Blood –Eternal Lovers- File.1 邂逅
BLOOD
ヴァンパイアの中でも最も能力の高いとされている
自分の血を媒体にすることで様々な力を自在に操ることができる
その能力故に、人々から忌み嫌われてきた
永遠の命。不老不死。
人が古来から誰もが望みながら、誰一人それを叶えていない。
もしも叶ったなら、それは至福の喜びだと誰もが思うだろう。
だが、永遠が叶った瞬間、それは絶望を意味する。
世界の闇を未来永劫見続けることになるからだ。
後悔したところで、もはや取り返しがつかない。
生という名の地獄を、終わりのない時間の中で過ごすことになるのだ。
荒み行く状勢の世界。その世界の中の街のひとつを、1人の少女が物静かに歩いていた。
ララ・ルームベルト。ある吸血鬼の一族の最後の生き残りである。
ララは特異のヴァンパイア「ブラッド」である。ブラッドは自らの血を媒体にして、武器を具現化させたりと、様々な能力を使用することができる。
その力を恐れた人々の願いを受けたエクソシストが命懸けでかけた術式によって、ララは死ねない体になってしまった。たとえ体を切り刻まれても粉々にされても、その術式によって再生してしまうのである。しかし傷つけられたときの痛みは感じ、場合によっては生き地獄となってしまう。
その苦痛の連続を味わいながら、ララは生きてきた。外見は18歳前後だが、実年齢は普通の人間の寿命をはるかに超えていた。
(世界は年月を重ねるたびに荒んでいく・・けがれたこの世界の中では、まさに生き地獄だな・・)
世界の理不尽さを胸中で憤るララ。だが彼女の願いは世界の現実に儚く消されていくばかりだった。
しばらく歩いたところで、ララはあるものを眼にする。それはビルに設置された大型ビジョンに映されているテレビ番組だった。
ララはその番組のやり取りに不快感を覚えていた。司会者が共演者を弄り倒して笑いを浮かべていた。
「あんなのがひとつの長になっているのか・・・ずい分と見下げ果てたものだ・・・」
振り絞るように声を出すララ。苛立ちを募らせる彼女が、眼に力を込める。
次の瞬間、その番組を映していたビジョンが突如爆発を起こした。その下にいた人々が驚愕し、悲鳴を上げる。
騒然となるこの場の中、ララは冷徹な態度を崩さなかった。
ララにはブラッドとしての力がある。そして世界の理不尽に対する憎悪から、他人を情け容赦なく手にかけることもできる。
日に日に増していく殺気を抱えて、ララは街から街を歩いていた。
その街の雑踏の中を、1人の少女が駆け抜けていた。
理念ルナ。高校に通う平凡な女子高生である。昨日までは。
ルナは身近で多発している事件に巻き込まれた。それはただの事件ではなかった。
ルナは友人と一緒に学校から帰宅する途中、黒ずくめの人物に襲われた。その人物の不可思議な力によって、友人は石にされてしまった。
友人が庇い立てしてくれたために、ルナは黒の人物から逃げることができた。だが石化された友人はそのまま黒の人物に連れ去られてしまった。
だがこの誘拐事件の真相を知ってしまった自分を犯人が見逃すはずがない。追われていると思い、彼女は日常に戻ることができなかった。
(怖い・・怖いよ・・・どうしてこんなことに・・・!?)
込み上げてくる恐怖を拭うことができず、ルナが悲痛さを膨らませていく。
(助けて・・・誰でもいい・・誰でもいいから、私を、みんなを助けて・・・)
願いを膨らませ、助けを請うルナ。彼女はいつしか街から外れ、静けさの宿る通りに来ていた。
この静寂の中から犯人が出てくるのではないか。その不安が彼女の心をさらに追い込んでいった。
「おやおやぁ?何だかかわいい子がいるじゃないかねぇ。」
そのとき、ルナに向けて不気味な声が発せられた。それを聞いた彼女が一気に恐怖を膨らませる。
それは彼女が追われている犯人ではなく、薄汚れた風貌の中年の男だった。
「こんなかわいい子をほっとく手はないねぇ。きれいにカチンコチンにしてやるからぁ。」
男は不気味に言いかけると、両手に冷気を集束させていく。その冷気をルナに向けて放出する。
「キャッ!」
その冷気に煽られて、ルナが悲鳴を上げる。とっさに回避していたため、冷気にやられることはなかった。
「逃げないでよぅ。カチンコチンになれば楽になれるんだからさぁ。」
男が不気味な笑みを浮かべてルナに近づいてくる。
「イヤッ!来ないで!私に近づかないで!」
「そうやって悲鳴を上げてくれるのも嬉しいことだねぇ。」
悲鳴を上げるルナを見て、男が哄笑を上げる。
「悲鳴を聞くのがそんなに嬉しいか?」
そこへ別の声がかかり、男が眉をひそめる。周囲を見回して、男は歩いてくる別の少女を発見する。
静かな殺気を秘めたララが、男の前に現れた。
「おお〜・・またかわいい子がやってきたねぇ。嬉しい、嬉しい。」
「他人を虐げて喜ぶとは・・虫唾が走る・・」
さらに喜ぶ男にララが嘆息をつく。
「ちょっと待っててぇ。すぐにあの子をカチンコチンにするからぁ。お前はその次だからぁ。」
男はララに言いかけると、直後、ルナに向けて冷気を放った。突然のことに回避できず、ルナは冷気に包まれて氷付けにされてしまった。
驚いた表情のまま、氷の中に閉じ込められてしまったルナ。彼女の姿を見つめて、男が哄笑を上げる。
「やっぱりカチンコチンは気分がよくなるなぁ。」
「そうやって自分に酔いしれたいというのか、貴様も・・・!?」
その男に向けて、ララが鋭く言いかける。
「それじゃ今度はお前の番だ。すぐにカチンコチンにしてあげるからぁ・・」
男が不気味に言いかけると、ララに向けて冷気を放出する。そのとき、ララは右手を振り上げて、冷気を吹き飛ばした。
「えっ!?」
この瞬間に男が驚愕する。ララの右手には紅い剣が握られていた。彼女はその剣で冷気を切り裂いたのである。
「その力・・お前、ブラッドなのか!?」
男がララに対して声を荒げる。ララは冷淡な眼差しを男に送る。
「私は正直、この力などいらないと思っている。これだけの力があっても、私の中にあるもうひとつの呪縛を断ち切ることができないのだからな・・」
ララは自分が手にしている剣を見つめて、呟くように言いかける。
「私には“永遠”という呪いがかけられている。死を受け入れることのできない生き地獄を私は強いられているのだ。」
「永遠?それはいいことじゃないかぁ。永遠なんて命の最高位。何も恐れることがなくなるじゃないかぁ。」
ララが告げた言葉に、男が歓喜と期待の声を上げる。するとララがため息をつく。
「そんなことがそんなに嬉しいのか?・・・永遠の命を得られることがそんなに嬉しいか・・・?」
「何を言ってるのぅ?永遠以上にすばらしいことなんて何も・・」
冷淡に問いかけるララに、男が眼を見開いて言いかける。だが次の瞬間、ララが男の横をすり抜けてきた。
「冥土の土産に覚えておくことだな・・永遠は、命にとっての絶望そのものだ・・・」
ララが低く告げると、男の体が上半身と下半身に両断された。血飛沫を上げながら男が昏倒し、事切れて動かなくなった。
「得た瞬間に後悔を覚えて、絶望する・・そうしたとしても、もう取り返しのつかないところまで行き着いている・・・」
続けて言いかけるララは、紅い剣を消失させる。彼女の眼から、わずかばかりの涙が頬を伝っていた。
男が息絶えたことで、氷付けにされていたルナが解放された。彼女は今まで何があったのか分からず、男がいないことにも疑問を覚えて、周囲を見回す。
「あの人、どこに行ったの・・・?」
「あの男なら私が始末したぞ。」
ルナが呟きかけると、ララが淡々と声をかけてきた。
「あなたは?・・・どうやってあの人を・・・?」
「勘違いするな。私はお前を助けたつもりはない。あの男が私の感情を逆撫でしたに過ぎない。」
問いかけるルナに、ララが冷淡に答える。だがルナはララに、人並み外れた力の持ち主であることを理解していた。
「お願いです!私を助けてください!」
ルナがララに助けを請う。彼女の言動にララが眉をひそめる。
「あなたなら、私やみんなを助けることができる!お願いです!力を貸してください!」
「勘違いするなといっている。私はお前の助けをするつもりはない。これまでもこれからも。」
すがってくるルナに冷淡に言いかけると、ララは彼女を振り払う。
「私は人間を信じていない。お前のように助けを求められて、私を利用するだけ利用しようとする魂胆の人間と何人も会ってきている。」
「そんな!私はそんなのではありません!本当に、本当に助けてほしいんです!」
「上辺だけの言葉は私には通じない。そんなに助けてもらいたいなら、警察にでも頼めばいいだろう。」
「とても警察の手に負える相手じゃないんです!もうあなたにしか頼れる人が・・!」
ルナがさらに呼びかけたときだった。ルナが紅い剣を具現化させて、彼女の眼前を切り裂いた。突然のことに彼女は呆然となった。
「これ以上私に近づくなら、お前の命はない。お前もつまらないことで命を落としたくないだろう。」
「あなたに頼まないと、私もおしまいなの!だからお願い!力を貸して!」
忠告を送るララに、ルナがすがり付いてくる。あくまでララに助けを求めるつもりだった。
「そこまでその態度を崩さないつもりか・・・」
ララが低く告げた直後、ルナの体に紅い剣が貫いた。ララがルナに刃を突き立てたのである。
ルナは何が起こったのか一瞬分からなかった。彼女の体から紅い血が流れ落ちていく。
急激な脱力感に襲われて、ルナはその感覚に抗うことができないまま倒れ込む。刀身についた彼女の血を振り払うと、ララは紅い剣を消失させる。
「そうやって私を利用することに固執するから、ムダに命を散らすことになる・・」
ルナの言動を嘲ると、ララは振り返って歩き出そうとする。だが右足をつかまれて、彼女は立ち止まる。
「お願い・・・私を・・みんなを、助けて・・・」
ルナがララを呼び止めて、声を振り絞る。瀕死の状態でありながら、彼女はララにすがってきていた。
「貴様・・そこまで私に・・・!」
「あなたにしか頼めない・・・あなたしか・・あなたしかいないの・・・」
苛立ちを浮かべるララに、ルナがなおもすがりつく。ララは完全に呆れ果てて、ルナを抱える。
「そうまでして私に助けを請うなら、自分の全てを私に捧げる。その覚悟を持っていると思っていいか・・・?」
ララがルナに向けて問いかける。ルナの沈黙を、ララはその問いへの肯定と受け取った。
「ならばお前も悲劇の中に送ってやる。お前たちが考えているような地獄など、ぬるま湯と思えるほどのな・・」
ララは低く告げると、ルナの首元に顔を近づける。そしてララはルナの首筋に、自分の牙を突き刺した。
ララに血を吸われていくのを、ルナは感じ取っていた。その吸血は彼女にかつてない恍惚をもたらし、失いかけた意識を覚醒させていった。
(何、この感じ・・すごく気持ちいい・・ものすごい勢いで、私の中に流れ込んでいく・・・)
込み上げてくる快感に、ルナが安らぎを覚える。
(もっと・・もっと私に、この心地よさを・・この血の恍惚に・・・)
ルナは無意識にララに寄り添っていた。強まっていく恍惚のあまり、ルナは失禁していた。
(今はどうなってもいい・・この心地よさがあるなら・・・)
ルナはその恍惚に身を委ねた。その安らぎを抱いたまま、彼女は眠りに着いた。
ルナが意識を取り戻したときには、既に夜は明けていた。
「私は・・・?」
記憶が混乱している中、ルナが起き上がる。彼女が移した視線の先に、ララがたっていた。
「眼が覚めたようだな・・・」
ララがルナに向けて声をかけてきた。
「あなたは、ララ・・・あれ?どうしてあなたの名前を・・・?」
「私はお前の血を吸った。そのときに意識の交流が起こり、お前はそのときに私の記憶を読み取ったのだろう・・」
疑問符を浮かべるルナに、ララが淡々と言いかける。
「それじゃ、私のことをあなたも知ったわけですね・・・?」
「そういうことになるな。もっとも、私はお前のことなどに全く興味はないがな・・・」
当惑するルナに、ララが憮然さを見せる。
「お前は私に血を吸われたことで、私と同じになった。私と同じ吸血鬼、ブラッドにな・・」
「ブラッド・・吸血鬼・・・本当なんですか?私がそんなものに・・・?」
「ならば自分の眼で確かめてみるんだな。ブラッドは昼間は眼が紅くなり、夜になると蒼くなる。お前の眼も血のように紅くなっているぞ・・」
ララに促されて、ルナは手持ちの手がかりを取り出した。その鏡に映し出された自分の姿に、彼女は息を呑んだ。
「私の眼・・紅くなってる・・・」
「これがブラッドというものだ。お前も私と同じ運命を辿ることになる・・まさに生き地獄といえる苦痛を味わうことにな・・」
「生き地獄・・どういうことですか・・・?」
ララの言葉にルナが不安を浮かべる。
「私には不死の呪縛が施されている。たとえ木っ端微塵にされても、その微塵から再生されることになる・・人間が昔から求め続けてきた、永遠の命というわけだ・・・」
「永遠の命・・絶対に死なないということですか・・・?」
「そうだ・・絶対に死なない・・それは生での地獄を永遠に受け続けることを意味している・・」
ララが告げた言葉に、ルナが息を呑む。彼女は自分がこれから進むことになる未来を予感していた。
「今さら後悔しても遅い。これはお前が私を頼った結果だ。本当ならあのとき葬るつもりだった。だが死のうとしていくにもかかわらず、お前はなおも私に助けを求めた・・こういうことになるのは覚悟できていたのだろう?」
「・・後悔はしていません・・もう私は、日常に戻れないから・・・」
言いかけるララに、ルナが物悲しい笑みを浮かべて答える。
「あの誘拐犯と出会ってしまった時点で、もう日常には戻れないと思い知らされた・・だからその先、何が起こってもそんなには驚かない・・・」
「誘拐犯?・・誰かに追われていたのか。そのために私に・・」
ルナの話を聞いて、ララは納得する。
「この永遠の地獄に終止符を打つ方法がないわけではない。別の物質に変化されることだ。それも意識が残らない形の・・」
「そのために、世界を回っていたのね・・・」
「ここまで私に頼ったのだ。お前は私に全てを委ねてもらう。お前の願いが砕かれようと、私の知ったことではない。」
毅然とした態度を見せるララに、ルナが不安を浮かべる。
「お前も付き合ってもらうぞ・・終わる事のない生き地獄をな・・」
「こうなった以上、私には拒否権はないよね・・・」
呼びかけるララに、ルナが小さく頷く。そしてララがきびすを返して歩き出す。
「退屈しない時間を過ごせそうだ・・・」
ルナに気付かないほどの小声で呟くララ。彼女は無意識に、期待を込めた笑みを浮かべていた。