Blood –Eternal Lovers- File.7 生命
ブロンズ像にされたはずのララとルナが生きていたことに驚愕する男。ララが紅い剣を出現させて、その切っ先を男に向けた。
「どうやらお前のもたらす死は、私の命を終わらせることはできなかったようだな。」
「バカな!?たとえ人間でなかったとしても、私の罠に落ちた者が生きていられるはずがない!」
不敵な笑みを見せるララに、男がさらに声を荒げる。彼には普段の冷静さ、悠然さは消えていた。
「言ったはずだ。私には永遠の呪縛が施されていると。心臓を貫かれても首をはねられても、再生し続けることになる・・」
「まさかその永遠の命が、私のもたらす死すらも跳ね除けるものとは・・・!」
ララの不老不死を目の当たりにして、男が息を呑む。
「私は私に死を与える者を探している。私を殺せないヤツを野放しにしてはややこしくなる。」
「残念だが私は潰えるわけにはいかない。まだ私の心は満たされていないのだからな。」
敵意を向けるララに、男が低い声音で言い返す。彼は意識を傾けて、彼女の影を操る。
だがその影が突如元の静けさを取り戻した。
「どういうことだ!?影が操れない!」
影が操れないことに再び驚愕する男。ララの影には紅いオーラが伝達されていた。
「自分の影に力を注ぎ込んだ。お前の力は私の力に阻まれて、影を操ることはできない。」
「まさかこのようなことで、私の力が破られるとは・・!」
鋭く言いかけるララに、男は愕然となる。
「たとえ動きを止められなくても、罠にかけることはできる!」
いきり立った男が、ララとルナに向けてカプセルを投下させる。だが2人は素早く動き、カプセルから逃れていた。
「罠が迫ってくる流れは決まっている。それを理解できれば、よけることなど造作もない。」
「こんなことが・・私の力が、全て通じないなど・・・!?」
言いかけるララに対して攻め手を全て失い、男は戦意を失っていた。
「これで終わりだ。ここでお前が死を味わうがいい。」
「や、やめろ!私はまだ命を終えるわけには・・!」
迫るララに男が言い放つ。その男に向けて、ララが紅い剣を振りかざす。
男の体が両断され、鮮血をまき散らしながら倒れ込む。
「そんな・・この私が・・・」
「自分に酔った愚か者が。命を代償にしてその罪を償え。」
絶望する男に冷徹に告げるララ。紅い剣を消して、彼女は歩き出す。
「行くぞ、ルナ。もう用はない。ここにもこの男にも・・」
「う、うん・・でも・・・」
呼びかけるララに、ルナが困惑を見せる。
「男は女たちを死に至らしめている。助けることはできない。」
ララはそう告げると、改めて歩き出した。ルナもその後を追う。
「私に死をもたらしてくれるものは、いったいどこに・・・」
永遠からの脱出を願うララが呟きかける。苦痛から逃れたいという意思が、彼女の心を凍てつかせていた。
そのとき、ルナが突然ララを後ろから抱きしめてきた。突然のことにララが眼を見開く。
「何のマネだ?私に不服なのか?」
「違う。そうじゃない・・でもそんなに思いつめないで・・・」
声をかけるララに、ルナが沈痛さを込めて言いかける。
「お前に心配されるほど、私は落ちぶれてはいない。そうだろう・・」
「ララが辛くなっているのが分かる・・だって私はもう、ララのことを知ったから・・・」
「私のことを知った、か・・知った風なことを・・・」
ルナの心境を聞いて、ララが思わず苦笑をこぼした。
「お前も時期に理解するだろう。永遠から抜け出すのが、どれほど困難なものなのか・・」
「分かっているつもり・・ララがこれだけ辛いんだから・・・」
互いに笑みをこぼすララとルナ。
「今夜も付き合ってもらうぞ。今は体力と血を消耗しすぎた・・」
「血なら私のを分けてあげるよ。そんなに使っていないから・・・」
「じっくりいただくとしよう。うまく加減をしておいてやる・・」
言葉を交わし、ララとルナは歩いていった。
男の死によって、奇怪な事件は突然の終幕を迎えた。だが警察は犯人が誰なのか特定できないまま、調査を終えることとなった。
その後、ララとルナは廃屋で休息を取っていた。
「ここなら人目もないだろう・・」
ララは呟きかけると、着ていた衣服を脱ぐ。その途中で、彼女は思考を巡らせていた。
(私はなぜ、ここまでルナに肩入れしている?・・なぜあの時、私の過去を打ち明けたのだろう・・・?)
自分に対して疑問を浮かべるララ。
(それに、私は恐れているのか?・・またルナが性欲に駆り立てられて、私に触れることに歯止めがかからなくなることを・・・)
ララが衣服を脱いでいるルナに眼を向ける。
(私はこれまで多くを知ってきた。知りたくもなかったことも含めて・・世界への憎悪以外に、私が抱く恐怖があるというのか・・死を求めている私が・・・)
膨らんでいく疑問が、さらなる不安と恐怖を植えつけていく。ララは自分では割り切れない気持ちに駆り立てられていた。
「ララ・・・」
そこへルナが声をかけ、ララが我に返る。
「あぁ・・始めようか・・・」
ララは声を返すと、ルナを抱きしめて、そのまま横たわる。
「私の血を吸え・・私の体を弄べ・・」
ララに促されて、ルナが彼女の体に触れていく。彼女に胸を撫でられて、ララが顔を歪める。
「ララ・・我慢ができない・・何もかも奪いたくなってきた・・・」
ルナが高揚感を募らせて、ララに顔を近づける。ルナがララに首筋に牙を入れてきた。
「待て、ルナ・・血を吸うのは、お前では・・・!」
ララは言いかけて、ルナの胸に手を当てた。その衝動でルナはたまらずララから顔を離す。
「落ち着け、ルナ・・少し頭を冷やせ・・・」
「ララ・・・ゴメン・・でも、どうしても抑えられない・・ララに触れることが、血を吸いたくなることが・・・」
ルナが口にした言葉に、ララが息を呑む。ルナは吸血衝動に駆り立てられていた。
「お前、血を吸っていないのか・・・!?」
ララが問いかけると、ルナは沈痛の面持ちを浮かべて頷く。
「人から血を吸うなんて、そんな罪深いこと、私はしたくない・・」
「だがそうやって拒んだとしても、本能的に血を吸うことを欲することになる。いずれは無意識に誰かの血を吸うことになるだろう。今のように・・」
「それでも、私は他人から血を吸いたくない・・・」
「お前がどんなに血を吸いたくなくても、お前は血を吸うことになる。吸血衝動が拒絶の意思を上回ることになる。」
「それでも・・それでも・・・」
あくまで血を吸うことを頑なに拒否するルナ。彼女の心境に呆れて、ララがため息をつく。
「そこまで人から血を吸うのがイヤなら、私から血を吸い取れ。私が代わりに他人から血を吸ってやる。」
「それもダメ・・結局は同じだよ・・・」
「わがままを言うな。こうでもしなければ、私もお前も血に飢える・・」
ルナの言葉にララは完全に呆れ果てていた。
「もういい。今は体であたため合うことにする。今夜はそれで心を落ち着ける・・」
「ララ・・・うん・・それで行こう・・・」
ララの言葉にルナが頷く。2人は互いを抱きしめて寄り添いあい、そのぬくもりを確かめる。
(本当にどうしてしまったのだ、私は?・・なぜそこまでルナに肩入れする?・・なぜ突き放せない・・・?)
ララは歯がゆさを感じていた。彼女は同時に、冷徹になれない自分を嘲っていた。
(ずい分と甘くなったものだな・・昔なら割り切れたはずなのに・・・いや・・・)
ララは昔の自分をいつしか思い返していた。
(昔の私は、本当は心優しかったではないか・・人間の迫害によって、私はその心を忘れていたようだ・・・)
自分を見失っていたと思い、ララは胸中で苦笑した。
(私は今、心から信じられるものを取り戻したということか・・)
ララは実感した。いつしか自分が心を忘れていたことを。そしてその心を、ルナが思い出させてくれたことを。
(私に、失いたくないものができたということか・・だが私たちは、死を求める生きる屍・・大切なものなど、願ってはいけない・・・)
永遠の呪縛から逃れたいと願うため、ララはルナへの想いを封じ込めることにした。
「ララ・・どんなことだって、必ず終わりが来るよね・・・?」
そこへルナがララに囁きかけてきた。するとララは吐息をもらして答える。
「もちろんだ。いつまでもこの苦しみが続いてたまるものか・・」
「うん・・信じよう・・いつか楽になれることを・・・」
ララの言葉にルナが頷く。2人は快楽とぬくもりを感じながら、一夜を過ごすのだった。
漆黒の闇が支配する部屋の中。その真ん中で、1人の少女が恐怖を膨らませていた。
少女の着ていた衣服はボロボロになっており、あらわになっている素肌が固く冷たくなっていた。
「ウフフフフ。いいわよ。どんどん美しくなっていく・・」
その少女の姿を、妖しい笑みを浮かべて見つめる女性が見つめていた。彼女が少女に石化をもたらしていたのである。
「イヤ・・助けて・・私、石になんてなりたくない・・・!」
少女が涙ながらに女性に助けを請う。
「別に怖がることはないんじゃないの?美しくなれるんだから・・」
「イヤッ!助けてください!何でもしますから、元に戻してください!」
妖しく微笑む女性に、少女がひたすら助けを求める。
「本当に何でもするの?」
「は、はい・・・!」
女性が問いかけると、少女が喜びをあらわにする。これで助かるものかと彼女は思っていた。
「だったら、このまま美しいオブジェになってね・・・」
「えっ・・・!?」
女性が口にした答えに、少女が表情を凍らせる。絶望に満たされていくと同時に、彼女の体が石に変わっていく。
「やめて・・・助けて・・・」
やがて助けを求める声も出せなくなり、少女は完全に石化に包まれた。石化の進行と同時に破損していった衣服も完全に引き剥がされ、彼女は生まれたままの姿となっていた。
「また1人、私のコレクションが増えた・・あなたもいつか、オブジェの美しさに感動を覚えるときが来る・・」
石化した少女を見つめて、女性が満足げに頷く。
「この調子でもっともっとオブジェを増やしていくわよ。美女がオブジェになってさらに美しくなっていく瞬間が、本当にたまらないわ・・」
感嘆の声を上げて、女性が少女を抱えて、適当な位置に置く。その周囲にも全裸の美女の石像が立ち並んでいた。
いずれも女性によって連れてこられ、少女のように石化されていた。女性は美女を石化してコレクションしていたのである。
「それにしても、この前のあの子を逃がしたのはちょっと痛かったわね・・かわいかったのに・・」
女性が標的を取り逃がしたことを思い出す。
「他の子をオブジェにしたからよかったけど、もったいないわね・・また見つけられればいいけど・・」
取り逃がした少女に関心を向ける女性。
「いつかは世界の美女全員をオブジェにすることになる。あの子ともまた会えるわね・・」
女性は少女への期待を宿すことにした。彼女の欲望は留まることを知らなかった。
「そういえばブラッドが1人、闇に紛れて魔物を始末しているみたいね・・・」
女性があることを思い返して、再び笑みをこぼす。
「そのブラッドも女・・血に飢えた吸血鬼をオブジェにするのも、面白いかもしれないわね・・」
女性は次の標的を定めた。彼女はブラッド、ララの顔を思い浮かべていた。
深い抱擁の中で一夜を過ごしたララとルナ。先に眼を覚ましたララは、外をじっと見つめていた。
(終わりのないものはない、か・・そう願うばかりなのに、未だに願いが叶わない・・・)
現実の非情さを思い返すララ。それでもその非情の壁を打ち破って、死を迎えなくてはならない。彼女はそう思っていた。
「ララ・・やっぱりララが先に起きていたね・・・」
そこへルナが眼を覚まし、ララが振り向く。
「すぐに出るぞ、ルナ。じっとしていても何も起きないからな。」
ララは低く告げると、ルナは微笑んで頷いた。2人は自分の服を着て、廃屋から外に歩き出した。
「やはりお前を狙った誘拐犯を見つけ出す以外にない。今分かっている範囲で、私たちが永遠の呪縛から逃れる道は、ヤツの力ぐらいだ・・」
「でも私は怖い・・私を狙った誘拐犯を見つけようとすることに・・・」
ララが言いかけると、ルナが沈痛の面持ちを浮かべる。
「このまま苦痛の生を歩み続けるくらいなら、別の何かに掌握されてしまったほうが楽だ。お前はそう思わないのか?」
「それが本当に楽ならそれがいい・・でも不安なのも私の正直なところ・・」
「・・・お互い、正直者ということか・・・」
ルナと会話していくうちに、思わず苦笑を浮かべるララ。
「不安を抱えてじっとしていても、その不安が増えるだけだ。ならば迷いを切り捨てて歩いていく・・」
「・・ララらしいね。迷いなく真っ直ぐに突き進んでいく・・・」
ララの心境を受けて、ルナがおもむろに笑みをこぼす。
「そういうことだ。お前も最後まで付き合ってもらうぞ。たとえお前にとって腑に落ちない結末であっても・・」
ララの言葉にルナが頷く。たとえあの誘拐犯に石化される末路を辿っても、自分たちを縛り付けている永遠を解き放たなくてはならない。
2人が目指しているのは、永遠を超越した死しかなかった。
(そうだ・・私は死を求め続ける・・ルナと一緒なら、どんなことも怖くはない・・・)
ララはいつしか、無意識に抱えていた自分の恐怖を跳ね除けていた。その恐怖は、世界に対する疑心暗鬼が生み出したものだった。
(今は信じてみたい・・ルナを信じてみたくなった・・ルナの優しく、そして強靭な想いを・・・)
ルナへの信頼を強めていくララ。これからはともに同じ時間を過ごしていきたいと、彼女は強く願っていた。
自分を脅かしていく敵に対して、ララは力でねじ伏せていく。そしてルナの代わりにその人間から血を吸い取り、自分の血をルナに吸わせていた。
ルナはこのやり方にも納得してはいなかった。しかし吸血衝動を抑え込むには血を吸う以外になかった。
「血を吸うことが罪ならば、お前の代わりにその罪を背負う・・・」
「ありがとう、ララ・・私のために・・・」
「気にするな。もうこれ以外に手段がないからな・・」
言いかけるルナに、ララが憮然とした態度を見せる。
「行くぞ。まだ手がかりは見つけていないのだから・・・」
「うん・・・」
ララとルナは再び歩き出していった。自分たちが行き着く場所を目指して。
だがその2人を見つめる女性の眼差しがあった。
(血のにおいを頼りに来てみたら、やっぱりいたわね、ブラッド・・)
探していた標的を発見して、女性は妖しく微笑む。
(しかも、あのとき逃がしたあの子と一緒とはね・・まさに一石二鳥・・・)
女性はさらに、ルナまでも標的に定めていた。
(待っていて・・2人一緒に、美しくしてあげるから・・・)
期待に胸を躍らせて、女性がこの場から姿を消す。彼女の欲望が今、ララとルナに迫ろうとしていた。