Blood –Eternal Lovers- File.2 運命
ララに血を吸われて、ブラッドへと転化したルナ。同時に彼女は、ララにかけられた不老不死を宿すことになった。
人々が誰もが望んでいる永遠の命。だがそれは、永遠の地獄の始まりでもあった。
ルナは自分が永遠の存在になったことへの自覚に困惑していた。本当に死なないのか、実感が湧かないのである。
「あの・・ちょっと聞いてもいい・・・?」
「何だ?」
ルナに声をかけられて、ララが足を止める。
「私、本当に死なないんですか?・・何だか、実感が湧かなくて・・・」
「確かに何においても、本質が分からなければ実感は湧かないものだ・・ならば思い知らせてやる・・」
言いかけるルナに、ララが冷淡に告げる。次の瞬間、ルナは胸に痛みを覚える。
ルナの胸を紅い刃が貫いていた。ララは具現化させた剣を彼女に突き刺したのである。
一気に脱力して倒れていくルナ。彼女の胸から紅い血があふれ、地面に広がる。
本当ならばこれは致命傷であり、確実に死ぬはずだった。だがしばらくしてルナが起き上がってきた。何事もなかったように。
「あれ?・・私、ララに刺されたはずじゃ・・・?」
「これが永遠の命、不老不死の本質だ。心臓や頭を貫かれても死なない他、首を切り落とされても死ぬことはない。体が反射的、本能的に首をくっつけようとして、くっつけている間に再生と結合が行われる・・」
戸惑いを見せるルナに、ララが淡々と言いかける。もはやルナも、木っ端微塵になったとしても死ぬことを許されないのだ。
「だが死なないといっても、傷つけられた痛みは生じる。ほぼ一瞬だったからさほど感じなかったが、首でもはねられれば首に激痛を感じさせられることになる・・・」
ララの説明を受けて、ルナが不安を覚える。次の瞬間、胸を刺された激痛を彼女は痛感した。
「痛い!・・刺されるのが、こんなに痛いものだなんて・・・!」
「これが死の痛みだ・・だが永遠の命を得た私たちには、この痛みしか与えられない・・死という逃げ道は閉ざされている・・・」
苦悶の表情を浮かべるルナに、ララが淡々と言葉をかける。
「私は今までこの苦しみを味わい続けてきた・・そしてお前も、その苦痛を受け入れることを選んだ・・今さら後悔しても遅い・・・」
「・・前にも言ったはずです・・私は後悔をしていないって・・・」
続けて言いかけるララに、ルナが物悲しい笑みを浮かべて答える。
「私はあなたに助けを求めた・・その代償なら、どんなものでも受け入れられる・・・」
「口先だけならどうにでもなる・・・今は聞き入れておいてやる・・」
ルナの決意を渋々受け入れるララ。
「そろそろ移動するぞ。お前を付け狙う犯人の力、私は興味がある・・」
「えっ・・・?」
ララが切り出した言葉に、ルナが戸惑いを覚える。
「不老不死の私が望むのは、その呪縛をも塗り替える変貌。その犯人が使った石化の力が、それを叶えるものかも知れない・・」
「何を言っているの・・・石にされたら、その犯人の思い通りにされちゃうんだよ!」
ララが言いかけると、ルナがたまらず反論する。
「私は永遠という呪縛からの脱却を強く望んでいる。そのためならばその後がどうなろうが知ったことではない・・」
「そんなに楽になりたいのですか?・・そのために自分がどうなっても構わないと・・・」
「お前は、いや、世界中の人間たちは、永遠の命の本当の意味を理解してはいない。決して終わることのない苦痛を味わい続けることになる。肉体的にも精神的にも・・」
ララの言葉にルナは困惑する。ララは別の呪縛を受けることで、不老不死の呪縛から逃れようとしていた。
「お前も自分に押し寄せる苦痛を背負い続けるくらいなら、命を捨ててでも楽な道を選ぶほうがいいだろう?・・逃げの一手なのだがな・・」
「そうよね・・確かに辛いのが終わりがないのはイヤだよね・・・」
ララの心境を察して、ルナが物悲しい笑みを浮かべる。それを見てララがため息をつく。
「とにかくお前は私に全てを委ねた。私の言うことには全て従ってもらうぞ。」
「うん・・でも・・・」
「勘違いするな。私はお前を助けるつもりはない。お前を狙う誘拐犯に興味があるだけだ。」
口ごもるルナに、ララは冷淡に答える。
「ついてこい。しばらく歩いて、その後は野宿だ・・」
ララはルナに呼びかけると、街とは反対の方向に歩き出した。
「待って!街に行ったほうが・・!」
ルナが呼び止めようとするが、ララは足を止めない。
「街は愚者が放つ雑音が多い。私の心をかきむしる・・」
苛立ちを噛み締めるララに、ルナはこれ以上声をかけることができなかった。
暗闇に満たされた部屋。その隅に追いやられたメイドが恐怖を膨らませる。
彼女の前にはろうそくの姿をした怪物が立ちはだかっていた。
「イヤッ!来ないで!近づかないで!」
「そう邪険にしないでよ。君も僕のメイドコレクションに加わることになるんだからさ・・」
悲鳴を上げるメイドに、怪物が不気味な笑みを浮かべる。怪物が口から白い液体を吹きつける。
「キャアッ!」
さらに悲鳴を上げるメイドがその液を浴びる。液は空気に触れて一気に固まり、彼女の動きを封じていく。
「やめて・・た・・たす・・けて・・・」
助けを請うメイドだが、凝固する液体に完全に包まれて微動だにしなくなる。
怪物が吹き出した蝋によって蝋人形にされてしまったメイド。その白い姿をまじまじと見つめて、怪物が満足げに頷く。
「うんうん。やっぱりメイドはすばらしいなぁ・・メイド服も白だから、蝋人形にしても魅力が損なわれることはほとんどないし・・」
喜びをあらわにする怪物が人間の青年の姿になる。青年は蝋人形となったメイドを抱えて、適当な位置に置く。
その周囲にもメイドの蝋人形が何体も置かれていた。元々は全員が人間のメイドだが、怪物の蝋で固められてしまったのだ。
「今でも十分圧巻の光景だけど、もっと人数を増やしたほうがもっとよくなるかもしれない・・」
青年は悠然と言いかけると、次の標的を求めて外に出た。この部屋には蝋人形となったメイドたちが立ち並んでいた。
街から徐々に離れていくララとルナ。2人は森の中にさしかかったところで、野宿を決め込んだ。
「今日はここで休むぞ。この近くに水があるから問題はない。」
ララはルナに言いかけると、そばの木の幹にもたれかかった。彼女の様子を、ルナは困惑を浮かべたまま見つめる。
「このまま、この調子で旅していくの・・・?」
「私の終焉を見つけることが最大の目的だ。何らかの形で私の存在を抹消されれば、何の文句はない・・」
ルナが問いかけると、ララは冷淡に告げる。その言葉にルナは沈痛の面持ちを浮かべる。
「お前は成り立てだからまだ痛感できていないが、私はこの長い時間で、苦痛と絶望の体感を繰り返してきた。嫌気が差しても避けることができない、絶望の袋小路・・」
「今よりもおかしなことになってしまうかもしれない・・そうは思わないの・・・?」
「もう既におかしなことになっている。それ以上のものがあるなら逆に教えてほしいくらいだ・・」
迷いを断ち切っているララに、ルナは気圧されるばかりだった。ララはルナの常識から逸脱した人物。ルナはそう思わざるを得なかった。
「それと、この夜の森の中・・何かに襲われるんじゃないかな・・・?」
「私は寝ていても常に周りに気配を配っている。だからお前が気に病む必要のないことだ。」
「でも・・・」
「それに、いずれお前も気配の感知に敏感になってくるだろう・・」
困惑するルナにララが言いかける。不安が拭えないまま、ルナも休息を取ることにした。
ルナが眠気に襲われて、そのまま眠りについてしばらくたったときだった。
「起きろ。私たちを狙う敵意を感じる・・」
ララに声をかけられて、ルナが眼を覚ます。ララが見据えている先から、1人の青年が近づいてきていた。
「何か感じたと思ったら・・メイドではないけど、かわいらしいお嬢さんであることに変わりはないか・・」
「何だ、お前は?私を陥れようとしているのか?」
悠然と言いかけてくる青年に、ララが冷淡に問いかける。すると青年が笑みをこぼす。
「そう邪険にしないでよ。僕は別に君たちをいじめようだなんて考えていないよ。」
「口先だけなら何とでもなる・・」
「やれやれ。ここまで嫌われるなんてね・・それじゃもう口上はやめにしよう・・」
冷淡な態度を崩さないララに、青年は肩をすくめた。だがすぐに彼の顔から笑みが消える。
「単刀直入に行こう・・2人とも蝋人形になってもらうよ・・・!」
青年は言いかけると、ろうそくの魔物という正体をあらわにする。
「えっ!?怪物!?」
その姿を見てルナが驚愕する。だがララはいたって冷静だった。
「なるほど。お前が吐き出す蝋で固めて自分のものとする。蝋を浴びれば身動きが取れなくなるということか・・」
「ほう。詳しいんだね。でもそれが分かっていても、僕の蝋からは逃れられないよ・・」
「だが結局は全身に蝋をまとわせるに過ぎない。意識を完全にかき消すまでには至らない・・」
「それがどうしたの?ただでさえかわいいメイドが、白くきれいに彩られていく。それを実感できるのは損ではないことじゃないか・・」
「それが貴様の考えか・・実に利己的。実に自己満足だな・・」
魔物の言葉を嘲ると、ララは眼つきを鋭くする。彼女の右手に紅い剣が握られた。
「今のうちに逃げるなら見逃してやる。でなければここで命を落とすことになる・・」
「ずい分と強気だね。でもその強気が恐怖に変わる瞬間が、僕の喜びの瞬間でもあるんだけどね・・」
忠告を送るララだが、魔物は悠然さを浮かべて口から蝋を吹き出してきた。ララは跳躍して蝋を回避する。
「結構素早いね・・でももう1人のお嬢さんはどうかな?」
魔物は呟きかけると、標的をララからルナに移す。狙われたことに、ルナが不安を覚える。
「アイツを人質にしようと考えているならムダなことだ。アイツがどうなろうと、私には関係ない。」
「そうかい?何にしても、かわいいお嬢さんを蝋人形にできるから構わないけど。」
ララが冷淡に告げると、魔物が笑みをこぼす。
「貴様がアイツを襲っている間に、私は貴様を始末する。それだけのことだ。」
「そう・・だったらまず君をやったほうが都合がよさそうだ・・・!」
不敵な笑みを浮かべるララに、再び狙いを定める魔物。さらに蝋を吹きかけるが、ララはそれもかわして魔物との距離を詰めていく。
冷徹に振舞うララが紅い剣を振りかざそうとする。だが魔物が至近距離で蝋を吹きかけ、ララはそれを防ぐために剣を振りかざす。
その一閃はララ自身を守った。付着した蝋が固まってしまい、剣は切れ味が悪くなってしまった。
「さてさて、この調子でどんどん追い詰めていくよ。」
悠然さを募らせていく魔物。だがララは追い詰められている様子を見せることなく、新たに紅い剣を出現させる。
「その程度で私を追い詰めたと思うとは・・笑わせる。」
ララは低く言いかけると、再び魔物との距離を詰める。魔物は後退しつつ、蝋を吹き付けて迎撃する。
その迎撃をことごとく回避していくララ。
「いつまでも逃げてばかりで、姑息なことだな。」
魔物の行動を嘲るララ。彼女はさらに魔物に向けて剣を振りかざす。
だがそのとき、ララは足に違和感を覚えた。下に眼を向けると、地面に散りばめられた蝋に両足がくっついてしまっていた。
「しまった!足が・・・!」
「僕と僕が飛ばしてくる蝋ばかりに気が向いてしまったようだね。」
毒づくララに魔物が笑みを浮かべる。
「素早い動きが仇になったね。蝋が固まりきる一瞬の間に、君は蝋を踏みつけてしまっていたわけだ。」
「くそっ!私としたことが・・・!」
強引に動こうとするララだが、両足は地面にくっついてしまっていた。
「さて、じっくりと固めていくとしようか・・」
魔物は言いかけると、ララに向けて蝋を吹きかける。
「危ない!ララ!」
そこへルナが飛び出し、ララを抱えて突っ切ろうとする。だが抱えたところで蝋を浴びて、ルナもララも動きを封じられてしまう。
「貴様、邪魔をするな!助けを借りなくても蝋を防ぐ術はあった!」
「それでも、ララを放っておくなんてできなかった!このまま私だけ何もしないなんてできなかった・・・!」
怒号を浴びせるララに、ルナが悲痛の叫びを上げる。しかしルナの行為が裏目に出て、2人に危機をもたらしてしまった。
「まさか僕の好都合になるなんてね。このままじっくり蝋人形にしていくからね・・」
魔物が哄笑を上げて、ララとルナにゆっくりと近づいていく。身動きの取れない2人を見て、彼は笑みをこぼしていく。
「さて、まずは足から・・」
魔物が蝋を吹き出し、2人の両足を固めていく。
「次は腕かな・・」
さらに蝋を吹きかけて、2人の腕を固める。腕に力を入れられなくなり、ララは剣を落としてしまう。
「おのれ・・私が、こんなことで・・・!」
体の自由が利かないことにうめくララ。しかしこの蝋を打ち破ることはできずにいた。
「最後は顔だよ。いい顔で固まってほしいね・・」
「ララ・・・!」
笑みを強める魔物と、悲痛さを噛み締めるルナ。魔物が吐き出した蝋が、ララとルナの顔を捉えた。
ララとルナは完全に蝋に包まれた。2人は真っ白に固まった物言わぬ蝋人形へと変わり果てた。
「これでまた蝋人形が増えた・・メイドではないけど、かわいいから許してあげようかな・・」
動かない2人を見つめて、魔物が満足げに頷く。魔物は青年の姿になると、2人を抱きかかえる。
「コレクションルームに並べるか、僕の部屋に置くか。じっくり考えないといけないね・・」
青年は呟きかけると、ララとルナを連れて森から消えていった。
屋敷の大広間に戻ってきた青年。彼は蝋人形となったメイドたちの前に、同じく蝋人形になったララとルナを置いた。
「ここに置いてもいいんだけど、やっぱりバランスがおかしくなるな・・」
2人の置き場所に苦慮する青年。
「やっぱり僕の部屋に置いたほうがしっくりきそうだね・・運んでみようかな・・」
青年は呟きかけると、再び2人を抱えて大広間から移動する。廊下を進んで、彼は自分の部屋に行き着く。
部屋の真ん中にララとルナを置いて、青年は見つめて満足げに頷く。
「よしよし。君たちはやっぱりここに置いたほうがしっくり来る。特別製という感じがして、君たちもいい感じがしてくるだろうね。」
2人に語りかけるように、青年が呟きかける。
「君たちはメイドではないけど、僕の蝋人形として置かれることになった。実に喜ばしいことだよ・・・」
青年は悠然と呼びかけると、ララとルナに背を向ける。
「今度こそメイドを連れてこないといけないな。少しだけ待っていて。後でちゃんと鑑賞してあげるから・・」
青年は言いかけると、私室を後にした。そこには微動だにしなくなったララとルナが取り残されていた。