Blood Eternal Lovers- File.5 死出

 

 

 突如落下してきたカプセル。その中に閉じ込められ、長い黒髪の少女が慌てふためいていた。

「ムダだ、ムダだ。そのカプセルは人間の力では絶対に壊せんぞ。」

 少女の前で1人の男が不敵な笑みを浮かべてきていた。

「お願い、出して!私をどうしようというの!?

 少女が悲鳴を上げてくる。恐怖に満ちた彼女を見つめて、男がさらに哄笑を上げる。

「恐怖を覚えるのはまだ早い。これからじっくり味わってもらうぞ。」

 男が言いかけたとき、カプセルの中に液体が流れ込んできた。液体からは悪臭が発せられており、少女が苦しんでせき込む。

「何、この液・・く、苦しい・・・!」

「そうだ、もっと苦しめ。お前の苦しみが私の喜びとなるのだから。」

 悶える少女を見つめて、男が哄笑を上げる。必死にカプセルを叩く少女だが、頑丈なカプセルを壊すことができない。

 やがて強まる激痛のあまりに感覚がなくなり、少女は脱力する。手がだらりと下がって直立した彼女の瞳から、生の輝きが消える。

「そろそろ頃合いか。ではフィナーレといくか。」

 男が再び言いかけると、カプセルの中にどす黒い煙が入り込んできた。煙が中を充満したとき、カプセルが消失する。

 その煙の中から、ブロンズのように固まってしまった少女が出てきた。微動だにしなくなった彼女を見つめて、男は満足げに頷く。

「苦痛の果ての銅像。まさに“すばらしい”の一語だ。」

 男は呟きかけると、少女に背を向ける。

「このすばらしい苦痛と美しさを味わえたこと、誇りに思うがいい。」

 男は言い放つとそのまま姿を消していった。その場にはブロンズ像にされた少女が取り残された。

 こうした事件が近日多発しており、人々に恐怖を与えていた。

 

 奇怪な事件の多発により、警察による警戒も強まっていた。その緊張感にあふれた様子を、ララとルナも遠くから見ていた。

「騒ぎになっているね、街は・・・」

「騒がしいのは好かない。避けるに越したことはない。」

 不安を口にするルナに、ララは冷淡な態度を見せる。

「だが死を与える力には興味がある。探ってみる必要はある。」

「その力が、永遠の呪縛を消して死を与えてくれると思うの・・・?」

 ルナが訊ねると、ララは顔色を変えずに頷く。

「あの力は紛れもなく、相手を死に至らしめるものだ。それが私にも及ぶのか、確かめさせてもらう・・」

「どんなものなのかも確証がないんでしょう?・・深入りするのは・・・」

「既にブラッドになった時点で、永遠の呪縛に囚われた時点で、私たちに深入りなどありえない・・それらが既に深入りなのだからな・・」

 不安を口にするルナだが、ララは考えを改めることはなかった。

「ともに終わらせるぞ。私たちに課せられた永遠の呪縛を・・」

 ララはルナに呼びかけると、1人歩き出していった。ルナもララを追って駆け出していった。

 

 その日の太陽は沈んだ。夜は魔の暗躍に適した時間帯である。

 その夜の通りをララとルナは歩いていた。ルナが刑事たちに怪しまれてしまうと不安を口にしたが、ララは聞く耳を持たなかった。

 そしてルナの不安が的中することとなった。

「そこの君たち、ちょっといいかな?」

 そこへ1人の警官に声をかけられて、ララとルナが足を止める。不安を膨らませて振り向くルナと、振り返らずにその場に立つララ。

「事件のことは聞いているね?早く家に帰りなさい。」

「あ、あの、私たちは・・・」

 呼びかけてくる警官に、ルナが困惑する。しかしララは冷淡な態度を崩さない。

「私の邪魔をするな。邪魔をするなら誰だろうと容赦はしない。」

 そこへララが冷淡な態度を見せてきた。その言動にルナが気まずさを浮かべる。

「ダメだって、ララ!刑事さんにそんな態度・・!」

「関係ない。邪魔者には容赦はしない。」

 ルナが言いとがめるが、ララは態度を変えない。そのやり取りを警官は不審に感じた。

「2人とも、ちょっと話を聞かせてもらうよ。そこまで来てくれるかな?」

 警官がララに手を伸ばそうとしたときだった。苛立ったララが紅い剣を手にして、警官を切りつけた。

「なっ!?

 驚愕の声を上げると同時に、警官が鮮血をまき散らして倒れた。

「ララ!」

 たまらず怒鳴りかけるルナは、ララを強引に引っ張ってこの場から逃げ出した。斬りつけられた警官が事切れて、動かなくなってしまった。

「ララ、どうしてこんなことをするの!?あの人は普通の警官じゃない!」

 ルナは逃げながらララに怒鳴りかける。だがそれでもララは顔色を変えない。

「それがどうした?邪魔をするなら容赦はしないと、何度も言わせるな。」

「そうやって次々に傷つけていったら、あなたが嫌う冷たい人たちと変わらないよ!」

「そうしなければ連中は理解しない。バカは死なないと治らない、とはよく言ったものだな・・」

 態度を変えないララに、ルナは反論できなくなる。

「誰にでも貫き通したいものがある。それは立派なものから、つまらない意地もある。だがいずれも貫き通すにはそれなりの覚悟がいる。反発を食らう覚悟が・・」

「貫き通したいもの・・・」

「今の世界はその覚悟もないのにつまらない意地を張る連中が増えている。それで私を止めることなどできない。」

 ララの考えに言葉を挟むことができず、ルナは口ごもってしまう。ルナにはララの考えを挫くだけの覚悟を持っていなかった。

 そのとき、ララはいきなり眼つきを鋭くした。自分たちを狙う影を彼女は気付いたのだ。

「もしかして、犯人が・・・?」

「おそらく。もしかしたら別のものかもしれないが・・」

 ルナが声をかけると、ララは答えながら周囲を伺う。彼女の研ぎ澄まされた感覚が、その影の居場所を捉えた。

「姿を見せろ。隠れているのは分かっている。」

 ララが呼びかけると、2人の後ろの物陰から男が姿を現した。

「隠れる?私がどうして隠れる?私がお前たちに苦痛を与えるのに、私に何の恐怖が降りかかるのだ?」

 男は悠然とした態度をララとルナに見せてきた。

「ずい分と思い上がったヤツのようだな。女を殺して回っているのはお前だな?」

「いかにも。お前たちも極上の苦しみを味わって朽ち果ててもらうぞ。」

「私を殺せるかな?永遠の呪縛に囚われた私を・・」

 不敵な笑みを浮かべるララに、男が眉をひそめる。だが男はすぐに笑みをこぼした。

「面白いことをいう。ならば試してやろう。お前の口にする永遠など、私のもたらす苦しみによってすぐに容易くかき消されるかどうか。」

「やってみるがいい。やれるものならな。」

 笑みを強める男に対し、ララが眼つきを鋭くする。直後、ララはルナを横に突き飛ばして、自分も反対の方向へ跳躍する。

 2人がいた場所にカプセルが落下してきた。

「何、あれ・・!?

 ルナが驚きの声をあげ、ララが男に鋭い視線を向ける。

「よく気付いたな。勘のいい者でも気付かずに閉じ込められるはずなのだがな。」

「その思い上がりがどこまで続くか、今度は私がお前を試してやる。」

 再び笑みをこぼす男に鋭く言い放つと、ララが紅い剣を出現させる。

「お前はブラッドか。それは少しは楽しめそうだな。」

「その余裕もたちまち消えることになる。油断していると死ぬぞ。」

 あくまで悠然さを見せ付ける男に、ララが低い声音で言いかける。

「私にそんな言葉を投げかけた女はお前が初めてだぞ。だが死ぬのはお前たちだ。」

 男が笑みを消して、ララに鋭い視線を投げかける。

「お前たちが悶え苦しみ、恐怖と絶望で満たされる姿を見るのが、私にとっての至福のときだ・・」

 男が言いかけたとき、ララとルナは凄まじい殺気を感じた。街灯に照らされてできている2人の陰から黒い触手が伸びてきた。

「影が!?

 声を荒げるルナが、ララとともに触手をかわす。

「私は相手の影に力を注ぐことで、その影を操ることができる。罠にかけるために重宝している。」

 男は語りかけると、さらに影に意識を送ってララとルナを狙う。2人は素早い動きで飛び出してくる触手をかわす。

「素早いようだが、いつまで続くかな?」

 男が笑みを浮かべてララたちを追い詰めようとしたときだった。

 突如街灯が壊されて明かりが消えた。直後、男の背中に刃が突きつけられた。

「なるほど。こうすれば私が影を認識できなくなる・・」

「あのようなもので私を捕らえられると思っていたのか?」

 笑みをこぼす男に、ララが冷徹に告げる。彼女の背後にはルナの姿もあった。

「思っているさ。なぜならこの力は・・」

 男が言いかけたときだった。夜の暗闇に紛れて左右から現れたカプセルに、ララとルナが閉じ込められた。

「何っ!?

 驚愕するララが、男を鋭く睨みつける。

「お前たちを罠にかけるための布石なのだからな。」

 男が笑みを強めて、ララとルナに振り返る。

「追い詰めたと思っていたお前たちは、逆に私に追い詰められていたということだ。このまま仲良く死を迎えるがいい。」

「思いあがりおって!こんなもの、私の力で・・!」

 男の態度に苛立ったララが、紅い剣を振りかざしてカプセルを打ち破ろうとする。

 そのとき、カプセルの中に突如液体が流れ込んできた。その液体の悪臭にララとルナが苦痛を覚える。

「何、この液!?・・く、苦しい・・・!」

「これはまさか、タール液か・・・!」

 うめくララとルナを見て、男が哄笑を上げる。

「そうだ!この液がお前たちに死を与え、さらにお前たちを美しいブロンズ像へと変える!お前たちも最高の苦痛を存分に味わうがいい!」

 男が哄笑を上げて高らかに言い放つ。必死にカプセルを叩くルナだが、カプセルはビクともしない。

「ムダだ!もうお前たちにカプセルを破壊するだけの力は発揮できない!」

「くそっ!・・これで女たちを殺してきたのか・・・!」

 毒づくララが力を振り絞るが、タールは容赦なく2人の生気を奪っていく。

「くっ・・これでは集中力を保てない・・力が維持できない・・・!」

 次第に脱力していくララ。ルナも意識がもうろうとなり、感覚を失いつつあった。

「これが・・私に死をもたらしてくれるのか・・永遠から抜け出せるのか・・・」

 物悲しい笑みを浮かべるララが、おもむろにルナを抱きとめる。

「ここが私たちの終わりみたいだね・・ララ・・・」

「そうあって欲しい・・・これで永遠の呪縛が消えるなら・・・」

 ルナとララが弱々しく囁きかける。2人の瞳から生の輝きが消失する。

「最後は呆気ないものだな・・まぁいい。2人仲良くブロンズ像になるがいい。」

 男が言いかけると、カプセルの中に黒い煙が吹き出してきた。カプセルが消失して煙があふれると、抱き合ったまま固まったララとルナが出てきた。

「これでお前たちもすはらしい死を遂げることができた。そして私もお前たちの苦痛で心を潤すことができた。」

 固まったララとルナを見つめて、男が満足げに頷く。

「だがいずれは私の心は苦痛を求めて渇きと飢えを訴える。私はこれからも女を狙い続ける・・フフフフ・・・」

 男は笑みをこぼすと、きびすを返してこの場を去っていった。ブロンズ像にされて立ち尽くしたララとルナだけが取り残されていた。

 

 他の女性たちと同様にブロンズ像にされてしまったララとルナ。だが永遠の呪縛は、男がもたらした死さえも跳ね除けてしまった。

(まだ、生きているのか、私は・・・)

 心の声をもらすララだが、固まったタールのために身動きが取れない。

(まだ体力が回復しない・・しばらくは動くことができないか・・・)

 自由の利かないことに毒づくララ。力の行使は血を媒体にするものだが、体力がなければ集中力を維持できない。

(ララ、ゴメン・・またあなたに迷惑をかけて・・・)

 そんなララに、ルナの心の声が伝わってきた。

(前にも言ったはずだ。お前が気にすることではない・・そもそもこれは私が受け入れようとしたもの、死だ・・)

(それでも、私はあなたの足を引っ張って・・・)

(何度も同じことを言わせるな。まだ私の命が尽きていないということは、私が脱出できるということだ。)

 自分を責めるルナにララが呆れる。

(このまま意識が戻らなければよかったのに・・このまま死んでいればよかったのに・・・)

 そしてララは死ねない自分を呪っていた。

(ところで、ララは誰から不死の呪縛を受けたの・・・?)

 ルナがララに向けて、唐突に質問を投げかけた。

(言いたくなければいいよ・・無理矢理なのは、ララがイヤだからね・・・)

(いや・・体力が戻るまでの暇つぶしだ・・教えてやる・・・)

 ルナの質問をララは答えることにした。予想外の返答に、ルナは一瞬戸惑いを覚えた。

(私はブラッドだ。人の生き血を吸う吸血鬼として人間から忌み嫌われた・・確かに私は人の血を吸う。力を使うための血を求めてな。だがそれでも人間は血に飢えた悪魔として敵視してきた・・)

(それで人間はあなたに何を・・・?)

(当然私を亡き者にしようと攻撃を仕掛けてきた。だが真っ向から向かって人間がブラッドに勝てるはずがない。)

 ララが語りかける話に、ルナが徐々に不安を募らせていく。

(力を使えば血が足りなくなる。戦いを重ねるごとに、私は血を必要としていた・・)

(それで人を襲うことが多くなった・・・)

(そのことに危機感を高めた人間は、世界でも指折りの力を備えたエクソシストを呼び寄せた・・・)

 ララの脳裏に黒装束に身を包んだエクソシストの姿がよぎる。

(ヤツは私の力をことごとく跳ね返し、さらに私の動きを封じた。その上でヤツは私に不老不死の呪縛をかけた。己の命と引き換えにな・・)

(それでララは、永遠の命を手に入れたのね・・・)

(永遠、不老不死・・命の限られた人間が求めるものだが、その真意は終わりなき生き地獄に他ならない。世界で蔓延する醜悪に苦しめられても、自殺することもできない・・永遠とは、決して踏み込んではいけない本当の地獄だ・・)

 永遠への皮肉を口にするララに、ルナは言葉を詰まらせていた。

 人は誰もが永遠を求めたがる。だが永遠を手に入れた瞬間、人は終わりのない地獄を繰り返すことになる。後悔しても抜け出せることのできない生き地獄。ララはこの長い年月を、世界の醜悪を感じ続けながら生きてきたのだ。

(その永遠の命を、私はララに血を吸われてブラッドになったことで手に入れてしまったんだね・・・)

(後悔しても遅いと言ったはずだ。これからはお前も私と一緒に死出という出口を求めてさまようことになる・・)

 ララの言葉に困惑するルナ。死を呼ぶ罠に落ちてブロンズ像になっている今も、2人は未だに死を迎えることができないでいた。

 

 人間たちの迫害と猛攻によって、ララは力を多用し、血を消耗していた。枯渇に陥りながら、彼女は村から離れて森の中を疾走する。

 なぜこのようなことになってしまったのか、ララは納得していなかった。疑問を突き詰める余裕がないまま、彼女は森を抜けて草原に差し掛かった。

 そこでララは足を止めた。彼女の眼前には黒装束に身を包んだ人物がいた。

 その人物を鋭く見据えるララ。この瞬間が、彼女の長い絶望の始まりだった。

 

 

File.6

 

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