Blood –Endless Desire- File.11 本当の自由
楽にすがりついてミーアに寄り添っていたトモミ。だが唐突に、トモミの動きが止まった。
「トモミ・・どうした・・・?」
ミーアがトモミに向けて声をかける。するとトモミの目から大粒の涙がこぼれ落ちてきた。
「ミーア・・・私・・・私は・・・」
「トモミ・・・自分の意思を取り戻したのか・・・」
当惑を見せるトモミを見つめて、ミーアが笑みをこぼす。
「ミーア・・・私はすがっていたのかもしれない・・・楽に見えた、楽とは違うものに・・・」
「トモミ・・・この状況と気分だ・・楽なほうに、楽に見えるほうにすがりついてしまうのはおかしいことではないのかもしれない・・・」
沈痛の面持ちで言いかけるトモミに、ミーアも淡々と答えていく。
「私もお前にすがりついていた・・だが、お前は心のどこかで納得していないものがあるのだろう・・・?」
「それは・・・」
「私にはそう思えてならない・・違うなら、その気持ちを私に教えてくれ・・・」
ミーアの言葉にトモミは困惑する。自分の中に納得していないものがあると、彼女自身も思っていたからである。
「正直で構わない・・お前をとがめることは誰にもできない・・私にも・・・」
「うん・・気がついたのはさっきだけど・・・」
トモミはミーアに対して正直であろうとした。素直な彼女にミーアは微笑んだ。
「トモミ・・お前は今のこの状態に満足しているか・・?」
ミーアが問いかけると、トモミは真剣な面持ちで首を横に振る。
「ならば、いつまでもこんな状態になっている場合ではないな・・」
「うん・・でも、私たちはどうしたら元に戻れるの・・・?」
ミーアの呼びかけに不安を見せるトモミ。彼女は自分たちにかけられている石化から脱する手段が分からなかった。
「私のブラッドの力が使えない・・トールの石化で、私は体の自由だけでなく、力さえも封じられている・・・」
「それじゃ、やっぱりずっとこのまま・・・」
「いや、ブラッドの力そのものが使えないということではない・・ただ、私の力ではヤツの石化を破れないと言っている・・・」
悲痛さを募らせるトモミに、ミーアが付け加える。彼女のこの言葉に、トモミは戸惑いを覚える。
「これは確証のない賭けになるが・・トモミ、お前なら石化を破ることができるかもしれない・・・」
「そんな・・あんまりブラッドの力を使ったことないし・・どうやっらたら石から元に戻れるのか、全然分かんないし・・・」
「確かにお前1人では石化を自力で破ることはできない・・それだけの力を1人でやれば、血のほうが先になくなる・・・」
困惑するトモミに、ミーアが深刻さを込めて告げる。
「だが、私の血を足せば、石化を破るための力を使うことができ、なおかつ生き残ることができる・・本当に確証がないが・・」
「私が、ミーアの血を吸う・・・!?」
ミーアが投げかけた言葉を聞いて、トモミが困惑する。彼女は血を吸うことに未だに抵抗を感じていた。
「お前が私の血を吸えば、この状況を打破できる可能性が増す・・しかもこれは、お前にとって都合のいいことになると思うが・・」
「私にとって、都合のいいこと・・・?」
「私の血を吸いきってしまえば、お前は私を殺すことができる・・私を憎んでいたお前にとって、これ以上に都合のいいことになるはずが・・」
ミーアが告げる言葉に、トモミは困惑するばかりとなっていた。
「私が血を吸い切れば、ミーアの命を奪える・・ミーアに復讐できる・・・」
トモミの心に怒りと優しさが入り混じり、葛藤していく。
「でもやっぱり後味悪いよ・・それって結局、自分が吸血鬼だってことを認めることになる・・」
「だがそうでもしなければずっとこのままだ・・お前が望んでいない時間を過ごしたところで、結局納得しないだろう・・」
「だったらどうしたらいいの!?どれを選んだって、私は・・!」
「ならばお前の納得する道を選べ。お前が納得するなら、私も満足できる・・」
ミーアに選択を迫られて、トモミが胸を締め付けられるような不快感に駆り立てられていく。
「私が納得する道・・それは、私自身の自由・・・!」
トモミが気持ちを固めようとして、ミーアを強く抱きしめる。
「こうなったら、あなたの血を吸って、この状況を打ち破ってやる・・たとえあなたの血を吸い切っても、後悔しない・・・!」
声を振り絞ったトモミが、ミーアの首筋にかみついた。トモミは感情と衝動の赴くままに、ミーアから血を吸い取っていく。
(これが、吸血鬼が血を吸うってことなんだね・・私の体に、何かすごいものが流れ込んでくるみたい・・血とは思えないくらいすごいものが・・・)
押し寄せてくる衝動に、トモミが胸中で困惑を膨らませていく。
「く・・うぅぅ・・・!」
血を吸われることで高揚感を感じて、ミーアがうめき声を上げる。激しくなる血の流動が、彼女に快感を植え付けていた。
(まさか・・トモミに血を吸われて、最期を迎えるかもしれなくなるとは・・だが、それも悪くないかもしれない・・・)
ミーアが心の中で自分の気持ちを確かめていく。
(このままお前の中で生きていく・・それも悪くないな・・・)
トモミに、吸血の快感に自分の全てを委ねて、ミーアは静かに瞳を閉じた。
ミーアとトモミを手にすることができて、トールは喜びの時間を過ごしていた。トモミから流れたように見えた涙に疑問を抱きつつも、トールは込み上げてくる喜びに浸っていた。
「本当にいい気分だ・・君たちは私の心を満たす極上の華だ・・」
トールの石化しているミーアとトモミの横顔を見て、喜びを膨らませている。
「ミーアを手にするために、今まで多くのことをしてきた。他の美女を手にしたのも、力を手に入れていったのも、全ては君をこの手にするため・・私がしてきたことの全てが、この瞬間で報われた・・」
トールが喜びのあまり、掲げた右手を強く握りしめる。
「今の私の望みは、君たちとずっと過ごしていくことだ・・これは私の命が続く限り、決して終わることはない・・私の石化は、たとえブラッドでも自力では破れない・・ミーア、君であっても・・・」
ひたすらミーアとトモミに囁きかけるトール。彼は2人の顔をじっと見つめていた。
そのとき、トールはトモミの頬のひび割れが広がったように見えた。
「これは・・・?」
この異変にトールが眉をひそめる。見間違いと思った彼は、トモミの頬に触れる。
「見間違いではない・・ひび割れが広がっている・・・!」
異変が実際に起こっていることに、トールは驚愕して目を見開く。
「こんなバカな・・私に石化された人は、私が解除しない限り決して元に戻れないはず・・それを、自分で石化を破るなど・・・!?」
思わず後ずさりするトール。彼は気持ちを切り替えて、トモミに意識を傾ける。
「仮に自力で石から戻ろうとしていても、私がさせない!君たちはずっとここにいるのだ!」
トールが感情をあらわにして、トモミに向けて力を込める。彼は自分の力でトモミに起きている異変を止めようとした。
だがトールの意思に反して、トモミのひび割れは広がる一方だった。
「止まれ!私の力が、私がもたらした石化が、自力で破られることなど!?」
さらに声を荒げるトール。ひび割れはトモミだけではなかった。
ミーアに刻まれていたヒビも広がりを見せていた。さらに広がっていく異変に、トールは愕然となる。
「まさか、ミーアの石化まで解くつもりか!?・・・そんなことはさせない!絶対にさせない!」
さらに焦りをあらわにしていくトール。彼の体から紅いオーラがあふれ、彼がブラッドの力を全開させていることを現していた。
だがトールがどれだけ意思や力を送りこんでも、トモミやミーアのひび割れの広がりは止まらない。
「通じない・・ミーアを手にするために高めていった私の力が・・・!?」
驚愕が絶望へと変わり、トールが後ずさりしてミーアとトモミから離れる。ひび割れは2人の全身に完全に行き渡った。
そしてミーアとトモミから石の殻が剥がれ落ちてきた。その中から、生身の2人が姿を現した。
石化から解放されたミーアとトモミ。だがトモミに血を吸われたミーアが、力なくトモミに寄りかかってきた。
「ミーア・・・私が血を吸ったから・・・」
石化が解けたにもかかわらず目を覚まさないミーアを見て、トモミが深刻な面持ちを浮かべる。
「何をした・・・どうやって、元に戻ったというのだ!?」
愕然となるトールがトモミに呼びかける。
「何で、どうやったのかは私も分かんない・・ただ、ミーアの血を吸って、元に戻りたいって強く思っただけ・・・」
「ふざけるな!そんなことで、私の力がこうも簡単に破られるはずが・・!?」
低い声音で答えるトモミに、トールが憤慨する。
「ミーアの血を吸った!?・・・ミーアの血を吸って、ブラッドの力を使ったのか・・・!?」
「うん・・こうでもしないと元に戻る力が足りないって、ミーアが言ったの・・・」
「な・・・なぜ・・ミーアが自分を投げ出して、彼女に血を・・・!?」
深刻さを見せるトモミに、トールが絶望感を膨らませていく。
「私もミーアも、こうすれば元に戻れるって確証はなかった・・でも私たちは元に戻れた・・ミーアの血を犠牲にして・・・」
「君は・・・自分が助かるために、ミーアを・・・!」
トモミの言葉を聞いて、トールが憤りを感じていく。
「私はミーアに勝手に血を吸われて、ブラッドにされたの・・なりたかったわけじゃないのに・・・」
「君・・・!」
「だから私はミーアを恨んでいた・・・血を吸うことは気分がよくなかったけど・・結果的に復讐できたということになるのかな・・・」
ミーアを手にかけたことに笑みをこぼしていくトモミ。だが彼女の笑みは物悲しいものとなっていた。
「もうどんなに願ってもブラッドのまま・・人間には絶対に戻れない・・それでも私は、人として生きていきたい・・・」
「認めない・・このまま君たちを手放してなるものか・・・!」
決心を口にするトモミに、トールが手を伸ばしてくる。だが彼のその手をトモミが払いのける。
「もう誰の勝手にも従わない・・私は私の思うように生きていく・・・」
「そうはいかない・・君はミーアと並ぶ絶世の美女だ・・その君を手元に置かなければ、私の心は虚無となる!」
低く告げるトモミに対し、トールが激昂する。
そのとき、トモミの手元から紅い光が発せられる。光は剣へと形状を変えて、彼女の手に握られた。
「ブラッドの力で剣を作り出した・・まだそんな力が残っていたのか・・・!?」
「もう私に構わないで・・でないと、私はあなたを殺さなくちゃならなくなる・・・」
息をのむトールに、トモミが悲痛さを込めて忠告する。だがトールはすぐに悠然さを取り戻す。
「その底力は称賛しておく。だが元々の力は私のほうが上。その程度の武器や攻撃では私は止められないよ・・」
「そんなの関係ない・・私は生きる・・私自身の意思で・・・」
トールの言葉を受け入れず、トモミが剣を構える。
「いいよ・・また君を美しく彩ってあげる・・今度は力を出させないよう、徹底しておく・・」
笑みを強めるトールに、トモミが飛び込んで剣を突き出す。トールは右手を掲げて衝撃波を放ち、トモミの剣を折った。
「終わりだよ・・これで・・・」
トールが勝ちを確信して、石化をかけることに意識を傾けた。
だがトモミはトールの上を飛び越え、後ろに回り込んでいた。彼女はすぐさま彼の首筋に噛みついた。
「ぐっ!」
首に牙を入れられたことに、トールが目を見開く。彼はトモミが血を吸い取ろうとしていることに気付いた。
(いくら強くても、ブラッドである以上、血を吸われたら力が使えなくなる・・・!)
狂気に駆り立てられるかのように、トモミがトールから血を吸っていく。
「私から血を抜き取って、力も命も奪い取るつもりか!そうはいかない!」
トールがトモミを引き離そうとするが、トモミは完全にトールに食らいついていた。彼は両手から紅い鞭を発して、トモミを縛り付けていく。
それでもトモミはトールから離れようとせず、ひたすら血を吸っていく。彼女は吸血鬼としての行為をすることへのためらいを、激情のままに振り切っていた。
「そんな・・・こんなことで私が・・私の満足が壊されてたまるものか!」
トモミを引き離そうとするトール。
「このまま倒れてしまうくらいなら、君を葬ってでも・・・!」
トールがついにトモミを手にかけることを決断する。だがトモミに血を吸われたため、トールは力を出すことがままならなくなっていた。
「私はまだ満たされていない・・だから私はここで!」
いきり立ったトールがトモミの体に爪を立てる。体を刺されたことで、トモミの体から血があふれ出す。
それでもトモミは離れず、トールから血を吸い切ろうとする。
(これで・・これで私は・・自由に・・・!)
自分の思うように生きられると思ったときだった。緊張の糸が切れたのか、トモミがトールから力なく離れていく。
(そんな・・・血を吸ったのに、力が出なくなるなんて・・・!?)
倒れていく自分に愕然となるトモミ。トールから吸った分よりも、体からの出血のほうが大きくなってしまい、また無意識に体の傷を治すほうに力を使っていた。
(力が、入らない・・・力を使いすぎた・・血が足りない・・・)
起き上がろうとするトモミだが、血の枯渇のために体が言うことを聞かなくなっていた。倒れたままの彼女を、トールが見下ろしてきた。
「私の血を吸って力を奪い、さらに私の命まで奪おうとするとは・・でも血を吸い切る前に出血のために力が出なくなったようだ・・・」
息を絶え絶えにしながらも、トールは悠然とトモミに声をかけてきた。
「できることなら手荒なマネをしたくはなかった・・だがもしも私が死ねば、せっかく美しくなれた美女たちが元に戻ってしまう・・・」
笑みを消すトール。必死に起き上がろうとするトモミだが、どうしても体を起こすことができない。
「今度こそ君たちをこの手にしよう・・君たちをまたオブジェにしてから、2度と力が出せないようにする・・これで今度こそ君たちは私のものとなり、私は満たされる・・・」
トールがトモミを捕まえようと手を伸ばしてくる。
(ダメ・・何とか傷は治ったみたいだけど・・力が全然出ない・・・!)
トールから逃れようとするトモミだが、それでも体を動かすことができない。
「これで・・これで私は・・・」
トールが改めてトモミを手中に収めようとした。
そのとき、トモミに伸ばしてきていたトールの右手が突然崩れ出した。
「えっ・・・!?」
この異変にトール自身だけでなくトモミも驚愕していた。トールの体はさらに崩壊を引き起こしていた。
「私は・・・私は力を使い果たしてしまったというのか・・・まだ満たされていないというのに・・・」
絶望を膨らませていくトールの体が、消滅に向かって一気に崩壊していく。
「私は・・・私は・・まだ・・・」
満たされない気持ちを抱えたまま、トールはトモミの前から完全に消滅した。トモミはただただ目を見開いたまま唖然となるばかりになっていた。