルナ!私はまだ、生きる理由を失っていない!」

 ララがルナに向けて自分の気持ちを伝えた。

 

 ララとルナを石化し、ランは喜びを膨らませていた。この気持ちを抱えたまま、ランは新しく少女を連れ去ってきていた。

「やめて・・助けて・・・あたしを家に帰して・・・」

 少女が泣きながら助けを求める。しかしランは彼女から闇を離そうとはしない。

「そんなに怖がらなくていいわよ。すぐに楽にしてあげる。それも美しく輝かしい姿にしてあげてね・・」

 妖しく微笑むランが、怯える少女をじっと見つめる。

 

    カッ

 

 その眼からまばゆい閃光が放たれた。

 

   ドクンッ

 

 その眼光を受けて、少女が強い胸の高鳴りを覚える。その後、ランが闇を彼女から引き離した。

  ピキッ ピキッ ピキッ

 突如少女の両足が石に変わった。靴と靴下が剥がされた素足は、少女の意思を全く受け付けなくなっていた。

「ど、どうなってるの!?・・足が、全然動かない・・・!」

「ウフフフフ。石化はあなたの全身に行き渡る。そのときこそ、あなたが最高の気分になれるときなの・・」

 驚愕する少女に、ランは淡々と語りかける。

「それじゃ、これからどんどん解放していってね・・」

  ピキッ パキッ パキッ

 石化が一気に進行を早めて、少女の体を石にして、彼女の着ていた制服を引き裂いていく。

「体が・・あたし、裸に!?・・・イヤアッ!」

 自分の裸を見られて動揺する少女だが、体が石になっているため、自分の裸を隠すことができない。

「そんなに恥ずかしがることはないわ。ここにいるのは私とあなた、それにあなたのように美しいオブジェになった子たちだけだから・・」

「やめて!助けて!あたし、家に帰りたいだけなの!」

「ウフフフフ。気にしなくていいの。ここがあなたの家になるんだから・・」

  ピキッ ピキキッ

 ランの手が添えられた少女の頬さえも石に変わる。思うように力が入らなくなり、悲痛さをあらわにする少女の声が弱々しくなっていた。

「もう楽になって・・今の解放感を存分に味わうこと・・そうすればあなたは幸せになれる・・・」

「イヤ・・あたしは・・・あたし・・・は・・・」

  ピキキッ

 声を振り絞っていた唇も石になり、言葉も出せなくなる少女。

   フッ

 最後に瞳が石になり、石化を終える少女。彼女もランの手の中に落ちてしまった。

「あなたも分かるときが来るわ。オブジェになることがどれだけ幸せなことなのか・・」

 ランは妖しく微笑んで、少女の石の胸を撫でていく。

「いろいろな重荷からの解放こそが、本当の幸せ・・誰だって痛いのも苦しいのも辛いのもイヤなはずよ・・・」

 少女の石の体を撫で回していくラン。その素肌を実感して、ランは喜びを募らせていく。

「私はこれからもみんなを解放していく・・みんなが幸せになれば、それが1番よね・・・」

 少女の体から手を離して、ランが再び微笑みかける。

「ここまで揃うと本当に壮観ね。幸せな子たちがオブジェになって揃っている・・気分がよくなってくる・・・」

 部屋の中に立ち並んでいる石化された少女たちを見回して、笑みを強めるラン。

「みんな幸せ・・みんなが喜びに満ちあふれている・・すばらしいことじゃない・・・」

 軽やかに歩き回り、ランはララとルナの前に来た。2人もランに石化され、抱擁をしたまま立ち尽くしている。

「このすばらしさは、ブラッドの力や命でも手に入れられない。私が手を貸して初めて実現することなの。」

 ランはララとルナの頬に手を添える。2人の唇の重なりを眼にして、ランは笑みをこぼす。

「あなたたちは死を望んでいた・・オブジェとなったことで、今は生きることを終えて眠り続けているのかな・・・?」

 ランが問いかけるが、石になっているララとルナは何も答えない。

「あなたたちがその永遠の命のせいで眼を覚ますことがあったら、私がまた眠らせてあげる。元に戻ってしまったら、またオブジェにしてあげるから・・」

 2人に念を押して、ランが哄笑を上げた。2人が幸せになっていると思い込み、彼女は喜びに満ちあふれていた。

「それじゃ、私はまた新しい子を探しに行くわね。みんなにも幸せを与えてあげないと・・」

 ランは新しい標的を求めて、部屋を出ようとしたときだった。

 何かがひび割れる音がしたのを耳にして、ランは足を止めた。

「何か割れたのかな・・・?」

 疑問を感じながら、耳を澄まして周囲を見回すラン。ひび割れる音はさらに続く。

「ガラス、じゃないわね・・音が少し違う・・・」

 不安を覚えながら、音の正体を確かめようとするラン。彼女はおもむろにララとルナに振り返る。

 そこで彼女は、2人の石の体に入っているヒビが広がっていることに気付く。

「オブジェが壊れていく・・どういうことなの・・・!?

 眼の前で起きる現象に驚愕するラン。彼女にとってこのようなことは初めてだった。

(私は石化を解くことができるけど、今までそうしようとは思っていない・・まさか、まだ2人に心が・・・!?

 ランは動揺を感じていた。ララとルナは自力で石化を破ろうとしていた。

(もう、生きることを諦めていたんじゃないの・・・!?

 現象の原因が分からず、愕然となるラン。ヒビはランとルナの全身に広がっていく。

 そしてついにララとルナから石の殻が剥がれ落ちてきた。その中から2人の生身の体が現れた。

「どういうことなの!?私の石化を破るなんて・・・!?

 声を荒げるランがたまらず後ずさりする。生を取り戻したララとルナが、ひとつ吐息をつく。

「生き返ったようだな、私たちは・・・」

「・・どうして・・・ララ・・あれだけ望んでいたことなの・・・」

 微笑を浮かべるララに、ルナが戸惑いを覚える。

「死を受け入れたいという願いよりも、生きたいという願いのほうが強くなった・・・」

 語りかけるララが、ルナの体を抱きしめる。突然の抱擁に、ルナが動揺を膨らませる。

「お前と一緒の時間を過ごしたい・・それが私の生きる理由となった・・・」

「あのまま石になっていても、一緒にいられたのに・・・それに、こうして石化を破ったら、また永遠から来る生き地獄が・・・」

「そうだな・・私もずい分と浅はかになったものだな・・・」

 自分の考えの馬鹿馬鹿しさに、ララが苦笑を浮かべる。

「私はまだ、お前と一緒の旅をしていない・・まだわずかしかしていない・・・」

「ララ・・・ありがとう・・私のために・・・」

 ララの気持ちを受け止めて、ルナが戸惑いを覚える。だがルナは感謝を覚えて、ララを抱きしめた。

「どういうことなの!?自力で石化を破るなんて!?

 そこへランが声を荒げてきた。ララとルナが気持ちを落ち着けて、彼女に振り向く。

「私がその気になれば、お前の力などに屈したりしない。ブラッドの力で十分に打ち破れる。」

「ララが決めたことだから、私もこの気持ちを受け入れる・・・私はララと一緒にいたい・・・」

 自分の気持ちを告げるララとルナ。しかしランは納得していなかった。

「私の石化は、私が解かない限りは解けない・・たとえブラッドであったって・・・!」

「生きようという気持ちが、私たちに力を与えてくれる・・・」

 ルナが告げた言葉に、ランは困惑するばかりだった。

「もう私たちは生きるって決めた・・たとえ何度も石にされても、私たちは何度だって生き返る!」

「私たちにかけられている永遠の呪縛が、ここに来て喜ばしく思えるとはな・・」

 決意を言い放つルナと、不敵な笑みを浮かべるララ。ランは2人に対して半ば混乱していた。

「そんなの認めない・・何度だって、私がオブジェに・・・!」

 いきり立ったランが全身から闇を発する。

「私の闇は捕まえたら絶対に放さない!もう1度捕まえて・・!」

「捕まえられなければ、ただの黒い霧でしかない。」

 ララがランに向けて言いかける。ララは冷静沈着に、ランと闇を見据えていた。

 ブラッドの力を使って、紅い剣を出現させるララ。彼女はルナを抱き寄せて、闇の霧をかわしていく。

「どうして!?どうして闇で捕まえられないの!?

「闇を模しても所詮は人が作り出したもの。絶対に捕まえられるとはいえない。」

 驚愕するランに対して、ララが淡々と答える。ランがさらに闇を操るが、焦りのために2人を捕まえられないでいた。

「諦めろ。お前は私たちを捕まえることはできない。再び石にすることもできない。」

「そんなことない!せっかくの幸せから出て行くなんてありえないじゃない!」

「お前の理屈から生まれた幸せなどに頼るようではな・・」

 怒鳴るランにララが嘆息をつく。

「自分の幸せは、自分が探した先にあるんだよ・・誰かに与えられるものじゃない・・」

 ルナが真剣な面持ちでランに声をかける。

「みんなに幸せを与えているって言っているあなた自身の幸せはどうなの?・・あなたも幸せなの・・・?」

「何、いきなり?私は幸せよ。しかも他の人に幸せを分けてあげられる。その私が不幸に見えるの?」

 ルナの問いかけに対して、ランが悠然と答える。その態度を見て、ララがため息をつく。

「お前は自分に酔いしれているから、幸せがどういうものなのか理解できず、勘違いしているんだ・・」

「そんなに不幸がいいっていうの?・・・そんなの、誰も認めてくれないよ・・・」

 ララの言葉に反発して、ランが物悲しい笑みを浮かべる。彼女の放つ闇が、ララとルナを包囲する。

「これでもう逃げられない・・後は捕まえるだけ・・・」

「これで捕まえたつもりか?囲んだだけに過ぎない。」

 笑みをこぼすランに、ララも不敵な笑みを浮かべる。ララは手にしている剣を振りかざして、周囲を取り巻く闇を切り裂き、振り払う。

 紅い一閃によって退けられる闇。自分の力が跳ね返されたことに愕然となり、ランが思わず後ずさりする。

「お前の闇はもう通用しない・・・私たちは死の淵から出て、永遠を超える至福を手に入れる・・・」

 ララがランに紅い剣の切っ先を向ける。ルナも同様の紅い剣を手にして、ランを見据えていた。

 

 

File.11

 

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