Blood –Endless Desire- File.8 金の誘惑
金に彩られた部屋。その部屋の奥に、1人の女性が追いやられていた。
「やめて・・助けてください・・・!」
恐怖をあらわにして助けを請う女性。その彼女に向けてまばゆい光が放たれた。
「キャアッ!」
悲鳴を上げる女性が徐々に動きを止めていく。彼女の体が金色へと染め上げられていく。
女性は完全に動かなくなった。光の効力によって、彼女は金の像へと変わってしまった。
「すばらしい・・またすばらしい黄金の美女ができあがった・・・」
金と化した女性の前に、1人の男が姿を現した。男は彼女を見つめて、悠然とした振る舞いの中、笑みをこぼしてきた。
「金は最高峰の美しさを持つもの・・その金へと変われて、みんな幸せだろう・・・」
男は振り返って、部屋の中を見回した。数多くの金の女性の像が立ち並んでいた。全員元は人間で、男によって金に変えられてしまったのである。
「こうして金に彩られることが、最高に美しく、最高に輝かしいのだ・・みんなその金の中にいさせてあげる・・・」
男が哄笑を上げながら部屋を去っていく。新たな邪な企みが行われていた。
立て続けに起こる奇怪な事件。不可解な事件は、現場近辺の人々だけでなく、トモミも不安にさせていた。
「どうして、こんなにもおかしな事件ばかり・・・」
「私は長く生きているが、そこまで立て続けに起こるのはさすがにおかしいと思う・・」
トモミに続いて、ミーアも事件の連続性に苦言を呈する。
「もしかしたら、何者かが誘発しているのかもしれないぞ・・もしもそうなら、相当の実力を備えた者が裏にいると考えるべきだ・・」
「そんな・・そこまで不安を膨らませないでよ・・・」
ミーアが口にした言葉に、トモミがさらに不安を覚える。
「いずれにしろ、ああいう邪な存在は、欲望のままに行動する。時期に私たちを狙ってくるだろう・・」
「もう、どうして私の周りでおかしなことばかり起こるんだろう・・」
注意力を強めるミーアと、悪化していく事態に呆れ果てるトモミ。するとミーアがトモミの肩に優しく手をかけた。
「心配するな。何があろうと、私はお前のそばにいるからな・・」
「そばにいられるほうが不安なんだけど・・・」
励ましの言葉をかけるミーアだが、トモミは笑顔を見せることができなかった。
その日の夕暮れ時。町外れで時間を潰していたミーアとトモミ。トモミがミーアに質問を投げかけた。
「ミーア・・ミーアも私と会う前から、誰かに狙われていたことがあるの・・・?」
「なんだ、トモミ?いきなりそんなことを聞くとは・・?」
彼女の質問に、ミーアが眉をひそめる。だがすぐに不敵な笑みを見せてきた。
「それは私の美貌に魅入られぬ男はそうはいなかったぞ。中にはしつこく追いかけてくるヤツもいたが、うまくまいてやった・・」
自慢げに語るミーアに、トモミが疑いの眼差しを送る。
「邪な存在もいた。私もものにしようとするヤツもいた・・どんな形でものにしようとしていたかまでは分からないが・・」
「今はその邪はどうなっているの?・・まだ狙っているんじゃ・・・?」
「さぁな・・息の根は止めてはいないからな・・・」
「それじゃ、また狙ってくるんじゃ・・・?」
「どうかな・・ここしばらく現れないし・・諦めたか、どこかで死んだかしたのだろう・・・」
不安を膨らませていくトモミと、のん気で会話するミーア。
「いずれにしても、ヤツだろうと誰だろうと、トモミを渡しはしないぞ・・」
「私はものじゃないんだから。しっかりしてよね・・」
笑みを見せてくるミーアに、トモミは呆れて肩を落としていた。
「やぁ、2人とも仲がよさそうだね・・」
そこへ声をかけられて、トモミとミーアが振り向く。2人の前に1人の若い男が現れた。
「お前は誰だ?私たちに何か用か?」
「美しい2人の女性だからね。招き入れたくなったんだよ・・一緒に来てもらえないだろうか・・?」
声をかけるミーアを男が誘う。だがミーアは鼻で笑ってきた。
「悪いが、私はそのような誘いに乗るヤツではないぞ。何であれ、私はお前の誘いに乗るつもりは毛頭ないがな・・」
「そう・・だったら仕方がない・・ここでやらせてもらうとしよう・・・」
ミーアへの誘いを断られた男の目が金色に輝く。
「よけろ、トモミ!」
ミーアに呼びかけられて、トモミも即座に横に飛ぶ。相手を金に変える眼光は、2人を外していた。
「よけないでほしいよ・・これで2人ともきれいになれるんだから・・・」
「悪いが私は美や優雅さには興味はない。つまりはお前はお呼びではないということだ・・」
悠然としたまま不満を口にする男に、ミーアが不敵に言いかける。
「そう邪険にしないでくれ・・そういう言葉は美女には似合わない・・・」
男は笑みを強めると、今度は両手から光を放ってきた。ミーアとトモミが回避して、外れた光が当たった壁が粉砕される。
「こんな攻撃をしてくるなんて・・・!」
「あまり長引かせるのはよくないな・・」
毒づくトモミとミーア。2人を見据えて、男がさらに手から光を放つ。
回避行動を続けるトモミとミーアだが、トモミが光をぶつけられて地上に落下する。
「手荒なことをしてしまったが、心配はいらない・・このままきれいにして、楽にしてあげるから・・・」
立ち上がろうとするトモミに向けて、男が眼光を放つ。回避を取ることができず、トモミが緊迫する。
そこへミーアが飛び込み、紅い剣を出して眼光を弾き飛ばそうとする。一瞬で金にされるのを避けたミーアだが、両足を金にされていた。
「ミーア!?」
「くっ・・このような不覚を取るとはな・・・」
声を荒げるトモミの前で、ミーアが苦笑を浮かべる。金になった両足は、ミーアの意思を受け付けなくなっていた。
「足だけだったか・・でもすぐに全てを金にしてあげるよ・・・」
悠然と振舞う男がミーアに迫る。そのとき、ミーアの前にトモミが出てきて、男と対峙する。
「もう逃げない・・逃げたって意味がないことは、今まで何度も経験してるから・・・!」
トモミは声を振り絞ると、紅い剣を出して手にする。
「トモミ、私に構うな・・これではどの道私はやられる・・お前までやられてはどうにもならなくなる・・・!」
声を荒げるミーアに近寄り、トモミが小声でささやく。彼女の言葉を聞いて、ミーアが不敵な笑みを浮かべた。
「そんなに不安になることはない・・すぐにきれいになれるから・・・」
男が2人を狙って眼光をきらめかせようとする。トモミはミーアの前に立って、男を見据える。
「そうそう、こういう潔さはいいことだ・・悪いようにはしないから・・・」
喜びを膨らませて笑みを強める男。彼が眼光を放とうとしたとき、トモミが突然真上に飛び上がった。
次の瞬間、男の体を紅い線のようなものが貫いた。トモミの背後にいたミーアがブラッドの力を使い、光線状にして放ったのである。
「そんな・・彼女に注意を向けさせて・・・」
「私を完全に金にしてしまうべきだったな・・お前が隙を見せなければ、負けていたのは私たちのほうだった・・・」
愕然となる男に向けてミーアが言いかける。彼女が右手を引くと、男を貫いていた光線が消失した。
「どうして・・私はただ、女性にきれいになってほしかっただけ・・・」
「それが余計なお世話というものだ・・・」
声を上げながら倒れていく男に、ミーアが不満の言葉を口にする。事切れた男が霧のように消滅していった。
男が死んだことによって、金になっていたミーアの両足が元に戻った。
「ふぅ・・一時はどうなるかと思ったぞ・・・」
ミーアが元に戻れたことに安堵を浮かべる。
「ホントにミーアには呆れるばかりだよ・・そんなムチャまでして・・・」
「そうでもしなければお前を守れなかったし、2人とも無事では済まなかっただろう・・それにそんなムチャなど、長い時間星の数ほどやっている・・」
肩を落とすトモミに対し、ミーアは落ち着きを払いながら答える。不敵な笑みを見せる彼女に、トモミは呆れていた。
「だが、ここしばらくはムチャをすることに価値があると感じている・・お前を守っていくことにつながっているからな・・・」
「自分のものにしたいだけのくせに・・・」
淡々と言いかけるミーアに、トモミは不満の色を消さなかった。
「・・・やはり、ヤツはどこかで死んだということだろうな・・・」
ミーアが唐突に思いつめた面持ちを浮かべた。
「ヤツって、ミーアを狙い続けてたって人・・・?」
「そうだ・・特に目をかけていたわけではないが、あまり姿を見せなさすぎるのも不気味でな・・・」
トモミが訊ねると、ミーアが答えを続ける。
「もしもヤツがお前を見つけたなら、私と一緒にしつこく狙ってくることだろうな・・」
「ち、ちょっと!恐ろしいこと言わないでよ!」
ミーアが投げかけた言葉に、トモミが不満の声を上げる。彼女の反応を見て、ミーアが笑みをこぼす。
「心配するな。もしもヤツが出てきても、お前を渡すようなことはしないぞ・・」
「それが1番心配なんだけど・・・」
さらに不安を感じてトモミは肩を落としていた。
男によって金にされていた女性たち。男の消滅によって、金から元に戻ることができた。
「私たち、金にされていたはずじゃ・・・!?」
「元に戻れた・・よかった!助かったよ!」
動揺と歓喜が女性たちから湧き上がっていた。金の呪縛から解放された彼女たちは、男の部屋から脱出しようとしていた。
だが突然、女性たちの周囲が暗闇に包まれた。部屋の明かりはついておらず暗かったが、さらなる暗闇が訪れて周囲が黒ずんだように見えた。
「これだけの獲物をものにしていたとは・・だが自分が死んでそれを手放すとは実にもったいない・・」
女性たちを取り囲む暗闇の中から声が響き渡っていた。
「この際だから、私が手にさせてもらうとしようか・・」
暗闇が女性たちに向かって押し寄せてきた。女性たちは抵抗することもできず、暗闇にさらわれることとなった。
男によって金にされていた女性たちは、別の邪な存在によって連れ去られてしまった。
金にされた人々が助かったという話を耳にせず、ミーアは違和感を感じていた。金に対する欲望や執着を見せていた人物が、誰も金にしていないことなどあり得ない。彼女はそう思えてならなかった。
「行方不明になっていた人が発見されていない・・やっぱりおかしいよね、ミーア・・?」
「そうだな・・あの男が誰も襲っていないとは思えない・・もしや、別の何者かに連れて行かれたのか・・・」
疑問を浮かべるトモミに、ミーアが真剣な面持ちで答える。彼女の顔には笑みが浮かんでいなかった。
「一難去ってまた一難か・・頭が痛くなりそう・・・」
「気に病むことはないぞ。お前はブラッド。今のお前なら滅多なことは簡単に切り抜けられる・・」
「そういう自分にも頭が痛くなるんだよね・・・」
励ましの言葉をかけるミーアだが、トモミはさらに落ち込んでしまった。
「・・・本当にすまなかったな、トモミ・・・」
唐突に謝ってきたミーアに、トモミが戸惑いを覚える。
「お前に負担を背負わせてしまった・・ブラッドという負担を・・」
「そんなこと言うんだったら、最初から私を狙わなきゃいいのに・・・」
そんなミーアにトモミが不満を口にしてきた。トモミは出会ったときも今も身勝手なミーアの考えがたまらなかった。
「あなたが現れなかったら、私はおかしなことにならなかった・・普通の生活を送れた・・そうでなくても普通のままで死ねたはずなのに・・・」
「こうでもしなければ、私はお前をものにできなかった・・そう考えてしたことだったのにな・・・」
トモミに不満をぶつけられて、ミーアが苦笑を浮かべる。ミーアは唐突にトモミを抱きしめてきた。
「お前と一緒にいられて、私は満たされている・・お前も納得できるように、私を好きにすればいい・・」
「好きにするから・・私が納得するように・・・そのためなら、私はあなたも・・・」
全てを受け入れようとするミーアに、トモミが自分が導き出した答えを口にする。しかしトモミはまだ心の整理がついていなかった。
困惑したまま、トモミはミーアとともに歩き出していった。
心を交錯させるトモミとミーアを、不気味な影が見つめていた。
「ここにいたのか・・ミーア・ヴァン・ファウスト・・・」
影がミーアを見つめて、不気味な笑みを浮かべる。だがトモミを注視して、影はさらに笑みをこぼした。
「あの子・・・ミーア、あんなかわいい子を連れているとは・・・」
さらに感心を感じていく影。だが影からすぐに笑みが消えた。
「あれだけ求めていたというのに、君は全く私に答えてくれなかった・・その君が、他の人を連れているとは・・・」
ミーアの言動に懸念を抱く影。だが影はすぐに笑みを取り戻す。
「しかし一石二鳥ではないか・・ミーアだけでなく、あの子もものにすればいいだけのこと・・・」
呟いてから影は消えた。影はミーアとトモミを次の標的にするのだった。
美女が次々と行方不明になる事件は、留まることを知らなかった。この事態にトモミだけでなく、ミーアも滅入っていた。
「この調子では、いつ私たちの前に現れるか分からないな・・」
「そのときになったら絶対にさらわれないんだから!私だけでも何とか・・!」
苦言を呈するミーアと、負けん気を見せるトモミ。
「さすがの私も我慢がならないな・・もしも現れたら叩き潰してやるぞ・・」
攻撃的な言葉を口にするミーア。彼女の態度にトモミが当惑を覚える。
「こんな一面もあるんだね、ミーア・・・」
「そうか?・・もうブラッドになって長いからな・・ときにはこんな感じになることもあるさ・・・」
声をかけるトモミに、ミーアが思わず苦笑を浮かべる。
そのとき、ミーアは笑みを消して唐突に足を止めた。
「どうしたの、ミーア・・・?」
「この感じ・・・どうやらまだ生きていたようだ・・・」
声をかけるトモミの隣で、ミーアが周囲に注意を傾ける。
「そうやってこそこそと付け狙うやり口は変わっていないな・・隠れていても私には分かっている。姿を見せたらどうだ・・・?」
ミーアが振り返ることなく声をかける。彼女は右手に意識を傾けて、いつでもブラッドの力を使えるようにしていた。
「それとも、あぶり出されるのがいいのか・・・!?」
「フフフ・・君も相変わらずのようだね、ミーア・・」
ミーアとトモミの上を通り、1人の男が2人の前に着地してきた。黒ずくめの格好をしており、逆立った白髪をしていた。
「ミーア・・この人と知り合いなの・・・?」
「君に会うのは初めてだね・・私はトール・クロノス。ミーアと同じブラッドだ・・」
ミーアに疑問を投げかけるトモミに、男、トールが淡々と答える。
「久しぶりの再会を楽しむつもりはない・・何の用だ・・?」
「何の用?・・そんなことは分かり切っているはずではないのか・・・?」
声をかけるミーアに対し、トールが笑みをこぼしてきた。
「ミーア、改めて君をもらいに来た・・・」
ミーアに向けて手を伸ばし、トールが笑みを強めてきた。