Blood –Eternal Lovers- File.6 過去
山奥に点在する小さな村。そこから離れたほこらで、1人の少女が横たわっていた。
ララ・ルームベルト。ある吸血鬼の一族の最後の生き残りである。
一族は自分たちが吸血鬼であることを公にはしていなかった。彼ら自身も無闇に人から血を吸うことはしなかった。
だが人々は彼らが吸血鬼と分かった瞬間から、自分たちを脅かす敵として迫害するようになった。傷つけるつもりのない彼らを容赦なく殺戮し、屋敷も焼き払われた。
ただ1人、ララだけが人々の危害を受けることなく、逃げ延びることができた。
ララはそれ以後、家族を殺した人間を憎むようになっていた。だがそれでも無闇に人を手にかけたり、力を使うようなことはしなかった。それは自分自身のためであり、家族の願いでもあった。
それからララは人々の目から逃れるように旅を続けてきた。人々から離れていても、自給自足する力は彼女にはあった。
やがて追跡者の影も消えて、ララは平穏な時間を過ごすようになっていた。
だがそれでも人々は吸血鬼の迫害をやめたわけではなかった。
普段は平穏に過ごしていても、吸血鬼と分かった瞬間から敵視を向けられることになる。この排他的な差別が、ララの心を追い詰めていた。
ルームベルト家が崩壊してから1年が経過した。
依然として村から離れたほこらで過ごしていたララ。吸血鬼の存在が噂されてはいたが、吸血鬼討伐の動きは見られなかった。
(このまま何もなければいいのだが・・・)
ブラッドの宿命で傷つけ合ってはならない。ララはそう願っていた。
この村では時折魔物が寄り付くことがあった。この過疎の村が襲われても騒ぎになることはないと踏んで現れるのだろう。
だがその全てを、ララはこれまで撃退してきた。魔物の噂が出ても村人が確証を得られなかったのも、そのためであった。
このほこらを訪れる人がいないわけではなかった。ララはその人を冷徹な態度を見せて追い払っていた。
ララは人との関わりを持とうとはしなかった。関われば自分がブラッドであることが露呈されることになるからだ。
(これでいいんだ・・私はブラッド・・血を吸う吸血鬼・・人と交わることなど決してありえない・・・)
自分の運命を呪いつつ、自分の最善手を選ぼうと懸命になるララ。
(このまま平穏に過ごせればいい・・神が存在しているなら、このまま楽にさせてくれ・・・)
ララは祈っていた。このまま平穏に時が過ぎていくことを。
だが、現実は彼女の願いを無慈悲に打ち砕いた。
村を狙う魔物の中には、人の姿に化けて忍び込もうとする者も少なくなかった。だがララの五感は、その変身さえも見抜いていた。
結果、村がこういった魔物の暗躍で危機に陥ったことはなかった。
(賛美を受けない英雄、というところか・・吸血鬼が英雄呼ばわりされるのもおかしな話だが・・・)
自分の行為を皮肉に感じて、ララは思わず苦笑を浮かべる。
(それにしても、なぜ私は人間から魔物を守っているのだ?・・私の家族を殺し、私に苦痛を与えた人間を・・なぜ・・・?)
一抹の疑問を覚えるララ。しかし気分の悪いものでなかったため、彼女は安堵していた。
近くに魔物がいる気配がない。そう感じたララは、束の間の睡眠を取ることにした。
だが次に彼女が眼を覚ましたときには、村に惨劇が起こっていた。
村からの騒然さを感じ取り、ララがほこらから飛び出してきた。村から漂ってくる血の臭いを嗅ぎ取って、彼女は緊張感を覚える。
「まさか、村に魔物が入り込んだのか・・・!?」
ララはたまらず村に向かって駆け出していた。村に近づくに連れて、血の臭いが濃くなってきた。
(この私が、魔物の気配に気付かなかったとは・・こんなことは今までなかったはずなのに・・・!)
ララは内心毒づいていた。どんなことがあっても、反射的に気配に気付いていた彼女が、初めて魔物の村への侵入を許してしまった。
たどり着いた村では、村人たちが倒れていた。
「おい!どうした!?誰の仕業だ!?」
ララが村人の1人に声をかけて、手を伸ばしたときだった。その村人の体がガラスのように崩れていった。
直後、周囲の村人たちも同じように崩壊を引き起こした。滅びに向かっていく村を目の当たりにして、ララが息を呑む。
(いったい誰が、村人たちを・・・!?)
ララは意識を集中して五感を研ぎ澄まし、魔物の気配を探る。その気配を彼女はすぐに感じ取った。
(バカな!?今まで感じられなかった気配が、こうも容易く・・すぐに気付くはずなのに・・・!)
疑問と自身への憤りを募らせていくララ。彼女は気配の感じた方向に振り返る。
その先には1人の少女がいた。少女は妖しい笑みを浮かべて、ララを見つめていた。
「この村を襲ったのはお前か・・・!?」
「やっぱり今になって気付いたみたいだね・・」
声を振り絞って問いかけるララに、少女が明るく答える。
「私はこの少女の体を借りている。この村に住んでいるこの少女をね。」
「どういうことだ!?たとえ人間の体に忍び込んでも、私ならすぐに察知できるはずだ!」
「そう。だから念を押して、私はしばらく仮死状態になっていた。そうすれば気配を探られることはない。」
「仮死状態・・そんな手を打ってくるとは・・・!」
少女が語った策を聞いて、ララが毒づく。仮死状態になれば、気配も一時期消失することになり、感知することはできない。
「少し自分に慢心していたみたいだね。人間だけじゃなく、魔の存在も知恵をつけていくものだよ・・」
「私が、こんな姑息な策にはまるとは・・・!」
微笑をもらす少女に、ララは苛立ちをあらわにしていた。
「お前だけは許さない・・ここまで私を愚弄して・・・」
「ブラッドなのに味方をするの?人間の生き血を吸っている吸血鬼なのに・・」
憤りを見せるララだが、少女は妖しく微笑むばかりだった。紅い剣を具現化したララが、少女を鋭く見据える。
「殺すなら気をつけたほうがいいよ。この少女は私が操っているだけなんだから・・」
「それがどうした?どちらにしてもお前がその体から出るときには、子供を始末してからと考えているくせに。」
「冷たいね。やっぱりブラッドだね・・」
少女はため息をつくと、かざした右手から虹色の光を放った。ララは跳躍して光を回避する。
「その光で、村人をガラス細工にして殺したのか・・・」
「だってきれいじゃない。命の輝きが花火のように弾けるのって、すごく魅了されるんだよね・・」
ララが言いかけると、少女が喜びを浮かべる。
「でもこれであなたも私と同じ、村の厄介者になるわけだね。」
「世迷言を!」
いきり立ったララが少女に飛びかかり、剣を振りかざす。だが少女はよけようとせず、ララの剣に斬られた。
「何っ!?」
少女の行動に驚愕するララ。少女は笑みを浮かべたまま、鮮血を撒き散らしながら倒れた。
「どういうことだ・・こうも簡単に・・しかもわざとやられたように・・・!?」
ララは少女の行動に疑問を持った。なぜ回避もせずにわざとやられたのか。
「再生する様子もない・・なのになぜ・・・!?」
さらに疑問を募らせるララ。そのとき、1本のナイフが飛び込み、ララがとっさに紅い剣で叩き落とす。
「誰だ!?」
声を上げて振り返るララ。その先には数人の村人が、武器になるものを手にして彼女を睨みつけていた。
「とうとう現れたか、吸血鬼!」
「村のみんなにこんなむごいことを・・・!」
ララに怒りの言葉を浴びせる村人たち。その言葉に呆れてララがため息をつく。
「勘違いするな。やったのは私ではない。」
「ならその剣は何だ!?そいつでみんなを斬ったのではないか!」
ララが弁解するが、村人は全く信用していない。
「見ろ!子供までこんな・・・!?」
「やっぱりお前がみんなを殺したんだ!」
「許せない・・お前は絶対に許せない!」
事切れた少女を目の当たりにして、村人のララへの怒りと憎悪はさらに増していく。
「やはりそうか・・お前たちは自分が正しいと思い込んでいて、他のヤツの言葉など耳を貸そうともしない・・そういうことなのか!」
ララは憤った。今まで守ってきた人々が、憎悪と怒り、自己満足の塊であったことを、彼女は痛感せざるを得なかった。
「私はやっていない。そしてお前たちは人の話に耳を傾けない思い上がりの連中・・違うというなら否定してみせろ・・全てを壊される覚悟があるなら!」
眼を見開いたララが剣を構える。彼女の殺気に畏怖を見せるも、村人は恐怖を振り切ろうと彼女に飛びかかる。
一塁の涙がララの頬を伝った。次の瞬間、村人の断末魔が村の空にこだました。
村人からの裏切りと迫害が、ララを鬼へと変貌させてしまった。彼女の心にはもはや、信頼という言葉は失われていた。
世界を転々とするララは、自分の行く手を阻むものを即座に始末して回っていた。それが知らず知らずのうちに、自分を人々の天敵だと認識させてしまっていた。
そしてついに、ララの運命を変えるときが訪れた。
この日もララは向かってくる人間を惨殺していた。あくまで敵を葬っているつもりの彼女だが、人々は彼女を忌むべき存在と見ていた。
迫ってくる人々から遠ざかっていくララ。草原に足を踏み入れたところで、彼女は足を止めた。
彼女の眼前に現れた黒装束の人物。フードの影に隠れた眼が鋭いきらめきを放っていた。
「お前も私の邪魔をするのか・・・?」
「これ以上お前の勝手にはさせないぞ。ここで葬らせてもらう。」
眼つきを鋭くするララに、黒装束の人物が淡々と言いかける。声質から初老の女性だった。
「どいつもこいつも、そんなに私の邪魔をしたいということか・・・!」」
苛立ったララが、手にしていた赤い剣を女性に向けて振りかざす。だが女性はその一閃を軽々と回避する。
「動きは素早いようだな。だが人間がブラッドに勝てるはずがない。」
「確かに私には、お前を確実に命を奪うことはできない。だがお前に死よりも重い苦痛を与えることはできる。」
不敵な笑みを浮かべるララに、女性がさらに淡々と言いかける。その言葉にララが眉をひそめる。
「どういうことだ?何を企んでいる?」
「受けてみれば分かる。だがこれだけは事前に教えておく。これを行えば、私の命は尽きることになる・・・!」
語気を強めてきた女性が、意識を集中する。その彼女にララが身構える。
そのとき、ララのいる場所に魔法陣が出現した。危機感を覚えて退避しようとする彼女だが、魔法陣から外に出ることができない。
「これは!?」
「これはある呪縛を与えるための禁術・・その呪縛とは、永遠の命・・・!」
声を荒げるララに、女性が声を振り絞る。力の行使で彼女は激しい消耗に襲われていた。
「この印を刻むことで、お前は終わりなき生を痛感することになる・・・」
「何を言っている?ただでさえ不死に近い生命力を持つ吸血鬼なのに、その上永遠の命を得たなら無敵になってしまうぞ。」
「勘違いしているようだな・・永遠の命は至福のときではない・・まさに、永遠の生き地獄・・・」
女性が口にした言葉に、ララが眼を見開いた。その瞬間、女性が念を送って、ララに呪縛の印を刻み付ける。
ララは意識が吹き飛びそうな感覚に陥る。魔法陣が消失し、彼女がその場にひざを付く。
「痛感するがいい・・死よりも恐ろしい地獄を・・・」
女性はララに言いかけると、力尽きて倒れた。彼女は自分の命を引き換えにして、ララに永遠の呪縛を施したのである。
本来ならばその本質を理解するまで、永遠を得たという実感は持てない。だがララは肉体的にそれを強く訴えられていた。
「この私に永遠の命が与えられただと・・ならば喜ぶべきだろう・・・何を考えていたのだ、ヤツは・・・」
女性の行動にララは疑問を抱かずにいられなかった。彼女はさらなる追っ手を振り切るために、草原から駆け出していった。
永遠の呪縛の恐怖を彼女が痛感するのは、それからしばらく後のことだった。
エクソシストによって植え付けられた永遠の呪縛。それは人々が思い描いていた理想の形ではなかった。
世界の理不尽が与えてくる精神的苦痛。不老不死はその苦痛から脱するための、死という逃げ道を塞ぐものでしかなかった。
ララは度重なる精神的苦痛に苦しみながらも、命を絶つことができなかった。その苛立ちは彼女の心を凍てつかせてしまっていた。
「そんな・・だから他人を信じられなくなっていたんだね・・・」
ララの過去を聞いて困惑しながらも、ルナは彼女の心境を理解した。
「人間は自分たちの私利私欲のためなら、裏切りや理不尽など平気で使ってくる。私たちを醜悪だと思っている自分たちが醜悪だというのに・・・」
ララが人間への憎悪を口にする。ルナが沈痛の面持ちを浮かべたまま、ララに言いかける。
「確かに人間の中には悪い人もいる・・でも優しい心を持っている人は大勢いるよ・・・」
「私はお前よりも長く生きている。お前のその言葉が偽りであることはもう分かりきっている・・」
ララに冷淡に言いとがめられて、ルナが言葉を詰まらせる。
「私が望む1番の望みは、永遠の呪縛から脱して死を迎えること。だがあの男のもたらす死ですら、永遠の呪縛を打ち破ることはできなかった・・」
「ララ・・・」
「ならばここでいつまでもじっとしているわけにはいかない。じっとしていても苦痛につながるだけだ・・」
ララは言いかけると、意識を集中させる。自分たちを取り巻いているタールを、ブラッド特有の紅いオーラで吹き飛ばした。
死を与えられてブロンズ像にされていたララとルナだったが、ブラッドの力を振り絞って自由を取り戻したのだった。
「行くぞ、ルナ。あのような輩にいつまでも勝手にされるのは癪に障る・・・」
ララはルナに言いかけると、男を求めて歩き出した。ルナは困惑したままララを追いかけていった。
ララとルナをブロンズ像に変えた後、男は警察の包囲網をかいくぐって、別の少女をカプセルに閉じ込めていた。
「助けて!ここから出して!」
助けを請う少女をあざ笑う男。カプセルの中にタールが流し込まれ、少女が苦しみ出す。
「お前も十分に堪能するがいい。私が与える最高の苦痛と最高の美を。」
「イヤ・・助けて・・・苦しいよ・・・」
悠然と言いかける男の前で、少女がタールに犯されて苦しんでいく。やがて意識が遠のいて、彼女は徐々に動きを止めていく。
「これで終わりか。ならば仕上げに取り掛かるとしようか。」
男が呟きかけると、カプセルの中に黒い煙が降り注いできた。カプセルが消失し、中から固まった少女が出てきた。
「お前もいい感じに固まってくれたな。」
ブロンズ像になった少女を見つめて、男が笑みを浮かべる。
「さて、もっと苦痛で心を満たさなければ。まだ女はいるのだからな。」
男が振り返って、次の獲物を求めて歩き出そうとしたときだった。
「まだこの辺りをウロウロしていたとはな・・」
聞き覚えのある声を耳にして、男が眼を見開いた。振り返った先には、ブロンズ像から元に戻ったララとルナがいた。
「お前たち、私が死を与えたはず!どういうことだ!?」
2人が生きていたことに驚愕する男。ララが紅い剣を出現させて、その切っ先を男に向けた。