Blood Eternal Lovers- File.9 石化

 

 

 ランもブラッドだった。それもゴーゴンの肉を体に宿し、ブラッドの力とは別の石化の力を手に入れていた。

「お前の使っていた石化は、ブラッドではなくゴーゴンのものだった。だから多用しても血の枯渇が訪れなかったのか・・」

 ララが呟きかけると、ランが微笑んで頷いてきた。

「みんなをオブジェにしてきたのも、ゴーゴンの力のおかげなの。ブラッドの血の代償を受けずに済んだしね・・」

「ブラッドの高い生命力とゴーゴンの石化・・とんでもない取り合わせだな・・」

「この2つの組み合わせで、私はたくさんの女性を美しくさせることができた。こんないい気分はないわ・・」

 毒づくララに答えて、ランが先ほど石化した少女の頬に手を添える。

「こんなきれいな体になれて、みんな幸せでしょうね。あなたたちにもその幸せを与えてあげないと・・」

「言ったはずだよ。私はあなたのものにはならないって。そんなの全然幸せじゃない・・いい人を振舞って自分勝手を正当化しないで・・・!」

 喜びを募らせるランに、ルナが憤りをあらわにする。だがランは少女の石の裸身から手を離さない。

「別にいい人を気取っているわけじゃない。女性としてすばらしいと思えることをしているだけ。たとえ悪者と呼ばれてもね・・」

「そういうことなの、やっぱり・・・だったらなおさら、あなたのものになるわけにいかない・・・!」

 ランの言葉を跳ね付けて、ルナが剣を構えて飛びかかる。

「・・・ここまで来たら、言葉に意味はないよね・・・」

 ランは低く告げると、黒い霧をまとった右手で、ルナが振り下ろしてきた剣を受け止める。

「えっ!?

 驚きの声を上げるルナに、ランが微笑みかける。

「闇の力は力を上げることもできるの。そして相手の力を弱らせることもね・・」

「うっ!・・何だか、力が抜けていく・・・」

 霧に力を吸い取られて、ルナが脱力していく。手にしていた剣も力の弱体化で消失する。

「後はこのままオブジェにしていくだけ・・楽しみになってくるでしょう?」

「放して・・私は、まだ・・・!」

 哄笑をもらすランに、ルナが苦悶の表情を浮かべる。そこへララが飛び込み、ルナを霧から引きずり出す。

「大丈夫か、ルナ!?眼を覚ませ!」

「ララ・・・」

 ララの呼びかけで、ルナが薄れていた意識を覚醒させる。そこへ漆黒の霧が飛び込み、2人は捕まってしまう。

「ぐっ!しまった!」

「ウフフフフ。また捕まえたわよ・・」

 うめくララにランが妖しく微笑みかける。

「さて、あなたたちはどんな素肌を見せてくれるのかしらね・・」

 ランは言いかけると、ララとルナをじっと見つめる。

 

    カッ

 

 彼女の眼からまばゆい閃光が解き放たれた。

 

   ドクンッ

 

 その眼光を受けたララとルナが、強い胸の高鳴りを覚える。その衝動にルナが絶望感を覚える。

「これであなたたちも私のもの・・あなたたちも美しくなれて幸せになれる・・」

  ピキッ ピキッ ピキッ

 ランが呟きかけた瞬間、ララとルナの体が石化を引き起こす。上着が引き裂かれ、あらわになった胸が白く冷たくなり、さらにヒビが入っていた。

「か、体が・・思うように動けない・・・!」

「ウフフフフ。ムダよ。あなたたちはこのままオブジェになっていくだけ。きれいな素肌を私に見せてね・・」

 困惑するルナに、ランが妖しく語りかけてくる。

「祈ってあげるわ。あなたたちが意識を消して、永遠の生き地獄から抜け出せるように・・」

「・・ここが私の終焉か・・いい気はしないが、これでこの生き地獄から抜け出すことができる・・・」

 ララが永遠からの解放を実感して、物悲しい笑みを浮かべる。だがルナは自分の体の変化に不安を覚えていた。

  ピキッ ピキキッ

 石化がさらに進行し、ララとルナの下半身を蝕み出した。下腹部もさらけ出し、2人はほとんど裸になっていた。

「何とかしないと・・ララ、しっかりして!このままじゃ、取り返しがつかなくなるよ・・」

「もういいんだ・・それは私が望んだことでもあるのだから・・・」

「ララ・・・」

 ララの揺るぎない決意に、ルナはこれ以上かける言葉が見つからなかった。

「すまない、ルナ・・これが私の終幕だ・・・」

  ピキキッ パキッ

 石化がララとルナの手足の先まで到達し、2人の動きを封じ込めてしまっていた。

「もう、どうすることもできない・・私も、ここまでみたいだね、ララ・・・」

「ルナ・・・本当にすまない・・・」

  パキッ ピキッ

 首元、髪、頬も石に変わっていた。その直前、ララとルナは唇を重ねていた。

  ピキッ パキッ

 その唇さえも石に変わり、2人の意識は薄らいでいた。

(これで終わる・・どんなに死にたいと願っても死ぬことのできなかった永遠の呪縛が・・これで、私の全てが終わりを迎える・・・)

 解放感を実感するララの眼から涙があふれてきた。

    フッ

 その瞳にヒビが入り、ララとルナは完全に石化に包まれた。2人もランの毒牙にかかり、一糸まとわぬ石像と化していた。

「これで私の心残りが消えたわ・・そして2人に宿っている、永遠も・・・」

 ランが石化した2人を見つめて、満足げに頷く。

「たとえ永遠であっても、最高の美しさに敵うものはないのだから・・あなたたちも、それを実感したはずよ・・」

 ランは言いかけると、ララとルナの石の体を抱きしめる。

「ブラッドが2人。しかも永遠の命を持っていた・・コレクションの中でも上位ランクね・・」

 石の肌を撫で回して、ランが高揚感を覚える。

「永遠を生きてきたあなたたちには辛く思えてしまうかもしれないわね・・でもすばらしいことが永遠に続くことは、決して辛いことじゃない・・」

 腕や足を撫で回し、さらには頬ずりまでするラン。しかしララもルナも全く反応を示さない。

「これがあなたたちが求めていた本当の幸せ・・これであなたたちは、やっと心が休まる・・・」

 ランはララとルナを抱えて、適当な場所に置く。2人も彼女のコレクションに加わることになった。

「美しいオブジェたちがこうして立ち並んで、その美しさを堪能している・・私にとっても喜ばしいことね・・・」

 石化された女性たちを見回して、ランが妖しく微笑む。

「でもこれで終わりじゃない。世界にはまだまだ美女がいるのだから・・・」

 ランはきびすを返すと、音もなく姿を消した。

 

 ララとルナは石化された。人とは違う無機質な存在にされ、意識さえも失わせる状況に陥れられていた。

 ララはこのまま意識の喪失を受け入れようとしていた。意識がなくなったままになれば、死んでいるのと同じだから。

 だがルナは意識を保とうとしていた。彼女は完全に死を受け入れようとはしていなかった。

(私、まだ死んでいない・・天国じゃないのは確か・・地獄、なのかな・・・?)

 漆黒の空間の中で、ルナが心の声を上げる。

(私も吸血鬼・・地獄に落とされても仕方がないのかな・・・)

 自分の末路に沈痛さを感じていくルナ。

(ララは満足しているのかな・・そうだよね・・ずっと死を望んでいたんだから・・ずっと生きることに辛くなってたんだから・・・)

 ルナがララの安否を気にし始める。

(これで終わりなのかな・・このまま終わることができれば、嬉しいことはないよね・・終わらせたくても終われなかったんだから・・・)

 ララの気持ちを受け止めようとするルナ。だが受け入れようとすればするほど、心の奥底で何かがくすぶっている何かが揺らいでくる。

(本当に、満足だったのかな・・ララ・・・)

 ルナの意識はララに傾いていた。このまま終わって本当に満足なのか、彼女は疑問を感じていた。

(放っておけない・・ララを放っておけない・・・ララを、助けてあげたい・・・)

 ララへの気持ちを抱えたまま、ルナは空間の中をさまよっていった。

「ララ・・どこにいるの、ララ・・・?」

 ララを求めて空間を進んでいくルナ。

「最初は単純に助けてもらいたかった・・そのためなら、私がどうなってもいいとさえ思っていた・・でも今は、ララに会いたい・・ララを助けたい・・・」

 ララへの想いに駆り立てられるルナ。しばらく空間をさまよったときだった。

 漆黒の闇の中で、ひとつの光が輝いているのを発見するルナ。

「あれは・・・?」

 ルナはその光に向かって進んでいく。そこに何かがあるのではないか。そこに自分の求めている答えがあるのではないのか。彼女はそう思えてならなかった。

「もしかして、そこにララがいるの・・・?」

 ララを求めていたルナは、導かれるように光の中に飛び込んでいった。

「えっ・・・?」

 その直後、彼女の視界に青空が開けてきた。地上は野山や草原が広がっており、自然に満ちあふれていた。

「ここはどこだろう?・・私の知っている場所じゃない・・・」

 やってきた場所がどこなのかを確かめるため、ルナは周囲を見回す。

 そのとき、ルナはここでようやく、自分が宙を浮いていることに気付く。

「どうしたんだろう?・・やっぱり、死んでいるのかな・・・」

 不安を感じながらも、ルナはララを追い求めて草原を探る。草原であっても、人1人いないのは滅多にない。

「そっちに逃げたぞ!追え!追うんだ!」

 そこへ声がかかり、ルナが振り返る。すると草原の道を1人の少女が駆け抜けてきたのを発見する。

 その少女は紛れもなくララだった。

「ララ・・・!?

 ララの登場に眼を見開くルナ。直後、ララを追って数人の男たちが棒や銃などを持って現れた。

(ララが追われている・・助けてあげないと・・)

「ララ!」

 ルナがララを助けようと降下する。だがララに触れようとしたとき、ルナの体が彼女をすり抜けた。

「えっ!?

 何が起こったのか分からず、ルナが驚きの声を上げる。この現象に気付かないまま、ララは走り去っていった。

 彼女を追いかける男たちも、ルナを突き抜けていった。ルナの存在に気付いていないかのように、彼らもそのまま走り去っていった。

「みんな私に気付いていないみたい・・まるで私がここにいないみたいに・・・もしかして私、本当に死んでいるんじゃ・・・!?

 何が起こっているのか全く分からなくなり、困惑するルナ。

「とにかくララを追いかけないと・・ララ、追われてたから・・」

 ルナがララを追って、草原を進んでいった。

「でも、みんなに触れない私に、何ができるのかな・・本当にどうしたら・・・」

 だが進行するに連れて、ルナは不安に駆り立てられた。今の自分に何ができるのか、彼女は分からなくなっていた。

「それにしても、あのララ・・少し若かった・・・どういうことなのかな・・・?」

 不安と疑問を抱えていくルナは、その答えを見つけようと、彼女は思考を巡らせる。

「もしかして、昔のララでは・・・!?

 ルナはひとつの答えを見出した。彼女はララの過去を見ていたのだ。

「ララはブラッドだったために、人から厄介者にされていた・・このときも人から追われていた・・・」

 ララの過去を改めて知って、ルナが困惑する。

「ララの過去だから、このときのララを助けることはできない・・幽霊みたいに漂っているのも納得のいくことだと分かったよ・・・」

 ようやく納得したルナが、改めてララを追いかけた。彼女の心を真剣に垣間見るため、ルナは記憶を巡ろうとしていた。

 しばらく進んだところで、ルナは悲惨な光景を目の当たりにした。

 ララを追っていった男たちが、体を切り刻まれて倒れていた。その真ん中には、血まみれの姿のララが立っていた。

「ララ・・・追ってきた人たちを・・・」

 血まみれになっている男たちを見下ろして、ルナが息を呑む。

 追われる身のララは、力を使って敵を次々と葬ってきた。罪深いこの行為も、全ては自分の生のためである。

「他人など信じられるものか・・私をどこまでも追い詰めていく・・・」

 ララが苛立ちを噛み締めて呟きかける。その言葉がルナには痛かった。

「ブラッド・・血を吸う吸血鬼・・・それだけで人に憎まれたら辛いよね・・・」

 ララの辛さを感じて、ルナが物悲しい笑みを浮かべて呟きかける。

 紅い剣を振りかざして刀身についた血を払うと、ララは無言で歩き出していく。

「ララ!」

 ルナが慌ててララを追いかけていく。が、ララの姿が周囲の風景とともに消失していく。

「えっ・・・!?

 突然の出来事に眼を見開くルナ。景色は一瞬にして漆黒に染まり、すぐさま新しい景色へと変化していった。

 そこは先ほどとは別の草原だった。時刻は夜で、満月が不気味に空に輝いていた。

「ここもララの過去・・ここで何があったの・・・?」

 ルナが当惑しながら周囲を見回す。すると森からララが飛び出してきた。

 ララは草原に足を踏み入れたところで立ち止まった。彼女の前に黒ずくめの女性が立ちはだかっていた。

「お前も私の邪魔をするのか・・・?」

「これ以上お前の勝手にはさせないぞ。ここで葬らせてもらう。」

 眼つきを鋭くするララに女性が言いかける。2人の対話にルナが緊迫を覚える。

「もしかしてあの人、ララに永遠の呪縛を与えたエクソシスト・・・!?

 ルナが声を上げるが、ララにも女性にも伝わっていない。ララの攻撃を女性が素早くかわす。

「動きは素早いようだな。だが人間がブラッドに勝てるはずがない。」

「確かに私には、お前を確実に命を奪うことはできない。だがお前に死よりも重い苦痛を与えることはできる。」

「どういうことだ?何を企んでいる?」

「受けてみれば分かる。だがこれだけは事前に教えておく。これを行えば、私の命は尽きることになる・・・!」

 そのとき、ララの足元に魔法陣が展開される。彼女に永遠の呪縛がかけられた瞬間だった。

「これはある呪縛を与えるための禁術・・その呪縛とは、永遠の命・・・この印を刻むことで、お前は終わりなき生を痛感することになる・・・」

 その呪縛をかけた後、エクソシストは命を落とした。この瞬間、ララは永遠の生き地獄を始めることになってしまった。

「この私に永遠の命が与えられただと・・ならば喜ぶべきだろう・・・何を考えていたのだ、ヤツは・・・」

 女性の行動にララは疑問を抱かずにいられなかった。彼女はさらなる追っ手を振り切るために、草原から駆け出していった。

「あの人が、ララに永遠を与えたんだね・・自分の命を捨てて・・・」

 ララの悲劇を改めて知って、ルナは胸を締め付けられる思いに駆り立てられる。

「でも、これらがララの過去、記憶だとしたら、本物のララはどこにいるの・・・?」

 ルナは改めてララを探し求めていく。彼女は眼を閉じて、意識を集中する。

 ルナの心からララの記憶が出て行き、周囲が再び漆黒の空間へと変わっていく。気持ちを落ち着けてから、ルナは眼を開いた。

 その眼前にララはいた。彼女は横たわるように眠っており、空間の中を漂っていた。

 

 

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